ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。   作:eiho.k

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その10

 少しだけ薄暗い中、へたり込んだ私はちょっとおかしなことにセドリックくんに抱き上げられたままでいます。なんだかシュールな気がしますが、善意だとわかっていますのでそこはいいのです。

 問題は1つ。

 どうやってこの状況を抜け出して、屋敷しもべさんたちにお願いをするか、です。なんだかとっても難しい気がします。だってセドリックくんのお顔が怖いのですが……どうしてでしょうか。

 

「キャシー? こんな時間にどうしたんだい?」

「ええと、その……厨房の屋敷しもべさんたちにお願いがありまして……」

「だからここに?」

 

 セドリックくんはいつものように爽やかにお話をしているのですが、どこか怖い雰囲気を感じてしまうのはどうしてなのでしょうか。

 とりあえず真っ正直に聞いてしまうとなんだかいけないような気がしますので、ここはスルーするのが正解、なはずです。

 

「ええ。……セドリックくんはどうしてこちらに? 厨房にお夜食でも頼みにいらしたのですか?」

 

 ではどんな話題が。浮かんだのはセドリックくんがここにいる理由でした。一応ですね、まだ怒られはしない時間ですが基本的に皆さん夜にあまり寮から出ないのです。それなのにこうしているのはどうしてなのか。ちょっとだけ疑問だったのです。

 こてりと首を傾げつつ問えば、セドリックくんに苦笑いされました。

 

「違うよ。ちょっとした散歩の帰り。それにハッフルパフの寮がね、そこなんだ」

「そこ? ……樽、ですが」

「そう。あそこが寮の入り口なんだ。キャシーは知らなかった?」

「ええ、存じませんでした」

 

 セドリックくんが指差す先には積み上がった樽があります。そのどれかが寮の入り口らしいです。が、私はハッフルパフではないので、詳しくお聞きするのは止めておきましょう。

 ですがいい具合に話が逸らせたような気がします! このまま行けば大丈夫──

 

「で? キャシーは屋敷しもべになにをお願いしたかったのかな?」

「え、えー…と、その」

 

 ではありませんでしたね。逸れていませんでした。いえね、別に理由をお伝えすることに否やはないのですよ? ですが『お願い』の理由を伝えてしまうと、パーティの大元である私の誕生日について伝えなくてはならなくなりますよね?

 自分から誕生日を伝えるというのは、遠回しではなくプレゼントを要求しているということになりませんかね。いえ、なりますよね。というわけで言いたくありません。プレゼントは相手への善意で贈るべきものです。付き合いだとか、おねだりでもらえたとしてもそれは嬉しさ半減以下ですよ。

 ですので私がセドリックくんにお伝えできる理由を伝えてみましょう。事実なので嘘ではないですよ?

 

「えと、そのですね。趣味なのです!」

「趣味? 夜遅くに出歩くのが? それとも屋敷しもべと話すのが?」

「いえ、違います! お、お料理がです!」

 

 ひどい誤解です! 私は夜更かしして徘徊するようなご老人でもないですし、非行に走るようなやんちゃなお子様でもないつもりです! ですので必死に否定します。信じてくれてますかね?

 

「キャシー? 料理が趣味なのだとしてもね、もう遅い時間だって自覚はある?」

「あ、あります……」

「なら今から厨房に向かってもなにもできないこともわかるだろう? それでも行くのかい?」

「いえ、その……今日これから作るわけではなくてですね、今度の週末に少しだけ場所を貸してもらえないかお願いに行きたかったのです」

「はあ……。お願いするのに夜を選んだのはどうして?」

「……先ほど思いついたので」

「うん、わかった。キャシーらしいね」

 

 セドリックくんは苦笑いして、歩き出します。どこへ向かうのでしょうか。

 

「セドリックくん? あの、どちらに?」

「厨房だよ。少し歩くし、もう暗いから今日は僕が付き合う」

「いえ、そんな! セドリックくんのご迷惑になりますし! というかですね、セドリックくん、私重いのでそろそろ降ろしてください」

「キャシーは軽いから平気だよ。それにまだ歩けないだろう? 僕は男だし、寮も近いし厨房に一緒に行くくらい平気だよ」

 

 サクサク迷いなく歩くセドリックくんは、これまたさっくりと言い切ります。はい。そうですね。正直なところまだ足に力は入りません。多分立てはするでしょうが歩けないでしょう。

 ですがこのままでいていいわけもないと思うのですが。どうにかして降ろしていただかないと──と思っているのですが、セドリックくんの言葉は続きます。

 

「だけどキャシー、ダメだよ。君は女の子だし、寮も近いわけじゃないんだから、今日以降は夜に来るのは絶対にダメだよ」

 

 ……私、セドリックくんに叱られていますよね? なんでしょう、なんだかとっても新鮮なのですが、なんとなく釈然としません。多分いい年だった記憶があるから、なのでしょうね。

 言い訳にしかなりませんが、私的理由をお伝えします。

 

「でも、室内ですし……それほど危険は」

「キャシー、暗いのが怖いんだろう? ずっと震えてるし……最初に声をかけかけた時だってさ、立てなくなっちゃっただろう? それなのになにを言ってるの?」

 

 なんでしょう。あっさり暗いところが怖いのだとバレています。いえ、別に隠すつもりはないのですよ? 一応私も小さな女の子ですので、そんなものが怖いのだとしても違和感はありませんでしょうし。ですけれどこうも真っすぐに言われてしまうとですね、ちょっとだけ悔しくなってしまうのです。

 ですので、ちょっとだけ視線を逸らして無言を貫きます。ちなみにほっぺを膨らますような子供らしさはありませんので悪しからず。

 

 少しだけお互いに無言のままです。セドリックくんのお顔を見ているわけではないので、どう思っていらっしゃるかはわかりませんが、多分彼も良い気分ではないと思います。

 善意からの行動に私は拒否を示しているわけですからね。セドリックくんもちょっと怒っているのだと思います。根拠は私を抱き上げる腕の力です。最初よりもちょっとだけ強いのです。

 なんでしょう。まるで逃がさないぞ、とでも言うかのようなのです。いえいえ、流石の私でも逃げないですよ? 足は動きそうな感じがしますから、降ろしていただけたらちょっとだけ距離は取ると思います。ですが逃げはしません。だって暗いところで1人になるのは、2人でいる今を知ってしまってはできませんからね。

 それから少しして、セドリックくんが告げます。

 

「着いたよ、キャシー」

「え? えと、ここが厨房ですか?」

「うん、その入り口。勝手に入ると大変なんだよ? それも知らなかった?」

「はい……」

 

 厨房の入り口の場所ですとか、入るとどうなるかですとか、下調べが全く足りていなかったようです。ちょっとしょんぼりしてしまいます。

 いえ、わかっているのですよ? きっとですね、勝手に入って、勝手に料理を作ったところで屋敷しもべさんたちは怒りはしないと思うのです。ですが、きっと色々と大変なことになります。

 なにがどう大変になるか。私もそれを体験済みですから、考えるまでもありません。ちょっと思い出したくないくらい大変になるのです……。火傷はダメです。

 というかですね、どうして屋敷しもべさんたちはああして自分で自分に罰を与えるのですかね。初めてドビーの行動を見た時は、罰というのは他人に与えられるものだと認識していたので、ちょっとどころでなくびっくりしました。流石にもう慣れましたけれど。

 きっとここの屋敷しもべさんたちもそうなさるのだろうなあ、と考えながら扉を見つめます。ちなみに見つめながらも入室するための勇気を貯めております。入らないことにはなにも始まりませんからね。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず、ですね」

「キャシー?」

「セドリックくん、セドリックくん。ちょっと降ろしていただけませんか? 初めてお会いする方の前でこの状態はちょっと……」

「え?」

「その、ちょっと恥ずかしいのです。ですので降ろしてくださいな。……多分ですね、もう立てると思いますので」

 

 クイクイとセドリックくんの袖を引きつつお願いします。切実です。今はですね、私とセドリックくんしかいませんのでそう気にはならないのです。セドリックくんは力持ちだなあ、という感想くらいで。

 ですがこの状態で人に会うのは……ねえ? セドリックくんが可哀想ですから。なんて考えながらセドリックくんを見上げているとですね、ちょっとだけ変化がありました。

 

「セドリックくん?」

「う、うん……その、キャシー」

「はい、なんですか?」

「その……ごめん」

 

 暗い中でもわかるくらいにセドリックくんは頬を染めております。なんでしょう。セドリックくんは私が言うまで今の状態を把握していなかったのでしょうか? いえ、していたはずですよね? なにせ降ろしてくださらなかったのはセドリックくんなのですから。

 確かにですね、最初に抱き上げられた時はプリンセスホールドという感じで、私はセドリックくんの腕の上におりました。が、今は先ほどよりもなんだかお顔の位置が近くなったような気はしますが、それでも普通ぐらいです。抱き上げるというよりも、抱きしめるに近いような腕も、ちょっとだけ狭いかなという程度でそこまで苦しくはありません。ですのでそれも理由にはならないと思います。

 では一体セドリックくんが頬を染めた理由はなんでしょうかね?

 

「その、本当にごめん」

「いえいえ、大丈夫ですよ。それよりもセドリックくんも大丈夫ですか? なんだかとってもお顔が赤いのですが……もしや具合でも悪かったのでしょうか?」

 

 ゆっくりとまるで壊れ物でも扱うかのように丁寧に降ろしていただいた後、きっかり90度に腰を曲げ、謝罪されました。いえ、困りはしましたが怒ってはいませんので謝罪は必要なかったのですが。

 それよりも私的にはセドリックくんのお顔が赤いことが気になります。

 

「いや、その……僕が色々と悪かったと思って」

「いえいえ、私が驚いて歩けなくなってしまったのです。セドリックくんはそれを助けてくださっただけですよ。それにここまで送っていただきましたし」

 

 私も悪いとわかっていることで謝るセドリックくんを、許すというのもなんだか違いますが、セドリックくんが納得しそうにないので私から「許す」と伝えます。

 セドリックくんは真面目です。本当にイケメン特性が高いですね。しかもですね、わざわざ「帰りも僕が寮まで送るから」と言ってくれています。ありがたいことです。薄暗く人気がない中を1人で歩かなくてよくなるのですよ? 断るわけはありません。まあ、意識的に小学生男子に送られる自分と考えるとちょっとどうかと思いますが気にしないことにします。だって私、今は12歳ですから!


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