ヘタレ系悪役一家の令嬢に転生したようです。 作:eiho.k
その1
私が3つになる少し前の6月5日、弟が生まれました。
小さくてくちゃくちゃでおサルみたいだけれどそりゃもう可愛い弟。ふやふや泣く弟に私が笑み崩れていたら、秀でた額のお父様が一言「お前の弟の『ドラコ』だ」とおっしゃいました。
その瞬間稲妻に打たれたような衝撃──が走ることもなく、それから私はただただ弟を溺愛しました。だって可愛かったのです。ドラコが。
ですからご本を読んであげたり、手作りのお菓子や離乳食を作ってみたり、お散歩に連れて行ったりなどなど。多分姉らしくはない愛情いっぱいにドラコを育てた自信があります。
その甲斐あってか、ドラコはとってもシスコンな子に育ちました。お父様やお母様よりも私を優先するくらいには私を好いてくれています。でもそろそろ1人で寝かせなくちゃ、なんて思っていた8年後。私が11歳になった時、とある本屋でとある本を立ち読みして気がついたのです。
それは私が9歳の1988年に刊行された『イギリスにおけるマグルの家庭生活と社会的慣習』という本。内容的には特筆すべきことはない、『マグルHOW TO本』なだけです。だけど私は自分の行動理念とかがどうもマグル寄りなのかもしれない──なんて考えて、疑問がいくつも浮かんだのです。
マグルって世間一般にたくさんいる普通の人のことでしょう、とか。
だって思うんだもの。純血主義なんて謳っているから、
確かヴォルデモート卿は半純血でトム・リドルだったはずです──なんてつらつらと浮かんで、唐突に思い出しました。
あ、ここハリポタなんですね、と。
正直気づいた瞬間項垂れました。
だって8年も前に『ドラコ』という名前で気づくべきです。もっと言ったらお父様やお母様のお顔や名前でも気づけたはず。しかも、更に言えばつい最近私の元にホグワーツから入学許可証が届いたばかりなのです。
それのどれからでも気づいてもおかしくなかったのに私は全く気づきませんでした。何にも気づかずにのんびりと成長してしまった自分にショックです。
けれど毎日ほんのちょっとずつ感じていた違和感がそれで納得できました。
どうして食卓に米が並ばないのか。
(私は白米スキーで和食党です)
どうして畳の部屋が一つもないのか。
(畳でのお昼寝は最高だと思います)
どうして私の目線が低いと思うのか。
(認識が違う所為かよく転びます)
どうして黒髪じゃなく
(白髪はありましたが基本は黒です)
どうして両親のすることを知っているのか。
(今より年を取った二人も知っています)
というかですね、それ以外にもこの世界にありふれている『魔法』そのものに違和感を感じてもいたのです。まあ、なんで暖炉に灰を撒いたらどこかに飛べるのか理屈がわからなくてなんですけれどね。私はあれ嫌いなのです。だってとっても汚れますから。
それに杖を持っている、箒で空を飛べる、屋敷しもべ妖精のドビーがいる──などなど、そりゃもう生活に関わること全般に対し、事細かな違和感を感じていたわけです。
今の今まで思い出せなかったその違和感の元。それは私が、この世界を描いたハリポタを知ってる日本人女性だったということ。
とは言え、正直なところ生まれ変わってしまったことに後悔自体はありませんでした。だって私にはそれなりに生きて、それなりの幸せを得て、人生を全うした記憶がありましたから。
ですが今は11歳。ハリポタならハリポタらしく魔法をしっかり習って素晴らしい魔法使いになろう──と拳を握ってまた気づいてしまいました。
なにせお父様の名は『ルシウス・マルフォイ』でマルフォイ家の当主で現在はホグワーツの理事の一人。そして元死喰い人で後も死喰い人。ちなみにおでこは広いけれど心は狭いだろうお人です。まあ家族には優しいところもあるけど、純血主義ですしね。家族以外にはそうでもありません。
我がお母様の名は『ナルシッサ・マルフォイ』で、旧姓は『ブラック』です。子供溺愛な母である以外は特筆すべきことなし。優しく綺麗なお母様です。私も、ドラコも同じくらい愛してくださいます。感謝ですね。
そして溺愛する弟の名は『ドラコ・ルシウス・マルフォイ』で、マルフォイ家の長男にして跡取り息子。ちょっと泣き虫でヘタレ気味ですけれど、素直で性格も良い感じになっています。でも純血主義っぽいところがチラホラ。まあ、ダメと私が言えば黙るのでまだマシではないでしょうか。
ちなみに本当に順調にシスコンに育っている模様です。私が黒と言えば白も黒になりそうな勢いです。
私もブラコンというか、ドラコは息子のように思ってます。だって本当に素直で可愛いですからねドラコは。
そして私こと、マルフォイ家の長子にして長女『カサンドラ・ナルシッサ・マルフォイ』はもうすぐホグワーツに入学を控えた11歳。両親のいいとこ取りしたみたいな容姿は、自慢ではなく美少女だと思います。けどそれなりに年のいった精神を持っているので多分枕詞が『残念』になる気がします。もしくは『お母さん』ですかね。元三児の母ですからそれもどんとこい、ですが。
そんな私ですが、今の姿はとっても可愛らしいですよ。
お母様の意向で腰まで伸ばした白金の髪を二つ結びにして、ちょっと引くくらいフリルのついたピンクのワンピースを着ているのですから。なんていうのでしたっけ……ロリータ系? とかいうのですかね。そんな感じの服装にお出かけだからと、ピンクのエナメルの靴に白いタイツです。ぱっと見ピアノの発表会みたいな感じです。
正直なところ元妙齢以降の日本人である記憶を思い出した私には、辛いくらい可愛らしい子供です。
断じて言いますが、この服その他はお母様の趣味であり、私の趣味嗜好は一切考慮されていません。私はもっとさっぱりあっさりした系統の服が好きです。ですがスカート以外は女の子の服ではないというのがお母様の持論らしいのです。
ああ、服を着替えたいな──なんて思いながら私は手にした本を棚に戻して、お父様との待ち合わせ場所である、マダムマルキンの洋装店に向かうことにしました。今日はお父様と2人で学用品を揃えるためにお買い物、なのです。
ああ、魔法使いなんだなあ、なんて感想が浮かんでしまうくらいに人で溢れた道。ダイアゴン横丁ってこんなに人がいるんですね。子供な私の身長じゃ、ちょっと前が見えないくらいです。
「カサンドラ、まだここにいたのか」
「っお父様……そう、です。教科書を揃えて、少し読書をしていました」
さあ、歩き出そうとしたら背後から聞こえた声。ちょっとびっくりしながら振り向いたらいたのはお父様。ちょっと眩しいです。
「教科書を揃えたのならば、あとは杖と制服とペットだけだな。カサンドラ、ペットは何がいいのだ?」
「ペット、は……フクロウ、猫またはヒキガエル、ですよね? それなら私は猫がいいです」
魔女っぽいからできたら黒猫がいいんですが。なんて見上げればこくりと頷きながらお父様はほんの少し笑います。貴重な笑顔です。優しげな笑顔の時は、我が父ながら見惚れるくらいにとっても男前だと思います。まあ、ヘタレ系腹黒? のようですけれど。
「ふむ、そうだな。フクロウは我が家のもので代用できるだろう。それならば杖を選び、制服を誂えたら魔法動物ペットショップに向かうか」
「はい、お父様」
お父様に促されて、オリバンダー店に行って杖を、マダムマルキンの洋装店に行って制服を作って、それからペットショップに行きました。
杖は月桂樹にユニコーンのたてがみ、という非常に忠誠心に溢れた杖にあっさりと決まりました。
ぱっと見は白木の孫の手。持ち手部分にゴルフボール大の丸がついた緩やかなカーブを描く45cm。今の私にはちょっと長いです。仕舞い辛いけれど、杖に選ばれてしまったのでしかたないでしょう。
それから艶々の黒毛に青い瞳の可愛い子猫をゲットしました。名前は安直だけどネロ。ピンクのプニプニ肉球が可愛いです。
ともあれ杖と猫という魔女っぽい二つを手に入れて私はご満悦。入学に必要なものを揃えて、後は9月1日を待つだけ。ホグワーツに通えるなんて、楽しみでしょうがありません。同じだけ不安もいっぱいなんですけどね。