Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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後編めっちゃ長くなりそう。ウン十万字で収まるか不安
聖王国編は書籍でやらないという話だったのに。ということで仮にしました


聖騎士 (仮)
街道 1


 ナザリック地下大墳墓入口から伸びる街道はどこまでも続いている。

 柔らかい。ナザリックの外に出て初めて感じたのは地面が柔らかいということ。踏みしめる地上の土は、雨に濡れていて柔らかかった。地面を見つめていると不思議な音が聞こえてきた。

 シャーーーーーー。

 何の音だろう。初めて聞く不思議な音。なんだか安心する。

 耳に手を当てて目を閉じた。

 シャーーーーーー。

 不思議な音。遠くの方からこっちに近づいて、遠ざかっていく。

 目を開けてみると、視界いっぱいに広がる草が揺れていて、それが音を立ててるのだとわかった。

 

 「……」

 

 草はナザリック第六階層でも見たことがあったけど、外の草は中とは全然違う。

 触ってみるとくすぐったいような、柔らかいような感触がする。

 

 「……」

 

 不思議。

 視界一杯に広がる草は一体何本生えているんだろう。どこまでこの景色が続いているのか調べてみたくなる。

 ナザリックの外はシズの知らない世界が広がっていた。

 

 「草原の草がそんなに珍しいですか」

 「……初めて見る、から」

 

 そう言うと、パンドラズ・アクターは顎を少し引いた。そのまま卵頭に大口径の銃口を塗りつぶしたような目でシズを見ている。

 シズが少し首を傾げると、パンドラズ・アクターは言葉を発した。

 

 「そういえば、あなたが正式にナザリックから出るのは初めてでしたか」

 「……うん。……初めて」

 

 そう。初めて。姉達やセバス、階層守護者、たまにアインズから話を聞くことはあったけど、シズが外に出るのは初めて。

 

 「どうですか? 初めて外に出た感想は」

 「……すごい。……ナザリックの方が……すごいけど。……でも、初めても……すごい」

 

 初めて踏みしめる土の感触、初めて聞く草が揺れる音、初めて感じる風の感触、初めて触れる外の世界。

 ぜんぶ初めてで新鮮な感じがする。

 

 「そうですね。確かにナザリックの外の世界は素晴らしい。だからこそ父上も世界征服を志したのでしょう」

 「……」

 

 パンドラズ・アクターからの視線が強くなった気がする。

 

 「しかし……、これくらいで驚いていては身が持たないかもしれませんよ。この先、あなたを驚かせる出来事はきっと数えきれないくらいあるでしょう。それを許してくださった父上の御厚意、忘れてはなりません」

 「……うん」

 

 シズが驚くで出来事がたくさん。そう思うと、シズが知らない気持ちが沸いてきた。この気持ちは何かな?

 期待を感じる思いと、知らない気持ちに不安になる思いが混ざり合った思いで、パンドラズ・アクターを見つめていると、パンドラズ・アクターが答えてくれた。

 

 「未知の探求はワクワクするものです。シズ・デルタ、どうやらあなたもこの気持ちを感じているようですね」

 

 わくわく? この気持ちはわくわくするっていうのかな。

 変わらずに強い視線を感じる。いつもはどことなく恰好がついていない気がするけど、今日は不思議と頼りがいがありそうに見えた。

 

 「……わくわく?」

 

 聞き返すと、パンドラズ・アクターは帽子を片手で押さえて、クイっとナザリックの方へ向き直った。洗練された傀儡のような動きは自動人形であるシズでさえ真似できるかわからなかった。

 パンドラズ・アクターが震えている。パンドラズ・アクターもわくわくしてるのかな。

 

 「私も未知のマジックアイテムの探索を前にしてワクワクしています」

 

 そうなんだ。シズと一緒だね。

 

 「そしてそれを後押ししてくださった我が父上の神命。もはや感動! 感激に打ち震えないことができるでしょうか」

 「……」

 

 「あぁ……アインズ様。アインズ様! アインズ・ウール・ゴウン魔道王万歳! ハイルアインズ! ハイルモモンガ! ハイ……」

 「……うわぁ」

 

 一人でヒートアップするパンドラズ・アクター。最初の方は共感できたのにどうしてこうなったのか。感動を返してほしい。

 

 「ハイルアイ……。ん? そんなに冷めた目をしてどうかしましたか、シズ・デルタ? 冷たい輝きを放つ翠玉の瞳も美しいですが、父上に忠誠を誓う瞳はきっと更に美しいはずです。よければご一緒にいかがでしょうか」

 「……」

 

 シズはアインズに絶対の忠誠を誓っている。けれど、これはやりすぎ。たぶん、アインズもそこまでは求めてないと思う。でも、気持ちはわかるから肯定も否定もしない。うん、放っておくのが一番。

 じっと見つめてから、黙ってパンドラズ・アクターを置いていく。

 

 「なるほど! シズは恥ずかしがり屋でしたか」

 「……」

 

 思わず足が止まった。

 この顔なしは何を勘違いしてるの? 振り返ってみると、自信満々な様子。さっきのポーズを崩していないところが頭に来る。

 誰かに似てる。誰だろう。

 

 「ですが恥ずかしがることはありませんよ。全身で喜びを表現するというのはなかなか気持ちの良いものです。さあ、一緒に喜びを分かち合いましょう」

 「……」

 

 ダンスの誘いをする時みたいに、胸に手を当てて恥ずかしいことの共犯を募るドッペルゲンガー。この悪ノリは本当に誰かに似ている。じっとパンドラズ・アクターを観察してたら声が聞こえてきた。

 『そんな動きじゃ私は捕まえられないっすよー』

 

 「……」

 

 何も見ていないし何も聞こえてない。パンドラズ・アクターの形をしたルプスレギナは放っておいて先に進もう。そう思って歩き出したら、いつの間にかパンドラズ・アクターが横を歩いていた。

 

 「おやおや、まだ自分の殻を破るには至りませんか。まあいいでしょう。私たちは異形の身。時間はたっぷりあるのですから焦ることはないでしょう」

 「……」

 

 これはルプスレギナ。真面目に相手をしてたらきりがない。無視。

 

 空を見上げると、太陽が高い位置に移動していた。あれから結構歩いた。

 変わらない景色。変わらない時間。

 たまにエントマの眷属のような形をした小さな生き物が草の上に乗ってたり、街道の上を動いてたりしてた。触ってみようとしたら逃げちゃったけど。空を見上げたらエクレアみたいな柔らかそうな鳥もいた。暇なときに撃ち落としてみようかな。そんなことがあったりして、またしばらく歩いた。

 

 視界の先に東西に広がる人工的な構造物が見えてきた。あれは何だろう? 横を歩いているパンドラズ・アクターはすっかり静かになってる。何だか寂しそうだから許してあげようかな。そう思って、話しかけてあげた。

 

 「……あれ、何?」

 「あれは衛星都市カルネですね。ナザリック地下大墳墓の最も近くにある街です。首都エ・ランテルで取引される武器、防具、装身具、ポーション、マジックアイテムや日用品の開発・製造・研究などを行っている街です。また、あらゆる種族が共存する街でもあるのですよ」

 「……」

 

 カルネ、カルネ村のことかな? ルプスレギナが言っていたカルネ村かな。ルプスレギナはあんなに大きな村で任務をこなしていたんだ。ちょっと見直した。それにしても大きい。目的地はカルネ?

 

 「今日は衛星都市カルネでエ・ランテル行の足を確保したら休む予定です。翌日、エ・ランテルへ行き冒険者登録をします」

 「……冒険者?」

 「そうです。あらかじめ冒険者登録をしておくと何かと融通が利くので、父上が必ず登録するようにとおっしゃっていました」

 「……わかった」

 

 うん。パンドラズ・アクターは元気そうだし大丈夫かな。これからずっと一緒にいるのだから雰囲気が悪いままなのは嫌。

 歩きながらそんなことを話していると、カルネの方で三人組の男と女の人が見えた。男たちは皮の鎧を着ていて、剣を抜いて女の人を囲んでいる。争い事かな?

 女の人の傍には一体のナーガが横になっているのが見えた。

 

 「ふむ、何やら不穏な雰囲気ですね」

 「……どうする、の?」

 

 立ち止まってどうするか聞いてみると、パンドラズ・アクターは何か考え事をしている様子だった。考え込んでいる様子を見ていると、パンドラズ・アクターは静かに話し出した。

 

 「オーガと……あれはホブゴブリンですね。数が二……ずつですか。魔法詠唱者は……いないみたいですね」

 

 自動人形の種族スキルを使用して草むらを探る。左右の草むらに熱源。それぞれ二人ずつで四人。たしかに七人いる。

 

 「丁度いいでしょう。シズ・デルタ、あの女性を助けてあげなさい。ガンナーを封印したあなたの実力をまだ拝見していなかったので、見せてもらいましょうか」

 「……うん。……でも……」

 

 でもパンドラズ・アクターはどうしてわかったんだろう。疑問を感じていると答えが帰ってきた。

 

 「ああ、私は目がいいのですよ」

 「……」

 

 パンドラズ・アクターは帽子を被り直してそう言った。

 卵頭についている真っ黒な場所を見ても、あまり目が良さそうには見えないけど。

 

 「やれそうですか?」

 「……」

 

 パンドラズ・アクターの不思議について考えていると急かすように言ってきた。仕方がないから、いまは疑問は置いておいて戦術を練ることに集中する。

 

 「……やってみ、る」

 

 伏兵が四、つまり七人を同時に相手をしなければいけない。

 相手がこちらに気付いていない状況で有効な攻撃手段は……。イメージを組み立てるとパンドラズ・アクターを見つめてこくりと顔を倒した。

 

 「やってみなさい」

 「……うん」

 「私は隠れて様子を伺っています。ただし、危ないと思ったら助けに入るのでそのつもりで」

 「……わかった」

 

 そう言い終わると、パンドラズ・アクターは草むらに身を隠した。

 シズはインフィニティ・ハヴァサックから短剣を取り出して装備する。次に、ストーカーのクラススキル≪ストーカー/忍び寄る者≫を使用した。これで気付かれることなく背後に忍び寄ることができる。そのまま風下の方の草むらで身を隠している伏兵に近づいた。

 視線の端に、街道で女の人を囲む男たちが映る。

 

 「貴様ら! 私をヴァルキュリア神殿に所属するパラディンだと知っての狼藉か!」

 「知らんな。俺たちはトブの大森林から出てきた奴らからは金貨二十枚を徴収してるいるんだ。払えない奴は身ぐるみ剥いで払える奴からはその財力のお裾分けをしてもらっている。俺たちの縄張りを通ったら従ってもらわないとなあ? すまんなルールでね」

 「ひひひひ。オマエノ連レ殺ス」

 「やめろ! シュレリュースには手を出すな! 薬草が詰まった袋があれば十分だろう!」

 「薬草じゃぁなくてぇ、金貨がないとぉ、駄目だねぇ。俺たちのぉ、ルールを守れない奴はぁ、何をされても文句は言えないなぁ。まぁ、薬草も一緒にぃ持っていくけどなぁ」

 「下衆共が!」

 

 オーガの後頭部が視界に入る。オーガは街道の様子を伺っている。短剣の腹が頭に当たるように構える。そのまま盗賊スキル≪バックスタブ≫を使用して、突き立てるように力いっぱい叩き抜いた。それと同時に≪ストーカー/忍び寄る者≫の効果が切れた。

 

 「ンゴ……」

 

 そのままオーガは地面に顔を沈めて沈黙した。傍にいたホブゴブリンが驚きを浮かべた顔でシズを見ている。

 

 「ガ……?」

 

 態勢を整えさせる前にその顔に短剣を叩きつける。ホブゴブリンはそのまま気絶した。

 すぐに≪ストーカー/忍び寄る者≫を使用してその場を離れて一息つく。街道にいる男たちには気づかれていないみたい。向こうの草むらも目立った動きを見せない。奇襲は成功したみたい。そのまま風上側に潜む伏兵の背後に忍び寄った。

 

 「どうなんだよ姉ちゃん? ううん!? 金が払えねえってんなら今ここで恥ずかしい格好になるか?」

 「ひひひひ。鱗ガ剥ガレル剥ガレルー」

 「やめろ! やめてくれ!」

 「おおぉ? 遂に観念したのかなぁ? 嬉しいねぇ」

 「くそっ。 貴様ら! 絶対に許さないぞ」

 「そんな熱烈なぁ、視線を向けられるとぉ、たまんねえわぁ」

 

 風上側の伏兵も処理した。後は三人組だけ。正面突破の練習もする。

 シズは≪クローキング/欺き≫を使用して三人組の近くまで移動した。一息ついてから様子を見る。ここまで近づいても気づかれない。あまり強くないのかな。でも油断は禁物だってソリュシャンが言ってたから油断はしない。

 

 「……弱い者いじめ……だめ」

 

 スキルを解除して三人組に向かって話しかけた。

 

 「うわ!?!? いつからそこにいやがった!?」

 「ひひひひ。突然現レタ」

 「誰だぁ、てめぇ」

 「女の子……?」

 「……」

 

 四人が四人それぞれに驚いた表情をしている。それに構わず、シズは四人を油断せずに見据える。たぶん、三対一。隙を与えたらだめ。

 

 「なんだてめえ! 無視か?」

 「ひひひひ。殺ス」

 「よぉく見たらよぉ、この姉ちゃんよりよぉ、かわいいねぇ。今日は運がいいぜぇ」

 「あなた! ここは危ないから早く逃げなさい」

 「こんな上玉をよぉ、逃がすわけはないよなぁ」

 「ひひひひ」

 「違げえねえ!」

 「……」

 

 どの男を先に攻撃すればいいか見極める。狙うのはリーダー格。

 

 「お嬢ちゃんよぉ、一人で現れたってことはよぉ、俺たちと遊びたいんだろぉ? 何も言わないってことはぁ、ひよっちゃったのかなぁ?」

 「大方、この姉ちゃんを助けに来たんだろうが止めておいたほうがいいぜ。俺たちは冒険者で言えばオリハルコン級だ。邪魔をしようってんならガキでも容赦しないぜ」

 「ひひひひ。血ガ見レル」

 「やめろ! 私がいれば十分だろう!?」

 「確かに十分だが、このお嬢ちゃんもいれば十二分ってやつよ」

 「お前たちは人間の皮を被った悪魔だ!」

 

 たぶん、話し方がまともな男がリーダー格。語尾が変な男は大したことない。笑う男は不気味。

 不気味な男を先に倒したい。けど女の人が邪魔で一手遅れる。うん、ここは予定通り一番まともな男を狙う。

 短剣を構える。同時にリーダー格の男の顔から余裕が消えた。

 

 「この威圧感……やばい。このお嬢ちゃん、手強いぞ。お前ら、気を抜くな」

 「そおかぁ? 俺にはひよってる風にしか見えないぜぇ」

 「ひひひひ。問題ナイ」

 「馬鹿野郎! このお嬢ちゃんからはアダマンタイト級の力を感じる! ラッセ! 伏兵を呼べ! 全員でかかれば何とかなる!」

 「俺はぁ、大丈夫だと思うけどよぉ、ブレッドがぁ、そう言うなら仕方ねぇ」

 

 ブレッドという男がリーダー格の男が指示を出すと、ラッセと呼ばれた男が口笛を吹いた。でも無駄。伏兵は気絶してる。

 

 「おかしいなぁ。オーガのゴロンド兄弟とぉ、ホブゴブリンのブブラ兄弟がぁ、出てこないぞぉ」

 「あいつら! 裏切ったか!?」

 「ひひひひ。裏切リハ許サナイ」

 「……オーガたち……倒した」

 「なにい!?」

 

 ブレッドの顔が引き攣った。焦ってる今なら攻撃のチャンスかも。地を蹴る。

 

 「な!? か、≪回ひ……≫」

 

 武技なんて使わせない。そのままブレッドの懐に飛び込んで鳩尾に短剣を突きこむ。

 

 「か……かは」

 「ブレッドぉ!」

 「嘘……? この子、なんて強さなの?」

 

 出血はしていないけど、血を吐いて倒れた。まずは一人。

 

 「……こいつぁ、まずいぞぉ。マルコォ!」

 「ひひひひ。ワカッテル」

 

 ラッセという男に攻撃する態勢を取った瞬間、視界が無くなる。何も見えない。

 

 「けほっ。けほっ」

 「……けむり?」

 

 ここから遠ざかっていく足音が二つ聞こえる。二つの足音は別々の方向に離れていく。とりあえず、視界の確保。

 

 「……」

 

 自動人形の種族スキルを使用して視界に熱源を映し出す。目の前に熱源が二つ。カルネ方面に一つ、パンドラズ・アクターが隠れている方向に一つ。なら、カルネ方面に逃げた男を追う。

 煙から抜け出すと、ラッセが背中を向けて逃げているのが見えた。逃がさない。

 

 「……見つけた」

 「ひ……ひぃ。たぁ、たすけてくれぇ」

 「……だめ」

 「ぐふぅわぁ」

 

 これでしばらく起きないはず。あとは怪我をしているシュレリュース? というナーガの手当て、かな。

 気絶している男をそのままにして女の人の所に戻った。

 

 

 

 

 

 

 鮮やかなアズライト色の髪を結いあげた女パラディン、オフィーリアは聖王国の南の山懐にあるヴァルキュリア神殿からトブの大森林の西に位置する小都市を訪れた。彼女の目的は愛する伴侶を得ること。ヴァルキュリア神殿にて神殿長に言い渡された試練の内容は、彼女にとって受け入れがたいものだった。人間は男と女が愛し合って子を産む。その内容を詳らかに教わる度、幼き頃の父親の顔がちらついて、恥ずかしくて身悶えたのは今でも忘れられない。だが、そこで引いてはイクシアを守護する地位に就くことはできない。一大決心したオフィーリアは、とりあえず強い男--ティマイオスが綴る魔同国の英雄譚に出てくる英雄のような--がいると思われる魔同国の首都エ・ランテルを目指して旅をしていた。

 

 「エ・ランテルまであと一か月といったところか。ようやくだな。だが……」

 

 初めての旅ではあったが、整備された街道と雇い馬車に乗っての旅は順調であった。最初は街の中を自然に徘徊する魔物を見て思わず手を出しそうになっていたが、今は涼しい顔をできるようになった。しかし、ここに来てオフィーリアに問題が発生する。乗り合い馬車ではなく値が張る雇い馬車を利用してきたツケが目的地目前で露呈したのだった。彼女の所持金は銅貨四枚だった。

 

 「神殿から支給された金貨はなくなってしまった。このままではエ・ランテルへ行く事ができない。なんとかエ・ランテル行の馬車を調達できないものか」

 

 様々な種族が往来する広場でしばし悩んでいたオフィーリアだったが、人間の衛兵を見つけるとすぐに行動を開始した。馬車を手配している場所だけは知っておこうという思いからの行動だった。ずけずけとした様子で衛兵に近づくと女性としてはやや低い声で話しかけた。

 

 「おい、そこの下郎。エ・ランテルに行きたいのだがトブの大森林を横断する馬車はどこにいけば調達できるんだ?」

 

 守衛は不躾な物言いに顔をしかめるが、オフィーリアの装備を見てすぐに表情を取り繕った。守衛が見たことない見事な装備は一見すると身分が高そうだったからだ。ここは平身低頭に限る。外国の貴族を怒らせても得はない。それに大森林を横断するなどと常識外れを口走る辺りが浮世離れしているとも言える。貴族に違いない。しかし……。

 

 (これは……なかなかいい女だ。顔はきつめで俺好みじゃねえが身体つきは合格点だろう。武具を身に着けている割に動きに乱れがない。スカートから覗く足は引き締まっているし、甲冑から伸びている腕も鍛えられた跡がある。最近ご無沙汰だったしちょっくら狙ってみるか)

 

 ねっとりとした視線でオフィーリアを見ていた守衛に訝しさを感じたのか、疑問を口にする。

 

 「ん? じろじろと私のことを見てどうしたというのだ? 私の顔に何かついているのか?」

 「あっ! いや、その……」

 

 守衛は首筋に冷ややかな風が流れたのを感じた。溜まっていたからかついつい貴族と思しき女性に失礼な事をしてしまった。言葉を続けられないほど焦っていると、オフィーリアは自分の恰好を念入りに確認しだした。どうやら視線の意味に気付いていないようだ。

 守衛はそれを確認すると、頭(かぶり)を振って雑念を追い出した。そして気分を仕事モードに切り替えた。

 

 (相手は推定貴族。ならば失礼のない態度にしなければ)

 

 衛兵は膝をついてオフィーリアを見上げる形を取った。

 

 「魔導国にあるこの街へようこそ。旅行でしょうか。残念ながらトブの大森林を横断するエ・ランテル行の馬車はここでは出ていません。街道を行く馬車ならありますのでそちらを利用してはいかがでしょうか。貴族様専用の馬車ですと、あちらにある一番大きな建物で受付をしていますよ。よければご案内しましょうか」

 

 そう言って、衛兵は手を差し出した。

 オフィーリアは差し出された手に一瞬視線を落としたが、その手を取ることはなかった。

 

 「む……。そうか。いや、案内は必要ない。礼を言おう」

 「いえいえ、また何かありましたら声をおかけください」

 

 笑顔で案内を拒否したオフィーリアに衛兵はかなり残念そうな顔をしたが、立ち上がる前に表情を整えて一礼するとその場を立ち去って行った。

 

 (あーくそ。笑うと中々美人じゃねえか。体も引き締まっていたし……いい匂いもしたし。久しぶりに行くか)

 

 オフィーリアは衛兵が視界から消えると、案内された建物を眺めた。あの建物に行けば馬車は調達できる。しかし財布からは寂しい音しか鳴らない。だがオフィーリアの気分はそれほど悪くなかった。貴族だと言われてちょっと嬉しかったからだ。貴族だった幼い頃の甘い記憶が蘇る。しかし現実は厳しい。貴族に見られても金欠は金欠なのだ。

 オフィーリアは建物と自分の財布を交互に見て、深いため息をついていた。その様子に貴族らしさはかけらも感じられない。ため息をつく度に心にもやがかかる。

 途方に暮れていたオフィーリアに声がかけられた。

 

 「あの……人間の貴族の女の方、もしよろしければ私がトブの大森林からエ・ランテルへの道を案内しましょうか」

 

 オフィーリアの心に光が差し込む。ヴァルキュリア様は私を見守っていてくださっている。これも日頃の高徳なる行いの賜物か。そう考えたオフィーリアは晴れやかな表情をして振り返った。

 

 「ああ。助かきゃああああああ」

 

 そこにいたのは胸から上は人間、そこから下は蛇の姿をした種族。ナーガだった。

 恐らく数えるくらいだろう。普段の声からは想像できない高い声で叫ぶのは。ナーガのグロテスクな容姿を初めて見れば叫ばずにいられる方が驚くべきことなのだ。

 周囲を行きかう者たちが一瞬オフィーリアを見た。しかし何事もなかったかのように周囲の者たちは動き出した。絶叫を浴びせられた張本人も一瞬眉間にしわを寄せたがすぐに表情が直った。

 

 「はぁ、はぁ。ん……な、なんだお前は」

 「はい。髪が綺麗な人間の貴族の女の方。私はナーガのシュレリュースと言います。初めまして」

 「あ、ああ。私はオフィーリアだ。よろしく頼む」

 

 挨拶をされたら挨拶を返す。正義のパラディンにとって当たり前の作法だ。

 絶叫をして息が絶え絶えになっていてもその習慣は変わらない。

 シュレリュースはその様子をにこやかに眺めている。

 

 「うふふふ。人間が初めて私を見るときは大抵嫌な気持ちを抱くみたいですが、あなたはおもしろいですね」

 「ど……どういう意味だ」

 

 オフィーリアはへたり込みながらも気丈に振る舞う。

 

 「だって普通の人間なら私を見たら固まって動かなくなるか、いきなり攻撃してくるんですもの。それに比べてあなたは挨拶を返してくれた。そういう所がおもしろいというのです」

 

 なんだそんなことか。正義のパラディンならば当たり前のことだ。オフィーリアはそう考えて、それをそのまま口にしようとする。

 

 「パラディンという方は高徳なのですね。私気に入りました」

 「な!? なぜ私の言おうとしていることがわかった!?」

 

 オフィーリアの問いかけにシュレリュースは勿体ぶった態度を取る。なぜ勿体ぶる必要があるのか。言えない理由でもあるのか。それとも私を馬鹿にしているのか。

 だんだんと腹が立ってきたのか、オフィーリアの目に鋭さがこもり始める。

 

 「うふふふ。オフィーリアさん、あまり賢くはありませんね」

 「な! なんだと!?」

 

 シュレリュースの物言いにオフィーリアの怒りは爆発した。

 オフィーリアは力強く立ち上がるとシュレリュースに刺すように視線を送る。このナーガを倒さない事には怒りが収まらなかった。

 

 「うふふふ。私を倒してしまったらエ・ランテルに行けなくなりますよ。それとも、オフィーリアさんは馬車を雇うお金を稼ぎ出せるのかしら?」

 「くっ」

 

 シュレリュースの言葉にオフィーリアはぐうの音も出なかった。

 幼い頃から神殿の中だけで育ったオフィーリアにとってお金は必要なかった。稼ぐよりも訓練という生活を送っていたからだ。唯一、思いつく方法といえば親しかった父親にせがむことぐらいだった。しかし、いまここに父親はいない。

 このままでは野宿は確定的。整った容姿の女が高そうな装備を身に着けて一人で野宿をする。襲ってくださいと言っているようなものだった。人間の男、人間を喰らう種族、いくら魔導王による種族の平等が実現されたとはいえ、魔導国に属さないものまで平等に扱われるかは疑問だ。その事実がオフィーリアの反論を掻き消す。

 

 「うふふふ。どうしますか? 私の案内を受け入れるか、人間の男に襲われるか、人ではない種族に襲われるか、選んでくださいな」

 

 オフィーリアは怒れる瞳を無理やり閉じた。このナーガの言う通り、このままでは愛する伴侶を得るどころかエ・ランテルまで辿り着けるかも怪しい。こいつに手綱を握られている感覚は癪だが、試練を果たすことの方が重要。そう考えてから、深呼吸をして静かに目を開ける。

 

 「ふん、いいだろう。エ・ランテルまで案内してもらおうか」

 「うふふふ。喜んで」

 

 こうしてオフィーリアはナーガの娘、シュレリュースと共にトブの大森林を抜けてエ・ランテルまで向かうことになった。広場から見える二人の背中がだんだん小さくなっていく。

 

 「うふふふ。それにしても夫を得るために旅をしているのですか。ロマンチストですね」

 「ひゃっ!?」

 

 シュレリュースの予期せぬ発言にオフィーリアは変な声を上げた。

 

 「違う! 違うから!」

 「うふふふ……素直じゃないのですね」

 

 顔を真っ赤にしたオフィーリアを見て、シュレリュースは無邪気に笑っていた。




・ヴァルキュリア神殿は聖王国首都の南の山にある予定。
・トブの大森林西の小都市までの移動期間は高額馬車で四週間程。
・捏造移動時間ですが実際どれくらいかかるのかわからないので本文には載せてません。
・あと属性が邪悪そのもので早い強い休まないであろうアンデッド馬車は善に傾いた聖騎士は利用しないだろうということにしてます。

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