ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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優雅なる紳士、L氏の長子溺愛記録

 ウィルトシャー州にある、カントリーハウス。その歴史と伝統を感じさせる豪奢な屋敷の中は、華美な外観とは裏腹に静謐に満ちている。但しそこに住まう者を除いた屋敷の中だけ、だが。

 

 麗らかな午後。中庭を見渡せる南向きの大きな窓のある居間(パーラー)で、彼はゆったりとソファに腰掛け最愛の妻の淹れた紅茶を嗜んでいる。その仄かに甘さを感じさせる馥郁たる香り、そして深みのある味わいの紅茶は、紳士の優雅な午後のひとときに相応しい飲み物と言えるだろう。

 ちなみに銘柄は、以前届いた暗唱できるほど読み込んだ手紙にあった『ダージリン オータムナル・フラッシュ』である。更に言うならばホグワーツの厨房になぞ負けてなるものか、と反骨精神満載で金と権力を多大に使い取り寄せた品でもある。

 全くもって大人気ない彼は、手紙の主である最愛の娘『カサンドラ』を重苦しいほどに愛しているくせに、それを表に出すのを恥ずかしがる男──であるルシウス・マルフォイだ。

 ちなみに彼がこの紅茶を取り寄せたのは、もちろんそれを飲んだ愛しい娘の言葉故。カサンドラから届いた手紙にあったのだ。『とても香り高く、そして美味しかったので、お父様とお母様とドラコにも飲ませてあげたいです』と。娘と飲むよりも先に、娘の味わったそれと同じものを感じたかったから、であるのは言うまでもないことだろう。異論は認めない。

 

 そんなどう考えても病的なほど娘を愛しているルシウスは「間違いなく純血の血筋」とされる「聖28一族」の一つであるマルフォイ家の現当主である。

 魔法界でも有数の名家である『マルフォイ家』は、時代によっては富を持つマグルとも手を組んでいたこともある、ある意味で時勢を読むことに長けた一族だと言えよう。以来10世紀にも渡って名家として財産や権力をほしいままにしているのだ、それは間違いではないだろう。

 それ故に今の彼の『ホグワーツ魔法魔術学校理事』という地位があり、そして元死喰い人という過去があるのだろう。もちろんルシウスはその地位に伴う実力もしっかりとある男だ。ホグワーツの理事然り、死喰い人としての闇の魔術についても然り。

 だが、ルシウスをよく知る彼の後輩S氏からすれば、彼の優れた部分はほぼ全て『娘と息子への重苦しい愛で相殺──どころかマイナスになっている』と言い切れるらしい。が、彼はそれを知らない。気づいてもいない。

 自らを優れた魔法使いとして誇る彼は、その昔最も優れていると傾倒していた(・・・・)名前を言ってはいけないのあの人のことを近年──正確に言うと第二子であるドラコが生まれて少ししてからは──頭の隅にすら置いていない。多分もう自らが闇の陣営であったことすら常に考えているということがなくなった。まあ、親しい者は大抵闇の陣営であるので、闇の魔術のことなどを話題とすることが皆無なわけではないのだが、ルシウスは彼の人を『我が君』とはとんと言っていないだろう。なにせ日々子供達を愛でるので忙しかったので。愛情溢るる父として、ルシウスは子供の成長の一挙手一投足を見逃せなかったのだ。

 

 彼曰くそれは全て、第一子であるカサンドラの素晴らしき愛らしさ故となるのだろう。

 その容姿は彼にも、その妻にもよく似た高貴なる血筋であるとよくわかる秀麗な容貌をしている。性格も名家の令嬢であるならば許容できる範囲でおっとりとし、柔らかな雰囲気を持っている。もっともカサンドラはマルフォイ家の娘なので、そんな名家の令嬢らしさとやらが必要かと言えばわからないが。

 とにかくカサンドラはマルフォイ家とブラック家の両家の血を引く生粋の令嬢だろう。

 共に純血の家系で、その合いの子となるカサンドラも特別なる家系に生まれた純血の娘、であるが、彼女は物心ついた頃からマルフォイ家らしいとも、ブラック家らしいとも言えないところが多々見受けられた。

 

 闇の魔術を教えた時も、その呪文をすぐに覚えはしたが試す素振りすら見せなかった。ルシウスですら、習ったその時に父の前で杖を振るった記憶があるにも関わらず、カサンドラは怖がるかのようにして試さなかった。思い出す泣きそうなその顔はそれはもう筆舌にしがたいほどに愛らしかった、と力説できるルシウスだ。

 そしてそれを疑問に思いルシウスが問うて知ったのは、カサンドラが呪文を行使したその結果を理解しているからだということ。

 たった3つの子供が唱えたところで正しく行使できるかもわからない呪文の結果に戸惑ったのだ。

 それを知り、なんと聡明な子かと感銘を受けた──というわけではなく、初めはなんと意気地のない子供かと思った。だがカサンドラはどれだけ怯えようが教えた呪文をそれとして唱えられなかろうが、ルシウスが教えたそれらを1つとして忘れることがなかった。何度となく泣きそうになりながらも、マルフォイ家の娘として必要だと理解していたからだろうか。全てを学び、身につけようと必死に教えに食らいついてきた。まあ、どんな時も半分ほどは泣き顔だったが。それも可愛かったと思い出すたびルシウスの顔はやにさがる。断じて言うが父の愛である。

 

 同時に、その心の弱ささえ変えることができるのならば、カサンドラは素晴らしく『マルフォイ家に相応しい娘』へと成長するのではないかと期待した。そしてその思いのままに、それは厳しく全てにおいての教育を施した。

 

 ルシウスからは闇の魔術だけでなく、ルシウスが知る全ての魔術を。

 ナルシッサからは名家に相応しい躾として、ダンスから食事のマナー、淑女教育と呼ばれるだろうもの全般を。

 鞭だけではなく、飴を与えるのはその頃からナルシッサの領分になってしまったのは誤算だが、カサンドラはその年齢に見合わぬ教育にすら遅れることなくついてきた。時折可愛らしい顔を晒して、年相応に泣くこともあった。が、それもいつしかなくなった。

 そんな教育を続けて8年。ホグワーツ入学を控える頃のカサンドラは、ルシウスが誰に見せても恥ずかしくない『マルフォイ家の娘』だと言い切れる娘へと成長した。

 もっとも相変わらず闇の魔術に対しても、闇の陣営に対しても戸惑い、相容れないようだが、その心を隠すことは上手くなった。家族以外にはカサンドラがそれらを苦手としていることに気づいている者は、マルフォイ家に集まる闇の陣営の中にはいないだろう。それほどカサンドラの淑女教育は功を奏したようだ。

 

 だが弊害も1つ。

 どうやら屋敷しもべ妖精との距離が、ルシウスの知らないうちに近くなっていたようでカサンドラは屋敷の厨房にたびたび忍び込んでは菓子や食事を作っていたようだ。カサンドラから直接その品を受け取ることはなかったが、ドビー経由でチョロまかせた菓子のいくつかはルシウスも口にしたことがある。

 初めて作った、僅か5歳の娘が作ったとは思えぬほどに美味なるクッキー。ルシウスはそれを食べ、紅茶を嗜み感涙した。我が娘ながら素晴らしいと。そしてどれほど料理が上手かろうが、絶対に嫁には出さない、とその時誓ったことは今もなお忘れてはいない。

 ちなみにカサンドラが作る食事というのも、弟であるドラコのものであるというのだから、どれだけカサンドラが愛情深い娘であるのか知れるというもの。この辺りから、ルシウスは『我が君』を忘れ始めたと言っていいだろう。もちろん覚えてはいるのだ。いるのだが、家族を壊してまで『我が君』に付き従いたいとは全く思えなくなっていた。

 その頃から少しばかり闇の陣営にある家とも疎遠になり始めた。相変わらず死喰い人としての地位は中枢──というか多分表立つ意味でのトップに近い──のだが、彼らを自宅に呼ぶ回数は極端に減った。断る理由には事欠かない。なにせ『我が君』の復活の兆しはとんとないのだから。ちなみに1番の大きな理由は幼女ではなく少女になったカサンドラと、年回りの合う男児を自宅に招きたくなかったから──であるのは余談だろう。

 

 そんなルシウスの、というか純血主義で闇陣営に属するマルフォイ家が変わったのは、日々彼が見続けたカサンドラが理由であることは間違いない。なにせ日々見続けたカサンドラは、本当に、本当に、第一子であることを除いても可愛かったのだ。

 

 舌ったらずな声でお父様と、お母様と呼ぶ姿。大好きだと身体中から伝わるほどに嬉しげに笑うそれは可愛いカサンドラ。

 どんなに難しくとも必死に覚えようと杖を振るい、呪文を唱え、そして厳しい指導に耐える真剣な顔をしたカサンドラ。

 ドラコの食事や、散歩、絵本の読み聞かせや、外遊び。どれに対しても勉強以上に熱心に取り組む姿は少しばかりドラコに対して嫉妬してしまうくらいに愛情溢るる姿を見せるカサンドラ。

 教師として宛がった子供受けの悪そうな後輩にも懐き、それはもう素晴らしい調薬の腕を得たのが8つの時だというカサンドラ。

 

 その行動の全てが年相応らしからぬものであったが、マルフォイ家の娘、として鑑みれば瑕疵などないと言い切れるのだが、これまた懸念が一つ。

 

 カサンドラは幼い時分から考え事をしながら歩いては、『転ぶ』『ぶつかる』などその大事な体に傷を作ることが多々あった。大事な大事な娘の柔肌に傷跡を残してなるものか、と素晴らしい効き目の軟膏を後輩に開発させ、彼からとしてカサンドラに持たせたのは英断だったろう。ちなみに傷薬の権利は買い取り、マルフォイ家の秘蔵薬として随分な高値で売りに出していたりもする。売り上げは全てカサンドラの金庫に入れているが。

 

 最愛の娘を思い浮かべながらカップ一杯の紅茶を飲み干し、ルシウスはソファの背にもたれる。その身を柔らかに包み込む慣れたその感触。一人がけのこのソファに座るカサンドラは随分と小さく見えるのだったな。そんなことも思い出し、彼の顔はまた崩れる。屋敷にいれば、触れたもの全てからカサンドラを思い出し、そしてその表情を崩すのがカサンドラがホグワーツに入学してからの日課だったりするが、それをカサンドラが知らないというのは良いことなのか、悪いことなのか。

 

 そう、カサンドラが生まれてからホグワーツに入学するまでの11年間、そのすぐ側でつぶさに見つめてきたカサンドラのその全てにルシウスは、彼の妻であるナルシッサは、そして誰よりも愛情いっぱいに育てられたと言えるドラコは誰よりも何よりもカサンドラを愛した──というよりもメロメロになったと言えるだろうか。

 『我が君』にマルフォイ家の弱点はなにかと探られたならば、そうすぐにはわからないだろうが、この屋敷に訪れたことがある闇の陣営方の誰かなら、この家の弱点はカサンドラ以外に浮かばないだろう。そのくらいに彼らはカサンドラを愛しているのだから否定はしない。が、多分それに気づいているのは彼の後輩だけ、であるはずなのでさして心配はしていない。彼が自分を、そしてカサンドラの尊敬を裏切るはずはなかろう──と信じているからである。

 

 ちなみに家族の中でより深くその愛に溺れているが誰かと言えば、ルシウスだと断言できる。ナルシッサも、ドラコもそれぞれにカサンドラを愛し、慈しみ、慕っているがそのどれもが自分には敵うはずがないとルシウスは本気で思っている。なにせどれだけ努力し、マルフォイ家の令嬢たらしくなろうとしていたかを見てきたのだ。それはある意味で間違いではない。そんな時のカサンドラは全くもって子供らしからぬ姿であったはずなのだが、それは彼の中では気づくこともない事実である。前提にマルフォイ家らしい令嬢である、ということがある弊害だからなのだろう。

 もっとも多少マルフォイらしからぬところがあろうとも、その愛が揺らがないとカサンドラがホグワーツに入学したことで知ったが。

 

 カサンドラがホグワーツでグリフィンドール寮に属することになった。そうカサンドラからの手紙でも、後輩から月一でくるカードからも知ったが、ルシウスは別段気にならなかった。ましてたびたび送られてくるカサンドラからの手紙には日々学校生活を楽しんでいる様が伝わる。そして後輩からのカードにある、その月に提出したレポートの成績からも、不安は抱かない。どう見積もっても学年首位になるだろう成績を取っているのだ。この際寮がどこであるかは些細な問題である──と、スリザリン一押しだったはずのルシウスは思う。大分カサンドラの性格に、そしてカサンドラに向けるその愛情に血迷っているといって過言ないのだろう。がまあ、カサンドラからすれば歓迎すべき事柄なので、問題はないだろう。

 

 そっと目を向けたローテーブルの上には、学内の至る所で撮られただろうカサンドラの写真が日付け順に貼られたアルバムが鎮座している。ちなみに2週間で1冊。送られ始めて一月を超えただけなので、まだアルバムは2冊しかない。別に冊数に多大なる不満があるわけではないが、これまで欠かさず揃えてきた中で、11歳から12歳になるまでの9月一月分の愛娘写真集が欠番になってしまったことは遺憾だ。やはり初めから教職の誰かか、生徒の誰かを買収しておくべきだったか──と考え、悪どい顔をする。が、考えている内容な残念が過ぎるので、多分そこまでの問題は生まれないだろう。多分カサンドラに「お父様なんて嫌いです!」と言われるくらいだろう。それが1番彼が堪えることなのは否定しないが。

 

 

 随分と怪しい笑いを漏らしながら、食い入るようにアルバムを見つめるルシウスは、実の娘であり、マルフォイという家に相応しいとは言えないだろう性質の娘を殊の外愛している。彼女のためならば多分復活した『我が君』にすら反旗を翻せるかもしれないくらいに。実際はどうなのかわからないが、今の平和な世の中でなら彼はこう言い切れるだろう。「うちの娘と息子のためだったならば、私はこの命すら投げ打てる!」と。

 ちなみに彼が決めていることはもう1つある。

 いつかカサンドラと付き合いたい、嫁にしたいと言いだすような輩が出てきたら、ルシウス・マルフォイの実力の全てを以ってして、決闘にてけちょんけちょんに打ち倒してやる! というものであるのは、本当に余談だろう。


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