ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その17

 ……ええ、とですね。どうしましょう。先ほどまで色々なことで乱れていた私の心は落ち着きましたが、今はそれとは違う別のことで落ち着きません。本当にどうしましょうか。

 

 泣くことは自浄作用があるとは言いますが、泣きすぎて頭が痛くなるレベルでしょう。と自分でもわかるくらいに泣きまして、気分は落ち着きました。

 こうして泣くことはずっと願っていたことでしたから、堪能してしまったような気もしないでもないですが。それもきっと、物心ついた頃から我慢してきたこと。それに重ね、自分は大人の記憶を持っているのだから、とより負荷を与えた2ヶ月と少しがいけなかったのでしょう。自覚しないまま、私の心はとっても疲れていたのでしょうね。

 それで目いっぱい泣いてしまったわけなのですが、今私はとても大変な状況に陥っております。

 

 いえ、泣いたことで多分目は赤いでしょうし、腫れてもいるでしょう。きっととってもブサイクさんになっていると思います。ですがそれはまだいいのです。泣いてしまったのですからそうなるのが当たり前ですし。違うのです。そんな私の容姿の問題ではなく、もっと別のことなのです。

 それは今私を包んでいる温もりに起因します。

 

 はい、温もりです。温かい腕です。誰のかと言えばそれはもちろんフレッドくんのものですね。当たり前ですね、今は私とフレッドくんの2人しかこの部屋にはいないのですから。

 気づけばですね、泣いていた私はフレッドくんに抱きしめられるかのようその腕の中におります。むしろ私から縋りついていたのです。……いえ、どちらかと言えば父親に泣いて甘えついた幼子のように齧りついたというべきでしょうか。よくドラコもそうしてきてくれていましたが、まさか自分がそのようなことをすることになるとは思いませんでした。

 

 ですがですね、これには理由があるのですよ!

 泣いていた私のすぐそばにあった、温かな腕。なにもかもを許してくださるかのように包み込んでくださったその腕と、子供ですが私よりも広い胸。私よりも硬い腕。私の知っているお父様やドラコとは違う、温かな香りのするそれらがとても、とても心地よかったのです。

 その所為なのでしょうね。私は抱きしめられるだけでなく、無意識のうちにフレッドくんの背中に腕を回しておりました。

 

 はい、抱きついたのです。それはもうぎゅうっと。しかもこうして考えている今も、抱きついております。フレッドくん、意外とガッチリしてらっしゃるようです。男の子って見た目と触り心地がこんなに違うのですね。なんて余所事を考えてみますがまだ悩んでおります。はい、自分の置かれた状況にどうしたらよいのかわかっておりませんからね。

 などと迷っていることに気がつかれたのか、それともしゃくりあげることが少なくなったから、なのでしょうか。フレッドくんが声をかけてくださいます。

 

「キャシー……そのさ、少しは落ち着いたか?」

「……は、い」

「そ、ならよかった」

 

 私がこくりと頷けば、ポンポンと背を叩いてくださいます。……今気づいたのですが、私はお父様にこんなことされた覚えがありません。いえ、頭を撫でられた記憶はありますよ? ですが抱きしめられた記憶は本当に──ああ、ダメです。こんなことを考えてしまってはまた泣いてしまいます。

 そうですよ、お母様には抱きしめられたことも、頬におやすみやおはようのキスをしてもらったこともあります。お父様は特にお家にいらっしゃらないことも多かったですし、お父様とお母様とで飴と鞭を担当分けしていただけです、きっと。多分。そうなはずです。全く愛されていなかったわけではないはずです。多分。

 

 無意識のうちに、回していた腕に力がこもってしまいます。いえ、いけません。もう泣き止んでいるのですから縋ってはダメです。

 私は必死に自分に言い聞かせながら、フレッドくんの背に回していた腕を解きます。ちょっとだけ名残惜しいですが本当にいけません。これ以上してしまってはクセになってしまいますからね。大変です。

 

「えと、その……申し訳ありませんでした」

 

 ですが少しばかり以上に恥ずかしさがありまして、顔をあげぬまま謝罪いたします。はい。別にブサイクさんな顔を見られたくないわけではないです。抱きついてしまったという自分が恥ずかしいだけです。

 そんな私の頭を、フレッドくんは軽い調子で小突きます。少しも痛くはないその手に、私は顔をあげてフレッドくんを見ます。

 

「だーかーらーキャシーは悪くないって。俺謝らなくていいって言ったよな?」

「う、はい……おっしゃってくださいました」

「わかってるなら謝らない」

 

 私の頭を撫でながら、ニッと笑うフレッドくんです。なんでしょう。とってもフレッドくんが大人に感じるのですが……悪戯っ子だと思っておりましたのに。なんだかとっても悔しいです。いえ、同じくらい嬉しいのですが。

 

「とりあえずさ、俺は謝ったし、いらないけどキャシーも謝った」

「はい」

「ということは、俺たちは仲直りしたってことでいいか?」

「え?」

「えって……違うのか?」

「違わない……のですか? その、わかりません」

 

 しばし無言になります。

 ええとですね、確かにお互いに謝罪いたしました。そしてその謝罪の途中で私は私事で泣き出しました。ですのでうやむやになったのではないか、と浮かんだところで気づきます。

 フレッドくんはそれを自分の言葉の所為だと勘違いなさっているのではないか、ということに。なんだかそんな気がします。……ええと、泣いた理由、秘密にしておいてよいですよね?

 自覚はきちんとしましたが、流石にまだ、自分が親に愛されてないかもしれないことを人に伝えたくはありません。そして大勢の方に嫌われているのだと知っているとも言いたくありません。ズルい私を封印するべきなのでしょうが、ちょっとまだ無理そうです。

 

 私がまたそんなことを考え込んでいれば、フレッドくんは撫でていた手でポンと私の頭を叩きます。

 

「じゃあ、仲直りしたことにしようぜ」

 

 そうしてニッとまた笑います。今度はなにか悪戯でも考えているかのような笑みです。な、なんでしょうか。なにかするつもりですか? というか悪戯したくなるくらいに私、今ブサイクさんだったりしますかね?

 などという私の不安を笑うかのようにフレッドくんは朗らかにおっしゃいます。

 

「そしたらさ、キャシーが俺の胸でひんひん泣いてたってみんなには内緒にしておくから」

「な、ひんひんなんて……」

「泣いてただろ?」

「……泣いてました……」

「俺とキャシーとの秘密ってこと。仲直りした友だちなんだし? 秘密の1つや2つあって当たり前、だろ?」

 

 ニッと笑って、親指を立てるフレッドくんです。いえ、そうおっしゃってくださるのは嬉しいですよ? 嬉しいのですがそこはかとなく漂う不安感はなんでしょうか。

 これはあれですか? 言わないというのはフリなのじゃないかという不安でしょうか? ……絶対にないかどうか、と言えば五分な気がします。面白くなるのであれば口にしてしまいそうな気もします……同じくらい言わないような気もしますが。

 

「な、なんだよ、その目。信じてないだろ」

 

 そんな私の心が視線に透けたのでしょう。フレッドくんは私をじっとり見ています。ですが声は少しだけ楽しそうなのです。それに助けられた私は、思うことをそのまま口にします。友だちであるなら、このくらいの軽口は……平気、ですよね?

 

「いえ、信じてはいますよ? ただその……フレッドくんは秘密にしていても面白かったら誰かに伝えそうな気がしただけ、です」

「……それ、信じてないって言わね?」

「ええと、どちらかと言えば理解しているということではないでしょうか? ご自分でもちょっと思われたのではないですか?」

「否定はしない。だけど今回は絶対秘密にする!」

「そうなのですか? えと、それはどうして?」

 

 私の言葉にあまりにもはっきりお答えになる姿が不思議で私はこてりと首を傾げて問いかけます。

 だってわからないのです。私のように面倒な相手の秘密ですよ? 誰かに伝える選択をしてもおかしくありませんし、私なら誰かに漏らしてしまうかも──いえ、しないですね。ちょっと恥ずかしいことくらいなら、誰にだってあることですから。

 フレッドくんはどんな理由でそう言い切るのでしょうか。

 

「そ、それは……」

「はい、それは? なんでしょう。とっても知りたいのですが」

「いや、だからそれはさ」

「はい」

 

 なんだか言い淀んでらっしゃいますね。なんでしょう。やっぱり私のお顔がブサイクさんになっているのが可哀想だから、とかそういうことでしょうか。え、それではこうしてお顔を合わせているのもちょっと……。私はとりあえず下を向いた上で自分の顔を両手で覆いました。隠した方がきっといい、はずですから。

 

「は? え、ちょ、キャシー? え、キャシーまた泣いてっ」

「え?」

「ちょ、ごめ……俺が悪い。俺が悪かったから泣くなよ……」

 

 ええとですね、私また再びフレッドくんの腕の中にいます。しかもがっちり、ちょっと苦しいくらいに腕に閉じ込められています。……ええと、どうしてでしょうか? いえ、わかっています。私の行動が少しばかり誤解を生むものだったのですよね。

 ですがまた抱きしめられるとは思ってもいなかった所為でですね、驚きすぎて私は固まってしまいました。そんな私の耳に、囁きのようなフレッドくんの小さな声が届きます。

 

「その、ただちょっとその……もったいなかったから言いたくなかっただけ、なんだよ」

 

 もったいないとはなぜでしょう? その言葉の意味を理解しかねて問いかけてしまいます。

 

「フレッドくん、なにがもったいなかったのですか?」

 

 とっても近い距離でしたが、顔をあげてフレッドくんを見つめながら問えば、フレッドくんは安堵と驚きとがないまぜになったような顔をしています。あ、初めて見る顔ですね。なんだか可愛いと思います。

 

「は? って、え? ……泣いてねえし」

「え? あ、はい。私のブサイクさんな顔をちょっと隠しただけだったのですが……誤解させてしまったようですね。ごめんなさい」

「や、ちょっと焦っただけだし……ていうか別にブサイクじゃないぞ?」

「いえ、ブサイクさんなはずですよ」

「えー? 確かに目は赤いし鼻も赤いけど、ほっぺたも赤くなってるしで、全体的には血色いい感じに見えるぞ? まあ、泣いたのはすぐわかるけど、普段とそこまで極端に違うところはない、はず」

「いえ、その……目も腫れてますよね?」

「んー? 別にこのくらいなら気づかないと思うけど?」

 

 私のまぶたをするりと撫でてそう言います。……え、とフレッドくんはやっぱりナンパな人だったのでしょうか。なんだか、なんだかとっても女の子に慣れているというか、手慣れた感じがするのですが。

 

「あ、でもまぶた熱いな。やっぱ腫れてるってことか? そんな変わってようには見えないんだけどなあ」

「え、あ……フ、フレッドくん?」

「ん? なに?」

「えと、なぜ私は目隠しされているのでしょうか?」

「んー…俺の手がキャシーのまぶたより冷たかったから?」

 

 え、それ理由になっていませんよね? いえ、冷やしてくださっているのは嬉しいですよ? ですけれど、確かあのバスケットの中に濡れた布巾ですとか、入っていましたよね? あれじゃダメなのですか?

 そう聞きたかったのですが、なんだかとっても嬉しかったこと、そしてとってもその手のひらが気持ちよかったことでついつい目を閉じてしまいました。

 どうしてこう、フレッドくんの腕の中で私は安心するのですかね?


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