Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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旅立ち6

 「アインズ様、とてもご機嫌が良さそうですが何か良いことでもあったのですか。」

 

 ナザリック地下大墳墓第九階層にあるアインズの自室で、インクリメントが朗らかな口調で質問した。アインズがパンドラズ・アクターと≪メッセージ/伝言≫でやり取りしている間、段々と声に嬉しさと心地よさを帯び始めたことに気付いたのだ。

 そんなインクリメントの質問に対してアインズは、インクリメントの肩に触れるか触れないかといった塩梅で手を回し、内緒話でもするように抑揚に答えた。

 

 「インクリメント、本当は秘密なのだが大図書館に移動する前、お前に喋ってしまったからな・・・・・・いいだろう。」

 

 アインズの接近に対して肩を縮こまらながらも、真っ直ぐアインズの目を見ているインクリメント。言葉を出すことはできない様子だが、その姿が相槌として十分なものだろう。

 続くアインズの言葉を待つように、ごくりと喉を鳴らした音が聞こえた。

 

 「ティトゥスとパンドラズ・アクターが本の作成に成功したようだ。これから実際に籠められた魔法が行使できるか実験をしに行くというわけだ。」

 

 アインズが途中からはずんだ声をあげたのが聞こえて、インクリメントは安心したように緊張を解いた。そして、一度口を開いて閉じた。そして、もう一度口を開いてアインズに話しかけた。

 

 「おめでとうございます! アインズ様! その魔法の本が何に使われるのか私には分かりませんが、心よりお祝いを申し上げます。」

 

 インクリメントは素直な気持ちをアインズに伝えたようだ。アインズはインクリメントをじっと見つめていた。

 

 (気づいていないのか?いや、冒険するって言ったのは事実だけどあまりピンと来た様子ではなかったかな。んー、変なタイミングでアルベドかデミウルゴスに知られると厄介だから、正直に話してから釘を刺しておくかな。)

 

 インクリメントはお祝いの言葉を発した直後から固まっているアインズを見ている。その姿が次第に不安げな様子へと変わっていった。

 何か変な事を言ったのだろうか。そんな事を考えているのが表情から読み取れた。そして、インクリメントが再び言葉を発しようとした時、アインズが口を開いた。

 

 「インクリメント、私がなぜ魔法の本を欲しているか知っているか。」

 「っひ!」

 

 声を発したのが同時だったのだろう。アインズの言葉を遮らないため、無理やり声を抑え込んだインクリメントの悲鳴が聞こえた。

 インクリメントの悲鳴にアインズは訝し気に首を傾げた。そんな様子を見たインクリメントは慌てた様子で口を開いた。

 

 「ひっ! しょ、少々お待ちください。」

 

 インクリメントは時間稼ぎの言葉を置いて、頭を整理した。そして、アインズが魔法の本を欲している理由。それを探した。しかし、見つからなかったようだ。

 

 「申し訳ございません。わかりません。」

 

 インクリメントはアインズを見ている。しかし、その足元は小刻みに震えていた。その様子をアインズは静かに眺めていた。

 

 (やっぱり知らないのか。それなら特に説明する必要はないかな。でも、なんか震えてるしかわいそうだから教えてあげようかな。秘密を守るようにと釘を刺せば問題ないだろうし。)

 

 インクリメントの額を見るとじんわりと汗が噴き出していた。

 

 「そんなに震えなくても大丈夫だぞインクリメント。これから話すことを秘密にしてくれるのであれば教えてやろう。シクススも既に知っていることだしな。」

 「え?!」

 

 アインズの言葉を聞いて驚いた様子のインクリメント。

 その様子を見て、アインズはぽっかりと開いた空虚な眼窩に灯る赤黒い光を揺らめかせた。

 

 「冒険だ。」

 「冒険・・・・・・、ですか。」

 

 きょとんとした表情で聞き直すインクリメント。

 アインズは楽し気にインクリメントに説明する。

 

 「ああ、冒険だ。お前が私の部屋を掃除している間、パンドラズ・アクターとマジックアイテムの仕分けを行ってな、その時にユグドラシルにはなかった武器が見つかったのだ。」

 「この世界独自のもの、ということでしょうか。」

 「察しがいいな。その通りだ。」

 

 アインズの説明にインクリメントも少し好奇心を刺激されたようだ。アインズに送る目線が熱を帯びたものとなっていた。そんなインクリメントを見たアインズもまた、言葉に力が加わった。

 

 「その武器は私の魔法で詳細を知ることができなかった。しかし、音・改さんに変身したパンドラズ・アクターが、商人専用の魔法を行使することでその詳細が分かったのだ。」

 「なるほど! 大図書館に赴いた理由はその魔法を本にすることだったのですか。」

 「その通りだ。冒険の途中に、その魔法が必要になった場合は私では対応できない。だから、本の製作をティトゥスに依頼したというわけだ。」

 

 インクリメントはアインズの言葉を聞いてぽんと手を叩いた。合点がいったという仕草だ。しかし、同時に残念そうでもあった。

 絶対の忠誠を誓うアインズが嬉しそうに語る冒険。それはいい。アインズが嬉しければインクリメントも嬉しい。それがナザリックのメイドというものだ。しかし、アインズが冒険に出ている間はお仕えすることが困難になる。そうなると、メイドとしては複雑なのだ。

 そう考えたインクリメントは嬉しいような嬉しくないような、何とも言えない表情だった。

 

 「そういうことだったのですか。」

 「ああ、この話は秘密だぞ? よろしく頼む。」

 「かしこまりました。」

 

 外見上は納得した表情だが、内面ではいささか複雑な気持ちなのだろう。笑顔が引き攣っている。しかし、アインズに言われれば、はいというしかないのが悲しいところだろうか。

 アインズは頷くと言葉を続けた。

 

 「それでは大図書館に行くとしようか。」

 

 そう言ったアインズは中空に手を伸ばして、アイテムボックスからリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出した。それをインクリメントに手渡そうとした。

 

 「少しの間だが、お前に貸し出そう。」

 「そんな!? 私に指輪など勿体ないです!」

 

 両手を前に突き出して、全力で指輪を受け取る事を拒否するインクリメント。しかし、アインズはインクリメントの手を引いて手のひらを上に向けた。そこに、そっと指輪を置いた。

 

 「お前にやると言っているのではない。私がすぐに移動したいから貸すと言ったのだ。」

 「あっ。」

 

 アインズに触れられた手を凝視してインクリメントは固まった。そんなインクリメントを見て、アインズはぽりぽりと頭を掻いた。

 

 「早くしないと置いていくぞ。使い方はわかるな?」

 「は、はい! ごめんなさい!」

 「どっちなんだ?」

 

 そんなやり取りしながら、やがて二人の姿はなくなった。

 大図書館アッシュールバニパルに転移したようだ。

 

 

 

 

 

 

 「これが例の魔法の本か。」

 

 ティトゥス司書長の制作室でアインズは魔法を籠め終わった本を手にして言った。

 アインズの期待の度合いが震えていた声から聞き取れた。

 

 「左様でございます、父上。」

 「幸運なことに、元々ナザリックに蓄えられていた素材を使用せずに作成に成功いたしました。」

 「そうか! お前の活躍、称賛に価するぞ。」

 「ありがとうございます。アインズ様。」

 

 アインズの称賛にティトゥスは最敬礼をもって答えた。

 時折、カタカタと骨がぶつかりあう音が聞こえた。ティトゥスもまた、嬉しくて仕方がないといったところだろう。

 インクリメントは壁の近くで微笑みながら控えていた。

 

 「よし。魔法が使えるかどうか実験を試みるか。」

 

 アインズは一旦、パンドラズ・アクターに本を手渡した。そして、中空に手を伸ばしてアイテムボックスから二振りの白い双剣を取り出し製作台に置いた。

 

 「いよいよですね、父上。」

 「ああ、緊張の瞬間だな。まずは≪オール・アプレーザル・マジックアイテム/道具上位鑑定≫だ。」

 

 アインズは通常の魔法を使用して白い双剣を鑑定した。

 

 「やはり駄目だな。この魔法ではパンドラズ・アクターが言った内容の情報はわからないか。」

 

 その言葉の内容は残念さを感じるものだったが、声色はむしろ期待を滲ませていた。

 その場にいる誰もが成功を確信している。そういった雰囲気が制作室を包み込んでいた。

 

 「で、では、≪マス・オール・アプレーザル・マジックアイテム/全体道具上位鑑定≫が籠められた、この魔法の本を使用する。」

 

 アインズの言葉が制作室に溶け込んだ。

 パンドラズ・アクターが本をアインズに手渡す。それを持ってアインズは双剣に向き直った。そして、本に籠められた魔法を解放した。

 

 「≪マス・オール・アプレーザル・マジックアイテム/全体道具上位鑑定≫!」

 

 ボフッっという音がして本が燃え尽きた。

 アインズは双剣に向き合った状態で微動だにしない。商人専用の魔法で鑑定された情報を細かく読み取っているのだろうか。そんなアインズの様子を固唾を飲んで見守る三名の異形の者たち。

 やがて、アインズが声を漏らした。

 

 「魔法使用失敗・・・・・・だと?」

 

 ひどく落胆したのか、アインズの肩は下がっていた。そんな支配者の仕草に対して、他の者は言葉を発することができないでいた。

 

 「なぜだ? マジックアイテムとしての本は一回きりだが制限に縛られない魔法の行使が可能なはずだ。蘇生魔法などは媒介を用意しないと魔法が発動しないが、この魔法にもそんな要素があるのか? いや、パンドラズ・アクターが魔法を発動した時は媒介は用意されていなかった。他に考えられる要因はなんだ? パンドラズ・アクターにあって私にないもの・・・・・・。」

 

 一人でぶつぶつと呟くアインズはふと、予備の本を手にしたパンドラズ・アクターに視線を移した。

 急にアインズに見つめられたパンドラズ・アクターはどうしたらいいかわからない様子だ。

 

 「解明の手掛かりなるだろうか。まあいい、まずは試してみるか。」

 「父上。」

 「パンドラズ・アクター、それは予備か?」

 「はい。予備の本でございます。」

 

 パンドラズ・アクターの言葉にアインズは頷いてから口を開いた。

 

 「パンドラズ・アクター、予備の本を貸してくれ。」

 「了解です。」

 

 アインズに言われてパンドラズ・アクターは本を手渡した。そして、アインズは道具上位鑑定の魔法を発動した。

 

 「全体道具上位鑑定・・・・・・そんな馬鹿な。・・・・・・商人クラスレベル八からの隠しクエスト・・・・・・この魔法をマジックアイテムにした場合、異形種を除いて使用可能だと? ・・・・・・クソ! クソ! クソ運営がああああ!!」

 

 アインズはNPCの前で癇癪を起してしまった。しかし、NPCが目の前にいることを忘れさせるほど、魔法で読み取った情報はアインズにとって受け入れがたいものだったのだ。

 本の形態を取ったマジックアイテム『マス・オール・アプレーザル・マジックアイテム/全体道具上位鑑定』。それは、商人クラス専用の隠しクエスト『博識な商人』をクリアした商人が、本の形態をしたマジックアイテムに魔法を籠めたものだ。

 取得方法は単純で、神器級三十、伝説級および聖骸級四十、遺産級百を含むマジックアイテム三千個を≪オール・アプレーザル・マジックアイテム/道具上位鑑定≫で鑑定--クエスト発動前に鑑定したものも含む--すること。そして、別枠で世界級アイテム十五個を同じ魔法で鑑定した時に取得可能魔法一覧に突然表示されるのだ。

 ユグドラシルでは単に複数のマジックアイテムが同時に鑑定可能になるといった微妙なものだった。しかも、魔法のクラスレベルを上げることによって新たに三つの魔法を取得できる魔法職と違って、クエストで取得可能になるこの魔法は貴重な魔法取得枠を潰さなければ覚えられない。進んで取得する者は少なかったのだ。

 そして、その魔法が制限をある程度無視できる本にされた場合どうなるか。結果は本来商人クラス八以上の者にしか使用できないが、異形種以外なら誰でも使用できるようになる。それなりの緩和が見られるが、種族縛りがあるのはやはり微妙であった。

 この鑑定結果はアインズに癇癪を起こさせるのに、十分な威力を持っていた。

 

 「この俺がああああ! 冒険に出たいというのにいいいい! 小賢しい縛りでえええええ! 冒険に出ることを許さないなんてええええ! 我慢できるものかああああ!」

 

 地団太を踏みながら激しく緑色に発光するアインズを見て、パンドラズ・アクターたちはうろたえるだけだ。

 しばらくすると、アインズは膝をついて製作台に両手をつけて嗚咽を漏らしていた。

 

 「アインズ様・・・・・・。」

 「父上・・・・・・。」

 「アインズ様・・・・・・。」

 

 うなだれたアインズに対して、どう言葉をかけていいのかわからないといった様子の三名は、アインズの名前を呼ぶことしかできなかった。

 やがて、アインズは何かに取憑かれたようにすっくと立ち上がると、ティトゥスとパンドラズ・アクターに一言だけ謝辞を述べた。そして、動くことができない二人を置いて、インクリメントと共に制作室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 「シクスス、少し外の風に当たるか。」

 

 制作室での出来事が終わってから数時間後、アインズは第九階層にある自室のベッドでごろごろしながらシクススにそう告げた。インクリメントにはティトゥスに謝罪と制作室の片づけを命じていた。アインズが片づけをすると言った時、インクリメントが「あの時、何もできませんでした。だから、私にやらせてください」と、懇願したのでアインズは頷いたのだった。

 

 「かしこまりました。アインズ様。」

 

 シクススは二つ返事で答えて指輪を取り出した。インクリメントが大図書館に向かう前に、シクススに渡しておいたものだ。

 アインズはシクススがなぜ指輪を持っている? といった様子で顎に手を当てたが、すぐに得心がいった風に頷いた。

 

 「それでは行くとしよう。 転移する場所は第一階層にあるナザリック地下大墳墓地表部中央霊廟だ。」

 「ナザリック地下大墳墓地表部中央霊廟ですね。わかりました。」

 

 アインズとシクススは指輪の力で転移できる最も地表に近い場所へ転移した。

 

△▲△

 

 黒一色の視界が変わり、闇の中に大きな広間が現れた。左右には遺体を安置する細長い石の台が幾つも置かれており、足元は磨かれたような白亜の石が続いていた。

 アインズは中空に手をかざしてアイテムボックスから≪コンティニュアル・ライト/永続光≫が付与されたマジックアイテムを取り出し、それをシクススに手渡した。

 

 「あ、ありがとうございます。」

 「うむ。暗いから気を付けるように。」

 「はい。」

 

 アインズはシクススを連れて外へと進む。その間、二人の間に会話はなかった。

 やがて、二人の前に白い石材でできた傾斜角の浅い長い階段が現れた。

 

 「そろそろ朝だな。シクススは寒くないか?」

 

 アインズはアンデッドのため朝冷えの寒さなどは特に感じない。だから、これはシクススを気遣ってのことだ。

 

 「あ、はい。大丈夫です。」

 

 少し照れたような口調でシクススは答えた。

 アインズはそれを確認してから階段を上り始め、シクススも続いた。

 階段を登り切ると、アインズは遠くを眺めていた。シクススはアインズを静かに見つめている。

 

 「地平線の向こう側がうっすらと赤みを差しているな。そろそろ朝だというのに山の方を見るとまだ星が見える。」

 「本当ですね。綺麗です。」

 

 そろそろ夜が明けるというのに星が見えるのは空気が澄んでいる証拠だろう。

 アインズとシクススは共に遠くを眺めていた。

 

 「空はこんなにも綺麗なのに全然気持ちが晴れない。やってられないな。」

 

 シクススに聞こえないような小声でアインズは暗い心境を吐き出した。

 この宝石箱のような空をもってしてでも、アインズの暗澹たる気持ちを吹き飛ばすことはできなかったようだ。

 

 「≪コントロール・ウェザー/天候操作≫」

 

 アインズは第六位階の魔法を行使した。その影響で赤と深い蒼と星の光が輝く空を、厚い雲が塞いでいく。

 シクススは首を傾げているがアインズがその様子に気付くことはない。

 輝く宝石箱に蓋をした影響で辺りは暗くなっていった。

 

 「済まないなシクスス。私のわがままだ。許してほしい。」

 

 その一言を聞いたシクススは納得したような顔になって優しい微笑みを浮かべた。

 

 「この世界はアインズ様のものです。アインズ様の御心のままに。」

 「ありがとう。そう言ってもらえると助かる。」

 

 シクススはお辞儀をした。

 

 「今日の当番はそろそろ終わりか。」

 「はい、アインズ様。この後、自室に戻られましたら他の当番との交代の時間になります。」

 「そうか。一日ご苦労だった。」

 「いえ、とても楽しいお仕事でした。」

 

 アインズはシクススを労った。

 

 「私の自室に戻り、当番が終わったらインクリメントにもよろしく言っておいてくれ。」

 「かしこまりました。」

 

 そんなやり取りをした二人はリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを使用して、第九階層にあるアインズの自室へと転移した。

 後に残るのは厚い雲の下、暗く不気味なナザリック地下大墳墓だけであった。


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