ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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S氏の優雅ではない放課後

 夕闇にホグワーツ城が包まれる頃、普段は穏やかで静謐な時の流れる彼の研究室は、週のうち三日ほど騒がしくなる。

 その日も、常の通りに彼がお茶を淹れ口をつけたその時にそれは届いた。

 

 どこからともなく現れた梟が置いていった赤い封筒。それを目にし、彼はそっとカップをテーブルに置く。そしてその上に蓋代わりにソーサーを被せると耳を閉じた。全て慣れた手つきである。

 

『セブルス、あの子はどうしている?』

 

 ひとりでに開いたその手紙が、囁くような声を出す。吠えメールであるそれは、開かずとも勝手に本人の声で読み上げられる手紙だ。

 だが彼の元へ毎回届くそれは、吠えメールの概念からすれば静かなものだろう。耳を塞がずとも耐えられる声音であるのだから。だが、彼は必ず耳を塞ぐ。

 

『我がマルフォイ家からグリフィンドールへ入寮……』

 

 誰が送ってきているのか。そして本来は誰宛に送るべきなのか。それを知っているが故の行動──ではなくただ単に耳を傾けるのが嫌なのだ。この声に。

 至極思う。勝手にやっていろ、と。

 

『セブルス、あの子は馴染めているのか?

 マルフォイだからと虐められていないか?

 虐げられてなどいないか?

 我がマルフォイ家は素晴らしき名家だが、名家故に悪評がまとわりつく』

 

 いや、あれは悪評ではなく、正当なる評価であろう。それが彼の意見だが、彼はそれも口にはしない。諸刃として自らに返るからだ。

 

 死喰い人になったことに後悔はない。否、できない。だからこそその評価は甘んじて受ける。そんな余所事を浮かばせる彼の耳に微かに届く声。

 ほぼ八割が『我が家』がどれ程素晴らしく、そしてどれ程高貴で、どれ程優れているかを語る、いつもの口上であるからだ。彼にとって、そんなものは聞き流すが当然であった。

 

 そして次第に話は元の筋へと戻る。これもまた、この手紙の常である。

 

 あの子、ことカサンドラを褒め称えていると言って過言ではないそれら。彼は耳半分で聞き流す。

 

 確かにカランドラは素晴らしく優秀な子供だ。

 それを彼自身もわかっている。でなければ、たった五つの子供が魔法薬学の芸術的作法をものにし、調薬できるわけはない。まあ、自身の教えが良かったこともあるだろうが。そんなことを思いながらカサンドラの姿を思い返す。

 

 手紙の主であるルシウスとよく似た髪色の、幼さの残る肢体の少女。彼女はとても聡明だ。

 己が周囲にどのように見られるか。それをよく知っている。あの純血主義の一家に育ち、教育されてきたにも関わらずそれに染まらない強さもある。

 だが同時に弱い。その心は子供であることを鑑みても弱く、脆い。いつか壊れるだろうと彼は思っていた。それらは全て、彼女の育ってきた環境が起因しているのだろうが、それがわかったからとは言え、彼にできることは多くない。

 多少、彼女のために時間を割くことくらい、だろうか。それが救いの一助になるとは思えないが。

 などと考えていれば、初めは囁きのようだった落ち着いた声が、荒ぶり始めた。やはりまたか。音には出さず、彼はため息をついた。

 

『いや!

 あの子は類い稀なるほどに可愛らしい。

 まさかどこの馬の骨とも知れぬ男に誑かされていたりなぞ、されてはおるまいな!

 どうなのだ、セブルス!

 あの子に好いた男などできたのではあるまいな!』

 

 アレが男に誑かされ身持ちを崩すとでも思っているのか。そう毒づきたいのを堪える。アレは恋や愛だのよりも、よほど勉学に力を入れている。それが彼の見解だが、ルシウスはその可能性を頭から消し去っている。忌避しているくせに、まず何よりも先のそれを考えてしまうのだ。

 何故実の父がアレの本質を理解しないのか。彼にはそれが謎でしかない。なんだ、父の盲目的な愛だとでも言うつもりか。馬鹿馬鹿しい。そう切って捨てたくなる。今のところしないが。言えばより面倒なことになることを経験則より知っているのだ。

 

『あの子からの手紙にはそんなことはなに1つ書かれていないが、実際のところはどうなのだ?

 知っているのだろう、セブルス!

 私に秘密を作るつもりか?

 早く、早くあの子の近況を私の元に送るのだ!』

 

 ああ、そろそろ手紙も終わりか。彼は毎度のルシウスの言葉に気づく。まあ、この後に流れるであろう言葉がより迷惑で、面倒で仕方ないが、それは無視すればいいことだと理解しているが故の思考である。

 

『送れないというのであれば、あの子の姿を写真に撮って送りたまえ。

 よいか、制服姿、私服姿、眠る前に寝起き──あとはそうだな、箒にまたがる姿を所望する!』

 

 無視をすればいいとわかっているが反論したくなる。そう、何度も思うのだが、彼が手紙の主の言う写真を撮ることはない。というか、彼が撮ることになればそれは盗撮しかないだろう。かなり不名誉なレッテルを貼られる行為を、何故しなくてはならない。そう思う程度には彼も常識がある。

 深く、そして長いため息をつき、彼はもう間もなく千々になって消えていくだろう手紙を睨む。それが彼にできる精一杯だ。

 

『では頼んだぞ、セブルス!』

 

 そんな一言で手紙は瞬く間に細切れになり、ゴミも残らない。

 だが、それで安心はできない。

 ついと視線を巡らせれば、手紙が終わるのを待ち侘びていたのだろう梟が後二羽、そこにいる。

 そう、ルシウスだけでなく、その妻ナルシッサ、そしてその息子ドラコの手紙が必ず三通ワンセットで届くのだ。カサンドラの元にではなく、彼の元に。彼はそれを止めてもらいたいと心底思っている。が、言ってきく男であればこのような事態にはなっていないだろう。

 

 最早諦めと、そして少しの意地から彼は二羽目の梟に目線を送る。

 今日の二通目は、妻なのか、息子なのか。……それにしても、かの家族は、アレを溺愛しすぎてはいないか。それだけが少し気になった。


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