ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その20

 嬉しくて、嬉しくて、この間フレッドくんの胸で泣いてしまったあの時とは正反対の感情で私は泣いてしまいました。でも仕方ないのです。皆さんが私を泣かせにかかっていたのですから! 泣いちゃうのも当たり前なのですよ!

 そうやって泣いてしまった私を、すぐにアリシアさんとアンジェリーナさんが抱きしめてくださいました。

 

「ごめんね、まさか泣いちゃうなんて思わなかったのよ」

「あーん! キャシー泣かないで! ごめんね、喜んでくれると思ったんだよー!」

「う、嬉しくて……」

 

 私は首を振りながら、それしか言えませんでした。だって本当に嬉しかったのです。きゅうってお2人に抱きつきながら、泣きやもうとしていたのです。そこにどなたかがいらっしゃいました。

 

「フレッド、あなたからも言ってよ。キャシーを泣き止ませられるんでしょう?」

 

 アリシアさんがおっしゃいます。えと、アリシアさん? どうして私をフレッドくんが慰めたとご存知なのですか? と考えましたが、そうですよね。私泣き腫らした顔をして寮に戻ってるのですよね。眠ったままでしたから、誰かが私をベッドに運んでくださったということですものね。お礼、言えていませんね。グスグスと泣きながら私はそんなことを考えていました。はい、少しでも早く泣きやめるようにですね、余所事を考えるのはいい方法なのですよ。

 

「なんで断定なんだよ」

「実績があるでしょ」

「そりゃまあ、ね」

 

 そうやって軽口をアリシアさんと交わしたフレッドくんは、私の頭を撫でてくださいました。あの時のように慰めてくださったのですが……なんでしょう。なんだか違う気がするのです。どこがとは言えません。なにがともわかりません。ですがなにかが、どこかが違うのです。そのお陰なのか、涙は一応止まりました。よかったです。

 

 あの時のように2人だけではないから違うと思うのか、それはわからないのですが、その違いを知りたくて、私は泣いてブサイクさんになった顔を上げました。はい、この際恥は掻き捨てです。もう泣いてしまったことで、これ以上の恥はないですからね。恥じらいなんて捨ててしまうのです。そうして見えたのはですね、イニシャルFの入った手編みのセーターです。ああ、だからアリシアさんはフレッドくんだとわかったのですね。なんて思ったのですが……なんとなく違う気がしました。

 なんとなくですが、これは彼らの悪戯の一環なのではないか。と思ってしまったのです。なので、悪戯返しをしてみようと思いました。悪戯には悪戯に返すべきですよね。いつもはどうしようか迷ってしまってなにもしていませんでしたが、今日は無礼講と勝手に思ってしまいましょう。

 

 えい、とばかりに私は目の前の仮称フレッドくんに抱きつきました。フレッドくんだとしたら、私は慣れていますし、気にしません。もしフレッドくんではなくジョージくんだったら気づくと思いますし、きっと仮称フレッドくんも慌ててくれるのではないか、と思ったからです。

 

「ちょ、キャシー! あなたなにしてるのよ!」

「フレッドズルい! キャシー私もー!」

 

 なんて声が聞こえましたが、気にせず私はきゅうっと抱きつきました。なんだかビクッとされましたが、きっと平気でしょう。私はその胸板に顔を埋めました。……似ています。あの晩に抱きついた胸に似ているのですが……なんでしょう。匂いが違う気がします。後ですね、ちょっとだけ頬に当たる固さが違うというかなんというか。ほんの些細な違いなので、それが正解かわかりませんが私の本能は彼がフレッドくんではないと言っています。

 私は確かめるためにグリグリと押しつけていた顔を上げ、彼のお顔を見上げます。そうですね、お顔の位置は同じだと思います。でも違いますよね?

 こてりと首を傾げて聞いてみます。

 

「どうしてジョージくんはフレッドくんのセーターを着ているですか?」

「っ……ええと、キャシー? 抱きついて判断したのかな?」

「え? あ、はい。そうですよ? で、どうしてですか?」

「いや、キャシー……ああ、もういいいや。うん、なんかわかったし。そうだよ、俺がジョージ。すごいね、キャシーは」

「ジョージくん?」

 

 ちょっとだけ頬を赤くなさりながら笑ったジョージくんは、そうおっしゃって私を離そうとなさいます。ですがまだ質問に答えてくださってないのですが。答えが知りたくて、私はなおいっそうジョージくんに詰め寄りました。私的悪戯の完遂目標は答えをいただくこと、なのです。お答えいただくまで離れるつもりはありませんよ?

 

「や、だからね。離れようね、キャシー」

「でもお答えをいただけていませんよ?」

 

 逃げるようとなさるジョージくんに強く抱きつきながら私は問います。やっぱり違いますね、抱き心地。ちょっとだけフレッドくんの方ががっしりしている気がします。

 なんてことを考えながら詰め寄る私と、仰け反るジョージくんとの間に手のひらが割り込みます。ちなみにアリシアさんとアンジェリーナさんは私の肩を引き寄せようとしてらっしゃいますが、私自身が抵抗しています。だってなんだか悔しかったのです。別に泣かされてしまった意趣返しではないですよ? それは少しだけです。純粋に悪戯を完遂したかっただけ、です。悪戯ってなんだかとっても楽しいのですね。ちょっとだけ興味が出てしまいました。

 そんなことを考えていれば、手のひらは私の肩に降ろされます。

 

「キャシー、離れようね」

「え? あ、フレッドくん。ジョージくんが答えてくれないのですよ。どうしてセーターを交換していらっしゃるのですか?」

 

 手のひらの主はフレッドくんでした。とっても眉を下げながらおっしゃいますが、私は譲りませんよ? ジョージくんから答えがいただけないのであれば、フレッドくんから聞くまでです。

 じいっとフレッドくんを見つめれば、フレッドくんはいっそう眉を下げてしまいます。なんだかとっても困っていらっしゃるようです。そんなに難しいことを私は聞いているのでしょうか? 悪戯じゃなかったのですかね?

 

「あー…まあ、それは……なんとなく?」

「いえ、それ絶対違いますよね? なにか悪戯をなさるおつもりだったのではないですか?」

「え、あー…いや。その、とにかくジョージを離そう? このままじゃマトモに話もできないし、パーティーも始められないだろ?」

 

 そう言い募りますが、明確な答えを下さいません。なんですかね。簡単な疑問ですよ? 悪戯されるとわかっていればあんまり驚かなくて済むじゃないですか。そうやって備えてはダメなのですかね? ダメなのでしょうけど……聞きたかったのです。

 ですがフレッドくんがおっしゃることは正しいので、私はジョージくんを解放しました。なぜでしょう? ジョージくんが膝をつきました。私、そんなに強く抱きしめていましたかね? 男の子に膝をつかせられるほど力が強かったのでしょうか? ドラコはどれだけ抱きしめても平気ですが……。なんて思いながら、室内にいらっしゃる皆さんを見ます。

 

 リーくんは呆れた顔して苦笑い。アリシアさんはちょっと怒ってらっしゃるようです。アンジェリーナさんは悔しがっていますね。そしてセドリックくんです。彼はなんだかわかりませんが、俯いてらっしゃいます。とってもどんよりというか、しょんぼりというか、そんな感じがすごくするのですが。なにがあったのですかね?

 

 こてりと首を傾げる私の背をフレッドくんは押し、部屋の中央へと進ませます。

 そこには大きなテーブルがありまして、とってもパーティーらしくセッティングされています。フレッドくんは私に目配せして、ドリンクの入ったグラスを持ち上げます。皆さんもそれに倣って持ち上げれば「乾杯」の一言。なんだかフレッドくんに上手に流されたような気がしますがいいのです。楽しいパーティーが始まるのですから、気にしちゃダメですよね? あ、でも絶対に後で聞くということは忘れませんからね。覚悟しておくといいですよ、フレッドくん。

 

 乾杯の合図とともに、テーブルの上にはお菓子が山のように現れます。私が作りましたお菓子の他にもなぜかありまして、それにはカードが1つついていました。どうやらですね、屋敷しもべさんたちがお祝いとして作ってくださったようです。

 嬉しい限りなのですが、食べきれないくらいにあります。ここでお腹いっぱい食べてしまったらお夕食として用意したご飯が食べられなくなってしまいそうです。ダメです、そんなの。せっかくの白米ですのに! やっと朧げな味が明確になるのですから、満腹にはしませんよ。

 なんてちょっとだけ変な意気込みを抱きながら、私は屋敷しもべさんたちが作ってくださったお菓子を食べます。自分で作ったものは、また食べることができますからね。

 

 クッキーやマドレーヌ、フィナンシェに糖蜜パイといった焼き菓子。ヌガーチョコレートにトリュフやキャンディ類が山盛りに。そしてトライフルやプリンやムースといった生菓子まであります。……ええと、本当にこれは多すぎではないですかね? 焼き菓子やチョコレート類は日持ちしますからよいですが、生菓子は……。お残しはダメなのです、と私はトライフルを手に取ります。

 大きな入れ物にではなく、小さなカクテルグラスに作られた色とりどりのフルーツの入ったトライフル。生クリームとカスタードクリーム、フルーツとスポンジ。全てを1度に食べるのが1番美味しいのです。……とっても甘くて美味しいです。絶対私の顔はだらしなく崩れていることでしょう。でもいいのです。泣いてしまってブサイクさんになっているのですからね。それ以上にブサイクさんになることはないはず、なのですから。

 

「その……キャシー? 今、少しいいかな?」

「あ、はい。大丈夫ですよ、セドリックくん。なんでしょうか」

 

 立食形式のパーティーですので、椅子には座らず食べておりましたが、流石にお話しする時はダメです。私は手を止めてセドリックくんを見ます。……なんでしょう。やっぱりまだお元気ない気がします。もしかして具合が悪いのに参加してくださっているのでしょうか?

 

「キャシー、誕生日おめでとう。これプレゼントと言っていいかどうか……僕の気持ち」

「え! えと、プレゼントまでご用意していただいているのですか?」

 

 セドリックくんのお言葉と、差し出されたミニブーケを目にして、私は慌てて皆さんを見ます。皆さんニヤリと笑って頷きます。……皆さんその、本当に11歳なのでしょうかね? イギリスのお子様はこんなにサプライズばかりするのですか? あ、ちなみにドラコはサプライズをしようとするのですが、毎晩寝る前に私に『今日の僕』を報告して毎回そのサプライズを話してしまうのです。可愛いですよね、ドラコ。もちろんちゃんと当日は驚きますよ? だって驚かないとドラコが泣いてしまいますから。

 などと考えていましたら、皆さんもプレゼントを手に私のところにいらっしゃいます。本当に、本当にいただいてもいいのでしょうか。

 

「ホラ、迷ってるヒマがあったら受け取りなさいよ」

「そうそう。誕生日にはプレゼントがつきものでしょ!」

「まあ、ケーキもつきもんだけどな。ホラ落とすなよ」

「ケーキを作ったのはキャシーなんだから、プレゼントがあって当たり前。遠慮しないで受け取りなよ」

「そうだよ。キャシーのためにみんな選んだんだよ」

 

 アリシアさん、アンジェリーナさん、リーくんにジョージくん、セドリックくんとどんどんプレゼントを渡してきます。私はミニブーケや小さなボックスやカードを胸に抱えて、また泣きそうになっています。なんでしょう。お誕生日ってこんなに泣きたくなるようなものでしたか?

 

「泣くなよキャシー。パーティーは楽しいものなんだから、嬉しくて泣きたくなっても我慢。その代わりに笑えよ」

 

 そう言って、フレッドくんはニカッと笑います。私も泣きそうですけど笑います。だってフレッドくんの言う通りですから。嬉しいのですから笑った方がずっとずうっと楽しくなれますよね!


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