Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険-   作:鶏キャベ水煮

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旅立ち8

 アインズとシズ・デルタは共に第九階層を歩いていた。

 アインズは何かを考えているように腕を組みながら歩き、シズ・デルタはメイドらしくアインズをしっかりとエスコートしている。ストロベリー・ブロンドの髪を揺らしながら歩くその姿は、第十階層へと向かっていた時のシズ・デルタとは違ってしゃんとしていた。その美しい後ろ姿に向かって声がかけられる。

 

 「シズ・デルタ、少し話そうか。」

 

 腰まで伸ばされたストレートヘアーがメイド服の後ろに隠れてしまった。しかし、そこには美しい髪から期待させる想像を裏切らない、アイパッチを付けた美少女がいた。

 シズ・デルタはアインズに視線を向けると、僅かに首を傾けてその小さな口を開く。

 

 「・・・・・・いいよ。」

 

 シズ・デルタの了承を受けてアインズは頷いた。その眼窩にある赤黒い光は、揺らめくことなく灯っている。

 

 「先ほどは冒険に出たいという思いを胸に仕舞っておくようにと言ったな。」

 「・・・・・・うん。」

 

 アインズの問いかけに、シズ・デルタはこくりと頷く。それに合わせて艶やかな髪がきらきらと輝いた。

 玉座の間で二人の間に交わされた約束のことを言っているのだろう。

 アインズは皮がついていない白磁のような肋骨を膨らませてから口を開いた。

 

 「実はな、私は世界の脅威が大体知れた現状ではNPCが外に出ても構わないと考えている。もちろん、ナザリックを維持する事が大前提ではある。」

 

 そうアインズが語り出した。

 

 (それに、NPCがギルド拠点に依存しすぎている気がする。いや、そもそもがNPCなのだからそれが自然なのか。でも、外に出たいと言うくらいはいいと思うんだけどな。それで裏切りはちょっとな。平定を終えてそろそろやることがなくなってきたし、NPCの意識改革を進めてもいいか。)

 

 その言葉を聞いて、シズ・デルタは静かに息を吐き翠玉の瞳をほんのりと輝かせた。

 アインズは少しの間を置いてから言葉を紡いだ。

 

 「だから、お前が冒険の旅に出ることには反対はしていない。むしろ、博士さんの娘であるお前が初めて家--ナザリック--の外に出たいと言ってくれたのだ。私としては全力で応援したいと考えている。」

 「・・・・・・本当?」

 「ああ、本当だとも。しかし、それを成すにはいくつか問題がある。」

 「・・・・・・問題?」

 

 翠玉の瞳に影が差した。

 

 「そうだ。まずはお前の誤解を解かなければならない。今のお前は裏切り者なのだろう? 私はそうは思っていないが、これが仲たがいの温床になってはならないからな。早急に何とかせねばならない。」

 「・・・・・・。」

 

 シズ・デルタはアインズの言葉を静かに聞いている。

 

 「そこで、この問題を解決するためにセバスと話をしようと考えている。」

 「・・・・・・。」

 

 二人を包む空気が急に張り詰めたものになった。それをアインズは感じたのか、抑揚に言葉を重ねた。

 

 「いいか、シズ・デルタ。この問題は私一人が命令すれば簡単に解決するだろう。しかし、それではお前たちの間に溝を残してしまう結果になる。だから、この問題は私一人で解決してはならないのだ。周りを納得させてから誤解を解かなければ意味がないのだから。わかるな?」

 「・・・・・・うん。」

 

 諭すようなアインズの口調にシズ・デルタは了承の意を示した。しかし、翠玉の瞳には僅かな恐れが見て取れた。

 

 「案ずることはないぞ。お前の造物主であり、私の友であった博士さんに誓って必ずこの問題を解決してみせよう。私を信じてもらえないか。」

 「・・・・・・信じる。・・・・・・でも、どうして?」

 

 なぜそこまでするのかという疑問が小さな口から漏れた。

 一連の問題はシズ・デルタがもたらしたものだ。わざわざアインズがフォローをすることではない。

 シズ・デルタの疑問に、アインズは体を逸らした。その仕草が何を意味するのかわからないからか、翠玉の瞳に宿った恐れの色が濃くなったように感じる。その場を沈黙が支配した。そして、二人の視線が交じることなくアインズから理由が告げられた。

 

 「シズ・デルタよ、聞いて欲しい。」

 「・・・・・・。」

 

 シズ・デルタはアインズの背中を真っ直ぐ見つめている。

 

 「私が玉座で仲間の帰還を願ったとき、博士さんに見えたお前が現れたのだ。いま振り返ってみれば、なるほどアサシンクラスのスキルを使用したのだと納得できる。だが、あの時はスキルの事に頭を回す余裕がなかった。それほど、お前の登場は劇的だったのだ。」

 「・・・・・・。」

 

 アインズはシズ・デルタに背を向けたまま話を続ける。

 

 「その後は、お前に悪いことをして済まなかった。そして、お前の暖かさに触れた。ありがとう。」

 「・・・・・・。」

 

 シズ・デルタは首を少し傾けてアインズの話を聞いている。

 

 「そんなお前を、かけがえのない大切な仲間の娘であるシズ・デルタを、このナザリックで裏切り者として放置することは私にはできない。博士さんや他の仲間の子どもたちを預かっている私としては、お前たちがつまらないことで分裂するのは我慢ならないのだ。」

 

 アインズが振り返る。

 

 「つまり、一言で言うのならば仲間たちと作り上げたこのギルド、アインズ・ウール・ゴウンが私の望まないものに代わってほしくないからだ。もう二度と、仲間が離れていく寂しさは味わいたくない。」

 「・・・・・・。」

 

 シズ・デルタとアインズの視線が交わった。

 アインズは一呼吸置いてから話を続ける。

 

 「だから、私はお前を守る。私の手でそれが可能ならば躊躇することはない。それがアインズ・・・・・・いや、ギルド長であるモモンガとしての考えだ。お前が見せた奇跡に誓って、アインズ・ウール・ゴウンをこの危機から救う。」

 「・・・・・・モモンガ様。」

 

 アインズがこの世界に転移する前、モモンガであった時の心境を言葉の中に反映させた。

 DMMO・RPGユグドラシルのサービス終了日を迎えるにあたって、モモンガは引退をしたかつての仲間たちに向かって、せめて最後の日くらいは一緒に過ごしたい。その一心で、ギルドメンバー四十一人全員にメールを送った。だが、実際に応じたのは異形の粘体であるヘロヘロだけであった。そのヘロヘロもついには最後の時を共に迎えることはなかった。

 ほぼ全てのモモンガの仲間たちが、その問いかけに応じなかったのは仕方がない。真剣な遊びと生活のかかった現実世界。そのどちらを優先するべきかは、苦渋の選択かもしれないが言うまでもない。モモンガにもその気持ちは分かっていた。だからこそ、シズの一件に対してここまで意欲を見せているのだろう。モモンガ自身が働きかけることによって、仲間の形見であるNPCたちの心が離れて行ってしまうことを防ぐことができるのだから。

 シズ・デルタはアインズではなくモモンガと呼んだ。それはモモンガの心を見抜いたからなのだろうか。それは分からない。しかし、翠玉の瞳と小さな口から発せられる音には、もう恐れの色は消えていた。そこにあるのは確かな力強さだ。

 

 「・・・・・・シズは・・・・・・モモンガ様、信じる。」

 「うむ。信じてもらえたか。それではセバスの元へ行くとしよう。」

 「・・・・・・うん。」

 

 凛とした表情を取り戻したシズ・デルタが小さく頷いた。そして、アインズと一瞬視線を交差させてから踵を返して歩き出した。向かうのはシズ・デルタの直属のボス、セバスがいる部屋だ。

 

 「・・・・・・ん、エクレア。」

 

 二人が少し歩いたところで、前方に男性使用人に抱えられたエクレアが姿を現した。

 エクレアはアインズとシズ・デルタの姿を確認すると、男性使用人に何やら指示を出して絨毯の上へと降り立った。

 

 「これはこれは、アインズ様とシズ・デルタ嬢ではないですか。」

 

 エクレアは堂々とした態度だ。そして、嘴を器用に胸に張り付けてアインズに礼をした。

 隣に控える男性使用人は最敬礼をしている。

 アインズはエクレアの礼を眺めている。

 

 (ペンギンの首って柔らかいんだなあ。)

 

 アインズの無言を相槌と受け取ったのか、エクレアは嘴を胸から離した。

 

 「アインズ様、通常ならばプレアデスではなく、一般メイドをお連れのはずですが・・・・・・いかがなされたのですか。」

 

 エクレアの問いにアインズは答えた。

 

 「うむ。これからセバスの元へ顔を見せようと思ってな。いま向かっているところだ。」

 「セバスの所へ・・・・・・でしょうか。」

 「その通りだ。」

 

 セバスの所へ、という言葉を聞いたエクレアは僅かに体をこわばらせた。しかし、体が羽毛に包まれているためにその様子は一見しただけでは分からない。

 

 「それでは私が一足先にセバスに伝えて来ましょうか。」

 「それには及ばない。エクレアは自分のやるべきことをしていて問題ない。」

 「やるべきこと・・・・・・--私のやるべきこと。それはシズ・デルタをナザリックの外に出すこと。アインズ様がセバスの元に。今こそ最大最高の好機! この好機を活かせるのは今しかない! --・・・・・・わかりました。そうさせていただきます。」

 

 会話の中で覚悟を決めたエクレアは、射るような目つきでアインズを見据えた。その並々ならぬ視線に、アインズはエクレアから目を離せないでいる。二人の様子をシズ・デルタが不思議そうな様子で見ている。

 そしてエクレアの嘴が開かれる。

 

 「アインズ様! 私はシズ・デルタ嬢を信じています。どうか、シズ・デルタ嬢をお願いします!」

 

 エクレアは嘴を胸に張り付けてアインズに懇願した。

 アインズはエクレアの必死の形相にたじたじといった様子だ。そんなアインズを見ていたシズは、アインズの前に躍り出るとエクレアに語りかけた。

 

 「・・・・・・大丈夫。・・・・・・アインズ様は・・・・・・エクレアと同じ。・・・・・・シズの、味方。・・・・・・エクレア・・・・・・ありがとう。」

 

 シズは照れたような口ぶりでエクレアにそう告げた。その視線は左右を行き来していた。

 アインズはようやく我に返ったのか、そんな二人に対して言葉を重ねた。

 

 「案ずることはないぞエクレア。お願いされるまでもない。だが、その気持ちはアインズ・ウール・ゴウンの名に誓って受け取ろう。」

 

 そう言い残して、二人はエクレアの元から去っていった。

 エクレアは歩き去る二人の背中を、嘴を胸に張り付けた姿勢で器用に見つめていた。絨毯に向けられた両目には勝利に酔ったような、達成感を得たような、生暖かいものが宿っていた。

 

 アインズとシズはセバスの部屋に向けて歩いている。

 シズの後ろを歩いていたアインズは、歩調を早めてシズ・デルタの隣まで追いつくと口を開いた。

 

 「エクレアがああも必死になるとは。エクレアはお前の事を本当に大切に思っている様子だったな。」

 

 シズ・デルタはストロベリー・ブロンドの髪を揺らしながら、隣を歩くアインズを見上げるように顔を向けた。表情が髪で隠れてよく見えないが、どこか緩んだ雰囲気をしている。

 エクレアの登場が琴線に触れたのだろうか。

 

 「・・・・・・エクレアは、仲間。」

 「そうか。お前を信じてくれる仲間がいて良かったな。」

 「・・・・・・うん。」

 

 エクレアを褒められて、シズ・デルタは少し嬉しそうな声を出していた。ストロベリー・ブロンドの髪の隙間から現れた翠玉の瞳には暖かいものが宿っている。

 少しすると、その瞳にセバスの部屋の前に立つソリュシャンとナーベラルが映りこんだ。

 

 

 

 

 

 

 「セバス様、シズ・デルタが戻ってきました。アインズ様もご一緒です。」

 

 ナーベラルとシズ・デルタを除くプレアデスが揃ったセバスの部屋で、ソリュシャンがそう告げた。ソリュシャンを除く、その場の全員が各々に驚きの表情をしていた。

 セバスはそれを聞くと、ソリュシャンに命令をした。

 

 「アインズ様とご一緒に。そうですか、分かりました。表にいるナーベラルと共にすぐにお出迎えをしなさい。」

 「かしこまりました。」

 

 ソリュシャンはセバスの命に従って、すぐに表へ出ていった。

 部屋の中には緊張を隠せないプレアデスたちが残っている。そして、ユリ・アルファがその真情を隠し切れず吐露した。プレアデスの中でもひときわ責任感が強い性格がそうさせたのだろう。

 

 「セバス様、シズは大丈夫なのでしょうか。アインズ様とご一緒だなんて、何か粗相をしてしまったのでしょうか。」

 

 心配そうに表情を崩したユリ・アルファに対して、セバスはにこやかな表情をしつつも力の籠った声でユリを安心させた。

 

 「大丈夫ですよ。仮に問題を起こしたとしても、私たちの決定は覆りません。」

 「そうですよね。私がしっかりしないといけないのに・・・・・・申し訳ありません。」

 「気にすることはないですよ。あなたの気持ちは皆分かっています。」

 

 そう言って、セバスはユリの頭をぽんぽんと優しく叩いた。後ろに控えるルプスレギナが何やらにやついている。

 

 「それではアインズ様とシズ・デルタをお出迎えしましょう。ユリ、位置について下さい。」

 「はい。」

 

 セバスの言葉が終わると同時にプレアデスたちは動き出した。ユリはセバスの隣に、ルプスレギナとエントマが通路の両脇に移動した。

 やがて、部屋の扉が開かれた。そこには、アインズを連れたシズ・デルタが立っていた。その表情を見て、セバスは緊張を少し和らげたようだ。

 シズ・デルタは部屋に一歩入ると、さらに一歩脇に寄ってアインズに道を開けた。道の脇にいる二人のメイドは頭を下げて、このナザリックの支配者を出迎えている。

 アインズはセバスを真っ直ぐに見据えて、一直線に進んでいく。

 入口からはソリュシャンとナーベラルが入ってきた。

 

 「突然の訪問、済まないな。」

 「全く問題ございません。私たちはアインズ様にお仕えしている身です。いつでも御身をお迎えする用意は整えてございます。」

 「殊勝な心がけ、ご苦労。」

 

 アインズは手を掲げてセバスたちを労った。セバスを除くプレアデス以下六名は皆、頭を下げている。

 

 「既に分かっていると思うが、今回お前たちを訪問した理由はシズ・デルタの誤解を解くことと、冒険についてだ。」

 「ソリュシャンより報告を受けており、その事は存じております。」

 「たしか、ソリュシャンは自らの体の一部を分離させることで、遠隔視が可能になる、だったか。」

 「その通りです。」

 

 アインズの問いかけにセバスは肯定を示す。

 

 「ならば話は早い。私はシズ・デルタがナザリックの外に出る事に反対しない。だが、状況があまり良くないらしいな。何でも、NPCとしての役割を放棄する発言のせいでシズ・デルタが裏切り者だとか。この事について、まずお前たちと協議して、すぐにでも広まった誤解を解く手段を講じたいと考えている。」

 「その点に関しましては、私とプレアデスの間で既に結論は得ております。」

 「ほう。」

 

 セバスは毅然とした態度でアインズに意見の用意があることを告げた。

 

 「私たちはシズ・デルタが外に出る事について反対しておりません。シズが外に出たいというのならばそれを尊重したいと考えております。後ほど、アインズ様の元へご相談に伺う予定でした。」

 「・・・・・・。」

 

 セバスの言葉を聞いて、シズは顔を上げ呆けたような顔をしてセバスを見ていた。セバスは視界の隅でその姿を確認するも、自らの主人であるアインズから視線を外すことはなかった。

 

 「・・・・・・シズは、勘違い・・・・・・してた?」

 

 シズは恥ずかしそうに視線を落として、一人そう呟いた。

 アインズはシズに向き直ると声をかける。

 

 「どうやらそのようだな。」

 「・・・・・・でも・・・・・・シャルティア様に・・・・・・異端と、言われた。」

 

 シズの発言にその場にいる全ての者がシズの顔を見た。視線を落としているシズはそのことに気付かない。

 

 「・・・・・・シズを、監視・・・・・・捕縛。」

 

 シズは目を泳がせながら呟いた。その声が部屋の中で溶けていく。

 アインズはシズが裏切り者としての扱いを受けたという発言を聞くと、セバスに向き直って真偽を問い詰めた。

 

 「セバス、シズはこう言っているが事実なのか?」

 「いえ、私はナーベラルに観察と必要があれば拘束をするよにと、シャルティアにお願いするように言いました。」

 

 アインズの視線がシズの傍にいるナーベラルへと向けられた。

 急に視線を向けられたナーベラルは慌てたように答えた。

 

 「わ、私はそのようにシャルティア様にお願いいたしました。決して監視や捕縛などという刺々しい言葉は用いておりません。」

 「本当だよぉ。私は横でナーちゃんのこと見てたもぉん。」

 

 エントマはナーベラルが嘘をついていないことを証言した。アインズは背後から聞こえるエントマの証言を聞いて両肩を落とした。

 

 「またシャルティアか・・・・・・。」

 

 その様子を見ていたセバスはアインズに声をかけた。

 

 「アインズ様、シャルティアの件よりも今はシズの誤解を解くことが先決だと思われます。」

 「そうだな。」

 

 セバスの意見を聞いて気を取り直したアインズは、入口に向かって声を出した。そして、再びセバスに向き直る。

 

 「誤解に関しては私とプレアデスで解決させていただきます。」

 「いや、その件に関してはもう少し協議したい。」

 「・・・・・・かしこまりました。」

 

 セバスが礼をすると、アインズはうむと頷き顎に手を当てて一瞬だけ無言になった。

 セバスとプレアデスは静かにアインズの次の言葉を待っていた。やがて、アインズが声を出す。

 

 「シズには既に私の考えを伝えたのだが、改めてお前たちにも話しておこう。」

 

 アインズはそう言うと、ゴホンと咳ばらいをして続きを話した。

 

 「私は世界の脅威が大体知れた現状ではNPCが外に出ても構わないと考えている。もちろん、ナザリックを維持する事が大前提ではあるが。」

 「それは魔導国の領域まで、という意味でしょうか。」

 「いや、それでは冒険とは言えない。意志の疎通ができる種族全てを支配下に置いた現状、世界の脅威はほとんど知れているのだ。ならばその外側、未開の領域を発見することが冒険と言えるのではないか。私はNPCがそこまで出て行っても構わないと思っている。」

 「それは・・・・・・。」

 

 セバスはアインズのあまりに壮大な考えに言葉を失った。ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンこそが世界だと考えているNPCには思いもつかない発想だったのだろう。プレアデスに目を向ければ各々が目を白黒させている。そんな中、かつて冒険者としてアインズと共に旅をしたナーベラルが口を開いた。

 

 「私たちナザリックの者があえて危険を冒す必要はないのではないでしょうか。そういった事は、ゴミ虫共に任せればと愚考いたします。」

 

 ナーベラルの発言を聞き、アインズは率直な気持ちを伝える。

 

 「確かにそうだな。世界の平定を終えるまではそれでもいいと考えていた。しかし、冒険者では荷が重い。数百年の間にアダマンタイト級は全体の五割程度まで増やすことができた。だが、どうにもレベル三十が限界なのか、それ以上の成長は望めない。人間には失望している。」

 「たしかに、ゲジ虫共ではアインズ様を満足させるなど到底不可能なことです。」

 

 アインズの失望を耳にしたナーベラルはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

 「それに、危険を取り去った冒険など冒険ではない。決して無謀になれと言うのではない。ただ、未知であるが故にそれに屈しない知恵をお前たちにつけてほしい。その試金石として、私はパンドラズ・アクターとシズ・デルタに冒険をしてもらおうと考えているのだ。」

 

 アインズは一人一人に話を聞かせるように体を回転させて、全員の顔を見ながら語った。そして、ユリが口を開いた。

 

 「そのような崇高なご計画に、シズ・デルタを重用していただけるのでしょうか。」

 

 アインズはセバスの隣に控えるユリに対して言葉を重ねた。

 

 「その通りだ。それに、こういった理由を付ければ他のNPCにも言い訳が立つだろう。私の計画も進めることができて一石二鳥だ。」

 「シズのためにそこまでしていただけるとは。アインズ様の御厚意に感謝いたします。」

 

 セバスは部下であるシズを庇うアインズの考えに深く感謝を示した。

 プレアデスも安堵、安心といった表情を浮かべている。

 アインズは少し照れくさそうにしながらもセバスに対して顔を上げるように促した。

 

 「顔を上げよ、セバス。私もかつて、たっち・みーさんに色々と助けてもらった。いまはたっち・みーさんに恩返しができない。だから、せめてお前に恩返しをさせてくれ。自己満足で申し訳ないな。」

 「私に恩返しなど! それに自己満足などとは!」

 

 セバスは身に余る光栄に打ち震えるが如く震えていた。しかし、造物主とアインズの思いを聞いて、その光栄を受け入れざるを得ない状況に嬉しくも悶々とした表情をしている。 

 

 「それにあの時、博士さんにシズ・デルタを頼まれた気がしました。安心してください博士さん、あなたの娘はこれで大丈夫なはずです。」

 

 アインズは声を出すことなくその思いを口にした。それは心の中で反響するだけだ。

 

 「・・・・・・アインズ、様。」

 

 シズがアインズに声をかけた。

 アインズは後ろを振り向いた。

 シズはアインズを見つめて言葉を重ねる。

 

 「・・・・・・ありがとう。」

 「私からも感謝を述べさせてください。シズを助けていただいてありがとうございました。」

 

 シズとナーベラルがアインズに感謝を述べて深々と頭を下げた。

 アインズは暖かな眼差しで二人の様子を静かに見つめていた。

 

△▲△▲△

 

 「セバスよ、シズ・デルタをナザリックの外に出すに当たり解決せねばならぬ問題がある。」

 

 アインズとセバス、そしてシズがセバスの部屋にある応接室で話をしていた。

 シズがセバスの背後に控えて、二人は対面式のソファに腰を下ろしている。

 

 「問題、でございますか。」

 「ああ、問題というのはシズのクラスについてだ。」

 「シズのクラスがどう問題になるのでしょうか。」

 

 クラス--アサシンやモンクなどの職--に問題があると聞いて、セバスは疑問の色が籠った声を出した。

 

 「シズのクラスにガンナーがあることは知っているな?」

 「存じております。」

 「それが少々厄介なのだ。言わずもがな、この世界の住人は前提職を経なくても上位職を修めることができる。忍者しかり、ガンナーの職もまず間違いなく習得出来てしまうはずだ。もし、ガンナーのクラスと武器が旅先で他者の目に触れてしまうと、悪用する者が現れるかもしれない。そうなると、種族間のパワーバランスが崩れて戦争が起きる可能性がある。それはなるべく避けたい。」

 

 アインズはシズのクラスの危険性をセバスに語った。

 セバスの後ろで、アインズの話を聞いていたシズは事の成り行きを静かに眺めている。

 

 「シズのガンナーとしてのクラスと武器がなぜ戦争につながるのでしょうか。」

 

 セバスはアインズに疑問を聞いた。

 

 「私もすぐには戦争になるとは思っていない。しかし、未知なる技術は扱いが難しい。最初は火が点くか点かないかの小さな種火でも、いずれ周囲を巻き込んで文明を燃やし尽くす業火になる可能性がある。つまり、多くの小さなきっかけを経て争いに発展する可能性があるのだ。ガンナーのクラスは存在からして安寧には向かないからな。」

 「それは確かに厄介でございますね。」

 「ああ。だから、シズには冒険の最中でのガンナーのクラスの利用に制限を与えようと考えている。」

 「・・・・・・制限。」

 

 シズが思わず口を挟んだ。だが、アインズは特に咎めることもせずに話を続ける。

 

 「そうだ。冒険の最中にやむを得ず戦闘状態になった場合は、なるべくガンナーのアクティブスキルを利用せずに戦ってほしい。もちろん、それでは手に余る状況ならば本領を発揮しても構わない。生きて帰ることを第一に考えてもらいたいからな。しかし、その場合は絶対に証拠は残さず、目撃者も抹殺してもらいたい。」

 「・・・・・・わかった。・・・・・・でも、・・・・・・どうしようもない時は・・・・・・どうすれば、いい?」

 

 シズはどうしても証拠が残ってしまう場合や、目撃者の処理が難しい場合などの想定外の状況についての判断について聞いた。

 

 「その場合は・・・・・・、お前に≪メッセージ/伝言≫の魔法を封じた短剣を渡しておこう。基本的にはパンドラズ・アクターと相談して決めてもらいたいが、それが出来ずに想定外かつ判断できない状況になった場合は魔封じの水晶を使ってくれ。何とかしよう。」

 「・・・・・・わかった。」

 

 シズはアインズに返事をした。

 

 「私が心配していることはこれくらいだな。お前たち何か質問はないか。」

 「アインズ様、よろしいでしょうか。」

 「いいぞ、セバス。」

 「ありがとうございます。」

 

 セバスはアインズに質問する事を許可された。

 

 「パンドラズ・アクター様とシズ・デルタを冒険に出すための日程などはいかがいたしましょうか。」

 

 その言葉にアインズは答えを返す。

 

 「そうだな。そこらへんはアルベドと相談してくれ。私の方からも一言、伝えておこう。」

 「かしこまりました。あともう一点、シズ・デルタに現地言語の教育を施したいのですがよろしいでしょうか。」

 「現地言語か。たしかに、それは重要事項だな。よかろう、諸々の準備を含ませた日程を組むがいい。私もできる限り協力しよう。」

 「ありがとうございます。」

 「・・・・・・。」

 

 セバスとシズは揃ってアインズにお辞儀をした。

 アインズは一つ頷くと二人の感謝の気持ちを受けとった。

 

 「それでは一旦、私は自室に戻るとしよう。一般メイドを待たせているしな。セバス、お前は諸々の準備を進めておくように。」

 「かしこまりました。アインズ様。」

 「うむ。シズ・デルタよ、お前もこれから忙しくなるがよろしく頼むぞ。」

 「・・・・・・わかった。」

 

 そう言い残して、アインズは二人の元から離れて行った。

 部屋から通路に出たセバスとシズは、アインズの姿が見えなくなるまで揃って頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 白い石材でできた傾斜角の浅い長い階段を登り切る。視線の先には今にも動き出しそうな生々しさを持つ、巨大な戦士像が並んでいる。湿った香りのする風が鼻の中を通り過ぎた。空を見上げると、雲間から柔らかな日差しが零れている。

 今日は冒険の旅に出る日。

 シズの隣にはナーベラルがいる。ナザリックの正面門に目を向ければ、道すがらにはセバスとプレアデス。それに階層守護者もいた。門の前にはアインズとパンドラズ・アクター、アルベドがいる。

 前へ進んでいる途中、ナーベラルがシズの肩に手を乗せた。

 

 「私の助けが必要になったらすぐに連絡するのよ? 絶対に無理はしないこと。それと・・・・・・。」

 「・・・・・・大丈夫。・・・・・・心配、しすぎ。」

 

 ナーベラルを見上げて一言告げた。

 

 「・・・・・・痛い。」

 

 --痛くないけど、気持ち。

 つねられた。ほっぺたが伸びる。

 ナーベラルはにこにこしながら眉を吊り上げている。

 ナーベラルは最近、職務が手につかない様子だったみたい。顔を合わせれば、私もついて行こうかとか、色々言われた。はっきり言って心配性だと思う。

 

 「このほっぺとはしばらくお別れかしら。寂しくなるわね。」

 

 シズのほっぺたをおもちゃにするなんてひどいと思う。今さらなんだけれど。

 

 「・・・・・・ナーベ姉。」

 「なに?」

 「・・・・・・顔を下げ、て。」

 

 ナーベラルの顔が手の届く高さにまで来た。さりげなくそのほっぺたをつまんでひねる。

 

 「・・・・・・えい。」

 「痛っ! 何するのよ!」

 

 ・・・・・・。

 両方のほっぺたをつねられた。ナーベラルは当然といった顔をしている。

 

 「私に手を上げるだなんていい度胸じゃない。いいわ、帰ってきたらおしおきしてあげる。」

 「・・・・・・ひどい。」

 「冒険に出てる間にしっかりと心の準備をしておくことね。」

 

 そんなこと言われたら帰りたくなくなる。でも、ナーベラルの湿っぽい雰囲気が消えたからいいか。

 ほっぺたはひりひりするような気がするけれど、冒険の旅に出るときは笑顔で送り出してほしかった。そんなことをしていたらアインズの所に着いた。

 

 「・・・・・・それじゃあ、・・・・・・行って、きます。」

 「ええ、行ってきなさい。パンドラズ・アクター様に迷惑をかけないように気を付けるのよ。」

 「・・・・・・うん。」

 

 そう言うと、ナーベラルはアインズとパンドラズ・アクター、アルベドに一礼してから姉達の元へと下がっていった。姉達とは出発の前に挨拶を済ませている。でも、ナーベラルは最後まで一緒に居ると言って聞かなかったからここまで一緒だった。

 シズはアインズに向き直ると、アインズは徐に中空に手をかざして一つの皮袋を取り出した。

 

 「シズ・デルタよ、冒険に出る前に渡しておくものがある。それは、この無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)だ。これはパンドラズ・アクターにも渡してある。中に魔法を籠めた短剣とポーションがいくつか入れてある。あとはお前の食料だな。諸々の詳細については道中にでもパンドラズ・アクターに教えてもらうがよい。」

 「・・・・・・わかった。」

 

 シズはアインズから皮袋を受け取った。それを体の中に収納する。

 機械の体はある程度、手を自由にできる。ちょっと便利。

 

 「私が渡すものは以上だ。それではお前たちの幸運を祈る。」

 「お父上! お任せください!」

 「うむ。新しいマジックアイテムを探す冒険の中で、お前たちが成長することに期待しているぞ。」

 「はい! 行ってまいります!」

 「・・・・・・。」

 

 ピンク色の卵型の顔をしたパンドラズ・アクターが一人、舞い上がっている。その横に立つアルベドは微笑みを浮かべている。後ろを振り返ればデミウルゴス以下階層守護者が、セバスの方を見れば姉達が笑顔を浮かべている。

 これから冒険の旅が始まるんだ。

 シズは体の中からエクレア帽子を取り出した。ナザリックの外には、このエクレア帽子みたいなかわいいものがあるかな。・・・・・・うん、きっとある。

 シズはエクレア帽子を体に収納した。そして、パンドラズ・アクターの隣に立ちアインズに出発することを伝える。

 

 「・・・・・・アインズ様・・・・・・行って、きます。」

 「ああ。行ってこい。そして、必ず生きて帰ってくるのだぞ。」

 「お任せください、お父上。このパンドラズ・アクターがいる限り、絶対にシズ・デルタを守ってみせます。」

 「頼んだぞ、我が息子よ。」

 

 アインズと最後の挨拶を交わして、シズはもう一度みんなのことを見た。そして、外に向かって歩き出した。

 爽やかな草原の風が髪を揺らす。目の前にはどこまでも広がっていそうな青い空。胸が高鳴る。

 シズは隣にいるパンドラズ・アクターと視線を交わした。

 

 「シズ・デルタ、行きましょうか。」

 「・・・・・・うん。」

 

 シズはそう言葉を重ねて冒険の旅に出た。




これにて旅立ち編(前編)完結です。
以降はプロット白紙なのでしばらく構想を練るために休止します。
あと、描写を鍛えるために短編をいくつか書こうかなと思ってます。
ここまで読んでくださった方々ありがとうございました。

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