Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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カルネ 5

 シズはソリュシャンに今日の出来事を順番に話した。

 オフィーリアのこと。シュレリュースの能力のこと。パンドラズ・アクターに言われて戦闘演習をしたこと。ヘロリエルのこと。検問所で見つけたかわいい生き物のこと。そうして話していたら、シズがフリーズを起こした原因がわかった。

 ソリュシャンはシズの話を優しく聞いていてくれてる。そんなソリュシャンの態度がすごく安心できる。

 ナザリックにいた時はちょっと怖い姉という感じだったけど、本当のソリュシャンは優しいのかも。ルプスレギナはソリュシャンを見習ってほしい。

 

 「そう。シズはライオっていうビーストマンの事を信用していたのね」

 「……うん」

 「だから、そのライオが領域--検問所--の守護を放棄していい理由を必死で探したのね」

 「……そう」

 「そして、理由が見つからなくてフリーズした。そういうことね」

 「……うん。……シズは……階層、領域守護者……じゃない、から。……わからなかった」

 

 もう一回考えてみてもやっぱりわからない。

 

 「私も階層、領域守護者じゃないから分からない。でも、シャルティア様と話をしていると守護を放棄していい理由なんかないって思えるわ」

 「……シャルティア、様?」

 

 たしか、ソリュシャンはシャルティアと仲がいい。シズは受け入れられないけど、趣味が合うらしい。だから、シャルティアとよく話をするのかも。

 

 「理由は簡単ね。シャルティア様、そして他の守護者様たちはそうあれと作られたから。だから守護を疎かにしていい理由なんてないの。それにシャルティア様からは、その使命を忠実に行おうとする強い意志を感じるわ。だから、ライオというビーストマンが行った行動は絶対に許してはいけないわね」

 「……」

 

 許しちゃいけない。優しい表情で、ライオの行動を責めるソリュシャン。

 ソリュシャンの言葉を聞いたら、もうライオの罪は覆せないんだとわかった。でも……、ライオはかわいい。だから極刑は……嫌。

 

 「ふふ。シズったら、ライオというビーストマンの事が気に入っているみたいね」

 「……うん。……かわいい、から」

 

 体がもこもこしてるところとか、すごく好き。

 

 「それなら、ライオが自分の罪を認めて改めるように働きかけなさい。たしか、衛星都市カルネの検問所の自治はアインズ様が召喚されたエルダー・リッチに任されていたわね。だからこの件は、私とあなたが黙っていれば問題ないわ」

 「……」

 「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫。シズ、あなたなら上手くやれるわよ」

 

 ソリュシャンに勇気づけられて、ライオを改心させることができるような気がしてきた。

 

 「ライオの居場所はわかる?」

 「……大丈夫。……スキルの上書き……してない」

 「そう、なら行きなさい。あなたがライオを調教するのよ」

 「……調教」

 

 調教という響きに身体が震えた。シズは、アウラが魔獣に何かを教えているところをずっと見てたから。たまに、同じことをさせてほしいって言ったことがあるけど、アウラの答えはいつも同じだった。だから魔獣の調教は、シズにはできないんだって諦めてた。それができると思うと……、すごく興奮する。

 待っててね、ライオ。

 シズがライオを調教してあげる。

 

 「ふふ。シズったら、そんな表情もできるようになったのね」

 「……」

 

 ソリュシャンに笑顔でそう言われるとシズも嬉しくなってきた。ドキドキしながらストーカークラスのスキル発動する。ライオの現在位置を特定。

 

 「……いた」

 「シズ、私の助けはいるかしら?」

 「……大丈夫。……一人で、できる」

 「そうね」

 

 ソリュシャンと一緒にシズも立ち上がった。

 木箱に敷かれていたスカーフを拾って、ソリュシャンに返す。

 

 「……ソリュ姉。……ありが、とう」

 「どういたしまして」

 

 ソリュシャンにお礼を言ってから、ライオがいる方角に向きを変えた。

 

 「ちょっと待ちなさい」

 「……?」

 

 何だろう。

 

 「腰のリボンが傾いているわ。これでいいわね」

 

 そう言ってソリュシャンはシズの頭の後ろをぽんぽん叩いた。ずっと前に、"博士"様にしてもらった。そんな気がする……。不思議な、気持ち。

 

 「……」

 「さあ、楽しんでいらっしゃい」

 「……うん」

 

 ナザリックでは見たことがないソリュシャンの笑顔。なんか、すごく悪そうに見えるけど、たぶん気のせい。そんなことよりも、いまはライオの調教が優先。

 シズはライオを目がけて走り出す。

 

 「狩りを、ね」

 

 ソリュシャンの言葉が風を切る音にかき消された。

 

 

 

 

 

 

 シズ・デルタの追跡から辛くも逃れたライオは自宅に帰っていた。

 おおよそ自宅というのはそこに住まう者の安寧の地。心を落ち着かせる居城。そんな場所であろう。しかし、今ライオの心には安らぎとは対極的な感情が渦巻いていた。

 そう、ライオは恐れていた。ストロベリー・ブロンドの煌く髪と翠玉の瞳を持った美少女。シズ・デルタを。

 着ていた服を乱暴に脱ぎ捨てると、震える体に鞭を入れてライオは風呂場に直行する。熱いシャワーを浴びて気持ちを落ち着かせるのだろうか。否。ライオは考え得る可能性を排除するためにシャワーを浴びに来たのだった。

 

 「落ち着け。落ち着けよライオ! お前にならできる。あの悪魔竜から逃げ切ることはできる!」

 

 なぜシズがライオを見つけることができたか。それは驚異的な嗅覚によるものだとライオは考えていた。

 自分に叱咤激励をして適度に温度調節された湯が出るマジックアイテムに手を伸ばすライオ。

 普段ライオは自慢の毛並みを整えるために、湯を浴びる前に念入りに毛を梳かしていた。しかし、いまのライオにそんな心の余裕はない。日頃の習慣を忘れてライオは湯を浴びる。

 

 「まずは匂いだ! あいつはきっと鼻が利く人間……いや違う! あいつは人間の皮を被った化け物なんだ! だから匂いを辿って俺の居場所がわかった。そうに違いねえ!」

 

 ライオの予想は正しい。シズ・デルタはたしかに人間ではない。だがそれだけだ。

 鼻が利くわけでもないし、匂いをたどることもできない。それよりも確実なことができる。それだけだった。

 故にライオは気付けない。ライオが既に捕まっているということを。

 シズが初めてライオを見たその時、ライオがシズから悪寒を覚えたその時。既にライオは捕らわれていたのだ。シズのスキルによって。

 

 「畜生が! 何で俺のボディシャンプーは無香料なんだ!」

 

 香料なんか身に纏っていたら鼻が曲がる。そう考えて初めから無香料の洗料を選んだことも忘れて、ライオは洗料入りの容器をぶちまけた。

 ぶつぶつ文句を言いながら洗料を泡立てて体の匂いを落とすライオ。泡を洗い落とすとすぐに、タオルを使って体毛が吸った水分を除去した。

 

 「急げ急げ。上手く逃げたとはいえ、またいつ奴が現れるともわからねえ。ビーストマンとしての俺の勘が言っている。あの悪魔竜は再び俺の前に現れると!」

 

 ライオは焦りながらも、しっかりとした手つきで壁に掛けられたマジックアイテムに手を伸ばした。このマジックアイテムは濡れた体毛を乾かすことができる。

 湯を浴びた事で知らない内に少し落ち着いたのだろう。その手に震えの色はない。

 テキパキとした動作で体毛を乾かしたライオは殺風景な自分の部屋に躍り出る。

 

 「次は……」

 

 そう言ってライオは自分の部屋を見回した。

 ライオの部屋は一見すると広い。端から端までの広さは人間の大人がおよそ四十歩も歩けるほどだ。この住居は、ライオが検問所に勤めることが決まった際にカルネからあてがわれたものだった。

 およそ生活感というものを感じられない程に殺風景なのは、ライオが家具を買い揃えなかったからだ。

 全身が毛で覆われているビーストマンは衣服や寝具は必要ない。それに、多少の暗がりなら夜目がきく。だから、ライオの部屋にあるのは検問所に着ていく制服とぽつんと置かれた木箱くらいだ。雨風凌げる場所があればそれでいいのだ。

 自分の部屋を見渡していたライオは足元に転がったものに目を落とす。さっきまで着ていた服だ。それを眺めていたライオは口を開いた。

 

 「次はコレだ! たしか買い置きしていた骨があったな!」

 

 そう言うと、ライオは部屋の隅に置かれた木箱からいくつかの骨を取り出した。その骨を服に通すと、上手く組み立てて壁に立て掛けた。

 

 「これでよし! もしあの悪魔竜が匂いを追ってきたのならこいつに食いつくはずだ」

 

 果たしてこれを見てライオだと勘違いする者はいるは疑問だ。だがライオは満足気に頷いている。

 

 「あとは……、これに飛びついたあの化け物を背後から叩く! だがいくら化け物と言っても所詮は人間。しかも女だ。ライオ様の本気の一撃をお見舞いすればいくら奴でもひとたまりもないはず。……見てろよ!」

 

 ぽきりぽきりと肉球のついた手を鳴らすと、ライオは庭へと退散した。

 庭といっても木や植え込みがあるわけではないし隣家との囲いもない。平坦な土壌に雑草が生えているだけだ。だが、部屋と庭の境目が段になっているためにライオは身を屈め、息を潜めて獲物が罠にかかるのを待つことができる。その姿はハンターそのものだ。

 ライオはそこからさらに種族スキルを併用している。ビーストマンが通常の狩りに使用するスキルだ。こうなると、普通の人間がハンターの気配を察知するのは難しい。普通--レベル五程度--の人間ならば。

 

 「……」

 

 声を出さずにライオは待つ。殺気が漏れぬように、景色に同化するように。しかし、いつでも飛び出せるよう体の緊張は保ったままだ。そんなライオの緊張を和らげるように、ふわりとしたそよ風がライオの背中を優しく撫でる。

 ライオはそよ風を心地いいと感じながらも緊張は解かない。獲物が現れ、罠にかかるその一瞬を逃さぬために。

 

 「……」

 

 雲に隠れていた月が顔を出すたびに、ライオの部屋が照らされては暗くなる。月に照らし出された影が部屋の向かい側に伸び、周囲の影と同化する。

 

 「……」

 

 ライオは声を出さず、息を殺してシズ・デルタを待ち続ける。また月が顔を出したのだろうか。部屋に照らし出された一本の影が、部屋の向かいの壁まで伸びる。

 

 「……!?」

 

 おかしい。いまライオは身を屈めて部屋の中を窺っている。だから、部屋の向こう側まで影が伸びるのはおかしかった。庭には一本の影を生み出す物体はないのだから。

 ライオは嫌なざわめきを覚えた。いまライオの後ろにいるのは何だ、と。そして、恐る恐る後ろを振り返った。

 

 「……」

 「っ!?」

 

 夜空に舞うストロベリー・ブロンドの髪の髪は、一本一本がドレスを身に踊る美女のように煌びやかだ。翠玉の瞳はサンゴが生育する海のように澄んでいて、鼻と口はどこか幼さを感じさせる。改めて全体を見れば、どこか作り物めいた精緻さがある。だが同時に、月の光を背にした美少女からは妖しい生命力を感じられた。

 

 「……」

 

 シズ・デルタ。それがライオの背後に降り立った美少女の名前だ。そして、ライオが恐れる存在でもある。

 

 「ぁ……。ひっ……」

 

 周囲にアンモニア臭を伴う湯気が起こった。しかし、この場にいる二人に表情の変化はない。

 シズは変わらぬ表情でライオを見つめている。

 ライオは目を剥き、口は埴輪のようにだらしなく開かれている。

 その場に起こったアンモニア臭が霧散すると、幼さを残す口が開かれた。

 

 「……シズが……ライオを……調教、する」

 「か……」

 

 一言。感情を感じさせない声でシズが言った。冷たく澄んだ瞳がライオを捉えている。

 ライオはシズの翠玉の隻眼を見て声にならない声を上げた。

 

 「ぁぁぁぁぁあ」

 

 ガリガリガリと、何か硬い物が擦れる音が鳴った。それは、ライオが力いっぱいに地面を引っ掻いた音だった。しかし、必死の逃走も未遂に終わってしまう。

 ライオは既にシズの脇に抱えられていた。

 

 「……」

 

 シズは激しく暴れるライオを一瞥すると歩き出した。感情を感じさせない表情からは何も窺うことはできない。しかし、翠玉の瞳からは何か懐かしいものを見るような、そんなやんわりとしたものを感じることができた。

 

 「離せ! 離せえええ! 俺を、俺をどこに連れて行く気だ!」

 「……検問所」

 「検問所って……。何のためにだ?!」

 

 シズは歩きながら説明を始める。

 

 「……やり直して。……そしたら……許して、あげる」

 「へ?」

 

 ライオは訳が分からないといった顔をしている。やり直すとは? 何を言っているんだこいつ。やっぱり悪魔竜の考えが分からねえ。そんなことを考えながらも、ライオは地雷を自ら踏み抜く。

 

 「もう今日は仕事をするつもりは無ぎょえ」

 「……」

 

 仕事をするつもりは無い。それを言い終える寸前にライオは悶絶した。

 シズをよく見れば、その翠玉の瞳に冷たい鋭利なものを宿らせてライオを見下していた。それもそのはず。シズはライオに領域--検問所--守護を再開させるためにこうしているのだから。

 必然、脇に込める力が強まるというものだった。

 

 「……だめ。……仕事、して? ……お願い」

 「かはっ! くっ……。う……」

 

 痛みをこらえながらも必死に首を上下させるライオ。ただただ痛みに悶絶していては殺されるかもしれない。シズの視線からそんな鋭利さを感じていたから、ライオは必死に言う事を聞いた。

 

 「……」

 

 ライオの必死な態度が伝わったのか。シズの視線は元の無機質なものへと変わった。

 これですぐに殺されることはない。ライオはそう考えて、荒い呼吸をしながらもほっとした。しかし……。

 

 「……仕事したら……遊ぼうね」

 「っ!?」

 

 ライオの毛が逆立つ。

 この視線。ライオはこの視線を感じたからこそシズを恐れたのだ。

 シズのレベルは四十六。対してライオのレベルは十。そのレベル差は四.六倍。絶望的レベル差がある強者から嗜虐的な視線を向けられているのだ。生きた心地はしないはずだ。

 ライオが本能的に恐怖を感じるのも無理はない。しかし、シズが抱いていた感情は対極的なものだった。初めて友達の家に遊びに行くような。照れながらも勇気を出した。そんな感情を抱いていた。もちろん、ライオにそんなことは通じていない。

 

 「……」

 

 シズの足取りが目に見えて早くなる。早歩き、小走り、疾走と、まるで恥ずかしさを隠すようにどんどんスピードが上がっていく。

 

 「ぁー……」

 

 ライオは意識が遠のいていくのを感じていた。得体の知れない視線を直に浴びながら。いつしかライオの意識はまどろみに落ちていった。

 それからの事はライオ自身あまり覚えてないという。覚えているのはこんなことくらい。

 

 「……反省、した?」

 「反省しました! もうしません! 絶対に検問所の守護を途中で投げ出したりしません!」

 「……なら……いいよ」

 

 うっすらと覚えているのは昼間に抜けた穴埋めをした後の会話のこと。

 

 「グルルルルルル」

 「……」

 

 シズが手に持つ骨を一生懸命に引っ張ったこと。

 

 「はっはっはっ。ボールどこいった?」

 「……」

 

 ボールを数字秒以内に探してくれたら解放してくれるという遊び。あとの事は覚えていないし思い出したくもないとライオは言う。

 嗜虐的な視線を受けながらの出来事はライオにとって悪夢そのものであったらしい。

 

 ライオが起き上がった時にはもう朝になっていた。ライオの隣にもうシズはいない。

 胸を大きく膨らませて、朝露を含んだ外気を吸い込むライオ。どうやら、いつの間にか寝ていたようだ。

 

 「俺は……助かったのか」

 

 その言葉に答える者はいない。ライオが立ち上がる事で、掛けられた毛布がふぁさりと落ちるだけだ。

 

 「何だこれは」

 

 ライオは傍に置かれた紙とポーション瓶を手に取る。

 紙にはライオにも読める文字で『お疲れ様』とだけ書かれていた。

 

 「お疲れ様だぜ……」

 

 ライオはポーション瓶を開けると匂いを嗅いだ。

 

 「毒はなさそうだが……一応な」

 

 ライオはポーションを一滴、指に垂らして舐める。そうして毒がないことを確認すると一息に飲み干した。真っ赤な色をしたポーションを。

 

 「こいつはやべえな。体の疲れが吹き飛んだぜ」

 

 そう言うってライオは毛布を手に検問所に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 人通りがまばらな街頭。昼間の喧騒が嘘のような静けさ。湿り気を含んだ空気。時折聞こえてくるのは馬のいななきか小鳥のさえずり。空は朝焼け、収穫を前にした畑に農民が繰り出す。

 衛星都市カルネの馬車発着場前に三つの人影が現れた。

 

 誰もが最初に目を奪われるであろう。長く伸ばされ、柔らかな朝陽を受けて煌くストロベリー・ブロンドの髪を持った美少女はシズ・デルタだ。

 宝石のような冷たい輝きが宿った翠玉の瞳が片側に見えるが、もう片側はアイパッチが覆っている。どこか幼さを感じさせるが非常に整った顔は魅力的だ。

 身に纏っているのは黒を基調としたロングスリーブのロリィタドレスで、二の腕の辺りのフリルフレアとスカート部分は純白。その上には前面部がざっくり開いた迷彩柄のハイウエストを着用している。スカートの前面部には至高の四十一人にしてシズの創造主、"博士"を表す紋章が刺繍されている。

 腰には表が紺色、裏が真紅色の大きなリボンがあしらわれており、シズの佳麗さに可憐さを生んでいた。グリーヴが無骨な印象を与えるが、それだけではシズの美しさを否定することはできない。

 

 シズの隣にいるのはパンドラズ・アクター。

 目と口をペンで塗りつぶしたような穴が開いている不可思議な顔。眼球も唇も歯も舌も何もない。

 ピンク色の卵を彷彿とさせる頭部はつるりと輝いていて、産毛の一本も生えていない。被った制帽の帽章は、とある戦争で話題になった部隊の制服をモチーフにしたものらしい。

 

 パンドラズ・アクターの隣を歩いているのはオフィーリア・マルク・リベイル。

 夜明けの海を彷彿とさせる鮮やかなアズライト色の髪を結い上げ、豊かな肢体の上にアダマンタイト製のタイツを身に纏ったパラディン。聖王国のシンボルマークが描かれた甲冑とルーン文字が付与されたフレアスカートを身に着けた美女。

 

 三人はエ・ランテルに向かうためにここを訪れたのだった。

 最初に口を開いたのはオフィーリアだ。

 

 「パンドラズ・アクターが手配してくれた宿屋は最高だった。それに、朝起きたらタイツまで置かれていて驚いたぞ。礼を言う。ありがとう」

 「礼には及びません。これもホストとして当然の行いです」

 「そんなこと言ってもなかなかできる事ではないぞ」

 「喜んでいただけたようで何よりです」

 

 パンドラズ・アクターはこう言っているが実を言うとかなりの突貫作業だった。オフィーリアたちと別れた後、すぐにナザリックへと帰還してアインズに報告。そこからアルベドを捕まえて事情を説明。

 アルベドが強靭な手さばきでアダマンタイト潰してタイツに編み上げた。完成したのは夜明け寸前だ。

 プレイヤーの嫌疑が掛けられたオフィーリアに近づくためとはいえ、少々見栄を張りすぎたとパンドラズ・アクターは反省した。

 

 「……」

 

 パンドラズ・アクターは気分転換にシズに話しかける。どことなく機嫌が良さそうだと思ったからだ。無論、パンドラズ・アクターはシズの表情を読み取ることはできない。シズの表情を読み取ることができるのは姉妹たちだけだ。

 

 「クレア嬢、何かいいことでもあったのですか」

 「……うん」

 

 シズはパンドラズ・アクターを見上げてそう言った。その表情こそ変わらないものの、パンドラズ・アクターは僅かに衝撃を受けた。はっきりとシズが笑っていると感じることができたからだ。

 

 「……楽しかった」

 「そうですか。クレア嬢が喜んでいると私も嬉しくなります」

 

 シズの気持ちがパンドラズ・アクターにも伝わったのだろうか。パンドラズ・アクターの声が弾んだ。

 気を良くしたパンドラズ・アクターはオフィーリアに旅の目的を聞いてみることにした。

 

 「オフィーリア嬢、もしよろしければあなたの旅の目的を教えてもらえませんか」

 「悪いながそれは教えられない。だがヒントならあげてもいいぞ」

 

 まだ完全に心を開くには至らないか。しかし、拒否されたというわけでもない。着実に心を開きつつある。

 パンドラズ・アクターは順調な進捗状況に概ね満足していた。

 

 「これは失礼しました。しかし、このパンドラズ・アクター。ヒントが気になります」

 「……」

 「おどけても無駄だぞ。交換条件といこう。パンドラズ・アクターの旅の目的と交換でどうだ」

 「いいでしょう」

 

 パンドラズ・アクターの旅の目的は未知なるマジックアイテムをアインズに献上すること。シズの目的はかわいいものを見つけることだ。だが、ここはパンドラズ・アクターの目的でいいだろう。それに、問題のあるものでもない。そう考えてパンドラズ・アクターは口を開いた。

 

 「私たちの旅の目的は未知なるマジックアイテムの発見です」

 「……」

 

 シズの視線がパンドラズ・アクターに突き刺さる。勝手に二人分の目的にするな。そんな批判の色が含まれているようだった。

 

 「なるほど。宝探しの冒険というわけか。中々面白そうだな」

 「今も胸が躍ります」

 「では私の番だな」

 

 そう言うと、オフィーリアは早歩きになった。パンドラズ・アクターとシズの道を塞ぐようにして立ち止まると、一度深呼吸をして口を開いた。

 

 「かつてヤルダバオトという悪魔が聖王国を襲ったことは知っているか?」

 「ええ。割と有名な話ですね」

 「……」

 

 パンドラズ・アクターとシズ・デルタが知らないはずはない。何せ聖王国を襲ったのはナザリックなのだから。しかし、そんなことを微塵も顔--そもそも二人に表情はない--に出さずに話を聞く。

 

 「私は魔導国が聖王国を救った英雄譚が大好きなんだ。確か……ティマイオスという作家だったかな」

 「……」

 

 シズにはすぐに分かった。階層守護者デミウルゴスの仮名だということが。しかし、やはり表情に変化はない。

 

 「その英雄譚に出てくる勇者。その男……か女か分からないが多分男だろう。私はそれくらい強い男を探し出すためにエ・ランテルを目指している。ヒントはここまでだ。目的までは言えない」

 「なるほど、なるほど」

 「……」

 

 オフィーリアの言葉を聞いて、パンドラズ・アクターとシズ・デルタは警戒レベルを引き上げた。未だに尻尾は出さないが、プレイヤーの可能性が出てきたからだ。

 目的が不明なので敵かまでは判断できない。しかし、ナザリックの誰かを狙っている可能性は濃厚。パンドラズ・アクターとシズ・デルタはそういう結論に至った。

 シズはいつでも戦闘に移行できるように心を構える。

 パンドラズ・アクターは片手で帽子を深々と被り直すと、そのままの姿勢で声を出した。

 

 「何か大きな使命を感じます」

 「ああ。私の人生を左右するほど大きなものだ」

 「……」

 「なるほど、なるほど。いつか目的を教えて欲しいですね」

 「どうだろうな」

 

 オフィーリアは挑発的な笑みを浮かべると、踵を返して先に進んだ。パンドラズ・アクターはその背中を見ながら、進み出ようとしたシズを手で制す。

 なぜ止めるのか。そういったシズの視線がパンドラズ・アクターに向けられた。

 

 「……パンドラズ……アクター様」

 「シズ、早計です」

 

 シズは渋々といった様子で視線を和らげる。

 

 「……わかった」

 

 まだオフィーリアが敵と決まったわけではない。しかも、プレイヤーかどうかも分かっていないのだ。故に、パンドラズ・アクターはシズを制したのだった。

 帽子から手を離したパンドラズ・アクターは朗らかな声を出す。

 

 「さあ、馬車発着場はすぐそこです。シズ、行きましょう」

 「……」

 

 シズがこくりと頷くと、二人はオフィーリアの背中を追いかけて歩き始めた。




次回はエ・ランテルですね。また投稿空くと思います。なるべく頑張ります。

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