Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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街道 2

 薬草採取を終えたオフィーリアとシュレリュースはようやくトブの大森林を越えた。

 オフィーリアはカルネを視界に捉えると、急にはしゃぎだした。トブの大森林に入ってから約一週間、待ちに待った人間の領域だ。オフィーリアの心は弾むばかりだった。その様子をシュレリュースはにこにこしながら見ている。

 

 「木々の隙間から街が見える! やっとカルネに着いたのか!」

 「うふふふ。そんなにはしゃぐと転ぶわよ」

 「私をだれだと思っているんだ!? そんな柔な鍛え方はしていなあああ」

 

 木の根に足を取られて豪快に地面へとダイブするオフィーリア。鮮やかなアズライト色の髪に葉っぱが食い込んでうつ伏せになったその姿は無様の一言であった。

 

 「ぅぅぅ……」

 「うふふふ。だから言ったのに」

 

 シュレリュースはオフィーリアの甲冑を咥えて立たせた。

 オフィーリアは涙目である。

 

 「うふふふ。怪我はないみたいね。よかったじゃない」

 「全然良くない! ああもう! 寝巻がボロボロ……。街に着いたら服を買わなくちゃ」

 「うふふふ。薬草が売れるといいわね」

 「私は薬草の知識に詳しくない。売却はお前に任せる」

 

 シュレリュースは頷くと、そのまま二人は森の外に出た。

 森を抜ければ草原が広がっていて、少し歩いたとこには整備された街道がある。この街道はナザリック地下大墳墓と衛星都市カルネを結ぶ一本道となっている。

 二人は街道に躍り出ると、カルネに向けて歩を進めた。

 

 「随分と大きな街だな。お前と合った街とは全然違う」

 「うふふふ。当然よ。なんたってあの街はアインズ・ウール・ゴウン陛下と関係が深い街ですもの」

 「アインズ・ウール・ゴウン陛下?」

 「うふふふ。知らないの?」

 

 シュレリュースの言葉にオフィーリアは首を傾げた。

 オフィーリアが知らないのも無理はない。なぜなら彼女は幼い頃から神殿で育ち、日々を鍛錬に費やしてきたからだ。最低限の教養を学ぶことはあったが、あくまで生活に必要な程度。聖王国から見て外国である魔導国に関する教育は、進んで学ぼうとしない限り知ることはできなかった。

 

 「魔導国と言えば、聖王国の危機を救った英雄譚を読んだことがある。だがその英雄譚は数百年前の出来事のはず。そのアインズ・ウール・ゴウン陛下と言うのも過去の人物なんだろ? まるで今も生きているような言い方だな?」

 「うふふふ。カルネやエ・ランテルでそんなこと言ったら殺されるわよ? 気を付けなさい」

 「え?」

 

 オフィーリアはシュレリュースの物騒な物言いに驚きを隠せないでいた。なぜ既にこの世にいない人物を過去と言うと殺されるのか。見当もつかないといった様子で、オフィーリアはシュレリュースを見つめる。

 シュレリュースはオフィーリアの様子を一瞥すると、ため息をついてから説明を始めた。

 

 「オフィーリアいい? 陛下はご存命なの。というか、不老不死と言った方がいいかしら? 何て言ったってオーバーロード、超越者なのだから」

 「オーバーロード?」

 

 オフィーリアは初めて聞く言葉に目を白黒させる。神殿での座学の中にそんな言葉があっただろうか。こめかみに手を当てて必死に記憶を探るが、該当する情報を掬い出すことはできなかった。

 シュレリュースはオフィーリアが白旗を上げるのを確認すると、続きを話した。

 

 「いいかしら? 陛下の外見はスケルトン。アンデッドなのよ」

 「な? アンデッド……だと?」

 

 オフィーリアはアンデッドが国を治めているという言葉に放心する。彼女にとってアンデッドとは、悪魔と同じくらい忌むべき存在。悪即滅。邪悪なる存在は、善なる聖騎士にとって最大の敵なのだ。そして最も認めたくないことがもう一つ。

 聖王国は忌むべきアンデッドに救われたということ。

 オフィーリアは一気に意気消沈した。それに呼応して、二人の歩みも止まる。

 

 「そんな……、私のお気に入りの英雄譚。主役はアンデッドだったのか……。だとすると作者のティマイオス。こいつも邪悪な存在である可能性があるな。何てことだ……」

 「うふふふ。そんなに気を落とさなくていいじゃない。陛下が偉大であるという事実は変わらないのだから。あなたもカルネに行って、住民から話を聞いてみればわかるわ」

 

 オフィーリアはシュレリュースの言葉を黙って聞いた。その様子は元気がなくて、提案を受け止めたかどうかわからない。シュレリュースも友人の初めての態度に困っている様子だった。

 草原が風を受けて爽やかな音を奏でる。その時、オフィーリアは目を大きく見開いた。シュレリュースが崩れ落ちたからだ。

 

 「ひひひひ。街ガ目前ダカラッテ油断シタナ」

 「っ?」

 

 そこにはいつの間にか不気味な笑い声を上げる男が立っていた。

 一体何が起こったのか分からずにオフィーリアはただ立ち竦むだけだった。そんなオフィーリアを視界の端に窺いつつ、男はシュレリュースに追撃を加えていく。

 

 「ひひひひ。図体ハデカイカラナ。コレデオ終イダ」

 「やめ……」

 

 オフィーリアの願いを無視して、不気味な男はシュレリュースに特殊な追加攻撃を行った。

 シュレリュースは、びくっと大きく痙攣するとそのまま動かなくなった。

 

 「お、おま、お前えええ! 許さない!」

 

 オフィーリアは烈火の如く怒り狂った。武器を構えて不気味な男に斬りかかる。その瞬間、その場に怒声が轟いた。

 

 「そこまでだ!」

 「何!?」

 

 オフィーリアが声のした方を振り向くと、皮の鎧を着用して剣を手にしている二人の男が立っていた。

 

 「ひひひひ。ブレッド来タ。オ前、モウ終ワリ」

 「仲間だと?」

 「おおぉー! こいつはぁ、いい女じゃねえかぁ。たまんねぇ」

 「おいラッセ、仕事しろよ?」

 「わかってるぜぇ」

 

 怒声を轟かせた男、ブレッドが倒れ伏したシュレリュースを一瞥すると不気味な男に視線を向けた。

 

 「マルコ、相変わらず見事な手際だな」

 「ひひひひ。今回ハ簡単ダッタ」

 「そうか」

 

 オフィーリアは三人の男を、罠に捕らわれた猛獣のような目で睨み付ける。一対一ならば問題はない。しかし、今はシュレリュースを庇って戦わないといけない。何とかシュレリュースを助けられないか。そう思い、不気味な男マルコに視線を向けた。

 

 「ひひひひ。怖イネエ」

 

 マルコはシュレリュースの後ろに隠れると、首元に短剣をかざしてオフィーリアを挑発した。こうなってしまうとオフィーリアは手も足も出ない。そうこうしていると、ラッセが薬草を詰めた袋に手をかけた。

 

 「ブレッドよぉ、こいつはぁ金になるぜぇ。ほとんどぉエリエリシュだぁ」

 「ほお? この袋のでかさからすると……金貨百五十枚ってところか。こいつはいい」

 「おぉ? ちょっとぉ待ってくれぇ。こいつはぁ……毒草プラーレもぉあるぜぇ」

 「本当か? こいつは嬉しい臨時収入だな。よろこべマルコ」

 「ひひひひ。イイネ」

 

 薬草が詰まった袋の中を確認して喜ぶ三人の男。対してオフィーリアは現状で何をどうすれば一番いいかを考えていた。一番いい方法、それは野盗を撃破してシュレリュースも無事なこと。しかし、シュレリュースが人質に取られた状況では野盗の撃破は難しい。正義のパラディンとして悪を見逃すのは納得できないが、何を守らなければならないのか。この場で最も優先することを考えたオフィーリアは結論を口にする。

 

 「お前たち! 薬草が欲しいなら全部やる。それを持ってここから消えろ!」

 

 苛立ちを含んだ声でオフィーリアはそう吐き捨てると、野盗の動きが止まった。

 やはり薬草が目当てだったのか。これでこの場は何とかやり過ごすことができる。そう思って少し安心したオフィーリアだったが、野盗から発せられる言葉は予想外なものだった。

 

 「ひひひひ。コノ女ヤバイ」

 「ああ。この女、頭悪そうだな」

 「俺はぁ、こおいう勝気な女はぁ嫌いじゃないぜぇ」

 「何だと!?」

 

 ここは素直に退く言葉が来るはずだ。それなのになぜ罵倒が帰ってくる? 意味が分からなくなったオフィーリアは、思わず不快感を露わにした。薬草を渡せば野党は何もせずに去っていくと思っていたが違うのだろうか。一体何が間違っていたのかオフィーリアには分からなかった。

 オフィーリアは目を泳がせながら口をぱくぱくさせていると、ブレッドが口を開いた。

 

 「女、何か勘違いしているようだから教えてやる。この薬草はお前たちが集めたんじゃない。道端に落ちていたところを俺たちが拾っただけだ。理解できるか?」

 「何だと!?」

 

 オフィーリアはブレッドを睨み付ける。

 

 「それにお前は娼館に売られるんだよ。タダ働きってわけじゃないから安心しな」

 「しょうかん? しょうかんとは何のことだ?」

 「ぶふふぅ。こいつはぁ、たまげたなぁ」

 

 オフィーリアは初めて聞く言葉に目を白黒させた。真顔になってブレッドに聞き返すと、脇に居たラッセが噴き出した。

 ブレッドは内心でめんどくさいと感じながらも説明を始める。

 

 「いいか? 娼館って言うのはだな、俺たちみたいなのが女を店に売りつける。そして店が女を使って商売するわけだ。後は言わなくても分かるよな?」

 「商売って……、宿屋みたいなものか?」

 

 神殿育ちのオフィーリアにとって、女性が働いている姿を一番多く見たのは旅先で宿泊した宿屋が一番多かった。だからブレッドの言いたいことは全く伝わってなかった。

 

 「ひひひひ。教エテヤル。娼館ハ女ヲ慰ミ者ニスル場所ダ」

 「何……だと?」

 

 マルコの直接的な説明を聞いたオフィーリアは再び怒りの炎を燃やした。もう野盗たちを見逃すことなどできない。それに、女神ヴァルキュリアを信仰するこの身を汚そうなどというのは許せなかった。

 オフィーリアは正義から逸脱した野盗の言動に我を失う。

 

 「貴様ら! 私をヴァルキュリア神殿に所属するパラディンだと知っての狼藉か!」

 

 ブレッドはオフィーリアの物言いに内心ほくそ笑む。弱い犬ほどよく吠える。ここらでお終いにしようと、憐れなカモに対して仕事をする際の決まり文句を口にした。

 

 「知らんな。俺たちはトブの大森林から出てきた奴らからは金貨二十枚を徴収してるいるんだ。払えない奴は身ぐるみ剥いで払える奴からはその財力のお裾分けをしてもらっている。俺たちの縄張りを通ったら従ってもらわないとなあ? すまんなルールでね」

 

 その言葉は、オフィーリアの火に油を注がれる形となった。躊躇なく武器に手をかける。だが、すかさずマルコの牽制が入った。

 

 「ひひひひ。オマエノ連レ殺ス」

 「やめろ! シュレリュースには手を出すな! 薬草が詰まった袋があれば十分だろう!」

 「薬草じゃぁなくてぇ、金貨がないとぉ、駄目だねぇ。俺たちのぉ、ルールを守れない奴はぁ、何をされても文句は言えないなぁ。まぁ、薬草も一緒にぃ持っていくけどなぁ」

 「下衆共が!」

 

 オフィーリアはシュレリュースを盾にされては何もできなかった。

 ブレッドはこの様子を見て、ナーガを生かしておいて正解だと思った。後はこの女を拘束して身包みを剥いで売り捌く。あとは全員生きて帰ること。それがブレッドの考えであった。

 

 「どうなんだよ姉ちゃん? ううん!? 金が払えねえってんなら今ここで恥ずかしい格好になるか?」

 「ひひひひ。鱗ガ剥ガレル剥ガレルー」

 「やめろ! やめてくれ!」

 

 ブレッドは仲間の野次を静かに聞いていた。最近は暇だったしストレスも溜まってるんだろう。状況は完全にこちらが有利。ならば少しは発散させてやろう。そう考えて、ラッセとマルコを好きにさせることにした。

 

 「おおぉ? 遂に観念したのかなぁ? 嬉しいねぇ」

 「くそっ。 貴様ら! 絶対に許さないぞ」

 「そんな熱烈なぁ、視線を向けられるとぉ、たまんねえわぁ」

 

 ブレッドはオフィーリアの身体を眺めていた。騎士だけあって身体は引き締まっている。それに、娼館の話を聞いてもまるで理解していなかった。ということは初物の可能性がかなり高い。このレベルの女は娼館でも滅多にお目にかかれない美女だ。今夜はラッセと二人で楽しむか。そう思い至り、ブレッドはズボンを押し上げる存在に気付いた。

 

 「いけねえ。仕事中に何考えてるんだ」

 

 ブレッドは仲間に聞こえないように小声で呟くと、視線を再び前に向けた。だが、そこには今まで居なかった者がいた。陽の光を受けて煌くストロベリー・ブロンドの髪をした美少女、シズ・デルタだ。

 

 「……弱い者いじめ……だめ」

 

 シズの髪は長く伸ばされており、顔立ちは非常に整っているがどこか作り物めいている。宝石のような冷たい輝きが宿った翠玉の瞳が片側に見えるが、もう片側はアイパッチが覆っている。

 身に纏っているのは、黒を基調としたロングスリーブのロリィタドレスで、二の腕の辺りのフリルフレアとスカート部分は純白。その上には前面部がざっくり開いた迷彩柄のハイウエストを着用している。スカートの前面部には至高の四十一人にしてシズの創造主、"博士"を表す紋章が刺繍されている。

 腰には表が紺色、裏が真紅色の大きなリボンがあしらわれており、シズの佳麗さに可憐さを生んでいた。グリーヴが無骨な印象を与えるが、それだけではシズの美しさを否定することはできない。

 服装の派手さにばかり目が行きがちになるが、防御力も十分考慮されている。難度百五十程度の相手の物理攻撃ならば、問題なく防ぐことができる。

 

 「うわ!?!? いつからそこにいやがった!?」

 

 もしブレッドが街中でシズ・デルタを見かけたら間違いなく見惚れてしまっていたはずだ。しかし、ここはある意味戦場。ブレッドの内心を制したのは警戒心であった。野盗をしているとはいえ本職はオリハルコン級冒険者なのだ。危険な冒険地での経験がブレッドに沈黙を許さなかった。

 

 「ひひひひ。突然現レタ」

 「誰だぁ、てめぇ」

 「女の子……?」

 「……」

 

 何の前触れもなく現れた闖入者に、ブレッド以下四名は各々に驚きを口にした。それに対してシズは口を閉じたままだ。

 ブレッドは黙り込んだシズに対して、苛立ちを募らせた。

 

 「なんだてめえ! 無視か?」

 「ひひひひ。殺ス」

 

 ブレッドとマルコがシズを威嚇する。対して、ラッセはシズを舐めまわすように視線を這わせていた。身体つきは成長途上だが非常に整った顔立ちだ。ラッセのズボンが膨らんだ。

 

 「よぉく見たらよぉ、この姉ちゃんよりよぉ、かわいいねぇ。今日は運がいいぜぇ」

 

 目の前で少女が襲われる。そんな悪夢を想像したオフィーリアはシズに対して慌てて声をかけた。

 

 「あなた! ここは危ないから早く逃げなさい」

 「こんな上玉をよぉ、逃がすわけはないよなぁ」

 「ひひひひ」

 「違げえねえ!」

 「……」

 

 オフィーリアは絶望した。こんなに小さな少女一人助けることができないのか。無力な自分の目の前で少女が襲われる。そんな悪夢を想像してしまい、力なく膝をついた。

 

 「お嬢ちゃんよぉ、一人で現れたってことはよぉ、俺たちと遊びたいんだろぉ? 何も言わないってことはぁ、ひよっちゃったのかなぁ?」

 

 ラッセはにたにたと笑いながらシズを挑発した。

 ブレッドはシズの様子を注意深く観察する。さっきからシズは黙ったままだった。無理もない。男三人に対して子供一人だ。さらに、冒険者として上位--アダマンタイト級の一つ下--のクラスを主張すれば少女も諦めるだろう。武器を持っている所を見れば戦えなくはないのだろうが、もし手に負えなくても伏兵を出せばいい。こちらが圧倒的に有利なのは間違いない。そう考えたブレッドは腹に力を込めてシズに言葉をぶつけた。

 

 「大方、この姉ちゃんを助けに来たんだろうが止めておいたほうがいいぜ。俺たちは冒険者で言えばオリハルコン級だ。邪魔をしようってんならガキでも容赦しないぜ」

 「ひひひひ。血ガ見レル」

 「やめろ! 私がいれば十分だろう!?」

 

 ブレッドの額に汗が流れる。大丈夫だ。さっきから少女に動きがない。オリハルコン級冒険者という威嚇に全く動じた様子がないのは気のせいのはずだ。嫌な予感がするがそれを悟られるわけにはいかなかった。堂々とした態度を崩さぬまま、言葉を紡ぐ。

 

 「確かに十分だが、このお嬢ちゃんもいれば十二分ってやつよ」

 「お前たちは人間の皮を被った悪魔だ!」

 

 オフィーリアの言葉はブレッドの耳に入らない。ブレッドはただならぬ気配を感じるシズから目を離せないでいたからだ。やがて、シズが短剣を構えた。その瞬間、ブレッドは戦慄した。

 

 「この威圧感……やばい。このお嬢ちゃん、手強いぞ。お前ら、気を抜くな」

 「そおかぁ? 俺にはひよってる風にしか見えないぜぇ」

 「ひひひひ。問題ナイ」

 

 この雰囲気が分からないのか! ブレッドは内心で啖呵を切った。時は一刻を争う。ブレッドの命令は素早かった。

 

 「馬鹿野郎! このお嬢ちゃんからはアダマンタイト級の力を感じる! ラッセ! 伏兵を呼べ! 全員でかかれば何とかなる!」

 「俺はぁ、大丈夫だと思うけどよぉ、ブレッドがぁ、そう言うなら仕方ねぇ」

 

 ブレッドに命令されたラッセは口笛を吹いた。この口笛は、オーガのゴロンド兄弟とホブゴブリンのブブラ兄弟に送る挟撃のサインだ。しかし伏兵が現れる気配がない。焦ったブレッドはラッセを強く睨み付ける。

 

 「おかしいなぁ。オーガのゴロンド兄弟とぉ、ホブゴブリンのブブラ兄弟がぁ、出てこないぞぉ」

 「あいつら! 裏切ったか!?」

 「ひひひひ。裏切リハ許サナイ」

 「……オーガたち……倒した」

 「なにい!?」

 

 シズの言葉にブレッドは驚きを隠せなかった。一体どうやって? その思いがブレッドの視野を狭めた。ブレッドが気付いた時にはそこにシズが居なかった。視界を巡らせると、すぐ眼下でストロベリー・ブロンドの塊と、冷たい翠玉の瞳が迫っていた。

 

 「な!? か、≪回ひ……≫」

 

 ブレッドは慌てて武技を発動させた。しかし武技は発動することはなかった。いや、例え発動していたとしてもシズの攻撃から逃れることができるかは疑問ではあるが。

 

 「か……かは」

 「ブレッドぉ!」

 

 その場に血を吐いて崩れ落ちるブレッドを見て、ラッセが叫び声を上げた。その様子を、オフィーリアが驚愕の表情をして眺めていた。

 

 「嘘……? この子、なんて強さなの?」

 

 オフィーリアはそう呟いた。早さならヴァルキュリア神殿でも匹敵する者はいないのではないか。いや、力もどれくらいあるのか分からない。一体、この子は何? こんなに小さな体格からは想像もできない動きをする。でも、この子なら……。

 オフィーリアの心に希望の光が灯った。

 

 「……こいつぁ、まずいぞぉ。マルコォ!」

 「ひひひひ。ワカッテル」

 

 ラッセが声をかけた瞬間、マルコは懐から煙玉を取り出してその場に炸裂させた。リーダーの救出は逃げ帰ってからで、今はこの場を離れることが先決。野盗の二人はそう考えて散り散りに駆け出した。敵は一人なのだから一人は助かる計算だ。後は助かった方に任せるというところだ。

 煙玉が炸裂したことで、辺り一面の視界が利かなくなった。

 シズは機械人形なので影響がなさそうだが、オフィーリアは苦しそうだった。

 

 「けほっ。けほっ」

 「……けむり?」

 

 シズは一瞬目を閉じると、カルネ方面に逃げたラッセの方角を寸分違わず見抜いた。周囲は煙に遮られているにも関わらず、まるで全てが見える様子だった。

 シズはラッセの方に向かって駆け出した。

 

 「……」

 

 煙を抜けると、瞬く間に両者の距離が縮まる。

 

 「……見つけた」

 「ひ……ひぃ。たぁ、たすけてくれぇ」

 

 シズは勢いを殺さずに短剣をラッセにぶつけた。

 

 「……だめ」

 「ぐふぅわぁ」

 

 ラッセは空中で二回転すると、そのまま地面に落下した。そして、びくんびくんと痙攣して動かなくなった。

 シズはその様子を見て頷くと、ストロベリー・ブロンドの髪を揺らしながらオフィーリアの元へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 逃げた男を倒して振り返ると、不気味な男が発生させた煙は風に流されていた。視界の中に、ナーガに付き添っている青い髪の女の人が見える。

 女の人はナーガの事を心配しているみたいだけど、ナーガはぴくりとも動かない。

 あ、首から上が少し動いた。まだ生きているみたい。よかった。手当できるといいな。

 シズはそんな風に考えて女の人とナーガに近づいた。

 

 「おい! シュレリュース! 大丈夫か」

 「うふ、ふ……大じ……夫か……な」

 「……」

 

 シュレリュース? このナーガの名前かな?

 見てみるとナーガが苦しそうに呻いてる。どうやって手当をすればいいかな。そんなことを考えていたら、青い髪の女--体がユリ姉--の人がこっちを見た。

 

 「ど、どこの誰だか分からないが礼を言わせてもらう。助けてくれてありがとう」

 「……試験だから」

 「試験?」

 

 そう、これはシズが一人でも戦えるかどうかの試験。パンドラズ・アクターのレベルは百。でもシズは四十六。これくらいの敵を捌けないと、この先パンドラズ・アクターに迷惑ばかりかけてしまう。それは嫌。だから敵を倒しただけ。お礼を言われる理由はない。

 そんなことを考えながら、目が赤くなっている青い髪の人と見つめ合っていると、段々睨まれているような感じになってきた。何で睨むんだろ? シズは何もしてないのに……。

 

 「……」

 

 少し空気を吐き出すと、ナーガの方を向くことにした。人間ってよく分からない。

 それより今はこのナーガの方が先決。そう考えて、ナーガに手を伸ばそうとしたら慌てた様子で止められた。

 

 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 私の友人に何をするつもりなんだ」

 

 さっきみたいな怒った様子と違って、今度は慌ててる。人間って変。それにしても、友人? この人はナーガと友達なのかな? だとしたら、すぐに助けないとだめ。シズもエクレアが傷ついたらすぐに助けるから。

 

 「……手当」

 「え?」

 「……」

 

 女の人は変な顔をしているけど、今はナーガの手当てが先。

 ナーガの方を見たら、ナーガがシズのことを見ていた。

 

 「う、ふふ……ふ。安……心して、オフィ。この、子。……私を、手当、して……くれる、みたい」

 「……」

 「安心しろって……、お前」

 

 シズはこのナーガの言葉を聞いて、一瞬体の動きが止まった。なんでシズの考えていることが分かったんだろう。ナーガ……ナーガ、そういえばアウラからトブの大森林の話を聞いた時に、ナーガ種の事を教えてもらった事を思い出した。たしか、相手の心を読む能力だったっけ。そんな事を考えていたら、ナーガが笑い出した。

 

 「うふ、ふふ。どうや、ら……この、子は。知って……る、のね」

 「シュレリュース! どういう意味だ?」

 「う……ふふ、ふ」

 「……」

 

 やっぱりこのナーガの名前はシュレリュースっていうみたい。

 シズは一人で騒いでいる女の人のことは置いておくことにして、もう一度シュレリュースに手を伸ばした。

 

 「あっ……、わ、私を無視するなああ」

 

 シュレリュースの状態をよく観たら、盗賊職による特殊な攻撃の跡があった。たしか、この攻撃は対象の全身に肉離れを起こすもの。肉がついていないシズにはよくわからない症状だけれど、相手の動きを制限する時に使うこともあるみたい。

 よかった。致命的な傷じゃないみたい。

 横にいる人がうるさいけど、説明することにした。友達って大切だもんね。

 

 「……大丈夫。……怪我してる、だけ。……三日もすれば、直る」

 「え?」

 

 これなら安静にしているだけでも治りそうだし、昔ルプスレギナが話していたポーションでも治るかもしれない。ううん、動けるようにするだけならもっと効能の弱い物でも大丈夫かも。そんなことを考えていたら、恰好つけたような声が聞こえてきた。

 

 「お嬢様方、ご安心を。この薬草を使えばすぐに動けるようになるでしょう」

 

 パンドラズ・アクターが大きな袋の前に立っていた。

 それにしても、もう少しかわいい声ならいいな。例えばエクレアみたいな声。今度、エクレアの声真似を頼んでみようかな。 

 

 「か、顔がない……」

 

 女の人が驚いた声を出しているのが聞こえる。

 

 「たしかエリエリシュをそのまま薬として使用する場合は……」

 

 パンドラズ・アクターがぶつぶつ言いながら薬草をいじってる。そこから生じたものをシュレリュースに塗り付けようとしているけど、あの細長い手。やりにくそう。

 

 「シズ、手伝ってもらえないでしょうか」

 「……」

 

 任せて。

 薬草を塗るためにパンドラズ・アクターから薬草だったものを受け取った。

 

 「お願いします」

 「……」

 

 シズはパンドラズ・アクターから緑の液体を受け取ると、シュレリュースの体に塗り付けていく。シュレリュースは気持ちよさそうに喉を鳴らしながら、おとなしくしている。動物みたいでかわいい気もするけれど、エクレアみたいにふかふかじゃないし。そこが少し残念。そう思いながら塗り作業を終えると、シュレリュースが話しかけてきた。

 

 「うふふふ。ありがとう。だいぶ楽になったわ」

 

 まだ満足に動ける状態にはなっていないと思うけど、口調からだいぶ状態が回復したみたい。

 良かった。

 

 「……うん」

 「うふふふ。照れ屋さんなのかしら? あなたも、助かりましたわ」

 「いえいえ」

 

 この調子ならすぐに動けるようになる。

 

 「それでは私たちは先に行きます。運命の環が重なるのならばまた出会うこともあるでしょう。その時までしばしのお別れです」

 「……うわぁ」

 

 かっこいいと思ってるのかな? 思ってるんだろうな。

 決め台詞を言い放ったパンドラズ・アクターはそのまま歩き出した。シズも後をついていく。後ろを振り返ると、ぺたん座りしている女の人が口を開けてこっちを見ていた。やっぱり恥ずかしいよね。

 視線を前方に向けると、いよいよ衛星都市カルネだ。

 かわいいもの、あるといいな。




書きだめ消滅

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