ものぐさ女の成長   作:妄想女子

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声帯を震わせて声を出すのも怠い私は、このまま心臓も血液を送り出すポンプの役目を面倒臭がって、その機能を停止させてしまうのではないかと常々考えている。

 

今日もそんな怠い身体を無理矢理動かして、退屈な職場へと足を運ぶ。

 

そんな怠け者の彼女を支えているのは、小説だ。それも、夢小説。

 

何の夢小説かというとそれは児童文学『ハリー・ポッター』だ。勿論、原作も大好きだが、彼女が求めていたのは主人公の少年の冒険や仲間との絆のではない。ある登場人物との不器用な恋愛物語だ。

 

その人物とは、生涯一人の女性への愛を貫いた孤独な男性。セブルス・スネイプだ。

 

彼女の職種も、彼に影響されたと言っても過言ではない。

小学生の時は単純にハリーの冒険を心から楽しんでいたが、成長するに連れて、ハリーを嫌っていたスネイプの素晴らしさに気づいたのだ。

 

少しでも物語の彼へと自分を近づけたくて、猛勉強して付いた職業は薬剤師。

 

魔法薬学の教鞭を取り、後に念願の闇の魔術の防衛術へと変わった彼。だが、この現実世界に魔法薬学も闇の魔術の防衛術もあるはずがなく、1番近いと考えたのが、薬関係だったのだ。

 

 

そのおかげか、勉強を頑張って良い大学へ行くことができ、それなりに良い道筋を辿って26になる今まで生きてきた。しかし、物語は所詮物語。大好きなスネイプ教授が彼女が毎日持ち歩いているハードカバーの死の秘宝[下]から飛び出して来る訳が無い。

 

この日、彼女はいつものようにスマホを操作しながら最寄り駅から研究所への僅かな道を歩いていた。毎日の日課となっている、セブルス落ちの夢小説を探しているのだ。といっても、彼女はその殆どを読み尽くしており、新しい小説が無いかとあらゆるサイトを巡っているだけだ。

 

しかし、お目当ての物が見つからず、仕方なくお気に入りのセブ落ち小説を読み返すことにした彼女は気付かなかった。

 

右後方から猛スピードで暴走して来るバイクに。

 

昔から、何か物事に集中すると周りの音が聞こえなくなる癖は、この時も発動していた。

 

そして、暴走バイクが激突する寸前、彼女が開いていたサイトの夢小説は主人公が転生してホグワーツに通うという物だった。

 

スマホを大事に握ったまま、吹っ飛ばされた彼女は、ハンドバッグから飛び出すハードカバーの本へと無意識の内に手を伸ばし、中途半端な距離でわずかに届くことなく意識を手放したのであった。

 

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プリベット通り4番地

 

誰もが寝静まる住宅街に一人の老人と一匹の猫がある家の前に佇んでいた。

間もなく、そこへ巨大なオートバイに乗ってやってきたこれまた巨大な大男が加わった。

 

「やぁ、ハグリッド。ご苦労じゃったのぉ」

 

老人は白い髭を腰に巻き付け、半月型の眼鏡を掛けており、鼻は折れ曲がっている。

 

「アルバス、本当にここのマグルに預けるんですか?私が見ている限り、最低の連中です」

 

先程まで猫がいた場所には、夏である今の季節には少々暑そうなエメラルド色のローブを着た女性が立っていた。彼女もそこそこの年齢のはずだが、それを感じさせない覇気がある。

 

「しかしミネルバよ、二人の親戚は他に居ない。ここに居るのが、二人にとって最適なんじゃ」

 

この『二人』というのが誰のことか。それはハグリッドど呼ばれた大男が抱えている毛布の中にある。

 

それは、赤ん坊。それも双子の赤ん坊だ。一方の黒髪の子は、額に稲妻形の傷をつけて泣き疲れたのかぐっすりと寝てしまっている。もう片方の濃いめの赤毛の子は、そのアーモンド形の薄茶色した目をしっかりと開き、覗き込んでいるハグリッドの黒い瞳を見つめている。

 

「ダンブルドア先生、ハリーはホントにジェームズにそっくりで…きっと良い魔法使いになりますだ。ジェシーはリリーに似て、ほら見てくだせぇ。色はジェームズだがこのアーモンド形の目なんか…」

 

ハグリッドはその目から大粒の涙を流し、おーおー泣いている。

 

「これ、ハグリッド。これは、今生の別れではない。いずれまた会うのじゃ。それまでの辛抱じゃよ」

 

しっかりと両親の特徴を受け継いだ双子の赤ん坊を抱き受けとったダンブルドアは、さっきハグリッドがしたように覗き込む。

 

嫌でも見える黒髪の子、ハリーの額の傷に彼は眉を寄せる。そして、また自分を覗き込んでいる人物を見上げいる赤毛の子、ジェシーを見た彼は、その空色の目を僅かに見開き、優しい笑顔を見せた後ある家の玄関先へと置いた。

 

まだ納得していない女性、ミネルバと未だに泣いているハグリッドと共に、赤ん坊を預かってもらう家への手紙をジェシーに握らせたダンブルドアはバチンッと音を立てると共にその場から一瞬の内に消えた。

 

 


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