Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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今回シズは出て来ません。


カルネ 3

 不思議な文字が刻まれた石畳の道に幾つもの影が走る。この都市を初めて訪れた人間ならば、その異様な形の影に目を丸くして本体の姿を追うだろう。およそ人型とは言いずらい影、一見すると人型だが異様に小さい影、翼のようなものが生えた影。その他にも様々な形の影が石畳の上を走っていた。そう、ここは魔導国にある衛星都市カルネ。人間と人間ならざる者が共存する都市だ。

 検問所を出たパンドラズ・アクターたちは、そんな影を持つ者たちの中を突き進む。オフィーリアとシュレリュースが採取した薬草を売却するために薬師工房を目指して。

 カルネには異形の者たちの他にも珍しいものはある。それはルーン文字だ。

 街並みに目を凝らすと、いくつものルーン文字を見つけることができる。パンドラズ・アクターたちが出てきた検問所、カルネ住民の民家、カルネ全域に施された石畳、工房、研究施設、宿泊施設など、あらゆる所にルーン文字が刻まれている。

 かつてはルーン文字を戦闘用にしか付与することができなかったが、数百年の研究の中で戦闘以外のルーン文字の開発・付与もできるようになった。

 そしてここに一人、ルーン文字に興味を示した人間がいた。

 

 「パンドラズ・アクター、地面に文字が刻まれているな。私が身に着けているスカートとは違った文字みたいだが」

 

 鮮やかなアズライト色の髪を持ち、豊かな身体に恵まれた美女、正義を行うパラディンであるオフィーリアが移動用ゴーレムに跨りながら地面を指さした。

 検問所から薬師工房へは人間が歩いて移動となると一時間ほどかかる。無論、これは目的地へ直行した場合の時間であり、寄り道などをしていればもっと時間はかかることになる。一時的とはいえ、ホストとしてそれだけの距離を歩かせるのは忍びない。そういった建前で、パンドラズ・アクターはオフィーリアにサービスをしたのだ。オフィーリアもまた、パンドラズ・アクターの申し出を快く受け取ったのだった。

 オフィーリアの問いに対して、パンドラズ・アクターは思いを巡らせるような意味深な仕草をしつつ答えを返した。

 

 「その通りです、オフィーリア嬢。これらはドワーフが研鑽を積み重ねた賜物。このルーン文字はカルネ全域に施されています」

 

 シュレリュースはパンドラズ・アクターの仕草を訝しんだが、心が読めないと思い至ると興味をなくしたようにオフィーリアに向き直った。

 

 「うふふふ。オフィーリアが身に着けている物にも同じものがあるわね」

 「ああ、これは神殿から支給された装備の一つだな」

 

 そう言ってオフィーリアはフレアスカートの裾を二人に見せる。そこにはいくつものルーン文字が付与されていた。

 

 「うふふふ。この文字と地面に描かれた文字は違うわね」

 

 どこか遠くを見ていたパンドラズ・アクターだったが、次の瞬間には二人の会話に加わっていた。

 

 「恐らくオフィーリア嬢が着ている装備のルーン文字は戦闘用に開発されたものでしょう。カルネの街に付与されたものとは種類が違いますね」

 「詳しいんだな」

 「ええ、この街のことはよく知っていますので。ルーン文字に限らずカルネで行きたい場所があれば何でも言ってください。可能な限り応えましょう」

 

 パンドラズ・アクターは自信満々といった感じで胸に手を当ててそう答えた。

 

 「じゃあ早速だがいいか?」

 「何なりと」

 「うふふふ。すっかり仲が良くなったわね」

 

 シュレリュースは二人の様子をにこやかに見つめていた。

 

 「パンドラズ・アクター、鎧の下に着る装備を調達したいのだがいい店を知らないか」

 「装備、ですか」

 「ああ。いまは訳あって寝巻を着ているが正式な装備は別にあるんだ」

 

 パンドラズ・アクターはオフィーリアの装備を軽く一瞥した。

 なるほど、確かに鎧の下に身に着ける装備としては防御力が心許なさそうだ。しかし、何かのイベント装備かもしれない。父上の嫉妬マスクのような。これはオフィーリアのブラフなのだろうか。

 一瞬で思考を巡らせるパンドラズ・アクターだったが、今はホストとして二人を歓迎している。ここはホストらしくして様子を窺おう。そう考えた。

 

 「なるほど。どのような装備をご所望でしょうか」

 「タイツだ」

 「タイツですか」

 

 タイツと聞いてパンドラズ・アクターの思考は一瞬停止する。なぜならもっと防具らしい、例えばチェインシャツなどを想像していたからだ。女性冒険者向けの武具店に行けばあるだろうか。パンドラズ・アクターの自信が揺らぐ。

 そんなパンドラズ・アクターの煮え切らない態度にオフィーリアが首を傾げた。鮮やかなアズライト色の髪がパサリと舞う。

 

 「パンドラズ・アクター、わかるか?」

 「もちろんです」

 

 あまり自信が無さそうに答えるパンドラズ・アクター。自信を示した手前、分からないとは言えないのだ。しかし適当な事を言ってせっかく築きかけた信頼を壊すようなことはできない。

 オフィーリアの視線がパンドラズ・アクターを刺す。

 パンドラズ・アクターはどうすべきかと逡巡する。

 僅かな静寂が三人の間に訪れた。

 

 「どうなんだ? パンドラズ・アクター」

 

 痺れを切らしたオフィーリアがパンドラズ・アクターに詰め寄る。しかし、パンドラズ・アクターはオフィーリアの詰問には動じなかった。

 

 「正式な装備となると普通のタイツではないでしょう。もっと詳しく教えてもらえないでしょうか」

 

 パンドラズ・アクターはもっと詳しく話を聞くことにしたのだ。

 

 「確かに」

 

 そう言ってオフィーリアはしばし思案した。

 パンドラズ・アクターもまた思案するオフィーリアを見下ろしながら、次の返答を考えていた。

 

 「そうだな、素材がアダマンタイトだったか」

 「アダマンタイトですか」

 

 パンドラズ・アクターの頭が真っ白になる。アダマンタイト製のタイツなど記憶には存在しなかったからだ。分からないという事を顔に--そもそも顔はないが--出さないようにオフィーリアの頭を見下ろす。また何かを考えている様子だったからだ。 

 

 「あとは、アルベドという女性が製作したって聞いたな」

 「アルベド……ですか」

 「ああ。アルベドだ」

 

 アルベド。それはナザリック守護者統括。パンドラズ・アクターもよく知る者だ。

 パンドラズ・アクターはとりあえず恥をかかずに済みそうになって一安心した。しかし、カルネではオフィーリアの探し物は見つからない。それは伝えなければと考えてパンドラズ・アクターは声を出す。

 

 「オフィーリア嬢、残念ながら衛星都市カルネにはアダマンタイト製のタイツはありません」

 「そうなのか? それは困ったな」

 

 パンドラズ・アクターの言葉を聞いてオフィーリアはがっかりした様子だ。そこで、すかさずパンドラズ・アクターがフォローを入れる。

 

 「ですが心配する必要はありません。その装備を持っていそうな知り合いに心当たりがあります」

 「本当か!? 流石だな、パンドラズ・アクター!」

 「うふふふ。よかったわねオフィーリア」

 

 がっかりした様子とは一転して笑顔になるオフィーリア。シュレリュースも友人の幸せが嬉しいのか陽気な顔をしている。

 

 「しかし、アダマンタイト製のタイツとなると簡単に紛失するとも思えません。一体何があったのでしょうか」

 

 そんな二人にパンドラズ・アクターが疑問を投げかけた。

 その疑問を受けてオフィーリアはシュレリュースに視線を移す。シュレリュースはオフィーリアに、にこやかな顔を向けていた。

 オフィーリアは再びパンドラズ・アクターに視線を戻すと、理由を話した。

 

 「ああ。シュレリュースと旅をしている時にちょっとな」

 「うふふふ。あの時はお世話になったわ。でも、まさか予備の装備がないだなんて……。しかも下に寝巻なんか着ちゃって、大胆よね」

 「お前! 感謝してるのか馬鹿にしてるのかどっちなんだ!?」

 

 そのままオフィーリアとシュレリュースは言い争いを始めてしまった。

 突然、話題から置いてけぼりにされたパンドラズ・アクターだったが、二人に割り込むことなく口喧嘩が終わるのを待つことにした。

 ナザリックではたまにある光景で慣れてはいるし、割り込むこともできる。しかし、二人の口喧嘩から何か重要な情報が得られるかもしれないといった考えがパンドラズ・アクターにあった。

 

 「うふふふ。いいのかしら? あなたがエ・ランテルに向かっている理由をパンドラズ・アクターさんに言っちゃうわよ?」

 「わあああああ! わかりました! 私が悪かったです!」

 「うふふふ。分かればよろしい」

 

 二人の口喧嘩はすぐに収まった。

 シュレリュースはしたり顔、オフィーリアはとても悔しそうな表情だ。対して、パンドラズ・アクターはちょっとがっかりした様子だった。だが、オフィーリアがエ・ランテルに向かっているという情報を得られた事は僥倖だった。

 パンドラズ・アクターはアインズからの命令の完遂に一歩近づいたことで、心の中でガッツポーズをした。

 

 「パンドラズ・アクター、固まってどうかしたのか?」

 「いえ、丁度私たちもエ・ランテルに向かう途中だったので驚いていたのですよ」

 

 パンドラズ・アクターは興奮を悟られないように努めて平静を装う。対して、オフィーリアはパンドラズ・アクターの言葉を聞くと花が咲いたような笑顔を見せた。

 

 「そうなのか! パンドラズ・アクターが付いていてくれるなら心強いな!」

 「うふふふ。そうね。パンドラズ・アクターさんがいなかったら今頃、街の外で野宿だったものね」

 「ああ、パンドラズ・アクター様様だな」

 

 二人には興奮をごまかすことができたと、パンドラズ・アクターは一人安心していた。この調子でもっとオフィーリアの情報を得たい。そう考えてパンドラズ・アクターは花びらのように舞っているオフィーリアに問いかける。

 

 「話を戻すようで悪いのですが」

 「うん? 何でも聞いてくれていいぞ」

 

 オフィーリアが胸を張って応える。

 

 「なぜオフィーリア嬢はアダマンタイト製のタイツを失ったのでしょうか」

 「ああ、そのことか」

 

 オフィーリアはパンドラズ・アクターを見据えると、こくりと頷いた。

 

 「パンドラズ・アクターになら教えてもいいな。もう少し近くに来てくれないか」

 「うふふふ」

 

 オフィーリアの要請を受けてパンドラズ・アクターは歩み寄る。

 

 「実は、シュレリュースの兄が死の呪いにかかっていてな、それを治すために第四位階魔法を使ったんだ。その時にタイツを媒介として消費した」

 「オフィーリア嬢は魔法詠唱者だったのですか」

 

 パンドラズ・アクターは驚きが混じった声を上げる。しかし、オフィーリアは手を振ってそれを否定した。

 

 「ちょっと違うな。本職はあくまでもパラディンだ。言うならば魔法も使える騎士、と言ったところだな」

 「なるほど」

 「さ、私の秘密を教えたんだ。何かお礼をしてもらおうかな」

 「……」

 

 その言葉を聞いたパンドラズ・アクターは言葉に詰まった。なぜならナザリック領域守護者であり、アインズが設定を作ったパンドラズ・アクターにそのような事を言う者はいなかったからだ。

 オフィーリアはパンドラズ・アクターにウィンクしている。

 もし、パンドラズ・アクターのカルマ値が極悪に振り切っていたのならオフィーリアは消し炭になっていたかもしれない。しかし、パンドラズ・アクターの属性は中立。シャル○ィアのような残虐性はない。

 批判的にオフィーリアを凝視するに留め、努めて平静な対処をした。

 

 「仕方ありませんね。今の私はあなたたちを歓迎している身。ならばもてなしましょう」

 「うむ。さっきから気になっていたのだが、ここまで漂ってきている甘い匂いのする物が食べたい。買ってきてくれ」

 

 オフィーリアの当然といったような態度に再び視線が交錯する。しかし、それも一瞬のことだった。

 パンドラズ・アクターはオフィーリアの言う通りに甘い匂いの正体を買いに走る。

 全ては敬愛するアインズのため。ターゲットに近づいてプレイヤーであるか否かを完璧に調べ上げるまでは、オフィーリアに信頼されるいい奴というのを演じきってみせる。その思いがパンドラズ・アクターを買いぱしりに変えたのだった。

 

 「うふふふ。恩人に対して失礼じゃない?」

 「仕方ないだろう? お腹が減ったけどお金はないんだ」

 「うふふふ。あなた、大物ね」

 

 二人の話し声が賑やかな街頭に色を添える。

 

 「それにしても大きな街だな。聖王国でもこれほどの街は少ないかもしれない」

 

 オフィーリアは辺りを見渡しながらそう言った。

 

 「うふふふ。あなたの住んでいた街はどんなところだったの?」

 「私が住んでいたのは山奥の神殿だから街については詳しくない。だが一年に一週間、ヴァルキュリア祭というのがあってな。その間は神殿所属のパラディンが国内各地で無償の治癒行為を行う。その時に遠征した街と比べて大きいと感じた」

 

 オフィーリアは遠くを眺めるような顔をしながらそう言った。

 口では遠征で訪れた街について話してはいるが、その脳裏に蘇るのは幼き日々を両親と過ごした街並みであった。

 

 「うふふふ。そのお祭りの時も私と同じ境遇の人たちを助けてくれたのね」

 

 オフィーリアの思考を読んだシュレリュースであったがその事には触れずに話を進めた。

 

 「そうだな。それに私も助けられた側だ」

 

 オフィーリアが空を仰ぐ。その様子をシュレリュースはにこやかな表情で見つめる。

 二人がいる空間だけ色が抜け落ちた感覚を覚えるほど、賑やかな街で二人は静止していた。だが間もなく、彩を取り戻す。パンドラズ・アクターの帰還だ。手にはアップルパイ、そして容器に注がれたアゼルリシアンティーを器用に持っている。

 

 「お待たせしました。どうぞご堪能してください」

 

 パンドラズ・アクターはアップルパイセットをオフィーリアに手渡した。

 

 「ありがとう。ご馳走になる」

 

 パンドラズ・アクターはオフィーリアがアップルパイを頬張ったのを確認すると、もう一つのアップルパイセットをシュレリュースの元へ持っていく。

 

 「うふふふ。せっかく買ってきていただいて申し訳ないのだけれど私はいらないわ。私は肉食なの」

 「そうですか」

 

 パンドラズ・アクターはシュレリュースの言葉を聞いてアップルパイセットを引っ込める。

 シュレリュースはひどく素直に引っ込めるのね、といった表情をパンドラズ・アクターに向けた。

 シュレリュースが見つめるなか、パンドラズ・アクターはアップルパイセットを脇に挟むと、徐に懐へと手を伸ばす。そして懐から一枚のチケットを取り出した。

 

 「こちらはカルネに支店を置くバハルス牛料理専門店の宴会用チケットです。もしまたカルネに立ち寄る事があれば使ってください」

 

 そう言ってチケットをシュレリュースに渡す。

 

 「うふふふ。せっかく気を利かせてもらったのに突き返すのも悪いわね。いただくわ。ありがとう」

 

 パンドラズ・アクターの気遣いにシュレリュースは感激といった様子だ。

 口元にアップルパイをつけたオフィーリアは、そんな二人の様子を羨ましそうに眺めていた。

 

 「なんか私のより高そうだなー」

 

 オフィーリアの口を突いたのはそんな言葉だった。

 

 「うふふふ。正義のパラディン様とは思えない言い草ね」

 「な! そういうつもりじゃない!」

 

 墓穴を掘ったオフィーリア。シュレリュースにたしなめられて頬を膨らませた。そんなオフィーリアにパンドラズ・アクターは話しかける。

 

 「申し訳ございませんオフィーリア嬢。これは種族的な要件なのです。私は決して二人に優劣を付けている訳ではないのです。もしも、このパンドラズ・アクターにオフィーリア嬢のご不満を晴らすことができるならば何でもお申し付けください」

 

 そう言ってオフィーリアを真っ直ぐ捉えるパンドラズ・アクター。そんな対応に、オフィーリアは悪戯を見られた子どものように目を泳がせていた。そして、この場は何か言わないとパンドラズ・アクターが納得しないと考えたオフィーリアは、一息ついてから口を開いた。

 

 「シュレリュースが肉食なのは知っている。何せ目の前で猪を丸飲みにしたからな。それに……」

 

 最初はパンドラズ・アクターの目を見て話していたオフィーリアだったが、尻下がりに調子が悪くなる。いまはパンドラズ・アクターとは違うあさっての方向を見ていた。

 

 「うふふふ。はっきり言わないと分からないわよ?」

 

 オフィーリアはシュレリュースをキッと睨む。しかし、その勢いもすぐに消沈する。

 

 「ああもう! シュレリュースのことが羨ましかっただけだ! こんなこと言わせるな! 恥ずかしいだろ!」

 

 そう言うとオフィーリアはそっぽを向いてしまった。

 

 「なるほど。これは失礼しました。しかし、ナーガ種のことを理解されているようで私としては嬉しく思います。お詫びと言っては何ですが、今夜の宿は私が手配致しましょう」

 「そこまでしてもらう訳には!」

 

 オフィーリアは弾かれたようにそう言った。しかし、シュレリュースがオフィーリアに止めを刺す。

 

 「うふふふ。オフィーリアったら大事にされてるわね」

 

 オフィーリアはシュレリュースの言葉を真に受けたのか表情が忙しない。口元をぱくぱくさせている。

 パンドラズ・アクターはそんなオフィーリアの様子をちらりと一瞥すると、先に進むために言葉を発した。

 

 「それでは先へ進みましょう。カルネの街は大きいのです。色々とご説明しますので、アップルパイを食べながら耳を傾けていただければ幸いです」

 

 パンドラズ・アクターがそう言うと、一行は衛星都市カルネの街を進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 オフィーリアはパンドラズ・アクターに紹介された薬師工房で薬草の売却を済ませると、その足で宿屋に到着した。

 パンドラズ・アクターはオフィーリアを宿屋に案内し終えると、エ・ランテルへの同行を約束して立ち去った。

 オフィーリアはシュレリュースを宿屋の酒場に残し、宿屋従業員に案内に従う。

 宿屋の通路は、磨き抜かれたオリハルコンにレッドカーペットが敷かれていた。壁には眩しくない程度に光量が調節されたコンティニュアルライトが備え付けられている。

 案内に従うままレッドカーペットの上を歩くオフィーリアは、上階へと続く転移装置に辿り着く。転移した先がオフィーリアの今夜の宿だ。

 オフィーリアが転移装置を抜けると、開け放たれた客室の扉を背に宿屋従業員が待機していた。

 

 「こちらがパンドラズ・アクター様から指定された部屋でございます。ごゆっくりどうぞ」

 「ああ、ご苦労」

 

 オフィーリアは一言礼を告げて部屋に入った。

 

 「間もなく客室係が参ります。失礼いたします」

 

 宿屋従業員は振り返ったオフィーリアと目が合うと、会釈をしてその場を立ち去った。

 オフィーリアは部屋の入口で一人立ち尽くしていた。

 

 「家より豪華な部屋だな」

 

 遠い昔。貴族であった時の記憶と照らし合わせてそう呟いた。

 オフィーリアはアズライト色の髪をはらりと揺らして部屋に入る。

 

 「こんないい部屋を手配するとは。パンドラズ・アクターはすごい奴だな」

 

 アップルパイセットの出来事で、パンドラズ・アクターがオフィーリアにした埋め合わせ。それがこの部屋の提供である。

 部屋は広く高く、十数人程が部屋の中にいても余裕がありそうだ。天井は四メートルはあるだろうか。

 ここは衛星都市カルネにある最高級宿屋エモットの一室。その中で最も値が張る部屋「エンリ」だ。

 部屋の名前はかつてこの街に存在した人間の女性から取ったという。この女性は人間種でありながら、ゴブリン、オーガを初め、亜人種、異形種を博愛し、そして愛された。

 その後、エンリに愛された情緒ある者たちが彼女の存在を形として残そうとした。その結果が宿屋エモットである。

 初めてこの街を訪れた者を、自分たちと同じように愛して欲しいと願って。

 

 「眺めもいいな」

 

 オフィーリアは大きな窓から見える眺めを堪能する。カルネの街並みが夕焼けという着色を受けて鮮やかな輝きを放っていた。

 壁は漆が塗られたような渋い茶色。さらに、大きな額縁が飾られており、そこには若かりし日のエンリとその夫の絵が描かれていた。

 天井からは複数のオリハルコン製シャンデリアが吊り下げられていて、調度品は滞在する者に安らぎを与える効果のある香木で揃えられている。

 そして、床には金の刺繍を編み込んだ柔らかいレッドカーペットが敷かれていた。

 

 「金貨はここに置いておくか」

 

 オフィーリアは机の上に金貨袋をそっと置く。それと同時に、背後から声がかかった。

 

 「お初にお目にかかります、オフィーリア様」

 

 声がした方向に振り向くオフィーリア。

 

 「本日の客室係を担当させていただきます、ソリュシャンと申します」

 

 振り返ったオフィーリアは口をぽかんと開けて固まった。その目に映ったのは美しいメイド服に身を包んだ絶世の美女。女性であるオフィーリアから見ても思わず魅入ってしまう、そんな女性が現れたのだ。

 ソリュシャンは柔和な笑みを浮かべながら待機している。その姿は一つの女神のように神秘的なものだった。

 

 「……綺麗」

 

 オフィーリアの口を突いて出たのはそんな言葉だった。

 二人の視線が交錯する。

 

 「当然でございます」

 

 絶世の美女の唇から発せられたのは、そんな言葉だった。

 至高の御方に創造していただいたのだから当然。ソリュシャンの返答はそう考えてのものであったが、その存在を知らないオフィーリアは吹き出した。

 

 「ぷっ! ふふふ。当然ときたか。なるほど、正直だな!」

 

 オフィーリアは肩を震わせてそう言った。それに対して、ソリュシャンの目が据わる。

 ソリュシャンはオフィーリアの言動に対して強い殺意を覚えていた。

 至高の御方に想像された自分は美しくて当然のこと。それを魔導国の国民ではなく他国の、しかも異形種でもない人間種に笑われたのだ。姉妹たちの中でも分別はつく方とはいえ、腸は煮えくり返っていた。しかし、ソリュシャンは努めて平静を装う。

 ソリュシャンはできるNPCだ。

 オフィーリアはソリュシャンの様子に気付くことなく言葉を重ねた。

 

 「ソリュシャンの両親はさぞお美しい方々なのだろうな」

 「ええ、もちろんです」

 

 ソリュシャンは即答する。

 

 「羨ましいな。一体どれほど容姿に優れていればソリュシャンのような美女が生まれるのだろうか」

 

 オフィーリアは目を輝かせながらそう言った。

 ソリュシャンの殺意が引いていく。それはオフィーリアが本気で創造者--ヘロヘロ--を褒めていると感じたからだ。

 ソリュシャンはオフィーリアへの評価を改めた。同時に、目元が優しいものへと変わる。

 

 「お話はこれくらいにしておいて部屋の案内をしましょうか」

 

 目を輝かせて浮ついた様子のオフィーリアを無視してソリュシャンはそう告げた。

 不意打ちを喰らったオフィーリアは、恥ずかしそうに咳払いをするとソリュシャンに向き直る。

 

 「あ、ああ。そうだな。よろしく頼む」

 「かしこまりました」

 

 ソリュシャンはリビング、バスルーム、寝室、バルコニーと、オフィーリアに部屋の内容を説明していく。その表情は真剣そのもので仕事にかける意気込みを強く感じさせた。

 オフィーリアも、第一印象とは違うソリュシャンの態度に釣られて真剣に説明を聞いていた。

 一通りの説明を終えて、ソリュシャンはオフィーリアに向き直る。その表情は真剣なものから柔和なものへと変わっていた。釣られてオフィーリアの表情も崩れる。

 

 「この部屋の説明は以上です。何か分からない事はございましたでしょうか」

 「いや、大丈夫だ。ありがとう」

 「かしこまりました。それではごゆっくりお寛ぎください」

 

 ソリュシャンはオフィーリアにお辞儀をして部屋から立ち去った。その後ろ姿をしばらく呆けた顔で眺めていたオフィーリアだったが、ソリュシャンの姿が見えなくなると身支度を整えた。

 鎧を寝室に置いて調度品に備えられていた軽装--全てマジックアイテム--に着替えると、シュレリュースに会うために部屋を出た。

 

 「それにしても綺麗な人だったな」

 

 そんなことを言いながらオフィーリアは転移装置に身体を預けた。

 

 

 

 衛星都市カルネにある最高級宿屋エモット。その酒場は夕食時ともあって、行列ができるほどの人間種、亜人種、異形種がいる。賑やかな喧噪が溢れていた。

 オフィーリアとシュレリュースが座る席の心配をする必要はない。なぜなら、宿泊客専用スペースがあるからだ。その専用スペースで待たせてるシュレリュースの元にオフィーリアは間もなく到着する。

 レッドカーペットの上を歩くオフィーリアに、食欲を刺激する匂いが襲いかかった。お腹の虫が騒ぐのか、オフィーリアの足取りは軽やかなものだ。

 

 「待たせたな」

 「うふふふ。大丈夫よ。お先にいただいていますもの」

 

 シュレリュースの元に置かれたテーブルには既に料理が運び込まれていた。そのうちのいくつかを平らげたのか、大判のお皿が積み上げられている。そのお皿を一瞥したオフィーリアは呆れた様子でシュレリュースに視線を移す。

 

 「お前なあ」

 「うふふふ。まだ腹一分目といったところかしら。お水をいただいていたと思ってちょうだい」

 「はぁ……」

 

 オフィーリアはため息をついて席についた。

 

 「うふふふ。そういえば、この宿屋には劇場が併設されているみたいね」

 「劇場?」

 

 メニューを眺めていたオフィーリアはシュレリュースに聞き返す。

 

 「うふふふ。何だか、一般席に着いた人たちがそんなことを話していたわ。あそこに掲示してあるものじゃないかしら?」

 

 そういってシュレリュースは劇場のポスターが掲示してある場所を示した。

 オフィーリアは示された方向に視線を移す。

 

 「なになに? アインズ・ウール・ゴウン魔道王、救世の物語。主演……、脚本……。旧スレイン法国からカルネ村を守ったアインズ……。なかなか面白そうじゃないか」

 「うふふふ。何でも、各街ごとに演目が異なるそうよ。ここカルネではその演目を上演しているみたいなの」

 「ほう。変わってるな」

 

 オフィーリアは食前酒を運んできたウェイターに料理を注文した。

 

 「うふふふ。エ・ランテルでは秘密結社ズーラーノーンとの闘い。旧王都では人間の女性と素敵な紳士の物語を上演しているみたい」

 「恋物語か!? それにエ・ランテルの演目も中々面白そうだな!」

 

 オフィーリアは正義を行うパラディンだ。その職業柄か正義を行うエピソードは大好きだった。それに、今は将来の伴侶を探す旅をしている。だから自然と恋物語にも興味を持った。瞳を爛々と煌めかせてシュレリュースの話を聞くオフィーリア。

 

 「うふふふ。詳しい話は私も知らないわ。あそこの席で食事をしている人たちの話を聞いていただけだから。でもエ・ランテルに行くのなら丁度いいじゃない。観に行ってきなさいな。パンドラズ・アクターさんも案内してくださるわ」

 「そうだな! パンドラズ・アクターならきっと案内してくれるな!」

 「うふふふ。オフィーリアったらはしゃいじゃって」

 

 大判に乗った肉塊を丸飲みしながらにこにこと顔をほころばせるシュレリュース。

 

 「それはそうと、シュレリュースはエ・ランテルに来ないのか?」

 「うふふふ。パンドラズ・アクターさんが連れて行ってくれるって話じゃない? それなら私の出番はここまで。それにロアリュースお兄様も心配だし……」

 

 トブの大森林に残してきた兄を思うシュレリュース。その顔はとても心配そうだった。

 

 「そうだな。シュレリュースが居た方がロアリュースも安心だろう」

 「うふふふ。今度会うときは素敵な殿方を連れてきてね」

 

 食前酒を口に含んでいたオフィーリアは思わず口に手を当てる。

 手の隙間から液体が滴り落ちる。

 

 「fじぇklをjふぃお」

 「うふふふ。お行儀が悪いわよ? オフィーリア」

 

 オフィーリアは顔を真っ赤にして涙を流しながらシュレリュースを睨んだ。しかし、シュレリュースはどこ吹く風といった様子だ。

 料理を運んできたウェイターは一瞬ぎょっとしたが、すぐに対応する。

 

 「ありがとう。もう大丈夫だ。下がっていいぞ」

 「かしこまりました」

 

 ウェイターが下がると、オフィーリアは料理に集中した。シュレリュースを無視することで抗議しているのだ。しかし、シュレリュースは相手の心を読むことができる。オフィーリアの考えなどお見通しなのだ。

 

 「うふふふ。本当にかわいいわね」

 「……」

 

 オフィーリアの手が止まる。

 

 「うふふふ。お別れするのは寂しいわね」

 「……」

 

 オフィーリアの視線がシュレリュースを捉える。

 

 「うふふふ」

 「……」

 

 オフィーリアはナプキンで口を軽く拭くと口を開いた。

 

 「シュレリュース。思い出作りと言っては何だが、この後一緒に劇場に行かないか?」

 「うふふふ。……そうね。そうしましょうか」

 「決まりだな」

 

 食事を終えた二人は劇場に向かい、演劇を鑑賞した。その後、シュレリュースは兄ロアリュースの面倒を見るためにトブの大森林へと帰って行ったのだった。


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