ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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D氏は搦め手と仰天させるのがお好き

 彼が最も信頼すると言っていい人物から秘密裏に渡された品。梱包をしたことがない者が手がけたのだ、と一目見てわかるほど不恰好に布と紐とで包まれていた。両手に余る程度の大きさのそれは、不可思議としか言えぬ品であった。

 その渡し主である少女と対面を果たすべく、彼が最も信頼する人物──セブルスより聞いた彼女へと手紙を送り、呼び出した。無論目的はその少女が自分の、自分たちの敵にならぬかどうかを確かめるため。

 彼にはそれを考えるべき義務があった。

 それは彼、アルバス・ダンブルドアがホグワーツ魔法魔術学校の校長であるから。そして不死鳥の騎士団の旗印であるから、だけではない。ただの後悔だ。純粋に一教育者として教え子であったトム・リドルを諌められなかったこと。その後悔故に周囲を騒がせたヴォルデモートが再びこの世に舞い戻るのであれば、それをどうにかするのが自分の役目──だと思いたかったからかもしれない。

 

 そんなダンブルドアが今年入学する生徒の中で最も気にかけていた人物がいる。それがこの度呼び出すに至った少女──カサンドラだ。

 ホグワーツでグリフィンドール寮に所属することになった、誰もが知る闇陣営に最も近いだろう家の娘。あの帽子が組み分けたのならば、それはその性質がグリフィンドール寮に相応しいのだという証明に他ならないはず。

 そう頭でわかっていても、実際にこの目で見なければ、そしてその心根を知らなければわからないだろうとは思っていた。つまりセブルスからもたらされたと言えるこの邂逅は、彼にとって好機とも言えた。

 

 『校長室』に呼び出したのも、多少カサンドラが粗相をしても構わないから。そしてカサンドラがこの部屋に、自分に対し緊張すれば何某かのボロが出るのではないかと期待もして。一体彼の少女はどのような態度をとるのだろうか。久しぶりに高鳴る胸を感じつつも、それを鎮めるように茶を嗜む。約束の時間までは今少し。程なくしてノックの音が響くだろう。

 

 そうして約束の5分前、ノック音と細く高い声が扉の外から届き、カサンドラがきたことを教えた。

 そして(まみ)えたのは、ふっくらとした頬の幼い娘のような姿をしたカサンドラだ。

 ダンブルドアのよく知る、ルシウスやナルシッサによく似た髪色の、けれどその目にはルシウスらとは違う光を持った娘。この者は闇の中に生まれてなお、闇に染まっていないのだろうとダンブルドアには思えた。それがただの希望ではなく、事実であったと知ったのは、この邂逅のお陰なのだろう。

 

 マルフォイ家の長子であるカサンドラ・ナルシッサ・マルフォイはその幼さとは裏腹に聡明であること。世の全てを知るかのようでいて、悪を知らぬ純粋すぎる子供であることをこの時ダンブルドアは知った。

 事実カサンドラはダンブルドアをも知らぬ、この世の誰もが知らぬはずのこの世界の未来を知っていた。それ故にただの子供とは違う印象を受けたのだろうが、それはカサンドラの一部でしかなかったとも知った。

 カサンドラはダンブルドアが望む世界へ向かうために必要な、途轍もない情報をその内に秘めた存在だったのだ。

 ヴォルデモートを弱らせることのできる、彼の者の魂が分けられた品であるホークラックス。それの在り処を、それを壊す方法を知る少女。尤も『バジリスクの毒を覚えさせたグリフィンドールの剣』だけしか思い出せないと言った弊害はあるようだが、それもさしたる問題ではない。ダンブルドアは憂いの篩(ペンシーブ)を使ったことで、それだけでないことを知ったのだから。

 

 過去と今の自己との狭間で読み込みきれぬ記憶。カサンドラの中に埋没し始めているそれを明確な形で他者である自分が理解していること。それはどこか歪な事態なのかもしれないが、それでも望むべき未来へと向かえるならば瑣末なことだと言い切った方がいのだろう。だが多少の迷いも浮かぶ。垣間見たその全てを告げるべきか、告げざるべきか。ダンブルドアとて多少悩んだが、言わぬ方が良いだろうことはすぐにわかった。下手に知れば、カサンドラはその手段を得ようと邁進するだろうことが短い邂逅でもわかったからだ。

 だから誤魔化すため、次いで話題に上ったバジリスクのいる場所である『サラザール・スリザリンの秘密の部屋』に向かおうと言った。無論バジリスクに、秘密の部屋に、少しも興味がなかった、とは言わない。むしろ巨大なバジリスクが見たかった。というか倒せるものなら倒してみたかった。……別にどうしても、というわけではない。そう、ちょっとだけである。

 が、まあその結果ダンブルドアは老年に差し掛かってなお初めての経験をすることになった。……ギックリ腰が斯様に鋭い痛みと、また再発するのではないかという不安を抱かせる病だと知ったのだ。廊下をうつ伏せのまま漂い移動する最中、ギックリ腰に良いとマグルの雑誌にあった、体操の1つでもしようと画策するくらいに強く心に刻み込まれた出来事だったと言えよう。

 

 そんな小さな秘密も、翌日の晩にした会話には敵わない。

 カサンドラとしたその会話は彼に驚きと、新たな興味と、そして胸の高鳴りを与える情報に満ちていた。そう、これから先、魔法界が比喩でなく変わるだろう、と確信できるほどの情報が。

 彼自身魔法界の情報の収集だけでなく、マグルについてもかなり詳細に調べ、知識として蓄えている。そう、蓄えていたのだが、カサンドラの一言でそれがさして活かせていなかったのだと自覚した。

 ダンブルドアも、マグル界の囚人に対しての処遇なども知識として持っている。だがそれを魔法界に適用することなど考えつきもしなかった。どうにも頭が固くなっていたらしい。マグルはマグル。魔法族は魔法族。相容れない種族の違い故に同じに語るべきではないのだ、そう思い込んでいたのだろうか。もっと柔軟に考えることができていればすぐに思い浮かんで然るべきことだった。かなり悔しく思えたが、悔やんでいるだけでは意味がない。

 ダンブルドアはすぐに手紙に認めた。カサンドラの口にした、アズカバンに収監された犯罪者の処遇についてを。ちなみに送り先は1つではないが、一番手紙の内容が濃く書かれているものはとある人物だ。彼ならばきっと上手く使うことができるだろう。

 

 それからダンブルドアの日常は素晴らしく充実したものになった──というか、正直なところ休日などないと言っていいほどに忙しくなった。が、まあ、ある意味で充実していたので、不満はない。

 そう、金をかけずに裏工作をすることや、司法取引染みたやりとり、肉体言語を用いた説得などもある意味で心が沸き立った。20か30ほど若返ったような気すらしたほどだ。まあそれだけ若返ったところで老年であることは否定しないが。

 

 そんなダンブルドアがまず1つ目にしたのは、手紙での各所への根回しだ。これはホグワーツ内からでもできたこと。少々腱鞘炎になるか、と思うほどの量の手紙を書いたが、そこはそれだ。結果がよければそれでいいのである。

 

 そして2つ目は、送った手紙の主の中で、賛成に近い返信を得た者の過半数が出席する魔法法律評議会の会議へと単身乗り込むこと。無論公にはアポなしであるが、大多数の者は彼が会議に参戦することを知っていたので問題はないだろう。多分。

 

 さらに行った3つ目は、その会議内で内々に決定したそれを行使するための人材確保(・・・・)である。これは2つ目が成功したことでできたことではあるが、カサンドラから聞いた忘却術の使い手や忘却術士本部に所属する使い手を招集したりしたのだ。無論殆どの人物は有無を言わせずに招集である。一番時間をかけたのは、カサンドラの推薦を受けた彼。口説き落とすのに少々の根回しが必要になったが、それも必要な労力だったのだ。特に大した苦労ではないと言えるだろう。

 

 そして人員が揃ったところで移行した4つ目は、内々で行使する順を決め、各所に連絡すること。アズカバンに収監された罪人の誰を、を詳しく決めることは後回しにした。重要なのは死喰い人たちである、とわかりきっていたからだ。というわけで、サックと収監された死喰い人の順番は決まった。別にゴリ押しをしたつもりはなかったが、全てダンブルドアの主張した通りになったのは余談だろう。断じて言うが肉体言語は使っていない。

 

 ちなみにこの2つ目から4つ目までを決めるために費やした時間はほんの数時間。アポなし突撃からダンブルドアの独壇場だったので、会議に参加していた彼らはみな缶詰になったのである。ある意味逃さなかったとも言えるのだが。もちろんそれにも理由がある。その場で決定した内容が広く周知される前に、いかに早く行使できるか。それが何よりも重要なことだったのだ。そうでなければ意義は半減してしまうだろう。

 

 そして5つ目は、決めたそれを一斉に行使すること。この5つ目が、一番時間がかかったところでもある。

 なにせこれまで魔法法律評議会が行なっていた、最高刑である『吸魂鬼のキス』や終身刑とは違い、刑を科したその後のことも考えなければならなかったのだから時間がかかるのも道理である。

 

 これまで最高刑を科した後は、魂の壊れた肉体がただ死ぬのを待てばよく、終身刑もアズカバン内の牢で過ごす罪人に居心地のよい空間など作る必要もなかった。

 だが今回の刑は違う。

 カサンドラが言ったそれは、悪事を犯したその記憶のみを抜きさり、心を子供に戻すというもの。もちろん一度杖を取り上げてから、であるが。カサンドラから聞いたその時から、ダンブルドアはこの案には素晴らしい利点があることに気づいていた。

 

 元々が闇の陣営でや、様々なことで悪事を働いていた者たちなのだが、その者たちの大半は素晴らしい魔法の使い手でもあった。その者たちが真っさらな状態になるのである。それは上手く教育を施し、こちらの手の者にできるということ。しかも優秀な魔法使い、魔女になれる素地がある。これを使わない手があるわけがない。

 そう、反ヴォルデモート派側である自らや、善き魔法使い、魔女が人道に基づいて正しく教育さえ行えれば、離叛を心配する必要もなくなる。尤も極論で言えば、離叛の意を示したところで元は罪人であるのだから戸惑いなく始末することができるだろう。それは会議でダンブルドアの言葉への賛同としてもあった。

 どう言い繕っても、罪人の記憶を抜くことは利点しか見当たらないのだ。

 

 もちろん死喰い人であった者らの腕には、その証たる闇の印がある。それを見られれば偏見の目に晒されることは請け合いである。だが、元々が死喰い人や、重犯罪者としてアズカバンに収監されていた事実があるのだ。これは消そうとして消せる事実ではないので、その程度は瑣末なことと折り合いをつけるべきだろう。

 それに彼らには欠片も記憶がないのだ。ヴォルデモートについて語れと言ったところで、教育した結果である『魔法界の怨敵』であるというくらいの知識しかないことになる。探ろうとしたところで肩透かしもよいところだ。更に言えば、この印も悪い面だけではない。

 もしもヴォルデモートが復活した場合、この闇の印はきっと何某かの変化を起こすだろう。でなければこのように目立つ形で印を、死喰い人らがその身に残すはずなどないのだろうから。

 

 本当に、彼らの記憶を抜き、こちら側につけるというのは利点しか見当たらない。

 まあ、ほぼ魔法についての知識すら消して、再教育を施すのは大分骨の折れる作業ではあるが、そこはそれだ。大抵の者の過去は知れている。過去に犯した罪と照らし合わせ、それに向かわぬように修正しつつ魔法という概念を、それを己が行使できるのだということを、そしてそれを善い行いで使うのだということを同時に教えられるのならば無駄にはならないはずだ。そうして教育したことが陽の目を見るのは随分と先かも知れないが。

 そうしてダンブルドアが起こしたそれらは、概ね大きな問題もなく終えられた。もう少し暴れてもよかったか、とひと段落ついて思いもしたが、まあ問題がなかったのでそんな欲求は瑣末なことだったのだろう。多分。

 

 それからダンブルドアが最後の仕上げにしたのは、全て終わったそれらを、さもこれから行うことだとばかりに日刊預言者新聞にリークすること、であった。

 ちなみにこれは未だ正確な日取りは一切未定であるとして、闇の陣営の中、特に未だヴォルデモートの影響の強い人物の炙り出しを行うことを目的としている。最後の最後であるそれは、まだ結果が出ていない。が多分きっと、何某かの手段を以ってして、アズカバンに襲撃の1つでも起こす輩が現れるだろうことは難くない。それらはダンブルドアにとって非常に楽しみなところだ。誰が引っかかるのか、密かに誰かと賭けでもしてみようか、とちょっとだけ考えてもみた。が、誰も乗ってはくれそうにないので自粛した。そのくらいの分別はもちろんあるのだ。

 

 そんな風に本当に素晴らしく充実した2週間。ちょっとばかり忙しかった所為か、自慢の髭の艶は多少落ちてしまったが、それは瑣末なこと。なにせ得たものの方が多いのだから。

 

 刑の執行の片手間に、ダンブルドアはもう1つ行動した。

 それはまず一番初めに刑に処し、多少の教育(・・)を終えた彼女と共にグリンゴッツに向かうこと、である。そう、目的はホークラックスだ。ちなみに会議が終わって、刑が執行されるまでの間にサクッとリトル・ハングルトンに向かってもいる。もちろんそれもホークラックスの1つであるマールヴォーロ・ゴーントの指輪を手に入れるためである。

 

 ダンブルドアはカサンドラのように2つのホークラックスを手に入れたのだが、はっきり言って期待外れだった。

 

 1つは金庫の持ち主と共に向かった、金庫の中。多少双子呪文の対処が面倒だっただけ。もう1つなど、無人のあばら家から指輪をくすねるだけだったのだ。山も谷も、なんの事件すら起きぬままにあっさりさっくり手に入ってしまって本当に拍子抜けもいいところだった。

 が、まあきっとこれを手に入れたことを告げればカサンドラが良い反応をしてくれるだろう。それだけを楽しみに彼は久方振りにホグワーツに戻り、その日の内に彼女を呼び出した。

 

 再び見えた校長室での会話。その日までにしたことなどを話した。が、どうしてかカサンドラとの会話は色々なところに話が飛びやすい。どうやらその1つで思い当たった考えに、カサンドラの頭はいっぱいになってしまったようで、ちょっとばかり唐突に話を切られてしまった。その所為で、ダンブルドアは自慢しようとしていたもう1つのことが言えなかった。

 

 カサンドラも魔法族の子供なのだ。きっと『吟遊詩人ビードルの物語』を読んでいるはずなのだ。アレにあった『死の秘宝』を全部揃えたのじゃぞ! 儂、『死を克服』したのじゃぞ! と自慢できなかったことが、大変悔やまれる。そのためにマールヴォーロ・ゴーントの指輪を手にした、カサンドラの記憶にあった自分の話をしたのだが。

 どうやらカサンドラはダンブルドアの目算よりも大分優しく、そして自分に懐いていたらしいことを知った、未だ煩悩からの解脱は程遠そうなアルバス・ダンブルドア108歳であった。


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