Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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カルネ 1

 衛星都市カルネの入口が見える。幅は結構広くて、セバスと姉たちが並んで入っても全然問題ないくらい広い。中は闇を見通す能力がないと不便そうなくらい暗くて、少し入ってみると広くなってる。地面を見たら車輪の跡があるのだけれど……、周りには生き物の姿が見えない。

 ここが入口なのかな。

 

 「シズ、ここは国民がナザリックに物資を搬入、搬出する際に利用するアンデッド荷馬車の発着場です。今は時期ではないので閑散としています。しかし! 建国記念の時期には貢物をのせた荷馬車で溢れかえるのです」

 

 後ろにいるパンドラズ・アクターが興奮気味にそう言った。

 

 「……」

 

 シズは荷馬車発着場を見回してから後ろを振り返った。

 

 「シズ、旅人の入口はこちらです。この階段を上って少し歩いた所に検問所が設けられていますので行きますよ」

 

 パンドラズ・アクターに言われて発着場の外に出ると、入口の横に湾曲した階段があった。幅は姉たちと一緒に歩いてぎりぎり通れるくらいのスペース。その階段をパンドラズ・アクターと一緒に上りきると、視界の先にエルダーリッチがいた。

 

 「彼女は父上が召喚されたエルダーリッチのヘロリエルです。カルネの出口側。つまり! 我がナザリック側の検問を担当しているというわけです」

 「……」

 

 パンドラズ・アクターが興奮気味にそう言うと、ヘロリエルに向かって手を掲げた。ヘロリエルもパンドラズ・アクターを見ると手を胸に当てて返した。

 知り合いなのかな? そう思ってパンドラズ・アクターのことを見ていると、ヘロリエルが声を出した。

 

 「これはこれはパンドラズ・アクター様。ようこそカルネへ。ご無沙汰しております。アルベド様より連絡をいただきましたので、僭越ながらこちらでお待ちしておりました」

 「畏まることはないですよ。検問官としてヘロルさんはよく頑張っています」

 

 パンドラズ・アクターはそう言いながらエルダーリッチのヘロリエルに近づいていく。シズも後をついていく。

 

 「父上もこの場の守護にふさわしいのはヘロルさんだとおっしゃるはずです」

 「アインズ様の御子息であるパンドラズ・アクター様にそうおっしゃっていただけると幸いです。所で、そちらのお嬢様はどちら様でしょうか」

 

 パンドラズ・アクターと話していたヘロリエルがシズのことを聞いてきた。

 ヘロリエルを見上げるとパンドラズ・アクターが声を出した。

 

 「これは失礼。紹介が遅れましたね。こちらはシズ・デルタ。至高なる四十一人の一柱"博士"様がお造りになられた戦闘メイドです」

 「……シズ・デルタ。……はじめまして」

 

 パンドラズ・アクターに紹介されて名前を言った。アインズが召喚したという話なのだからお辞儀も忘れない。狭まった視界に、ヘロリエルのローブがたわむのが見えた。

 お辞儀を終えると手を胸にかざしたヘロルと目が合う。

 

 「初めまして、シズ・デルタ様。私はヘロリエルと申します。私の事はヘロルと呼んで下さいね」

 「……ヘロ、ル」

 「はい。ありがとうございます。以後、お見知り置きを。では、こちらへ」

 

 ヘロルがシズとパンドラズ・アクターを案内しようと踵を返したとき、パンドラズ・アクターがヘロルに話しかけた。

 

 「ヘロルさん、シズの事で注意事項があるのでお耳をお貸しください」

 「かしこまりました」

 

 パンドラズ・アクターがヘロルに何か耳打ちしている。シズはその様子を黙って見ていた。

 

 「よろしくお願いします」

 「了解しましたわ。では、改めてこちらへ」

 

 ヘロルがそう言うと、シズとパンドラズ・アクターは案内されるままに検問所の中に入った。

 検問所の中にはドワーフ、エルフ、ビーストマン、アンデッド、たくさんの種族がいて、各々に仕事をしていた。その中の一人に目が止まった。

 

 「……かわいい」

 

 ビーストマンの後ろ姿がふかふかしてそうで抱きしめたくなる衝動に駆られる。でも、だめ。今は旅の途中で、でも……。

 

 「……っ!」

 

 じいぃっと見ていたら、ビーストマンがびくって震えた。

 かわいい。抱きしめたい。

 でも……。

 衝動をぐうぅっとこらえていたら、パンドラズ・アクターとヘロルがどんどん先に行っちゃうし、どうしよう。目を閉じて少し考える。どうすれば我慢できるか。

 シズは体に収納しているエクレア帽子を取り出してぎゅうっと抱きしめた。今はこれで我慢。

 

 「……エクレアの……匂い」

 

 旅に出る前にエクレアの匂いを付けてきた。帽子の匂いを嗅いだらエクレアが腕の中にいるような気がして、少し落ち着いた気がする。もう一度だけビーストマンを眺めてからその場を後にした。今度、もし暇ができたら会いに来る! そう決めて。

 少し駆け足で二人の背中を追っているとパンドラズ・アクターが振り返った。

 

 「おや? 何か目に留まる物でも見つけたのですか?」

 

 パンドラズ・アクターに言われて、ちらっと後ろを振り返る。進んできた方向にはシズが思わず見惚れてしまったエクレアみたいな、もこもこの生き物がいたから。

 

 「……うん。……ビーストマン」

 

 思い出したら抱き着きたい衝動が沸いてきた。せっかく我慢したのに。

 

 「ビーストマンですか。なるほどなるほど」

 

 パンドラズ・アクターがそう頷いていると、ヘロルがビーストマンの事を教えてくれた。

 

 「彼はビーストマンのライオですね。少し素行の悪い旅行者の相手をさせるのと簡単な事務処理をさせているのですが、彼の事が気に入りましたか?」

 「……かわいい」

 

 口に出すとますますライオと遊びたくなってきた。

 

 「ナザリックに属するクレア様に気に入ってもらえるだなんて栄誉あることですわ。今日はエ・ランテル行の足を確保しましたらお時間が空くと伺っております。その時にでもライオを紹介しましょう」

 「……わぁ」

 

 ヘロルの言葉に心がぽかぽかしてくる。二人っきりになったら何をしよう。とりあえず抱き着いて……それから……。

 そんな幸せな事を考えていたら、パンドラズ・アクターが妄想の邪魔をしてきた。

 

 「開花したストロベリー・ブロンド色の花」

 「……」

 

 お花?

 

 「受粉を待望する花が、暖かな陽を浴び、鮮やかな花冠を拡げている。今のあなたからそのような美しさを感じます」

 「……」

 

 うん?

 

 「しかし、あまり羽目を外さないように」

 「……」

 

 お花の話は置いといて、羽目を外さないようにが少し真面目な感じだった。

 パンドラズ・アクターの意図がよく分からない。けど、言う事は聞かなくちゃいけない。立場はパンドラズ・アクターの方が上だから。

 

 「……わかった」

 

 シズがすぐに返事をすると、パンドラズ・アクターは頷いた。

 

 「それでは行きましょうか。ヘロル、案内をお願いします」

 「かしこまりました」

 

 二人の後をついて行く前に、もう一度だけ後ろを振り返った。

 --ライオ、後で遊ぼうね。

 

 検問所を出ると、衛星都市カルネの街が視界に広がる。

 道は左右に伸びていて、しばらく行くとカーブを描いている。ずっと向こうで繋がってるから、きっと左右の道は一本道なのだと思う。前方にも道が続いていて、この道は中央らへんで十字になっている。

 脇に階段があるから、ここは二階部分の移動スペースだと思う。

 トン、トン、トン--。

 つま先で足元を叩くと硬い。素材は石かな?

 

 「シズ様はカルネにいらっしゃるのは初めてでしたね。こちらはアインズ様とデミウルゴス様、そしてドワーフが協同で建造した歩道になっているのですよ。地上は往来が激しいですから、主に外部から来る方に上の歩道を利用してもらっています。二階部分から各お店にも入れますし、お金を払えば二人乗り用の小型アンデッド馬車も利用できます」

 「……」

 

 ヘロルがこの道の事を教えてくれた。アインズとデミウルゴスが考案した道。

 シズは一歩下がって、道にお辞儀をした。アインズが造ったものということを意識すると、敬意を払わないのはだめな気がしたから。視線を足元に移すと、何か文字みたいなものがあった。ドワーフが建造したというのだから、ルーン文字かな? 昔、アウラが話していたような気がする。そんなことを考えていたら、パンドラズ・アクターが口を開いた。

 

 「ふむ、いつ見ても劣化している様子がありませんね。ドワーフのルーン建造物、中々素晴らしいものです。そして、それが父上のお考えに、デミウルゴスの補助が加わったものならば尚更ですね」

 「……」

 

 シズはもう一度道を眺めてみると、たしかにすごいものなのかなと思えてきた。それにルーン文字を建造物に使っているところが新しいと感じた。

 

 「それではヘロル、案内の続きをお願いします」

 「ええ。こちらです」

 

 二人の後を追って歩きながら地上を見下ろすと、小さいドワーフと人間が遊んでいるのが見えた。そこにオーガとゴブリンが加わって賑やかにしている。空を見上げると、街の外れにドラゴンが降りる様子が見えた。あれはシャルティアの配下のフロストドラゴンかな。

 

 「パンドラズ・アクター様、今回はどのようなご用件で外出されているのですか」

 「未知なる美を求めて、といったところでしょうか」

 「未知なる美、といいますと?」

 「この世界にはまだ私たちが知らないマジックアイテムが眠っています。私たちはそれを発見すべく父上より許可をいただいて旅をさせていただいている、というわけです」

 「なるほど、マジックアイテムですか」

 

 二人の話を聞き流しながら歩いていると、甘い匂いが漂ってきた。この匂いは知ってる。ナザリックでも栽培している林檎の匂い。

 匂いに釣られて視線を巡らせると、地上でたくさんの種族が蠢いていた。アンデッド、悪魔、ソウルイーター、リザードマン、オーガ、ゴブリン、エルフ、ドワーフ、人間。そして目に付く所にデス・ナイトがいる。その隙間を縫って匂いの元を辿ると、エルフがお店を出しているのが見えた。

 あれは何のお店かな。気になりながらも二人の後を追う。

 

 「未知のマジックアイテム、見つかるといいですね」

 「ええ、まだ見ぬマジックアイテムをこの手に掴む。これ程心が躍ることはありません」

 「ふふ。相変わらずですね。パンドラズ・アクター様」

 

 道の両端を見るとコンティニュアルライトの筒が並んでいる。夜はこれで道を照らすのかな。並んでいる筒を眺めながら歩いていたら、小鳥がシズの肩に止まった。

 

 「チュンチュン」

 「……あ」

 

 お腹がまっ白で翼が木の枝みたいな色をしてる。くちばしをキョロキョロ動かしてシズの事を見てる。お腹がもこもこしててかわいい。トブの大森林から来たのかな。

 

 「……ちゅんちゅん」

 

 パンドラズ・アクターとヘロルは楽しそうに会話している。いつから知り合いなのかな。よくナザリックの外に出ているという話は聞いていたけど、外出先はカルネが多かったのかな。でもエ・ランテルが主な外出先だと、セバスから話を聞いたというユリが言っていたし実際はどうなんだろう。

 二人の背中を見ながらそんなことを考えていたら、肩に止まっていた小鳥はどこかに行っちゃったみたい。また会えるといいな。

 そろそろ道が突き当たる。二人の向こう側には大きな建物があった。

 

 「そろそろエ・ランテル行のアンデッド馬車の手配をする場所に着きます」

 「ヘロルさん、中々楽しい一時でした」

 「ええ。ありがとうございます」

 

 二人が建物の前で立ち止まると、ヘロルがこっちを向いた。

 

 「シズ様、こちらで手配をした後、ライオを紹介させていただきます。申し訳ございませんがもうしばらくご辛抱をお願いします」

 「……」

 

 ヘロルの言葉にこくりと頷いて返す。

 目の前にはアインズ・ウール・ゴウンのギルドフラッグのレプリカが掲げられた建物。窓がついているけど外から中の様子を窺うことはできなかった。

 シズとパンドラズ・アクターは、ヘロルの案内で建物の中にある部屋に案内された。

 

 「こちらで少々お待ちください」

 

 ヘロルがそう言うと部屋を出ていった。パンドラズ・アクターと二人きり。

 

 「シズ、かけなさい」

 「……うん」

 

 パンドラズ・アクターに促されてふかふかのソファに座る。油断すると腰が沈むから、浅めに座ってお尻を少しだけ乗せる形にした。

 

 「……」

 

 床に足がつかない。立つときどうしよう。

 

 「ふむ」

 

 パンドラズ・アクターの方から声がして、ふとそっちを見た。パンドラズ・アクターが悪戯をしているルプスレギナみたいな雰囲気を出してる。

 

 「……」

 

 じいぃっと見つめていても、余裕そうな感じがルプスレギナみたいでなんかムカつく。パンドラズ・アクターとそんな視線のやり取りをしていたら、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 

 「ししし失礼します」

 

 扉を開けたのはエルフの男の人だった。手にはお盆が乗っていて、その上にさっき漂ってきた甘い林檎の匂いのする物があった。その横には液体の入ったグラスもある。

 エルフの男の人が、テーブルに甘い林檎の匂いがする物を乗せたお皿と液体の入ったグラスを置いていく。その様子を眺めていたらパンドラズ・アクターが口を開いた。

 

 「んんー! このかぐわしい林檎の香り、大樹の葉を彷彿とさせる生地の模様。アロス、素晴らしいアップルパイです。腕を上げましたね」

 

 アロス? また知り合いなのかな。

 

 「ありがとうございます。パンドラズ・アクター様! 今回のアップルパイは今まで以上の最高の出来になりました。パンドラズ・アクター様にお出しする一品として相応しいという自信がありますよ。アゼルリシアンティーと合わせて、どうぞ召し上がってください!」

 「自分の仕事に対して誇りを持てる。素晴らしいことです。いただきましょう」

 「……」

 

 パンドラズ・アクターは知り合いが多い。カルネに着いてから知った意外な一面。

 テーブルに目を移すと、林檎の匂いがするこの葉っぱの模様がした物。あっぷるぱい? 召し上がって下さいというのだから食べ物なのだろうけど。

 あっぷるぱいをじいぃっと眺めていたら今まで感じたことがない、ちらちらとした視線を感じた。パンドラズ・アクター? 違う。パンドラズ・アクターはあっぷるぱいを食べている。だとしたら、アロスというエルフの男?

 視線を感じる方にゆっくりと振り向いたらアロスと目が合った。

 

 「……」

 「あっ、これはその、あの」

 

 アロスがお盆を抱えてあたふたしてる。視線の正体はやっぱりアロスだった。どうしてそんなに慌てているか知らないけど、給仕をする態度としては失格。

 シズはメイドだからこれは許せない。ソファから飛び降りてアロスに近づいた。

 

 「……」

 「……っ!」

 

 アロスを見上げたら変な声を出した。鼻をひくひく動かしてシズと目を合わせようとしない。というか、シズが目の前にいるのに顔を赤くしながらちらちら見るだけで要件を聞こうとしない。給仕中に何を考えているのかな。

 

 「……最低」

 「……っ!」

 

 一言。給仕をする態度として失格だということを告げた。

 アロスはすごく悲しそうな目をしている。ちょっと言い過ぎたかな。

 --カラン。

 そんなことを考えていたら、パンドラズ・アクターがグラスに入っていた氷を鳴らした。

 

 「アロス、いけません。たしかにそちらの女性は美しい。ですが給仕中に鼻の下を伸ばすのはいけません。平常心を保つことが大切です」

 「パンドラズ・アクター様! 私は決して……」

 「……」

 

 決して何? シズはアロスの事をじいぃっと見つめる。そうしたら、またアロスがあたふたしだした。全然反省してない様子に腹が立ってくる。そのまま続きの言葉を待っていたら、小さな囁き声が聞こえてきた。

 

 「平常心、平常心、平常……」

 

 アロスは目を閉じながら何回か同じことを呟いている。いつまで呟いているのかと思って首を傾げていたら、アロスの目がすっと開いた。その目はさっきまでのあたふた感じじゃなくて、シャキッとしている。

 アロスは刺すような目でシズに目礼すると、パンドラズ・アクターに視線を移した。態度が全然違う。少しびっくりした。

 

 「……申し訳ございません。こちらの美しい女性に心を奪われて、つい平常心を失ってしまいました」

 

 アロスの謝罪はすっきりとした一言だった。

 

 「……」

 

 真剣な表情でパンドラズ・アクターを見つめるアロス。自信を持った横顔は凛々しかった。

 アロスが心を乱した理由。それは"博士"に造っていただいた自分の容姿が原因。それならシズに怒る事はできない。シズの様子を褒めるということは造物主を褒めているということだと思うから。

 理由を告げた後も真摯な姿勢でパンドラズ・アクターに対峙しているアロスを見ていると、許してもいいかなと思えてきた。シズだって綺麗なもの--玉座の間--を初めて見た時は平常心を失ったから。こういう時、ユリだったらどうするかな。

 ゆっくり考えてから、静かに声をかける。

 

 「……アロス」

 「は、はい!」

 

 話しかけただけでそんなに驚かなくてもいいのに。

 息を整えて、もう一度アロスに話しかける。

 

 「……褒めてくれて……ありがとう」

 「え!?」

 「……失敗したら……直せば、いい」

 

 ユリならきっとこう言うと思う。

 アロスは驚いた顔のまま動かない。無視してるのかな。

 

 「……返事」

 「は、はい!」

 「彼女も許してくれたみたいです。アロス、次からは気を付けましょう」

 

 アロスの目がきらきらと輝いた。反省してるのかな。

 

 「ありがとうございます!」

 「……」 

 

 腰を折ってお辞儀をするアロス。きりっとしたその様子を見て、不安だけど信じる事にした。席に戻るために踵を返しと、背中にアロスの声がかかった。今度は何かな? もう一度アロスの方を振り向く。

 

 「あの、もしよろしければお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 「……」

 

 名前。

 シズは名前を教えていいかパンドラズ・アクターに確認した。シズ・デルタという名前を信用の置けない相手に教えてはならないとアインズに言われているから。

 パンドラズ・アクターは頭を振っている。つまり名前を教えていい相手ではないということ。こういう時は偽名を使うことにしている。エクレアと相談して決めた名前を。

 

 「……クレア」

 

 エクレアからエを取ってクレア。シズのお気に入りの名前。

 

 「クレア、様」

 「……」

 

 すごく嬉しそうな顔をしているアロス。なんだか少し悪い気がする。クレアは本当の名前じゃないから。でも同時に、エクレアの名前を褒められているような気がして嬉しくなった。

 シズの名前を聞いてにやついているアロスのことをじっと見ていたら、アロスがはっとした様子で口を開いた。

 

 「いけない! 平常心……。ささ、クレア様、冷めないうちにアップルパイをお召し上がりください」

 

 アロスに勧められてソファに座る。目の前にはあっぷるぱいという食べ物がある。どんな味がするんだろう?

 

 「こちらのアップルパイは約百年前に開発されたショポンと呼ばれるものです。大樹の葉のような模様になるよう生地を焼き上げ、中にはナザリック地下大墳墓産の林檎をふんだんに使用し、ミノタウロス国産の高級バターとエルフの王国産の高級甘豆で煮たものが入ってあります。外はサクッっと中はホクホク、トロトロの甘い林檎がクレア様の口に広がりますよ」

 「……」

 

 アロスに促されてアップルパイにフォークを差し込む。

 --サクッ。

 心地よい音を立てて生地が崩れた。その瞬間、中に閉じ込められていた甘い香りが広がる。今まで経験したことがない幸せな香りに思わずほっぺがほころびそうになる。フォークで切りみを入れて中を覗くと、バターに絡まった光沢のある林檎が姿を見せた。そっと触れると程よい反発があって歯ごたえも良さそうだった。アップルパイを一口サイズにして、こぼさないように手をお皿にして口に運ぶ。

 

 「……あまい」

 

 ナザリックでは口にしたことがない濃厚な甘さと林檎の風味が口の中に広がる。この香りはエルフ王国産の甘豆かな? りんごを包む生地もサクサクしていて食べやすい。栄養も多いみたいだし、燃料の代わりに食べてもいいかも。そんなことを考えながら一口、また一口とフォークがアップルパイに吸い込まれていく。気付いたらもうなかった。

 口が寂しい。視線を動かすと、コースターに置かれたアゼルシアンティーがあった。手を伸ばしてストローからアゼルシアンティーを吸引した。

 

 「夢中になって食べていただけると料理人冥利に尽きます」

 

 横にいるアロスはすごくにこにこした顔をしていた。

 

 「……」

 

 ちょっと勢いよく食べすぎたかな。そう考えると恥ずかしくなってきた。

 グラスを両手で抱えて、中に入った氷から目が離せなくなった。そうしていたら、部屋の扉を叩く音が聞こえた。

 

 「どうぞ」

 

 パンドラズ・アクターが扉に向かって声を出した。

 

 「失礼します」

 

 ヘロルが扉を開けて中に入り、扉を閉めてから向かいの席に座った。

 

 「お待たせしました。パンドラズ・アクター様、と……クレア、様」

 

 一瞬ヘロルの視線を感じた。

 

 「いえ、アロス君のおかげで楽しい一時でした」

 「それは良かったです」

 

 和やかな感じで会話が始まった。

 アロスはお皿を下げると、シズとパンドラズ・アクターの空いたグラスにアゼルシアンティーを注いだ。

 

 「ただいま、エ・ランテル行の各種馬車の確認を済ませて参りました。アルベド様からの指定通り、貴賓専用--デス・キャバリエ/死の騎兵--馬車は用意が完了しております。それとは別に、僭越ながら万一の事態に備え、私たちの方で各種馬車をご用意させていただきました」

 「万一の事態、ですか」

 「恐縮です」

 

 パンドラズ・アクターは続きを話すように促した。

 

 「ペイルライダー/蒼褪めた乗り手による高速便、ゴーレム及びソウルイーター/魂食らいによる通常便に加えて、こちらがそのリストとなっております」

 「拝見しましょう」

 

 パンドラズ・アクターはヘロルに提示されたリストに視線を走らせる。

 

 「通常の馬からスレイプニル。他にもありますね」

 「万一の事態が起こらなければそれで良いのですが、出発するまでは何が起こるかわかりません。私たちはすぐに対応できるよう準備しております。急な変更がある時にはお知らせください」

 「確かに。ヘロルさんの勘は当たりますからね。ここはヘロルさんを信用しましょう」

 「恐縮です」

 

 そう言って、パンドラズ・アクターはリストを懐にしまい込んだ。

 

 「私からお伝えすることは以上です」

 「わかりました」

 「アロス、下がっていいわ」

 「了解しました。 パンドラズ・アクター様、クレア様、失礼します!」

 

 お辞儀を終えたアロスは部屋を出ていった。台車を引く音が遠ざかっていく。

 

 「それではシズ様、ライオの元へ行きましょうか。パンドラズ・アクター様、よろしいでしょうか」

 「ええ。今日の予定はもうないので問題ないです。ヘロルさん、私は父上に定期連絡をしますのでシズ。いえ、クレアをお願いします」

 「承りましたわ。クレア様、参りましょうか」

 「……」

 

 シズはこくりと頷いてヘロルに近づいた。

 カルネの検問所でパンドラズ・アクターがヘロルに耳打ちしていたのはこの事みたい。カルネではクレアと名乗る。でも、そんなことよりやっとライオと遊べる。期待に胸を膨らませてヘロルの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 二人が去った貴賓室でパンドラズ・アクターが一人、短剣を中空に掲げて佇んでいた。

 

 「≪メッセージ/伝言≫」

 

 短剣に込められた魔法、≪メッセージ/伝言≫を発動させる。相手はアインズ・ウール・ゴウンだ。

 

 「お父様、いまよろしいでしょうか」

 『パンドラズ・アクターか、定期連絡だな。デミウルゴス、ちょっと待て……。うむ。いいぞ、パンドラズ・アクター』

 「はい、申し上げます。先ほど衛星都市カルネに到着、ヘロリエルと接触し、ただいまエ・ランテル行のアンデッド馬車の手配を完了致しました」

 『そうか。何か変わったことはなかったか』

 「いえ、特に報告をすることはございませんでした。しかし、強いてご報告致すことと言えば……シズの戦闘演習のために人間種を助けました」

 『揉め事か?』

 「私見ですが、オリハルコン級盗賊グループ--漁夫の利--が堂々と野盗行為をしていたようでした。メンバーの一人から確認を取ったのでまず間違いないと存じます」

 

 パンドラズ・アクターは時折カルネに赴いて、都市運営を行っていた。その影響で街に住む実力者については詳しい。オリハルコン級冒険者ともなれば知っておくべき存在だった。

 

 『人間種については何か分かるか?』

 「申し訳ございません。ナーガ種と共に旅をしている、といった様子であったことくらいしか存じ上げません」

 『異種族と旅、か。中々結構なことではないか。旅人の方は無事なのか?』

 「はい、ナーガ種の方が漁夫の利からスキル攻撃を受けたようでしたが幸い無事な様子でした」

 『そうか、結構結構。他に報告すべきことはあるか?』

 「いえ、ございません」

 『うむ、それでは今回の定期連絡は終了するか……何だ? デミウルゴス』

 

 定期連絡が終了する段になって、デミウルゴスが話し中のアインズに割り込んだ様子だ。本来ならば不敬な行為なのだがデミウルゴスを信用しているアインズにそれを咎める様子はない。

 パンドラズ・アクターもまた、今回の報告に密接な情報を話しているのだろう。そう考えて静かに待っていた。

 

 『レベル四十二の隠密系スキルを持つ悪魔が一撃だと!?』

 

 アインズの驚いた声がパンドラズ・アクターの頭に木魂した。レベル四十二といえばこの世界でいう難度百三十六。アダマンタイト級冒険者の適正レベルが難度九十なので、額面だけを見ればかなりの強者だ。

 

 『特別なフィールド効果によるものか、その人間の単純な実力か、あるいは両方か。いずれにせよ詳しく知る必要があるな』

 

 パンドラズ・アクターはアインズの言葉を聞いて情報を整理した。

 アインズに人間種の手助けを報告したこと。この世界では強者となりうる配下の消滅。デミウルゴスがその報告をこのタイミングで行った事。つまり、シズの戦闘演習のついでで助けた人間がデミウルゴスの配下を消滅させた張本人である可能性がある。今ある情報ではこの線が妥当だろう。パンドラズ・アクターはそう結論づけた。

 

 『ここまでの旅路を見る限り特に警戒する実力者ではない、か。分かった。……パンドラズ・アクター、お前たちに緊急任務を与える。この女に近づき出来るだけ情報を集めよ』

 「緊急任務、でございますか」

 

 おおむねパンドラズ・アクターの予想通りだった。しかし、緊急任務を与えられるとはパンドラズ・アクターは予想していなかった様子だ。ナザリックの支配者であるアインズ・ウール・ゴウンから任務を与えられることは、NPCにとって至高の喜びだ。

 パンドラズ・アクターは思いがけない幸運に言葉が震えた。

 

 『そうだ。お前たちが助けた人間の女はどうやらデミウルゴスの配下を一撃で屠ったようだ。デミウルゴスの見解では、ガンナーのクラスを封印したシズでも抑ることが可能らしい。それに強力な魔力が籠った装備は持っていないようでもある。がしかし、プレイヤーの可能性が僅かに残る。名前は……、オフィーリア。オフィーリア・マルク・リベイルというそうだ』

 「プレイヤーでございますか」

 

 プレイヤーという言葉を聞いて、パンドラズ・アクターに緊張が走る。かつて、レベル百NPCであるシャルティアがプレイヤーの遺したワールドアイテムによって、ナザリックに敵対したことを思い出したからだ。この出来事ではプレイヤーを確認できなかったとはいえ、その遺産だけでも脅威となりうるのだ。今回の任務対象はそれほどではない可能性が高いとはいえ、油断はできない。

 パンドラズ・アクターは気を引き締めてアインズの勅命を聞く。

 

 『その通りだ。そろそろ時期だからな。各地の強者、または強者になりうる者の情報は少しでも欲しい所だ』

 「了解しました。パンドラズ・アクター、及びCZ2128Δ、必ずや任務を完遂してみせます」

 『頼んだぞ、パンドラズ・アクター。シズ・デルタにもよろしく頼む。だが無理はするな。脅威度が低いとはいえプレイヤーである可能性があることを忘れるな! いつでも撤退できるようにしておけ』

 「了解でございます!」

 

 アインズの心配を受けてパンドラズ・アクターは喜びに打ち震えた。自らの存在を設定した至高なる存在であるアインズ。そのアインズに心を配られるのはパンドラズ・アクター以下NPCにとって至高な喜びなのだ。≪メッセージ/伝言≫の魔法が途切れてもその震えは止まらない。

 パンドラズ・アクターは十分に余韻を満喫すると、シズに向けて≪メッセージ/伝言≫の魔法を行使した。




書籍巻末にプロフィールが載ってるの見てやってみたいなーと思い真似してみました。
しかし人間のクラスレベルほとんどLv?ですねー。

オフィーリア・マルク・リベイル

役職:神殿聖騎士
住居:ヴァルキュリア神殿

職業レベル:パラディン Lv?
      テンプラー Lv?
      クレリック Lv?

趣味:年下の同性とじゃれ合うこと。
   冒険譚を読むこと。

 元はマルク領主の令嬢だったが幼い頃に父親が悪魔の土地に行きそのまま蒸発。母親は父親を追って家を飛び出したが遂に戻らなかった。両親を失ったオフィーリアはマルク領主の後釜を狙う他の貴族によって放逐される。見知らぬ土地で行き倒れそうになった所をヴァルキュリア・イクシアに救われた。その後はイクシアに恩返しすることを目標に生きた。イクシアを補佐することを許されるヴァルキュリア・ナイトという役職に就くことが彼女の夢でもある。

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