Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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オリキャラ書きやすくて震える。


第四位階魔法

 「くそ! なんて歩きにくいんだ。蔓が絡まるし葉っぱが邪魔で先まで見通せない」

 「うふふふ。本当に動きにくそうですね」

 「うわっ」

 

 オフィーリアはナーガの娘、シュレリュースに案内されてトブの大森林を進んでいた。しかし、慣れない地形にオフィーリアは苦しむ。今も滑って尻餅をついたところだ。アダマンタイト製のタイツを着用していなければとうの昔に白く引き締まった肢体を晒していただろう。

 

 「うふふふ。大丈夫ですか? もうすぐ人間の方でも移動しやすい地形になるので頑張ってくださいね」

 「いたた。本当か? わかった」

 

 オフィーリアはシュレリュースの言葉を信じて立ち上がる。疲労した体と心に鞭を打ち、黙々と進んで行く。我慢強く進むことができるのはパラディンとして鍛錬を積んできた経験からかもしれない。覚束ない足取りではあったが着実に距離は稼いでいた。目の前を塞ぐ葉をどけた時、視界がぱっと開けた。

 今まで昼なのか夜なのか区別がつかない程に薄暗かったが、視線を上げればオレンジ色の陽の光がはっきり見て取れた。深緑の葉の隙間から夕方の陽射しが差し込む景色がそこにあった。

 

 「これは、悪くない風景だな」

 「うふふふ。元気になってよかった」

 

 オフィーリアは陽の光を追うように視界を下に落としていく。

 

 「……」

 

 陽の光を追っていたオフィーリアは視界に広がる光景に息を呑んだ。そこにはナーガ、ナーガ、ナーガ、ナーガ。数えるのも億劫になるほどのナーガが蠢いていた。あまりの異様な光景に血の気が引いていく。とんでもない場所に来てしまったようだ、と。

 

 「うふふふ。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。私と一緒にいれば襲われることはありませんし襲わないようきつく言っておきます」

 「……」

 

 オフィーリアは無言で顔を動かしてシュレリュースをいじらしく見つめる。この場で頼れるのはシュレリュースただ独り。その思いからか、オフィーリアは一所懸命にシュレリュースの事を信じた。心の底から。しかし、シュレリュースは無邪気に笑うだけだ。いつもと変わらないその様子にオフィーリアの焦りは募る一方だった。

 

 「うふふふ。私を信じてくれるのは嬉しいです。だから重ねて言います。あなたの安全は絶対に守ります」

 「信じる。いや、頼んだぞ。お前だけが頼りだ」

 

 オフィーリアはシュレリュースを信じてナーガが蔓延る領域に足を踏み入れた。体は震え動きはぎこちない。

 シュレリュースは、そんなオフィーリアを連れて村を進んで行く。二人の様子を村のナーガ達が睨みを利かせて凝視していた。

 二人の目の前に小高い丘が現れた。その丘をよく見ると木の幹が二メートルはあろうかという倒れた大木に土が被せられ、中がくり抜かれていた。

 シュレリュースはその中にオフィーリアを案内する。

 

 「うふふふ。ここにいれば安心です。私は少し出ますのでここで待っていてください」

 「ちょっと待て!」

 「うふふふ。何かご用でも?」

 

 オフィーリアは思う。ご用どころではない。そんなことではない。ただ、捕食者の巣窟にただ一人だと心細いから離れてほしくなかった。それだけだ。しかし、勝気なオフィーリアは素直にそのことを言うことができなかった。

 オフィーリアは心細そうな視線でシュレリュースを引き留める。

 

 「うふふふ。用を済ませたらすぐに戻りますので。それまで頑張ってくださいね」

 「頑張れってお前……。く、くそう! なるべく早く戻ってきてくれ! できればすぐにだ! わ、わかったな?」

 

 シュレリュースは頷くだけでその場を離れてしまった。

 オフィーリアは武器を手に構え、一人穴の中で生まれたての子鹿のように震えながらシュレリュースを待っていた。

 オフィーリアと別れたシュレリュースは独り道を進む。その表情はオフィーリアと一緒にいた時とは違い儚い。やがて、一つのほら穴に辿り着くと緊張を含んだ声で中に住まうものを呼ぶ。

 

 「お兄様、ロアリュースお兄様、シュレリュースです。失礼します」

 

 中から帰ってくるはずの返事はない。

 シュレリュースは張り詰めた表情で中に入る。

 シュレリュースの兄、ロアリュースは死の呪いに侵されていた。彼はアゼルリシア山脈に修行に行くと言って出ていったきり戻ってこなかった。兄がもう戻ることはないと諦めかけていたある日、シュレリュースは狩りに出ていた。そこで疲弊しきった兄ロアリュースを発見したのだ。すぐに村に連れ帰り治療をした。しかし容態は悪くなるばかりだった。そこでシュレリュースは森の恵みを人間の街で売り、それで得た金で薬師に言われるがままに色々なポーションを買い込んだのだ。オフィーリアと出会ったのはその帰り道であった。

 面倒見のいい性格からか、シュレリュースは村に戻る時間を増やしてでもオフィーリアを助けてしまった。だが、後悔はしていない。それがシュレリュースであり、困っている者を助けない自分など自分ではない。その思いからオフィーリアを助けたのだ。

 それに陰鬱な気持ちが募る中、オフィーリアと過ごす時間は楽しかった。それが、シュレリュースがオフィーリアを連れてきた理由でもあった。

 シュレリュースは体から丁寧にポーションを取り出す。

 

 「お兄様、人間の街で手に入れたポーションです。お願いです。元気になってください」

 「……」

 

 返事はない。息はしているようだから死んではいないのだろう。

 シュレリュースはロアリュースにポーションをかけていく。一つ、また一つとポーションが減っていく。そして最後のポーションをかける時には、シュレリュースの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 最後のポーションを使用する。

 

 「お兄様? お兄様、お兄様……」

 

 全てのポーションを使用した。聞こえるのはシュレリュースがむせび泣く声と兄ロアリュースの苦しそうな吐息だけだ。

 どれくらい泣いていたのだろうか。シュレリュースは気配を感じて、ふと後ろを振り返った。

 

 「シュレリュースよ、お前はよく頑張った。だからもう泣くな」

 「リュラリュースおじさま……」

 

 そこにいたのはトブの大森林の王、西の魔蛇と名高いリュラリュース・スペニア・アイ・インダルンだった。胸から上が人間の老人の、いまにも朽ちてしまいそうな枯れ細った枝のような体をしていた。

 リュラリュースは消え入りそうなしわがれた声でシュレリュースをなぐさめる。

 

 「ロアリュースも戦いの中で負った傷で死ねるのならば本望じゃろうて。こやつは昔から力を求めていた。力を求める者が力のあるものに敗れる。まさにこやつに相応しい死に方じゃよ」

 「ううう……」

 

 リュラリュースも遊んでいたわけではなかった。藁にも縋る思いで魔導王に助けを求めたのだった。しかし、その思いは『私がお前の息子を助けることでどんなメリットが得られる?』という言葉の前に砕け散った。初めは謁見さえ叶わぬと思っていたが、謁見が叶いあわよくばと希望を抱いたがやはり叶わなかった。リュラリュース自身もシュレリュース同様、身が千切れるような思いだったのだ。

 

 「もう今日は休みなさい。今夜は私がロアの面倒を見よう」

 

 リュラリュースの提案をシュレリュースは渋々受け入れる。

 失意のシュレリュースはのろのろと家路につくのであった。

 

 シュレリュースと別れたオフィーリアは、遠くからのろのろと近づいてくるナーガを見つけると身構えた。とうとう私を喰いに来たか。そう思い至ったオフィーリアは武器を構えて覚悟を決める。

 だんだんそのナーガが近づいてくると、オフィーリアが体に込める力も抜けていった。待ちに待ったシュレリュースの帰還である。心が小躍りするのを抑えて、この穴の住人を迎え入れる準備をする。しかしシュレリュースの表情が見えるようになると、その気持ちもどこかに飛んで行ってしまったようだ。

 オフィーリアはシュレリュースに元気がないことをすぐに察知した。

 シュレリュースが目前に迫ると、オフィーリアは何があったのか聞いた。

 

 「シュレリュース、随分元気がないようだがどうしたのだ?」

 

 シュレリュースは充血しきった目でオフィーリアを見ると、すぐに顔を背けてしまった。

 

 「お前……」

 

 オフィーリアにはすぐに分かった。ここまでの旅路で陽気そのものだったシュレリュースが泣いていたことを。そして今も涙を流した原因は無くなってはいない。その証拠にシュレリュースは黙ったままだ。

 オフィーリアは何かできないかと考える。最初はひどい化け物だと思ったが一緒に話し、一緒に歩いている中でその印象は大きく変わっていた。パラディンとしての勘だが、シュレリュースは悪い奴ではない。なんとか助けてやりたい。そう考えたオフィーリアはシュレリュースに話しかける。

 

 「シュレリュース、短い間だが私はお前を友と思っている。お前にそれを求めるのはどうかと思うが、もしお前が私を友だと思ってくれるならば私に何があったか聞かせてはもらえないだろうか」

 「オフィーリア……」

 

 友達。その言葉にシュレリュースの気持ちに暖かいものが沸いた。オフィーリアの優しい言葉にシュレリュースは心を開いた。

 シュレリュースはオフィーリアに事情を話す。

 

 二人が共に過ごす穴の中に月明かりが差し込む。穴の中の闇を照らし出す月の光は、まるでシュレリュースに降りかかった災厄を祓う希望のようだった。

 

 「そんな事情があったのか」

 「うん。でも、もういいの。私もおじさまもできることはやったわ。でも、ダメだった。後は、私にできる事は最後までロア兄様のことを見守るだけ。ふふ、ありがとうオフィーリア。あなたに話したら少し楽になったわ」

 

 オフィーリアは感じた。シュレリュースの目を見れば少しも楽な気持ちになんてなっていない。話をして少しは気が紛れたのかもしれないが、兄の元に戻ればすぐに心が張り裂ける思いをするだろう。友としてそんな姿は見たくない。だったら、やることは決まっている。かつてイクシアがオフィーリアにしたことのように。

 オフィーリアはそう考え決心する。善なるパラディンとして、オフィーリア・マルク・リベイラとしてシュレリュースを救う、と。

 

 「まだ諦めるのは早いかもしれないぞ」

 「え?」

 

 そういってオフィーリアは立ち上がる。月明かりに照らされるその姿にシュレリュースの瞳孔が開く。

 

 「私は治癒系の第四位階魔法が使える。もしかすると、お前の兄を救うことができるかもしれない」

 「第四位階魔法って……本当なの?」

 「本当だ。少し無理をするがまあ大丈夫だろう」

 

 第四位階魔法。それは英雄の領域の魔法。シュレリュースはもちろん、族長である叔父リュラリュースでさえ行使することができない位階の魔法だった。

 シュレリュースの瞳に希望の光が灯る。オフィーリアなら……、初めてシュレリュースを友として認めてくれた人間のオフィーリアなら。その思いがシュレリュースに力を与えた。

 

 「お前の兄の元へ案内してくれるか?」

 「え、ええ。わかったわ」

 

 シュレリュースとオフィーリアはロアリュースが床に臥すほら穴に向かう。

 

 「さっき少し無理をするって言ってたけど」

 

 道すがら、シュレリュースはオフィーリアに先ほどの発言で気になったことを聞いた。

 

 「そのことか。第四位階魔法だからな。以前使ったときは三日寝込んだそうだ」

 「そんなの駄目に決まってるじゃない!」

 「ふふふ。大丈夫だ。その時は疲労困憊の上、前もって休息も取れない状況だったからな。それに比べれば余裕がある」

 「でも……、心配だわ」

 「心配するな。私は聖王国ヴァルキュリア神殿の筆頭パラディン、オフィーリア・マルク・リベイラだ。まあ、魔力を使い果たして倒れたら後の事はシュレリュースに任せる。信じているぞ、私の友達シュレリュース」

 「うふふふ。わかったわ。トブの大森林、西の魔蛇の娘シュレリュースの名において任せなさい」

 「うむ。元気になったな」

 「うふふふ。私を誰だと思っているのよ」

 

 二人が話している間に、目的地に着いた。

 シュレリュースに案内されるままに、オフィーリアはロアリュースが床に臥すほら穴に足を踏み入れる。

 中にいたリュラリュースがシュレリュースに問いかける。

 

 「シュレリュース、その人間は何だ? 食料か?」

 「うふふふ。おじさま、ご冗談が過ぎますわ。こちらは私の友人のオフィーリアよ。手を出したら許さないから」

 

 リュラリュースはシュレリュースの剣幕にひるんだ声を上げる。

 

 「そ、そうか。お前が人間の友を作るとは……。叔父として歓迎したいところだが、あいにく今は……」

 「安心して叔父様。オフィーリアをここに招いたのはロア兄様を託すためよ」

 「シュレリュース! 気が触れたか!」

 「黙って! 私が信じる友達に私のお兄様を託すの! それにお兄様が休んでいるここで大声出さないで……」

 「す……すまん、しかし」

 

 内輪もめを静かに見ていたオフィーリアはここで口を挟んだ。

 

 「初めまして、リュリュースさん。私は正義のパラディン、シュレリュースの友人のオフィーリア・マルク・リベイラです。正義の名の元に、シュレリュースの兄を治しにきました。どうかここは黙って見ていてもらえないでしょうか」

 「正義……」

 「うふふふ。叔父様、黙っていてくださいね」

 

 シュレリュースに釘を刺されたリュラリュースはとぐろを巻いて黙ってしまった。内心乗り気ではないが、信頼しているシュレリュースが最愛の兄を託すと言うのだから、ここは信じようというところだった。だが、変な真似をすればすぐさま食いちぎる。体を緊張させたままリュラリュースはオフィーリアを睨んでいた。

 シュレリュースはリュラリュースの視線からオフィーリアを守るように体を移動させた。オフィーリアはロアリュースの容態を確認している。

 

 「オフィーリア、どう?」

 「これは……、邪悪なる力に当てられている。間違いない。死の呪いだ」

 「人間の女、治せるのか」

 

 なおも緊張を崩さないリュラリュースはそう問いかけた。

 

 「おじさま、私の友人になんて口を利くのですか。大丈夫です心配いりません。何て言ったって私の友人です。必ず治してくれます」

 「あ、ああ、そうか。わかった。人間の女、ロアリュースを頼む」

 

 シュレリュースの迫力に、リュラリュースはたじろいだ。家の中では族長リュラリュースを差し置いてシュレリュースが強いのだろう。シュレリュースの迫力はそんな事を思わせるものだった。

 オフィーリアはロアリュースの容態を確認すると、徐に甲冑を脱ぎだした。リュラリュースとシュレリュースがその様子に目を丸くした。

 

 「オフィーリア? 何をしているの? 第四位階魔法ともなると特別な儀式が必要なの?」

 「シュレリュース、特別な儀式は必要ない。ただ、この魔法を使うにはアダマンタイトが必要になる。そのための準備、というところだな」

 「アダマンタイト?」

 

 オフィーリアは甲冑、グリーヴ、小手と、装備を順々に外していく。月明かりに照らされたアズライト色の髪が、黒いタイツの上でその鮮やかさを主張する。

 オフィーリアはその身を包むタイツに手をかけて、ゆっくりと肌を晒していく。最もオフィーリアの身体を締め付けていた部分を過ぎると、勢いよく白い双丘が飛び出した。その豊かな肢体を目の当たりにして、リュラリュースは思わず舌なめずりをした。シュレリュースは叔父の下心を見逃さなかった。

 

 「うふふふ。おじさま? いけませんよ?」

 「あ、ああ。済まない」

 

 シュレリュースに窘められて、リュラリュースは勢いよく頭を振って食欲を追い払った。しかし、タイツに包み込まれていたオフィーリアの香りが解放されたことで、ほら穴の外にはその匂いに誘われて村のナーガが集まり始めていた。

 リュラリュースはこれ幸いと思い、外に出て集まったナーガ達を威嚇した。あのまま見ていたら我慢できなくなりそうだから村の者たちを相手にしようと、いったところだった。

 

 「お前たち、この中にいる人間の女は我リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンの客人である。手を出すことは許さん。我が魔法の餌食になりたくなければ黙ってみていることだな」

 「お、おんなぁ!? 人間の女!? 喰いたい!」

 「旨そうな匂いだが、族長の客か。だが、旨そうな匂いだ」

 

 リュラリュースの魔法が集まりだしたナーガたちの前に着弾した。その剣幕に押されてナーガたちは委縮した。家では尻に敷かれているが外に出れば強いのだ。流石は族長である。じりじりと集まり出したナーガたちは後退していった。

 ほら穴の中では準備を終えたオフィーリアが魔法発動のため大きく深呼吸をしていた。

 月明かりに照らされて妖しく輝く白い肌、豊かな肢体に鮮やかなアズライト色の髪が映える。その姿は美しい一枚絵に描かれたようだった。

 オフィーリアが使用する魔法は、邪悪なる力による能力の低下、死の呪い、疲弊した状態を全て治癒することができる。媒介としてアダマンタイトが必要だ。

 オフィーリアの胸元が輝きを放ち、魔法が発動された。

 

 「≪レストレーション/快復≫」

 

 オフィーリアから放たれた青白い光の奔流がロアリュースを優しく包み込む。すると、今まで苦しそうな吐息を漏らしていたロアリュースの呼吸が穏やかになっていく。その様子を見て、シュレリュースは涙を流した。

 ロアリュースを蝕んでいた邪悪な気配が薄れていき、そして消滅する。

 

 「お兄様? あ……、顔色、良くなってる。呼吸も。……オフィーリア、ありがとう」

 

 シュレリュースは兄の容態が良くなったことで喜びを露わにした。しかしオフィーリアは随分苦しそうだった。

 

 「く、なかなか応えるな。魔力のほとんどを使ってしまった。だが、上手くいったみたいだ。よかっ……」

 「え? オフィーリア? 大丈夫? ねえ?」

 

 魔力をほとんど使ってしまったオフィーリアはその場で静かに崩れた。

 

 

 

 

 

 

 「んんー……」

 

 シュレリュースの住処でオフィーリアは目を覚ます。視線を這わせれば、すぐ傍に装備と荷物が置いてあった。シュレリュースが置いたのだろう。

 むっくりと体を起こすと、オフィーリアはあることに気付く。何も着ていない。

 

 「な……なんで裸なんだ……」

 

 そこでオフィーリアは思い出す。着ていたアダマンタイト製のタイツを媒介に第四位階魔法を使用したこと。魔力切れで気を失ったこと。そして後悔する。このままでは裸に甲冑という変態的スタイルでエ・ランテルに行かなければならないことを。友であるシュレリュースのためであるとはいえ、後先を考えない行動をしたことでこの先受けなければならない恥辱を想像して顔を赤くした。

 外を見れば陽が差していて明るい。

 

 「仕方ないか。本来は甲冑の下に着るべきではないのだが」

 

 オフィーリアは荷物の中の寝巻を着ることにした。何も着ないで肌を露出するよりはいくらかましだ。それでも決して十分とは言えないが、悩んでいても仕方がないので腹を決めて恥ずかしい思いをすることを決心する。別に疚しいことではない。正義を行ったのだ。ならば、この先受ける思いも恥ずかしくはないはずだ。そう考えて、オフィーリアは体を起こした。

 

 「うふふふ。起きたの?」

 

 声をした方を振り返ると、そこにはシュレリュースがいた。

 

 「シュレリュースか。どうだ? お前の兄の状態は」

 「うふふふ。おかげさまで。すっかり元気になって、今は暴れまわってるわ」

 「そ、そうか。元気でなによりだ」

 

 オフィーリアはシュレリュースの嬉しそうな声を聞きながら甲冑に手を伸ばす。正義の行いが実を結んだことに対して誇らしげな思いだった。自然と気持ちも弾んでいた。

 

 「うふふふ。まさか裸みたいな恰好のまま甲冑を着こむの? あなたって変態?」

 「な……」

 

 オフィーリアは変態という言葉に顔を赤くした。せっかくそのことは忘れようと思っていたのに蒸し返す奴があるか。オフィーリアは心の底からシュレリュースを恨んだ。

 

 「うふふふ。ごめんなさい。あなたがとても単純だからおかしくって」

 「おま、お前!」

 「うふふふ。ごめんなさい。謝るわ。だからそんなに睨まないで」

 

 単純とは何だ。オフィーリアはこの蛇をどう料理してやろうか。そのことで頭がいっぱいになった。

 

 「うふふふ。怖いなあ。そんなこと考えるならお昼ごはんはいらないかしら」

 「なに!?」

 

 シュレリュースはオフィーリアの目線に合わせて尻尾で器用に挟んだ食料を見せびらかす。根元から勢いよく引き抜かれた芋、そしてよく肥えたイノシシがそこにあった。容器に入れられた水と新鮮な果実もあった。

 オフィーリアは思わず手を伸ばす。しかし、シュレユースは子供をあやすように尻尾を手の届かない高さに上げた。

 

 「この! この! 全部よこせ! いや、動物はいい。どうやって食えばいいかわからないからな」

 「うふふふ。ウサギみたいにぴょこぴょこ跳ねちゃって。かわいい」

 

 刹那、オフィーリアの瞳にに殺気が籠る。

 

 「よし、シュレリュース。勝負だ。し ょ う ぶ だ !」

 

 オフィーリアは甲冑を着こむと武器を構えた。

 

 「うふふふ。冗談よ」

 

 そう言ってシュレリュースはオフィーリアに装備と食料を渡した。とても愉快そうである。

 

 「すぐに食べられそうなのは果実くらいだな。それにしてもなんだこの芋は。土がとれてないじゃないか。洗い方が雑だな」

 「うふふふ。そんなの知らないわ。私たちは芋なんて食べないもの」

 

 ナーガ種は肉食だ。それも体が大きくなればなるほどその傾向が強くなる。

 オフィーリアはシュレリュースの言葉にはっとした。いくら友になったとはいえ、自分は捕食される側だということに。

 

 「うふふふ。そんな目で見なくても食べたりはしないわ。安心してちょうだい」

 「あ、ああ。わかっている」

 

 そう言ったものの、目の前で自分よりもはるかに大きいイノシシを丸飲みする姿を見れば恐れを抱かずにはいられなかった。

 オフィーリアは恐怖を拭い去るために必死に調理に集中する。料理をしたことがないオフィーリアだったが、採れたての芋の調理法は、蒸発した父に教わって知っていた。その片手間に、ナイフを使って果実の皮をむいていく。料理をしたことがないのだが皮むきはできた。

 

 「うふふふ。上手ね」

 「これくらいなら武器を扱っているうちに覚える。食事を終えたら出発するぞ」

 「うふふふ。わかったわ。この後の予定だけれど、あなたが使うお金を稼ぐために森の奥地にしか生えない薬草を取ってから魔導国にある都市のカルネに行くわよ」

 「もぐもぐ。ん、カルネ? 私が行きたいのはエ・ランテルなのだが」

 「うふふふ。カルネに行けば薬草が売れるみたいなの。それに通り道だし遠回りではないわ」

 「もぐもぐ。ん、そうか。なら薬草を取ってからカルネに行くか」

 「うふふふ。あと薬草が生えている近くには綺麗な泉があって、私が好きな場所だからあなたにも知ってほしいわ」

 「泉だと!? 水浴びができるな」

 「うふふふ。決定ね」

 

 和やかな食事の時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 「ブレッドの兄貴ぃ! 高そうな装備を身に着けた高く売れそうな女とでっけえ袋をぶら下げたナーガがトブの大森林から出てきましたぜ」

 「護衛はいるか?」

 「いないようです。二人だけですぜ」

 「どれどれ、双眼鏡をよこせ」

 「へい」

 

 見張りに就かせていたホブゴブリン、ブライ・ブブラの報告を受けてオリハルコン級盗賊グループ『漁夫の利』のリーダー、ブレッドは重い腰を上げた。

 ブレッドは冒険者から盗賊職の派遣要請を生業としていたが暇な時期はこうして野盗をしていた。今も信頼のおける部下であるブブラを見張りに就かせて獲物を待っていたところだ。

 

 「ほおー、女の方は騎士っぽいな。なかなか上玉じゃねえか。ナーガの方は荷物持ちか。無警戒に会話しながら歩いてくるな。ありゃ完全にピクニック気分だな」

 「ラッセさんとマルコさんを呼んできますかい?」

 「そうだな。念のためオーガのゴロンド兄弟も呼んで来い。お前の弟もな」

 

 護衛を着けていないとなるといいカモだ。腕に自信があるという線もあるが、そこは数で押せばなんとかなる。それにブレッド自身、実力には自信があった。魔法詠唱者が混じっていれば厄介だが、今回は見当たらない。油断は禁物だが今回は問題ないだろう。そう判断したブレッドは久しぶりの臨時収入に心が弾んだ。女だけでもかなりの儲けが出そうだったからだ。

 

 「わかりやした!」

 

 ブレッドの命を受けたブライは『漁夫の利』メンバーが集まるたまり場に移動した。そこは見張り台の下の階にあって、内装はバーの形態を取っていた。

 ブライの鼻腔をツンとした匂いが襲う。どうやら酒盛りが行われていたようだ。

 ミスリル級冒険者でオーガのゴレア、オリハルコン級冒険者ラッセがテーブルを囲んで対峙している。その様子を、にたにたと笑いながら四人のメンバーが見ていた。

 

 「ひひひひ。ブライ、何ヲ慌テテイル? 今一気飲ミ対決ヲシテイル。オ前モ賭ケルカ?」

 

 ゴレア・ゴロンド、オーガのゴロンド兄弟の兄貴だ。テーブルの上には空いたグラスが並んでいる。一気飲み対決はいままさに佳境と言った形相を呈している。

 

 「そんなことより仕事ですぜ、マルコの兄貴」

 「ひひひひ。仕事? 今イイ所ダガ」

 「それがですねマルコの兄貴。高く売れそうな女が荷物番のナーガを連れてのこのこ歩いてくるんですわ」

 「女だぁ? 上玉かぁ?」

 

 女と聞いてラッセが目の色を変えて口を挟んだ。

 

 「ブレッドの兄貴は上玉と言っておりやした」

 「ほぉ、ブレッドがそう言うならぁ、期待できるねぇ。おい、ゴレアぁ。勝負の続きは仕事を終えてからだぁ」

 「ンゴ。返リ討チダ」

 「ひひひひ。威勢ガイイネエ」

 「それじゃあ、準備をお願いしやす」

 

 そう言うと、ブライは再びブレッドの元に戻った。

 

 「ブレッドの兄貴ぃ、全員準備を始めやした」

 「そうか。それじゃあ俺たちも準備を始めるとするか」

 「わかりやした」

 

 ブレッドとブライは皮の鎧を着こむと下の階に降りていった。

 

 「お前ら! 準備はできてるか!?」

 「ひひひひ。全員イツデモイケル」

 

 その場の全員が頷くことでいつでも出られることを示した。ブレッドはその様子を一つ、頷くと全員に発破をかけた。

 

 「よし! 狙いは女だ! 推定騎士! ナーガがいるがこいつは邪魔になりそうだから速攻で無力化しろ! 幸いなことに荷物番をしている。対処が一手遅れるだろうからマルコ! お前が仕留めろ! 随分と仲が良さそうだから無力化できれば女の足枷になるはずだ! 女の方はできれば無傷で押さえたいからな。ブブラ兄弟とゴロンド兄弟は地下通路を通って街道の両脇に待機! 指示があるまで動くな! 正面からは俺とラッセが行く。わかったら行け!」

 「ひひひひ。ナーガ拷問イイカ?」

 「ああ、仕事が終わったら好きにしろ」

 「ひひひひ。了解」

 

 ブレッドの発破を受けて各自配置につくべく移動を開始した。オリハルコン級盗賊グループ『漁夫の利』は、仕事をしやすいようにあらかじめ地下通路を掘って起き、いつでも挟撃の構えを取れるようにしているのだ。その甲斐あって、野盗はいままで失敗したことがなかった。街を目前にしているため、旅人も気が緩む。その事も野盗の成功率に拍車をかけているのかもしれない。

 

 「ラッセ、行くぞ」

 「了解だぜぇ」

 

 ブレッドとラッセは帯剣を済ませバーを出ると、そのまま街道の方へ歩いていった。




主役はシズとパンドラ。そこを忘れてはいけない。

・ナーガは異形種なのでしょうか。亜人種だとリュラリュースさんが本文から消滅します。
・寝巻といえばワンピースみたいなの想像したのですが、果たしてオフィーリアの寝巻は何だったんだろう。

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