ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その5

 つるりとしたシルクのリボンをネロの首元に巻きつけて、苦しくないように結びます。もちろん形は可愛らしい蝶々結びで、羽の部分は特に念入りに整えています。

 ピンと立った三角のお耳に、すらりと伸びたまっすぐな尻尾。細くて長いおひげ。ちょっといたずらっ子そうな、でも賢そうな青い目を見て私はにっこり笑います。どこから見てもとっても可愛いネロの完成です。もちろんリボンをしていなくても可愛いのですが、瞳の色と同じリボンをつけるともっともっと可愛くなるのです。ウチのネロは三国一の美猫なのですよ。

 

「はい、できました。可愛いですよ、ネロ」

「ニャ!」

 

 ピンと尻尾を立ててネロが答えます。ネロも短い間ですがリボンをつけるのが当たり前になってくれているみたいですね。嬉しい限りです。

 

「……その猫、賢いな」

「はい! ネロはとっても賢いよい子なのですよ」

「謝るくらいだしな……悪かったな、リボン取っちまって」

「ニャーッニャニャニャニャ」

「『いーってことよ』か? マジで賢いな」

 

 ネロに噛み付かれていた男の子、リーくんがネロの頭を撫でながら謝ります。なんだかとってもよい子ですね、リーくん。そしてネロも本当に猫なのでしょうかと疑問に思うくらいです。でもいいのです。可愛いは正義ですから!

 私がニコニコしていたからですかね、リーくんが頬を掻きながら言いました。

 

「あー…落ち着いたみたいだから、自己紹介でもするか?」

 

 確かにそうですね。このコンパートメントに入る前も、入ってからも私は名前を伝えていませんし、お聞きしていません。礼儀にかけてしまいますね。とは言え、リーくんが『リー・ジョーダン』だとも、双子の2人がウィーズリーの方だとは気づいていましたけれど。

 ですが自己紹介ができるのは願ったり叶ったりです。

 

「私ったら名前も言わず申し訳ありません」

「それは俺たちも一緒。俺はリー・ジョーダンで、あっちの双子が──」

「俺がフレッド・ウィーズリーで」

「俺がジョージ・ウィーズリー」

「「よろしく!」」

 

 私の隣に座るリーくんが自分を指差して告げて、にこりと笑って向かいの2人を指差します。2人も2人でそれは楽しげに笑って、全く同じ動作で名前を教えてくださいます。

 リーくんは癖のある髪をした黒人の男の子。普通のシャツにジーンズを合わせたごくシンプルな格好をしています。ちなみにその肩に今はタランチュラが乗っています。そっとそれから視線を逸らして、双子を見ます。2人は真白い肌に艶々の赤毛にそばかすで、違いと言ったらセーターにあるイニシャルだけ、ですね。とってもそっくりです。「よろしく」と決めポーズを取るところは、年相応の子どものようで、可愛らしいですね。

 そんな3人ににっこりと笑って、私も居住まいを正します。

 

「申し遅れましたが、私はカサンドラ・マルフォイと申します。この子は私のペットのネロです。どうぞよろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げて、それからまた笑いかけます。はい。とりあえず家名から忌避される可能性が高いので、少しでも好感度を上げておきたいという姑息な考えからです。根底の印象が悪かったとしても、実際に接してみたら印象が良くなることもありますからね。

 

「カサンドラね。俺たちのことは『リー』に『ジョージ』にフレッドでいいよ。俺たちもカサンドラって呼ばせてもらうし」

「良いのですか? その、私はマルフォイ家の者ですけれど……」

「「それがなにか?」」

「カサンドラがマルフォイ家だからって俺らはもう友だちだろ? なんつっても死線を乗り越えたんだからな!」

 

 フレッドくんとジョージくんが首を傾げて、リーくんが溌剌と言います。そうですか、ネロの襲撃は死線に値するのですね……。うう、申し訳ありません。ですが3人が言ってくださることがとっても嬉しいので、ついつい顔が笑ってしまいます。

 

「でしたら……お友だちと言ってくださるのでしたら、私のことはキャシーとお呼びください。その方が嬉しいです」

 

 言いながら笑ってしまうのはしかたないですよね。

 

「お、おう! よろしくな! キャシー」

「「よろしくキャシー!」」

「はい、よろしくお願いします」

 

 ちょっとだけほのぼのしていた私たち。そんな空気を断ち切るようにしてコンパートメントのドアが開きます。

 

「皆さん、車内販売ですよ。なにかいりますか?」

 

 魔女らしい服装のおばさまが、ひょっこり顔を出します。そして彼女の前にある小さくはないカートいっぱいに、カボチャジュースやパンプキンパイ、蛙チョコレートに百味ビーンズ。溢れんばかりのお菓子があります。はい。どうして食事系がないのでしょうかね、なんて考えて今の時間を思います。

 そう言えばもうお昼は越えているようです。気を抜くとお腹が鳴ってしまいそう、です。

 

「フレッドにジョージはなにか買うか?」

「「俺たちはいいよ」」

「母さんが作ったサンドイッチがあるからね」

「そうそう。ママの愛情たっぷりコンビーフサンドがね」

 

 リーくんがカートを覗き込みながら問いかけますが、フレッドくんとジョージくんからちょっと苦笑い気味に返るのはそんな言葉です。なんだか『コンビーフ』が苦手のようで、フレッドくんは肩を竦めていますね。

 それでも手作りのお食事を用意してくださるなんて羨ましいのです──なんて思ってしまう私にも、リーくんが問いかけます。

 

「キャシーはどうする? なんか買うか?」

「私は昼食もオヤツも持ってまいりましたから大丈夫です──けれど、ちょっとだけチョコレートが気になります」

 

 そのお誘いに私は席を立ちます。

 クッキーにスコーン、ミニカップケーキは作りましたし、キャンディーなんかも用意しています。もちろんチョコレートもあるのですが、それと蛙チョコレートは別物です。見た目はアレですが、味はとっても美味しいのです。

 ちょっとだけソワソワしながら、私もカートを見ます。お小遣いはちょっとおかしいくらいお父様からいただいていますので、買う分には全く困りませんしね。

 とりあえず蛙チョコレートを5つほど買うことにしました。

 ホクホクと笑顔で席まで戻り、フレッドくんとジョージくんに1つずつ渡します。美味しいはみんなで分け合うともっと美味しくなるのですよ。

 

「はい、お裾分けです。チョコレートお嫌いじゃなければもらってくださいな」

「いいのか? キャシー」

「サンキュー、キャシー!」

 

 ほんのり眉を寄せるジョージくんとさっと受け取るフレッドくん。双子でも違うのですね。と言っても今違いがわかるのはセーターのイニシャルのお陰、ですけれど。

 

「どうぞもらってください。リーくんもよかったらどうぞ」

「あー…俺も蛙チョコレートは買ったから、どうせならカードの方をくれないか? チョコレートはお前が食っとけよ」

「まあ、リーくんはカードをお集めなのですか? でしたら私が持っているものがいつくかありますので後ほど差し上げますね」

持っている(・・・・・)? 集めてるじゃなくてか?」

「ええ。弟が収集しておりまして、ダブったと言っては私にくれていたのです。ですから、その……実は大抵のカードを3枚ずつ持っているのです」

 

 男の子ってどうしてああしてカードですとかを集めるのが好きなのですかね。私はあんまり興味がないのですが、ドラコが無くしてしまった時に渡せるように、と取っておいたらいつの間にかそうなっていたのですよね。まあ、この場合、取っておいてよかったと言えますよね。お友だちが喜んでくれるわけですから。

 

「フレッドくんも、ジョージくんも欲しいカードがありましたらおっしゃってくださいね」

「マルフォイ家って……金持ちなんだな」

「そう、ですね。でもそれはお父様やお母様の財産ですし、私が大金を持っているわけではないですよ? 毎月お小遣い制ですし」

「マルフォイ家、小遣い制なのか……」

「ええ、お金の使い方ですとかを学ぶために私からお願いしたのです」

 

 そうしないとお父様もお母様も際限なくお金を出そうとしますからね。私なりの予防策だったのです。と言っても申し出たお小遣い額よりも二桁ばかり多かったのは誤算ですが。

 とにかくですね、『カサンドラ』が5つの頃から貯めて、いつの間にか私専用の金庫ができる程度には貯まってしまいました。金銭感覚おかしくなりそうですよね。

 

「昼はここで食べるんだろ、キャシー」

「え、ええと……そうですね。もうお昼も過ぎていますし……その方がいいのではないでしょうかね」

 

 セドリックくんもアリシアさんもきっともうお昼を食べてしまっているでしょうし。戻って1人で食べるくらいでしたらこちらでフレッドくんたちと食べた方がよい、ですよね。

 私は手の中に残っている蛙チョコレートをポーチにしまい、そこからずるりと重箱サイズのランチボックスを取り出します。ついでにミルクティーを入れた水筒に、お手拭き代わりの濡れ布巾とデザートのフルーツも出します。

 

「は? それどこから出したんだ?」

「キャシーのポーチから、だよ。それよりも俺はランチボックスのデカさの方が気になるんだけど。1人で食えるのか?」

「えと、1人分というにはたくさん作ってしまったのでよければ皆さんも召し上がってくださいな。残してしまうのはもったいないですし……食べていただけると嬉しいです」

 

 サクサクお弁当を広げます。ランチボックスの中はだいたい二等分されていて、3分の2はクラブハウスサンドと普通のサンドウィッチ。具はローストチキンと卵にハムに、王道のキューカンバー。まあ、キュウリのサンドウィッチですけれど。

 それから残りの部分にはフライドチキンとミモザサラダにほうれん草のテリーヌです。ちなみにテリーヌはドビー作です。

 3人に見えるようにして差し出してみます。が、三人三様に困った顔をしていますね。……美味しくなさそう、でしょうか。一応料理は不得意ではないのですが。ちょっと不安になってしまいます。

 

「その、これをキャシーが作ったのか?」

「え? ええ、このテリーヌはウチのドビーが作ったものですけれど他は私が」

「は? え? だってキャシー、マルフォイ家のご令嬢だろ?」

 

 ジョージくんが目をパチパチさせながら首を傾げます。

 確かに普通のご令嬢ならお料理をここまでしないかもしれませんが私は違います。なにせドラコの離乳食も、おやつも私が作っていますし。というかイギリス料理、不味くはないのですが素材の味が生きすぎていて少し辛いのですよ。いくら後からお好きな味つけで──なんてなっていても、私は先にしっかり下味くらいはつけておきたい派なのです。

 お父様やお母様に振る舞ったことはありませんが、ドラコはとっても喜んでくれるのですが……ドラコはシスコンでしたね。なんだかいっそう不安になってしまいます。

 

「料理上手のご令嬢……ますますマルフォイ家らしくなくね?」

「言えてる!」

「でもキャシーらしいと言えばらしいんじゃないか?」

「それもそうだな。というか美味そうだし、問題はないか」

「ないない! てか料理に罪はない!」

「え? えと、召し上がっていただける、ということですか?」

 

 私の問いにニッと笑って、フレッドくんがローストチキンのサンドウィッチを1つ取ります。その後すぐに2つの手が出てきて、各々サンドウィッチを取ってくれます。嬉しくて、思わず顔が緩んでしまうのは仕方ない、ですよね?


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