うーわー、これ死んだわー。確実死んだわー。
暴走バイクに歩きスマホで集中していて音に気付かず避けることができず跳ね飛ばされてしまった彼女は、自分が死んだことを自覚していた。
?死んだことを自覚していた?
いや、それはおかしい。死んだことを自覚していたとならば、それは死んでいない。なぜなら、死んでいるのであれば、考えることすらできないはずなのだから。
よって、彼女は植物人間になって、意識だけが回復したのでは無いのか、と考えた。相手はバイクだ。打ち所がよければ、もしかすると死んでいないどでは…と。いや、でもあの時確実に骨は砕けてコンクリートに打ち付けられて頭からも出血していた…と思う。ならば…
と、考え込んでいた彼女を覚醒させたのは、隣から突然聞こえてきた赤ん坊の泣き声だった。
自分の置かれている状況に混乱していて、今の今まで周りの音に気付か付いていなかったのだ。
え?何で赤ちゃんの声がするの?あの時歩いてたのは私以外居なかったはず…
あの事故に巻き込まれた?
歩きスマホをしていた彼女にはその確信はなかった。
でも、だとしたらこの泣き声の赤ちゃんは無事だってこと…、すると連れていたお母さんかお父さんは…?
またしても、彼女の悪い癖が出てしまっていたが、それを浮上させたのは、今度は女性の声だった。
その声…いや、台詞を彼女は知っていた。
その時初めて、彼女は閉じていた目を開けた。
開けた目から飛び込んできた情報は、余りにも非現実的で、しかし、それが事実を物語っていて、嫌でも彼女の頭に焼き付かせた。
目の前には、濃い赤毛の女性。その背中をこちら側に見せて、何かから守るように手を広げている。そして、そのむこう側の人物に訴えていた。
『ハリーとジェシーだけは見逃して欲しい』
と。
その言葉に、思わず彼女は赤ん坊の泣き声がした方を見た。
そこには、予想していた通り、黒髪緑目の男の赤ん坊がいた。
彼女の記憶と違うのは、その額に傷が無い事だけだ。
恐らく、この後…
「この子達だけは…!やめて!」
「俺様も無駄な仕事はしたくない…そこを退け…さもなくば…」
叫ぶような女性の声の後に、低く、人を恐怖に煽る男の声がする。
ただ、声を聞いただけなのに、恐怖が彼女を支配する。
女性は、その男に屈することなく果敢にも挑んだ。しかし、それが男に響くことはなかった。
一際大きな女性の、悲鳴。
薄暗い部屋に不気味な緑色の閃光が走る。
男はその瞬間、うなり声を上げて逃げ出した。
隣で額に稲妻形の傷を作った赤ん坊の泣き声。
彼女もその肩に稲妻形の傷ができていたが、泣くことができなかった。
そして、…そして、目の前で倒れる女性。
まるで、糸の切れた操り人形のように。
彼女はその光景に、ただただ呆然としていた。
程なくして、駆け上がって来る足音が聞こえてきた。
彼が…、彼がやって来る。
彼女の予想はまたしても的中した。
部屋に現れたのは、黒ずくめの服装をした、男性。
セブルス・スネイプ
彼は、床に倒れ息絶えている愛しい人を、抱き抱え、泣いていた。
物語の中の普段の様子からは考えられないほど、感情をあらわにして。
その様子に、彼女は思い出したかのように、ひっそりと静かに涙を流した。
それを知るものは、居なかった。
そして、この時彼女が何を決断したのかも。