Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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カルネ 4

 --カラン、カラン。

 酒場の扉を押し開けると、鈴の小気味いい音が耳に響いた。

 

 「オヤジ、いつもの酒とつまみを頼む。今日は朝まで世話になるぜ」

 

 俺は行きつけの酒場に転がり込むと、顔馴染みの店主にそう告げた。酒場のオヤジのナリは小さいが出てくる物はしっかりしている。それに、店の雰囲気が渋くて中々いい。

 ≪コンティニュアルライト/永続光≫は値が張るってんでルーンで魔化した代替品を自作して照明に使ってるらしい。こいつがいい具合に店を照らしやがる。お気に入りの店だ。

 オヤジの店は手ごろな広さだ。七人掛けのカウンターの他に、テーブル席が六つある。

 まだ昼間だからか、酒場の客は俺以外に一人しかいない。手前のテーブル席で頭を突っ伏して寝てる酔っ払いだけだ。

 どうもそいつが目について離れない。

 俺はひどい目に遭ったっていうのによ。呑気に寝やがって。

 無性に腹が立ってきた。

 

 「昼間っから寝てんじゃねえ!」

 

 俺は酔っ払いに近づいて椅子ごと蹴り上げた。その反動で酔っ払いは宙を舞って床に激突する。だが酔っ払いは起きるどころか幸せそうな寝息を立て始めた。

 蹴り上げた奴は顔馴染みでちょっとやそっとじゃびくともしない。丈夫な奴なんだが今回ばかりは無性にムカつくぜ。

 

 「何だライオ。今日は荒れておるのう」

 

 カウンターの奥で酒を作っていたオヤジが口を挟んできた。

 俺は大の字になって床で爆睡している酔っ払いにツバを吐くと定位置へと向かう。

 カウンター席にどしりと腰を降ろすと目の前に酒が置かれた。

 俺はグラスに手を伸ばしたが上手く掴めなかった。

 

 「ほっほう。お前さんが震えるとは珍しいのう。バジリスクにでも出会ったのかの?」

 「ちっ」

 

 自分でも気づかない内に怯えていたらしい。それをオヤジに見破られた。

 俺はオヤジの問いかけに答えず一息に酒を呷る。灼けるようなアルコールの刺激が俺の気分を高揚させた。しかし、バジリスクか。まあ、奴を直視していないオヤジにはそこらへんが限界だろうな。

 俺はグラスを握る手に力を込めながら仕事場で出会った悪魔の事を思い出す。

 

 「ふっふっふっふっふ」

 

 あれがバジリスク? 笑えるぜ。バジリスク程度なら徒党を組んで挑めば何とかなる。ギガントバジリスクともなると、ちと厳しいかもしれないが。だがギガントでさえ倒せない敵じゃねえ。

 

 「何がおかしいのじゃ」

 

 違うんだよオヤジ。あれはそこらにいるような魔物とは訳が違う。悪魔かドラゴンだ。いや、両方だ。ドラゴンデーモンだ。人間の皮を被った化け物なんだよ。ぺたん血鬼航空で飼いならされてるドラゴンに匹敵する脅威を感じたぜ。

 あんなガキなのによ。信じられねえぜ。

 

 「おい、ライオ。本当に大丈夫なのじゃろうな?」

 

 オヤジが心底心配そうに俺の顔を見やがる。心配いらねえさ。いくらドラゴン並みの脅威を感じたと言っても身体つきは人間。しかもガキで女だ。ライオ様の疾走に付いてこれるはずもないし、俺がどこにいるかさえも分からねえはずだ。

 とりあえず朝まで待てばあの悪魔竜は消える。パンドラズ・アクター様の連れなのは間違いないしな。あんなナリをしたガキから尻尾を巻いて逃げるのは癪だが、本能が逃げろと言うんだから仕方ねえ。

 酒を飲んであのガキの事は忘れよう。

 

 「酒だ!」

 「!?」

 「オヤジ! もっと酒を作ってくれ!」

 

 木こりが木を伐る様に、グラスをカウンターテーブルに何度も叩きつけて酒を煽る。そうやって気張っていないと悪魔竜を思い出してしまいそうだったからだ。

 

 「いきなり大声を出すでない」

 「悪りい悪りい」

 「全く。年寄りを驚かせおって」

 

 そう言いながらもオヤジは酒を作り始めた。

 

 「しかしよお、このカウンターテーブルは丈夫だな。どれだけ乱暴に扱っても傷がつかねえ」

 「ほっほっほ。これは儂の友達が丹精込めてルーンを付与した特注品じゃからな」

 「ドワーフってのは体は小せえがやるこたあ半端ねえな。そうゆう所は尊敬するぜ」

 

 酒を作るオヤジとそんな会話をした。

 オヤジはダチの仕事を褒めてやるとすぐにいい気分になりやがる。

 

 「ほっほっほ。そうじゃろうてそうじゃろうて。武器に始まり家具までドワーフに作れないものはなし。さらにルーン文字によってその性能は強大なものとなる。マジックアイテムなんかには負けはせんよ」

 「よっ! 世界の工匠王ドワーフ!」

 「ほっほっほ。ええ気分じゃの。よし! 本当は出汁にするはずじゃったのじゃが、一つくらいいいじゃろ」

 

 俺のグラスを交換したオヤジは、徐にカウンターの下に顔をうずめた。再び俺の前に顔を見せた時、その手に一本の骨があった。

 俺は骨が大好物だ。

 

 「これは魔導王陛下からドワーフ工房にといただいた魔物の骨じゃ。本来はエ・ランテル冒険者組合に卸す武具への加工のためのものじゃが、魔物の骨は料理にも使えるしの。少し分けてもらってきた。お前にやろう」

 「こいつはいいや」

 

 ちょろいぜ。

 オヤジは骨を皿に乗せて俺の前に置いた。

 俺は骨を手に取ると匂いを嗅いだ。

 

 「初めて嗅ぐ匂いだな」

 「何でも、頭が鳥で体が獣の形をした魔物らしいの」

 「へぇー」

 

 不思議な魔物の骨もいたもんだな。まあいいか。

 俺はとりあえず骨をしゃぶった。

 

 「オヤジ、中々旨いぜ」

 「ほっほう。儂には骨の味はわからんわ」

 「だろうな」

 

 ドワーフというか人間種ってのは骨の味が分からないらしい。こんなに旨いのにもったいないぜ。

 

 「じゃが、こうして出汁にすれば儂らでも味わうことができるでの」

 

 そう言ってオヤジは俺の前に料理を置いた。

 

 「魔物の骨とバハルス牛のすね肉で出汁を取った煮込み料理じゃよ。今日のつまみじゃの」

 

 そいつは俺が夢中でしゃぶっていた魔物の骨の旨味を凝縮したような、いい香りのする料理だった。

 俺は骨を皿に戻して出てきたつまみに手をつけた。

 

 「うめえ! 本当にオヤジはいい仕事をするな」

 「そうじゃろ? 何て言ったって儂が作ったのじゃからな。ガハハハハ」

 「ははははは」

 

 

 

 「これでよしっと」

 どれくらい騒いだだろうか。

 俺はトイレでヘロリエル所長に早退の旨を伝えた後、客席の方を見渡した。

 席はほとんど埋まっていて、扉の隙間から覗く光は赤みがかっている。もう夕方か。やっぱり酒を飲んでると時間が過ぎるのが早く感じるぜ。

 俺は酒場の中に入ってくる大きな身体に目を移した。いつも扉を全開にして入ってくるそいつは俺の飲み友達だ。今日も仕事をしてきた帰りだろうな。体中に果実の汁を飛ばしているが、それを気にしている様子はない。

 

 「ンヒー。ンヒー。ンモ」

 

 そいつは大きな鼻息をしながら俺の方に近づいてくる。まあ、あんなでけえ鼻が付いているんだから鼻息もでかくなるか。だが……。

 

 「おいバラム! 肩を落としてどうしたんだ? 仕事を首にでもなったか?」

 「ライオよ、要らんことを言うでない」

 「ンヒー。ンヒー。ンモ」

 

 バラムそれがあいつの名前だ。大きな体は種族的なもので、奴の種族はオークだ。

 バラムは俺たちの声が聞こえてないのか肩を落としたままだ。いつもと様子が違う。不思議に思った俺はバラムに話を聞くことにした。

 

 「おう兄弟。俺たちの仲だろ? 何があったか言ってみろ」

 

 そう言って俺は飲みかけの酒をバラムに飲ませた。

 

 「ンヒ。ンヒ。ンヒ。ンモ」

 

 酒を飲んで気分が変わったのか、バラムはぽつりぽつりと話し出した。

 

 「ンヒー。フラレタ。ンモ」

 「は?」

 

 フラレタ? 何を?

 

 「なんだって?」

 「ンヒー。フラレタ。ニンゲン、オンナ。ンモ」

 

 フラレタ? ニンゲン? 人間? 人間の女に振られた?

 まてまてまて。 オークのバラムが人間の女に告白したってのか?

 

 「本当か?」

 

 俺はバラムの言う事が信じられずに聞き返しちまった。

 

 「ンヒー。メンコイ、オニャノコ、ダッタ。ンモ」

 「ひひひひひ。本当かよ! オイ」

 「これライオ! 笑うでないぞ。バラムはよくやったのじゃ。仲間なら称えてやるべきじゃよ」

 「そんなこと言ったってよお! はははは。こいつはいい!」

 

 バラムが恋した女ってのは一体どんなナリをしてたんだ?

 俺は好奇心を抑えられずに女のナリを聞いた。

 

 「おうバラム、その女ってのは一体どんなナリしてたんだ?」

 「ンヒー」

 

 バラムはオヤジが作った酒を一息に呷ると、その女のナリを話し始めた。

 

 「ンヒー。シンチョウハ、ドワーフタチト、オナジクライダッタナ。ンモ」

 「ほほう? それでそれで?」

 「ンヒー。カミガ、ホウセキミタイナ、ピンクダッタ。ンモ」

 「ほうほう? それで?」

 

 バラムはつまみをつついている。でけえ体のくせにみみっちいことこの上ねえ。そんなにショックだったのか。

 

 「ンヒー。オレ、アンナキレイナオンナ、ハジメテ、ミタ。ンモ」

 「ほっほう。異種族のバラムをそこまで虜にするとはの。その女子もやるわいのお」

 「ひひひひ。一体どんなオーク顔なんだそいつは」

 

 バラムは追加された酒を半分ほど呷ると再び話し出した。

 

 「ンヒー。ヒラヒラ、スカート、ハイテタ。ンモ」

 「ヒラヒラのスカートねえ」

 

 ヒラヒラスカートだとよ。かわいいねえ。だが顔はオークに似てるんだろ? あー! 一度顔を拝んでみてえな!

 

 「ンヒー。コシニ、リボン、ツイテタ。ンモ。アトハ、ンヒー、キシノクツ、ハイテタ。ンモ」

 「ほっほう。騎士が履く靴とな。それはひょっとしたらグリーヴじゃないかの」

 

 そう言ってオヤジは紙に絵を描いたものをバラムに見せた。

 

 「ンヒー。オナジ、クツ。ンモ」

 

 バラムが見た女が履いてた靴。

 俺はその靴の絵が妙に目について離れなかった。どこかで見たことがあったか?

 

 「ンヒー。アトハ、ナニカノ、シルシ、アッタ。ンモ。アレハ、アインズサマノ、シルシ、ニテル。ンモ」

 

 ん?

 ちょっと待て。背丈がドワーフと同じくらい? 宝石のように煌くピンク色の髪の毛?

 俺はそんな容姿の女を知っている気がする。どこで見た?

 

 「ライオ、グラスを手に固まってどうしたのじゃ? 戻すならここじゃなくてトイレで戻すのじゃよ?」

 「ンヒー。ライオ、オレニ、カケタラ、ナグル。ンモ」

 

 オヤジたちが何か言ってる。が今はそんなことが問題じゃねえ気がする。

 よーく思い出せ。俺はどこでその女を見た?

 確かバラムは腰にリボンがついた服だって言ってたな。あとはヒラヒラのスカートか。

 

 「ぁ」

 

 全身の毛が逆立った。

 俺はその女を知っている。

 

 「バラムよ、その女子の名前は何て言うのじゃ?」

 「ンヒー。クレ……」

 「うわああああああああああ」

 

 あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。あり得ない。アリエナイ。あり得ない。あり得ない。

 なんであのガキが酒場の外にいやがる? 俺を付けてきた? いやいやいやいや。それはない。ここに来るまでに何度も後ろを確認したじゃねえか! あのガキはいたか? いやいなかった。だとしたらなんでだ!?

 

 「バラムよ、ライオの様子がおかしい。すぐに戻すかもしれないからトイレに連れて行ってくれんかの」

 「ンヒー。シカタナイ。ンモ」

 

 次の瞬間、俺は不思議な浮遊感と唐突な痛みに襲われた。何だと思って前を見ればそこにはバラムの固い腹があった。どうやら俺はバラムに抱えられたようだ。

 --カラン、カラン。

 俺が顔を抑えて痛みに耐えて状況を確認し終えた時、不意に入口の鈴が鳴る音が聞こえた。

 

 「まさか……な」

 

 嫌な予感を感じながらも衝動を抑えられなかった俺は、つい扉の方を見てしまった。

 すっかり暗くなった酒場の外に目を凝らす。そこには……。

 

 

 

 

 

 

 ライオが酒場に入ってから三時間。出てくる気配がない。

 領域の守護を果たすための用事をこなしているのだから時間がかかるのはわかる。でも遅いな。セバスもアインズ様と会議をする時はこんなに時間がかかったの? ナザリックにいた時は全然意識したことなかったからわからない。

 

 「……」

 

 ちょっとだけ、様子を見に行ってみようかな。ヘロルと約束したから、それくらいはいいよね? でも、アインズ様と階層守護者の会議を覗き見なんかしたら絶対にユリに叱られる。ライオの会議も同じくらい大事だよね。どうしようかな。

 

 「……」

 

 酒場の方を見ると、ライオのお友達かな? 途切れ途切れに酒場に入る姿を見かける。人間種だけじゃなくて、亜人種、異形種、色々な姿。みんなで検問所の守護について話し合っているのかな。

 守るべき領域について話あってると思うから邪魔をするのはいけないと思う。でも、やっぱり気になる。

 どうしよう。

 

 「ンヒー。メンコイ、オニャノコ。ンモ」

 

 悩んでいたら、フェンの鼻先を撫でる時に感じるような、すごい鼻息を感じた。そっちを見たら、色々な絵の具を体に塗り付けたオークがいる。それに……、何だか甘い匂いがする。ナザリック地下大墳墓第六階層で栽培されてる林檎の匂いに似てるかも。

 オークは知識にはあるけど、見るのは初めて。オークって甘い匂いがするんだ。でも、シズに話しかけて何の用かな。敵……には見えないけど。

 

 「……」

 

 オークのことを注意して見上げた。体はシズよりもずっと大きい。

 

 「ンヒー。オレ、バレル。ンモ」

 「……」

 

 バレル? 名前? 何で?

 

 「ンヒー」

 「……」

 

 バレルは鼻息をしながら頬をぽりぽり掻いてる。アインズ様がたまーにそんな仕草をするのを見た事があるけど、何を意味しているのかは知らない。

 アインズ様がしていることを真似するなんて、生意気。

 

 「……うー」

 

 アウラの魔獣がたまにするみたいに唸ってみた。そしたら、オークが予想していなかったことを口にした。

 

 「ンヒー。オマエ、キレイ。ンモ」

 「……え」

 

 シズはアインズ様の真似をしたことを、一言謝るのかなと思ってた。でも、オークが言ったことは全然違うシズを褒める一言。

 

 「……」

 

 そんなことナザリックにいた時は言われたことがなかった。

 当たり前だから。

 至高の御方々に創造されたナザリック全てのものは綺麗。でも、改めて言われると嬉しいな。

 お礼、言わなきゃ。

 

 「……ありが、とう」

 

 シズは自分でバレルって名乗ったオークを一生懸命見上げてそう言った。かかとを上げたら、やっと鼻の上が見えるくらい大きい。

 オークは顔をくしゃくしゃにして不規則な鼻息を鳴らしてる。

 シズは呼吸が必要ないから分からないけど、もしアウラの魔獣がそんなに不規則な呼吸をしていたらシズは心配になる。オークだとこれが自然なのかな? 不思議。

 それに、この表情は何を表しているのかな。

 シズは感情を表情に出すことはない。だからオークの表情が何を表しているのか少し気になった。

 

 「……ん」

 

 かかとを下ろして一息ついた。

 バレルは体を小刻みに動かしてる。

 

 「……」

 

 バレルの雰囲気が何かに似てる。何だっけ。たしか……。

 たしか、アウラの魔獣がアウラを見つけた時の雰囲気に似てる。

 

 「ンヒー。オマエ、ナマエ、ナンダ。ンモ」

 「……クレア」

 「ンヒー。クレア。ンモ」

 「……」

 

 また体を小刻みに動かしだした。どんな顔なのか気になって、顔が見える位置まで動いた。そうしたら。バレルはさっきよりも顔をくしゃくしゃにしてた。やっぱりアウラの魔獣に似てる。きっと喜んでるのかも。

 

 「ンヒー。クレア、オレト、アソブ。ンモ」

 「……嫌」

 

 かわいくないから。

 ライオみたいにもこもこした所があったら遊んでもいいけど。このオークはごつごつしてて嫌。

 バレルは顔をくしゃくしゃにしながらずっとシズを見てる。でも、さっきと雰囲気が違う。どうしたのかな。

 

 「……」

 

 オークの事をじいぃっと見つめてたら大きかった鼻息が急に静かになった。

 

 「ンヒー。ダメカ? ンモ」

 「……駄目」

 「ンヒー。ドウシテモカ。ンモ」

 「……絶対嫌」

 

 シズがそう言うと、おやつをユリに取り上げられたルプスレギナみたいになった。

 バレルはすごくしょんぼりした雰囲気でシズから離れると、静かに酒場に入っていった。

 

 「……」

 

 ちょっと悪いことをしたかな。酒場に入ったのなら、きっとライオのお友達だと思う。もしバレルも検問所の守護に協力してくれてるなら、少しくらい構ってあげてもよかったかな。

 でもいいや。かわいくなかったから。

 

 「……」

 

 空を見上げると、さっきまで赤かったのに今は暗い。もしライオが検問所の守護にのことを話し合ってなかったらどうしよう。

 

 「……」

 

 ライオの様子、見に行ってみよう。大丈夫。ライオならちゃんと領域--検問所--の守護について話し合っているはず。うん、きっとそう。それを確認してヘロルに報告すればいいよね。

 シズはライオを信じて酒場の入口に立った。

 酒場からは賑やかな話し声が聞こえてくる。

 

 「……」

 

 シズは一思いに扉に手をかけた。

 

 「うわあああああああ!? ドラゴンデーモン!」

 「……!」

 

 はっとして後ろを振り返る。でもそこにドラゴンはいなかった。不可視化してるのかな。種族スキルを使って辺りを見回す。

 

 「……」

 

 駄目。見つけられない。

 ライオが検問所の守護のために話し合いをしているのに。ここで暴れられたら厄介。どうしよう。

 

 「ほっほう。ライオよ、ちと酔いすぎじゃないかの? ドラゴンなんてどこにもおらんぞ」

 「ンヒー。サッキノ、オニャノコダ。ンモ」

 「ば、馬鹿野郎! あのドラゴンがデーモンでガキなんだよ!」

 「……」

 

 え? シズがドラゴン? なんで?

 

 「お前らには分からねえのか!? あのガキの気配が! ドラゴンに匹敵する強者の覇気が!」

 

 ライオの言っていることが理解不能。だって、ナザリックでドラゴンと言えばマーレが持っているドラゴンだから。至高の御方が「かきん」っていうすごい事をして手に入れたドラゴンはシズよりずっと強い。

 シャルティアのフロストドラゴンは名前だけ。あれは大きなトカゲだと思う。だってマーレのドラゴンよりずっと弱いから。だからシズにはライオが言ったことは理解できなかった。

 

 「そんなこと言われても困るの。見た所、非常に整ってはおるが普通の人間じゃろ」

 「ンヒー。ソウダナ。アノ、オニャノコカラ、ツヨサ、カンジナイ。ンモ」

 「お前らおかしいだろ!」

 

 ドラゴンはいないみたい。落ち着いて種族スキルを解除する。

 よかった。

 安心したらライオの近くに行きたくなった。少しくらいぎゅうぅってしていいよね。ずっと我慢してたから。そう思って、ライオに視線を集中して近づく。

 

 「くく、来るなあああ。俺は喰っても、う、上手くないぞ! こここ、来ないでくれえええ」

 「ライオよ、落ち着かんか」

 「ンヒー。オマエ、ニンゲン、キライダッタノカ。ンモ」

 

 ふふ。慌ててるライオもかわいい。

 

 「畜生! なんだってんだよ! せっかく今日の仕事の事を忘れて気持ちよく酒を飲んでたってのによ……」

 「……」

 

 え? ライオ、いま何て言ったの? 仕事--領域守護--のことを忘れて気持ちよく?

 ライオの言葉を聞いた途端に賑やかだった酒場の音が遠のいた気がする。さっきまでライオに抱き着きたいと思ってたのに、今はそんな欲求が沸かない。足が、動かない。

 

 「もう終わりだあ……。俺はここで終わるんだあ……」

 「……」

 

 酒場の中は賑やかなはずだけど、なぜかライオの声だけが心に響く。

 終わる? どうして?

 

 「ライオよ、よもやお主。あの女子から逃げてきたのかの」

 「ンヒー。オマエラシク、ナイ。ンモ」

 「……」

 

 逃げてきた? シズから? 検問所の守護は?

 

 「そうだよ……。あいつはやばいんだ。俺の本能がそう言ってる」

 

 領域--検問所--守護から逃げてきた? それって、ナザリックでは最悪な事だよ? 嘘、だよね?

 

 「……ライオ」

 

 シズはライオの事が信じられなくて。でも信じたくて自分でもよく分からない声を出した。痛覚はないのに胸が苦しい。 

 

 「ひっ! な、何でも言う事を聞きますから命だけは見逃してくれ!」

 

 違う。聞きたいことは別。

 

 「……ライオ。……領域守護」

 「は? 領域守護?」

 「……検問所」

 

 領域--検問所--守護から逃げてきたなんて、嘘だよね?

 

 「検問所って、仕事の事ですか? そそ、それなら早退しました! ヘロリエル所長にも連絡済みです!」

 「……」

 

 そうたい? それってどういう事?

 そうたいをすれば領域守護から逃げてもいいって事?

 シズはそうたいという言葉の意味が記憶の中にないか探した。そうたい……そうたい……そうたい……。

 

 『いまの話でわからない所があったのだけれど』

 『わからない所? 言ってみてソリュシャン』

 『ありがとう。ユリ。「そうたい」っていう言葉の意味なんだけれど』

 『ああ、その言葉ね。やまいこ様が言うには一日の任務を途中で中止することを言うそうよ』

 『何ですって!』

 『落ち着きなさい、ナーベラル。無条件に早退が許されるわけじゃないみたいなの。そうね、例えばナザリックの外での任務中にアインズ様から帰還を命じられた。そんな時に早退が認められるみたいなの』

 『それなら仕方ないわね』

 『そうね。アインズ様から命じられた任務は大切だけど、それ以上に大切なのはアインズ様の言葉だわ』

 『ところでルプスレギナはどこに行ったの知ってる?』

 『ルプスレギナなら料理長から魔獣の骨を貰ったきり自室に籠ってるわ』

 『ルプスレギナったら……』

 

 早退。任務を途中で中止すること。でも、任務を中止するだけの理由があれば早退は認められる。

 領域守護を疎かにする事が認められる理由。

 

 「……」

 

 シズは守護する領域は持っていない。だから守護を疎かにしていい理由が何かわからない。記憶の中から答えが見つからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わか……。

 エラー。エラー。エラー。エラー。

 

 「ンヒー。オヤジ、ユゲ、デテル。ンモ」

 「出てるの」

 「……早退」

 「は? 早退?」

 

 エラー。エラー。エラー。エラー。

 

 「ンヒー。ウゴカナク、ナッタ。ンモ」

 「動かないの」

 

 エラー。エラー。エラー。エラー。

 

 「ドラゴンさーん、大丈夫ですかー?」

 「ンヒー。オヤジ、ドウスル? ンモ」

 「そんなこと言われてものお」

 

 エラー。エラー。エラー。エラー。

 

 「……早退、早退、早退」

 「ンヒー。オヤジ、ヨウス、オカシイ。ンモ」

 「尋常じゃないのお」

 「何だかよく分からないが今しかねえ」

 「ライオよ、どこへ行く気じゃ」

 「おう、オヤジ。今日は帰るわ。金は給料が出たらまとめて払う」

 「お、おいライオ!」

 「ドラゴンさーん、そのままそのまま。ひひひひひ」

 「……早退、早退、早退」

 

 エラー。エラー。エラー。エラー。

 

 「行ってしもうた」

 「ンモ」

 「……早退、早退、早退」

 「困ったのう」

 

 --カラン、カラン。

 

 「皆さんお楽しみの所失礼しますわ」

 「……早退、早退、早退」

 「ンヒー。ンモモ」

 「ほわああ。美しいのじゃぁ」

 

 エラー。エラー。エラー。エラー。

 

 「クレア、こんなところで寄り道をしていたの? ご主人様がご立腹です。すぐに帰りますわよ」

 

 ソリュシャンを確認。わからない。

 

 「……早退、早退、早退」

 「それでは皆様、ごきげんよう」

 「……早退、早退、そうた……」

 

 --カラン、カラン。

 

 

 

 酒場の賑やかさがだんだん遠くなる。通りを歩く人間は厚着をしてる。でも、シズには外気の温度を感じられない。感覚より思考処理に容量を割いてる感じ。焦点が定まらない気がする。

 ふと前を見たらソリュシャンがいる。なんでソリュシャンがいるの? わからない。

 

 「ひょっとしてと思ったのだけど。シズ、まさかフリーズしてるの?」

 「……早退、早退、早退」

 

 ソリュシャンの言っていることがよくわからない。

 

 「これは重症ね。ナーベラルがしつこいから、念のためにあなたの様子を見に来て正解だったわ」

 「……早退、早退、早退」

 

 ソリュシャンは額を手で抑えて頭を振っている。わからない。

 

 「少し話しをましょうか。シズ、こちらにいらっしゃい」

 「……早退、早退、早退」

 

 ソリュシャンはそう言うと、シズの手を引いて路地に置かれた木箱にシズを座らせた。木箱の上に敷かれたスカーフがかわいい。路地にひざをついたソリュシャンがシズの耳元で何かを囁いた。

 

 「CZニイチニハチΔ。略称シズ・デルタの創造主を答えなさい」

 

 ソリュシャンの声が心の中にすとんと落ちてきた。それと同時に、頭の中を一杯にしていた何かが消えていく感じがした。

 シズの創造主。大切な、大事な存在を口にする。

 

 「……CZニイチニハチΔ。……略称シズの創造主様は"博士"様。……シズの……大切な……創造主様」

 

 太陽が沈んだカルネの街は少し冷たい。民家の間にいるからかあまり風を感じけど、通りは風が吹いている。歩いている人間種の髪が揺れているから。それに、だらしなく体を小さくしている。歩く姿勢がおかしいと思う。それに、あの人間が着ている外套。脇の下に針で開けたような穴が開いてる。保管方法がどうなっているのかな? メイドとしてどうしても気になる。

 

 「……」

 

 視線を前に戻すと、真っ白なカップに金をあしらったような……。シズにはない膨らみがあった。シズにはない膨らみ。

 

 「……おっぱい……デュラハン」

 「うふふ。ユリ以上大きくするつもりはないわ」

 「……」

 「ふふ。ほっぺたを膨らませて。やきもちかしら」

 「……」

 

 やきもちじゃない。だってシズの体は至高の御方に創造してもらった大切な体。出てる所が出てて羨ましいとか、そんな気持ちはない。ないけど……。

 シズはソリュシャンの膨らみを叩いた。

 

 「……」

 

 ぽよんってした。思わず叩いたことを後悔した。だって、触り心地がもこもこの生き物のお腹の感触に似てたから。

 最低。

 

 「……疑似肉」

 「悪口かしら?」

 「……別に」

 

 ソリュシャンからサッと目を逸らした。ほっぺたに違和感。

 

 「悪い子にはお仕置き」

 「……ふぃひゃい」

 

 ソリュシャンにほっぺたを引っ張られた。痛くないけど痛いって言うとナーベラルが喜ぶから癖でそう言っちゃったし。なんで姉たち--ユリは引っ張らないけど--はシズのほっぺたを引っ張るのかわからない。

 

 「ふふ。食卓でナーベラルがよくあなたのほっぺたを引っ張るのを見ていて、一度やってみたかったの。案外気持ちいいのね」

 「……ふぁなふぃて」

 

 気持ちいいって……。シズのほっぺたはおもちゃじゃないのに。

 

 「でも、よかった。とりあえずフリーズは治ったみたいね」

 「……ふふぃーす?」

 「覚えてないの? もう、私が様子を見に行ってなかったらどうなっていたのか」

 「……」

 

 フリーズ。つまり、シズは行動不能の状態異常になってたってこと? 覚えてない。でも、何か大切な事だった気がする。

 

 「まあいいわ。無理に思い出してまたフリーズを起こしても仕方がないし」

 「……待って。……大事な事、……たぶん」

 「そうなの? なら、少しずつ思い出しましょうか」

 「……」

 

 またフリーズしたらどうしよう。

 

 「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫よ。任務は終えたしエ・ランテルに出発するまで傍にいてあげるわ」

 「……」

 

 ソリュシャンが傍にいてくれる。それを聞いたら、すごく安心できた。

 

 「……ありが、とう」

 「ええ。私たちは姉妹だもの。困った時は助け合わなきゃ」

 

 姉妹。ソリュシャンの言葉にシズの胸が暖かくなった気がした。

 

 「……」

 

 シズはカルネに入った時点からいままでのことを、少しずつ記憶をたどって話した。


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