メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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8.おどろ山探索記三(謎の集団)

 東から太陽が顔を出し、豊かな森の自然に陽が反射される。鳥が囀り、虫が飛び、木の葉が揺れ動く。活力が充ちた光景を見て気分を良くしたのも束の間。「おい」と野太い声で呼びかけられ、せっかくの爽快な気持ちが台無しに。

 追い打ちをかけるように、まだあの愚図は隅っこで怯えるように愚図ついていた。無性にいらつき、壊れない程度に小突くと、ひぃぃと頭を抱えて悲鳴を上げられた。その情けないことこの上ない有様は、かえって「彼」の底意地の悪さを刺激しただけだった。声が出せないので、電波で自分の意思を相手に伝えてやった。

 

「ほら? どうした、何を怯えている? お前の大切な人の頭も今のように小突けば活性化するかもな」

「それだけは止めて! お願い! 僕ならいつでも小突いてイイカラさ」

 

 そうして、遠慮なしに壊れない程度に何度も小突いてやった。その行為が決して自分を救えないと分かっていても、嗜虐心が刺激されて、そうせずにいられなかった。

 

        *——————————————————* 

 

 イッキたちはどうにか山頂まで着いた。おどろ山は緩やかな傾斜だから、子供の足でも普通に登る分にはあまりきつくない。だが、見つかると面倒なので、急ぎ足で登ったイッキたちは汗だくで肩で息をしていた。少し遅れて、コウジ、カリンも到着した。

 全員、人に見えず、尚且つシートが無くても座れる木陰がある場所を選んだ。コウジが腰のベルトに付けたストラップ型の水筒入れに入れたペットボトルを取り出し、一口飲んでから、用件を切り出した。

 

「アリカと言ったな。さっきの約束どおり、情報交換だ。あと、イッキ」

「うん?」

 見ると、コウジがアーチェの右腕を差し出した。

「さっき渡せなかったから、今この場で受け取ってくれ」

 

 イッキはこくりと頷き、ありたがくアーチェの右腕を戴いた。陽光の下で座禅するロクショウが微かに

反応した。喜びをかみしめているのかもしれない。

 

「ねぇ、コウジくんと言ったわね? 修復はしなくていいの?」

 

 アリカがさっきの約束の件を聞くと、コウジはウォーバニットのアーチェを転送した。アーチェは、ほぼ無傷な形でそこに立っていた。

 

「回復パーツ……じゃなくて、予備のパーツも持っているとか?」

「ああ、そのとおりだ。二セット予備がある」

「じゃ、計三セット!」

 

 イッキとアリカはずっこけそうになった。超高価なウォーバニットのパーツを持っている時点でコウジが金持ちだということは分かったが、予備の一式が二セットもあるとはかなりのぼんぼんと考えられる。

 

 

 

 カリンは以前から一人で野山に出かけてみたかった。愛機の看護婦型メダロットのセントナースをお供に近郊のおどろ山に向かい、例の幽霊と思しきものにナースが連れ去られた。コウジは連れ去られたナースの心配もしたが、それ以上にカリンを怖がらせた者へ怒りを燃やし、カリンもナースを連れ戻したい一心で山に向かった。しかし、子供だけの入山は事務所のおじさんに止められてしまい、仕方なく裏側のフェンスを越えて入山した。そして、ことは前回起きた顛末にまで繋がる。

 一方、イッキとアリカから話せることは特になく。ニュースなどで既に語られているようなものばかりで、コウジはやや不満気だった。

 

「お前たちの情報はそれだけか。それなら、昨日、ネットで調べた情報とあんまり変わらないな」

「ごめんね。一方的に話させちゃっただけみたいね」

 

 アリカが珍しく詫びた。

 探索は振り出しに戻り、一同、落胆したとき。機械じみた声が聞こえた。

 

「ヤナギー! ヤナギー! ドコにイルのー? いるなら、カンちゃんもイルからお返事してちょーだい!」

 

 四人と三機は隠れて様子を窺った。色んなパーツを付け合せた飛行メダロットが、「ヤナギ」という人物へ懸命に呼びかけていた。そのメダロットの近くには、「カンちゃん」と思しき腰の曲がった老婆がいた。

 四人と二機は小声で会話した。

 

「お子様でしょうか? お孫様でしょうか?」とカリン。

「男にも聞こえるけど、女に聞こえないこともない」とイッキ。

「試しに聞いてみる?」とアリカ。

「子供だけで来ていること突っ込まれるかもしれないから、もう少し様子を見てからのほうがいい」とコウジ。

「誰かしらねぇ?」

 ブラスにいきなり話を振られて、アーチェは首を捻るしかなかった。

「私が行こう」

 

 ロクショウが自らあの一組に話しかけることにした。礼儀正しく冷静だし、間違いをしでかすこともないだろう。

 

「失礼。そちらのご老体と、そこの空を飛んでいる方。誰をお探しかな?」

「君は誰?」空を飛ぶメダロットが尋ねる。

「ロクショウと申す」

「ロクショウ。中々カッコイイ名前だね。僕、タロウ。カンちゃんと一緒にヤナギを捜しにきたんだ」

 

 今がその機会と、イッキたちは白日の下に身をさらした。

 おばあさんとタロウと名乗るメダロットは驚いた。

 

「あれまあ! お前さんたち、今は子供だけで山に入っちゃあかんぞ」

 コウジの言ったとおり、おばあさんそのことを指摘した。

「おばあさん。私、友達を連れ戻しにきたんです」

「何!? どういうことぞな」

 

 イッキ、アリカがどう言い訳しようか思考していたら、カリンが正直に事を話した。

 

「ふむふむ。なるほど、なるほど。お友達のメダロットを助けるために来たと、な」

「一つ聞いてもよろしいでしょうか? おばあさん」

「娘さんや。私を呼ぶときは、できればカンちゃんと呼んでおくれ」

「分かりました。では、カンちゃんさん。先ほど、そちらのタロウさんがヤナギという方を捜しておられましたが、ヤナギとはどなたですか?」

 

 カリンの質問に、カンちゃんというおばあさんにタロウも押し黙った。

 

「すみません。聞き入ったことをお尋ねしまって」

「いや、いいんさ。どうやら、娘さんとそこのお友達がここに来た動機と私の動機は同じようだし。役に立つどうか分からんが、お前さんたち、一つこの老婆の話を聞いてくれないかい?」

 

 カリン以外の者は顔を見合わせて同意し、このカンちゃんという人の話を聞くことにした。カンちゃんばあさんはビニール製のシートを敷き、座るよう促した。

 

「あ、どうも」と、人もメダロットも一礼を述べてからシートに座った。正座をすると、カンちゃんは、「あー、かめへん、かめへん。足伸ばすなり、股広げるなりかまへん」と、自ら正座を崩した。カンちゃんに倣ってカリン以外の者は皆、楽な姿勢を取った。

 

「ほれ、飲みんさい」

 

 カンちゃんは全員に冷たい麦茶を配った。冷たい麦茶は不安と一緒に喉の奥まで流れ込んだ。子供たちの気持ちが落ち着いた頃を見計らい、カンちゃんは語り出した。

 ここでは、カンちゃんの語りを要約する。カンちゃんはメダロットたちと一緒に暮らしているが、どこかで孤独を感じている。だから、偶然とはいえ久しぶりにじっくりと人と話せることが嬉しくて、本題とは無関係なことまで話してしまう。正直で純なカリンは喜んで耳を傾けたが、それ以外の者は、ためらいがちに語りを本題へ戻すように言った。

 カンちゃんにはナツコという孫娘がいる。ナツコは高校生のときに両親が他界し、祖母であるカンちゃんが引き取った。

 多感な時期に両親を亡くし、ナツコは度々苛立ちを周囲にぶつけ、よくトラブルを起こした。そんなナツコを支えたのがカンちゃん以外にもう一人いた。それが、機体名称がミスティゴーストという幽霊型メダロットのヤナギ。カンちゃんとヤナギの支えもあり、ナツコは頑張って大学に進学し、一流のキャリアウーマンとして成長した。

 そのナツコが長期海外転勤して二日経った日のこと。ヤナギが忽然と姿を消した。それから程なくして、巷で話題の幽霊騒動を耳にした。カンちゃんは悪い予感がして、毎日拾った野良メダロットたちに捜索させて、自身も週に三日、おどろ山へと足を運んだ。

 

「ヤナギは間違ってもこんなことをする子じゃないよ。ヤナギもきっと、どっかの幽霊だかを使った奴らに去らわれたに違いない」

 

 カンちゃんはヤナギも被害に遭ったに違いないと言っていたが、その言動からは、ヤナギが一枚絡んでいるのではないかという不安も読み取れた。

 

 

 

 イッキたちは小半時ほど雑談したのち、カンちゃんたちと別れた。意外なところで有力な情報を得た。最初の被害者、あるいは、ヤナギというメダロットが加害者の可能性がある。

 おばあさんが警察に連絡しないのは、どちらか判別しかねているからだろう。

 

「あれほどのご高齢だと山に登るだけでも一苦労だろうし、心労も大きいだろうな」

 ロクショウは今日初めて会ったばかりのカンチャンを心配しているようだ。

 

「はい、注目!」

 アリカが先頭に躍り出た。

「何だよ、アリカ?」

 イッキがアリカの意図を聞いた。

 

「あのさあ、私の推測を聞いてほしいんだけど」

「時間の無駄にならないか」

 

 情報交換の件を気にしているのか。コウジの腕を組んだ態度から、アリカの推測を拒んでいることが知れた。

 

「そう言わないでコウジくん。拝聴の価値はあると思うわ」

 

 イッキやコウジに有無を言わさず、アリカはまくしたてるように推測を並べた。

 

「いい、第一の犯行から昨日の犯行まで、全ておどろ池とそこに通じる道でおきたわ」

「だから、そこに行こうと…」

「イッキは黙ってて。あと、コウジくんも。そこで、私思ったんだけど、もうおどろ池とその周辺では幽霊は出ないと思うの」

「何故ですか?」

 

 カリンの質問に、アリカはグッドタイミングな突っ込みだとにやついた。

 

「単純なこと。犯行現場として、おどろ池は目立ち過ぎるからよ。本当の幽霊ならどうしようもないけど、人が関わっていたとしたら、話は別。私が犯人なら、昨日のカリンちゃんを目途に移動するわ」

「じゃあ、ナースちゃんは…もう…」アリカの推測を聞いて項垂れるカリン。

「気を落とさないで。おどろ池周辺での犯行はカリンちゃんが最後であって、おどろ山での犯行は後一回か二回ぐらいする可能性がある。考えられる場所はおどろ沼よ。山頂もありうるけど、あそこだとあまりにも人の出入りが多い上に、見晴らしもいいから実行するにはリスクが大きい場所。でも、湿地帯であまり人が寄り付かないおどろ沼は別。あの周辺で犯行はまだ起きていないし、それに、来るとしたら物好きな子供や昆虫採集とかを目的にした人だけだと思う。あくまで推論だけど、犯人は後一回か二回、おどろ沼の周辺で犯行に及ぶかもしれない。あと、市場で強奪されたメダロットが出回っていないところ見ると、犯人はある程度まとまってからどこかに売りさばくつもりかも。てなわけで、セントナースはまだ無事なはずよ」

 

 名探偵気取りのジャーナリストアリカの推論に、三人とメダロットたちは納得した。

 

「あくまで推測の域を出ていないが、理に適っているな。それにしても、よくそこまで考えられるもんだ」

「そりゃー、こう見えてもジャーナリストの端くれよ。良い記事を書くには、一定の想像力も必要よ」

 

 コウジの言葉にアリカはちょっと得意気だ。

 

「では、これからどうするのですか?」

「ええと、まずはおどろ池に行って軽く証拠探し。そのあと、夕方までおどろ沼に張り込みましょう」

「その流れだと、我々が囮になるということか。当然といえば当然だが」

 

 ロクショウは躊躇っているようだ。それもそうだ。囮になれと言われて、喜んではいそうですかと言う者などいやしない。それでも、ロクショウ、ブラス、アーチェは渋々同意した。

 

「まあまあ、危険な目に遭うのは私たちも同じなんだし」

 

 コウジも不安を隠せない。

 

「これで奪われたりでもしたら、ご近所どころか末代までの恥だな」

 

 イッキも同じことを言いたかった。子供だけで上手くいくどうか丸っきり自信が無いし、仮にパーツとティンペットを奪われて、しかも子供禁制のときに勝手に入山したことがばれたら、どんな大目玉を食らうか想像しがたい。

 人目を避けておどろ池へ行き、その後、おどろ沼へと向かった。おどろ池は山の中腹地点の右のほう。おどろ沼は、中腹地点より百メートル登り、左に曲がって少し登り、まっすぐにきつめの傾斜を降りたところにおどろ沼がある。

 おどろ沼へ向かおうとした途中、山伏ご一行のメダロットにあやうく姿を見られそうになったときは、生きた心地がしなかった。

 おどろ池と違い、おどろ沼は整備が行き届いていない。あっちこっちに草が生えて、手付かずな自然の状態。そのおかげで、おどろ沼と周辺の湿地帯にはトンボにカエル、ゲンゴロウ、タガメなど、数を減らした水生生物が生息しているから、たまに訪れる人がいる。

 アリカの推測を頼りにここで張ったが、夕方の五時以降になっても現れない。皆、早く出ないかと待ちくたびれていた。

 これなら、家でのんびりゲームでもしていたほうが良かったかな。イッキは陽が沈む西の方角を見た。見たところで何も起きないが、他にやることがないから見た。うん、今日も夕陽は綺麗だな。そう思って夕陽を眺めていたら、黒い一点が夕陽に浮かんだ。鳥か目の錯覚かなと思ったが、黒い点は明らかにこちらのほうへとやってくる。

 だんだんと距離が縮まり、黒い物体の正体が判明した。

 メダロットだった。イッキはそれに見覚えがあるような気がした。イッキの異変に気付き、近くのロクショウ、アリカも西の方角を見上げた。

 

「あれは、昼間会ったご老体のメダロットではないか!」

 

 そうだった。樹上の枝葉が邪魔をして見えにくいが、あのメダロットは昼間会ったカンちゃんというおばあさんのメダロット、タロウだ。ヤナギというメダロットを捜しにきたのかな? その割りには、様子がおかしいようにも思える。

 

「人のこと言えないけど、何でこんな時間帯に飛んでいるのかな? ちょっと、一声かけてみようか」

 

 イッキ、アリカ、ロクショウは、あらん限りの大声で叫んだ。声はタロウの耳に届き、彼はすーっと、沼の近くまで降りてきた。

 

「何でこんなところまで飛んできたの!? ヤナギとかいうメダロット捜しにきたの?」

 

 イッキがタロウに尋ねると、タロウは首を振り、子供のような涙声で危機を伝えた。

 

「うう……。あのね、幽霊が……幽霊がね。僕ら……僕らというのは、僕と同じカンちゃんに拾われた仲間のこと……」

「それで、君の仲間がどうしたの!?」

 

 イッキは先を話すよう促した。

 

「うん。それでね、幽霊たちがね、僕らとカンちゃんを襲って、仲間を連れ去っちゃったんだ……。僕は何とか助かって、急いで救けを求めたんだけど。君たちに声をかけられて、方向を間違ったことに気が付いたんだ…」

 

 わーん! タロウは堰を切ったように泣き出した。

 

「落ち着いて! 君の来た方向は西だよね! じゃあ、ここを真っ直ぐ降りれば、カンちゃんの居るところに行けるの」

「ひっく、ひっく。うん、そうだよ。でも、酷い悪路だから人の足だと最低三十分もかかるし、僕一人じゃ、とてもじゃないけど君ら全員を運べないよ」

 

 三十分。とてもじゃないが、間に合わない。かといって、このまま見捨てることもできない。コウジ、カリン、ブラス、アーチェが彼らのとこまで寄り集まる。コウジが良い提案があると言った。

 

「イッキ、アリカ。飛行パーツは持っているか?」

 アリカは女性型のが一つあると答え、イッキは無いと答えた。

「そうか。なら、イッキには俺の飛行パーツを貸してやる。そいで、タロウ。俺ぐらいの重さなら運べるか?」

 

 タロウは「うん」と首肯した。

 

「よし、そうと決まりゃ善は急げ! まず、カリンはアーチェに乗る。そいで、アリカはブラスにイッキはロクショウに乗って、俺はタロウに乗る。ちょうどメダロットが四体もいるわけだし、その四体で一人ずつ運べばすぐに着ける」

 

 そうして、彼らは細かいことは一切言わず。すぐに準備を整えた。怖いと言っている暇はない、イッキは覚悟してロクショウの背に乗った。

 案内人として最初にコウジとタロウが飛び立ち、次にアリカとブラス、イッキとロクショウ、最後にカリンとアーチェが飛び立った。カリンが最後なのは、スカートを履いているためだから。

 三十分もかかるところを五分程度で目的地に到着した。タロウがおどろ沼に来るまでの時間、会話と準備時間によるロスタイムを差し引いても、十三分。犯人がいる場合、まだそんなに遠くには行ってないはず。

 樹に囲まれた平らな土地に立つ二階建ての古風な民家に降り立ち、四人と四体はカンちゃんの名を呼んだが、返事が無い。

 

「もしかしたら、連れ去られたメダロットたちを追いかけたのかも!」

 

 アリカはすぐにブラスの背に飛び乗った。再び、彼らは上空を行く。

 

「カンちゃんの声が聞こえる!」

 

 先頭を飛ぶタロウが下降した。森の中を駆ける、カンちゃんらしき人がさらわれたメダロットたちの名前を懸命に呼んでいた。四体は乗った人間が枝で傷付かぬよう降り立ち、四人と四体はカンちゃんの後を追った。

 

 

 

 時を同じくして、イッキたちとはまた別に、連れ去られたメダロットの救出を試みる者がいた。その者は現在では使われなくなった廃工場にメダロットが保管されていることを知った。廃工場の中をこそこそと怪しげな者たちが出入りし、メダロット運搬の準備を計っていた。

 物陰から、謎の集団の動きを観察するその者のメダロッチに文章が送信された。

 K少年とその友達たちが、集団と交戦する可能性有。

 その者は困った。自分はこの持ち場を担当するだけで手一杯。しかし、監視役メダロット一体だけではどうにもならない。そこでその者は、ある人物に連絡した。

 

「ほい、もしもし。わしじゃ」

 

 陽気なしわがれ声を聴くだけで、その者の緊張感がほぐれた。その者は手短に監視役メダロットの電文を伝えた。

 

「分かった。お前さんはそのまま任務にあたれ。わしは、彼が拾ったあやつを救援にあてる」

 

 電話先の人物は極秘の特別回線を切り、早速、隣部屋にいるメダロットを訪ねた。

 

「ご機嫌はいかがじゃ?」

「んー。まっ、ぼちぼちなところですな。メダロット博士」

 

 彼はメダロット博士に会釈した。そのメダロットは昨日、イッキがおどろ池周辺で拾ったトンボ型メダロットのドラゴンビートルこと、光太郎(こうたろう)。という光太郎名は、修復中に彼自らがその名を告げた。今は故人となった前マスターから授けられた名前らしい。

 彼は誰かに拾われることを望んだ。だが、こうして再び起動してみると、心は喜びよりも、喉に物が詰まったような正体不明のえも言われぬものが覆った。ほんま、また人間を拠り所にしてええんやろか。それよか、上手くやっていけるのやろか。

 そんな彼の気持ちなどお構いなしに、メダロット博士は至急、光太郎に地図で示した地点へ行くよう指示した。光太郎は訳を尋ねたが、肝心なところははぐらかされてしまう。

 

「わしが何故知っているかよりも、君の新たな友達となる少年が窮地に陥るかもしれんのじゃ。君自身の整理がついてないときに悪いが、今は黙って彼とその友達を救うほうが先決じゃ」

 

 光太郎はいざというときには明白をつけられる性格だった。引っ掛かるところはあるが、光太郎は新たなマスターとなりうるイッキ少年を救いに行くと決めた。

 飛び立つ直前、メダロット博士はある物を光太郎に渡した。

 

「こんなもん使うて、お上が見逃してくれるんやろか?」という光太郎の問いに、メダロット博士は笑顔で返した。「大丈夫! しかるべきところには話を通しておる。きっと、これが役に立つはずじゃ。さあ、行ってきたまえ!」

 

 ええい、ままよ!

 首にある物を巻くと、光太郎は迷い振り切るように夕暮れへと向かってひとっ飛びした。

 

 

 

 イッキたちはカンちゃんに追いついた。タロウにカンちゃんを任せて、イッキたちは前を行く者たちを追いかけた。

「あれって、どうみても幽霊じゃないじゃん!」

 前を行くのは、白い金魚鉢のような形をしたヘルメットを被り、同色のスーツを着込む四人組と、黒いゴムスーツを着た二本の黄色い角を生やした大柄な者が、メダロットたちと一緒にカンちゃんのメダロットたちを袋に詰めて抱えて走っていた。

 

「こらー! あんたら待ちなさい!」

 

 アリカの叫びに謎の集団は振り返り、金魚鉢頭の一人が声を出した。

 

「ロボ!? ババアが若返ったロボ!?」

「くおらぁ! 誰がババアよ!!」ババアと言われたアリカは、大声で怒鳴り返した。その声のでかさに、他の三人は思わず耳を塞いだ。

「ひえっ! おっかないロボよ」

「ていうか、お前ら何者なんだ!?」

 

 コウジの指摘に、二本の角を生やした黒いゴムスーツを着た大柄な者が立ち止った。

 

「全く。何故にわしの嫌いな子供がこんなにおるのだ」

 金魚鉢四人も立ち止り、イッキたちと対峙した。大柄な男が口を開いた。

「ふん、どうせ今日でこんな寂れた場所とおさらばするし。最後の手土産にガキ共のメダロットを奪うのもよかろう」

 

 アリカは集団のリーダーらしき男に食ってかかった。

 

「あんたらが幽霊騒動の犯人なの!」

「ふぉふぉ。威勢のいい小娘じゃ。そのとおりといえばそのとおりであるが、実行犯はほれ、こいつじゃ」

 

 大柄な男は肩に抱えたボロボロのメダロットを指した。そのメダロットはミスティゴーストだった。ミスティゴースト? まさか!

 

「ヤナギ! 君はひょっとして、ヤナギなのかい!」

 

 イッキは男に抱えられたメダロットに呼びかけた。散々酷使されて、虐められたのだろう。ミスティゴーストは酷い損傷をしており、機能停止しているかもしれない。だが、ミスティゴーストはゆっくりと反応した。

 

「誰? 僕の名前を呼ぶのは? カンちゃん?」

 

 やはり、このミスティゴーストは例の「ヤナギ」であった。アーチェが大柄の男の足元を撃ち、男は驚いてヤナギをほっぽり出した。ロクショウがヤナギをキャッチした。ヤナギは体を震わせながら、独り言のように謝罪した。

 

「皆……カンちゃん……ごめんね。……ごめんね。皆とカンちゃんを酷い目に遭わせて、ごめんね」

「ヤナギといったな。一体何があった?」

 

 そっとヤナギを地面に置き、ロクショウはヤナギに事情を聞いた。邪魔するかのように大柄の男が叫ぶ。

 

「こらー! そいつを放さんか! そいつは、ちょいとわしらの仕事を知りすぎた」

「もう、さっきからあんたたちは何者なのよ」

 

 大男は不敵な笑い声を上げ、金魚鉢たちも怪しく笑った。

 

「しらないなら教えてやろう。聞いて驚け! そして、恐怖するがいい! 我らは、悪の秘密結社ロボロボ団。わしは、そこで幹部を務める者だ」

「ロボロボ団!」

 

 ロクショウ、ブラス、アーチェ。メダロット以外の者は驚愕した。

 ロボロボ団といえば、十年前。メダロット史上最悪ともいわれる「魔の十日間事件」を引き起こした組織。単なる悪戯集団かと思われていただけに、この事件は世間をおおいに揺るがした。しかし、事件の幕引きと同時に組織は忽然と姿を消した。

 以来、組織は自然解体したと考えられたが。よもや、まさかこんな形で幻となりつつあるロボロボ団と出くわすとは、イッキたちの予想を遥かに上回っており、四人は思考を停止した。

 

「ふぉふぉふぉ! 腰が抜けてしもうたか」

 

 幹部と名乗る男はイッキたちの態度に満足したようだ。

 人間と違って、三機のメダロットには特に驚きが見られなかった。ロクショウが幹部の男に話しかける。

 

「ふむ。それで、そのロボロボ団がこんな山奥でケチなコソ泥家業をする訳は何故だ?」

「な、何だとぅロボ!」

 

 金魚鉢の一人がコソ泥という言葉に反応した。

 

「反応しているところを見ると、自覚しているようですね」

 

 ブラスが無愛想に突っ込む。地団駄を踏む金魚鉢を押さえ、幹部の男が返した。

 

「ふん。秘密結社が毎回派手なことやるとは限らない。大願を果たすには、こうした人材を集めるための地道な活動もしなければならない」

「大願だと?」

 アーチェが口走った疑問に、大男は先ほどより更に不気味に微笑んだ。

「我らの大願。それは、世界征服だ!!」

 

 一同、しーんと静まった。大男に金魚鉢たちは、心底震えあがっているなと内心とても喜んでいた。だが、そうではなかった。アリカは吹き出しそうになる口を強く押さえた。

 

「ア、アリカ。こんなき、緊迫したときに寄せって」

 

 そういうイッキもこみ上げる感情を抑えるのに必死だ。この緊迫した場でいきなり世界征服と言われては、笑わずにいられなかった。どうせなら、普通に資金源調達が目的とか言われたほうが良かった。

 ロクショウ、ブラス、アーチェも肩を震わしていた。

 笑いを堪えるアリカ、イッキをよそに、カリンはぷっと吹き出していた。

 

「お、お前ら何が可笑しい」

 これが返答だと、コウジがわざとらしく高笑いした。

「あーはっはっはっは! どんな動機かなと思いきや。世界征服とはね」

 

 今度は幹部の男が地団駄を踏んだ。

 

「おのれい。だから、子供は嫌いなんじゃ! えーい! お前たちメダロットを転送せい」

 

 ロボロボ団五人はメダロッチからメダロットを転送した。計十五体のメダロットがイッキたちの眼前に出現した。すっとんきょんな雰囲気は去り、シリアスな空気が再び漂う。

 ロクショウ、ブラス、アーチェはさっき全速力で空を飛んだことにより、エネルギーを消耗していた。飛行系パーツはエネルギーの消費率が他の脚部より高い。その上、相手は数だけでもこちらの五倍以上。

 

「不味い状況になったわね」

 

 あのアリカが弱音を吐いた。

 自分たちを逃がさぬよう、ロボロボ団は囲いを広げ、徐々に縮めてきた。

 ピピー。

 イッキのメダロッチに電文が送信された。こんな状況に誰だ。イッキは素早くメダロッチの電文を黙読した。

 スタングレネード(閃光弾)を上空から落とす。至急、地面に伏せて、目と耳をきつく塞げや。by.修復完了のクマメダル

 閃光弾!? クマメダル!? 瞬時にして沢山の疑問が浮かんだが、イッキはこの電文の送信者を信用することにした。

 

「皆、地面に伏せて目と耳をきつく塞ぐんだ」

 どうしてという質問も意に介さず、イッキはとにかくそうしてくれと頼んだ。

「どうなってもしらないぞ!」

 

 文句を言いながら、コウジは率先して目と耳を塞いだ。イッキ、アリカ、カリンも地面に伏せた。メダロットたちには、一時的に視覚・聴覚機能をシャットアウトさせた。

 

「それは降参という合図か? 今更遅いわ。やってしまえ、者共!」

 

 時代劇のような掛け声を上げて、ロボロボ団が襲ってくる。そのとき、強烈な閃光と音が辺りを覆った。続いて、熱風を肌に感じて、イッキは飛び上がって目を開けた。五人のロボロボ団員が転げまわり、二体のロボロボ団メダロットの全身がひしゃげていた。

 イッキやんと、真上からドラゴンビートルがイッキの名前を呼んだ。

 

「あんさんがイッキですか?」

 

 イッキは頷いた。

 

「わての名は光太郎と申します。以後、お見知りおきを。新しいマスターのイッキやんのピンチやと聞いて、居ても立ってもいられなくなったんですわ」

 

 礼儀正しいロクショウとは逆の、ちゃきちゃきの関西弁を話すくだけた性格のメダロットだ。

 

「光太郎か。こんな状況でなんだけど、よろしくな。そいで、ありがとうな」

「どういたしまして。それよりも、他のメダロットも動かしてえな。今のうちに一機でも多くはったおしたといたほうがええ」

 

 イッキが起こす前に、コウジ、アリカは行動していた。アーチェは五感機能が麻痺した近くのメダロットを狙撃。もう一体、ブラックメイルの左腕を付けた鎧騎士型アーマーパラディンが援護し、ブラスが空を飛ぶゴーフバレットを撃墜。イッキもロクショウを起動した。ロクショウも負けじとソードで敵を切りまくり、ハンマーで頭をかち割った。光太郎は樹を傷付けぬよう、精巧な重力波射撃で相手を攻撃した。

 ばったばったと、ロボロボ団メダロットが薙ぎ倒されていく。

 態勢を立ち直す頃には、五対五の同数になっていた。それなのに、幹部の男はまだ余裕そうだ。

 

「ふぉふぉ。閃光弾とな! こりゃ、たまげたわい! だがのう、雑魚をいくらやったところで、わし自慢の三体を倒せなかったのは惜しいな」

 

 大男の自慢の三体とは恐らく、大王イカ型メダロットのアビスグレーター二体、マジカルピエロの両腕を付けたスペクター型メダロットのデーヴのことであろう。一体に付き、各自一体をぶつけあう正攻法での戦いとなる。

 相手は横一列に並んだ。何かしてくる。コウジがいち早く察した。

 

「火薬系をぶっ放してくるぞ!」

 

 二体のアビスグレーター、マジカルピエロの両腕を付けたデーヴ、セキゾーが大量のミサイルを放った。コウジのアーマーパラディンが盾となり、背後のアーチェ、ブラスが数発のミサイルを破壊した。

 ロクショウは一発のミサイルを蹴り飛ばし、落ちてくる前のミサイルを光太郎が狙撃した。

 

「わぁー!」

 

 後ろから、タロウが悲鳴を上げた。タロウの横には息を切らしたカンちゃんもいる。二発のミサイルがタロウとカンちゃんに飛ぶ。助けられそうにない。

 誰もがそう思ったとき、ヤナギが最後の力を振り絞って宙に浮いた。

 

「カンちゃんーー!!!」

 

 どどおぉぉーん……!

 爆音のあと、ぼろ屑に化した黒いものが草と落ち葉が茂ったところに落ちた。

 

「カンちゃんとタロウは!? ヤナギは?」

 

 身を縮こませたカンちゃんとタロウは無事だった。だが、身を挺して二人を守ったヤナギは、パーツとティンペットまでにも爆発の影響は及んでいた。がくがくと震えながら手を伸ばすヤナギ。その手がティンペットごともげた。

 

「ヤナギー!!」

 

 イッキとカンちゃんの悲痛な叫びが重なる。アリカとカリンは目を逸らし、コウジはイッキたちに会ったときよりも激しい怒気がこめられた目でロボロボ団を睨む。

 

「お前ら何を悲しんでおる? メダロットはメダルさえ無事なら動ける。たかが、パーツとティンペットが壊れたぐらいで何を嘆いておる」

 

 かちん。ロクショウの何かが切れた。ここ最近の幾多の戦闘を経て、ロクショウメダルは確実に成長していた。ロボロボ団の目的とか、ヤナギを唆した方法など知らない。ただ、今、ヤナギの取った行動とその姿。そして、そのヤナギに対するロボロボ団の発言がもう一歩で成長するロクショウのメダルを進化させた。

 できる。今の私に何かができる。

 夢遊病者のような足取りでロボロボ団に近寄るロクショウを見て、コウジ、アーチェが止めに入った。

 

「何を考えている? 一人で勝てるわけないだろう」

 

 ロクショウは乱暴に二人の手を払った。あのロクショウらしからぬ態度だ。イッキも止めにかかったが、ロクショウは優しくイッキの手を止めた。

 

「私に任せてくれ。何故だか分らぬが。今なら、私一人であの愚か者たちをやれる」

 

 ロクショウの雰囲気がいつもと異なる。口調こそそのままだけど、猛獣のように燃えたぎる戦闘意欲と標的を見据えた殺し屋の冷徹性が同居したようだ。

 ロボロボ団もロクショウの異変を感じ取っていた。幹部の者が命令する。

 

「お前たち、何をぼさっとしておる。いい的ではないか。次はあのクワガタムシを片付けろ!」

 ロボロボ団メダロットがミサイルを発射しようとする。ロクショウはゆらりと刃を上に向けた。

「ふぉふぉふぉ。せめて、一体でも多く道連れにしようという腹積もりか。甘いぞい。ヘッドシザースの格闘攻撃がいくら強力でも、わしの特別チューンナップ仕様のアビスグレーターたちはそんな生半可な戦法じゃ破れんぞ」

 

 幹部の男の号令と同時に、ロクショウの体が輝いた。

 

「な、何だ?」

 

 双方が同じように驚いている次の瞬間、網膜を焦がさんばかりの光が薄暗い森を照らし出した。凄まじいまでの光に、イッキたちは目を閉じるしかなかった。

 どのくらい経ったのだろう。眩すぎる光をまともに直視し、少々頭が頭痛を起こしていた。感覚が正常になると、イッキは眼前の状況を見て唖然とした。

 五体のロボロボ団メダロットは首、あるいは上下半身がばっさり切り落とされていた。ロクショウは、どういわけか体があちこち溶けていた。

 部下に支えられて立った幹部の者も、これには驚きを隠せずにいられなかった。

 

「な、な、何だ! 何だ! 何だぁー!? 何が起こった!」

 

 支える部下が答えた。

 

「よ、よく分かりませんが。光った次の瞬間、細い糸状の物があのメダロットの腕から伸びたロボ」

「本当か!」

 

 訳の分からぬうちに味方メダロットを大量に失い、謎の光と力、更に幹部の大男に凄まれて、部下のロボロボ団は怯えきった声で「ほ、本当ですロボよー」と言った。

 慌てふためくロボロボ団に、コウジが居丈高々に出た。

 

「さあ、どうする? お望みとあらば、まだ戦っていいぞ」

 

 アーマーパラディンが構え、アーチェ、ブラスがロボロボ団に銃口を向ける。ロボロボ団は一歩ずつ後ずさり、幹部の男が懐から何か取り出した。

 

「覚えておれよー!」

 ぼん! もうもうと黒い煙がわきたつ。

「煙幕か」

 

 コウジがアーチェに攻撃命令を出させたが、ロボロボ団はとっくのとうに森の奥へと姿をくらましていた。イッキが土下座姿勢のロクショウに駆け寄る。

「ロクショウ、どうしたんだよ一体? 何をしたんだお前?」

 イッキが所々溶けたロクショウの体を抱きかかえる。ダメージをうけていないのに、パーツから洩れた装甲下の配線が目に付く。ロクショウは掠れた声を絞り出した。

 

「分からぬ。今から機能停止するが、安心しろ。ただの……エネルギー切れだ」

 ロクショウのカメラアイから光が失われた。

「ロクショウー!」

 

 イッキの二度目の悲痛な叫びが木霊(こだま)する。

 

 

 

 ロボロボ団との交戦後の始末は大変だった。僕たちはカンちゃん、タロウを家まで送り、すぐに旧式の黒電話で警察へと繋いだ。同時刻に警察へ匿名の電話が入り、おどろ山近辺の閉鎖された廃工場に強奪されたメダロットたちが保管されていたようだ。

 廃工場内では、何とロボロボ団が既に何者かに捕えられていた。セレクト隊も事情聴取に関わり、ロボロボ団の話から、廃工場のロボロボ団を捕縛したのは怪盗レトルトだと判明した。

 怪盗レトルトはメダロットを主に盗みの対象とした神出鬼没の大泥棒。その大泥棒がどのような事情があってロボロボ団と戦い、しかも、保管されていたメダロットたちを奪わなかったのか。警察とセレクト隊は共同で捜査を行っているらしい。

 僕たちといえば、もうそりゃ、大目玉を食らった。警察の人の長々とした事情聴取。警察の人たちからのお説教に加えて、両親からの雷をおおいに貰った。ママはもちろん、パパの静かに怒りが籠もった声音は一生に耳に残りそうだ。

 罰として、ゴールデンウィーク中は許可が無い限り絶対外出禁止。そして、もう二度と自分たちだけでは山に登らない、ちゃんと親に話せという誓約書まで書かされた。

 最後にメダロットたちについて。

 ロクショウはセレクト隊の看護メダロットの介護もあって、翌日には自宅に届けられた。

 次にカリンちゃんのメダロット。

 カリンちゃんのメダロットも廃工場に保管されていたようだ。修復と聴取が済んだ次の日には、自宅に届けられた。ゴールデンウィーク五日目、土砂降りの雨の日に真っ白なベンツが僕とアリカの家の中間に止まった。カリンちゃんとセントナース、それと、礼装服の男性がお礼に訪ねてきた。

 突然の大金持ちの訪問にママと僕もびっくりした。カリンちゃんと執事の人を見て、ママと僕もかしこばった挨拶を送るしかなかった。カリンちゃんの愛機、セントナースのナースは主人と似て物腰柔らかく。

 

「イッキさん、ロクショウさん。このご恩はお忘れしません」

 

 人間でいうところの可愛子ちゃんにこう言われて、ロクショウはぎこちなく。光太郎は調子良さげに返事した。

 次にヤナギについて。

 ヤナギはあまりにも損傷が深く、介護メダロットはこの傷は治せないと言った。肩落とす僕たちに、トックリという眼鏡をかけたセレクト隊の人に「大丈夫ですよ。彼はメダロット博士のところに送りますから」と聞かされて、僕らは一安心した。

 もう一つ、ヤナギがロボロボ団に協力した理由。

 無垢なヤナギはロボロボ団に騙されたのだ。カンちゃんの孫娘のナツコさんが海外に転勤してから二日経った日、ヤナギはロボロボ団とばったりと出会い、捕まった。

 捕えられたロボロボ団の話によると、リーダーの男。本名かどうか分からないが、シオカラというあの大男がヤナギを使った幽霊騒動を思いついた。

 ナツコは海外転勤ではなく、会社での失敗を拭うために、否応に海外へ飛ばされた。シオカラはこんな嘘をヤナギについた。

 ヤナギとて、少しは疑ったりした。だが、シオカラは何らかの脅しも加えてヤナギを納得させて、ヤナギを幽霊として仕立て上げた。付け加えれば、ヤナギ自体は幽霊っぽい拡声器の声でびびらして、捕えたメダロットの運搬を手伝っただけで、メダロットを直接攻撃したのは専らロボロボ団のようだ。

 ついでにスクリューズ。警察に話すと、当然奴らも呼び出されて、親から然るべき処罰を与えられたとのこと。

 

 

 

 ゴールデンウィーク最終日。

 僕は両親に許可を貰い、ママが運転してあるとこへ連れて行った。

 

「時間がきたら、電話しなさいよ」

 

 ママと車を見送ってから、お土産を持ってロクショウ、光太郎と歩いた。おどろ山の登山口から離れて西側。そこをずっと歩いた先に、目的の古風な民家が見えた。

 声をかけても返事がない。イッキは横開き式のドアを開けて、中を覗こうとしたら、「ひーひっひっひっひ。勝手に入るのは誰だぁ」

 

 この世の者とは思えない声だ。イッキ、光太郎はやれやれと首を振り、「勝手に入って申し訳ありません。さようなら」と帰ろうとしたら、声の主は慌ててイッキたちを押し止めた。

 

「ごめん、ごめん! ちょっと、悪ふざけが過ぎちゃった」

 家屋から、新品と見紛うほど綺麗になったミスティゴーストのヤナギが現れた。

「おふざけも大概にな」

 

 ロクショウに注意されて、ヤナギは何度も謝った。

 

「ところで、カンちゃんは?」とイッキ。

「カンちゃんなら、アリカちゃんと皆と一緒に山菜取りに行ったの。それで、僕はお留守番しているの」

 

 イッキ、ロクショウ、光太郎もヤナギのお留守番に付き合うことにした。小一時間後、元気一杯にアリカがただいまと帰ってきた。アリカの長靴は泥だらけだった。

 

「イッキたちも来ていたのね。ほら、楽してたんだからあんたらも外に出て、山菜洗うの手伝いなさい。これから、お昼にするから。あと、ヤナギ。カンちゃんがヤナギに見せたい物があるんだって」

 

 外に出ると、ブラスの他に五体のメダロットたちがそこにいた。

 カンちゃんの手には手紙が握られていた。カンちゃんが嬉しそうに手招きして、ヤナギに手紙を見せると……。ヤナギは喜びのあまり、天に召されんばかりの勢いで高く宙に浮いた。

 手紙には、ナツコさんが七月の下旬には日本へ帰ってくることが直筆で書かれていた。

 その日、イッキはママが迎えに来るまでの間、カンちゃんにカンちゃんのメダロットたちと楽しい時を過ごした。

 


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