ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
「では、今日もありがとうございました。また次の授業後もよろしくお願い致します」
「気をつけて帰るのだぞ。君はよく転ぶのだからな」
「ええ、わかっております。お薬も持ち歩いているので大丈夫です。ではおやすみなさい、スネイプ先生」
苦笑いの後ぺこりと頭を下げて、就寝の挨拶をしてからお部屋を出ます。いつもとっても心配そうな目をしてこうおっしゃるのですが、流石になにもないところで転びません──と言いたいところですが、スネイプ先生の前ですと、よくなにもないところで転んでおりましたね。でも仕方ないのです。魔法薬学をお教えいただいている時は集中しておりますのでね。
大抵そんな時は少し慌てたスネイプ先生が傷薬を塗ってくださいます。怒っている時と傷の場所によっては息を吹きかけてくれませんがそれは構いませんよね。心配してくださってることは伝わっておりますし。
交換日記云々のその後、大変照れたスネイプ先生を私が堪能していることに気づいて、それはもう照れ隠しで言葉が乱暴になっておりました。そんなところもとっても思春期ぽくっていいと思います。
それから少しだけ私にお怒りになってから一言おっしゃいました。「そう簡単に会わせるわけには行かないだろう」と。
そうですよね。私はマルフォイ家の娘なのです。スリザリンでなくとも、お父様、お母様からお手紙が届かなかったのだとしても、それは変わりません。そんな私が、おおっぴらにダンブルドア校長にお会いできるわけはありませんよね。なにか下心があるのだと思われて然るべきです。まあ、実際下心はあるのですが。
ですが、ただあの日記をお渡ししたかっただけだということはスネイプ先生にもご納得いただけましたし、一応一安心ですよね。ホッと一息です。
ちなみにですね、あの日記がなんであるかはスネイプ先生にお伝えしておりません。ですから私からということをお伝えした上でダンブルドア校長に日記をお渡しいただけることになりました。知っている方は少しでも少ない方がきっとよいと思うのです。スネイプ先生は、日記がホークラックスだとご存知でしたかね? ……覚えていませんね。多分ご存知ではなかったということでいいですよね? いいということにしておきましょう。
歩きながら、私はつらつらと考えます。考えなくてはいけないことはたくさんありますからね!
ダンブルドア校長でしたら、あのお名前にもすぐにお気づきになるでしょうし、きっと日記について気になるところがすぐに出てくるのでしょうね。そうしましたら、私はスネイプ先生を経由しないで直接お呼び出しを受けるそうです。……これって悪いことをしたって周囲に勘違いされませんかね?
少しだけ不安は残りますが、まあよいでしょう。これもいいことにしておきます。だって1つ肩の荷が降りたのですもの。
これでヴォルデモートさんのホークラックスは1つ減り、残りは……幾つでしたか。
ええと、今このお城にないものは、確かどなたかの指輪でしたよね?
それからサラザール・スリザリンのロケット。こちらはブラック家の方がどこかにお隠しになったのですよね? あら? 違いますかね? とにかくロケットにはブラック家の方が関わっているはずですよね。
それからヴォルデモートさんのペットのナギニさんにハリーです。……まだありますよね? なんだかキラキラしたカップがあったような気がしますがよく覚えていません。ダメですね。
でもですね、このお城にあるはずの1つは覚えているのです! ええと、どなたかの髪飾りです。確かレイブンクローに関わりのある方、です。……ル、ルエナ? ロウェナ? とにかくなんとかレイブンクローさんだったような気がします。
こちらは『必要の部屋』にあるのですよね? ……ですが1つ問題があるのです。私ですね、必要の部屋の正確な場所がわかりません。わかっているのは、バーナガスさんの絵の近く、でしたでしょうか。これも正解かわかりませんが。
どなたかに伺ってもよいのですが、ご存知の方いらっしゃるのでしょうかね? 探して見つからなければ、ダンブルドア校長に直接お伺いすることにしましょう。多分それが1番安全かつ、最速な気がしますね。
などと考えながら歩いていたのですが、考えが一区切りついたことで気づいてしまいました。
廊下、とっても薄暗いのですが。いえ、広いですよ? とっても広々としているのですが、地下ですのでとっても薄暗いのです。こ、怖くはないですよ? 怖くはないですが、とりあえず急いで帰らねばなりませんね。これ以上暗くなったら多分……。
ぶるりと肩を震わせた私は、足早にグリフィンドール寮まで向かいます。地下から8階の寮まではちょっとだけ遠いのです。やっぱりスネイプ先生がスリザリン寮の寮監だからでしょうね、研究室はスリザリン寮に近いのです。
2つの寮が離れているのはやっぱり仲が悪いからなのでしょうかね? その理由は私にはわかりませんが、今わかることが1つだけあります。……やっぱり1人で地下廊下を歩くのは怖い! ということだけです。でも止まってしまえば歩けなくなりますからね、気合いで歩くのです!
地下から地上階へと出て、ほっと一息つきました。後は大広間まで向かえば大丈夫です。まあ、そこまでの道のりも薄暗くて怖いことには変わりありませんがね。
ぽてぽてと歩き、まもなく大広間というところまで進んで気づきます。
大広間の閉じられた大きな扉の前で、人がお1人佇んでらっしゃるのです。少しだけ扉に寄りかかるようにして、俯きがちに。一瞬だけ幽霊かと思ってしまって驚きましたが違います。そこにいたのは、私が見知った人なのです。それも普段ならここにはいないであろう人、です。
声をおかけするか迷います。そんな私に気づいたのでしょう。その方が声をかけてくださいました。ですがまだ、私は迷っていました。
「キャシー、よかった。入れ違いにならなかったみたいだ」
「えと……私を待っていた、のですか?」
「そう。今日さ、ハッフルパフのセドリック・ディゴリーに聞いたんだよ。キャシーが暗いのが苦手なんだって。だからさ」
少しだけ照れたように目を細めて、彼は言いました。「迎えにきたんだ」と。どうしましょう。とっても、とっても胸がときめくのですが、どうしましょう。彼の名前がわかりません。
艶々の赤毛に真っ白な肌。そこに散るソバカスも青い目の色も全部瓜二つなのですが! フレッドくんですか? それともジョージくんですか? なんて今の状況で聞けません!
一応ですね、私も12歳の女の子らしく、こうして男の子に待ち伏せをされたりとかしてみたいのです。一応将来の夢にお嫁さんがありますしね。ですが私は小さいですし、ちょっとどころではなくおばさま風だと思っております。そんな私には恋心を抱いてくださる方はいないと思っているのですよ。いえね、一応年上受けはものすごくよい自覚はありますよ? 見知らぬお爺様とかお婆様とかによく頭を撫でられて、お菓子をいただいたりしますから。ですがそれって可愛い子供、特に幼い子供に向けてのものですよね? 私、12歳相応の対応ってされた記憶が微かにしかないのですが……。自分で言っていてなんだかとっても悲しくなってきました。
その所為ですかね、ときめいていたのもすっかり落ち着きました。そうですよ、ときめいている場合ではないのです。今重要なのは彼がどちらなのか、です!
ここはなんと聞くのがよいでしょうか……。う、浮かびません。可愛い男の子を傷つけずに知りたいことを知る、なんて高等技術私にはできませんよ! うう、今ここにアリシアさんがいて欲しいです。そうしたらきっと彼がどちらなのかわかるような気がするのですが。
「その、どうした? 迷惑だったか?」
「い、いえ! お迎えは嬉しいです。嬉しいのですが、その……お1人なのですか?」
「あ、ああ。俺1人」
ニッと笑って、「帰ろ」と彼は私を促します。肩にも、腕にも、手のひらにも触れず、です。……彼はジョージくんでしょうか?
隣を歩く彼の顔を見上げます。私は彼の肩辺りくらいまでしかありません。なんだか嬉しそうに歩いてらっしゃる姿はとっても可愛いのですが、本当にジョージくんなのでしょうか? さっぱりわかりません。
大広間前から歩きます。引き戸の陰とタペストリーの裏の隠しドアを2度くぐり抜けます。お互いこの間無言です。
どうしましょうか。なにかお話しした方がいいような気がすごくするのですが、なにかいい話題はありますか?
なんて考えていたからですかね。あっさり階段を踏み外しかけます。勢いよく階段の踏み板に脛をぶつけそうな気がします。
脛ってぶつけるととっても痛いのですよね。なんて思いながら私は体の力を抜きます。
「あ、危ない! ちょ、キャシー少しは避けようとしなよ!」
慌てた様子で腕を取られ、転ばぬように引き寄せられます。助けてくださったようです。とっても反射神経が素早いのでしょうね。羨ましいことです。私にできるのは、別のところを傷めてしまわぬように体の力を抜くことだけですよ?
「いえ、避けると別のところにも怪我をするのです。被害を最小限に抑えるには流れに身を任せた方がよいのですよ?」
もちろんそれはこれまでの経験則から覚えたことです。そうです。これまで何度も否定してきましたが、私も自分でわかっているのです。私がとってもよく転びやすいのだということを。
スネイプ先生にお薬を持たされてしまう程度には慣れた事柄なので、私も転びそうになった時に慌てることもなくなりました。これが泰然自若というものなのでしょうかね。
そんな私の言葉に、彼は声を荒らげます。
「いや、避けた方が怪我しないだろ、普通!」
とっても心配してくれているのだと伝わるお言葉です。嬉しいのですが、それではダメなのです。だって、
「避けるとですね、脛を打つのではなく擦りむいた上、多分手すりに頭をぶつけていたと思います」
私は胸を張って言い切ります。そうなのです。私が転びかけた時、行動すればするほど二次被害、三次被害が出るのです。ちなみに二次被害は自分に、三次被害は他の方に、です。……多分一番多く被害に遭われたのは、スネイプ先生だと思います。家だと基本的に私、自主的な行動を制限されていますからね。
二次被害はいいのですが、人様の迷惑にはなりたくありませんからね。そうなるくらいでしたら自分が怪我をしたほうがマシ、です。しかも二次被害がない分怪我は軽くなりますしね。これでよいはずです。
「え? 断言なのそれ? ていうか……やっぱり断言できるくらいケガしてきてたんじゃん」
「……違いますよ? ちょっとだけです」
「でもケガして、あのすごく沁みる薬をたくさんつけてきたってわけ?」
ちょっとだけムッとしたお顔で、彼は言い募ります。なんだかこんな会話を以前したことがあるような気がするのですが。
「いえ、たくさんは……」
「キャシーのウソツキ。あの時も俺が聞いたらたくさん使ってないって言ってたじゃん。それなのに今の感じじゃ違うだろ? その上さ、よく転ぶとは聞いてたけど、二次被害があるなんて知らなかったんだけど」
えと、ですね。あのお薬をたくさん使うかどうかを聞いてきた方、それも男の子は、私の記憶の中でお一人だけ、のはずです。私、彼が誰だかわかった気がします。
真っすぐ彼を見つめて、そうしてその言葉を聞いた状況を言葉にします。
「……ええと、ほぼ初対面の方には言えませんよ? とっても恥ずかしいのですから」
「恥ずかしがるキャシーも可愛いよ?」
ニコッと言うよりも、ニヤッと笑った彼。本当にもう。私をからかって楽しいのでしょうかね。そのいたずらっ子なところに呆れと同時にちょっとだけイラっとしてしまいます。短気はいけないとわかっているのですが、からかわれてなにも思わないほど、私も無感動な人間ではないのですよ。
「フレッドくん! そういうことは好きな女の子に言って差し上げてください。私は勘違いしませんが、とってもキザです! もう、フレッドくんはチャーリーさんにそっくり過ぎます!」
「あ、怒った。怒ったキャシーも可愛いよ?」
なおもからかうようにして笑うフレッドくんを残すように、私は後ろも振り返らず階段を登ります。もう知りません。フレッドくんの分のお料理は作ってなんてあげないのです!
なんてプリプリしながら寮に帰って、ベッドに入って気づきました。フレッドくんは、多分暗い道を私が怖がらずに済むようにしてくれたのじゃないかってことに。もしかしたらなので、正解かはわかりませんよ? でももしそうなら……1つくらい、フレッドくんが食べそうなものを作ってあげてもいいかもしれませんね。でも1つだけ、です。私まだ、ちょっと怒ってるんですもん。