Treasures hunting-パンドラズ・アクターとシズ・デルタの冒険- 作:鶏キャベ水煮
アインズはベッドで寝転がりながら、台に置かれた二振りの白い双剣を眺めていた。
ベッドのシーツは一部が床に垂れ下がり、何度も寝返りをうったことがわかる。
「そろそろメイドが来る時間か。」
一般メイドが朝食をとっている間、アインズはこうしてごろごろしながら時間を潰していた。
一人で出歩くこともできるが別段行くべき場所もない。それに、大図書館での出来事がそんな気持ちを起こさせないようであった。
やがて、コンコンと扉を叩く音が聞こえてアインズは姿勢を直した。
「おはようございます。本日アインズ様のお世話をさせていただくリュミエールです。」
「同じく、フォアイルです。」
一般メイドの食事が終わったようだ。
扉の向こう側から一般メイドの声が聞こえた。
アインズはベッドから下りて台に近づき、白い双剣をアイテムボックスに突っ込んでから呼びかけに答えた。
「入っていいぞ。」
静かに扉が開き、リュミエール、フォアイルの順に部屋に入ってきた。フォアイルが静かに扉を閉める。そして、二人はアインズの前に並んで指示を待っている。
「そうだな、まずは掃除をしてもらおうか。」
「かしこまりました。」
二人は丁寧にお辞儀をした。
掃除は一般メイドの仕事なのだから特に命令する必要はない。しかし、それを言ってしまうとメイドの仕事らしい仕事がなくなってしまう。
アインズは埃を見つけるのも苦労する部屋を一瞥して、掃除の準備に勤しむメイドたちを眺めている。
「フォアイル、あなたは調度品を私は生活品と床を掃除するわ。」
「わかりました。」
アインズは邪魔になるといけないと思ったのか、椅子をクローゼットの前まで持って行き、そこに座った。
フォアイルは壁にはめ込まれた姿見に備え付けられたカーテンに手をかけている。リュミエールはアインズが乱したベッドを綺麗にし始める。すると、ベッドメイキングを始めたリュミエールが顔を上げてフォアイルに話しかけた。
「普段は塵一つないけど今日は砂が付いてる・・・・・・。」
その言葉を聞いたアインズはリュミエールに一言説明した。
リュミエールはフォアイルに向けていた視線をアインズに移す。
「ああ、先ほど少し地表に出ていた。」
「なるほど。それで風に舞った埃がお召し物に付着したのかもしれません。」
二人の会話を聞いていたフォアイルの顔がやや緩んだ。そして、フォアイルはリュミエールに話しかける。
「部屋の掃除の前にアインズ様のお召し物のお掃除をしないと。」
「そうね。アインズ様、少しお立ちくださいませんか。」
「うむ。」
そう言われてアインズは立ち上がり、メイドの元へ歩み寄る。
メイド二人はアインズの着ているローブについた埃を落としてしわを伸ばした。アインズのローブはマジックアイテムであるため、念入りな掃除はあまり必要としないのだ。
「これでよし。」
「アインズ様ありがとうございました。」
メイド二人はすこぶる嬉しそうな様子だ。信愛なるナザリック地下大墳墓の支配者アインズが今着ているものに直接触れた。メイドたちの心は嬉しさで溢れているのだろう。
そんなメイドとは対照的にアインズは気怠げだ。
骨のこめかみに手を当てて何かを考えている様子だ。
(俺があまり機嫌が良くないというのにこいつら、なに笑ってるんだろう。)
「アインズ様いかがされましたか?」
アインズの様子を見て心配になったのかリュミエールが聞いた。
「大丈夫だ。少し考え事をしていただけだ。」
「失礼しました。邪魔をして申し訳ございません。」
「いや、問題ない。掃除を続けてくれ。」
リュミエールとフォアイルがお辞儀をした。それを見て、嬉しそうな二人を視界に入れないようにアインズは背中を見せた。その様子が何か知略を働かせている姿に映ったのだろうか。
メイド二人がアインズの背中を見て「かっこいい」などといった、賛辞を呈している。
(はぁ。ここにいると気分が悪くなるな。少しぶらぶらするか。)
アインズは体を反転させてメイド二人にこう告げた。
「私は少し散歩でもしてくる。掃除が終わる頃には戻るから、それまで部屋を頼む。」
アインズの言葉にメイド二人は振り向いて頷いた。
「任せてください!」
リュミエールとフォアイルは元気よく答えた。
アインズはそれを聞いて頷くと、二人に掃除を任せて部屋を出た。
「やれやれ。支配者としての私に好意を抱いてくれているのは分かるがTPゼロをわきまえてほしいな。まあ、素直に気持ちを表さない私が言えることではないか。」
アインズは閉じた扉を背にして一人呟く。
部屋の外には誰もいない。
「さて、どこに行こうかな。」
アインズが一人で適当に時間を潰せる場所は少ない。ナザリックのどこへ行っても必ずシモベがいるのだ。
「とりあえず心の奥で燻るような嫌な気持ちを何とかしたいな。」
アンデッドであるアインズは精神の激しい抑揚があると強制的に沈静化される。それが起きないということは、アインズが抱いている気持ちは沈静化されるまでもないということだろう。しかしながら、微弱な毒素を習慣的に体に取り込むと、その毒はいつか致命的なものとなる。
アインズの抱いている感情も同じで、早いうちに払拭するに越したことはない。
アインズはあてもなくナザリック第九階層を徘徊していた。
大浴場がある所まで歩き、かぶりを振って引き返した。次に食堂が見える所まで進み、食堂から聞こえる喧噪を聞いて再び踵を返した。同じように美容院、衣服屋、雑貨屋、エステ、ネイルサロンなどの店の前まで来ては首を振るといった仕草を繰り返していた。
アインズが今感じている思いを解放できる場所。それが見当たらない様子だ。
しばらく行ったり来たりを繰り返していたアインズは、やがて第九階層を後にして第十階層へと進んでいった。
レメゲトンに到着したアインズは足を止める。そこには壁に彫られた穴の中には悪魔をかたどったゴーレムがいた。それらを眺めてアインズは口を開いた。
「あの頃は楽しかったなあ。」
六十七体のゴーレムを一体一体懐かしそうに眺めながらアインズはそう呟いた。そして、小さく頷くと大きな扉がある方へと進んでいった。その扉は五メートル以上はあり、両側は女神と悪魔が彫刻されていた。すぐにでも動き出してきそうな精緻さである。
「この彫刻を動かすかどうかを多数決で決めたっけ。ウルベルトさんの意見が採用されたんだよな。」
二体の彫刻を眺めてアインズはしみじみとした様子だ。
アインズは思い出に浸りながら静かに扉に触れると、扉はゆっくりと開いていった。アインズは玉座の間の最奥にある玉座へと一直線に進み、そこに腰を下ろした。
玉座の間にはアインズ一人だけ。
壁には四十一枚の異なる紋様が描かれた大きな旗が、天井から床まで垂れ下がっている。それらを玉座に座したアインズは一つ一つ眺めていった。
「ヘロヘロさん・・・・・・たっち・みーさん・・・・・・ぶくぶく茶釜さん・・・・・・。」
かつての仲間たちの旗を見ては名前を呼ぶ。次の旗に視線を移しては名を呼ぶ。その間隔はしばらく開いていた。何かを思い出しているのだろうか。
やがて、四十一人全ての名前を呼び終えた。
旗はアインズの呼びかけにたなびきもせず、その場に垂れ下がるだけだ。アインズは玉座の間の入口に視線を移し黙り込んでしまった。扉を開いて仲間が、かつての友達が姿を現すのを待っているのだろうか。
静かな玉座の間には死の支配者以外誰もいない。
やがて、アインズは口を開いた。
「みんな・・・・・・アインズ・ウール・ゴウンは世界の頂点に立ちましたよ。だから、いつでも戻ってきてください。私は・・・・・・モモンガはいつでもみなさんの帰りを待っています。」
誰もいない玉座の間にアインズの声が響き、消えていく。
アインズは視界を閉じて静寂に身を任せている。両の眼窩には赤黒い光は灯っていない。
どれくらい時間が経っただろうか。玉座の間とレメゲトンを繋ぐ巨大な扉が静かに開いた。
眼窩にある赤黒い光が僅かに灯る。
薄目を開けたアインズの視線の先、僅かに開いた扉の隙間から、かつてのギルドメンバー"博士"が姿を現した。
△
「・・・・・・。」
シズは慎重に、でもあてもなく第九階層を歩いていた。憂鬱な気持ちだから、一般メイドに捕まる可能性がある賑やかな場所はなるべく避けている。いまは誰も信用できない。だから、無邪気に絡まれたら問題を起こしてしまうかもしれないし、それだけは避けたかった。
一本道の向こう側から一般メイドがこちらに向かってくるのが見えた。
シズはアサシンクラスのスキル≪クローキング/欺瞞≫を使用した。常時MP消費型のこのスキルは魔法やスキル、種族的な能力を用いずにスキル使用者を見た場合、姿を偽ることができる。ここではシズの姿を普段から目にする、この一本道の景色に欺くことが目的だ。
次に、シズは気配を消すためにストーカークラスのスキル≪ストーカー/忍び寄る者≫を使用した。このスキルは攻撃態勢を取ると効果が解除されてしまう。でも、時間中は音、匂い、足跡、対象に触れた時の感触などを消すことができる。レベル差が五くらい上の相手までなら魔法やスキルで見破られることもない。ルプスレギナには効果ないけど。
これでレベル一の一般メイドが相手ならば問題ない。
シズは近づいてくる一般メイドを避けてそのまましばらく進んだ。
「・・・・・・。」
何をやっているのだろう。これでは本当にシズがナザリックを裏切っているみたい。
シズは不安を覆い隠そうとしてエクレア帽子を被った。こんなことでは不安は払拭されないはずだけど、エクレア帽子のふわふわ感に思わず気が緩んだ。
エクレアに元気をもらったシズは気を取り直して足を動かした。
第九階層は少し危ないかもしれない。第八階層に行くにはまた戻らないといけないし、だとしたら第十階層しかないか。シズはそう考えて第十階層に向かうことにした。
「・・・・・・。」
足元に敷かれた紫紺色の絨毯。この先に第十階層へと続く階段がある。
シズは誰かに鉢合わせないよう慎重に歩いていく。スキルを使用しているといっても、シズはナザリックではあまり強くはないから油断はできない。慎重に急いで進んでいくと、目の前に第十階層へと続く階段が姿を現した。
そろそろ、≪ストーカー/忍び寄る者≫の効果時間が切れてしまう。
シズは逃げるように階段を降りた。大丈夫、この先に気配がないのは確認してある。大丈夫なはず。
「・・・・・・。」
階段を降りると半球状の大きなドーム型の大広間に出た。天井には四色のクリスタルのモンスター、ミルク色の壁にある穴の中には悪魔をかたどったゴーレム、何もかも昨日と変わらない。でも、なんだか懐かしさを感じる。なんで懐かしいだなんて感じるのだろう。
この大広間にいるのはシズ一人だけ。
シズは大広間を横切りながら寂しさを紛らわせるために、エクレア帽子をぎゅっと抱きしめた。
--そっか、寂しいんだ。
エクレア帽子を抱きしめて少し安心した。
シズは向こう側にある天使と悪魔の彫刻に挟まれた巨大な扉に向かって進む。
「・・・・・・すごい。」
扉の前に辿り着くと、天使と悪魔の彫刻が出迎える。いつ見ても迫力満点だ。天使と悪魔の彫刻に見惚れつつも、そっと扉に手をかける。すると、扉がゆっくりと開いた。その隙間に身体を滑り込ませる。
玉座の間に到着した。
玉座の間はやっぱりいつ見てもすごい。扉の前もすごいと思うけど、扉の中は世界が変わる。
「・・・・・・うわぁ。」
中を見て思わず声が漏れてしまった。左右を見れば、至高の御方々の紋章がかたどられた旗が天井から垂れ下がっている。そこにはシズの造物主である"博士"の旗もある。それを見て足が止まった。
シズは至高の御方々を裏切ったのだろうか。ナザリックの外に出るという事が裏切りなのか。シズの造物主もまた、外に出たいと思うシズを裏切り者として扱うのだろうか。
--わからない。
けれど、シズは近い将来に裏切り者として裁かれることになる。できれば、もう一度、シズをお作りになられた博士に会いたかったな。
シズはありえない未来を夢見た。
「・・・・・・!? 博士さん!」
「・・・・・・ぇ!?」
玉座から声がした。そんなことはどうでもいい。博士? どこにいるの?
シズは体を大きく振り回して造物主を探した。でも、造物主は見つからなかった。代わりに見つかったのはシズが絶対の忠誠を誓っているアインズだった。
玉座をよく見ると、緑色に発光しているアインズがいた。アインズは立ち上がり、シズのことをじっと見つめている。緑色の光の中に赤黒い光が大きく揺らめいている気がする。
「博士さん! 戻ってこられたのですか!?」
再び、アインズの口から造物主の名前が叫ばれた。
シズは再び、体を大きく振りまわして視線を一回転させた。
スキルや魔法を使用して姿をお隠しになられているのだろうか。レベル差が五十ある造物主を見破れる保証はないけど、持てるスキル全てを総動員して造物主の姿を探した。それでもやっぱり見つからなかった。
--造物主様、どこにいるの?
アインズはまだこっちを見ている。
--造物主様! 姿を見せてください!
「博士さん! 会いたかったです! 何とか言ってくださいよ!」
緑色の光の塊が慌てた様子でシズの方に近づいてきている。
アインズがここまで来れば博士は姿を現すのだろうか。
--それなら!
シズは願った。数百年待ち焦がれた存在の顕現を。でも、その願いはMP切れによるスキル≪クローキング/欺瞞≫の効果解除と共に虚しく散っていった。MP切れによる気だるさだけがシズの体に残る。
「あっ・・・・・・。」
アインズの情けない声がシズにぶつかって消えていく。
アインズの悲し気な視線がシズを見つめている。
--造物主様は見つかったのかな? アインズ様、お願いします。造物主様に会わせてください。
アインズはシズを見て何も言わない。シズは何も言わずにエクレア帽子を抱きしめながらアインズを見つめる。
「博士さん・・・・・・。エクレア帽子・・・・・・。あ、あはは。」
アインズの乾いた笑いがシズの体に溶けていく。
--違う。博士様を。
冷たい視線をアインズに向ける。
「ゴホン。こんな所で何をしているのだ、シズ・デルタ。」
「・・・・・・違う。博士様どこ?」
博士という言葉にアインズはびくっっと体を震わせた。
シズが欲しい言葉は造物主の姿がどこにあるかという一点だけ。
「ハハ、何を言っているのだシズ・デルタ。博士さんは・・・・・・。」
「ずっと、待っていた。数百年。博士様に会いたい。」
シズは造物主に設定された口調も忘れてアインズに喰らいつく。本来は無礼な行為なんだけど造物主の存在を何度も聞かされて冷静ではいられなかった。
アインズは大きくかぶりを振っている。
--何で?
最後になるかもしれないからシズの願いを叶えてくれたって・・・・・・いいと思う。
「アインズ様、お願いします。博士様にあわせ」
シズの言葉は怒り狂ったアインズの言葉にかき消された。
「いないんだよ! 俺・・・・・・、お前は捨てられたんだよ! そんなことも分からずに博士さんに会いたいだなんて言われても無理なものは無理なんだよ! 分からないのか!? このスクラップがああ!」
--スクラップ?
アインズはいまシズの事をそう呼んだの?
「・・・・・・。」
「あっ・・・・・・。」
目が熱い。なんだろう? 液体? 何で目から液体が出るのだろう? 燃料が出るところじゃないんだけど。これは・・・・・・何だろう。
アインズはシズを見て固まっている。
それにしてもスクラップか。
--悲しいな。
アインズがそう言うのならば罪状がどうなっても結果はスクラップなのだろう。もういいや。
「・・・・・・そう、シズは・・・・・・裏切り者として・・・・・・スクラップ。」
もうアインズと視線を合わせていられなかった。それに前がよく見えない。
「違う! そんなつもりじゃ。それに、裏切り者だなんて。博士さんの娘とも言えるお前をスクラップになんかしない。」
「・・・・・・アインズ様が・・・・・・そう言っても、シズは・・・・・・裏切り者。」
そうだ。例えアインズがいまここで訂正したとしても、結局はセバスたちがシズを糾弾する。そして、それはいずれアインズの耳に入ってしまう。そうなれば、結局シズは裏切り者だ。
それにしても、何で声が掠れるんだろう。
「さっきから裏切り者、裏切り者って・・・・・・。どういうことなんだ?!」
冷静さを失った様子のアインズはシズの口から裏切りの内容を語らせようとしてくる。
まあ、ここで黙っていてもあまり意味はないだろうし。どうなってもいいか。
シズはくしゃくしゃになったエクレア帽子を一度広げた。それだけで、しわが伸びてしまうのだからマジックアイテムは不思議だ。エクレア帽子をアインズに見せて口を開く。
前はまだよく見えなし、アインズの方を向くと小さい悲鳴をあげられた。シズを見て悲鳴をあげるだなんて少し傷つく。
「お前、泣いて・・・・・・。」
アインズは何かわけのわからないことを言っているけど、気にせず最初の質問に答えた。
「・・・・・・アインズ様にこれ・・・・・・もらった。」
「た、たしかに、それは私がお前に渡したものだ。」
少し引き気味のアインズが相槌をうった。
「・・・・・・これ、すき。」
「そうか。」
「・・・・・・シズは・・・・・・ナザリックの外に・・・・・・かわいいもの・・・・・・あること、知った。」
アインズはシズの話を静かに聞いていてくれているみたい。
「・・・・・・だから、外に・・・・・・出たい。・・・・・・冒険したい。・・・・・・かわいいもの・・・・・・シズが好きな物・・・・・・たくさん見たい。」
これがシズが抱いている異端な思い。これを食堂で言わなければシズが裏切り者になることもなかったかもしれない。
「・・・・・・シズはプレアデス。・・・・・・外に出たいこと・・・・・・外を思う事・・・・・・みんなに言った。・・・・・・だから裏切り者。」
言い終わり、アインズをじっと見つめる。声が掠れて上手く話せたか分からないけど、アインズは顎に手を当てているように見える。まだ視界が少し霞んでいてよくわからない。
「そうか。冒険に出たいのか。そして、ナザリックを守護する者がそれを他のNPCの前で言ったから裏切り者ということか。」
「・・・・・・うん。」
上手く伝わったみたい。喜んでもいいのだろうか。
「わかった。そして、安心するがいい、シズ・デルタよ。私は博士さんの娘であるお前を絶対に裏切り者として扱ったりはしない。さらに、冒険に出たいという話。このアインズ・ウール・ゴウンが前向きに検討しよう。汚い言葉で罵って女性を泣かせてしまったという失態もある。冒険の件はせめてものお詫びとして受け取って貰えないだろうか。」
「・・・・・・。」
アインズは何を言っているのだろうか。信じられない言葉の連続に、話の内容を上手く聞き取れなかった。
「いや、こういうのは卑怯だな。」
アインズはシズの前に跪いた。目の高さが合う。アインズの行動に言葉が出ない。
「シーゼットニイチニハチ・デルタ、私の非礼を許してほしい。済まなかった。」
「・・・・・・。」
アインズが頭を下げて謝っている。何で謝っているのか分からない。でも、これだけは分かる。
早く何とかしないと。
シズは頭をフル回転させて、どうすればアインズがこの行為を止めるのかを考える。そして、ユリが昔話してくれた、やまいこ様が話していたという『せいとのけんか』というお話をふと思い出した。その話では悪いことをした『だんじ』が『じょじ』に頭を下げて謝ったら、『じょじ』が頭を撫でて許したという。その姿が面白かったとやまいこ様がおっしゃっていたと。
シズは意を決した。至高なる御方であるアインズ様の頭を撫でる。とても勇気のいる行為だ。
「・・・・・・許して、あげる。」
「・・・・・・。」
アインズの頭を撫でて言葉をかける。頭に手を当てた瞬間、アインズはびくっと震えていたけど今は落ち着いている。これでいいのだろうか。
「・・・・・・お母さん。」
オカアサン? アインズが緑色に発光しながら何か言った気がするけど、その意味は分からなかった。でもアインズ様のお言葉だし、きっと意味はあるのかもしれない。怒っている様子もないし、たぶん悪い意味を持つ言葉ではなさそう。
「シズ・デルタ、済まないがもう少しそのままにしていてくれないか。」
アインズからの頼み事だ。断る理由などない。
「・・・・・・いいよ。」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
しばらくそうしていると、アインズは唐突に声を出した。
「ありがとう。もう、大丈夫だ。」
その言葉を聞いて、頭を撫でていた手を戻す。
アインズは立ち上がった。その姿はナザリック地下大墳墓の支配者たる姿。いつものアインズに戻ったようで良かった。
シズが見上げると両手を広げている。何か言いたそうに見える。
「シズ・デルタよ、私と一つ約束をしてくれるか。」
「・・・・・・約束?」
「私が良いと言うまで冒険に出たいという思いは胸に仕舞っておいてもらえるか。」
「・・・・・・。」
「大丈夫だ。アインズ・ウール・ゴウンに誓って絶対に悪いようにはしない。」
「・・・・・・いいよ。」
シズは心を込めて首を縦に振った。アインズが言うのだから、きっと間違いはないはず。
「うむ。それでは私は自室に戻るがお前はどうする?」
「・・・・・・シズも、戻る。」
「そうか、ならばお前の自室まで送ろう。」
「・・・・・・ありがとう・・・・・・ございます。」
アインズと一緒に玉座の間を後にした。
シズがレメゲトンで感じた寂しさは、もうどこかに行ってしまったようだった。とても清々しい気分で第九階層への階段を上って行った。
三人称視点(のつもり)から一人称視点(のつもり)を交互にやると混乱しますね。