ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その16

 ちょっとだけパサつくローストチキンに苦戦をしながらまるで昼食のような夕食を食べ、紅茶を飲んで一息ついたところでフレッドくんが居住まいを正しました。

 きっとお話が始まるのでしょう。私も沈み込んでしまうソファーに浅く腰掛けて彼を見ます。

 

「あー…その、さ。昨夜はごめん!」

 

 勢いよく頭を下げて、おっしゃった一言。……どうしましょう。私も謝罪するべきです。というかですね、本当はフレッドくんではなく私の方が悪かったような気がするので、こうして彼に謝罪させてしまった私は──とってもダメではないでしょうか。

 私もテーブルにつくほど頭を下げました。彼がした以上に私も彼に謝罪しなくてはダメなのです。

 

「ごめんなさい、私の方がいけなかったのです。フレッドくんは悪くないのです」

「は? なに言って……ていうかキャシーは悪くないだろ」

「いいえ、私昨夜とっても態度が悪かったです。せっかく迎えに来てくださったのに……」

 

 そうですよ。あれはフレッドくんの善意からの行動だったのです。それなのに私は子供扱いされたと怒り出してしまいました。ダメです。事実を認められないなんて、子供扱いされたとしてもそれが妥当ですのに。完全に八つ当たりですよ。

 告げながらしょぼんとして反省します。

 

「そんなの……キャシー、こっちを見ろよ」

「はい……」

「俺、怒ってるように見えるか?」

「……いいえ、見えません」

 

 むしろ呆れているようにも見えます。

 

「どう考えたって、昨夜のあれは俺が悪かった。ま、今朝からのキャシーの態度にはちょっと傷ついたけど、あれも仕方ない。俺の自業自得だ。つまりさ、キャシーが今俺に謝る必要はないんだよ」

「いいえ。いいえ違うのです、違うのですよ……」

 

 私は彼になにを言えばいいのでしょうか。なにを言っても言い訳にしかなりません。それがわかっているからでしょう、なにも言えないのは。謝罪しなければならないことがあるのに、その理由を言えない私。そんな私を見ながらも広い心で許してくださるフレッドくん。なんでしょう。私に本当に大人だった記憶があるのですか? 自分で自分がわかりません。経験があるはずですのに、それを全く活かせない自分。こんな私は大人だったなんて言えません。

 

 確かに未来については物語の範囲内であればだいたいわかります。たまに思い出せないこともありますが、重要な物品については覚えているはずです。ですけれど、よく考えれば大人であったはずの私自身のことになると、前世の記憶のことを飛び飛びしか思い出せません。

 まるで無音のオムニバス映画のように、前世の私にとって特別だったらしい場面しか浮かばないのです。

 入学や卒業、結婚や出産といった人生の節目。

 旦那様だった方からされたプロポーズの場所が海の見える夕暮れの公園であったこと。泣きながら指輪を受け取っていたこと。夢を話しながら家を建てたこと。そして生まれた子供たち。その子供たちの成長ぶり。彼らを叱っていたこと、褒めていたこと。たくさんの出来事を見ました。

 中には旦那様だった方が亡くなったことや、それに打ちのめされている姿もありましたし、孫が生まれたことなども思い出せます。ですが、そこに付随する感情は嬉しかったのか、悲しかったのかすらわかりません。きっと嬉しかったのだろう、悲しかったのだろう。はしゃいでいるのだろう、悔しいのだろう。そんな予想をつけられますが、音声もなにもないフィルムを見ているだけのような状態では、それが正しいのか判断はできません。

 

 これでは私は大人だった記憶を持っていると言えるのでしょうか。もしかすると私は、思い出したその記憶の断片に引きずられ、自分を大人だと思い込んでいるだけ、なのでしょうか?

 気づいてしまったのそのことに、私は愕然としてしまいます。私は、本当に大人の心を知っていると言えるのでしょうか、と。

 そんな私に、声が届きました。

 

「……キャシーが泣くことない」

「え?」

「泣いてるって気づいてない?」

 

 とっても痛そうなお顔をしたフレッドくんの言葉に、私は自分の頬を触ります。……濡れています。とってもとっても濡れています。びっくりするくらいたくさんの涙が流れているみたいです。自分が泣いていることにも気づけなくなるほど、私は考えごとに囚われてしまっていたようです。

 

 入学するよりも前、記憶を思い出した頃から何度泣きそうになっても、私は涙を流しませんでした。記憶を思い出したことで私はもう大人の心を持っているのだから泣かないのだ、と決めていました。いいえ、思い込んでいたというべきなのでしょうか。その枷がなくなってしまったのでしょうね。せっかく少しは自分が成長したと思っていましたのに……結局私は少しも成長していない、小さな私のままでしかなかったのでしょう。

 

 私は顔を手のひらで覆い、泣いている自分を少しでも隠しました。フレッドくんに私が自分を哀れんで泣いているなんてこと、気づかれたくなかったのです。私は、私のことだけしか考えていないのだと、知られたくなかったのです。

 

 ほんの少しだけ無言の時が流れます。ですが少ししてキシリと音がして、パタパタと歩く音がしました。フレッドくんが席を立ったのでしょう。

 それを感じたことで、きっとフレッドくんは泣き出した私に呆れて、私を置いて帰っていくのだろうと思ったのです。子供なのですもの。そのくらい薄情なところがあって当たり前でしょう? 泣いている女の子を置いてその場から逃げる、なんて行動を記憶の中の子供の誰かもしていましたから。

 ですがフレッドくんはその子とは違うようでした。

 

「あれは俺が悪かった。俺がキャシーが怖がるくらいなら怒らせればいいやなんて思ってしたから──だから俺が悪い」

 

 私の隣。2人掛けでしたソファーの空いたスペースに彼は座り、そして私の頭を撫でてきたのです。優しく、甘やかすように、あやすようにゆっくりと。

 今の私より1つ下で、前世の私からしてみたら子供というよりも孫というくらいの彼。そんな彼に慰められていることに少しも違和感を感じない私がいました。

 それは昨夜の言葉よりももっと子供扱いであるはずです。それなのにイヤではないのです。それが不思議であり、自然でもありました。

 フレッドくんからすれば、私へのこの行動は妹さんへするものとなんら変わらないのかもしれません。フレッドくんもお兄さんなのですから、妹さんを慰めることがあったのでしょう。妹さんと錯覚するくらいには私は小さいですし、子供としか言えないほどにこうして泣いてもいます。子供扱いをされて当然なのでしょう。ですが、私にはそれがとても心地よかったのです。

 

 小さい頃からお父様やお母様の前で泣くと、ひどく怒らせてしまった後も泣き止まずとても困らせていました。だから少しでもお父様たちの前で泣くことを止めました。スネイプ先生の前で転んで泣いた時もとっても困らせてしまいました。だから少しでも泣かずに済むように、スネイプ先生の前では特に気をつけるようになりました。そしてドラコの前では良き姉でいたかった私は、あの子の前で絶対に泣きませんでした。ずっとずっと隠れて泣いていたのです。記憶を思い出してからはそれもしなくなりましたけれどね。

 

 私は子供でしたが、それなりに聡い子供だったのでしょう。人から嫌われることがとても怖かったのです。だから、本当は色々なことに気づいていましたが、気づかない振りをしていたのです。

 

 私は、私が今までどう思われてきたのか、そして今のホグワーツの中でどのように見られているのかを全て自覚しています。

 

 元闇陣営の一員であるマルフォイ家の令嬢であることで、私の周囲には同じく闇陣営の方たちが大勢いらっしゃいました。もちろんその方たちの娘さんや息子さんもいらっしゃいます。ですが私は、彼らと深く付き合うことができませんでした。

 いろいろな席でお会いすることがあっても、一歩引いて彼らと接していたのです。それで友人ができるわけもありません。ですが私は、親御さんによく教育されてヴォルデモート卿を崇拝するような方たちに違和感しか抱けませんでした。だからでしょうね、価値観の合わない方たちと親しくすることはできないと決めつけていたのです。

 

 そしてホグワーツでは、マルフォイであるのにグリフィンドールとなった異端で、抜きん出て幼い容姿をしていて、必然的に人の中心になる方とだけ親しくしています。私が別の名で、私のような存在を見たならば、きっと心のどこかでその方をよく思わないでしょう。

 マルフォイだからきっとズルいはずだ。きっと汚い手を使ってあの方たちの近くにいるのだ。幼い容姿も油断を誘うためだろう、なんてことも思うかもしれません。

 ですから、周囲の方たちが同じように思い、私を嫌うのだとしても止められないと理解しています。私自身が他の方を色眼鏡で見ている自覚があるのです。そうして理解しているからこそ、気づかない振りをしてきたのです。大人の記憶を思い出したのだから、それに耐えられるのが当たり前なのだと。

 それに私はとてもズルいのです。とてもイヤな子なのです。だからこう考えたのです。気づかなければそれはないことと同じなのだ、と。

 

 実際にはないのですから、私が自分がズルくてイヤな子だと気づく必要もありませんし、人の悪意に胸を痛める必要もありません。そう決めつけて自分のズルさや心の弱さから逃げていたのです。

 

 ですが本当は気づいていました。私は素直に、心の底から自分のためを思って、ただ泣きたかった心を誤魔化し続けていたのだと。

 

 本当はずっと自分のために泣いてしまいたかった。私は可哀想なのだと主張したかった。違和感しか感じない場所で心をすり減らして生きているのだと主張したかったのです。

 ですがそんなことはできるはずもありませんでした。

 今の私もそうですが、あの頃の私も子供でした。ですがなにも知らない子供のままでもいられませんでした。

 私自身がどんなに違和感を感じていたのだとしても、私という存在はマルフォイ家の令嬢です。お父様とお母様の娘です。跡取りとしてドラコがいますが、私はその見本としてあらねばなりませんでした。だからマルフォイ家に見合う高い教育を受けたのでしょうし、愛されてはいても厳しく躾けられたのでしょう。自分が愛されていることを感じてはいました。ですが私はお父様やお母様を尊敬できていたかといえばそうではありません。愛してはいました。ですが尊敬は──だからこそ、私はドラコを大切にしたのでしょう。私が得たかったものを与えるように。

 良いことをしたら全身で褒めてくださる。悪いことをしたらしっかり叱った上で抱きしめてくださる。共にいる時間が少ないのだとしてもその言葉で、行動で愛を示して欲しかったのです。側にいられないからとお金を渡されて、ドビーに生活のほとんどを任せる。それは親とは言えないのではないか。ずっとそう思っていたのです。私は本当に愛されている子供なのだという自信が欲しかったのです。

 

 だからこそ、私は記憶の中の『私』になりたいと願ったのでしょうね。彼女はとても暖かく、穏やかな家庭で育ち、そんな家庭を育んでいました。その感情を私自身が感じることはできませんでしたが、推し量ることはできました。彼女はとても、とても幸福な一生を過ごしていたのです。

 私はそんな彼女になりたかった。でも、なれないことも理解していました。だからせめて、彼女が与えられていたようなものを得たかったのです。

 

 ですが多少なりとも感じられていたお父様から、お母様から、ドラコからの愛情も、今は感じることができません。何度手紙を送ろうが、その返事が返ることがないのです。そして一部を除いた周囲の方からも好かれてはいません。だから信じたいのに信じきれないのです。私をお友だちとして扱ってくださるアリシアさんや、アンジェリーナさん。フレッドくんにジョージくんにリーくん。セドリックくんだって私を心配してくださいました。ですが、いつか彼らからも私は嫌われるのではないかと、いつだって考えていました。

 

 色々なことに怯え、そして打ちのめされている自分の心。それを癒してくれる人が私は欲しかった。なんの柵もなく甘やかされたかったのです。だから今、それをくれるフレッドくんの行為に対し、違和感を抱かないのでしょうね。ずっと望んでいた私を甘やかしてくれるその手に、私は誰よりもずっと子供のままだったのだと気づきます。同時に子供でいていいのだと感じられることが堪らなく嬉しくて、余計に涙は止まらなくなりました。


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