メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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6.おどろ山探索記(打ち捨てられた者)

「こ、降参」

 

 ナンテツがビームサーベルを振り下ろす前に、イッキはお手上げのポーズをした。

 ロクショウは無様に尻餅を付き、両腕で体を支えていた。右足と自慢の両角は切り落とされていた。

 ロクショウを見下ろすのは、紅くいかめしい鎧武者姿のメダロットのサムライことナンテツ。ナンテツの背後から数メートル離れたところにいるのは、老眼鏡をかけた、禿げかかった頭の校長先生。場所は学校近くの河原。

 校長先生に誘われて、気軽に練習ロボトルを引き受けたのは良いものの、あまりの強さにびっくりした。

 スピードもさることながら、その洗練された動き。無駄の無い舞踊の如き動きで、ロクショウの素早い動きでも追いつけない。そして、いとも容易くすっぱりと、左腕のビームサーベルで右足と頭の角を切り落とされた。

 校長先生が強いとは聞いていたが、あのキクヒメとは比較にならない。

 悔しげにサムライを睨み返すロクショウ。

 不屈のロクショウは、自分の今の状態を否定したかったが、目の前にある右足と両角を見て、闘争心が徐々に失われていった。

 

「ほっほっほっほ! すまん、すまん。ちいとやりすぎたわい。どれ、わしに見してみい」

 

 校長は朗らかに笑った。嫌味無い笑いを聞いて、イッキとロクショウは緊張の糸が切れた。校長先生の回復パーツで回復してもらった。校長とナンテツを見送った後、二人は河原の草が生えた箇所で、イッキは寝転び、ロクショウは珍しくあぐらをかいた。

 上には上がいる。この一週間で痛いほど、その言葉の現実というか、重みを痛感した。後でネットで調べたら、校長先生は世界個人ロボトルランキングで第五六位に名を連ねれていた。世界で何千万人も名を連ねるロボトル協会で五六位。

 身近にこんな化け物じみた存在がいるのを知って、世の中の広くて狭いんだなと二人は思った。

 イッキは独り言を呟いた。

 

「なあ、もう一人いたら、勝てたかな?」

 ロクショウは川の流れを見つめたまま答えた。「知らぬ。あれほどのお手前だ。たかが一人増えたところでは、どうにもならぬかもな」

「そうだね。でも、メダロッチの収納台数は三体までだし、後もう一体ぐらい居てもいいかもね」

 

 イッキは空を眺めた。二台目のメダロット、考えたこと無かったな。けど、ロクショウで十分過ぎるぐらいだよ。どっかで捨てられた奴がいれば、別だけどね。

 

              *———————————————*

 

 校内ロボトル大会は六年生の男子生徒が優勝を飾った。キクヒメのセリーニャはロクショウとの試合での負傷がたたり、惜しくも優勝を逃した。

 そのイッキとロクショウだが、校内ロボトル大会以降、挑戦者が増えた。

 負けはしたがスクリューズの子分二人に打ち勝ち、あのキクヒメとも善戦した光景は主に小学生の見物客の口から伝わった。

 ゴールデンウィークまでの間、イッキとロクショウは校長先生を含めた十三人とロボトルを繰り広げた。

 まだまだ未熟な二人だが、十三戦して十一勝二敗した。一敗目は、学校の校長先生の愛機である侍型メダロットのナンテツとの対戦。伊達に歳は取っておらず、イッキとロクショウはコテンパンにされた。

 二敗目は潜水系メダロットを持つ中学生が相手。相手の有利な川での戦闘で上手く攻撃を当てられず、徐々に装甲を削られて敗れてしまい、ロクショウの右腕を取られてしまった。

 後日、アリカが男性型アンチシーパーツを持っていたので、イッキはアリカからカッパ—ロードの右腕を借りてリベンジを果たし、ロクショウの右腕を取り返した。

 アリカは心地よくパーツを貸してくれたが、絶対裏に何かあるとイッキは直観した。ゴールデンウィーク前日の金曜日、学校が終わったあと、イッキはアリカに自宅へ来るよう言われた。

 

「ねぇ、イッキ。今度のゴールデンウィークさぁ、おどろ山に行かない?」

 

 甘えた声を出しながら、アリカは部屋にいるイッキを逃がさないよう追い詰めた。

 

「何で?」

「何でって? あんた、私に貸しがあるでしょ。だからさあ、おどろ山の幽霊の正体を見抜く取材に同行してくれない? お父さんとお母さん、今回のゴールデンウィークはどこにも連れて行ってくれそうにないから」

 

 イッキは迷った。

 僕のパパも今回は忙しくて、夏休みにメダロッ島へ連れて行ってくれると約束した代わりに、今回のゴールデンウィークは我慢してくれと言った。どこへ行けそうにもない。といって、ずっと日がな一日ごろごろするのもどうだろう。イッキはゴールデンウィークの間、アリカと共におどろ山の幽霊調査に出かけることにした。

 

「やっりぃ! そうこなくっちゃ」

 

 期待どおりの返事が聞けて、アリカは喜んだ。

 ロボトルにおける借りを返すためでもあるが、イッキも俄然、ここ最近のおどろ山幽霊騒動の正体が何なのか知りたかった。

 おどろ山は御神籤町の数少ない観光スポットの一つ。のっぺりとした山群の連なりで、登山には向かないが、豊かな自然があふれていて、休日での家族や友人を連れての気軽なハイキングになら持ってこいの場所。

 事は今年の二月に起きた。小学生の男の子がメダロットを連れて山に入り、越冬中の昆虫を採集しようとしたら、「……置いてけ……。森を汚す機械を置いてけ。さもなくば……お前の魂をいただく……」と、不気味な声が森に響いた。

 怯えた少年は、自身のメダロットを使って周囲に声の主がいないか探させた。すると、メダロットの悲鳴が上がった。少年が駆け寄ると、自身の愛機が無残な姿で樹の根本に倒れていた。

 

「……出ていけ……。さもなくば、お前を喰ってやる……」

 

 恐怖で混乱した少年は、千切るようにティンペットからメダルだけを掴み、必死の思いで下山した。その日のうちに管理事務所から青年団に連絡が入り、少年の証言を下に、五名が少年のメダロットの本体を捜索したが、一切そのような痕跡は見当たらなかった。

 そのメダロットは旧式であり、少年がメダロット社の保険を利用して、パーツやティンペットを貰うための一芝居を打ったのではないかと、あらぬ疑いもかけられた。

 三月、大学生のグループが四名入山した。内二名はメダロットを連れていた。大学生グループがおどろ山にあるおどろ池の近くを通ると、また、あの声が四人を脅した。

 四人と二体のメダロットは鼻で笑い、二人一組に分かれて声の主を探した。そしたら、徐々に辺りに霧が立ち込めてきた。その霧に包まれているうちに、四人は気を失った。目が覚めると、二体のメダロットは忽然と姿を消していた。

 同月。最初の被害者である少年のクラスメイト十人が、夜、全員メダロットを連れて山に入った。一時間後、十人は恐怖に顔を歪めて山の管理事務所に助けを求めた。

 十人の話を整理すると、何でも二本の黄色い角を生やした鬼が一匹に、宙に浮かぶ白い幽霊がわらわらと姿を現し、例の脅迫台詞を言った。子供たちは果敢にメダロットを使って攻撃したが、何と全てすり抜けた。攻撃は当たらず、徐々に狭まる幽霊たち。

 仕方なく、子供たちはメダルだけでも持って、本体を置いて下山した。これを聞いた役所も、ようやく重い腰を上げることにした。

 青年団に自治体と協力して、町は一日に一回は山の巡回をさせた。また、子供一人の入山に夕方以降の入山も一時規制した。

 四月。今度はその巡回者が被害に遭った。二人一組でメダロットを連れていたが、おどろ池の近くを通るとあの声がした。二人とメダロットは固まって行動した。その日は雨が降り、山は霧が立ち込めていた。

 二人は警戒して歩いていたが、何故か頭が重くなり、気付くと眠っていた。目覚めると、後には何も残っていなかった。

 そして、このことは「おみくじ新聞」だけでなく、ついには全国紙とニュースにも取り上げられてしまい、インターネットでも話題を呼んだ。おかげで、ゴールデンウィーク前日だというのに、ハイキング客を相手にした宿泊業やお土産による売り上げが昨年より落ち込むことが予想された。

 悪い噂が広まり、町の安全のために買ったメダロットも一体奪われて、役所は椅子に座って頭を悩ますばかり。

 

 

 

 一体の汚れたメダロットがおどろ池近くに横たわっていた。そのメダロットは騒動が起きる前からそこにあり、とある者たちはあまりの汚れ具合から、それを見つけても触るのを躊躇っていた。

 男性型ティンペットとパーツ一式を付けたそのメダロットは機能停止しているが、メダルは装着されたままなので、まだ生きていた。それは、ちょうどおどろ山のごみが集積しているところにあり、山狩りの者たちも朽ち果てたその存在を無視した。

 ふう。エネルギーはすっからかんでも、一応、思考能力とかは失われないみたいやな。それにしても、人間って酷いもんやほんまに。爺さんが死んだら、エネルギーを抜いて山にぽいやもんな。そんでも、憎み切れへんのは、爺さんというお人の存在があるからやろうな。けけけ!まっ、このまま残り一生、しょうもないこと考えながら朽ちるのもええかも。

 にしても、あーあ。何や、じゃりでもいいから興味持って拾うてくれる人はおらんかな。無理やろな。見えるわけじゃないけど、多分、こんなに朽ち果てたもん拾うような物好きおらんやろ。

 そのメダロットは一旦、思考世界での言動を打ち切り、心を無にした。

 

 

 

 ママにアリカとおどろ山に行くことを話すと、ママは陽が落ちないうちに帰ってくるよう言い渡し、お弁当を渡してくれた。お弁当を渡すときのママの目が、変というか、妙に浮いているような気がしたけど、何でかな?イッキが家から出たあとも、チドリはちょっと嬉しげに浮ついた顔をしていた。

 

「ふふ。イッキがアリカちゃんとデートねぇ」

 

 このとき、イッキは何故かくしゃみをした。

 歩いて三十分後、イッキたち四人はおどろ山前に到着した。去年のゴールデンウィークでは、ある程度の人数が見受けられたが、今年は物寂しい。イッキたち四人以外に、敬老会の人たちが八人と、山伏が数人ほど。おどろ山は意外なことに歴史が古く、何とかの高名な和尚さんが眠るというお岩さんがあり、たまに修験者などが訪れたりする。

 入山する前、管理事務所のおじさんが注意を呼びかけた。

 

「もう知っているかもしれないが。危険だから、夕方までには必ず降りてくるんだよ」

 四人は小さく会釈して、入山した。

「幽霊といっても、こんなまっぴるまから出るわけもないわね」

 

 最初はジャーナリストとして身構えていたアリカも、すぐに足取りが軽くなり、ブラスと手を組んで楽しげに山中の眺めを見渡していた。イッキはロクショウと手を組まなかったが、のんびりとした気持ちで歩んだ。

 

「幽霊騒動で騒がしいと聞いていたが。いざ現地に来てみると、とてもそんな風には見えませんな」

 

 イッキはロクショウの言ったことに同意した。山は日当たりが良く、木漏れ日がまた風情を醸し出していた。幽霊はもちろんのこと、とても鬼とか人魂が出そうな気配はしない。陽が落ちれば、こののどかな景色も違った物に見えるかもしれないが。

 先を行くアリカが振り返った。

 

「イッキ、おどろ池に行ってみましょ。幽霊の目撃情報が一番はっきりしているのはそこだから」

 

 おどろ山にあるおどろ池は、山の中腹地点で曲がってずっと七百メートル登った先にある。池は大よそで直径四十メートルほどあり、真ん中は土が盛っていて小島のように見える。湧水が出る池で、真夏日においても涼しさ感じるおどろ山名所の一つ。だが、今は幽霊騒動とは別の問題を抱えている。池を見たイッキは顔をしかめた。

 

「話には聞いていたけど。ちょっと、酷いな」

 

 綺麗な湧水の池には、ぷかぷかと空き缶にビニール袋などのごみが目立つ。おどろ山は牧歌的な山道とこの池が見所。そのせいか、こうして心無い観光客がごみを捨てていくときがある。町もこの山ばかりに金を回すわけにはいかず、ボランティアを募集して秋に年に一回の大掃除でごみを集めるものの、不法投棄は跡を絶たない。

 イッキたちはここらで一休みした。少しごみが気にかかるが、冷えた山頂の空気がちょうど火照った体を冷やしてくれて、心地よい。イッキとロクショウは池の周囲を徘徊した。

 池を半週したところは急峻。樹が懸命に張り付いているようだ。その下を見下ろすと、薄汚れた物が樹の根元にもたれかかっていた。イッキとロクショウは互いに見合った。

 

「あれって、メダロットかな?」

「泥で汚れ、あちこち苔やキノコが生えていますが、恐らく」

 

 イッキたちの様子に気付き、アリカとブラスも半週地点まで行き、下を覗いた。イッキはペンライトの光を当てた。酷い有様だが、間違いなくメダロットだ。近寄らないと分からないが、脚部の形からして飛行タイプと思われる。

 

「こんなところにポイするなんて! あんまりよ!」

 

 アリカが怒り心頭のあまり吠えた。メダロットが捨てられることは今年が初めてではない。去年も、三体のメダロットが山に捨てられていた。大抵の場合、動けないようエネルギーを抜かれて捨てられるので、可哀想なことにメダロットたちは何もすることができなくなる。

 そして、今イッキたちが見ているメダロットのような末路を迎える。

 

「まだ、あいつ動けるかな?」

「イッキ、気持ちは分かるけど、それは止めといたほうがいいわ」

 

 アリカはイッキが助けることに反対した。

 

「絶対とは言い切れない。けど、エネルギーを抜かれても微かに意識はあるらしいわ。それで、自分たちが捨てられたことも何となく分かるみたいよ。だから、仮に彼、彼女を助けたとしても、人を攻撃するかもしれないって」

 

 メダロットの頭脳であるメダルは謎が多い。機械のボディが無ければ動けないはずなのに、メダロットはその状態でも思考による生体活動を続けられることが最近、判明した。イッキとアリカも週間メダロットの視聴者なので、そのことはよく知っているつもりだ。

 イッキはアリカの言うことを理解していた。ただ、あの朽ち果てた存在を一度見た以上、手を差し伸べずにはいられなかった。

 

「危険かもしれない。それでも、頼むよアリカ。今回だけ! 今回だけは、見逃してくれないか?」

「見逃すって……。助けたあと、あんたあの子をどうするつもり?まさか、里親でも募集するの」

 

 イッキはしばし考えたのち、おもむろに顔を上げた。イッキの中では、もう一台メダロットが手に入るという喜びは無く。ただ、ひたすら、そこにいるメダロットを哀れむ気持ちで一杯だ。

 

「僕が引き取るよ」

「でも、あんたのお父さんは許しても、お母さんは厳しいから駄目なんじゃ」

「何日かかっても説得してみせるよ」

 

 イッキは真っ直ぐにアリカを見据えた。いつものイッキらしからぬ真剣な眼差しに、アリカはなかば自嘲気味に首を振った。

 

「しゃあない。協力してあげる。もしかしたら、幽霊騒動の犠牲者の線もありうるし」

「ありがとう、アリカ」

 

 そうと決まったら、次にどう救出するかだった。取っ掛りは多いが、所々ぬかるんでいるので安全ではない。

 

「アリカ殿、イッキ。その役目、私とブラスに任せてくれないか?仮に全員で降りているところを見られたら、あらぬ疑いをかけられるかもしれん」

 

 今すぐ来ないだろうが、他の観光客が訪れない保障はない。ロクショウの言うとおり、全員で降りるところを目撃されたら、言い訳に時間がかかる。というわけで、ロクショウとブラスの二体であのメダロットを引っ張り上げることにした。

 

「ねぇ、皆さん。あの(くぬぎ)に絡みつく蔓は使えるかもしれないわ」

 

 ブラスの見る方角には太めの櫟があり、ちょうどイッキの小指ぐらいの太さの蔓が絡まっていた。ロクショウは櫟を傷付けぬよう、チャンバラソードで慎重に蔓を切り落とした。ロクショウは肩に蔓を巻いて、まるで軽業師のごとき軽快な動きで急峻を下り、あのメダロットの体に蔓を巻き付けた。イッキ、アリカ、ブラスが例のメダロットを引き上げ、ロクショウが朽ちた体を後ろから押し上げて、樹などにぶつからぬよう補正した。

 

「皆、ありがとう」

 

 イッキは心を込めて礼を述べた。

 イッキ、アリカは生えた植物を手で払いのけ、池で濡らしたタオルでメダロットの体を拭いた。大体検討は付いていたが、そのメダロットは間違いなくトンボ型メダロットのドラゴンビートルだった。ドラゴンビートルは重力系攻撃のメダロット。重力攻撃を得意分野とするメダルは「クマ」だから、普通に考えたらクマメダルが装着されているかもしれない。

 ボディはスラフシステムが作動しないくらい朽ちていた。パーツ下のティンペットが覗ける。

 イッキは背部の歪な形になったメダル装着部のハッチを開き、メダルが装着されているか確認した。想像どおり、クマメダルが装着されていた。しかも、メダルは一段階進化していた。

 イッキたちは下山した。途中、他の登山者や管理事務所のおじさんに咎められたら、調子に乗ってはしゃいでいたら、樹や岩などに散々体を打ち付けて機能停止したと誤魔化した。

 


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