迎撃!霧の艦隊 Cadenza   作:蒼樹物書

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第一話『新たな仲間?を発見しました!』

「――イオナ!座標計算、目標!超戦艦ムサシ直上!」

 

純白の巨艦。

その艦長たる少年が命令を下す。

応じ、傍らの少女が命令を実行しようとし。

 

「座標計算、できなかった」

 

 

 

 

 

 

 

失敗した。

 

 

 

 

 

 

 

潮騒が聞こえる。

ゆっくりと意識が浮上していく中、耳に馴染んだ波の音が

徐々にその音量を上げて少年に覚醒を促す。

少年、千早群像は自身が眠っていたことを理解、海の近くにいることを理解。

しかし何故、青空の下眠っていたのか理解できなかった。

 

「ここは……?」

 

上体を起こす。

周囲一面の蒼。

 

「海上……?」

 

自問自答しながらも、生来の冷静さから混乱することもなく状況を確認していく。

日中の海上、周囲に陸や船が見当たらない水平線。

身に纏っているのは何時も身に着けているスーツだが、気温は暑くもなく寒くもなく。

空を見上げても鳥どころか雲一つない快晴。

足元は……群像一人分を海上に支える脱出ポッド。

以前、沈んだ海底でも彼を守ったモノと同じ形状だった。

そこで、気づく。

 

「イオナ!!」

 

いない。いないいないいない。

初めて群像は動揺し周囲を見回す。

こつん。

指先に当たる硬質の感触。

掌に乗る大きさ、曲線で形作られた物体。

中央に紋章が刻まれたそれを群像は慌てて両手で、しかし大事そうに手に取る。

 

「イオナ!イオナなのか!!」

「ぐんぞー……」

 

群像が呼びかけるとそれ――霧の潜水艦イ-401、イオナのユニオンコアが応える。

抑揚の少ない口調、しかし申し訳なさを帯びた声。

 

「ごめんなさい……」

「イオナ……何が、起こったんだ?」

「わからない。ナノマテリアルが激減してて船体が構築できない。座標の特定も、できない」

 

霧の艦が艦体やその他諸々を構築する銀砂、ナノマテリアル。

イオナはその不足から普段取っている姿形すら放棄し、群像を守ることを選んだ。

字の通りの献身に群像は感謝しながらも、状況の悪さに眉を寄せる。

 

「不味いな……他のクルーは?」

「わからない。10km程度の距離の探知は出来たけど、人間の反応はない。通信も繋がらない。私の機能不足か通信妨害の影響かも。もしくはその両方」

「……」

 

最悪の事態が頭を過ぎる。

あの状況でイオナの船体が崩れ去ったのであれば、場所は海上である可能性が高い。

自身のように脱出ポッドへ入れていれば兎も角、そうでなければ――。

戦友達への心配は尽きないが、事態は逼迫している。

そう判断した少年は状況を整理、優先すべきを考える。

 

「水と食料は何とかなりそうか?」

「海水の濾過と海洋生物の狩猟でぐんぞー一人分なら賄えるかも。ただ――」

「何時までも、とはいかない。後は情報が足りないな。下手に救難信号を出して敵に見つかっても不味い、か」

 

敵――霧が付近にいないとは限らない。

不明なことの多い霧だが、海洋からの人類排除は徹底している。

見つかってしまえば船体維持すらままならない状況では打つ手がない。

そして仮に救難信号を出したとして人類が霧によって陸に追いやられた今、救出される可能性は限りなく低い。

博打打ちとクルーから揶揄される群像をしてもリスクだけが大きすぎる。

そうなるとまずは陸地を目指すのが最善と思えるが、座標が特定できていない。

闇雲であっても陸地を発見できるまで移動するべきか。

 

「イオナ、今の状態で移動は……」

「ぐんぞー、何か、いる。艦艇じゃない」

 

イオナの警告に周囲を見渡す。異変は見当たらない。

ならば海面下?脱出ポッドの縁から海を覗き込む。

透明度は高くない、何かがいるとしてもかなり水面に近づかなければ見えるものではない。

 

「こちらに接近。海中から近づいてくる!」

「……っ、防御は!?」

「クラインフィールドは今すぐには展開できない。身を屈めて!」

 

群像が身を縮めた瞬間、脱出ポッドの屋根が形成される。

透明な天井が群像を覆い今出来る最大限の防御を実行する。

 

「来る……」

 

イオナが声を潜めて告げる。

 

――ひたり。今まで群像が身を乗り出していた縁に、手がかかった。

ヒトの手。

線の細い形は女性のもののようだが、異様に白い。

色白と呼ぶのもおこがましい、病的な白い肌。

まるで、血の通っていないマネキンのような……それが掴まった縁を頼りに、ゆっくり、ゆっくりと、水面から昇ってくる。

果たして。

 

「……君は」

 

誰だ。

否、何だ?

そう問おうとした群像の喉はからからに渇き、凍りつく。

海中から顔を出し、彼をじ、と見つめるのは黒髪の女性。

手と同じく白い顔が未だ海面に浸かる長い黒髪と相まって一層不気味さを感じさせる。

口にはシュノーケルをつけているようだが、海での潜水には必須となるゴーグルはしていない。

濡れた黒髪の合間から覗く蒼い、光。

群像を見続ける眼球は、それ自体が光っているように見える。

 

「……メ」

 

「――ッ!」

「ぐんぞー!」

 

声。背筋を冷やす微かな、しかし有りっ丈の憎悪を込めた声。

 

「……シズ、メ」

 

ひたり、ひたり、と透明な壁に濡れた白い手が張り付く。

 

「シズンデ、シマエ……!」

 

傾く。海中へ引きずり込もうとする意思を持って力が加えられている。

これは、敵だ。そう瞬時に判断し――。

 

「イオナ!」

「沈みなさい!」

 

しかし。群像の命じようとした声は、よく通る別の声の後に直撃した衝撃で掻き消される。

視界が水飛沫で埋まり、左右に大きく揺れる。

揺れが徐々に収まり、飛沫が海面へと落ちていく。

先ほどまでいた何かは正面から消え失せ、代わりに一本の棒が直立している。

それを手にしているのは、イオナと似た髪色の少女だった。

 

「君は……一体……」

 

群像の二度目の誰何。白いセーラー服に黒のストッキング。

年頃はイオナと変わらないくらいの外見だ。

意思の強そうな釣り上がった目尻に琥珀色の瞳。

それだけならただの女学生にしか見えないが、頭、腕、腰。

女学生には不釣合いなそれ。

側頭部に尖った機械……左右一揃いのそれは位置もあって狐などの動物の耳を連想させる。

しかし頭に接続されている様子はなく、重力に逆らって浮いている。

腕には魚雷発射管。

腰には艦橋を形作った基部から、左右へ二基のアームが伸び先端には連装砲。

それらは本来のサイズよりかなり小さく、人が装備できる大きさとなっている。

ただ、少年はその形状に既視感を持っていた。

海洋技術総合学院で仕官候補生として勉学に励んでいた頃。

霧が旧帝国海軍の軍艦を模していたことから、その装備に関しても授業の一環として資料が与えられていた。

50口径三年式12.7cm砲。

一二年式61cm3連装水上発射管。

主に駆逐艦に装備されていた兵装。

あまりにも似ているが、何故――。

 

「こちら叢雲。潜水艦、カ級の撃沈を確認、と」

 

少女が耳に片手を添え告げる。

棒が突き立つ海面に目を向ければ、先ほどの黒髪の女が文字通り目の光を失いゆっくりと沈んでいくのが見えた。

潜水艦?と思う間もなく、少女の後方から別の声とその主が海上を『走ってきた』。

 

「――おっそーい!叢雲ちゃん、こっちはもう一隻片付けたよー!」

「お疲れ様。任務完了ね、と言いたいところだけど」

 

かなりの速度で接近したもう一人の少女へ、叢雲と名乗った少女が労いの声をかけ。

脱出ポッドに納まっている群像へと目を向ける。

それに合わせてもう一人の少女も目を向けるが、こちらはかなり、その、危ない。

叢雲と同じくセーラー服がベースのようだが丈は限界を半歩踏み外している短さ。

肩、お腹、太腿を惜しげもなく露出し、腰には黒い布。

股間を基点にV字を描くように纏っているアレが下着であると、常識人の群像には認識できなかった。

否、したくなかった。

それに腕に抱えていたり、少女の背中に掴まっている物も理解に苦しむ。

叢雲の装着している12.7cm砲にドラム缶のような胴体を繋げた機械人形。

頭に当たる砲の正面には愛らしい目と口がついている。

少女の脚に隠れながら群像を覗き込んでいるもう一体と合わせれば、合計三体の大小が個別に動いて群像の様子を伺っているようだ。

 

「なにこれ?っていうか誰?」

「知らないわよ。何でこんな海域に人間が……」

 

二人は群像に対し不審には思っているが、少なくとも今は敵意がないように見えた。

さらに幸運なことに言語も通用するようだ。ならば。

 

「イオナ、開けてくれ」

「了解」

 

ナノマテリアルで構築した透明な壁が銀砂を舞わせながら消えていく。

不安定な足場でどうにか立ち上がると、出来る限り友好的な表情で声をかけた。

 

「自分は千早群像と申します。先ほどは助けて頂きありがとうございます」

「偶然だけどね。私は特型駆逐艦、5番艦の叢雲よ。で、こっちは島風」

「駆逐艦島風です。スピードなら誰にも負けません。速きこと、島風の如し、です!」

 

冷静な叢雲と対比するように、元気に満ちた挨拶をする島風。

しかしその名乗りには少女たちの外見を超えて群像に驚愕を与えた。

 

「まさか、『霧』――!?」

「……擬態している可能性は排除できないけど、違うと思う」

 

その名乗りに人類の敵、霧が重なる。

思わず身を引く群像の言を、イオナが断言こそしないものの否定する。

霧の一部が持つ人間の姿と思考を模倣したインターフェイス、メンタルモデル。

彼女達も旧帝国海軍の艦名と船体とを名乗り、形作っていた。

だが潜水艦もしくは重巡洋艦以下の艦種には演算リソースの問題からメンタルモデルが構築できない、とはイオナの言である。

駆逐艦を名乗った以上、霧でも人間でもない――?

 

「キリ?え、この私を知らないって?全く、ありえないわね」

「ねーねー、もう一人いるの?」

 

有名なのだろうか、無論旧帝国海軍の叢雲や島風ならば名前程度は群像も知っていたが霧では未だ確認されていない艦だ。

苛立った様子の叢雲と違い島風はイオナの声に興味を持ったようだった。

姿を見せず声だけというのはあまり印象が良くない。

お互いの立ち位置がはっきりしない内に警戒心を増させることは、危険を増させることと同意だった。

 

「……イオナ、メンタルモデルは構築できるか?」

「できる。もちろんこの脱出ポッドを維持したまま。ナノマテリアルの残量からすると本来できないはずなんだけど、消費量の効率が何故か上がっている。ただし性能はかなり落ちる。人間並みの体になるけど……」

「やってくれ」

「了解」

 

不明なことだらけだ。

しかしまずは相手の不審を解き、敵意がないことを証明する。

混迷する時代を生き抜いてきた彼には迷いがなかった。

 

「えッ!?」

「すっごーい!」

 

コア包むようにを再び銀砂が舞い、群像の隣にイオナのメンタルモデルが形成される。

編み上げのブーツ、青と白を基調としたセーラー服。腰まで届く空色の長髪が風に揺れる。

突然現れたとしか見えないイオナの姿に二人が声を上げる。

反応を見る限り霧に対する知識がないように思えた。

 

「私はイ号潜水艦401、イオナ。よろしく」

「伊号……貴方、艦娘……!?」

「ねー、今のどうやったの、教えて!」

 

艦娘。群像にとって初めて聞くその単語。霧は知らずともイオナがそれに近い存在だと認識しているのだろうか。

群像は思考を積み重ねながらも、情報が不足し過ぎていることに歯噛みしていた。

 

「……とにかく、ここじゃ何だわ。いずれにしても作戦海域にいた以上、同行と聴取をさせてもらいたいのだけれど」

「ねー!ねーってばー!」

「分かりました。こちらとしても行く当てもなく、お聞きしたいことがあります」

「決定ね。そっちの……イオナさん。航行は出来るの?」

「無視しないでってば!ねー!」

「泳ぐ?」

「……私たちで曳航するしかないわね。ほら、島風手伝いなさい。質問は帰ってから!」

「返事するのおっそーいっ!私後ろから押すね!」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぐ島風をいなしながら、群像とイオナを乗せた脱出ポッドの前方の縁へ手をかける。

転落しないよう群像とイオナは腰を落とし、背を向ける叢雲へ問いかける。

 

「すみません、助かります。それで、どちらへ?」

「私たち艦娘の根拠地。栄えある横須賀鎮守府よ」

 


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