メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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37.告白

 倒れそうになったがイッキは、四つん這いの姿勢で体を支えた。右太腿が痛むので、左足を伸ばし、右足を曲げた姿勢で座った。手も痛む。まめが治ったばかりなのに、火傷したので余計に痛い。

 時刻は六時四一分。二十分も経っていない。時間にはまだ余裕がある。俄かには信じ難い。ゴッドエンペラーを倒したことも、たったこれだけしか時間が経過していないのも。

 余韻や感動に浸るのを後回しにして、フユーンの軌道修正を先決しようと決めた矢先、小さな石つぶてと埃が落ちてきて二人の頭に当たった。イッキは頭をさすりながら上を見上げた。天井から壁にかけてあちこちひび割れている。無理もない。ゴッドエンペラーがあれほど激しく暴れた上に、今しがたの強力なメダフォースのぶつかり合い。頑丈に造られたはずのフユーンを以てしても、耐え切れなかったようだ。衝撃の余波で、フユーンストーン設置台のガラスもひび割れかけていた。

 ひしひしと墜落する実感が湧いてきた。いつまでもこんな所にはいられない。

 立ち上がろうとしたら、ぐらりと傾いた。疲れで目眩がしたと思ったが、違う。フユーンが傾いたのだ。イッキは咄嗟に受身を取れた。

 フユーンが傾いた訳は上のコクピットルームで、レトルトとレディが急遽、軌道を変えたために船体が傾いたのだ。船内にはあちこち穴が開いており、フユーンも船内の激戦で少なからず損傷があり、完璧な状態ではない。政府がフユーン撃墜を決定することを恐れたレディはただちに行動開始。何故か見張りのメダロットたちは困惑しており、元々目が赤い機体を除き、殆どのメダロットのアイカメラの光は元に戻っていた。

 レディは煙幕玉を投げて、レトルトは囮役。引きつけている隙に、レディは侵入して軌道修正。しかし、通常ならともかく、機体が損傷したフユーンに急な旋回はきつく、フユーンは傾いた。

 ロクショウは危ないと叫び、駆ける。船が傾いたせいで、バランスを失ったゴッドエンペラーのボディが床から火花を散らして滑り落ちてきた。ストンミラー、ベルゼルガもだ。ロクショウは体当たりするようにイッキに突っ込み、もつれあう二人は横へ逸れ、危うい所で巨体の脅威を避けえた。二人は難を逃れたが、巨体は最悪な形で止まった。

 ゴッドエンペラーのボディはフユーンストーン設置台に直撃。続いて、二機も衝突。そして、ガラスが割れて、コードが幾つか千切れ、内部の固定台からフユーンストーンがずれて、どろりとした液体が流れ出た。壁にもたれる二人と、壊れた入口の端にしがむヘベレケは目を丸くした。

 警報音がフユーン全体に鳴らされる。警報音に予め録音されていたアナウンサーは次のことを告げた。

 警告。メイン動力源を失い、これより予備動力源への変更を行う。予備動力が持つのは十分。乗客の皆様は落ち着いて、乗務員とパイロットの指示に従い、避難をしてください。

 なんということだろう。結果はどうあれ、予告通り、彼の手でフユーンを墜落させることになる。フユーンが微かに震え始める。

 

「イッキ! 私の脚部すぐに動きやすい飛行パーツへ変えろ!」

 

 イッキはロクショウに言われて、すぐにどのパーツがいいか決めた。エアプテラの脚部だ。陸上での歩行も考えられた、優秀な飛行パーツである。クワガタメダルとの相性も良い。

 背に乗るや、ロクショウは扉の方へ飛び、裏側へ回った。二人はヘベレケに手を伸ばそうとしたが、ヘベレケは尻をついたまま、慎重な足取りで三機の方へ向かった。

 

「博士! 何してるんですか!? こっちへ来てください!」

「黙れ、小僧! 先に行け!」

「死ぬ気ですか?」

 

 ヘベレケは声を嗄らして、ちがうわいと返した。二人はヘベレケのやろうとしていることを理解した。ヘベレケは壊れた三機の間を探ると、一つ、二つ、輝くメダルを取り出した。

 

「受け取れい」

 

 年齢に似合わず、ヘベレケは強肩ぶり発揮した。足場が悪いにも関わらず、見事なコントロールでメダル二つをイッキたちに投げ渡した。二人はそれぞれメダルをキャッチし、イッキは二つのメダルをポケットに突っ込んだ。

 

「博士、早く」

「いいから、お前さんたちは早く行け。わしはこいつのを取り出してから行く。こいつのは特別仕様で、万が一にも破壊されても、メダルは数種類の乱数暗号パスワードを入力しなければ、排出できない仕組みになっておる。とっとう行け!」

 

 時計を見る。二分経過しようとしている。

 

「博士。絶対に来てくださいね」

 

 二人は仕方なく、ヘベレケを後に置いて行くことにした。一階層上へ上ったとき、一発の銃声が聞こえた。ヘベレケ博士の名を口にして、イッキは引き返そうとしたが、ロクショウとメダロッチの二人に止められた。

「行くな、イッキ。どうにもならない」

 ロクショウは放さないぞと、イッキの肩が痛いぐらい強く掴んだ。聞こえた一発の銃声。想像できるのは一つしかない。イッキは嗚咽を堪え、「さようなら、ヘベレケ博士」と別れを告げたら、脱出を開始した。

 幸いというべきか。ゴッドエンペラーが自ら通れるよう開けた穴は、逃げるにはうってつけだった。ロクショウはできる限り注意して、自分にも、背中のイッキにも壁や天井の破損個所が当たらぬよう、飛行した。機内は小刻みに震えており、歩くのに支障をきたした。

 二人は上へ上へと行き、無事に脱出。という訳にも行かなかった。通路ごとにメダロットたちがいて、彼らにも声をかける必要があった。

 

「すぐに逃げろ! 墜落するぞ!」

「ごたごたいわず、付いて来い! 倒れた者がいたら、メダルだけでも拾ってやれ!」

 

 メダロットたちは答えず、ロボロボと口ずさむ。ロボロボ団のメダロットだ。言うことを聞かないのも当然か。しかし、主人がいずとも、敵に言われるまでもなく、彼らは慌しい様子で動き、動けない仲間がいたら、メダルだけでも拾い、続々と上へと集結した。正気に返った彼らを突き動かすのは、生への渇望。死への恐怖である。

 後二階層分に差しかかろうとした時、突如、フユーンがぐるりと回転し、大きく震えた。レディが機首の方向を変えて、墜落方向の反対へと搭乗下降口が来るよう変えたのだ。二人とメダロットたちは固まり合って身を伏せて、やり過ごした。墜落前の現象の類かと思われたが、どちらにせよ、脱出を図る者たちを更に急かした。

 船の客層に到着。近くにあったトレイから持ち出したトイレットペーパーを足の傷にぐるぐると巻く。時間は五分と少し余裕がある。行こうとしたら、一機のロボロボメダロットがあっと、声を上げた。

 

「そういえば、三階下トイレのあいつがまだいたロボ」

 イッキは尋ねた。「トイレのあいつって、ロボロボ団関係者?」

「まっ、平たくいえば、そうロボ。気付いていたけど、ゴッドエンペラーの奴らに、あんな情けない奴に関わってる時間はないから放っておけと言われたから、無視していたロボ」

「情けない奴?」

 

 もしやと二人は思った。情けないという単語を聞いて、大変失礼だが、あの人物が思い浮かんだ。

 

「イッキ、ここで待っておれ。少し様子を見てくる」

 

 ロクショウはエネルギー残量が少なくなっていたが、構わず、階を飛び降りていき、半周近くして、トイレを発見。トイレに駆け込んだら、大声で白玉の名前を呼んだ。

 

「だ、誰!?」

「私だ。イッキのロクショウだよ」

「ロクショウ! どうしてここに、確か死……」

「細かい話は後だ! 死にたくなければ出てこい!」

 

 ロクショウに促されて、白玉は出てきた。怯えた小動物のように、ゆっくりと出てきたので、いらいらしたロクショウは乱暴に腕を掴むと、走り出した。白玉はもんどりうちそうになったが、体勢を保った。

 

「乗れ! 早く乗るんだ!」

 

 白玉を背に乗っけると、ロクショウは全速でエンジン発射。白玉や自分に壁や天井が当たるのも恐れず、あっという間に上階へと到着してイッキたちと合流した。ロクショウが降り立つと、白玉は転げ落ちた。目をひん剥いて、あがあがと口を開けて泡を拭きかけていた。

 ロクショウはふらついた。フユーンが揺れているからではなく、エネルギー残量が十パーセントにまで低下したためだ。ロクショウはもう、歩くだけで精一杯であった。イッキはロクショウを背負って走った。残り時間二分。

 

「こっちだ、こっち」

 

 ロボロボメダロットの先導の下、集団は搭乗下降口へ向かう。ロクショウとイッキは彼らが待っていてくれたことに驚いたが、彼らからすれば、自分達を気にかけて、声をかけてくれた二人の方が驚きだと言われた。

 

「あんなに酷い目に遭わせたのに、よく助ける気になったなロボ」

「呉越同舟さ」

 

 イッキは気取って、らしくもなく四字熟語を言ってみた。調子に乗るではないとロクショウに言われた。壊れたドアを潜ると、搭乗下降口には酸素ボンベと防水スーツで身を固めた怪盗レトルトとレトルトレディに、そのメダロットたちがいた。

 

「レトルト、レディ。逃げたんじゃ」

 

 レディが振り返って、マスクの下からウィンクした。

 

「残念ながら、今回は失敗。空だと捕まるから、私たちは海から逃げるわ」

 

 集団は怪盗二組を無視して、次々と空へ飛んだ。飛べない者は仲間の手に掴まり、泳げる機体は泳げない機体の為、フユーンが海中に落ちてから、脱出することにした。飛べるロボロボメダロットはそのまま、元気なロボロボメダロットの脚部を飛行系に替えて、白玉氏と共に脱出しようとする前、イッキはレトルトに一言だけ聞いた。

 

「あなたがゴッドエンペラーと戦ったのですか?」

「そうかもしれんし、そうではないかもしれん。少年よ、これだけは言えるぞ。非力は無力とは違う。君は今、自らのメダロット達と共にそのことを証明した。私から君に言えるのはこれだけだ。さあ、行きたまえ」

 

 イッキたちと数十にも及ぶメダロット集団はフユーンから上空へと飛んだ。出た瞬間、激しい風圧と突風に見舞われた。くっ付き合う集団は鉄とプラスチックにアルミや特殊合金が擦れてぶつかり、メダロットと人間二名の悲鳴も加わり、非常にやかましい騒音の演奏を奏でた。

 やがて、少しずつ飛行集団は連携を整えて、安定した飛行を保てるようになった。吹き荒ぶ上空。顔も上げてられないが、イッキは踏ん張り、上半身を起こした。刹那、両目に強い光が飛び込んできた。ぎゅっと目を瞑る。メダフォースの光?

 体が仄かに熱で包まれるような感覚。徐々に目が慣れてきたので、薄目を開けた。そして、光の正体を知った。

 太陽だ。眼下に広がる光景は海。海の方角から、夕陽のような初日の出が顔を出していた。太陽は燦々と地上を照らし、真冬に心身を冷やした者たちを温めた。ロクショウがすまぬと一言断り、イッキを載せたまま、ちらっと後ろを窺った。

「喜んでもいられないが、良い眺めだな」

 イッキは太陽を見つめたまま、うんと頷いた。

「最高の眺めだよ」

 強く風を切る音が接近してくる。上を見上げる。ヘリコプターだ。色や形、ごつい機関銃やミサイルが付いているところからして、どう見ても、自衛隊のヘリコプターであろう。撃ち落とされては不味いと思い、イッキと、落ち着いた白玉は白衣を脱いで、懸命に自衛隊のヘリコプターに存在を示した。

 敵ではないと判断した自衛隊員たちは、大音量のスピーカーで、隊員がすぐに救出に向かうから、待っていてくれ。ただし、メダロットたちは連れて行けないと告げた。ざわざわとメダロットたちが騒いだ。

 

「後は自力で港にまで行く。お前達は気にせず行けロボ」

「……ありがとう」

 

 イッキは他のメダロットの背に乗り、ロクショウをメダロッチに収納。イッキと白玉は手を振り、声を張り上げて、準備ができたぞと手を振るう。ロープが降ろされて、隊員も降りてくる。まずはイッキから担がれた。上る最中、海からこれまでにない衝撃音が聞こえた。

 フユーンが遂に墜落したのだ。湯気を上げながら、フユーンはごぼごぼと盛大に泡と飛沫を上げながら、海へ引きずり込まれる。

 沈む。空中要塞フユーンが沈んでいく。一人の人間の壮大な夢を詰め込んだ巨大な器はその人間も乗せたまま無情にも沈む。

 沈む。人間と、人間と手を取り合って生きているメダロットたちを憎む、かつては一人であった者は再び、永い眠りに就こうとしている。

 欲望、野望、復讐、憎悪、悲劇、冒険、栄光。あの中で起きた様々なドラマ。それら全てを、ちっぽけな出来事だと嘲笑うかのように、動力を無くしたフユーンは海という雄大な自然へと呑みこまてゆく。

 白玉も救出された。ヘリの操縦士が通信機器で、フユーンに残された乗客二名を救出した事。フユーンが海へ沈没する光景を報告していた。

 

「やっと、終わったのか」

 

 そうだなと、ロクショウは呟いた。優しい手付きで自衛隊員に毛布をくるまれた途端、急に頭が重くなった。視界がぼやけ、ぐらぐらと揺れる。イッキ君と白玉が声をかける。イッキは自分でも訳が分からず、足を伸ばした。視界のぼやけは酷くなり、目蓋も段々と垂れ下がってくる。そして、横向きに倒れそうになるイッキを自衛隊員が支えた。

 イッキ。イッキやん。イッキさん。メダロッチから三人が声をかけても、主人からの返事は無い。

 

        *——————————————————*

 

 絡まったコードを手っ取り早く切断するため、ヘベレケは一発、撃った。発砲して間もなく、少年が自分の名を叫んでいた。恐らく、拳銃自殺でもしたと勘違いしたのだろう。かえって都合が良い。あれが自分を助ける為に危険を冒さずに済んだというもの。儲けもんだ。

 切断したコード類をとっぱらうと、専用解除キーを差し込み、一段階目のロック解除。次に定められた乱数式暗証番号を二回ほど打ち込み、十秒以内にもう一度解除キーを差し込んで回し、メダル収納背部ハッチを開けた。

 限界にまで成長した、きらりと光を放つメダルを取り出す。

 ヘベレケはメダルの裏表をじっと眺めた。

 長い長い時間。親しい者たちとの連絡を絶ち、自らの信じる夢に向かって、突き進んだ。手の平にあるこれは、夢の結晶。ここは、夢の器。他人にどう指摘されようとも、全てを犠牲にして築き上げた自分の夢。それが今、落ちようとしている。自分と共に。正確には、自分とこの一枚の金属生命体と共に、だ。

 ヘベレケはメダルを握りしめて、背中を丸めると、わなわなと体を震わす。堪えきれぬように、ヘベレケは堰を切ったように膝を打って大笑いした。

 笑わずにいられるか。たかが子供。普通の、平々凡々のガキ。そのガキに従う、二枚のコピーメダルに、一枚のレアメダル。あいつが選んだ自然的観察実験とやらの対象の一人。どこにもでいる、ただの少年メダロッターとメダロット達が夢を潰した。ロボロボ団がおどろ山で起こしたしょうもない強盗事件にたまたま運悪く関わっただけの子供。ただそれだけの子供が、ゴッドエンペラーを倒して、何百何千万人の命を救った。訳が分からん。

 メダルをメダロッチに収納した。傷は見当たらなかったので、意識はあるはずだが、№0023は何も喋らない。船が傾き、体にかかる重力が大きくなる。墜落の時が間近に迫りつつあるのを肌身で感じた。

 

「話しかけても無駄だろうが、話しかけよう。お前さんも運が悪い奴だ。お前が最も憎む者と運命を共にするのだからな。いうとけば、わしもお前さんが現時点で最も大嫌いで憎い。おあいこだな」

 

 ヘベレケは憎まれ口を叩くと、ふんと鼻を鳴らした。

 

「貴様の遺言として聞いてやろう」

 

 ヘベレケはおっと、メダロッチのメダルを注視した。まさか、返事が返ってくるとは思わなかったのだ。彼もまた、メダルの身一つになった今でも、僅かながら揺れを感じており、いま正に永い眠りに就くか。命が尽きるか。どちらかが身に降りかかることを理解した。

 メダルの身ではあるが、妙なことに、頭がぼっーとした感覚である。何かのイメージが形づく。ロクショウのメダフォースをもろに食らった影響だろうか。刹那。彼のイメージに、ある人物が浮かんだ。速すぎて誰か分からない。思い出そうにも思い出せない。頭を抱えたくても、体はない。思考のみしか許されない。

 しかし、どういうわけだ。イメージにより形造られたものは刹那だったが、女性に見えた。女性のイメージが浮かんだ時、ほんの少し、冷え切った心が温まったような気がした。やがて、マルガリータと呟いていた。

 

「何じゃ?」ヘベレケは無駄だと知りつつ、彼に聞いた。

「知らん」彼は一言、素っ気なく答えた。ああそうかいと、ヘベレケは嫌味っぽく鼻を鳴らした。

 以後、二人は沈黙を通した。自分が意識せず呟いた、人の名前。正体を確かめたいが、何を今更、生にしがみつこうとする。自らの犯した罪を考えれば、こいつと一緒に死ぬのが定めなのであろう。全く以て、嫌な最期だ。どうせなら、イメージに出た女性と思しき人と逝けるのならば、本望である。

 フユーンの傾斜度が大きくなる。体にかかる重力も増していき、二人はいつでも、命尽きる時が来るのを覚悟した。

 

        *——————————————————*

 

 極度の緊張状態から抜け出せたことにより、一気に激しい疲労が全身を覆い、少々の出血も相まって、イッキは昏倒した。

 イッキが目覚めたのは実に二日後の昼。丸二日間熟睡していたことになる。病室のベッドの近くにある左の椅子には、目にクマがあるチドリがこっくりと眠りこけていた。イッキがママと呼んだら、チドリは勢いよく面を上げて、目をぱっちり覚ますと、息子の顔をまじまじと見つめているうちに、溢れんばかりの涙を流してイッキを抱きしめた。

 チドリはようく息子を眺めた。気のせいか、息子は体ばかりか顔付きまで逞しく見えた。親馬鹿な見方と言われようとも、チドリにはそう見えてならない。腕も数日前より太く感じる。

 すぐに父親のジョウゾウにも連絡が行き、アワモリはジョウゾウの早引きを快諾した。一息ついたら、チドリは親類縁者、友人知人にも電話をして、その中には当然、甘酒家も含まれており、アリカは慌ててコウジとカリンにも一言、イッキが起きたと伝えたら、カメラを首に引っ提げて病室に駆け込んだ。

「あけましておめでとう! お目覚め記念に一枚!」

 アリカはいつもと変わらず、シャッターを切った。お見舞いの品ですと果物が入ったカゴをチドリに渡すと、立てかけられた椅子を一脚失敬した。

 

「イッキ、あんたよくあの状況で生きていられたわね。アクションムービーのヒーロー顔負けのしぶとさね」

 

 アリカはにーっと笑っていたが、どうもわざとらしい。ちょっと、お手洗いに。チドリがこう言って、退出した。二人っきり。メダロッチがあるので、本当の意味での二人っきりとは言えないが。

 二人きりになって、アリカは困って手を揉んだ。やがて、そろそろと、腫れ物ではなく割れ物を扱うように、右手を伸ばし、イッキの手に指先だけ触れた。

 

「あんたとメダロット達が何をして、何をやったのか。私も知らない。だけどね、どうせまた、あんたが頑張ったんでしょ?」

 

 イッキはうーんと、首を捻った。

 

「まあ、それなりに頑張ったけど、僕はそこまで」

「いい加減なこと言わないで」

 

 アリカは厳しく言い放った。指先だけで触れていた右手でイッキの左手をきつく握る。怒られる。思わず身構えようとしたが、必要は無かった。アリカはイッキの左手を持ち上げると、そのまま、両手で優しく包み込み、頭部の額を少し近づけた。体をもじもじさせながら、頬を染めて、アリカは言った。

 

「無茶しすぎなのよ、イッキ。ちょっとは、イッキに死んでほしくないと思っている人たちのことも考えなさい」

「ママやパパとか?」

 

 イッキは思ったこと口にしただけだが、この一言はアリカを切れさせた。

 

「はーっ!? これだけやらさせといて、気付かないなんて。あんた、どんだけ鈍感なのよ!」

「いきなり怒鳴ることは無いだろう!」

「っもう、最低。前言撤回。もう死ね! 馬鹿イッキ!」

 

 アリカは顔を真っ赤にして立ち上がった。足は痛いが、立ち上がろうとしたら、アリカは顔面間近に手の平を突きだした。

 

「いい、立ち上がらなくていい。怪我してるんでしょ? じゃ、私帰るわ。おばさんにもよろしく言っておいて。それと、イッキ。退院したら、取材に付き合ってくれる?」

 

 これ以上、アリカを怒らせたくないので、イッキは何度もうんうんと頷いた。それを見て、大変よろしいとアリカはにっこりと嬉しそうに微笑んだ。

 アリカが退出したのち、チドリとジョウゾウが入り、コウジとカリン、最後に何故かスクリューズまで見舞いに来た。人数も多く、自然と病室内が騒がしくなり、ナースが入ってきて注意した。スクリューズはさも、良い子ちゃんの笑みを浮かべて、そそくさと退出。コウジとカリンも遅れて退出。

 

「あばよ、イッキ。またロボトルしような」

「おう」

 

 イッキとコウジは拳をこつんと小突き合わせた。

 

「さようなら、イッキさん。イッキさんの御両親もお騒がせてすみません」

 

 カリンはスカートの端と端を摘み上げてお辞儀をする、西洋風のカーテシーという挨拶をした。数分経った後、ジョウゾウはチドリに任したぞと言うと、最後に退出。今度はママと二人っきり。起きてずっと気になったのが、メダロッチの存在である。手首には巻かれてない。テーブルにも置かれてない。

 

「ママ、僕のメダロッチは?」

「そろそろそう言うと思って、ほら」

 

 チドリはバッグからメダロッチを取り出した。「どこか壊れてないか検査したり、ロクちゃん達が眠っているあなたの代わりに、色々と証言もしてくれたのよ」

 チドリから渡されるや、イッキはすぐさま起動ボタンを押した。メダロッチのライトが点灯する。イッキは順に、ロクショウ、光太郎、トモエの名前を言った。すぐに三機は反応し、おはよう。お目覚めかいな。お加減はいかがですかと嬉々とした声で話しかけてきた。

 三人の無事も確かめられて、イッキは胸を撫で下ろした。そうして、最後にもうひとつだけ、とてつもなく重要な事を思い出した。興味が無くても、貰えたら誰もが嬉しい物。子供時代には喉から手が出るほど欲しいもの。そうではないという子がいても、貰えたらこれが一番と言うであろうもの。

 

「ママ、あのさあ。あれはある」

「あれって何?」

「お年玉」

 

 チドリは前のめりにずっこけかけた。我が息子ながら、しっかりというかちゃっかりしている。この抜け目なさが、イッキを生かしたのかしら。チドリはイッキの額を人差し指で軽くはねた。痛っ! と、額をさする。

 

「何するのママ!」

「心配をかけさせた罰です。あー、でも、イッキがそういうこと言うなら、お年玉も無しにしようかな」

 

 ぱんと音を立てて、イッキは両手を合わせると擦り合わせて頭を下げた。

 

「お願い。メダロットを買ったことは十分反省しているから、お年玉だけは」

「本当?」

 

 ほんとほんと、と、イッキはこくこくと素早く二回頷いた。チドリは微笑むと、バッグから白い封筒を取り出した。イッキへ、という宛名が書かれている。

 

「あけましておめでとう、イッキ。私からのお年玉よ。パパや親戚の人たちのお年玉は、また後でね」

 

 受け取った際、じゃらと音が鳴った。もしやと思い、中身を早速、確認した。お年玉袋には五千円札が一枚に、六百円も含まれていた。六百円といえば、自分のお小遣いである。一年生の時は二百円。二年生は四百円。三年生になってからは六百円だった。

 

「ママ。これって?」

「本当は四年生まで無しにするつもりだったけど、年も明けたことだし、いつまでも去年のことを引きずっていてもしょうがないしね。今年から免除」

 

 イッキは舞い上がらんばかりに喜んだ。それはもう、ベッドから降りて、ステップを踏んでジャンプしたいくらいに。

 このまま喜ばせておきたいが、チドリはひとつ、真剣な表情で話題を変えた。

 

「ひとつ伝えておきたいことがあるの、イッキ。落ち着いて聞きなさい」

「何、ママ?」

 

 チドリの報告はイッキの歓喜を完全に打消して、大きな衝撃をもたらした。政府の命令により、メダロットの販売が中止となったのだ。

 

 

 

 セレクト隊と警察の合同捜査によって割り当てられた日本各地のロボロボ団支部は壊滅。東京支部のセレクト二番隊所属のある隊員のアイデアが採用されたのは言うまでもない。リーダーのサケカースと名乗る首謀者四人組と一部のロボロボ団を除き、一般企業から果ては警察など、政府関係にまで潜り込んでいたロボロボ団関係者を全て拿捕。事実上、ロボロボ団は機能を失った。

 今回起きた事件は主にロボロボ団とスポンサーであるヘベレケ博士、並びに反メダロット団体の過激派の一部が起こした事件であり、メダロット自体には罪は無い。むしろ、彼らは違法な実験に付き合わされた被害者。被害物と呼べばいいのか。

 だが、理由はどうあれ、リミッターを解除されたとはいえ、メダロットが自らの意思で人間に牙を剥いた事実には変わりない。日本以外にも、今回の空中テロ事件は世界を騒がせた。事態を考慮した結果、日本政府は日本発の技術であるメダロットの販売・製造を世界レベルで一時、停止する訴えを国連に提出し、日本は先駆けて、国内での販売中止をマスコミを通じて呼びかけた。

 政府の禁令はそれだけに止まらない。メダロットによるロボトルとメダスポーツ禁止も既に決まりつつあると報道された。これには、更なる反発を国民と、メダロットを仕事目的で利用する施設と関連各社から苦情と抗議が殺到した。

 これらに対する政府の返答は、無期限ではない。更なる討議を重ねるつもりだと、国民が望む解答は与えられなかった。

 一つ言えるのは、メダロットは今や、日本が世界に誇れる最高クラスの産業技術だということ。その技術を長い間禁止にする訳がないということだけだ。

 全メダロットを回収して、知能に異常が無いか全国規模で実施する決定もあり、この決定にも大きな反感が寄せられた。因みに、イッキの知っている人たちは大体、その検査を終えたことを聞かされて、イッキは目を丸くした。メダロッチの三機に大丈夫だったかと聞く。ロクショウが朗らかな声で答えた。

 

「平気だ。何も、脳味噌をいじくり回された訳ではない。メダルとボディを手順通りに簡単な検査をした。それだけだった。ジョウゾウ殿には感謝しなくてはな。セレクト隊員の息子。要は身内の身内という理由で、早めに検査してくれたのだ」

 

 以前、アリカが教えてくれたコネという言葉の意味。初めて、コネって役に立つのかと、何となく理解した。

 その後、翌日にはイッキは退院。疲れ切っていたので眠れていたが、日常生活に戻ってから、イッキはあまり眠れなかったりした。寝たくても、恐ろしい物が来そうで安心して眠れなかった。

 医師の判断で、軽度のPTSDにかかった疑いもあると天領夫妻は聞かされていた。二人は息子のイッキが拒もうとも、チドリはもちろん、ジョウゾウも時間が許せば、早めに仕事を切り出した。そして、文字通り、両親とペットのソルティ、メダロット達、皆でイッキに寄り添う形で就寝した。

 その間、政府のメダロットに対する処置は決まった。ロボトルによる犯罪比率と関連を検証する為、向こう三ヶ月、ロボトルの完全禁止令が閣議決定。メダロットの製造販売に関しては、一般向けも同じく三ヶ月停止。ただし、企業の労働用メダロットに関しては、政府から各企業への許可証が下りれば、認可される。メダスポーツに関しては、一月二日から来月の二月二日までとされた。本来なら、全面禁止の所を、これまでメダロットがもたらした経済面と技術面への多大なる貢献も考慮しての処遇。通常の対処より幾分優しかったとはいえ、お年玉などの商戦をみすみす逃すことになるメダロット社は憂鬱な溜め息を洩らしていた。

 十日ほど経過してから、イッキは安眠するようになり、二日後、遊びと質問を兼ねた実は小児患者向けの心の病気を図るテストをした結果。PTSDの疑いは晴れた。再発する恐れも否定できないので、しばらくは注意するようにと天領夫妻は言い渡された。

 一週間後。心身共に完全に回復したイッキは、ある二人の人物のもとへと訪れることにした。まず、一人目のもとを訪れる前に、おどろ山近辺に住むカンちゃんおばあさんから一体のメダロットを連れて行く許可を得た。

 メダロッチに収納できるメダロット数は三機まで。光太郎が自ら留守番役を買って出たおかげで、一つ、彼を収納できる枠ができた。不安げな彼の背中をロクショウが後押しした。

 

「大船に乗った気でいろ。我々も付いているから」

 

 彼は力なく、うんと返した。

 

 

 

 東京にある留置所。多くの犯罪者と同様に、絶望な眼差しを外に向ける白玉がいた。彼は自らの全てに絶望していた。

 博士を裏切り、ナエを裏切り、子供たちを裏切り、ロボロボ団も裏切り、ヘベレケも裏切り、挙句の果てには自らが単なる道具として利用されて、あっさり友と信じた者から捨てられた。

 分かっている。全ては自分の心の弱さから来ていると。それでも、何もかもから目を背けて、狭い心の檻にひっそりと身を沈めるしか、自らの心を保てなかった。白玉には判決は下されてないが、近々、第一審が決まる。罪は逃れられない。アキハバラ博士が優秀な弁護士を付けてくれたが、罪を犯し、罪を隠していた自分の印象は最悪であろう。

 なるようになるしかないさ。内心、自虐的な笑いを上げた。

 看守が面会を望む者が来たと告げた。弁護士ではなく、フユーン空中ジャック事件の被害者が一人、メダロットを連れて来たとのこと。白玉は何となく、イッキではないかと予想した。いくら罵倒されても、仕方ない。自分はそれほどのことをしたのだから。

 白玉は覚悟を決めて、イッキと面会した。面会室に入った矢先、懐かしいメダロットが目に飛び込んだ。ナイトメア(悪夢)型メダロットのユートピアンではないか。だが、頭部以外のボディはばらばらである。そんなわけあるまいと首を振った。

 

「白玉さん、こんにちわ。お元気ですか」

 

 イッキは形式的な挨拶をした。

 

「一応ね。君こそ、大丈夫かい」

「僕は見てのとおりです。それよりも、白玉さん。メダロットを紹介したいんですけど」

「知っているよ。ユートピアンだろう。新しく勝って貰ったのかい?」

 

 イッキはほらと、ユートピアンを誘う。

 

「自己紹介しなよ」

 

 ユートピアンはもじもじしながら、躊躇いがちに面会窓口に近づき、小声で白玉に話しかけた。

 

「久しぶり。僕、タロウだよ」

「えっ!!」

 

 白玉は声を上げて、看守に注意された。一言謝ってから、ずれてもいない眼鏡を掛け直した。白玉は落ち着こうとしたが、声は震えていた。

 

「ほ、ほんとに。まさか、ほんとに君はタロウなの?」

 

 タロウと呼ばれたユートピアンは、ちらちらと白玉に視線を送ると、うんと首肯した。タロウの代わりにイッキが説明した。

 タロウは白玉の下から逃げた後、ふらふらと街や森を彷徨う内に、ヤナギと出会い、ヤナギを通じてカンちゃんに紹介された。カンちゃんは野良メダロットであるタロウに根掘り葉掘り尋ねることもなく、一家の一員として受け入れた。

 冷たい主人から逃げたことにより得た新しい生活。しかし、タロウは後悔していた。主人である白玉は大変苦しい思いをしていた。激しいロボトル尽くしの毎日が耐え切れず逃げ出したが、白玉は自分、あるいは自分以上に苦しんでいた。苦しむ主人を置いて、幸せな生活をしている自分。そのことに、タロウは負い目を感じていた。

 事件の後、数年間、白玉の身に何があったかをイッキたちから聞いて、タロウは白玉と会う決意をした。

 

「白玉さんが出所して……もしも、今度こそ責任を持ってタロウが逃げ出さないような管理をするのなら、あなたにタロウをお返ししますとカンちゃんが言っていました」

 

 白玉はぐっとズボンを握りしめた。窓にくっ付いて、タロウの名を呼びたい。いや、かつての自分の愛機に触れたかった。

 白玉の想いが通じたのか。タロウは自ら、間近くまで窓口に来て、謝罪の意を述べた。

 

「ねぇ、白玉。ごめんね。苦しい時に、君を支えてやれなくて。君の傍にいれなくて、ごめんね」

「君が謝ることはないよ」

 

 そうして、目に溜まった物が決壊して、白玉は窓口の机に肘を付けて、顔を両手で覆いつくすと号泣した。悲しみや、苦しみをも超える、喜びに充ち溢れた涙。長年、自らの心に堆積していた物を絞り出すように、白玉は泣いた。タロウも白玉の名を口にしながら、泣きだした。イッキとメダロッチの二人は、口を挟まなかった。

 十分の短い面会はこうして終わった。

 まだ目に涙を浮かべながら、自分は決して世の中に。世界に見捨てられないと悟った。

 アキハバラ博士とナエさんが手を伸ばしてくれた。イッキ君も。研究所の仲間も。そして―――タロウも。僕は、一人ぼっちじゃなかったんだ。違う。僕が勝手に、見捨てられたと思い込んでいただけだったんだ。見ないふりをして、被害者ぶって、可哀想な自分を可愛がっていたんだ。

 牢に戻った白玉は再び、咽び泣いた。

 

 

 

 翌日。イッキは二人目の訪問者を訪ねた。きっかけというべきか、元凶というべきか。始まりというべきなのだろうか。会って改めて、本人の口から直接聞かなければならない。

 御神籤(おみくじ)町の外れに聳え立つ、白い巨大な建物。全てはここから始まった。そう、メダロット研究所である。インターホンを押す。受付メダロットがどうぞと、門のロックを外し、イッキたちを招き入れた。研究所内には、数名のマスコミ関係と思しき者たちが待機していた。じろりと探るような目付きも気にせず、受付メダロットに案内されて、メダロット博士ことアキハバラ・アトムの書斎に到着した。

 書斎用のインターホンを押すと、すぐに博士が入ってきたまえと言った。

 ドアを開けて、イッキとそのメダロット達は一ヶ月ぶりにメダロット博士と対面した。メダロット博士は随分、やつれていた。マスコミ各社の対応に追われていたのだ。今日はわざわざ、イッキの為に時間を割いて、会いに来てくれた。

 博士に勧められて、四人はソファに腰掛けた。

 

「表情から察するに、白玉君は明かしたようだね」

 

 イッキは無言で頷いた。博士はふうと息を吐くと、諦めたように伺った。

 

「君は私が嫌いになったかね?」

「そんなまさか!」

 

 イッキは慌てて否定した。

 

「驚いて、ショックだったことは本当です。だけど、それで、博士が嫌いになったりしません。今でも、博士を尊敬しています。それよりも、博士。教えてくれませんか。どうして、僕を選んだのか」

 

 メダロット博士はううむと唇を結んだが、すぐに緩めて、はにかんだ。

 

「君を選んだ理由はごく単純。プライバシーに関わるので明かせないが、ある人物の勧めがあったからじゃ。なによりも、君はその人物とどこか雰囲気が似ていたからのう」

 

 メダロット博士はイッキを見つめ返した。初めて会った時は、大人しいだけの、幼馴染の少女に振り回されていた少年が前より大人びて見える。微かに口元を緩める。成長したのか、彼もまた。

 

「他言無用。と、言わなくても、君は話さないだろう。今こそ、君と君の第一メダロットであるロクショウに語ろう」

 

 イッキとロクショウ、光太郎とトモエは博士に注目した。

 イッキは白玉から、通称メダロット博士の観察実験対象であることを明かされた。実験内容は、観察と対象者の報告のみの実験ではあるが。白玉も詳細は知らず、イッキ以外にも、他にも十名か二十名ほど少年少女がいるとしか知らない。このことは警察に聞かれても、絶対に話さないでくれ。メダロット博士のことをこれ以上、裏切りたくないと頭を下げてから語った。

 メダロット博士はそこに、詳しい補足と説明を加えた。

 

「ヘベレケはメダロットのメダルを成長をさすには、闘争本能を煽るのが一番という結論に達した。だが、わしはそう思わなかった。生存競争に勝ち残る為だけではない。共通の遺伝子を持つ者同士が生きる為、異なる遺伝子を持つ者同士も生きる為、生物は成長したのではないかとわしは思う。だから、わしはある実験を行うことにした。断っておくが、その時点では、わしはヘベレケの企みは知らなかった。結果的には、奴のそれと近い事を行ったことになるがな。

 わしが君を含む、全国の十数人の少年少女にレアメダルを託したのは、人とメダロットが綿密に関わり合うことでの成長過程。つまり、より自然な状況下でのレアメダルがどう成長し、メダフォースを極めるか。そのことを知りたかったからじゃ。それには、大人よりも未熟な……。失礼。ある意味では、同じく成長過程にある少年少女をパートナーにするのが最適だと判断した。精神的にも肉体的にも成熟してない者が手を組めば、あらゆる衝突もあるだろうが、いずれ和解もある。わしはそれらの関わり合いこそ、重要だと思った。

 全国から二人ずつ、小学一年生から六年生の男の子と女の子に、メダロット社の記念とか、なんやかんや無理矢理な理由を付けて、多少なり、強引な方法でメダロット一式を渡したこともあったがな。

 人とメダロットは古来より、綿密な関係があった。メダフォースの秘密も知りたいが、それとは別に、人とメダロットは決して、本能のみで進化してきた訳ではないことも証明もしたくて、わしは此度の実験をした」

 

 メダロット博士は立ち上がった。イッキから視線を逸らし、別の誰かに語りかけるような口調になった。

 

「長くなったが、つまるところ、わしは知りたかったのだよ。メダロットという物を。ヘベレケもまた、メダロットを深く知りたがっていた。やり方も、立場も異なるが、メダロットを知りたいが為に、あれな実験を行った点では、わしもヘベレケも似たもんだ」

「そんなことありません」イッキは、ヘベレケとメダロット博士が似ていることを否定した。

「ヘベレケ博士は、その、間違っていました。メダロットばかりも、一杯人も傷つけて。でも、メダロット博士は誰も傷つけていません」

「ところが、そうとも言い切れんのだよ」

 

 博士はいっそ、話そうとしたが思い留まった。話せば、自分の肩の荷は下りるが、彼の身に恐ろしいことが降りかかる。余計な重たい荷を背負うのは自分だけでいい。

 

「いや、何でもない。昔のことだから。それにしても」

 

 メダロット博士は順繰りに四人を見た。

 

「わしが君に会おうと思ったのは、ひょっとして、君の口からそんなことないと聞きたいが為だったのかもしれん」

「例えそうでも、わいは博士に感謝しとります。こうして、イッキやんとロクショウに出会えた訳ですから」

 光太郎がソファから降りて、腰を曲げた。

「私はお二人のような複雑な出会いではありませんし、あまり博士とも深くは関わっていませんが、色々と助けて頂いたのも事実です。ですから、私からも」

 

 ありがとうございます。トモエも手を揃えてお辞儀をした。

 空中での決戦後。密かに、メダロット博士の手からチドリへと、新品の男性と女性ティンペットが一台ずつ。同様に、新品のドラゴンビートルとプリティプラインのパーツが入った箱がそれぞれ送られてきた。イッキも礼を述べた。

 

「こうしてくれただけで、凄く嬉しいですよ。あの、博士。実はもう一つ、尋ねたいことがあって来たのです」

「なんじゃ」

 

 イッキはロクショウと目を合わせた。打ちあわせ済みどおり、ロクショウはメダロット博士に背中を向けて、ハッチを開けた。博士はメダルを覗き込み、違和感を覚えた。メダルにはごく僅かだが、黒い点が散在していた。イッキは他の人に話さないことを条件に、フユーン内部での真相を語った。

 初めは半信半疑だった博士も、イッキが真剣に語るのを聞いている内に信じるようになった。メダロット博士はううむと唸った。

 

「何か問題があるのですか?」

「案ずるな、イッキ君。ロクショウのメダルは、普通に動く分には支障はない。ただ」

 メダロット博士は一息間を置くと、言った。

「ただ、しばらくはメダフォースが使えん。似た事例があってな。この状態のレアメダルは、おおよそ二年間もメダフォースが使用不可の状態だった。恐らく、メダルの許容量を上回るメダフォースを使用した反動で、人間で言う所、身体の機能が一時的に麻痺した状態に陥ったのであろう」

 

 肩を落とすイッキに、メダロット博士は微笑みかけた。

 

「肩を落とすことはない。その事例と比べたら、ロクショウのメダルは黒点が少ない。あくまで推測だが、短くて二、三ヶ月。長く見積もっても、精々一年半程度だろう。一生、メダフォースが使えなくなるわけではない。まあ、気長に待つことじゃ」

 

 希望的観測もあるが、二人は安心した。メダロット博士の告白は終わった。メダルの診断も終了。用は済んだ。四人は暇を告げることにした。去り際、イッキはヘベレケとメダロット博士の関係を聞いてみた。

 

「友達だったのですか?」

「ライバルという表現が正しい。昔から、よう衝突してたわい」

 

 イッキたちが帰った後、深々とソファにもたれかかった。簡単に掻い摘んで教えただけなのに、どっと疲れた。いつも肩の荷が下りる時はこんな感じだったな。頭を掻きながら、メダロット博士はふと、視線を書棚に立てかけてある写真に向けた。今より、十歳分若い時分と子供たちが写っている。

「これで良かったかのう」

 ぼそりと、彼の名をいう。もう一人、既に死亡扱いされている好敵手の名を念仏でも唱えるように呟いた。

 

 

 

 家には帰らず、足の赴くまま歩いていたら、河原の土手まで来ていた。河原の近くに降りて、無造作に転がる大小様々な石ころの上で足を伸ばした。四人で河の流れを眺める。ロクショウは足を組んで座った。

 

「イッキ。お前は白玉氏からは真相を聞いたとき、どう思った?」

「どうって?」

「なにかあるだろう。手の平で踊らされていたのかとか」

 イッキは首を振った。「別に。そりゃ、ショックだったのは間違いないけど、少なくとも、博士は僕に悪意を持ってくれたわけじゃないし。僕が選ばれたのが不思議なくらいさ」

「そう自分を卑下するのはよしんさい」

 光太郎が諌めた。

「もしも、メダロット博士がメダルを。私を返せと言われたら、どう答えた?」

「決まっているさ」

 イッキは足を組んで座るロクショウの方を振り向いて言った。

「ロクショウは僕のメダロットだ。返せと言われても、絶対に返しません、てね。博士はそんなことをいうわけ無いと思うけど、そう言われたとしても、手放さい。お前はもう、僕のメダロットだ。誰にも渡さない。もちろん」

 言葉を切り、光太郎とアリエルを見る。

「お前たちもだ」

 

 イッキは、ロクショウの横に寝っ転がって青空を見上げた。今日は快晴。冬らしからぬ温暖な気候。場の空気が濁るのを承知で、フユーンに関する話題を持ち出した。

 

「聞いても意味無いと思うけど、ヘベレケ博士と……プース・カフェ。どうしているかな」

 

 誰も答えられなかった。イッキはヘベレケから預かった二枚のメダルをメダロット博士に渡していた。博士によれば、現時点で二枚のメダルが社会復帰をするのは難しい。最悪、記憶を消去することになると話していた。

 一度、記憶が消されて、二度も消される。あまりといえばあまりだが、それにより、彼らが今度こそ幸せに生きていくことができるのなら、悲しいこと、辛いこと、それら全てを忘却するのもありかもしれない。できれば避けたいが。

 ヘベレケ博士は行方不明の扱いになっているが、世間一般では事実上、死亡となっていた。新聞やコメンテーターの大半も、ヘベレケ博士は既に死亡しているとの見方が強まっていた。

 首謀者が亡くなり、事実確認が難しい現状。だが、政府はある面ではホッとしていた。犠牲者は実質、ヘベレケ一名のみ。あれほどの騒ぎがあったにも関わらず、事故や事件による死者は一名で済んだのだ。経済的損失もあったが、都市一つが消滅するのと比べたら、遥かにましであった。フユーン沈没で発生した波も、防波堤で防がれた。軽くは見れないが、事件の規模を考えれば、奇跡ともいえる最小の損失ですんだ。

 天罰が下った。こう語る人もいた。自業自得という人もいた。色々と当て嵌まるが、イッキにはどうも、フユーンに残された二人が生きているように思えてならなかった。

 

「まだ、ヘベレケ博士とあいつも、生きているんじゃないかな。なんでと言われても、分からない。好きだからとかじゃない。凄く嫌いでもないけどね。もしかたら、だけど。まだ、あの二人が死んだとは思えないんだよね」

「何故、そう思われるのですか?」とトモエ。

「仲良くなれなくてもいい。落ち着いて話し合えば、少しは分かり合えるかなって。正直、僕、あの戦いに勝っても、あんまり嬉しくなかったんだ。闘争本能とかどうとか、ヘベレケ博士の望んだとおりの戦いをしたようで。ロクショウはどう思う?」

「私も全ては答えられない。だが、私もお前と同じ。あれと、ヘベレケも生きている。そう思えてならない。というより、あれに生きていてほしいと思っているのかもしれぬ。生きて、償ってほしかった」

 

 ロクショウは誤魔化すように、ふふと小さく笑った。あれだけなことが遭っても、かつては一人の人間に想いを寄せていた者同士。心底、嫌いになりえないのも当然かもしれない。ロクショウは立ち上がると、嫌な空気を吹き飛ばすようにぱんと両手を叩き合わせた。

 

「ささ! 辛気臭い話はここまでとしよう」

 

 ロクショウはゆったりと土手を上がった。三人も遅れて追いかける。

 話せなかった、とイッキは思った。実はほんの少しだけ、ヘベレケ博士のレアメダルエネルギー生産に同調する自分がいた。あれほどかっこつけたのに、ヘベレケ博士の話に少なからず、同調する自分にイッキは困惑した。

 自分一人で悩んでいてもしょうがない。しかし、このことだけは、自分の胸に秘めて、考えたかった。

 難しいことは分からないが、いつまでも分からないと答えるだけでは済まされない。メダロット博士のいう、メダロットの付き合い方。友達。家族。相棒。仕事仲間。そんな付き合い方じゃ駄目なのか?

 まだまだ、答えを出すには早いが、これだけは言える。

 上手くやっていこうと思う。やっていけるとは限らない。これから先、何かが起きても、時間がかかってもいい。上手くやっていこうと思う。これが今のイッキが出せる、メダロットの付き合い方に対する答えだった。

 ロクショウは歩きながら、話しかけた。

 

「イッキ。ロボトルが解禁されたら、誰と手合わせしたい? 私は誰でもいい」

「校長先生」イッキは迷わず即答した。

「おお、校長先生か。高いハードルだが、良かろう。いつまでもナンテツに負けっ放しでは私も悔しい」

 

 強いんかいと光太郎が聞く。イッキとロクショウはもちろんと声を揃えた。

 

「恐ろしく強い。だがしかし、あの頃と比べたら、私は強くなったと自身を持って言える。メダフォースが使えなくても、勝つ」

「私たちもでしょう?」と、トモエが訂正した。

「そのとおりだな」

「今度のロボトルも勝とうぜ、みんな!」

 

 イッキは元気よく拳を天に向かって突き上げた。ロクショウ、光太郎、トモエもおーと拳を突き上げる。考えなくちゃいけないことに、やらなくちゃいけないこともあるけど、イッキは今この瞬間がとても楽しかった。メダスポーツをしていると咎められようとと構わない。一人と三機は土手を駆けた。打倒・校長の目標を掲げて、意味も無く走った。そして、遅く帰り、あちこち汚れた四人は仲良くチドリに叱られた。

 

 ―――三ヶ月が過ぎた―――。

 

 三月に入る前、二月の下旬。メダロット社は落ち込んだ市場を立て直す為、一大イベントの告知をした。イベントは大大的に報道されて、国民放送が特集番組で取り上げるほどの盛り上がりだ。

 メダロット社の社運をかけたプロジェクト。正式名称は長いので省くが、メダロット社のある新旧六体のメダロットをモデルに開発された、新機能を搭載したメダロットが登場する。

 メダロット社主催の一大イベント。略称、”パーツンラリー”は春休みの時期に開催される。

 




後書きは最終回と書きましたが、一文を。
次で最後です。もしかたら、後書きを別に分けて、二話になるかもしれませんが。

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