ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その33

 パーシーさんとの一悶着があった夜から明けて翌日の放課後。つつがなく授業を終えた私は1階大広間近くの小部屋にいます。はい、パーシーさんとのやり取りがですね、ハッフルパフの方経由でマクゴナガル先生に知られていたのです。あ、もちろんセドリックくんではないですよ。別の方です。

 

 そんなわけで私とパーシーさんとのいざこざを知ったマクゴナガル先生に、朝1番にパーシーさんと2人で呼び出されまして、ちょっとしたお小言と、放課後に時間を空けるように言われたのです。はいそうです。誠に遺憾ですが、私とパーシーさんは他寮の生徒を煩わせたということで、罰を受けることになったのです。

 私もあの場で大人げなく怒ってしまいましたし、罰を受けること自体は別に構いません。私も悪いところがあったわけですからね。ですが、どうしてパーシーさんと2人っきりでの罰なのでしょうか? 私とパーシーさんはちょっと小競り合ったというか、なんというか。喧嘩一歩手前くらいの関係になっていたと思うのですが、そんな相手と広くはない部屋の中で2人っきり。気不味いことこの上ないのですが。これも罰の1つなのですかね?

 ですがイヤだとは言えません。だってマクゴナガル先生の寛大な処置で、一応寮点は引かれず、罰だけで済ませてくれたのですからね。ワガママは言えません。

 

 放課後にマクゴナガル先生の研究室に行きまして、言いつけられたのが、このお部屋のお掃除です。はい、なんでも今後マクゴナガル先生がお使いになる予定というこのお部屋をですね、時間内に2人でピカピカに磨き上げたら寮点は引かない。そして罰は終わりとなるそうなのです。が、その時間内というのがですね、本日の帰寮時間までなのです。ええと、それどんなタイムトライアルなのですか? 先生、8時から12時までの4時間でピカピカにするのは少し辛いと思いますよ? このお部屋、とっても汚れていますから。

 ちょっとだけため息をつきながら、私は部屋の中を今一度見回します。はい、確認って大事ですよね。

 

 このお部屋はですね、普段の教室の約半分ほどの広さです。狭くもありませんが、広くもないです。2人でのお掃除には妥当なくらいの広さだとは思います。

 ですが前方にある年季の入った、ちょこっとボロい上薄汚れた黒板。それから磨けばきっと飴色になるだろう教卓。その細かな彫刻の隙間にもびっしり埃が詰まっています。この教卓だけで1時間はかかりそうな気がするのですが。

 そして後方部分にはですね、机と椅子を重ねたセットが10あります。こちらも埃とですね、文字ですとか絵ですとかの悪戯書きがたくさんあります。多分これも消さないとダメでしょうね。幸いなことに窓はありませんから、窓拭きやカーテンの洗濯は必要なさそうです。ですが最難関があるのですよ!

 それはですね、私では到底届かない煤けた天井です。

 元は多分ベージュなのでしょう天井にはたくさんの蜘蛛の巣と、埃をとっても被ったシャンデリアが吊られています。6つあるそれはどれも細工が細かいです。吊り下げ式のため、ランプの数だけ鎖もあります。繊細なアンティーク品な気がしますので、掃除は慎重に行わないといけないでしょうね。……こちらも軽く見積もって1時間と少しはかかりますよね。ええ、ランプだけで。

 それだけでなく床には綿埃とはこういうものだという、見本のような埃が鎮座しています。砂色の床の上に5センチほどです。しかもですね、思うに砂色の床は床本来の色ではないような気がします。私たちがお勉強している教室の床の色と全く違いますから、きっとそうなのでしょう。

 

 どこから手をつけるべきかはわかりますが、どうやり始めましょうかね。そんなことを悩む私の手にはとっても立派な掃除用具があります。はい、ほんの少し前にですね、私とパーシーさんはバケツとモップに箒にちりとり、そしてハタキと梯子を持たされ、マクゴナガル先生にこのお部屋に連れてこられたのです。

 なんだかとっても楽しそうなお顔をしていた気がするのですが……マクゴナガル先生は、なにがそんなに楽しかったのでしょうかね? 多分罰を与えることがお好きではない方、のはずでしたよね? そうですよね? ドのつくSな方ではないはずですよね? ……補習は厳しいですが、お優しい方のはずです。多分。

 

 などと余所事を考えて時間を浪費してはいけませんね。早く掃除に取りかからねば! と私は拳を握ったのですが、私の隣にいらっしゃるパーシーさんは、未だに動いておりません。

 実はですね、この部屋に案内された後すぐからずっとパーシーさんは、ばっちい床には膝と両手をついていらっしゃいます。下を見つめたところで埃しか見えないと思うのですがね? ずうっと地面とにらめっこしていらっしゃいるように見えます。パーシーさん、地面相手では勝てませんよ?

 なんて冗談はさておきまして、パーシーさんは打ちひしがれていると言えばいいのでしょうかね?

 どうやらですね、罰を受けることになったことが余程ショックだったらしいのです。パーシーさんはとっても品行方正で、成績優秀で、先生方の覚えも良い方だそうですから。ぶちぶちとご自分でそうおっしゃっていましたからね。多分そうなのでしょう。

 そうですよね、品行方正な方が罰を受けてしまうなんてとっても残念なことですよね。などと思いはしますが、ちょっとだけいい気味ですとも思ってしまうです。はい、わかっております。全ては食べ物の恨み故です。もちろん思うだけで口には出しませんよ?

 ですがこうしていても意味はありません。むしろ掃除が終わらなければ寮点が引かれてしまいます。ならばやるべきことは1つなのですから、さっさとパーシーさんにやる気を出していただきませんと。私は打ちひしがれるパーシーさんの傍に立ち、パーシーさんを見下ろしながらお声をかけます。

 

「パーシーさん、パーシーさん。いつまでもそうやっていてはお掃除が終わりませんよ?」

「…………」

「お掃除が終わらないと、寮点が引かれてしまいますよ?」

「………………」

 

 パーシーさんはピクリとも動きません。まるで屍のようですね。……なにが起動スイッチになるのでしょうかね? 優等生の起動スイッチは『寮点が引かれる』ではないのですかね? ああ、パーシーさんたら、ご自分がもう優等生ではないと思っていらっしゃるのですね! でしたら簡単です!

 

「パーシーさん? お掃除が早く終われば、優等生に戻れますよ?」

 

 多分ですが。なんて思いながら適当に言ってみたのですが、これが当たったようです。パーシーさんがピクリと動かれました。

 なんと言えばいいのですかね? 油の切れたゼンマイ仕掛けのおもちゃ? ホラー映画に出てくるゾンビ? ですかね。そんな感じでとってもぎこちなくパーシーさんは私の顔を見ます。わあ、とっても悲壮感の溢れるお顔をしています。ちょっと涙目のような気すらしますね。いえ、普段のお顔をそこまで存じ上げていませんから憶測ですけど。

 なんだか面白いと言えばいいのか、可哀想なと言えばいいのかわからなくて、つい曖昧に笑います。

 

「────本当に?」

 

 迷子になった小さな子供のように、とってもか細い声での問いかけ。昨夜のハキハキした、人の話を聞かないパーシーさんはどこに行ったのですかね? なんだか調子が狂ってしまいますね。

 

「はい? なんですか?」

「本当に掃除をすれば戻れるのか?」

「ええ、きっと。マクゴナガル先生もおっしゃっていましたよね、掃除が時間内に終われば寮点は引かないと。つまり罰はあっても、それが記録に残らないということではないですか?」

 

 全て私の勝手な予想です。ですがこういうことは言い切ってしまったもの勝ちですからね。弱っているパーシーさんならこのくらい言っておけば、言いくるめられるような気がします。真面目な方ですからね、ご自分の汚点が許せないのでしょうし。

 私の言葉を反芻するようにして呟いて、パーシーさんは1度目を閉じました。まあ、そのお顔はフレッドくんやジョージくん、チャーリーさんに似ていらっしゃいますね。やっぱりご家族は似るものなのですね。黙った上で、先ほどのようなお声を出されていらっしゃれば会話のしようもありますのにね。

 なんて考えておりましたら、パーシーさんがすくっと立ち上がります。

 

「よし! では掃除を始めるぞ!」

 

 顔を上げ、力強い目で室内を睨んでそうおっしゃったパーシーさんは、ぎゅっとモップを握りました。そしてそのままいきなり床を掃除し始めたのです。

 ……ええと、掃除の基本は上から、ですよね? 私間違っていませんよね? 上からお掃除しなくては二度手間三度手間になってしまいますよね? え、基本のはずですよね? もしかしてパーシーさんはこういったお部屋のお掃除をしたことがないのでしょうかね? なんだか意外ですね。ご自分のお部屋をきっちりかっちりお掃除して整理整頓していらっしゃいそうですのに。

 

 などと考えている間にですね、パーシーさんはざかざかと綿埃を撒き散らしながら床を拭くように掃いております。埃がとっても舞い上がっています。くしゃみ出そうですよ? ぱふっと自分の鼻と口とを抑えた私は、彼の持つモップの柄を掴みます。埃が多少おさまるのを待ってから、満面の笑みで彼に声をかけました。自分的にとってもいい笑顔が作れたと思いますよ。

 

「パーシーさん? お掃除の基本は上からですよ? そんなこともご存知ないのですか?」

 

 ちょっとだけ意地悪く言ったのは、もちろん食べ物の恨みからです。異論は認めません。もちろんお菓子は無事私の手に戻りましたが、1度盗られたというトラウマは中々消えないのです。当分は辛口で対応すると私は決めたのです! そしてあわよくばパーシーさんがお菓子を持っていたら奪うのですよ! あ、もちろん奪った後に返しますけれどね。

 そんな私の心が伝わったのでしょうかね、パーシーさんはお顔を赤くしながらモップを振りました。はい、私の手を離させたかったようですね。

 

「っな! そ、そんなことは知っている!」

「ではパーシーさんは天井にハタキをかけてください。私では届きませんし」

「……わかった」

「……パーシーさん、天井にはモップではなくハタキ(・・・)でお願いします」

 

 ぼたぼたと埃と蜘蛛の巣の破片が舞い散る中で私がハタキを差し出しながら言えば、パーシーさんは先ほどよりもずうっとお顔を赤くしながらハタキを奪い取りました。はい、とっても怒っていらっしゃるようですね。短気はいけませんよ? なんて笑いながらハンカチをマスク代わりにつけた私は、部屋の隅に置いてあります梯子を運びます。

 はい、私の身長では天井に手なんて微塵も届きませんからね。パーシーさんが運んでいらした梯子は私のためのものですよ。パーシーさんには貸してあげないのです。パーシーさんは精々頑張って背伸びをして天井を掃除してください。私はランプの埃をとりますからね。


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