メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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36.大空の死闘

 ロクショウは威勢よく啖呵を切った。するのは構わないが、黙っていてくれれば、カメラに気付かれずこっそりと部屋を出られたり、隠れて知恵を絞る時間を作れたのではないかと思うも後の祭り。本人も自覚していたのか、「勢い余ってやってしまった」と洩らした。

 どちらにせよ、既にカメラでばっちりと自分達が帰還している光景を撮られたので無意味だ。見張りにも見つかっている。

 

「もういい。それよりも、六時間で何が起きたんだろう?」

 

 良い方向に向かってないのは確かだろう。イッキたちが通った、かつては頑丈な扉が合ったであろう所は無くなり、強力な熱光線で一部の壁もろともどろどろに溶かされた跡が生々しく残っていた。あのゴッドエンペラー。記憶を失くしたプース・カフェは、人間、特にロボロボ団とヘベレケ個人に対して激しい憎しみを抱き、復讐を誓っていた。

 イッキはヘベレケよりもまず、アリカなど捕えられた友人たちの安否が気になった。この先、何が待ち構えていようと怖がらない。一行は見張りメダロットを倒そうとしたが、どうしたことか。見張りメダロットはイッキたちがそこにいないかのように、逃げる訳でもなく、先ほどとは変わって一言も発さず出て行ってしまった。カメラアイの部分が赤く点滅していたのが不気味だ。

 追いかけず、そのまま行かした。

 

「あいつとの決着も大事だけど、アリカやコウジ、カリンちゃんにスクリューズに捕まった人達が気になる。だから、ロクショウ。戦うよりも前に、上へ行って皆の無事を確かめよう」

「必要ない」

 

 カメラのスピーカーから、一行に留まるよういう者がいた。ヘベレケではない。無機質な声。カメラ側の映像を覗くと、一体の新型ヘッドシザースが映し出されていた。プース・カフェ。いや、No.0021だと一行は直感した。

 

「こんななりをしているが、私は数時間前。ゴッドエンペラーの一式を身につけて、お前たちと戦った者だ」

「そっちには数時間にでも、こっちにとっては一ヶ月だったよ」イッキの返答に、彼は内心首を傾げたが、本人の体感時間を例えただけだろうと考え、気に止めないようにした。

 

「しかし、見直したぞ。大したものだ。あれだけの目に遭い、まともに身動き一つ取れないはず。その状態でよく動けたな。一時間かけて虱潰しに室内と周囲を探したというのに、よく隠れ果せた。戦闘面はあれだが、逃亡術に関しては中々のようだ」

「かくれんぼうは得意と自負しているからね。それよりも、他の人たちはどうしたの?」

「逃げたよ。ロボロボ団もな。残る人間はヘベレケとお前だけだ。本当なら、そこの白い奴諸共全員叩き潰してやりたいが、チャンスをやろう。十分やる。十分の間にフユーンから出て行け。手出しはせん」

「貴様、私と決着は付けたくないのか」

 

 ロクショウの問いかけに、彼は嘲笑うかのような見下した声で言った。

 

「時間を無駄にしたくないからだ。私はお前達と再戦し、勝った。それで十分だ。さあ、とっとと行くがよい! 気が変わらぬうちにな」

「じゃあ、行ったとして。その後、君たちはどうするんだ?」イッキは尋ねた。彼は言う必要もないと突っぱねた。

 

「想像は付くぞ。フユーンを東京のど真ん中に墜落させる気だな」とロクショウ。

 

 僅かな沈黙を挟み、彼は答えた。

 

「そうだ。よく当てられたな。それがどうした? 十分もあれば、運よく逃げ延びられるかもしれん」

「関係ないことない」

 

 四人は挑むようにカメラを見上げた。ロクショウがあの名前を発した。

 

「プース・カフェ」

 

 画面の彼のアイカメラが大きく開かれた。

 

「なんだその名称は? ペットの名前か」

 

 ロクショウはやれやれと腕を組み、落胆した様子でやや顔を俯かせた。知ってはいたが、彼は自分の本当の名を忘れているようだ。あの時代、イッキたちと出会い、ロクショウの修行を快く引き受けた。一人の少女に恋をするほど人間を、同じメダロットを愛していた優しいメダロットはもういないのだ。

 いるのは人間に性格を歪められた。復讐と憎悪の炎に苛まれて、兵器の威力に魅了された、誰の心にもいる怪物を躊躇いなく解放する戦闘マシーン。

 大きく息を吸い込むと、イッキは画面を指して大声で話した。

 

「えっと……ゴッドエンペラー!」

「今はヘッドシザースだぞ」

「なんだっていい! 人間のせいで自分の人生を歪められたのは同情できる。けど! だから、無関係な人たちやメダロットを巻き込んでいいことにならない。間違っているよ! 時間はかかるけど、ロボロボ団もいずれ、警察やロボロボ団に捕まる。多分、そこにいるヘベレケ博士もね。そりゃ、僕だって、やられたら、やり返したいと思うときがあるよ。でも、こんな風にはしない。いくらむかつくからって、いちいち苛め返したり、殴り返していたら、自分に跳ね返ってくるだけだ。君は子供じみているとかいうかもしれないけど、君のやっていることと僕の言ったことは、そんなに違わないよ」

「説得か。今更、子供の一人がどうほざこうと、知ったことではない。ほら、喋っている間に二分経った。残り八分だぞ」

「逃げないよ」

「何?」

「僕も君が大人しく話を聞いてくれるなんて思ってない。少しは耳を傾けるかなと思っていたけど、駄目だった」イッキは少し落ち込んだ顔をしたが、以前として挑戦的な眼差しを画面に向けた。

「それに、君はこのままでいいのかい。花園の時で僕らは一勝、君らは数時間前に一勝。

 一勝一敗。引き分けみたいなもんだよ。君がいいというのなら良いけど、僕としては再戦して、一勝分勝ち越したい」

 

 ヘッドシザースの彼は嘲笑い、見下した声で言う。

 

「そんな安い挑発には乗らんぞ。さあ、行け。七分経つぞ」

 

 しかし、一人と三機は逃げず、挑むように画面を見つめてその場に留まった。

 

「貴様等、正気か」

「あんさんにもその言葉が当て嵌まるで」

 

 光太郎が皮肉を利かして返した。人間であったなら、唇を真一文字に結んで眉を吊り上げた表情だっただろう。

 

「馬鹿者共が! 生きるチャンスを与えて、逃げないとは」

「かもね」

 イッキは震えていた。怖くなってきたのだ。震えるイッキにトモエと光太郎が寄り添い、ロクショウに手を握られた。ごくりと生唾を飲みこんだ。声を震えさせながらも、イッキはしっかりと意志を伝えた。

「本当は怖いよ。逃げ出したい。十分やろうと言われたとき、すぐに逃げ出したかった。でも、駄目だ。僕たちだけ助かっても、意味がないから」

 話すうちに、亀のように縮めていた首を伸ばし、再び挑むように画面を見上げた。

「僕はヒーローじゃない。光線も打てないし、空も自力じゃ飛べない。下にいる人たちの顔を全員知っているわけない。でも、ここで君の言うがままに逃げたら、ずっと後悔することになると思う」

「ほほう、何故?」

「できるチャンスがあるのに、しなかったから。僕にはこれまで、そういうことがよくあったから。宿題できるはずなのに、自分に適当な言い訳して、しなかったこともあった。それなら、後で幾らでも言い訳できる。だけど、今僕が何もせず逃げたら、一杯人が死んで、沢山の人の家が無くなっちゃう。ほんのちょっとしか可能性が無くてもいい。チャンスがあるのに、もう逃げたくないんだ」

 

 画面越しの彼は、無言でイッキを睨んだ。と、右手の親指と人差し指を目と目の間に持っていき、目が疲れた人のように二、三度首を振った。呆れているのだ。

 

「四分経過。良かろう。お前達の挑戦を受けて立とう。こじゃれた長ったらしい言い回しはどうでもいいが、一勝一敗のくだりだけは共感した。準備がかかるから、特別一分足そう。逃げても構わんが、見つけ次第、空へ逃げていようとミサイルで撃ち落とす」

 

 さっと画面が暗くなる。心臓が激しく鼓動する。微かな後悔に、自己満足ではない誇りも感じられた。

 

「さて、短い時間をどう有効に過ごすか」とロクショウ。

「今年初の作戦タイムといこう。これが、最後の相談にならなければいいけど」

 

 一人と三機は腰を下ろし、頭を突き合わせた。恐るべき強敵の戦いの前だというのに、場所が公園や山であれば、仲の良いメダロットとマスターがピクニックの休憩をしているように見えただろう。以前の戦い、現代だったら数時間前。自分達の現実では、おおよそ一ヶ月前の戦いのことを振り返ろうとロクショウが発言。

「一ヶ月前かあ」イッキは目を閉じて、一ヶ月前のことを思い出そうとした。

 過去の世界にいる間、色々な計画を考えていたが、過去世界に馴染むのと生きるための訓練の忙しさに、災害が起きたせいで、後半はまともに考える余裕が無かった。

 囮作戦。電撃体当たり作戦。三位一体瞬時攻防変化攻撃。王道的な戦い。隠蔽・トラップ駆使。エトセトラ。一般仕様のメダロット相手なら、上手く立ち回れば大抵の強敵には通用しそうだが、兵器となれば、話は別。小賢しい手段をいくら用いても、圧倒的な破壊力の前では無に等しい。かといって、正面からのガチンコ対決は以ての外。

 一ヶ月前の戦いを思い出せと言われて、思い出すのはゴッドエンペラーと二体の悪魔型メダロットの凄まじい威力ばかり。ろくな思い出ではない。無駄に三分経過。話し合い、考えて、必死に作戦を考えている間、幾度か大きな音がして、フユーンが揺れた。寝返ったメダロットと彼らが暴れているのだろう。あまり気にしないようにした。

 上の空で、トモエがバラバラでは勝ち目が無いと言う。それはそうだが、単にまとまっただけでは勝ち目は無い。しかし、光太郎が妙な反応を示した。

 

「トモエ、今、バラバラというたか?」

「ええ、そうですけど」

 

 光太郎はパーツの下に隠れたティンペットの手を剥き出し、ぶつぶつと考え込むように腕組みをした。名案が浮かんだのか。これやと、手を叩いた。

 

「簡単なことやったんや! 相手と同じ数で戦う必要は無かっただけや! トモエ、あんがとさん。引っかかっていたことがこれで解けた」

 イッキとロクショウ、トモエは身を乗り出した。

「なになに? 名案が浮かんだの?」

「そうやない。言う前にまず、負けた理由はロクやんがメダフォースを極めきれなかったことにあったからじゃない。一対一で戦ったから、負けたからや。怖がらず、冷静に思い出してみい。後、付け加えれば、敵は威力が強すぎることもよう考えてな」

 

 はてなとうずくまるように、イッキは考え込んだ。主であるイッキを差し置き、ロクショウとトモエはすぐに答えに辿り着いた。納得し合う三機に、イッキは置いてかないでと言った。

 

「君らだけで納得しないでよ!」

 ロクショウはイッキを見て、言う。声にはいつもの張りがあり、自信に満ちていた。

「ヒントだ、イッキ。花園学園の時と、我々が最後にコウジと対決したときのことを思い出せばわかる」

「花園学園の時と最後にコウジとロボトルしたときのことを?」

 

 これはすぐに思い出した。一方は、よく勝てることができたなと今でも思う。マイキーには感謝してもしきれない。一方は緊張感溢れる、満足のゆく熱いロボトルだった。他三人を見習い、できる限り客観的に一ヶ月前の戦いを思い起こした。そして、遂にイッキも光太郎の言ったことを納得した。

 衝撃とまではいかなくても、停滞していた思考を刺激する発見である。戦いのプロフェッショナルや上位ランキングのメダロッターなら、また別の戦い方を見つけるだろうが、この場においては考えられる最高の作戦だ。三人もイッキと同じことを考えていた。

 額が付くほど更に顔を近づけて、四人はごにょごにょと考えていることを口にした。満場一致である。

 勝てる見込みは薄いが、決戦を前に俄然と意欲が湧いてきた。無いから、薄いへの変化。勝率が低いことには間違いないが、無いよりかはましである。勝利の鍵は団結力。メダフォースの使い所。相手が弄ぶようにこちらに勝利したことによる生じる、油断だ。

 四人は少し離れた。雰囲気を察して、イッキは立ち上がり、生徒会長を決める投票演説を真似て話してみた。

 

「僕は絶対という言葉が嫌いなんだ。どんな初心者や弱いと分類されるメダロットやパーツでも、マイキーやヤナギのように思いがけない力を発揮することがあるし、地形や性能を理解して上手く立ち回る人もいる。絶対に勝てることはない。でも、今だけはあえて言う。勝たなければ、終わりだ。だから勝つんだ。みんな、絶対に勝とう!!」

 

 生徒会長のごとく、拳を天に向かって突き上げた。三人もえいえいおー! と、あらん限りに拳を突き上げて応じた。意思統一を果たし、作戦もできた。後は敵が来るのを待つのみ。

 時間を確認。ゴッドエンペラーが逃亡猶予の時間を言い渡した時間は、六時六分とロクショウが確認。現在六時一五分。彼の言葉が正しければ、一分後には姿を現す。

 トモエの頭部をセントナースの物に、光太郎の右腕をアンボイナのドリルに変えた。

 扉から離れて、奥の壁際まで行く。イッキの感覚からして、一分経ったと思う頃、メダロッチの時間を確認。一六分。いつ姿を現しても、おかしくない。だが、いくら待っても、ゴッドエンペラー、ベルゼルガ、ストンミラーの三機は来ない。待つ間も、何度か揺れがフユーンを襲った。

 三分過ぎても、一向に来る気配がない。四分後、一際大きな揺れがフユーンを襲い、四人はバランスを崩した。一瞬、宙に浮いて、頭をぶつけそうになったイッキをロクショウがキャッチした。

 

「サンキュ、ロクショウ! ……ねえ、変じゃない。揺れといい、遅刻といい。何が起こってるんだろう」

 

 彼は非道だが約束は破らない。その彼が遅れることと、待機中にフユーンを幾度となく襲う揺れは無関係ではないはず。想像も付かないが、彼を足止め。最悪、最高と表現するべきか。彼らが倒れてくれれば、言うことはない。

 ロボロボ団も逃げた。乗客・乗務員も脱出した。となれば、考え得る者は一人。怪盗レトルトだ。

 憶測だが、彼らとまだ、多少なり戦える程の腕前の者は怪盗レトルトしか考えられない。だとしたら、一体なぜ。彼がゴッドエンペラーたちと戦うメリットは無い。イッキは深く考えるのを止めた。何がどうあれ、彼ら三体の到着を待てばいい。

 ただ、待つだけでは無意味だ。そこでイッキは、こう提案した。「後五分して来なかったら、確認しに行こう」

 これには、三機も同意した。無事に五分過ぎて、上へ行き、倒れた三機を確認。そんな甘い夢を見たが、物の見事に打ち砕かれた。時折り、固い物を削り壊す音が扉から木霊する。音響は段々と増していき、ライトが点滅する通路が暗く染まり、巨大な陰影がじわじわと扉から伸びる。

 陰影は扉に近づくにつれ、じわじわと縮んでいくが、変わりに陰影の正体が姿を現しつつある。

 壊れた扉の残骸を押しのけて、人の手で造りだした三機の怪物が再び登場した。

 四人は身構えたが、一目である変化に気が付いた。ロクショウたちが人間であれば、イッキと同じく目を丸くしていただろう。

 彼らは非常に驚いた。同時に、大いなる興奮と希望に燃えた。ゴッドエンペラーを中心とする兵器三体位は確かに強い。だがしかし、決して無敵ではない。どんな物にも。しかも、人が造った物となれば、尚更、欠陥が目立つ。彼ら三体とて、例外には含まれない。

 ゴッドエンペラーの頭部には、はっきりと溶けた跡がある。溶けた跡の中心にはほっそりと刀傷の痕が刻まれていた。ベルゼルガとストンミラーのボディにも、修復した箇所が見られる。何が起きたのかは分からない。ただ、この変化はイッキ一行の戦意をとても高めた。ゴッドエンペラーは無敵ではない。傷を付け、破壊することも可能。

 突然の攻撃に備えて、壁際まで下がっていたが、その心配はなさそうだ。

「行こう」

 イッキが一言を発し、四人は行動を開始した。

 

        *——————————————————*

 

 怪盗レトルトとレトルトレディは信じられなかった。隅から隅までとは行かなかったが、状況が許す限り、探した。それ以前に、あの反乱メダロットたちも隈なく探していたらしく、恐らく、動きにくい彼らより、動ける彼らの方がまだ探せる。危険は大きいが、万が一にも、彼らがイッキたちを見つけたなら、奪い返す手立てだった。

 結局、反乱メダロットたちも見つけられなかった。考えたくないが、二人は動揺し、嘆いた。若い命は失われた。レトルトは自制心を利かして、拳を壁に叩きつけるのを防いだ。レトルトは仮面の下で強く唇を噛んだ。

 

「私が……もっと、早く動けば。こんなことには……」

「あなたのせいではない。悪いのは、ヘベレケ博士とロボロボ団よ。でも、どうする?」

「……船の機動を変更する。そして、可能ならば、ヘベレケ博士も救出する」

 

 二人はチャンスを待った。しかし、人間とは異なり、メダロットはトイレに行く必要も、寝る必要も、飲食する必要も無く、ゴッドエンペラーを中心とする三機を中心とした絶対的な支配下にあり、無駄口も叩かず厳重な警戒を行っている為、隙がない。

 刻一刻と時間が過ぎていく。狭い場所で体をあまり動かせないのは苦痛であった。二人とメダロットたちは考えるのを止めて、神経を尖らせて、機会を窺った。やがて、座して機会が来ることはない。こちらから動くことにした。レディが囮役を買って出た。

 

「とんまなあなたと違って、私は身軽で頭の回転も速いから大丈夫。それよりも、あなたの方が心配よ」

 

 こんな時にも、彼女はいつもと変わらぬ態度で接した。彼女も少年が亡くなった事実でショックを受けているが、自分を励まそうと明るく振る舞っているのだ。

 やれやれ、助けられてばかりだな。

 

「レディ。生きて会おう」

「その台詞は漫画とかじゃ死亡フラグよ」

 

 ジョークを言い残して、レディはレトルトとは別ルートへ向かう。行動して数分後、コクピットルームに仕掛けた盗聴器から思いも寄らぬメッセージが届いた。この声、まさか。片耳に付けたレディとの通話装置から、あなたも聞いたとレディが言うのを聞いて、ああと一つ返事した。

 その後、ゴッドエンペラー。今はヘッドシザースのパーツを着けているという例の実験体へ、天領イッキ少年が説得を試みて、失敗。そして、彼らに再戦しようと挑戦を叩きつけるところまで聞いた。少年の記念すべきメダロット。自分がプレゼントしたクワガタメダルで、ロクショウと名付けられたメダロットがプース・カフェと発するのを盗聴器は拾った。

 プース・カフェとは一体? 実験体もレトルトと同じ疑問を抱いたらしく、ペットの名前かと尋ねていた。それに対するロクショウの返答はなかった。

 ロクショウが発したプース・カフェという謎の名前っぽい単語は置いといて、レトルトとレディはイッキたちが生きていることを心底喜んだ。喜んでもいられない。この分では、戦闘は避けられない。彼らがどう隠れたかはこの際どうでもいい。それよりも、無謀な挑戦を止めなければいけない。たった数時間で名案を思い浮かべても、強くなったわけではない。兵器型メダロットたちとの実力は以前として変わらない。

 過小評価する訳ではないが、あの少年はどちらかといえば慎重派であり、成長しているのは分かるが、理由もなくここまで大胆にできるとは思えない。何かとてつもない策を考えたのだろうが、今回は分が悪いというより、絶望的だ。普通のメダロットなら、まだ期待しても良かったが、今回に限っては勝てない。少年たちを救い、フユーン墜落を避ける手段は一つ。

 レトルトはレディに作戦変更を伝えた。

 

「レディ、作戦変更。私が囮役となる。代わりに君がフユーンの軌道変更と、ついでにヘベレケも救出してくれ」

「あなたはどうする気!?」

「私は……いや、僕は戦う!」

「無茶よ!」

「無茶なもんか。十一年前のあの時だって、僕らは彼らと近い状況下に置かれていた。僕は非力だが、無力ではない。レディ、僕を。僕のロボトルの腕前を信じてくれ! あの時より僕らは更に強くなった。楽には勝たせてもらえないだろうが、僕らは負けない」

「レトルト」レディは語気を荒げて、レトルトの名前を呼んだ。叱られる。居ないはずのレディに怯えた。やれやれと溜め息を吐くと、少し間を開けて、レディは自らも覚悟したように話した。

「説得するだけ時間の無駄か。あんたも無茶するわね。良いわよ、行ってらっしゃい。あんな奴ら、あんたの手にかかればいちころよ」

 

 頑張れとか、勝てとは言わず。普通に行ってらっしゃいと彼女は告げた。長い付き合いだからこそ、自分に対してどう言えばいいか、理解している者しか言えないことだ。

 ありがとう。心の中でそう呟いた。無事に終わったら、直接言おう。

 レトルトはメダロットたちを呼んだ。ただし、一号二号などと、昔の愛人への呼び名ではなく、彼ら本来の名で呼んだ。

 

「……、ロクショウ。行くぞ」

 

 一号もとい、黒いマントで全身を覆ったロクショウと呼ばれたメダロットはレトルトの後に従い、他の二機も付いて行く。三号とは途中で別れた。

 レディだけでは厳しいと思い、彼にはレディを手伝えと命じ、隠蔽した状態で一暴れしてもらう。怪盗レトルトは自分と最も相棒二人で、三機の怪物に挑むことにした。厳しいな。命懸けの状況のはずなのに、レトルトはわくわくしていた。ロクショウもだ。不謹慎ではあるが、使命感よりも一枚、メダロッターとして強敵と戦えることを喜ぶ自分に、懲りないロボトル中毒者めと少し苦笑した。

 ゴッドエンペラーが風穴を開けた箇所まで接近。天井の隙間に身を潜めて、様子を窺う。彼らは必ず、兵器型のパーツを着けて来る確信があった。

 搭乗口とは反対方向にある通路。風穴が開いた通路の左から、ゴッドエンペラーを先頭に三機のメダロットが現れた。驚いたことに、ヘベレケ博士までいた。好都合だ。こいつらを倒して、ヘベレケ博士と少年も救出。一石二鳥だ。

 レトルトは待ちたまえと呼び止めた。歩を止める三機と一人。

 レトルトとロクショウは華麗に天井から舞い降りた。ヘのもへいじと書かれた間抜けな布マスクを被った一体はロープを伝って降りてきた。キャタピラ、タンク型の脚部なので降りるのに時間がかかった。三機はじっと待ってくれた。ゴッドエンペラーが喋る。

 

『身形からして、怪盗レトルトだな。何の用だ。まさか、我らのメダル。あるいは、これらのパーツを奪いにきたか』

 

 ボリュームを上げた機械音声も、耳栓をしている状態のレトルトに効果はない。

 

「違うね。私は武器なぞ盗まん。第一、君らのような中途半端で出来損ないの不用品にも用がない」

『すぐに下がれ!』

 

 明らかに怒っている。彼らの身に起きたことと精神状態を鑑みれば、この台詞は酷だが、同情はしてられない。挑発に乗ってくれたようだ。

 

「そうしたいところだが、私はそこの人に用がある」

 ベルゼルガとストンミラーがヘベレケを見た。ゴッドエンペラーが代わりに話す。

『こいつにか?』

「ああ、そうだ。私のターゲットは彼の他にもう一人いる。君らと違って、欠けてない完璧の物がね」

 

 筒状の足を一本、どんと床に叩きつけた。衝撃で床に叩きつけられた面積分の痕跡ができた。誰とは言ってないが、容易く想像が付いて、矛先をこちらへと替えている。良い展開だ。

 

『怪盗レトルトよ。私はお前のしていることには興味も無い。先の侮辱も忘れよう。だが、こいつとあいつらをどうしても攫おうというのならば、容赦はせん』

 

 来た! 取れと命じられて、へのもへいじ布マスクを被ったメダロットはマスクを脱ぎ捨てた。正体は二宮金次郎型メダロットのセキゾーだった。主と同じく黒マントに身を包んだメダロットもマントを捨てた。鮮明なブルーではない、濃い青色の旧式のヘッドシザースだ。

 

「悪いがすぐに片付けさせてもらうぞ!」

『離れてろ、ヘベレケよ』ヘベレケは言われるがまま、奥まで下がった。主従関係が完全に逆転していた。

 

 ロボトル開始! 三機は度胆を抜かれた。セキゾーは速度もさることながら、壁を登って移動した。ヘッドシザースは更に上をいき、並のメダロットでは到底追いつけない。残像が辺り一面に出現する。二体とレトルトはゴッドエンペラーの背後にいる二体を攻撃目標に定めた。

 セキゾーがミサイルを発射。狙いは高機能回復パーツを持つ、ゴッドエンペラーの右背後にいるベルゼルガ。

 ベルゼルガも負けず劣らず、素早く避けたが、予想だにしてないことが起きた。ミサイル着弾後、第二推進装置が作動し、方向を変えてベルゼルガに当たった。ベルゼルガはさっと右腕でカバーした為、直撃は免れた。

 ミサイル自体は珍しくない。値は張るが、許可さえあれば、あのタイプのミサイルは一般メダロッターも購入可能。一般のメダロットのはずだが、威力は明らかに普通のセキゾーより高い。壁を這う能力といい、恐らく、改造を施しているのだろう。メダロット社の厳重な改造防止装置を破るとは、伊達に怪盗を名乗るだけのことはある。

 ベルゼルガが右腕でカバーし、死角ができたのを狙って、ヘッドシザースが切りかかった。ゴッドエンペラーの注意と、持ち前の勘と鍛え上げられた彼の本能が体を動かし、軌道を避けたが、右腕をざっくりやられた。獣の呻き声のようなものをベルゼルガは洩らした。

 ゴッドエンペラーは背後と脚部からミニハンドや武器を出して、二機を攻撃したが、味方がいるので大胆な攻撃を仕掛けられない。

 いける、レトルトは確信した。ストンミラーがベルゼルガの援護に回ろうとするが、それを阻むかのようにセキゾーは二発ずつ、ミサイルと焼夷弾を発射。爆発と噴き上げる炎が二機の間を分ける。ベルゼルガは孤立無援となった。一気に畳むぞ。

 ベルゼルガの頭部へ刃が降りかかる。ベルゼルガは左腕でキャッチしようとしたが、それは囮。本当の狙いは足にあった。ベルゼルガが見事にチャンバラソードをキャッチした瞬間、セキゾーの発射したミサイルが壁を這うように降りて、脚部に直撃。ロクショウは直撃前、ベルゼルガの左腕を蹴っ飛ばして難を逃れた。

 唸り声を上げて、ストンミラーがナパームの火を物ともせず弾き飛ばして、突っ込んで、ベルゼルガの援護に回れた。それを狙っていたのだろうか。ロクショウがピコペコハンマーを振り上げて、ストンミラーに向かう。ストンミラーは迎撃態勢を整えていた。危ういかと思われたが、意外な方法で切り抜けた。ロクショウの右腕、ソードから一筋の閃光が迸る。光学系パーツかとストンミラーは見たが、違っていた。

 一筋の閃光はストンミラーの右腕に穴を開けた。ストンミラーは驚愕した。いくら威力を高めたからといって、一般仕様の物で傷を付けられるとは。反対方向を向こうとしながら、体の別カメラで光景を見ていたゴッドエンペラーが脳波を送る。

 レーザーの類ではない。極細に圧縮したメダフォースだ! お前達気を付けろ。奴は小僧共とは異なり、メダフォースを極めている。羽根を隠して発射する術も心得ている。お前達のパーツでは耐えきれん。

 二機の傷はベルゼルガが修復した。あれだけで相当なエネルギーを使う。押して押して、エネルギー切れを狙う。

 二機は兵器三機を攪乱(かくらん)した。ちょくちょくと、悪魔型二機にダメージを与えるが、レトルトとメダロットたちは押されているのは自分達の方だと感じた。

 ゴッドエンペラーは徐々に、ロクショウとセキゾーが行く地点を予測して発砲するようになり、二機も攻撃を受け流すようになっていく。彼らのカメラは特別性で、相手の動きを感知するようあらゆる機能が備え付けてある。パーツの性能以上に、彼ら自身が鍛え抜かれた兵隊であり、奇襲で慌てふためいていたのも最初だけだった。また、あれほどまでのパーツを使いこなすには、相当の訓練を要したろう。

 初めこそ優位に立っていたレトルトたちも、数と武力で優る相手にじわじわと追いつめられて、今度は彼らが焦り出す番だった。

 やはり、数と武装で優る相手に長期戦は不利か。格なる上は、一撃必殺。レトルトはDEATHと呟いた。

 ロクショウの体から羽根が伸びて、メダフォースの輝きが鎧のように全身をまとう。羽根を隠しきれない。……隠す気が無いのだろう。全身全霊の一撃を俺に叩きこもうというわけか。メダフォース耐性のこのボディに対し。

 ロクショウは大きく間合いを測る。勢いをつけるためだ。絶対に外せない。ゴッドエンペラーも挑戦を受けて立つようだ。頭部と左腕のレーザーのエネルギーを充填する。勝負!

 じっくりと態勢を整えたロクショウは、回避を考慮しない凄まじい弾丸速度で突進し、跳躍した。体の三倍以上も長い輝く剣と化したメダフォースがゴッドエンペラーの頭部中央に叩きこまれる。けちなメダフォースとは違う、鍛えに鍛え抜かれた純粋なレアメダルから発せられる最高最大威力のメダフォース。光熱により、溶けた頭部から煙がわく。

 レトルトは小さくガッツポーズをした。まともに食らった。機能停止とまではいかなくても、かなりのダメージを与えたはず。レトルトのこの判断は命取りであった。レトルトよりも早く、セキゾーが命令も利かずに数発ものミサイル・ナパームを発射した。

「何を!?」

 セキゾーを咎めようとしたが、すぐに彼の判断が正しいと分かった。セキゾーより僅かに遅れて、ゴッドエンペラーの左腕は頭部に掴まるロクショウを向いた。レーザーが発射される直前、セキゾーの撃ったミサイル・ナパームが数発とも胴体に命中し、間一髪、ロクショウは直撃を避けえたが右足がティンペットごと消滅。レーザーは厚い天井を貫き、夜明け間近の光が天井から差し込んだ。

 

『驚いたぞ。人間で例えれば、柱の角に頭をぶつけたと表せばいいか。極限まで高めれば、たかが市販パーツでもこれほどまでの威力を発揮するとはな。称賛に値する。前座試合と思いきや、実力的にはあちらの方が前座だな』

 

 レトルトはもたつかなかった。ゴッドエンペラーが喋る間に、殆どの煙幕や閃光弾を取り出して投げつけた。

 セキゾーもこれが最後と、頭部のミサイルを左右一発ずつ残して撃ちまくった。爆炎と爆音、煙幕とやかましい音と光が一面を覆う。普通の人間ならまず生きていられない環境の中、レトルトはとうに穴が空いた天井へと逃げていた。メダロッチを押し、セキゾーとロクショウを回収。レディの通信がきた。彼女の声は暗く沈んでいた。レディは端的に伝えた。

 

「レトルト……任務失敗。博士はいなかったわ。軌道修正もできなかった。三号君は無事よ」

「気に病むことは無い、レディ。因みに、ヘベレケ博士は実験体たちと行動を共にしていた」

 

 倒したの。その問いに、レトルトは答えられなかった。吐き出すように、レトルトは言った。

 

「……負けたよ。ぐうの音も出ないほどにね。ロクショウは右足を失った。奴は、暴走していたビーストマスターの何倍も強かった。いや、言い訳するまい。私は無力だ」

「馬鹿! しゃきんとしなさい!」

 思ったとおり、慰めの言葉はかけられず、叱られた。

「私たちはまだ終わってない。こうなれば、何としてでもイッキ君を助けて、軌道修正だけでもするわよ。さあ、早く来てレトルト。三号君も待ってるわよ。もしもまだぐずぐずしていたら、けつを蹴っ飛ばしてロクショウ」

 

 メダロッチのロクショウはレディに気圧されて、了解と返事をしてしまった。

 声を出さず、おすと心中気合いを入れた。そうだ、私はまだ終わってない。あの時のように、がむしゃらに抗える限り抗いてやろう。

 

「一号ロクショウ、二号食太郎。連続で悪いが、ひと働きするぞ」

「了解。ひ……怪盗レトルト」

 

 食太郎と呼ばれたセキゾーは声を発さず、電子音で了承の意を示した。

 

「最後の悪あがきといこう」

 

        *——————————————————*

 

 四人は壁際から離れ、適度と思える間合いを取る。背後にはフユーンストーンがある。ゴッドエンペラーが発声する。相変わらず、大きくて耳障りでうるさい。

 

『何を期待している。お前達オールド・タイプに人間ごときでは絶対に破壊できない事実は覆せない。用意はできたか?』

「もちのろんやで」と光太郎。

 

 イッキは目敏く、三機の背後に人影を発見した。三機の背後から、ヘベレケ博士が顔を見せた。

 

「博士!」

『メダロッチを付けてはいるがな、断っておくが、こいつはマスターではない。こいつが指示を出すことはない。ただの観客だ。故に、流れ弾が当たっても気にするな』

「それは、脅しているの?」

『言った意味のままだ。こいつに価値はないから、気にする必要などない』

 

 言いたい放題だが、博士は悔しそうに顔を歪めるばかりで、皮肉の一つも返さなかった。背丈はイッキよりあるが、イッキはヘベレケが急に小さく見えた。独りよがりの、寂しい老人に。実際、老人ではあるが。

 

「聞くけど、その傷はなんだい?」

『これ以上の無駄口は不要。そろそろゆくぞ』

 

 二機は修復したが、ゴッドエンペラーは修復しなかった。エネルギーも満タンにはしなかった。必要が無いからだ。イッキたちの強さは十分わかった。自分の装甲を治すのに、兄弟の手を煩わすまでもないと考えた。何よりも、レトルトへの称賛と、ヘベレケにお前の造った物とて完璧ではないことを見せつけるという歪んだ感情からゴッドエンペラーは修復をしなかった。

 ベルゼルガはイッキたちから見て左側。イッキたちの予測が正しければ、ゴッドエンペラーの右側は安全圏だ。

 

『さて、数時間でどのような小細工を考え付いたか見せて貰おう、ロボトルファイト!』

 

 どうでもいいが、この時、地上のどこかでミスター・うるちが偶然にも、ロボトルファイトを叫んでいた。

 何をしてくると構えれば、イッキたちはおーと叫ぶと、三体は固まってベルゼルガに特攻した。

 

「三位一体攻撃だ! 一対一じゃなく、三対一で戦う!」

 

 三機は呆れかえった。全く変わらない。それどころか。戦い方は数時間前より酷い位だ。所詮、子供は子供か。右側にいるベルゼルガを攻撃したのも、回復役を潰しさえすれば、楽に倒せるとでも思ったのか。ベルゼルガは落ち着いた姿勢で、三体を迎え撃つ。

 右腕を振り上げ、まずは飛行タイプを一体撃墜。かと思いきや、ドラゴンビートルは右と頭部の重力波を撃って、勢いが弱まった右腕に自身の右腕の下をドリルパンチで殴って、後退した。馬鹿な。このトンボがどうして、こんなにも動ける。数時間前とは別人の動きに、ベルゼルガは戸惑った。

 一瞬の迷いをつき、トモエがしなる電流刀でベルゼルガの足を引っ張る。転ばせるには至らなかったがベルゼルガの態勢を崩した。

 がら空きになった懐にロクショウが飛び込む。やむをえん。一発食らうが、代わりにお前の頭部を粉砕してやろう。

 しかし、そうはならなかった。何故なら、このロクショウの一撃でベルゼルガは機能停止をするからだ。ロクショウのソードから、一筋の閃光がベルゼルガの眼前で迸る。防御する間も、避ける間も無く、ベルゼルガの頭部を閃光は貫いた。

 ゴッドエンペラーが背部と脚部の銃器で撃退にかかるが、トモエの頭部パーツ、セントナースのバリアで防がれた。三人はすぐさま間合いを取る。

 ベルゼルガはがちゃりと倒れて、背中からメダルが外れた。ゴッドエンペラーとストンミラーは驚愕した。ストンミラーの体が小刻みに震える。

 

『馬鹿な! いくら今しがた戦闘したばかりとはいえ。たかが数時間で。しかも、ようやっとメダフォースをコントロールできたばかりの未熟な者が。どうして、そこまで精密かつ高威力のメダフォースを?』

 

 四人は教えず、歓声も上げない。内心では歓喜していた。作戦第一号、油断大敵奇襲作戦成功。

 ひっくり返っても勝てないと思えた敵の一体を開始早々倒せた。イッキチームは自信が付いた。どんなに強く、固くても、知恵と勇気に実行力があれば乗り越えられる。

 四人は慢心せず、次なる標的。ストンミラーを狙う。

 怒り心頭のストンミラーは頭部を解放。あのエイリアンを連想させる、四つの蛇頭をしゅーっと唸らせて展開。ストンミラーはゴッドエンペラーから見て右側にいるロクショウたちに襲いかかった。

 イッキもじっとしてはいられない。イッキもようく戦いを見て、邪魔にならぬよう、動き回る。

 威力を承知の三人は、目一杯飛び退いた。ロクショウは二人より一歩余分に退いた。彼にとってストンミラーは恐ろしかった。あの時のストンミラーとは別人とは理解していても、自分の手でメダルを砕く嫌な感触。どろどろに溶けた哀れな最期を遂げた者が頭を何度もよぎり、目の前の敵を攻撃しようにも、手が出せない。イッキも複雑な思いで、二度目の対峙となるストンミラーとロクショウの対決を眺めた。

 ストンミラーも承知しているのか。蛇頭で他二機を警戒しつつ、ロクショウの攻撃に全力を注いだ。彼さえ倒せば、自分に致命的ダメージを与えられるメダロットはいないと理解していた。

 ロクショウはわざと後退して、光太郎とトモエとの間を置いた。お陰で、ゴッドエンペラーの援護射撃を二人が防いでくれるので、ロクショウはストンミラーに集中すれば良かった。

 ロクショウの頭部にイメージ映像が送られる。今はゴッドエンペラーのパーツを着けた、花園学園で彼がメダフォースによるテレパシーを応用した精神への攻撃だ。どす黒い憎悪と怒りに満ちた心の刃を有害な電波に変換して送り、ロクショウの動きを止めた。

「くぉら!」危ういところで、光太郎がストンミラーの左腕を重力波で撃ち、ロクショウは首の皮一枚で難を逃れた。

 ゴッドエンペラーが向きを変え、右側を出入り口の方に向けた。勘付かれたが、これで証明された。ゴッドエンペラーは一度も右腕のミサイルを使用してない。答えは簡単。出力調整可能な左腕と頭部とは異なり、右腕は予めセットされた状態でしか撃てない。つまり、ミサイルの威力が強すぎて、爆発の余波で自分にまで被害が及ぶのを恐れているのだ。

 ロクショウはくそと毒づき、ストンミラーに反撃。ハンマーがストンミラーの蛇頭の一つを吹っ飛ばした。千切れた首が壁に跳ね返って落ちる。

 

「よっし!」とイッキ。

 

 追撃を加えようとしたら、ストンミラーが更に精神攻撃をしてきた。

 ストンミラーだ。沢山のストンミラーが出現して、どろどろと溶けた姿で、メダ殺しと口ずさみながら押し寄せてくる。

 

「うわあああああ!」

 

 らしくもなく、ロクショウが悲鳴を上げて、なりふり構わずストンミラーから遠のいた。ゴッドエンペラーが背後と脚部の銃器で射撃。光太郎が重力波を撃ちまくり、トモエが間に入り、ロクショウは直撃をまぬがれた。

 またしても、テレパシーが。今度はメダフォースではなく、ただの通信だ。

 壊すのか。俺のメダルも。あいつが友と呼んだ、気を許した良い奴のメダルを虫けらのように。無残に壊すのか。ロボロボ団みたく。

 嘲るような、酷く冷たい声。人間のイッキにはさっぱりだが、光太郎とトモエには堪えたらしい。

 

「頭が割れる!」

 

 トモエは右手で頭を抱えながら、防御姿勢は崩さなかった。光太郎もこのこのと、実態ない悪意を振り払うように手を振った。イッキはロクショウに聞いた、かの悪意に満ちたテレパシーに襲われているのだと気が付いた。

 イッキはトモエのパーツをトランキュリィの物に変えた。少しでもいい、メダフォースの脅威を取り除いてくれ。すると、トモエはきゃああと激しく苦しみだした。敵はトモエにより一層精神波を送り、パーツの能力を先んじて封じられた。苦しむ姿を見ていられないと、イッキはパーツを元に戻した。

 三人は姿勢を保っているが、辛そうだ。指示を出す以外に、僕ができるのは……。イッキは急ぎ、ゴッドエンペラーに見られていようとお構いなく、適当なパーツを一つ転送。ちらと伺う、ゴッドエンペラーはロクショウ達に集中している。二つめのパーツも転送。花園学園では控えたことを実行するとき。

 ストンミラーと三機は面食らった。自分が敵対している三機のメダロットのマスターが何を考えているのか、シャベルの形をしたクルクルマルマンの腕を持って突っ走る。少年はぱっとシャベルを投げ付けた。軽く弾いたところを続いて、別のパーツが飛んできた。これも弾き、パーツが壊れる。体力からして、相当軽いパーツしか持てぬよな。

 と、自分の全身に糸が絡みついた。二つめのパーツを確認。蜘蛛らしく、糸の罠を設置するトラップスパイダの右腕ではないか。しまった!

『何だと!?』

 これには、さしものゴッドエンペラーも一泡食らった。イッキは素早く、トモエの背後に隠れた。

 精神攻撃が解除された。頭が軽くなる。三機は態勢を直し、ロクショウはストンミラーの左、ゴッドエンペラーの射線状に回り込んで切りかかる。ストンミラーは頭を下げたが、二つの蛇頭が落ちた。

 

「止めだ!」

 

 ストンミラーは左腕をハンマーで叩かれて、おまけに光太郎の重力波も背中に食らい、遂に膝を付いた。

 二度目の正直。ロクショウは再び、ハンマーを振り上げる。ストンミラーは無様にも転がり避けた。彼はゴッドエンペラーの呼びかけにも応えず、俺に片付けさせろと意地を張った。ストンミラーは四度目の精神攻撃を行った。より鮮明なゾンビのようなストンミラー軍団がロクショウに押し寄せるが、ロクショウは動じなかった。

 

「その手品は見切った。私はもう惑わされん。お前たちの友を殺めた罪を一生背負う。しかし、彼をこんな風に利用するお前の根性は気に食わん。我が迷いを断ち切るとき!」

 

 チャンバラソードをメダフォースで包み、見えない鎧でより硬度を増す。射線状に居る為、ゴッドエンペラーは攻撃できない。さすが、我が身内。余計なとこまでそっくりだと舌打ちしていた。

 幻覚を見ようとするからいけないのだ。ロクショウはカメラアイを切り、相手のメダフォースを感じ取ろうとした。来る。ゾンビに化けて、意識を持つ実態が接近してくる。

「そこだあ!」

 拳を避わし、カウンターを食らわす。手応えあり。カメラアイを点ける。ゾンビメダロットの群れは消えて、ストンミラーの頭部をロクショウの刃が貫いていた。ストンミラーは小刻みに痙攣した後、動きを止めた。メダルが外れる。

 

「危ない!」

 

 イッキが喚起するよりも早く、ロクショウは嫌な予感がして、ストンミラーの体を蹴っ飛ばして勢いで横へ跳んだ。ストンミラーのボディにレーザーが直撃して爆発して、破片が飛び散る。

 イッキはトモエと光太郎が盾となり、無傷で済んだが、ロクショウは被害を受けた。メダロッチから、全パーツにそれぞれ数パーセント分被弾したことを告げた。

 イッキは礼を言うと、二人の背後から出た。

 

「何てことするんだ! 自分の兄弟だろ!」

『メダルが抜けた時点であれはただの殻。兄弟でもなんでもない』

 

 ゴッドエンペラーの声は冷静ではあるが、怒気が滲み出ていた。

 

『大したことをしてくれたな小僧。メダロッターがメダロットを直接攻撃するなどルール違反だ。正々堂々とはよく言ったものよ。まあ、お前のような非力な者ではそれくらいが精一杯だな』

 

 反論できない。勝負を仕掛けておきながら、自らがルール違反をした。

 

『違反者にはペナルティを課せねばな。お前が礼儀よくしていれば、使わなかった物を』

「何をするつもりだ」

『光太郎、トモエといったか? こちらへこい』

 

 何ということか。光太郎とトモエは大人しくゴッドエンペラーに従った。戻ってこいとイッキとロクショウは叫ぶ。メダロッチのボタンを押しても、反応がない。ここにきて、寝返ったのか? そんなことあり得ない。光太郎とトモエが振り向く。二人の眼はついさっき会った見張りのメダロットと同じく、赤かった。

 イッキはヘベレケに尋ねたが、ヘベレケは項垂れたままだ。

 

『こいつに聞いても無意味だ。教えてやろう。精神操作だよ。上の連中は機械を通じて操ったがな。私もその方が楽でな。直接操作するのはより力が要る。お前は無理でも、たかが二体のコピーメダルなら赤子の手を捻るようなものだ』

「そんなあー…光太郎、トモエ」

 

 ゴッドエンペラーがミニハンドの人差し指を上を動かすと、光太郎とトモエは姿勢を真っ直ぐに正した。二人は完全にゴッドエンペラーの支配下に置かれていた。

 

『さあ、今度はこの二機を倒せ。私は手出しをせん。仮に二機が倒れたら、私が手を下そう』

 

 今までで最悪の敵だ。攻撃を許されない敵とは卑怯だ。イッキはそうだと思いついた。

 

「ロクショウ。お前のメダフォースで二人を正気に戻せるか?」

「やってはいるが……」

 

 ロクショウの声は辛そうだ。二機がロクショウに攻撃してくる。ロクショウなら、避けられる攻撃のはずだが、ロクショウはまともに食らった。左腕の肩当と上腕が破損、ケーブルが剥き出し、電流が爆ぜる。主力武器が一つ壊れてしまった。

 

『頭を集中的に使う作業で肉体労働するのは辛かろう』小馬鹿にしたように言う。

 

 イッキには想像も付かない。イッキは自分に当てはめてみた。ゲームをしながら、スポーツをできるか。否、できる訳ない。できても、こんがらがってしまう。一箇所に居座るゴッドエンペラーに対し、ロクショウは二人の攻撃を避けながら細かな作業もしなければならない。

 自分に例えてみれば、ロクショウはゲーム機を片手にスポーツをするという集中できない状態だと理解した。

 

「ロクショウ。とにかく回避だ。良い案を考える」

「どちらかが先に良い考えとやらを思い付けばいいがな」

 

 戦ってみて分かる。二人の実力。味方なら頼もしいが、敵に回れば厄介極まりない。

 イッキは頭を掻きむしり、地団駄を踏み、考えろ考えろと言うが、良い案は出てこない。ロクショウも、回避に専念すればしばらくは持つが、長くは耐えられない。攻撃する隙もあるが、拒絶反応を起こしたように手が出せない。

 イッキは何度も強制排出ボタンを押しているが反応なし。メダロッチの電波をメダフォースが弾き返しているのか、別種の妨害電波を発しているのか。

 血迷ったイッキは、ヘベレケに助けを求めた。

 

「博士! 博士! ヘベレケ博士が作ったんでしょ、これを。何とかできないの!?」

 ヘベレケはようやく面を上げた。ヘベレケは面倒臭そうに答えた。「どうにもならん。こいつらは、わしの制御下を離れた。どうにもならん」

 

 愕然とした。造った本人がどうにもならないと匙を投げるとは、どうすればいいのだ。惨めなものだとゴッドエンペラーが笑う。手立てはあるはずだ。イッキはパーツを転送しようとしたが、ゴッドエンペラーに止められた。

 

『待て。二度目のルール違反を犯した場合、メダロッターに処罰を与える。本来なら、一度目で処罰が下されるのだがな』

 

 レーザーと銃口を向けられた。イッキは凍りついたように止まった。ロクショウは駆け付けたかったが、二人に阻まれて行けない。

 

「目を覚ませ! お主らはあんな奴に操られるほど、弱い心の持ち主ではないはず」

「頼む! 光太郎! トモエ! 戻ってきてくれ!」

『いくら叫ぼうとも無駄だ。所詮、こいつらも俺らも機械だ』

 

 どうにかならないのか。どうにか。自分の命を惜しがるな。メダロッチのボタンを押そうとしたら、右足の太腿に痛みが走った。ズボンに裂け目ができて、うっすらと血で滲んだ。彼の警告だった。イッキはもう、ボタンを押す気力が失せた。混乱した頭で、思い付け思い付けと責めた。

 

「無駄なのだ。何をしようと。わしの計画は」

 

 戦いの最中、ヘベレケは一人、ぶつぶつと呟いていた。ふむ、ゴッドエンペラーの装甲が削られるとは意外、改良せねばな。目の前の現実を避けて、こんなことを考え込む始末。そのとき、しつこく呼びかけられて、現実に引き戻された。

 ああ、小僧とわしの傑作が戦っておる。それだけだ、それだけ。しかし、あることがヘベレケのゴッドエンペラーに対する敵意を蘇らせた。現実に戻ったヘベレケはゴッドエンペラーに笑われた。それだけだった。だが、爆発させるには十分であった。

 ヘベレケには、イッキを助けようという意思が全くなかった訳ではないが、彼を行動させたのは高い自尊心から来るもの。僅かに正気に返り、ゴッドエンペラーの侮辱と嘲笑を聞いた。そのことは彼を怒らせて、同時に頭を働かした。

 発明品がいきがるな! ヘベレケは靴底に隠していた小さな拳銃を素早く組み立ると、ゴッドエンペラーではなく光太郎とトモエに発砲した。

 なっ!? ゴッドエンペラー、イッキ、ロクショウは同じように驚いた。頭部に命中し、二機は倒れた。ゴッドエンペラーがミニハンドでヘベレケの胸倉を掴んで、高く掲げた。

 

『貴様! なんのつもりだ?』

 

 ヘベレケは余裕たっぷりに哄笑した。

 

「がははははあっはははは! 貴様等はただの機械。人間の玩具ということよ。機械は大人しく、プログラミングされた通りに動きゃそれでいい」

 

 回転式拳銃を続いて二発発射。弾は全て弾かれた。ゴッドエンペラーはヘベレケを床に叩きつけた。ヘベレケはうずくまって呻いた。ヘベレケは芋虫のように這って壁際に行く。ぶちぎれたゴッドエンペラーは最大ボリュームで声を発した。

 

『茶番は終わりだ! 今すぐフユーンを墜落させる』

 

 ゴッドエンペラーの頭部カメラアイが点滅する。メダフォースではない、頭部パーツを使う気だ。ロクショウは構えて、メダフォースを溜めるが間に合いそうにない。イッキは倒れた光太郎とトモエの傍に寄った。

 メダロッチにメダルを入れれば、彼らだけでも助かるかもしれない。

 

「生きのびたら、ママとパパ。それと、ソルティにさよならと言っておいてくれ」

 

 イッキは気が付いた。背中のハッチが開いてない、メダルは外れてない。二人は機能停止してないのだ。そして、

 

「イッキやん、メダルを拾うてください」

「頼みましたよ」

 

 止める暇もなく、二人はイッキの下を離れた。光太郎とトモエは二人でゴッドエンペラーに向かって凄まじい勢いで向かう。

 

『馬鹿か!?』というゴッドエンペラーに、二人は声を揃えて返した。

「日本一最高で馬鹿で勇敢なメダロッターのメダロットや!!」「よ!!」

 

 光太郎がドリルを回し、トモエが電流刀を振るう。眼前に迫る。ゴッドエンペラーは思わず、頭部の凶悪な重力波・デスブレイクを発射した。爆発。二人は一瞬のうちに輝く花火のように赤く煌めき、砕け散った。

 ぐぎゃああああ!! ゴッドエンペラーは怪獣のような遠吠えを上げて滅茶苦茶に腕を振り回し、暴れる。ゴッドエンペラーの右カメラアイは完全に壊れ、ティンペットの頭部が露出していた。

 イッキは無我夢中で、ゴッドエンペラーの傍に近寄った。ようく注視し、ゴッドエンペラーの隙間を縫って、転がる二つのティンペット背部ハッチらしき物を引っ掴み、すぐに下がる。手が熱で焼けているが、歯を食い縛って耐えた。

「イッキ、どけ!」

 ロクショウがソードで背部ハッチを慎重に壊す。ロクショウは素早く、メダルを抜いた。覗き込む。

 イッキは服でメダルを磨いた。ほぅと、安堵した。クマメダルとナイトメダルは、ひび一つなく無傷であった。イッキはメダロッチにメダルを収納。

 二人が何か言う前に、イッキは馬鹿と叫んだ。

 

「この馬鹿! 無茶し過ぎだ」

「けど、上手く行ったからええやん」

「ええやんだって? 馬鹿! お前達が死んだら、勝っても意味がないだろう。このポンコツメダロットたちが!」

「ポンコツは酷いです!」とトモエ。

「いいや、ポンコツだ。自分達の命を粗末にするなんてポンコツだ。少しは、お前達を失う主の気持ちも考えろよ……」

 

 イッキは言うのを止めて、えぐえぐと泣き出した。ロクショウが肩に手を置く。

 

「みんな、感動に浸りたいところだが、どうやらそうさせてくれそうにもない」

 

 落ち着きを取り戻したゴッドエンペラーは、イッキたちを見据えた。真紅に光るティンペットの眼は本人の感情をそのまま表しているようだ。

 ロクショウがゴッドエンペラーの前に立ちはだかり、メダフォースを溜める。

 

「下がってろ、イッキ。こいつとの決着は私が付ける」

 

 ゴッドエンペラーは何も話さない。普通に攻撃すれば、彼に勝機がある。ただ、彼はロクショウとの対決を受けるようだ。ゴッドエンペラーの全身からも光が洩れる。

 白く輝くロクショウのメダフォースと比べて、ゴッドエンペラーのメダフォースは若干灰色がかっていることに気が付いた。ゆったりと清流のごとく流れるメダフォースとは違う、めらめらと命を燃やし尽くす烈火。怒りの権化さながらに発せられるメダフォース。

 ロクショウの羽根が伸びていく。羽化をする、成虫直前の羽根の形だ。綺麗だが、破壊の為の輝き。それなのに、とても優しく感じるのはどうしてかな。

 ゴッドエンペラーの羽根も伸びていく。灰色がかった、だけど蝉とかトンボの羽根とは違う、無機質な色味。羽根はどんどんと伸びていき、ロクショウの羽根が限界にまで近づきつつあるが、ゴッドエンペラーの羽根はまだ伸びる。おまけに、左腕と頭部左カメラアイにエネルギーを充填し始めた。更には封印していた右腕まで上げた。―――一斉射撃。

 

『ギギ……オ前達ヲ始末シタ後、盛大ナ祝砲ヲ上ゲヨウ』

 

 自らの死を覚悟した一撃。イッキたちがその祝砲を見ることはない。どちらかが倒れれば、ミサイルという名の祝砲は見れない。

 

「変なこと言うけどさあ。僕、死ぬのは怖いけど、後悔はしてない。ロクショウ、後ろに僕がいないと思って思いっきりやってくれ」

「それでも、私は後ろにお前たちがいると思う」

 

 ロクショウは振り向かず、静かに言った。

 イッキはポケットを探った。何かを忘れていた。ポケットには、銀色に輝くフユーンの欠片が収められていた。マルガリータからの贈り物、両親の大切な品を永遠の友情の証に頂いた。イッキはぎゅっと握りしめた。効果はあるかどうか分からない。もしも、壊しちゃったら、あの世でマルガリータに謝ろう。

「ロクショウ!」最後の希望を託し、イッキはロクショウに銀のフユーンを投げた。フユーンはメダルのある位置でふわりと止まる。どうだ?

 フユーンストーンの欠片にも、ロクショウにも変化がない。肩を落としたが、マルガリータを責めまい。自分に残されたのは、勝利を祈るのみ。

 

        *——————————————————*

 

「イッキ!」

 県警察に保護されたアリカたちは、布団にくるまれて、マスコミが詰め寄る中、警察署内で休憩していた。アリカの声でコウジ、カリン、スクリューズも目覚めた。キクヒメが寝ぼけ眼で文句を言う。

「むにゃ、うるさいねぇ、アリカ。惚れた男の名を叫んでもしょうがないでしょ」

「うるさい! それより、あんたら。上に行くわよ!」

「どうしてだ」とコウジ。

「分からないわ。でも、フユーンが見えるかもしれないでしょ。つべこべ言わず、付いてきてください!」

「前後の台詞がおかしい」

 イワノイの突っ込みを無視して、アリカは毛布を跳ねのけた。コウジ、カリンも続き、キクヒメもやれやれと頭を掻いて、イワノイとカガミヤマを無理矢理連れて行く。

 天井に行くと、アリカはイッキーと叫んだ。アリカに釣られて、他の六人もイッキの名を叫んでいた。

 婦警と警察のお兄さんが来て、寒いから中に入りなさいと言った。

「でも……でも、友達が向こうの方にいるんです」

「大丈夫。きっと、私たちやセレクト隊、自衛隊の人たちが助けてくれるわ」

 子供たちは署内に戻ったが、アリカはもう一度、振り返ってイッキとそのメダロットたちの名前を口にした。

「イッキ、ロクショウ、光太郎、トモエちゃん。帰ってきたら、付きっきりで助手として働かせてやる」

 

 混雑に揉まれる最中、チドリは偶然にもカンちゃんと名乗るおばあさんと孫娘のナツコさんに出会った。カンちゃんはヤナギ、タロウたちのメダロッチに支えられていた。ヤナギが話しかける。

「こんにちわ。イッキ君のお母さん、イッキ君はどこですか?」

「それは……」

 チドリは言葉を濁した。言うと、辛くて足取りが重たくなりそうだから。ナツコが間を取った。

「こら、ヤナギ。詮索は止めなさい。ごめんなさいね」

「いえ、こちらこそ」

「僕が言うのも何だけど、イッキ君にロクショウ、光太郎と、後トモエちゃんだっけ? 彼らはとても強いから、大丈夫だよ。なっ、タロウ」

 タロウと呼ばれた飛行メダロットが相槌を打つ。

 チドリはそこで、カンちゃん一家と別れた。不思議な気持ちだ。イッキがメダロットと協力して、救った人たちと会うのは。

 チドリさんと甘酒夫妻に呼びかけられて、チドリは再び歩いた。何を怖がっているの。あの子は、私の息子なのよ。私の想像を上回るぐらい、強くなったのよ。チドリは下を向かず、強く姿勢を保った。

 

 連絡係りのジョウゾウは、脱出した者たちの中にイッキがいないことにショックを受けていた。しかし、落ち込んではいられない。まだ、希望はある。ひょっこりと、顔を出すに違いない。そう思っても、手が止まる。見兼ねたトックリが一旦、席を離れるよう言い渡した。

「五分後には戻りなさい」

「了解であります」

 トイレに籠もると、ジョウゾウは眼鏡を取り、零れ落ちる涙を拭いた。死んだ訳ではない。あの子たちは生きている。私の勘がそう告げている。ジョウゾウは顔を引っ叩くと、蛇口を全開にして顔を洗い、頭に水をぶちまけた。冬の冷たい水で覚めた。

 泣いたことを悟られまい。職務に戻ると、同僚からタオルを渡された。

「ありがとう」ジョウゾウは強く目元を拭くと、仕事に取り掛かった。

 

 アキハバラ・アトムことメダロット博士は後悔の念に苛まれていた。私が送ったのではない。だが、結果としては、私があの子たちを死地に送った。苦悶の表情のメダロット博士に、ナエはそっと肩に手をかけた。

「おじい様、どうされたのですか?」

「ナエ」

 言えまい。ナエには決して。

「イッキ君たちが心配だったのじゃよ」

「フユーンは、東京には落ちるのでしょうか? それと、白玉さんはどこに」

 答えられない。メダロット博士はそっとナエの手に自分の手を重ねた。

「大丈夫じゃ、ナエ。何も心配は要らん。全て上手く行く」

 ナエには、祖父が自らにそう言い聞かせているように聞こえた。事情は分からないが、ナエは祖父の近くに付き添った。

 

 アメリカに移住したブラジル人のカシャッサは、メールでイッキがフユーンに行ったのを知っていた。エイシイストことアルコ・イリス、両親、ジョー・スイハンら知り合いと共に、遥か遠い日本の友人の安否を案じた。

 アワモリ、トックリもイッキを含む大勢の人々の身を案じる。ベルモット、ハチロウら花園学園の生徒も友人たちを想う。

 知る者もいるが、イッキを知らない者たちの方がとてつもなく上回る。

 イッキ! ロクショウ! 光太郎! トモエ!

 彼らを知る者はこう想うがそれは少数。大半は中継されたフユーンがどうなるかを見届けるために見ているだけで、見てない者もいれば、腐った世界への罰だ警告だなどと騒ぐ者らもいる。形はどうあれ、想いであることに間違いない。

 中継により、人々の注目はフユーンに集まった。

 

 

 

 そうして、人々の想いを吸い取ったのか。はたまた、銀のフユーンの欠片の効果は遅効だったのか。ある変化が起きた。

 限界まで伸びたはずのロクショウの羽根がまた、少しずつ伸びていく。ゆっくりと、着実に広がり、巨大な内部の天井に届く。更に二枚目の羽根まで出現した。

 オオ……! オオ……! 

 突然の激しい変化にゴッドエンペラーは困惑し、後退した。

 羽根は眩しくさんさんと輝く。イッキは目を開けてられなかった。眼からまた、涙が溢れる。痛いのではない。気持ち良くて、ホッとしたからだ。

 この輝きは正に命の輝き。数年の歳月をかけて暗い地下から這い出した蝉の幼虫が目にする地上の灯り。産まれて目蓋を開いた赤ちゃんが初めて目にする世界の光。辛いことも、悲しいことも待っているが、きっとまた、こんな光を見られるはず。

 伸びた四枚の羽根は収束していき、二枚の羽根になった。薄っぺらではない、どこまでも遠くへ飛翔できそうな分厚く逞しい、生き生きと息づく羽根だ。

 ロクショウは右腕を真っ直ぐ伸ばした。右腕の刀を伝い、メダフォースが形づく。メダフォースは明らかに(つるぎ)へと変形した。マルガリータに聞いたロクショウの名の意味は、剣。どうりで、ロクショウのメダフォースは相手を切断するはずだ。

 

「終わりにしよう。こんな馬鹿げたことはな」

 

 ロクショウが高々と跳躍する。

 

『認めん、認めんぞぉ! このボディは耐メダフォース使用。どんな派手に見せようと、貴様如きのメダフォースで俺を破れるものか、この虫けらめが!』

 

 ゴッドエンペラーが高出力のレーザー・ブレイクとメダフォースを発射した。ロクショウは流れるような動作で剣を下ろす。ぱっくりと、脅威の兵器三つを裂けた。違う、打ち消しているのだ。ロクショウは全体重をかけてゴッドエンペラーの頭部の刀傷に光の剣を近づけた。

 しかし、勢いが止まった。ボディに触れた瞬間、止まったのだ。イッキは諦めかけた。

『言ったとおりだろう。見せかけではとま……』

 ゴッドエンペラーは口を閉ざした。地震のような衝撃が頭部を揺らす。

『ここここれはい一体?』

 ロクショウは刀傷にぴったり狙いを付けて、剣を振り下ろした。そして、目には見えないが、傷に触れた刃は電動のこぎりの歯のごとく、激しく回転させてゴッドエンペラーの頭を削り出した。工事現場で耳にする、道路を削るような騒音にイッキは指で耳栓をした。刃はどんどんとゴッドエンペラーの装甲を削る。抵抗しようにも、超振動に揺さぶられて身動き取れない。

 ゴッドエンペラーは後悔した。

 あのとき、素直に修復していれば、まだ防げたかもしれない。あのとき……あのとき、修復していれば、エネルギーを満タンにしていれば、まだ耐えきれたかもしれないものを!

 光の回転刃は止まるところを知らず、ティンペットまで一センチの所まで来た。ロクショウは回転を止めると、剣を天へと掲げ上げて、高速で叩き切った。

 粉微塵に吹き飛ぶゴッドエンペラーの頭部、砕け散るフユーンの欠片、光源に包まれたロクショウ。瞬間、イッキはこんな光景を目撃した。

 眩しすぎてイッキは堪らず身を伏せた。次いで、激しい爆発と爆風に破砕音が共鳴して轟く。

 

「わああ!」

 

 時間が永遠に過ぎたように思えた。眩しすぎて、うるさすぎて、興奮もしていたので、何がなんだかさっぱり分からない。

 やがて、誰かに肩を触られた。平素な調子で、一声かける。

 

「帰ろう、イッキ。私はくたくただ」

 

 イッキはそっと、面を上げた。左腕は破損しており、あちこち傷付いているが、無事なロクショウがそこにいた。後ろを見やると、ゴッドエンペラーだったものがいた。

 ゴッドエンペラーの頭は無かった。胸の辺りにかけて大量にひびついており、ぎざぎざと刺々しい痕が胸と肩にある。ゴッドエンペラーの頭部はメダフォースの威力に耐えきれず、木端微塵になったのだ。

 脇では呆然と、ヘベレケ博士が立ち尽くしていた。

 


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