ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その3

 手近のコンパートメントを覗けば誰もいなくて、私は重たいカートを操ってその中に収まりました。四苦八苦して荷物を上げて、少し硬い座席に背中を預けてため息をひとつ。ちょっとだけ疲れてしまったのです。

 

「ネロ、これからしばらく2人だけですね。よろしくお願いしますね」

「ニャー!」

「ネロは可愛いですねえ……」

 

 まるでわかっているとでも言うように右の前足を挙げてひと鳴き。瞳の色と同じ青いリボンが可愛く揺れています。小さく笑いながら、私はフニャフニャと柔らかい体を撫でて、肉球を揉んで癒されてしまいます。

 

 ひとしきり撫で回してから、私は小さなポーチからブラシを取り出します。誰かが来る前にサクッと髪型を変えてしまいたいのです。

 ちなみに今日も私はお母様の選んだフリル満載のお洋服です。色は大人しめな薄い水色ですが、同じ色のリボン付きのツインテールです。耳の上ですよ? 恥ずかしいです。しかも替えの服も全てがお母様の趣味によるものなので、せめて髪型だけでも大人しくしたいのですよ。本当に恥ずかしいですから。

 

 リボンを解いて、緩く三つ編みをして肩に流せばそれなりに大人しいですよね。そしてシンプルなオフホワイトのニットカーディガンでも羽織れば少しはフリルも隠れますし……焼け石に水な気もしますが。

 

 さっくり髪型を変え、これまたポーチから取り出したカーディガンを羽織ったところでコンパートメントの扉が開きます。

 

「ここ、空いているかな?」

「はい、空いていますよ」

 

 私と同じ年頃の男の子。艶のあるブルネットにグレーの瞳の利発そうな子です。

 

「僕は今年入学のセドリック・ディゴリー。よろしくね」

「まあ、ご丁寧にありがとうございます。私も今年入学のカサンドラ・マルフォイです。この子は私のペットのネロです。よろしくお願いします」

 

 初対面の挨拶は大事ですからね。しっかりと頭を下げて、それから目を見て笑いかけます。礼儀は大事です。

 

「ディゴリーさんといえば魔法省魔法生物規制管理部にエイモス・ディゴリーさんがいらっしゃいますけれど……お父様でいらっしゃるのかしら」

「あ、そうだよ。よく知ってるね」

「ええ、父から伺ったことがありましたから」

 

 しかもあなたが死んでしまうところも知っています──とは言えないですよね。誤魔化すように曖昧に笑ってしまう私です。

 

「僕も父から聞いたことがあるよ。マルフォイさんのこと……お父さんはホグワーツの理事の1人、でいらっしゃるんだよね」

「ええ、そうですよ。それに元闇陣営だ、とも教えられたのではないですか?」

「そ、それは……うん、そうだね。でも今は違うんだろう?」

「そうですね、今は違います。でも大分行き過ぎた純血主義ですし、人によってはものすごく嫌われてもいます」

 

 だからもし、あなたが私を嫌いになっても構わないですよ。なんて雰囲気を醸しながら言ってみたのですが、困ったようにはにかんで、それでも努めて明るく彼が言います。

 

「その、よかったら僕のことはセドリックと呼んでくれるかな? 君が父さんのことを知っているならその方がいいと思うし……。僕、君とは友達になれそうな気がするんだ」

「まあ!」

 

 ほんのり頬を赤らめて、照れているのにまっすぐこちらを見てそんなことを言ってくれます。なんですかこの可愛い生き物は。可愛いです、可愛いですよ、セドリック・ディゴリーくん!

 

「セドリックくんみたいに素敵な男の子にそんなことを言われたら嬉しいです。では私のこともカサンドラかキャシーと呼んでくださいね」

「そ、それじゃあキャシー。これからよろしくね」

「ええ、どうぞよろしく」

 

 どことなく嬉しそうに手を差し出してくれるセドリックくんは本当に可愛いです。まあ、ドラコの可愛さには負けますが、なんて笑みを浮かべながら、私はその手を握ります。温かくて大きな手です。男の子の手は大きいですね、なんて思ってしまう私はへにゃりと笑ってしまいます。

 

 どこかほんわかした空気を醸しつつ、私とセドリックくんがいるコンパートメント。不意にそのドアが開きます。

 

「ここってまだ空いてるかしら」

「ええ、空いていますよ」

「失礼、私は新入生のアリシア・スピネットよ。よろしく」

 

 さらっとカートを引きながら挨拶をした彼女はとっても溌剌とした女の子です。ブロンドの髪をポニーテールにしているところなんて、スポーツ少女っぽくて素敵です。

 

「……邪魔しちゃったかしら?」

「? いいえ? 席は空いていましたし、セドリックくんとも少しお話ししていた程度ですよ?」

「そう? ま、ともあれよろしくね」

「ええ、よろしくお願いしますね。私も今年入学のカサンドラ・マルフォイで、彼が──」

「セドリック・ディゴリーだよ。よろしく」

 

 私とセドリックくんが言えば、アリシア・スピネットさんは眉を寄せます。わかります。私の名字ですよね。はい。有名ですからね、闇陣営からさっくり自己保身でこちら側に戻ったのだ──と。

 

「あなた本当にマルフォイなの?」

「ええ、ルシウス・マルフォイが娘、カサンドラ・ナルシッサ・マルフォイですよ」

「ああ、うん。顔は似てるよね」

「まあ、お父様のお顔をご存知なのですか?」

「日刊予言者新聞でね、ちょっと見ただけよ」

 

 そう言って、彼女はしげしげと私の顔を見ています。一応鑑賞に耐えうる顔はしているつもりですが、こうもじっくり見られると緊張しますね。

 ちょっとだけ困ったまま彼女を見つめ返します。

 はっきりとした二重にキラキラしたブロンド。目の色はブラウンのようですね。まつ毛が長くて、とっても素敵です。アリシア・スピネットさんはとっても素敵な女の子のようですね、なんて思っていたらアリシアさんは困ったように笑います。

 

「うん、あなたは平気そうね」

「? なにが、でしょうか?」

「いいわ、気にしないで。それより私のことはアリシアでいいわ。私もあなたのことカサンドラと呼ばせてもらうし」

「まあ! では私のことはキャシーとお呼びくださいな。セドリックくんもそう呼んでくれていますし、お友だちにはそう呼んで欲しいのです」

 

 にっこりと笑ってそう言います。私、正直なところこの特急に乗るまで友だちがいませんでした。と言ってもボッチではないですよ? 顔見知りならいるのです。ですがお友だちと言えるほどの付き合いはありませんでした。ですからこうしてセドリックくんにアリシアさんの2人と仲良くできそうな今が嬉しくてなりません。

 

「私、同じ年のお友だち、2人が初めてです。仲良くしてくださいね!」

「もちろんよ。セドリックもそうでしょう?」

「僕もキャシーとアリシアと友人になれて嬉しいよ」

 

 3人でニコニコ笑って、とってもお友だちという感じがして、私はとっても嬉しくてずうっと笑ってしまいました。

 

「あ、うん。本当に大丈夫ね。というか可愛いわ。セドリックもそう思うでしょう?」

「そうだね……本当に素直な子だよね」

「小さくて、ふわふわな服を着て、本人もふわふわで? なんていうか絵本の中にいそうな女の子みたいよね」

「ああ、それはわかるかも。こんな風にニコニコしているととても善良だってわかるよね」

 

 なんでしょう、2人で楽しげに話しています。ニコニコ笑って善良。誰のことでしょうか。絵本の中にいそうな女の子ってずいぶん素敵な褒め言葉ですよね。

 2人だけで話しているのがちょっと羨ましいな、なんて思っていたら私の膝の上で大人しくしていたネロがぴょこんと飛び降ります。

 

「ネロ? どうかしましたか?」

 

 とたとた歩いて、コンパートメントのドアの前まで行くと、てちてちとドアを前足で叩きます。爪を出さないところが賢いと思うのは親バカですかね。

 

「セドリックくん、アリシアさん、ネロがお散歩に行きたいみたいなので、私少し出ますね」

「1人で大丈夫なの? 良かったら私も付き合うわよ?」

「大丈夫ですよ。ネロもいますし、列車の中で迷子になることなんてありませんから」

「そう? じゃあホグワーツに着く前に着替えなくちゃいけないからあまり遅くまで出歩かないようにしなさいよ?」

「はい、ありがとうございます。アリシアさんは優しいですね。では行ってきますね」

 

 ひらひらと手を振って、私はネロの後を着いて行きます。でもアリシアさんは心配性ですね。列車なのですからどんなに広くても一本道です。何号車かしっかり覚えておけば大丈夫ですのにね。ですけど心配してもらえるのはとても嬉しいことなのです。私はニコニコ笑いながら動き出した車内を歩くのでした。


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