ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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ご令嬢は決断することにしました。
その43


 ピンとした空気を胸いっぱいに吸い込んで、ほうっと息を吐けばほわりとした真白い丸が浮かびます。はい、吐く息が白くなるほど今日はとっても、とっても寒いのです。お鼻がツーンとするくらいに空気が冷えているのはですね、クリスマスまで約1週間を切ったこの日とってもたくさんの雪が降ったからです。

 休日である日曜日の今日、ホグワーツは一面の銀世界です。昨日降りしきっていた雨は夜のうちに雪に変わったようで、朝起きるのが辛いほどの寒さでした……。

 とってもお布団とお友だちでいたかったですが、朝寝坊してしまうとご飯を食べられなくなりますからね。勇気を出してベッドから出た私ですが、やっぱり寒くて仕方がなかったので恥も外聞もなく毛糸のパンツを着用中です。ちなみにお手製でドラコと柄違いのお揃いです。

 ……少し恥ずかしですがいいのです。アリシアさんもアンジェリーナさんもネロの顔柄を可愛いと言ってくださいましたからね。慰めかもしれませんが寒さ対策は大事ですからね。

 乙女の矜持を投げ捨てた私はお手製の毛糸製品をしっかり身にまといまして、ちょこっとだけモコモコしています。ですがローブを着てしまえばそれもパッと見にはわかりませんからきっと大丈夫です。ちょこっとだけアンジェリーナさんが不満そうなのは、たぶん希望の手触りではないからでしょうけれどそこは私が関知すべきところではありませんからね。流します。

 

 少しでもよい未来になるように、と決意してからほぼ毎日補習授業を受けまして、大分高度なことを学べ始めた私ですが、このたびとっても嬉しいことがあったのです。それは皆さんと一緒の補習授業である変身術での成功──では、残念ですがないのですが、それでもとっても嬉しいことには変わりません。

 なんとですね、なんと私このたび半年ぶりに身長が伸びていたのです! 10歳を越えてから、1ミリたりとも変化のなかった私の身長。悲しいことに成長期が終わってしまったのかと思っていたのですがそれは杞憂だったようです。三度聞き直してから万歳三唱してしまった私はおかしくないはずです! とってもとっても嬉しかったのですからね、それも当然のこと、のはずなのです。ええ、アンジェリーナさんとアリシアさんに生温かい目で見られていたのだとしても、いいのです。だって嬉しかったのですから!

 その嬉しさが未だ続いている私は、うふふんふふんとご機嫌で雪野原になった中庭に向かいます。そんな私の両隣にはアンジェリーナさんとアリシアさんがいまして、目の前の中庭にはもちろんフレッドくんとジョージくん、リーくんにセドリックくん。そしてなんとパーシーさんまでいらっしゃいます。と言っても他の方もたくさん──ではないですが、それなりにいらっしゃって雪と戯れていらっしゃいますが。

 せっかくの休日に積もった雪ですからね、皆さんで楽しみましょうということになったのです。ちなみにリーくんとアリシアさんはちょっとだけ嫌がっていました。寒いのがお嫌いなようです。が、アリシアさんは私がどうしてもとお願いして来ていただくことができました。たぶんリーくんはフレッドくんかジョージくん、もしくはお2人に無理やり連れてこられたのでしょうね。寒がりらしいですのに、ローブどころかマフラーもつけていませんから。

 私は苦笑いをしながら、そっと杖を出します。ちなみに歩きながらですが、そこはなんの問題もありません。はい、いつもの如くアンジェリーナさんが私の手を握っているから、です。更に言うならアリシアさんはここのところの日課ともいうのでしょうかね、しっかりとカメラを構えていらっしゃいます。たまに横顔にフラッシュが飛びますからね。今も撮影していらっしゃるのでしょう。……アリシアさんの写された写真は一体どこに行っているのでしょうかね? なんとなく、そうなんとなくですが予想はしていますが、確証がありませんのでまだお聞きしていません。が、そろそろお伺いした方がよいのでしょうか。などと考えながら、私はそっと杖を振ります。

 

 しばし待てば雲ひとつない晴れ渡った空にですね、ハタハタと真っ黒なローブと、グリフィンドール色のマフラーが舞い踊りながら飛んできます。どうやら上手くアクシオができたようで一安心です。

 私の呼んだその2つは、私の目論見通りにしっかりリーくんの上に落ちまして、リーくんはサンキューと満面の笑顔を浮かべながらいそいそと着込んでいらっしゃます。はい、風邪など召しては大変ですからね。お友だちの具合が悪くなったらとっても心配してしまいますし、せっかく一緒に受けている補習授業の進度が変わってしまいますから。どうせなら皆さんで一緒にアニメーガスになりたいですからね。

 

「キャシーったら、リーに自分でやらせたらよかったのに」

「いえ、たいした手間ではありませんから。それに見ているだけで寒いですし……ある意味私のためでもあるのですよ」

「まあ、見てて寒いのは確かだけどさ。でもキャシー、アクシオまで無言呪文でできるんだね」

「そうね。他にも確かパーシーさんとの掃除でいくつか詠唱なしだったとは聞いていたけど……キャシー、あなたもしかしたら殆どの魔法でできるんじゃない?」

「そう、なのですかね? 試したことのある呪文はそう多くありませんし、わかりませんよ?」

「うーん……キャシーならできる気がするよ? だって私たちの親友のキャシーは可愛くってとっても賢い子だからね!」

 

 なんだかとっても嬉しそうなお顔をして、アンジェリーナさんはそうおっしゃいます。しかもアリシアさんまで否定することなく頷いていらっしゃいます。……なんでしょう。なんだかとっても期待をかけられているような気がするのですが。え? もしかして私、全ての呪文を無言呪文でできるようになった方がよいのですか? なんてぐるぐると私の中で巡ります。

 

「キャシー? どうかしたのか?」

「や、いつも通りじゃないかな? きっとまたなにか考え込んでるんだろうから、気にしなくて平気だと思うけど」

「いや、そうだとしても考え事しながらだと、キャシーのことだから転んでしまうんじゃないかな?」

 

 なんだか私の顔の前にちょこっと影ができましたが、変わらず私は考え込んでしまいます。ええ、無言呪文ですよ。私……全部出来るのですかね? いえ、流石にお父様に習った系統の呪文ですとできる気はとんとしません。

 ええ、そうです。あれらの呪文は詠唱すらできませんからね、私。でも私はヘタレじゃないのですよ。なんて思っていれば、私の左手が宙に浮きます。なんですかね? これも無言呪文の1つでしょうか?

 

「それは大丈夫! 私が手を離さないからね!」

「そうね。もうしばらくはかかりそうだし、アンジーなら絶対にこの子の手を離さないだろうし、そこまで心配しなくても平気だと思うわ」

「まあ、そうかもしれないけど……いったいなにを考え込んでるんだろうね、キャシーは」

 

 なんでしょう。手が浮くような呪文があったような記憶はないのですが……。いえ、これも私が不勉強なだけ、でしょう。これからも日々邁進してたくさんのことを覚えていかなくてはいけませんよね。

 私は1人コクコクと頷きます。

 

「さあ? 普通にキャシーが可愛いって話してただけだし……いつも通りのことしか話してなかったと思うよ?」

「ま、それはいいよ。キャシーがなんで考え込むのかは、俺たちにはわからないこと、だしさ」

「だな。マジでキャシーの思考回路は意味不明なとこがあるし」

「いや、そこまでは言ってないよ? とにかく俺たちは普段通りにしてればいいってことが……ま、そういうことだからさ、俺たちはこの雪でなにをするのか決めておこうよ。そうしたらキャシーが気づいた時にすぐ動けるだろうし」

 

 1つ目はやはり変身術ですね。アレを完璧にして、そして授業で習える呪文を完璧にする。それからスネイプ先生との補習で行なっているお薬になんとか目処をつける。でしょうかね? といっても未だに目処は立ちそうもないのですけれど。

 ええ、本当に薬草学も、魔法薬学もとっても難しい、繊細な技法が必要なものですからね。まだ一年生の私にはとっても難しいのです。が、私は諦めません。満月に負けないお薬をなんとか作り上げませんと!

 私はグッと拳を握ろうとして、気づきます。そうでした。私の手は今アンジェリーナさんと繋いでいたのだった、と。ついでに今自分がどこにいるのかも思い出しました。中庭で雪遊びをする予定、だったのですよ。ダメですね、思考の迷宮にまた迷い込んでしまっていたようです。

 

 気を取り直して私は周囲を見回します。

 

「……お前たちは本当に慣れているんだな。僕は未だに慣れないんだが」

「そりゃ仕方ないっしょ。パーシー先輩はこいつと仲良くなったのが1番遅いし、学年も違うし。ま、そこまで深く考えなくても平気じゃないっすか? キャシーはこうやってみんなで集まっててもよく自分の中の思考の迷宮にはまり込むんで」

「はあ……そうなのか。じゃあこれからはなるべく気にしないようにする、か」

「そうそう。そうしないとこっちの身がもたないんで。あ、でもアレだ。キャシーがなんか突拍子もないことを言い出すかもってことだけは心の隅にでも置いといた方がいいかも?」

「と、突拍子もないこと?」

「あーたぶんキャシーの中では色々と繋がってるんだろうけど、俺らにはわからない結果に落ち着くことがあるんすよね。前にやったバースデイパーティーの時の料理もそうだし、パーシー先輩と菓子を取り合って喧嘩するとか、そんな先輩と友達になってるとか? まあ、見てて面白いんすけどね」

「…………そ、そうか」

 

 なんだかとっても訳知り顔をしたリーくんが、パーシーさんに説明をしています。私のことを。……私のこと、ですよね? 『キャシー』と言っていましたし。……私、そんな印象なのですね。

 

「リー、あなたそれ……いいわ、なんでもない。とにかくなにをするのかサクッと決めてしまいましょう」

 

 ちょこっとだけしょぼんとしかければ、カシャリと1つシャッター音がします。はい、アリシアさんですね。ここ最近は本当にどんな時でもカメラを手放さない理由。一度お聞きしたほうがよいでしょうか。いえ、とってもとっても隠していらっしゃるのは知っているのですけれど。でもご迷惑にしかなっていないだろうこともわかっていますし……。おんなじくらいアリシアさんが楽しんでらっしゃるような気もしているので、悩むところですよね。

 むんむん考え込んでしまいます。お友だちから嫌われないように、かつこれ以上迷惑をおかけしないようにするには──やはりクリスマス休暇中にどうにかするのが1番でしょうか。聞いてくださいますでしょうかね、お父様。……無理な気がとってもするのですが。なんと言っても、相手はお父様ですからね。搦め手を使うよりも直球で、それもお母様からお教えいただいた魔法の言葉を使うべきでしょうか。今まで一度も使ったことがありませんから、効果のほどは全く見当もつかないのですけれど。

 

「だ、だな。パーシーはなにかしたいことあるか?」

「そ、そうだな。ここは雪合戦──と言いたいところだが、彼女はそう運動が得意ではないようだし、スノーマンを作る、とかか?」

「確かにそうだけど、それだけじゃ面白くないんじゃない? この年になってわざわざスノーマンを作るだけってのもさ」

 

 ですがきっと、何事も為せば成る、為さねば成らぬ何事も! ですよね。そうしましたら、今夜中にお母様宛にお手紙を認めましょうか。1人でも味方がいれば安心できますし、お母様以上に適任な方はいらっしゃいませんからね。

 

「そうだけど……。じゃあどうするのよ。どう考えても雪合戦は無理だし、たぶんだけどソリ遊びも無理だと思うわよ? 私にはこの子がソリから転がり落ちるところしか想像できないもの」

「ア、アリシア……その、それは否定できないけど、ちょっとはっきり言い過ぎだよ」

「大丈夫よ、セドリック。この子、今本当になんにも聞こえてないはずだから。予想だけど『もしかして全ての呪文を無言呪文で使えるようにならなくちゃダメですか』とか考えてるはずだから」

「あ、あの一言のせいだったんだ。そんなに気負わなくてもキャシーならその内使えると思うんだけどね? キャシーってば自己評価低いよね」

 

 プニ、と頬をなにかに突かれたような気がしますが、今はお母様にどのようなお手紙を書くかで頭がいっぱいの私はそれすらも気にしません。ええ、多分アンジェリーナさんのちょっとしたイタズラでしょうし。害は全くありませんからね。

 

「それには同意するが、無言呪文は相当に難しいことだからな? そこは誤解しないように」

「パーシーは真面目だな。俺たちのキャシーが魔法のことでできないことなんて少ししかないんだから、きっとその内……そうだな、成人する頃には使いこなせてると俺は思うけど?」

「僕もそう思うが、それを口にするからこうして彼女が固まるんだろう? 友人なら彼女が考え込まないような話題を出した方がいいんじゃないか?」

「あ、それ無理っすよ。こいつなにが原因でこうなるか、はっきり言って予測不能なんで」

「そ、そうなのか。いや、確かにあの掃除の時もそんな瞬間があったが……」

 

 右、左、右右左、と頬が突かれ続けていますが、まあそれもさしたる問題ではありません。……そうですね、やはりお母様へのお手紙には、包み隠さず素直に認めるのが1番でしょう。ええ、お母様は私やドラコが隠し事や嘘をつくことがお嫌いなようですし。人間素直が1番ですしね。

 

「で? どうする」

「どうするってなにが? キャシーの意識をこっちにどうやって向かせるか?」

「アンジェリーナ……そっちじゃない。スノーマンを作るんじゃないなら、なにをするか、だよ」

「あ、そっちか。ごめんごめん、ジョージってばそんな呆れた顔しないでよ」

「呆れもするって。この雪の中でこうやって立ち話するだけってのも意味ないだろ? というか早くなにをするか決めないと、俺たちもだけどキャシーも風邪をひくかも知れないしさ」

「それは大変だね! 早く決めよう!」

「アンジェリーナはブレないよな……」

「そこがアンジェリーナだと僕は思うよ?」

 

 ええ、そうです。素直に、それでいて事細かにお友だちであるアリシアさんの行動と、その前からのスネイプ先生のご機嫌の悪さを認めましょう。きっと、とってもお父様がお二人に迷惑をおかけしていらっしゃるのでしょう。……ちょっとだけ、その理由を知りたくないと思ってしまう私は、ダメな娘──なのでしょうね。


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