ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
廊下を歩き、大広間へと差しかかったその時に声が届きました。それは私の聞き慣れた優しい声。強張ったまま前を見ることも忘れていた私を気づかせるためにでしょうか。かけられたその声の主を見つめ、私は肩に入っていた力が少し抜けるのを感じました。
いつものように少しだけ壁に背中を預けて佇んでいるのは、見慣れた赤毛の男の子。フレッドくんでした。
「キャシー、遅かったな」
「フレッド、くん……」
「すっげえ疲れた顔してる。大丈夫か?」
私を心配してくださるフレッドくんのお顔を見てさき程よりもずっと目が熱くなりましたが、私はあの場で決めたのです。もう泣かないのだと。
そうです。私は子供でしかないですが、ただの子供だというように泣いていてはいけないのです。そんな暇はないのですよ。だって時間がまだあるとはいえ、それは有限なのですから。ダンブルドア校長の命の期限は残り10年もないのです。泣いて時間を無駄にすることなんてできません。
だから私は意識して気の抜けた笑顔を作ります。
「ちょっとだけ難しいお話をしてしまったのです。だからちょっとだけ疲れてしまいましたが、美味しいお菓子をいただきましたし、私は元気ですよ!」
フレッドくんたちには、ダンブルドア校長に招かれたとお伝えしてありました。ここで嘘をつくよりも正直に伝えた方がよいと思ったからなのですが──皆さんその理由については問い質すことはなさいませんでした。私が信頼を得ているのだと自惚れてしまうのはダメでしょうけれど、とても嬉しかったです。
そして今、私を迎えにきてくださっているフレッドくんにも感謝の念が湧いて止まりません。彼のお陰なのでしょうね。私の混乱していた心が大分凪いできていますから。
「そう、か? まあ、キャシーがそう言うなら……」
「はい。それにしても今日もお迎えにきてくださるとは思いませんでした。その、お昼に私フレッドくんを怒らせてしまったと思っていましたので」
そうです。私は彼を困らせてしまったはずなのです。それなのに普段通りに私を迎えにきてくださっていること。それは本当のお友だちであるという証明のようで私はとても嬉しいです。
それを確かめるように問うてしまうズルい私ですが、フレッドくんはどう答えてくださるのでしょうか。
期待するようにそのお顔を見上げれば、フレッドくんはとても驚いたような、それでいてお昼に見たような困ったお顔をされています。……ええと、やっぱり私はフレッドくんを困らせてしまう問題児なのでしょうか。
「……キャシー、まだそう思ってたのか?」
私の手を引き、歩き出そうとしていたフレッドくんは私の顔を覗き込んでそう問いました。いえ、そんな近くで見られると流石に困ります。多分ですが私の目は未だに潤んでいるはずですからね。
さっとフレッドくんから視線を逸らしながら、その答えを口にします。私的答えなので、フレッドくんの望むものではないと思いますが。
「その、アリーやアンジーはすぐに元に戻ると言っていましたよ? それを信じていないわけではないのです。ですが大事なお友だちをもし私が困らせてしまったのでしたら、自分の悪いところは直さないとと思ったのです」
「キャシーの悪いところ? ていうかアレはキャシーが悪いわけじゃないよ。俺が勝手に考えたことで頭がいっぱいになっただけだし……うん、とにかくキャシーは悪くないんだから気にしなくてもいいんだ」
歩き出しながらフレッドくんはそうおっしゃってくださいますが、自分の悪いところは自覚しないと大変なことになるのですよ? ですから私はそれを自覚したいと思っているのです。これはいくらフレッドくんでも譲れないですよ。
「いえ、でもですね。やっぱり大事なお友だちが考えていらっしゃるところが少しもわからないというのも問題だと思うのです。確かに私とフレッドくんは男女で性別が違いますが、わかり合いたいと思ってしまうのです……って、これが私の悪いところですね」
「ど、どこが悪いところだって!」
「いえ、だってこれはやっぱり我儘ですから」
そう言って私は苦笑いします。そうですよね、これが私のいけないところです。その結果私はダンブルドア校長に願ってしまったのですから、自重しなくてはいけません。もっと、なんでもできる大人にならなくてはダメ、です。
私は自分の心を戒めるように、フレッドくんの暖かく私よりも大きな手のひらを握る手に力を込めて言います。
「私とフレッドくんは別の人間ですし、全てを理解し合うのは難しいと頭ではわかっているのですよ? ですがやっぱり少しでも、その……フレッドくんの考えていらっしゃることを知りたいと思ってしまうのです。それがとっても我儘な望みだとわかっているのですけれどね。ごめんなさい、フレッドくん」
「そんなことない! 絶対そんなことないから! 俺はキャシーがそう言ってくれるの、すげえ嬉しい! 俺だって少しでも、今よりもっとキャシーのことを知りたいと思ってるし!」
「本当ですか? それは……とってもとっても嬉しいです! それじゃあ私たち、親友になれますか?」
そのお言葉が嬉しくて、私が思わず問えば、フレッドくんはピシリと固まりました。
「……え?」
「え? フレッドくんどうかなさいましたか?」
「いや、別になんでもない。そう、なんでもない。ただちょっと夢を見てただけ、だからさ。はは……」
なんだかとっても肩を落として、でも歩き続けるフレッドくん。再度問いかけても明確なお答えはくださいませんでした。とにかく今は寮まで帰ろう、とおっしゃって。ですので私も歩き出しました。
私の小さい歩幅に合わせ、歩いてくださるフレッドくん。アリシアさんやアンジェリーナさん、ジョージくんやリーくんもそうですが、1番歩き慣れた彼の隣は私の心をとても穏やかにしてくださいます。やっぱり私は、分不相応ですがこんな平和が誰の元にもずっと訪れることを望んでしまうのです。
そのためにはできることをしなくてはいけません。明日、そう明日の朝、お願いするところから、です。敵はきっととっても手強い方ですが、やってやれないことはないはずです。だって私とスネイプ先生の間柄、ですから! ──いえ、一方的に私がご迷惑をおかけしていると自覚はしていますが、スネイプ先生以外に頼れる方はいらっしゃいませんからね。
明日から、私は魔法薬学の権威に迫る勢いで研究をしよう! とフレッドくんの手を握り締めながらそう誓うのでした。
そうして開けた翌日の朝、私は気づきました。
ええ、そうです。私、バーティミアス・クラウチ・Jrさんの行方ですとか、ピーター・ペティグリューさんであるスキャバーズのことですとか、他にも色々とお聞きしなければいけなかったことをすっかり、そうまるっとお伺いし損ねていました。ベッドの上で項垂れたのは自業自得なのだとわかっていますが、朝から私のテンションはガッタガタに落ちました……。
「キャシー。そろそろ朝食を食べに行かないと遅刻することになるわよ?」
「そ、それはダメです! 今! 今支度をしますから!」
「あ、じゃあ髪は私がしてあげる! キャシーはここに座ってブラウスのボタンでも止めてて!」
「え? アンジー? その……」
「いいじゃない。させてあげなさいよ」
そう言いながらアリシアさんはサクッとベッドの上にいる私の前にブラウスですとかの制服一式を持ってきてくださいます。ちなみに私とアリシアさん、アンジェリーナさんは同室です。そして何故か3人部屋です。いえ、ありがたいと言えばありがたいのですよ? 他の方に気を遣わせずにすみますからね。一応私は周りの方に好かれてはいない、マルフォイ家の娘ですから。
そんなわけで真ん中にある私のベッドにお2人が集まり、甲斐甲斐しく私の身支度を手伝ってくださいます。……とっても幼い子供ですとか、介護されている方にでもなったような気がしますよ?
「さ、でーきた! 今日のキャシーもとっても可愛いぞ!」
「あら、可愛いじゃない。さ、キャシー笑って?」
「え? あ、はい」
アンジェリーナさんのお言葉に目をぱちくりさせている隙にかかる、アリシアさんからの言葉。私はここ一月ほどで日課になってしまった行動の為、笑いました。ちょっとだけ引きつってしまった気がしますが仕方ありません。
実はですね、アリシアさんが10月になってすぐくらいから急に私の写真を撮り出すようになったのです。その理由は存じませんがどうしてもと望まれまして、断りきれなかったのです。ええ、決して差し出されたお菓子につられたのではないとだけは明言しておきます。了承したその時、とっても嬉しげに笑ってくださったのが印象に残りましたね。とってもホッとしていらしたのが不思議でした。
そしてそれ以降アリシアさんが撮るのはですね、私のパジャマ姿ですとか、制服姿に私服姿。それだけに留まらず、多分ですが眠っているところですとか、先生がお優しい授業の隙間ですとかにもバシバシ撮っていらっしゃいました。ちなみにお食事の時や宿題をしている時も気づくと写真を撮られている時があります。が、流石に授業中は止めていただきました。ええ、私よりも周りの方が困ってしまいますからね。
ちなみにですね、基本は私1人で、よくてアンジェリーナさんが写り込むくらいで、フレッドくんたちと共に撮ったことは一度もありません。……私はできるなら皆さん一緒に写った写真が欲しいですよ?
ちょっとだけぼんやりとお写真について考えていた私は、いつも通りにお2人に両手を取られていました。大広間に向かうのだとわかっていますので抗いません。考え事をしていても転ばなくなったのはお2人のお陰、ですからね。それに甘えてしまう私なのです。とってもダメな子ですがもういいのです。それが私と開き直ることにしました。ええ。きっと友情の証なのでしょう、とね。
それからサクッと朝食を食べ終えて、向かうのは地下にある薄暗い教室で行う魔法薬学の授業です。時間割りでわかっていましたが、これはおねだりを放課後よりも先にできますね。と内心で思ってしまいます。と言ってももちろんそれは授業が終わってからにしますよ?
ちょっとばかりグリフィンドールを逆贔屓するスネイプ先生の授業を恙無く終え、私は教室を後にする皆さんとは逆にスネイプ先生のもとに向かいます。ちなみにこんな私の行動をアリシアさんやアンジェリーナさんは止めません。きっと放課後の補習の話だ、と思ってくださっているのでしょうね。
さあ、どうやってこの眉間にくっきり皺を寄せているスネイプ先生に、新たな補習をお願いしましょうか。なんて考えながら、私は殊更柔らかく笑うのでした。