迎撃!霧の艦隊 Cadenza   作:蒼樹物書

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第十一話『霧の艦隊 艦隊決戦!-後編-』

「……飛んだ」

 

霧の生徒会会長、ヒエイが真上を見ながら呆然とする。

同じく上を見ながら言葉を失ったミョウコウとハグロも驚愕に目を見開いている。

そんな三人の足元には巨大な影。

 

「来てる!来てるわ!『航空』戦艦の時代が!」

 

有頂天のヒュウガが叫ぶ。

航空戦艦とは戦艦の大口径砲による火力、さらに航空母艦に準ずる航空機運用能力を持つ艦のことだ。

その艦娘たる伊勢も試作晴嵐などの水上機を運用可能である。

決して。

決して、『航空する』戦艦ではない。

 

「うわぁ……」

 

群像の提案により飛翔した三笠、その艦橋。

伊東少佐は生まれて初めて空を飛ぶ経験にその震える声を隠し切れなかった。

ナトリのナノマテリアルによって現地調達した大戦艦級一隻分。

それをつぎ込んだ旗艦装備。

飛翔ユニットという戦艦に有るまじき装備はその性能を遺憾なく発揮し、生徒会の防衛ラインを『跳び越える』。

 

「霧の生徒会、抜いたわよぉッ!」

「着水後、最大戦速でムサシに突撃する!」

 

ヒュウガが吼える。

群像の指揮の下、三笠が爆発したかのような大波を発しながら着水。

その勢いのまま海上を奔る。

 

「こんな……艦が跳ぶだなんて……こんな校則違反、許しません!」

 

頭上を飛び越えられたヒエイが激高し、その砲塔を脱兎の如く駆けていく三笠へ向ける。

しかし。

 

「下ばかりの次は上に気をとられるとはな。全砲門、ファイア」

「――きゃあッ!?」

 

注意を逸らしたヒエイに砲撃が殺到する。

その身を揺らし、砲撃が強制的に止められる。

 

「ふん。相変わらず不出来な妹だ。だが……空飛ぶ戦艦など確かに非常識だな」

「コンゴウ!?」

 

混戦となった海域に乱入したのは、霧の大戦艦コンゴウだった。

紅白の巫女装束。

背負う艤装からは止め処なく光線が発せられ、ヒエイの追撃を許さない。

 

「相変わらず遅いなアイツ!」

「来るタイミング図ってたんじゃないの。というか『前科者』の台詞じゃないでしょ」

 

見計らったような局面での来援。

雲霞の如く攻め入る深海棲艦をいなしながら、キリシマとタカオが悪態をつくように呟く。

前科者。

飛行する戦艦を文字通り体現したことのあるコンゴウは、その言葉を「五月蝿い、面倒くさい」とだけ返しヒエイの追撃を押さえ込む。

 

「ヒエイ!私が追う!」

「くっ、任せます、ハグロ!」

 

砲撃の集中するヒエイに告げると傍らのハグロが飛び出す。

霧最速、ハグロ。

追撃を阻止せんと艦娘やハルナ達が砲撃するが、巧みな回避運動で避けて三笠の追撃に入る。

 

「後方からハグロ接近!」

「島風!」

「しまかぜ、出撃しまーす!」

 

伊東少佐の声に、三笠後部から今まで温存されていた島風が飛び出す。

指揮艦から艦載機の如く艦娘を発艦させる運用方法。

人間の船の脆弱性を霧の能力で守る故に取れるその方法。

飛び出した島風は追うハグロに砲撃を開始し、立ち塞がる。

 

「シマカゼぇぇぇぇッ!」

「また私より遅い船が来たみたいね!」

 

因縁の相手にハグロが吼え、叩き伏せんとその火砲を連続で放つ。

天然なのか、それとも三笠から目を遠ざけんとする為か。

荒ぶる火線をひらりひらりと避けながら島風が挑発する。

それを背に、群像達を乗せた三笠はついに防衛線を突破した。

 

 

 

「目標、確認したわ」

「ムサシ……船体を、保持しているのか」

「あれと比べたらこっちは駆逐艦みたいなものねぇ」

 

超戦艦ムサシ。

その船体はかつての大和型戦艦二番艦を模した物で、全長・全幅は三笠の倍近い。

さらに元々人類の建造した艦である三笠に、ナノマテリアルによって擬似的に再現したこの霧モドキの艦とは性能の桁が違う。

単純な戦力で言えばこの場の敵味方全てを相手にしても圧勝し得る力。

その主、ムサシのメンタルモデルが甲板上に姿を現す。

 

「待っていたわ……ヤマト」

 

歓喜で震える声を隠そうともせず告げるムサシ。

艦橋にて群像の傍に控えるイオナが、その声に応じる。

 

「――わたしは。わたしは、ヤマトじゃない」

「またかくれんぼ?ふふっ、それじゃあ……」

 

漆黒の巨艦、その船体が上下に割れる。

まるで牙を向きながら顎を開くように。

 

「半端ないわね」

 

人類の建造する艦の常識を覆す機構。

その動作が攻撃準備であることを理解し、伊東少佐の頬に一筋の汗が滴り落ちる。

自身、先ほど艦で飛翔しながらも霧の力を前に焦りを隠しきれない。

 

「腸を引き裂いて、取り出してあげる」

 

鋼鉄の口内で、光の奔流が加速していく。

艦娘式の艤装で放つ超重力砲とは桁が一つも二つも違う。

直撃すれば。

この三笠は、群像と伊東少佐の二人を前線に運ぶための霧モドキ。

武装も申し訳程度に留め、コントロールするヒュウガの演算能力も防御に多くを割り振っている。

しかし、所詮はなけなしのナノマテリアルで廃艦となった三笠を覆った張りぼて。

ムサシもこちらや霧の生徒会のようにナノマテリアルが不足していれば、との期待はあったが。

 

「ムサシ!聞いて!」

「黙りなさい……人形風情がぁッ!!」

 

この戦力差は、覆らない。

ムサシの咆哮と共に放たれる暴力の嵐。

ヒュウガと、サポートするイオナが群像達のいる艦橋や傷ついた艦娘達を収容した船倉部を重点的に防御する。

それでも、間に合わない。

三笠の砲が磨り潰される。

装甲が剥がれ落ち、蒸発していく。

激震する三笠の中で、必死に防御を取りながらイオナが尚も呼びかけ続ける。

 

「ムサシ!ここには!」

「黙れぇえぇぇぇええぇぇぇッ!!」

「ここには、ヤマトはいないッ!!!」

 

ここには。

『この世界には』霧の総旗艦、ヤマトは存在しない。

 

「うそ。うそよ……だって」

「わたしの中にも、ヤマトは、あの人の意思は残っていない。『向こう』に……いる」

 

ムサシとの接触にて覚醒する可能性があった、イオナに託されたヤマトの意思。

『向こう』でのムサシとの決戦時、イオナが纏ったヤマトの残骸から造り上げた船体。

それを構築するナノマテリアルも、ヤマトの意思も。

向こう、元の群像達の世界に在った。

 

「あなただって、気づいているはず!」

「ちがう……ちがう……ヤマト、は……」

「だから。だから、帰ろう……?」

 

ムサシと接触した時点で、イオナは確信を得ていた。

だから。

尚も砲撃を続けながら、泣きじゃくるムサシを宥めるように。

 

「俺達だけでは、帰還できない。君の力を貸してくれ」

「ミラーリングシステムで、次元の穴を開けるわ。この場の霧、その総力で演算すれば」

 

群像の言葉にヒュウガが続ける。

偶然に依って迷い込んだこの世界から、偶然に依ることなく帰還できる。

 

「帰れば、ヤマトに、逢える……?」

「そう。そこで決着を、つけましょう……」

 

震える声のムサシ。

それに応えるイオナの声は、涙でぐしゃぐしゃになった少女をあやす姉のように穏やかで。

黒衣の少女は、初めて。

狂笑でない純粋な笑顔を花開かせた。

 

 

 

「――全艦すべての作戦行動を中止」

「これは」

「ムサシ……!?」

 

戦域の霧達全てに響く命令。

 

「全ての霧は協力し、元の世界へ帰還します――これは、総旗艦代理命令です」

 

霧の総旗艦代理、ムサシの命によって霧が、霧に操られる深海棲艦全てが戦闘を中止する。

戦線を支え続けた艦娘や蒼き鋼の面々も、その声に攻撃を止め。

中部太平洋海域での決戦は、終結した。


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