Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

7 / 20
旅立ち4

 シズは第八階層の荒野を抜けて、第九階層への転移装置に辿り着いた。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあれば移動も早いのだけれど、シズは持っていない。どこに転移装置があるか知っているとはいえ、歩いて移動すると少し時間がかかる。

 

 「・・・・・・早く、相談・・・・・・する。」

 

 セバスはまだ自室にいるかな。もし会えなかったらどうしよう。

 今日の日課を放り出して来たんだ。もし、会えなかったらどうしよう。不安を抱えながらも第九階層の転移装置を使用した。

 視界が変わった。と、目の前にはなぜかソリュシャンが立っていた。

 

 「待っていましたよ、シズ。やっと戻ってきましたね。ついてきなさい。」

 

 --??

 やっと戻ってきたというのはどういう意味? なぜソリュシャンはシズを待っていたの?

 もしかして・・・・・・。ソリュシャンも? シズはもう異端者なの?

 思わず立ち竦んでしまう。ソリュシャンは小首を傾げている。何を考えているのかわからない。

 

 「・・・・・・ゃ。」

 

 --怖い。

 自分でも音を出したのか分からないくらいの声で返事をした。でも、ソリュシャンの眉がぴくっと動いたように感じた。

 シズとソリュシャンは見つめあう。

 どれくらい時間が経ったのだろうか。怖くて動けないでいるシズに対してソリュシャンは口を開いた。

 

 「あなたが言う事を聞かないというのであれば、裏切り者としてアインズ様に報告しなければなりません。シズ、あなたはどちらなのですか。」

 

 --裏切り者。

 やっぱり、ソリュシャンもシズの敵だと言うの? もしかして、姉達も・・・・・・セバスもシズを疑っているの?

 どうしよう、どうすればいいか分からない。

 シズの味方はエクレアしかいないのかな。エクレア帽子を抱きしめてエクレアを思う。

 

 「シズ、私はあなたを疑っているわけではないのよ。ただ、あなたが変な考えを抱いていないか心配なの。あなたが今朝、食堂で不遜な発言をしたという話を聞いたわ。セバス様はそのことであなたに話があると言っていました。」

 

 --嘘だ。

 疑っていないだなんて嘘。今朝、食堂にいた誰かがシズを陥れるために変な話を広めたんだ。

 このままセバスの所に行ったら、シズは異端者として裁かれる。でも、それを覆す力はシズにはない。もう、黙って付いていくしかないのかな。

 

 「・・・・・・助けて・・・・・・エクレア。」

 

 エクレアの事を口にした途端、ソリュシャンの顔がぐにゃりと歪んだ。

 ソリュシャンもエクレアをよく思っていない。知っていたけれど、改めて確認すると暗い気持ちが沸いてくる。

 

 「いいですね、シズ。黙って付いてきなさい。あなたに拒否する権利はないわ。」

 「・・・・・・分かった。」

 

 もうダメかもしれない。これからどうなるんだろう。

 シズはソリュシャンの後に続いて、セバスの部屋へ向かった。

 

△▲△

 

 セバスの部屋の前にはナーベラルが立っていた。目線がソリュシャンを捉えて、すぐに後ろにいるシズに移った。そして、シズたちを交互に見比べて泣きそうな顔になった。ナーベラルもシズを疑うのかな。

 すぐに、ナーベラルが部屋に入って行って、まもなく出てきた。ソリュシャンに何か伝えてから、三人一緒に部屋に入った。

 

 「セバス様、シズ・デルタを連れてまいりました。」

 「ご苦労様です。ソリュシャン。」

 

 これからシズはどうなるんだろう。異端なことをするつもりは全然ないのに、裏切り者として扱われるのかな。

 本当に、誰がこんなことを仕組んだんだろう。

 

 「シズ・デルタ、少し二人で話しましょうか。一緒に応接室に来なさい。」

 「・・・・・・。」

 

 シズは小さく頷いてセバスに近づいた。セバスは誰が見ても安心できる、けれど今はとても怪しい笑顔を浮かべている。シズはそんなセバスにエスコートされて、糾弾の部屋へと連れて行かれた。

 

 「シズ・デルタ、話は聞きました。あなたは冒険の旅に出たいらしいですね。」

 「・・・・・・うん。冒険・・・・・・出たい。・・・・・・エクレア帽子・・・・・・みたいな、かわ・・・・・・いいもの、見た・・・・・・い。」

 

 もう、シズが外に出たいと思ったことは知れ渡っているみたい。なら、自分の気持ちに嘘をついて裁かれるより、素直に気持ちを出して裁かれた方がいい。決して役目を忘れたわけじゃないけど。

 --はぁ。

 最近はため息しかついていない気がする。何も悪いことはしていないのに。エクレア帽子をぎゅっとする。

 セバスは優しそうな笑みを浮かべて、シズの発言を聞いている。

 言質は取ったというところかな。

 

 「そうですか、かわいいものを見たい。それが、あなたが外に出たいという理由ですか。」

 

 そう。それがシズが外に出たいと思った理由。アインズからもらったエクレア帽子を褒められて、思わずいい気分になって漏らしてしまった思い。外に行けば、シズが好きな物があるかもしれない。でも、それは絶対に叶わない思い。

 シーゼットニイチニハチ・デルタはナザリック地下大墳墓、支配者アインズに仕えるための存在。

 かわいいもの、好きな物を探しに外に出る。そんなことは許されないし、それは常識のはず。なのに、それを強行すると思われている。

 おかしな話を広めた存在が許せない。けど、今回は挽回のしようがないくらい完全に負けた。

 

 「シズ・デルタ、あなたの気持ちはよく分かりました。この事はプレアデスで一度共有して、アインズ様に報告しようと思います。」

 「・・・・・・。」

 

 完全に勝ったといった表情。プレアデスから裏切り者が出たらセバスも立場が悪くなるかもしれないのに。

 シズを除いた全員で対策を立てようというのかな。もう、そんなことを考えてもしょうがないか。

 

 「そんなに心配しなくても、あなたの悪いようには絶対にしません。私が約束します。」

 「・・・・・・。」

 

 シズの味方は姉妹であるプレアデスではない。セバスでもなかった。エクレアだけがシズの味方だ。

 

 「今日はもう疲れたでしょう。点検の方は一時中断して、気持ちが良くなってから再開すればいいですよ。」

 「・・・・・・。」

 

 目礼で返事をする。罪が執行されるまで、束の間の休息ということかな。

 応接室の扉でもう一度、礼をして部屋を出た。応接室の外にはナーベラル、ソリュシャン、エントマがいた。

 

 「・・・・・・ごめん・・・・・・なさい。」

 

 目が赤かったり、顔が崩れたり、シズちゃんと呟いたり、反応は様々だった。

 ナーベラルの胸に抱かれた。

 --ごめんなさい、ナーベ姉。

 ナーベラルの肩越しにソリュシャンと目が合う。

 --疑われているのか心配されてるのかよくわからない。

 横を見るとエントマがいた。

 --もう遊べない・・・・・・かも、ごめんね。

 

 「シズちゃん、わたしはシズちゃんの味方だよぉ。」

 「・・・・・・ありが、とう。」

 

 エントマは信用できるかもしれない。もう、あまり意味はないだろうけれど。

 

 「シズ、私の一部を渡しておきます。信頼していますよ。」

 

 ソリュシャンが体--スライムの身体の一部--をちぎって渡してきた。盗賊スキルで常に監視すると言いたいみたい。そんなことしなくても、ナザリックではレベルが低い方に分類されるシズでは、できること--別に変な事はしないけど--は少ないというのに。

 やっぱりソリュシャンは信用できない。けれどこれ以上、悪く思われる必要もないから受け取った。

 

 「ぅぇ~ん。シズは絶対に私が守るからね。ぐすん。」

 「・・・・・・うん。・・・・・・ありが、とう。」

 

 ナーベラルの頭を撫でていると、応接室からセバスが出てきた。

 さっき糾弾された時とは違って、今は厳しい顔つきになっている。

 身内から異端者--シズは納得してないけど--が出たんだ。今後の対策を立てるのだろう。

 

 「ナーベラルはユリに、エントマはルプスレギナにそれぞれ≪メッセージ/伝言≫をお願いします。全員揃ったら、シズ・デルタの今回の行動を全員で共有します。その後に、アインズ様に報告しますのでその旨も伝えてください。最優先命令です。」

 

 最優先命令。それは執事長が直轄のプレアデスに与える最も強い命令。

 まあ、シズにはもう関係のないこと。

 

 「・・・・・・ナーベ姉、命令。」

 「ん、ひっく。ええ、聞こえたわ。待っていてね、シズ。必ず助けてあげるから。」

 

 返事はできなかった。誰かの企てにナーベラルを巻き込むわけにはいかない。

 ナーベラルを優しく引き剥がして、静かに部屋の出口へと向かう。

 最後にお辞儀をして、部屋を出る。セバスが真剣な目つきでシズに頷いたのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 シズ・デルタがセバスの部屋を出てから一日だけ日付が遡る。

 ここはナザリック地下大墳墓の第九階層。至高の存在の自室の一つ、アインズ・ウール・ゴウンの部屋だ。

 マジックアイテムの仕分けを終えたアインズが、二振りの白い双剣を眺めている。

 

 「ツイン・クレーンネック・ズルフィカールか。この双剣に含まれた魔力量はかなりのものだ。しかし、通常の魔法でこの武器の能力が分からないというのは、どういった原理なのだ。」

 「アインズ様にも分からない事があるのでしょうか。」

 

 一般メイドであるインクリメントがアインズに疑問を呈する。

 

 「私にも理解できないことがあるさ。しかし、理解できないことを追究した結果、理解できる。その瞬間というのは悪くない。冒険もまた同じようなものだ。今まで知らなかった常識が、知らなかった世界が切り開かれ世界が広がる。その瞬間もまたいいし、もっと世界を見に行きたくなる。」

 「そのお気持ち、私にも分かります。本を読むことで知らない世界を知ることができる。今まで同じように目にした光景が、違った意味を持って見えてきたりすることもあります。だから、たくさん本を読みたくなります。」

 

 アインズの思いにインクリメントは興奮した様子で答える。少しばかり、アインズが引いているようだが同時にどこか嬉しそうでもあった。

 

 「そうか、分かってもらえて良かったぞ。」

 「さすがはアインズ様でございますね。」

 

 インクリメントと会話を続けたアインズは、再び二振りの双剣に向き直った。

 

 「まあ、今は完全な鑑定をする方法が分かっている。追究は追々やるとして、今は商人専用の魔法で良しとしよう。焦ることはないな。」

 

 そう独り言を呟いた瞬間、アインズはハッとした様子で固まった。

 

 「いかがなさいましたか? アインズ様。」

 「いや、問題はない。・・・・・・いや、あるか。」

 

 アインズは致命的な欠陥に気づいてしまったのだ。そう、アインズは商人専用魔法が使えない。

 

 「なんてことだ・・・・・・。冒険が目の前にあるというのに、こんなことがあってもいいのか。」

 「アインズ様? 本当に大丈夫なのですか?」

 

 突然様子がおかしくなったアインズを見て、インクリメントは狼狽した。

 

 「ク、ク、クそう・・・・・・。こんなことに気付かなかったなんて。これではパンドラズ・アクターと交代で、冒険することができないではないか。」

 

 アインズは大声をあげたくなるのをぐっと我慢したようだ。ここには一般メイドがいる。醜態を晒していい場所ではないのだ。

 インクリメントは首を傾げていた。しかし、衝動はなんとか我慢できたものの、メイドの様子に気付く程の余裕は余っていなかった。

 

 「アインズ様、よろしいでしょうか。」

 

 恐る恐るといった様子で、アインズに話しかけるインクリメント。

 話しかけられてようやく平常心を取り戻したアインズは一つ咳ばらいをして、インクリメントに対峙した。

 

 「ゴホン、何だねインクリメント。」

 「アインズ様、私にはよく分かりませんが、魔法ならばスクロールを使用すれば良いのではないでしょうか。」

 

 アインズは雷に打たれたように衝撃を受けた。一瞬だけ、アインズの身体から淡い緑色の光が灯ったのだ。

 

 「インクリメント、よくやった。お前の功績は大きいぞ。」

 「そんな! 身に余る光栄です。」

 「本好きのお前ならではの助言だ。ティトゥスという手があったな。」

 「はい! 今朝、本を返しに図書館へ足を運んだ時に会ったので、今ならタイミングもバッチリだと思います。」

 

 インクリメントの助言にアインズは大きく頷く。双剣をアイテムボックスに入れたアインズは、おもちゃを買いに行ってもらえるのを心待ちにしている子どものようにはしゃいでいる。

 

 「では、第十階層の大図書館へ行くとしよう。インクリメント、ついてくるのだ。」

 「かしこまりました! アインズ様!」

 

 とても楽し気な雰囲気の二名は、意気揚々といった感じで大図書館"アッシュールバニパル"へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 はやる気持ちを抑えて、インクリメントを連れて進むアインズは、エボニーブラウンを基調とした落ち着いた部屋に辿り着いた。急いで移動しなかったのはインクリメントを気遣ってのことである。部屋には暖色光がほの暗く照らされ、天井はなだらかなドーム状となっている。部屋の奥には両開きの巨大な扉が鎮座していた。

 玉座の間への扉に匹敵するほどの大きさの扉の左右には、三メートル近いゴーレムがそびえ立っていた。武人の恰好をしたゴーレムであり、希少金属を使ってギルド『アインズ・ウール・ゴウン』メンバーの一人が作ったそれは、並みのゴーレムより遥かに強い。

 

 「扉を開けよ。」

 

 アインズの言葉に反応し、両脇のゴーレムは扉に手をかけるとゆっくりと押し開く。重い音が響き、数人が並んで入れるほどに開いた扉の中に、アインズとインクリメントは進み入った。

 前方に広がった光景は図書館というよりは美術館といった趣だ。床、本棚には無数の装飾が施されており、本棚に並んだ本自体もまるでその装飾の一部として置かれているかのようだ。

 よく磨かれた床には、寄木細工で美しい模様が描かれている。

 上部は吹き抜けに、二階はバルコニーが突き出し、無数の本棚が部屋を囲んでいる。半円の天井は見事なフレスコ画と豪華な細工でびっしりと埋め尽くされていた。

 

 「いつ見てもすごいです。至高の御方々がお作りになられたものは素晴らしいです。」

 「うむ。だいぶ課金もしたようだし自慢の図書館だ。そう言ってくれる者がいると製作者も喜ぶだろうな。」

 

 図書館に二名の話し声が溶け込む。

 少しして、後ろでゆっくりと扉が閉まった。入口からの光がなくなったことで、不気味なほど暗く静かになった。

 

 「ほとんど何も見えないくらい暗くなるな。私は種族の基本スキルで暗い場所でも見えるがインクリメント、必要ならば私に触れていてもいいぞ。」

 「そんな! アインズ様のお体に触れるなど・・・・・・。私は大丈夫です。普段から本を借りるときに利用させていただいてますので問題ありません。」

 「そうか、お前が大丈夫というのならば問題ないか。」

 

 照れたように語るインクリメントを見てアインズは呟いた。

 魔法かスキルの≪ダーク・ヴィジョン/闇視≫を持たないインクリメントには、少々手こずる暗さのはずだが慣れたようにアインズの後ろに控えた。それを確認したアインズは頷き、奥に向かった。目的地は少々遠い。

 

 「ユグドラシルの本には様々なものがあるが、私が今回ここを訪れた理由は何だと思う?」

 

 道すがら、アインズはインクリメントにそう問いかけた。

 急に話しかけられたインクリメントは一度言葉を発し、少し間を置いて答えた。

 

 「それは・・・・・・、ティトゥス司書長にスクロールの作成を依頼するためでしょうか。」

 「正解に近いが違うな。」

 「も、申し訳ございません。」

 「構うことはない。私がここを訪れたのは本の作成ができないか相談するためだ。」

 

 アインズは足を止め、本棚から一冊の本を抜き出した。そして、アイテムボックスから魔法≪永続光/コンティニュアル・ライト≫が付与されたマジックアイテムを取り出して辺りを照らした。

 

 「本、でございますか。」

 「その通り、本だ。」

 

 アインズの答えにインクリメントはよく分かっていない様子だ。

 

 「インクリメント、スクロールは誰にでも使えるというものではないのだよ。」

 「そんな! アインズ様をもってしてでも使えないと言うのでしょうか。」

 

 アインズは本を持ってページをパラパラと捲った。そして、インクリメントに歩み寄って本のページを一緒に覗き込んだ。

 

 「無論、使えないわけではない。込められた魔法によって使えるものと使えないものがあるといった具合だ。」

 「そうなのですか。申し訳ございませんでした。」

 「問題ない。」

 

 ぱたりと本を閉じて抱える。インクリメントの視線は本に釘づけだ。

 

 「スクロールに込められた魔法は、その魔法を使えるクラスを経験していなければ使用できない。例えば、私が生きている者に使用する回復魔法。これは私には使用できない魔法だ。したがって、この魔法が込められたスクロールは使用できない。」

 「なるほど。」

 「だが、魔法が込められた媒体が本の形態を取っていたらどうなると思う?」

 

 アインズの問いにインクリメントは考え込んだ。永続光が照らす彼女の姿はどこか凛々し気だ。

 やがて、インクリメントは答えた。

 

 「アインズ様が使えない魔法が使える、ということですね。しかし、それだけではないということなのでしょう。ええっと、・・・・・・。申し訳ございません。思いつきません。」

 

 様子を窺っていたアインズは抱えていた本を本棚に戻した。そして、インクリメントに答えを教えた。

 

 「正解は誰にでも使えるようになる、だ。無論、インクリメントが第十位階の魔法を行使することも可能だ。」

 「! 私が魔法を・・・・・・!?」

 「その通りだインクリメント。幽体に有効な魔法、全てを焼き尽くす火属性の魔法、私が得意とする即死魔法、もちろん蘇生魔法も。全て高い位階の魔法が行使可能になる。むろん、魔法に必要な媒介は別に必要になるが。」

 

 得意げに語るアインズに対してインクリメントは興奮した様子だ。そんな二人の影が遠くで踊っていた。

 アインズとインクリメントは再び歩き出した。今は上下関係なく恋人同士のような雰囲気で並んでいる。

 

 「今回、私はティトゥスに商人クラス専用の魔法を本にできないかを相談しに来たというわけだ。」

 「たしかに、司書長なら可能かもしれませんね。」

 「ああ、期待している。おっと、そろそろ案内係の『司書J』が普段仕事をしている場所だな。」

 

 いい雰囲気を維持したままの二人の行く手を遮るように、突如、本棚の間から幽鬼のような人影がふらりと姿を見せた。

 図書館の闇に溶け込むような漆黒のフード付きローブを纏っている。そのフードの下は死蝋化したような白色の顔。手は骨と皮ばかり。動くたびに身体を覆ている微かな闇が揺らめく。

 それはアンデッドのスペルキャスター、エルダーリッチだ。その左手上腕には『司書J』と記されたバンドをつけていた。

 

 「これはこれは、ようこそおいでくださいました。アインズ様。それに、インクリメント。」

 

 聞き取りづらいかすれた声をあげ、エルダーリッチはゆっくりと最敬礼をした。

 

 「ご苦労、ティトゥスはいるか?」

 

 エルダーリッチは瞬きする間もなく、口を開いた。

 

 「司書長は制作室でございますので、すぐに呼んでまいります。」

 「問題ない、私が直接・・・・・・いや、頼んでおこうか。」

 「ありがとうございます。すぐに呼んでまいります。」

 

 今回はアポなしでの訪問だ。言わば、連絡もなしに魔道王が契約しているドワーフの工房に視察に来たようなものだ。工房はハチの巣をつついたような騒ぎになるだろう。そのような騒ぎにならないだけでも、このエルダーリッチの対応は流石と言えるのだ。司書長がどう思うかは不明である。

 エルダーリッチを待つ間に、他のアンデッドの気配が進む先に集まってきていた。そして間もなく、司書Jが一体のスケルトン・メイジと共に戻ってきた。

 

 「大変お待たせいたしました。ティトゥスでございます。」

 「突然に訪問して済まない。ティトゥス、お前に相談があったものでな。立ち話も何だ。制作室の方で話そうか。」

 

 人間と動物を融合させたような骨格を持ち、身長は百五十センチ程度だろうか。

 二本の鬼のような角が頭蓋骨から飛び出し、手の指は四本で足先は蹄だ。

 そんな異様な姿を鮮やかなサフラン色のヒマティオンで覆い隠している。そして、体の所々になかなかの魔力を内包するマジックアイテムを装備している。

 外装や装備は変わっているがアンデッドの最初期種族の一つ、スケルトン・メイジ。

 このスケルトンが大図書館司書長、ティトゥス・アンナエウス・セクンドゥスである。製作系に特化している。

 

 「かしこまりました。では、こちらへどうぞ。」

 

 ティトゥスを先頭にアインズ、インクリメントは道を進む。

 途中、他のエルダーリッチやキャスター系のアンデッドが最敬礼をしながら左右に並んでいた。

 ティトゥスは時折コツ、コツツ、コツ、コツツツと足元が覚束ない様子だ。基本的にアンデッドは精神異常はきたさないのだが、アインズが突然訪問したせいか緊張している様子だった。

 やがて、扉に突き当たって三名は中に入った。

 

 「ようこそおいでくださいました、アインズ様、インクリメント。」

 「急に済まないな。今回はお前に相談がある。」

 「なんなりとお申し付けください。アインズ様から直接ご命令いただけることは至高の喜びでございます。」

 「そう言ってもらえると助かる、ありがとう。」

 

 ティトゥスは再び最敬礼をしながら喜びを伝えた。アインズは一度顔を上げさせてから続けた。

 

 「相談というのは製本を頼みたいのだ。」

 「製本・・・・・・でしょうか。」

 「そうだ。商人専用の魔法≪マス・オール・アプレーザル・マジックアイテム/全体道具上位鑑定≫を封じ込めた本を作ってほしい。一冊できたならば、後はコピーをしてほしい。」

 「素材の方はいかがいたしましょうか。」

 「最初は外の素材を使用し、無理ならばナザリックにある物を使っても構わない。その場合、できれば≪メッセージ/伝言≫で詳細を知らせてもらえると助かる。魔法は後でパンドラズ・アクターを寄越すから使ってくれ。」

 「かしこまりました。誠心誠意やらせていただきます。」

 

 ティトゥスに要件を伝え終えたアインズは、パンドラズ・アクターに≪メッセージ/伝言≫を発動してこのことを伝えた。そして、ティトゥスに向き直る。

 

 「うむ、よろしく頼む。この件とは別に何かあれば何でも言って構わない。可能な限り応えよう。」

 

 最後にそう言い残して、アインズはインクリメントと共に制作室を出て大図書館を後にした。

 アインズが去った後の大図書館は司書長以下全てのアンデッドたちが、勅命に応えるべく蜂の巣をつついたような騒ぎとなったのは言うまでもない。




半日で9k書くことは辛い。むちぷりさんはこれを数か月続けたそうで、腰痛と格闘しながらやり遂げたと思うと尊敬できる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。