ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
言うだけ言って黙り込んでしまった私へと、ダンブルドア校長は新しいお茶を注いでくださいます。温かそうな湯気と一緒に、ふわりとダージリンの爽やかな香気が届きます。ゆるく波紋の浮かぶカップの中を睨むように覗き込み、私は唇を噛み締めています。
私は私が利己的な人間であることを本当なら誰にも知られたくありませんでした。
万人に好かれる人間には到底なれないとわかっています。私はとても贔屓の好きな人間ですから。私は私が特別と思った方々だけを贔屓してしまうのですから、聖人のように誰からも好かれるとは思えませんしね。
だけどそれを隠したいと思ってしまう程度に小心でもあるのです。
ですがダンブルドア校長は他の誰もが知らない私の秘密を知っていらっしゃいます。それは私が勝手に秘密の共有者としてダンブルドア校長を選んでしまったからですが、だからでしょうね。私がお父様にもお母様にも、スネイプ先生にも言えないだろうことをダンブルドア校長に言ってしまうのは。
子供であると自覚はしていても、少しでも背伸びしたい、やっぱり子供の私。そんな私のあるがままの言葉をダンブルドア校長なら受け入れてくれるような気がしてしまったのです。ですが──きっととても困らせてしまっているのでしょう。
今、なんの言葉もこの場に落ちてきていないことが、その理由だとしか思えません。微かな息遣いしか届かないこの場で、私はそれ以上の言葉を重ねることもできず、かと言って注がれたお茶を口にすることも、少し前まで食べていた甘味に手を伸ばすこともできませんでした。
それからしばらく私とダンブルドア校長との間には無言だけが満ちていたのですが、ちょうどカップ1杯分の紅茶をダンブルドア校長が飲み干したその時、1つの言葉がその場に落ちました。
「そう言えばの、カサンドラ」
「……はい、なんでしょうか」
「実は儂の、ホークラックスを手に入れたんじゃが──見たいか?」
「────え?」
ダンブルドア校長からのお声がけで、ようやく俯いていた顔を私は上げたのです。ですが……なんですかその爆弾発言のようなお言葉は! とってもとってもびっくりして、私はさっきまでのシリアスな空気なんてすっかり忘れてダンブルドア校長のお顔を口を開けて見てしまいました。
「しかもの、2つも手に入れられたのじゃ! 儂、頑張ったのじゃよ?」
そう胸を張って、ダンブルドア校長がとっても茶目っ気たっぷりにおっしゃられます。おっしゃられますが、内容は可愛くないですよ! だって本当ならとってもとっても大変な思いをして手に入れるべきもの、のはずなのですよ?
私が持ってきました日記は、私の家にあったものですからね。ある意味手に入れるのはとても簡単でした。ちょっとお父様に後ろめたかっただけですし。
同じようにロウェナ・レイブンクローさんの髪飾りもホグワーツ内にありましたからね。廊下で3回も行ったり来たりする必要はありましたが手に入れるのはやっぱり簡単と言えました。
ですが他のホークラックスは、そうではないはずです。
1つは伯母さまの金庫にあるカップですね。双子呪文のかけられたそれは、警備が厳重な金庫の中にあります。ハリーたちはそこに忍び込んでいたはずですよね?
それ以外にはブラック家の中にあるロケット、こちらも確かドビーのお仲間である屋敷しもべさんがちょっと大変だった気がしますし、替えになるものを手に入れなくてはいけませんよね?
そしてちょっとばかり遠いところにある指輪。これは確かヴォルデモートさん自身に深く関わっていて、かつあの方自身が隠したもの、ではなかったでしょうか? え? 違いますかね? わかりませんが手に入れるのは簡単ではなかったような気がとてもします。
そしてですね。最難関はヴォルデモートさんのそばに付き従っている蛇さんにハリーです。どれもがちょととどころではなく手に入れることも破壊することも大変だったと記憶していたのですが……え? どれを手になさったのかはまだ存じませんが、その……物語が始まる前でしたら、そんなに簡単に手に入るもの、なのですか?
脳内で自問自答を繰り返してしまった私は、多分5分以上は止まっていたと思います。はい、意味は理解したのですがそれを事実として頭がですね、認識しようとしてくれなかったのでしょう。
なんでしょう……ロード時間の長い旧式のゲーム機ですとか旧式のパソコンにでもなった気分です。だって本当に情報過多が過ぎますよ! ダンブルドア校長!
とりあえず今聞こえた言葉を吟味することを放棄した私の脳は、糖分を欲したようです。無意識にトレーの上のクッキー、それもアイシングたっぷりのものを取り、一口で食べます。ついでに冷めかけた紅茶にも口をつけます。
ゆっくりと紅茶を飲む内に徐々に内容が脳内に浸透して、私はダンブルドア校長に問いかけました。
「……2つ、ですか?」
「そうじゃ。これで今手元にあるのは4つになったのじゃな」
それはそれはとっても楽しげに笑うダンブルドア校長に、強張った顔をしていただろう私。なんだか先ほどとは別の意味でシリアスになったような、それでいてとってもカオスになったような気がするのですが、これはダンブルドア校長の
「まあ、手に入れられたのは、残った中では入手しやすかったお主の伯母の金庫にあるヘルガ・ハッフルパフのカップと、マールヴォロ・ゴーントの指輪だけじゃがの」
「……いえ、それでも素晴らしいと思いますよ?」
「うむ。儂頑張ったからの」
「そう、ですか……」
呆然としてしまう私を他所に、ダンブルドア校長はベラトリックス伯母さまの金庫に入れた経緯を説明してくださいます。
なんでもですね、伯母さまは全ての記憶──といってもこの場合はヴォルデモートさんに出会った頃からのものらしいのですが──を抜いた後、子供のようにとても素直な性格となったそうなのです。いえ、元の伯母さまをよく存じ上げませんので私には判断がつきませんが。とにかく聞かれたことにはすぐに答えてくださり、そして怖いものを見た時には泣き出す程度には子供がえりしているそうです。……ええと、あの、アズカバンって今、保育所のようになっているというわけでしょうか?
ちょっとだけ浮かんだそれを押し込めて、私はダンブルドア校長のお言葉に耳を傾けます。ええ、逃避ですがなにか?
ダンブルドア校長がおっしゃるには、子供のようになった伯母さまを、ダンブルドア校長自らがとっても楽しく教育したそうです。ええと、これはなんと言い表せばよいのですかね?
とにかくダンブルドア校長は伯母さまに善悪を教え込んだのだそうです。その、ヴォルデモートさんが魔法界で1番の悪だと教え、そしてその悪を倒せるキーアイテムが伯母さまの金庫に隠されているのだ、といった風に。ええ、なんというか伯母さまがキーキャラクターであるというか、物語の根幹に関わるヒロインのようにお伝えしたようですよ?
それを聞いてわかりました。ええ、そうですよ。コレは多分とっても洗脳チックに教育した、と言うべきなのでしょうね。ですがそれも瑣末なことにしておきましょう。そうしましょう。色々とたくさんの事実で私の脳はパンク寸前ですからね。
ともかくそうしてダンブルドア校長は伯母さまとお二人でグリンゴッツに向かい、あっさりさっくり追われることもなく金庫の中からカップを手にしたそうです。それがアズカバンに収監されている方々の記憶を抜くと決まった3日後だそうです。はい、伯母さまが1番に記憶を抜かれたのだそうですよ。
その後せっせと忘却術を行使するロックハートさんですとか、暗い牢の中ではなくちょっと明るいお部屋に移動した伯母さまですとかをアズカバンに置いたまま、ダンブルドア校長はお1人でリトル・ハングルトンというところから、マールヴォロ・ゴーントの指輪をいただいてきたそうです。有能な泥棒さんのように、忍び込んでだそうです。
「というわけでの、身代わりの指輪を置いておけばそう簡単にはバレんじゃろうと思うてな。儂冴えてるじゃろう?」
「ええと、その……それで誤魔化されてくれるのはあの人以外の方、ではないですか?」
「うむ。そうじゃろうな。じゃがそれでよいじゃろう? あやつが自ら赴いて手に入れるかどうかはまだわからんしの。儂が以前にお主の記憶から読み取ったのは儂があの指輪を手に入れ、そして破壊したということ、じゃからな」
「そ、そうでした! ダンブルドア校長! あの指輪はつけていらっしゃいませんよね!」
そうです。私の記憶に間違いがなければ、ダンブルドア校長があの指輪をつけてしまうと呪われてしまうはずです。とっても痛そうに、手の色が変わっていたはずですから。
多大に心配をしながらダンブルドア校長の手を見ますが、そこに指輪はありません。
「しとらんよ。儂も見たからのう。あの指輪が儂を蝕んでおったところは」
「よ、よかったです……」
「儂もの、自ら死を選ぼうとは思わん。じゃがハリーをホークラックスから解放するためには儂の死が必要になるはずじゃ。儂がおらねばハリーを導き、戻すことができぬのではないか?」
まるで我儘を言う子供を諭すような声音で、ダンブルドア校長はおっしゃいます。つまり私が心配していたことを全てダンブルドア校長はご存知だったのです。
以前に読まれた私の記憶。それはホークラックスのありかとその行方、そして壊し方。ダンブルドア校長はきっとその詳細を実は全てご存知だったのでしょう。だからお1人で集めに行った。今それを壊しているのかはわかりませんが、集めた先にご自分の死があることを理解しながらの行動。それを私に止める権利があるのでしょうか。だってホークラックスを集めて壊したいとダンブルドア校長に願ったのは私なのです。つまり──ダンブルドア校長を死に至らしめようとしているの指輪ではなく望んだ私、なのです。
気づいたそのことに、私は愕然としました。
確かにホークラックスが幾つも揃ったことは喜ばしいことです。それを成したダンブルドア校長はとても優秀で、そして頼もしく優しい方だとわかります。ですが私が願ったことが遠からずダンブルドアをこの世から消すためのものであったと気づいて平静でいられるほど、私は情のない人間ではないのです。
私はどれほどの恩をどれほどの仇で返そうとしているのでしょうか。
私は自分がとても利己的であるとは思っていましたが、こんな重要なことに気づかないほど、愚かだったとは気づいてもいませんでした。しおしおと萎れるように私は俯きます。フレッドくんやセドリックくんの死を思った時よりもずっと目が熱くなっている自覚があります。ですが泣くわけにはいきません。だって気づいていなかったのだとしても私が望んだこと。つまり私の罪なのです。その罪を今更なかったことにはできません。泣いて許しを請うても意味はないのです。
きゅうっと唇を噛み締めて、そして勢いよく顔を上げます。
「方法を──なにか良い方法を必ず探し出します」
「カサンドラ? どうしたのじゃ?」
「ダンブルドア校長がおっしゃってくださいましたから、私は私にできることを模索しながら普段通りの生活を送ります。記憶をご覧になりたい時は言ってくださればすぐに馳せ参じます」
「それは有難いことだが……カサンドラ、お主は何を考えておるのじゃ? 危険なことなのなら止めるのじゃ」
「いいえ、少しも危険なことなどありませんよ。ただ書物を読んで知識を増やして少し今よりも勉強する時間を増やすだけ、ですから」
私は子供のように屈託ない笑みになるように意識しながら笑いました。
そうです。なかったことにできない罪なのでしたら、それを挽回できる術を探せば良いのです。それが私の償いになるはずなのです。こうしてはいられませんね。
「ダンブルドア校長。お話の途中ですが、私お暇して構いませんか? しなければならないことを思い出してしまったのです」
「そ、それは構わんが……カサンドラ、思い詰めてはならんぞ?」
「ええ、わかっています。私にできることをするだけですし、私にできることがとっても限られていることもわかっています。陰ながら応援する程度のことしかできませんが、ダンブルドア校長。よろしくお願いいたします」
そう告げて私はゆっくりと深く頭を下げました。こんなことで私の罪は軽くなりはしませんが、これは謝罪のためではなく決意の礼です。私は必ず見つけてみせます。ダンブルドア校長を死なせずに済み、そしてハリーがホークラックスから解放される手段を。
そう決意した思いのまま、私は校長室を後にしました。