Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険- 作:鶏キャベ水煮
「ナザリックの外に出たい、か。」
僥倖、僥倖。あの苺色の髪の悪魔を遠ざけることができる。この降って沸いたチャンスを必ず活かさなくてはならない。
私は配下の男性使用人に命令して、セバス執事長の部屋まで連れて行かせることにした。一刻も早くこのことを伝えて、セバスの協力を得よう。そして、協力を得たならばアインズに上手く伝えて悪魔を遠ざけるのだ。そろそろセバスの部屋だ。
セバスの部屋に着いた私は、配下に命じて床に降り立った。
入口に立つ黒髪ポニーテールの戦闘メイド、ナーベラルがいた。
私を見るや即座にしかめっ面をしたが、お前と遊んでやる時間はないのだ。すこぶる嫌そうな顔をした、この堅物をどうやって通過するか思案する。
「セバス執事長と話がしたい。通してくれ。」
「お前がセバス様と話? セバス様はお忙しいからお前と話をする時間はないわ。」
美しい顔をしているが、口からは棘が出た。腹立たしくなったが、ここで悪態をついて時間を浪費することは愚策だ。ここは素直に要件を伝えるとするか。
「シズ・デルタに裏切りの可能性がある。・・・・・・これでも話をする必要がないと言うのか。」
「なんですって。それは本当なの?」
私は知っているのだ。プレアデスの中でシズ・デルタがどういう存在なのかということを。お前たちは苺色の悪魔を溺愛している。私の見立てに間違いはないはずだ。
「本当だ。伊達にあいつに振り回されているわけではないからな。お前たちが知らない部分も知っているということだ。」
そんなに信じられないという顔をするなよ。毎日毎日飽きもせず玩具にされてるのは嘘ではないのだから、さっさと通してほしいのだが。
「わかったわ。少し待っていなさい。」
室内に入ったナーベラルをしばらく待っていると、やがて扉が開いた。ナーベラルが中へ入るようにと指示を入れてきた。私は配下に抱えられて中に入った。
室内にはいると、オーソドックスな執事服を着こなす老人とナーベラル、他に二名の戦闘メイドがいた。
老人こそが目的のセバスだ。髪と口元にたくわえた髭が全部白一色なのだが、鋼でできた剣を彷彿とさせ姿勢に油断が見られない。彫の深い顔立ちに皺が目立ち、温厚そうに見えるが目が鋭い。流石は至高の御方々に作られし存在、こうして対峙すると気が引き締まる。
是非とも私の配下に欲しい。
「エクレア執事助手、シズ・デルタの件でという事でしたか。」
「その通りです。セバス執事長。」
セバスが確認を取ってきたので、私は頷いた。
「詳しく聞かせてはいただけないでしょうか。」
「もちろんです。」
「では応接室へ。ナーベラル、案内をお願いします。ソリュシャン、執事助手が飲める物をお願いします。」
「かしこまりました、セバス様。」
ナーベラルは目礼、ソリュシャンはちゃんと返事をするか。
ナーベラルはセバスが居ても変わらないな。私に対する嫌そうな顔を隠しもしない。ソリュシャンは公私を踏まえているようだ。もし、配下にするならソリュシャンだな。ナーベラルは要らん。
心の配下候補ノートにそう記した私は、ナーベラルの後に続いた。もちろん、私の配下に私を運ぶように命じてある。
応接室の対面ソファに腰かけ、会話が始まった。
「それでは詳しく聞かせてもらいましょうか。」
△▲△▲△
「そうですか、シズが冒険に出たいと。」
鋭い目つきで見てくるセバス。その様子からは真剣さが真摯に伝わってくる。
この緊張感は中々いい。幹部との会議という感じがする。いつかは実現したいものだ。
「たしかにそう言っていた。私としてはシズの願いを叶えてあげたいと考えている。それが裏切りになるかどうかはまだ決まらない。しかし、このままシズを放置するとまずいことになるだろうと私は考えている。」
私の考えを聞いたセバスは本当に真剣に考えている様子だ。配下を思う心は私にもある。私はセバスのこういう所が好きだ。
「たしかに、シズをこのまま放置すれば他のNPCに示しがつきませんね。私の方からも、シズの真意を確かめましょう。」
「私はなるべく急いだ方がいいと思います。」
いい感じだ。苺色の髪の悪魔を遠ざけるという目標が近づいてくる。
「たしか、今日のシズの点検は第一階層から第三階層のでしたね。ナーベラル、こちらへ。」
「はい、セバス様。」
さっきまでの嫌そうな顔から心配を隠せないといった顔になったな。こういう顔もできるのなら、その気持ちを少しでも、私に分けてもらいたいところだ。
「≪メッセージ/伝言≫の魔法を使用して、シャルティアに連絡をお願いします。シズの事を観察、万が一に逃亡の可能性が確認できれば拘束をお願いしてください。それと、応接室を出たらソリュシャンをこちらに呼んでください。上層に向かわせます。」
「・・・・・・っ。かしこまりました、セバス様。」
ナーベラルはセバスに一礼した後応接室を出て行った。あからさまに表情を崩さなかった所はプラス点だな。
「私の話は以上です。セバス執事長、私の友人を悪くしないようお願いします。」
「あなたのお気持ちはよく分かりました。ありがとうございます。私の部下であるシズ・デルタが悪くならないよう、全力で対応いたします。」
「くれぐれも、よろしくお願いします。」
話が終わり、配下に抱えられた私はセバスと共に応接室から出た。
すると、エントマがセバスの元に駆け寄ってきた。
「セバス様ぁ、シズちゃん大丈夫かなぁ。」
「大丈夫です。決して私たちを裏切ったわけではありません。エントマ、あなたは何も心配する必要はありませんよ。私が保証します。」
「ほんとぉ~? よかったぁ~。」
その柔和な笑みで部下の心を鷲掴みにするのか。私も十分に動く皮膚があれば良かったのだが。いや、この考えは飴ころもっちもち様に失礼だな。私はこの容姿で必ず配下の心を鷲掴みにしてみせるさ。
「それではセバス執事長、よろしくお願いします。」
「もちろんです。早急な連絡、ありがとございました。」
そう言葉を交わして、私はセバスの部屋を後にした。
△
冷たい風が頬の横を吹き抜ける。白い石材でできた傾斜角の浅い長い階段を登り切る。視線の先には今にも動き出しそうな生々しさを持つ、巨大な戦士像が並んでいる。空を見上げると、どんよりと厚い雲が覆っていて薄暗い。
ここはナザリック地下大墳墓第一階層、地表にある入口部分だ。別に外に出るためにここまで来たわけじゃない。ただ、諦める前にもう一度だけ、外を見ておこうと思っただけ。少しだけ外を眺めたら、日課であるギミック点検を始めよう。
「おや、シズじゃありんせんか。こんな所まで出てきてどうしたでありんすか。」
声がした方を向くと赤い目をした美しい少女が、シズに話しかけてきていた。少女の後ろには背の高い二名の女性がいる。
全身を柔らかそうな黒いボールガウンが包んでいて、スカート部分は膨らんでいる。フリルとリボンの付いたボレロカーディガンを羽織っていて、手元にはレース付のフィンガーレスグローブを着けている。
ただ・・・・・・、胸がおかしい。身体に不釣り合いな膨らみ。
--うん。
この少女の名前はシャルティア・ブラッドフォールン。ナザリック地下大墳墓第一階層から第三階層までの守護者で、"真祖(トゥルーヴァンパイア)"。
シャルティアの後ろにいる二名の女性は"ヴァンパイア・ブライド(吸血鬼の花嫁)"というみたい。どうやって召喚しているのかは分からないけど、よく一緒にいる。
「・・・・・・シャルティア様。」
シャルティアは後ろに立つ二名のヴァンパイア・ブライドの胸部を鷲掴みにしながら、興味深そうにシズを見ている。シャルティアは馬鹿だけど鋭いというのが、姉妹の間での共通認識。下手にごまかしても見抜かれる可能性がある。
「・・・・・・少し、外の世界・・・・・・気になった。」
小首を傾げたシャルティアがじっと見つめてくる。シズは居心地が悪くなって、視線を逸らしてしまった。
「それはまた、異端でありんすね。」
--異端・・・・・・か。
やっぱりこの思いはほとんど誰にも分かってもらえない。シズだって良いことだとは思っていないけど、それにしたって言い方があるんじゃないかな。
「ぬしが頭につけているエクレア。深くは知りんせんが、それがこなたの異端の原因でありんしょう。」
「・・・・・・。」
シズは思わずシャルティアの目をじっと見つめる。シャルティアは確信を得たかのように、僅かに目を見開いて「ふふ」と、鼻を鳴らした。
また、エクレア。みんなエクレアの事を悪く言い過ぎ。何なの。
「それで、あわよくばナザリックを放り出して外に出ようとしたでありんすか。」
あげくにこれだ。何かと思えばシズが不遜な考えを抱いていると決めつける。
それにしても、なんでシャルティアがその事を知っているのだろう。天然かな。いけない、ちゃんと否定しないと。
シズは目をつむって勢いよくかぶりを振って否定した。ナザリックを捨てるだなんてありえないこと。
シャルティアを見ると、瞳を潤ませて少し紅潮しているようだった。思わず一歩後ずさる。背中が少し冷たくなった気がした。
--はぁ。
アインズに忠誠を誓う者が勝手な思いで、忠義から外れることをしてはいけないことは分かっている。なのにどうして・・・・・・、どうしてみんなでシズをいじめるのかな。
目の前のシャルティアは何だか嬉しそうだし。少し腹が立ってきた。
「何とか言ったらどうでありんすか。」
背後に立つヴァンパイア・ブライドの胸を揉むことも忘れた、鼻息を荒くしたシャルティアが詰め寄ってきた。シャルティアの鼻息が頬を撫でてくる。
--なに? 一人で盛り上がって!
ちょっとイラっとしたシズは、わざとらしくシャルティアから視線を外して、照れたような素振りで呟いた。
「・・・・・・もらった。・・・・・・アインズ様から。」
「んごが?!」
シャルティアの鼻息が離れる。視線を戻すと、手を遊ばせながらわなわなと震えていた。勝手におもちゃだと思っていたシズが、予想していなかった反撃をしたんだ。きっと今は頭の中が真っ白に違いない。追撃に頬に手を当てて恥ずかしがってみる。
「んぎいぃい?! なな、何なんでありんすか。その嬉しそうな素振りは!? いただいた? アインズ様? アインズ様から?! え? アインズ様から?!?! アインズ様からああああ?!?!?!」
相好が崩れたシャルティアを流し目をして見ると、本来--ヤツメウナギと呼ばれる種族--の姿が見え隠れしていた。・・・・・・効いてる。
「ぷ、ぷプ、プレアデスの・・・・・・それも、目立った成果も上げていないあなたに! あああ、アイ、アインズ様から、あい、アインじゃない、愛をいただくだな」
「・・・・・・それは、お前の物だ。私が許そう。」
「ぐぎぎぎいぃぃぃ。」
シャルティアは血を吸うことで『血の狂乱』という暴走状態になる。けれど、血も吸っていないのに『血の狂乱』を起こしそうなシャルティア。
とどめ。
シズは跪いて、そこに"もう一人"のシズを抱えるように片手を伸ばして、もう片方の手で頭を撫でているモーションを取った。
「んぎ※◇●∬▽ゃおお¥€$£がうああ。」
シャルティアが壊れた。
せっかくの美しい姿が台無し。何だかおもしろいから、しばらく見ていよう。
(・・・・・・)
頬に爽やかな風が当たる。何だか、少しスッキリした。そろそろシャルティアを元に戻してあげよう。おろおろしながらシャルティアの様子を窺っているヴァンパイア・ブライドがかわいそうになってきた。
「んひぃい。んぐぐぐ。うん、ふぅふぅ。」
「シャルティア様、お気を確かに・・・・・・。」
シャルティアをどうやって正気に戻すか考えていたら、ヴァンパイア・ブライドの一人が意を決したように近づいていた。
「うるしゃい! わらひはいつでもれいしぇいちちゃくじゃ!」
--うわぁ。
冷静沈着。そういうことにしておくね。
すぱーんという澄んだ音、べちゃという濁った音がして、ヴァンパイア・ブライドの一人が肉塊になった。
「わ、わわわ、私だって、私だってはは・・・・・・裸でアインズ様と抱き合った事がある。それに、寝食を共に・・・・・・旅行をしたことだって、椅子にされたことだってある。大丈夫、だいじょうぶ・・・・・・私がリードしている。私の方が愛されている。んふふ、アインズさまぁ。」
一○○レベルの階層守護者のプライドか、または女のプライドか、何がシャルティアをそうさせるのか知らないけど、シャルティアは一人で立ち直った。シズが見ている前で甘い声を上げながら顔を上気させて、自分の身体を抱きかかえてくねくねしているけれど。
「・・・・・・うわぁ。」
思わず声が出てしまった。それにしても、シャルティアは立ち直ったのかな? 今度は違う世界に行ってしまったような気がする。
しばらくうわごとを呟いていたシャルティアは、やがてこっちの世界に戻ってきた。
「流石はプレアデスといったところでありんしょうか。私をここまで追い詰めるとは予想外でありんす。シズも幾分かスッキリしたみたいでありんすし、この話はここらで手打ちとしんしょう。」
「・・・・・・。」
「まあ、私の勝ちは揺るぎようがないでありんすが。」
シャルティアは手を腰に当てて胸をそらした格好で、勝ち誇った表情を浮かべている。余計な一言が置き去りにされたけど、スッキリしたのは事実だった。最初に頬に感じた冷たい風も、今はそれほどでもなかった。
シャルティアは残ったヴァンパイア・ブライドを四つん這いにさせて、その背中に腰かけた。
「私は深く知りんせん事でありんすが、私を追い詰めたご褒美として助言と忠告をしんしょう。」
「・・・・・・助言と忠告?」
シャルティアはこくり、と頷いた。
「まず、忠告から。」
「・・・・・・。」
息を呑む。
「まずは、今後は皆の前で異端な発言は控える事。既にナザリックに仕えるほとんどの者には、ぬしに反逆の可能性があるということが知れ渡っている。私は上層に、直接地表部へ向かったぬしを監視、必要なら捕縛するように言われている。」
「・・・・・・。」
監視と捕縛? シズが知らない内に話がよく分からないことになっている。一体誰が変な事を広めたんだろう。ユリ? ルプスレギナ? 一般メイド? 誰だか分からないけど、早くなんとかしなければいけない。
焦ったシズはシャルティアの話半分に踵を返して階段に向かった。
「待ちなんし。まだ話は終わってないでありんす。」
早く状況を確認しなければいけないけど、シャルティアに呼び止められては立ち止まるしかない。
「私を無視するだなんていい度胸でありんすね。まあ、反逆の烙印を押されれば焦る気持ちも分かるでありんすが。今は少し気分が良いので、特別に許して差し上げるでありんす。」
「・・・・・・なんで?」
なんでシャルティアはここまでしてくれるのだろうか。
「言ったはずでありんす。格下のぬしが私を追い詰めたご褒美だと。私がしたいからする。それだけでありんす。」
「・・・・・・。」
シャルティアらしい。たしかに、それなら納得できた。
--はぁ。
ふと、頭の中でため息が漏れてしまった。シズは最近、全然だめ。失敗ばかりしていて、それが取り返しのつかないことになってしまいそう。
「そう気を落とさずとも、助言もしてあげるでありんす。」
「・・・・・・助言。」
この状況をどうにかできる助言って一体どんなことなんだろう。シズには分からない。だから、勘は鋭いシャルティアの助言を素直に聞こうと思った。
「単純なことでありんす。セバスに直接相談すればいいでありんす。」
「・・・・・・セバス様、に。」
ナザリック執事長のセバスはシズの直属のボス。付き合いはシズが作り出された時から続いている。セバスなら分かってくれるかもしれない。単純だった。
「・・・・・・分かった。・・・・・・セバス様に、相談・・・・・・する。」
にこにこしながらうんうんと頷いたシャルティアは、椅子から降りて椅子のおしりを叩いた。パチンと澄んだ音が響いて小さな手形がついた、痛そう。そして手形を蹴り飛ばしてから、少し乱れた髪を指で梳かして言った。
「私の見立てでは、反逆の可能性はなさそうでありんすね。」
反逆? もうそこまで話はこじれてしまっているの?
「お前、そこに散らばっている肉塊を掃除しておくように。湯浴みまでに戻ってこなかったらおしおきだからな。椅子の心得というものを教えてやる。」
白い石材の上で、体に小さな手形をつけてうずくまっているヴァンパイア・ブライド。それに向かって吐き捨てるようにして、シャルティアはそう告げた。
「私はこれで戻るでありんすが、良かったら≪ゲート/転移門≫で階層移動の転移装置まで繋げてあげるでありんす。」
シズは静かにかぶりを振った。
階層守護者にあまり迷惑をかけるべきではない。
「・・・・・・ありがとう。でも・・・・・・自分で、行く。」
「そうでありんすか。」
そう言葉を交わしたシャルティアは≪ゲート/転移門≫で去った。
反逆。シャルティアの言った言葉に不安が募る。
魔法が消えたことを確認したシズは、セバスに相談するために急いで下層へと向かった。
エクレア暗躍