ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その26

 薄暗い廊下を、ダンブルドア校長に腕を引かれながら私は走っています。が、もうダメです。もう私には耐えられません! 歩幅が大き過ぎるのですよ!

 

「っきゃう!」

「うぐっ」

「い、痛いです……」 

 

 はい、やはり予想通りに私の足は耐えられませんでした。あっさりさっくり転んでしまいます。足がもつれてしまい、転けた上で私は壁にぶつかりました……。とっても痛いです。おデコがごつんとぶつかったのです。

 とっても涙目になりながら蹲るのですが、なんだか廊下とは違う柔らかいものに座っている気がします。なんでしょうか、この暖かくも柔らかいものは──ああ、見てはいけないものがありますよ。どうしましょう!

 

「ダ、ダンブルドア校長! 大丈夫ですか!」

 

 俯いた私の下にはですね、王道なのでしょうか。ダンブルドア校長がいました。私、ダンブルドア校長をクッションにしたようです。

 

「だ、大丈夫ではない、かのう……すまんが早く降りてもらえるか、カサンドラ」

「す、すみません! すぐ、すぐ降ります!」

「っぐ!」

 

 とっても慌てて校長の上から降りました。が、私が乗ったという証拠であろう足型が、しっかりと背中に残っています。そっと目を逸らしますが、意味はないでしょう。うう、どうしましょう。

 廊下にぺたりと座り込んで、私は途方に暮れてしまいます。

 ダンブルドア校長に危害を加える気がないと思っていました。が、私は転びやすい私に巻き込んでしまっています。そうです、絶対にダンブルドア校長は私の三次被害の被害者です。……なんとお詫びをしたらよろしいのでしょうか。

 思わず泣いて謝ろうかと思い浮かびましたが、それは意味がありません。泣かずに謝らなくてはです。と、意気込んだのですが、ダンブルドア校長は未だに廊下に寝たままです。ど、どうなさったのでしょうか。

 

「ダ、ダンブルドア校長? その、本当に大丈夫ですか?」

「あー…大丈夫、ではないのう。腰、いわしちゃったみたいじゃ」

「こ、腰ですか?」

「そうじゃのう。なんとういうか……ギックリ? みたいじゃのう。起き上がれる気がとんとせんわい」

 

 大変です! いつもしゃんとしているダンブルドア校長がギックリ腰! しかもその原因が私。……私もしかして退学になりませんか?

 

 そんなことが頭の中を過ぎりましたが、臆している場合ではないのです。こんな、こんなダンブルドア校長の恥になりそうな事態を早く改善しなくてはいけないのです! いまの私に唱えられるかわかりませんが、物は試しです。私は杖を取り出し、一つ息をはいてからさっと振ります。

 

「エピスキー!」

 

 ダンブルドア校長の腰に向け、癒し呪文を唱えますが──効いているのでしょうか。わかりません。も、もう1度唱えておきましょうか……。

 

「エピ──」

「カサンドラ、大丈夫じゃ。効いておる──まあ、まだ動けんじゃろうがのう」

「え、ええと……ではモビリコーパス!」

 

 再び唱えた呪文。よかったです。浮いてくれました。くったりとしたままですが、ダンブルドア校長の体は宙に浮きました。後はこのまま医務室まで行くことができれば──ええと、医務室はここからどう行くのでしょうか?

 医務室は2階であることは存じていますが……。どうしましょう。正確な場所がわかりません。ダ、ダンブルドア校長はご存知ですよね?今お聞きして平気でしょうか?

 

「こ、このまま医務室まで行きたいと思うのですが、よろしいですか?」

「あー…医務室か。そうじゃのう、それがよいじゃろうな。ポピーは医務室にいるじゃろうしのう」

「マダム・ポンフリーはいらっしゃるのですね! わかりました、向かいます……が、その私正確な場所がわらないのです。お、教えていただいてもよいでしょうか」

「では、近くなったらわしが案内しよう。まだ1年なのじゃからの。恥じることはないぞ」

 

 とってもくったりしたままですが、ダンブルドア校長が力強く言ってくださいました。私はそれに背を押されるように歩きます。私が歩く速さに合わせ、宙に浮いたダンブルドア校長も進みます。

 私の歩く音ばかりが聞こえて、無言になってしまいます。が、仕方ないでしょうね。私とダンブルドア校長とが直接お話ししたのは今日が初めてなのですから。話しが弾むはずもありません。

 

 お呼び出しを受けまして、日記の説明をしました。そしてもう1つのホークラックスをお渡しする予定──でしたが、渡していませんでしたね、私。なんというおバカなのでしょうか。どうしましょう。今お渡ししてもいいのでしょうか。……いえ、今はダメですよね。ぐるぐると悩んでしまいます。

 

「おお、カサンドラ。そこの角を右に曲がればもう医務室じゃ。先に行って扉を開けてくれんかのう」

「は、はい! ただいま!」

「おお、よいよい。走らんでもよい。また転んでは大変じゃろう」

 

 うう、ダンブルドア校長はとっても、とってもお優しいです! どしましょう。こんなお優しい方にお怪我を負わせてしまいました。もしも怒られなかったのだとしても、私自主的に反省文を提出しなくてはダメですよ! いえ、きっと多分怒られてしまいますでしょうけれど……。うう、本当にごめんなさい、ダンブルドア校長。

 少しでも早く着くようにと小走りに、けれど転ばないように気をつけて進み、私は医務室の扉を開けました。後はマダム・ポンフリーをお呼びするだけ、です!

 

「え、えと、その……きゅ、急患です!」

「まあまあ、大きな声でどうしたのです」

「その、ダンブルドア校長が……」

「校長がどうしたというのです? ああ、額が赤く腫れていますよ。一体どこにぶつけたのです」

 

 マダム・ポンフリーは私の前髪を上げると、おデコを見て眉を顰めます。え、そんなに腫れているのですか? その、そこまで痛くはないのですが。……いえ、違います。私の怪我は後回しで平気なのですよ! 急患はダンブルドア校長です!

 

「私は大丈夫です。それよりもダンブルドア校長を!」

 

 そう叫ぶように言って、私は杖を振るいダンブルドア校長を医務室の中へと入れます。ちょっとだけ勢いが強くなりすぎたような気がしますが、そこはいいということにしておきます。なんと言っても急患ですから。

 

 くったりしたダンブルドア校長の姿にマダム・ポンフリーは驚きながらも、しっかりとした指示をくださいます。私はその指示に従い、ベッド上へと静かに降ろします。腰がこれ以上痛くならないように慎重に、です。

 ギックリ腰はとっても、とっても痛いらしいのです。しかも癖になりやすいとも言います。どうしましょう、これから先ダンブルドア校長の持病がギックリ腰になってしまいましたら……ええ、わかっています。私の所為ですよね。どう償えばよいのでしょうか。

 

 きゅうっと目を閉じて、早く良くなりますようにと願います。私では治療のお手伝いはできません。先ほど唱えた『エピスキー』だってどこまで効いているかわかりません。少しでも効いているとよいのですが……。

 

「はい、終わりましたよ。次はあなたの番ですよ、さあお座りなさい」

「え? ダ、ダンブルドア校長は? もう大丈夫なのですか?」

 

 マダム・ポンフリーの声に目を開ければ、目の前にいらっしゃいます。

 

「ですから終わりました。応急処置がよかったのでしょうね。軽い痛みが残っていたようですが、今夜一晩大人しく寝ていれば治ります。大丈夫なのですから、そのように泣きそうな顔をしない」

 

 そうおっしゃりながら、マダム・ポンフリーは私のおデコを出し、じっくりと見つめます。ちょっとだけ外気が気持ちいい気がするのは、熱を持っているから、ですかね?

 難しい顔をなさったまま、軟膏を塗りガーゼを貼り付けていきます。とっても手際がよいのです。憧れますね。私もよく怪我をして、自分で治療しますが、こんなに手際よくなんてできません。癒者はとってもお勉強しなくてはなれませんが、ちょっとだけ憧れます。まあ、私がなったところで就職先が全くないような気がしますが。

 

 そっと前髪を下され、頭を撫でられます。

 

「さあ、終わりましたよ」

「あ、ありがとうございます。その、夜遅くに申し訳ありませんでした」

「それほど遅くはありませんから大丈夫ですよ。さあ、あなたも今晩はここに泊まりなさい」

「え? そんな、大丈夫です」

「あなたは頭を打っているのですよ? 夜中に具合が悪くなるかもしれない状態のあなたを寮に戻すことはできません」

 

 聞き分けなさい、とおっしゃるマダム・ポンフリーになにも言えず、私は一晩寮に戻らず医務室に泊まることとなりました。コレ、お父様やお母様にお伝えすることができませんよね? というか告げるべきではないですよね。こんな失敗をしてしまったなんて、娘じゃないと言われかねません。……まだ私は覚悟ができていないのですよ。

 

 内緒にしましょう。そう思いながら、ベッドに入ります。ちなみにマダム・ポンフリーは部屋の奥へと向かっています。はい、私ダンブルドア校長と隣り合ったベッドです。これは今、なにかお話をしても大丈夫ですかね?

 ここでレイブンクローの髪飾りをお渡しすることはできませんが、持っていることはお伝えできそうですね。ちょっとだけ安心です。

 

「ダンブルドア校長、今お話ししても大丈夫ですか?」

 

 こっそり潜めた声を出します。マダム・ポンフリーに見つかったら、多分怒られてしまいますからね。静かに話すのです。

 

「起きておるが、お主は大丈夫なのか? 具合は悪くなっておらんか?」

「ええ、大丈夫です」

 

 私を心配してくださるダンブルドア校長に、静かに、ですがはっきりとお伝えします。とっても大事なことですからね。

 

「あのですね、校長室でお伝えし忘れてしまったことがありまして、それをお伝えしたいのです」

「ふむ、それはアレのことか? あの記憶だけでなく、なにか他にあったということ、じゃろうか?」

「そう、なのです。ええとですね、実は今日のお昼前に『必要の部屋』から髪飾りを持ってきてあるのです」

「うむ。お主意外とやるのう」

「あ、ありがとうごさいます……でもですね、お伝えし忘れていますから、ダメだと思いますよ?」

「じゃがもう手に入れておるんじゃからいいのじゃよ。じゃがまあ、今それを受け取ることもできんからのう……明日の夜、また時間を作ってもらってもよいかの?」

「私は構いません。ですがダンブルドア校長は大丈夫なのですか?」

「まあ、大丈夫じゃろう。ポピーが平気じゃと言っておったしの」

 

 とっても明るく笑うダンブルドア校長に、そこはかとなく不安を感じてしまうのはどうしてなのでしょうか。

 ですが明日またお会いして、お渡しできるのはよいことですし、気にしないことにしましょう。

 

「わかりました。ではまた、ええと今日と同じ時間でよろしいですか?」

「おお、そうじゃな。それでいいじゃろう」

 

 そう言って、小さく頷くダンブルドア校長はさあ、子供は寝るのじゃ、とおっしゃって、杖を振ります。部屋の中が暗くなりました。が、そのすぐ後に寝息が聞こえ始めました。……ダンブルドア校長はとっても寝つきがよいようです。なんだか羨ましいですね。なんて今日1日の怒涛の展開加減に興奮冷めやらぬ私は、薄明かりに見える天井を眺めるのでした。


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