メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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35.帰るまでの間

 ロボロボ団は厳戒態勢を敷いた。ただでさえ、怪盗レトルトと相棒のレディの襲撃に手を焼いているのに、フユーン内部に密かに載積した兵器であるゴッドエンペラーを例の実験体メダロットたちが持ち出して自分達に謀反を企てたとなれば、慌てずにはいられない。

 部下の団員には余計なことを話さないよう強く命じた。前置きやジョークはなしで、サケカース、シオカラ、スルメ、サラミら、四人の大幹部勢はスポンサーでありリーダー格でもあるヘベレケと向かい合う。サケカースはボスで、ヘベレケはリーダー。ボスとは主に親方・親分・上司に組織の長という意味があり、リーダーは指導者に首領という意味がある。

 ヘベレケは顔を幹部勢以外には正体を明かさず、表向きには顔を見せないスポンサーにしか過ぎない。ロボロボ団の者たちはサケカースのことをボス、リーダーと呼び、サケカースもうるさくは注意しなかった。今は他の団員もいるため、サケカースは部下に、あくまで自分のことはボスと呼び、ヘベレケは博士と付けるか、リーダーと呼ぶかは好きにしろ。だがな、ボスとは呼ぶな。ボスとは俺のことだ。こう言いつけておいた。

 淡々とした声で、サケカースは部下に被害状況を聞いた。

 

「団員及び協力者は既に二一名が虜囚の身に。メダロットの数は百以上。奪われたメダロットたちは、リミッターを解除されて、ティンペットとメダル自体にも細工をされて、奴らに命令されたら躊躇いなく人を攻撃するでしょう。数の方では、こちらが優っていますが、相手は兵器まで持ち出しているもので」

「よし、レトルト捜索は既に止めているな? 伝えろ。全員、コクピットの周囲とコクピットに通じる道に団員は集合せよと」

 

 そそくさと小部屋から部下が出たら、さてと、サケカースは勿体ぶって両膝を卓につけて、両手を顎の下で重ね合わせた。

 

「大変なことになりましたな。海外に高飛びして、ロボロボ団が占拠したフユーンに武装集団が攻撃を仕掛けて墜落の後、拉致をされたふりをして、ゴッドエンペラーなどの手土産を持って安全な場所に匿われて研究を続けるあなたの計画もこれでご破算かな?」

 

 赤毛のスルメはわざとらしく、胸を卓に置く姿勢で座っていた。胸が卓の上で丸く広がる。鼻の利かない阿呆な男なら飛びつきそうなものだが、ヘベレケを含む男四人は興味も持たずに見向きもせず、スルメは不満げ鼻にふんと鳴らした。

 

「少々回りくどいけど、案外行けそうな計画だったのに、全くどこのどいつがあんな出来損ない共に手を貸したのやら」

 

 サラミ、シオカラが相槌を打つ。

 

「それなら分かっておる。研究員の一人だ」

「ということは、ボスの子分でしゅね。全く、これだから大人は……」

 

 ぎろりと睨まれて、サラミは慌ててヘベレケのことではないと否定した。

 

「誰が裏切ったかは予想が付く。確か、そう、なんといったかな。チロタマとかいう卑屈な奴かもしれん」

 スルメが手を挙げる。「リーダー、カバタマじゃなくって?」シオカラも手を挙げ、「クラタマって名前ではなかったかロボ?」といった。

「いい加減にせんか! なにタマだろうが構わん。例の裏切り者は捕まっているようだ、お間抜けにも利用されていることに頭が回らなかったらしい。だが、奴のことはどうでもいい。問題は謀反を起こしたメダロットたちに怪盗レトルト一味をどうするか、だ」

 

 ううむと頭を突き合わせたが、いい考えは思い浮かばない。ロボロボ団が活動する上での生命線の一つ、WSRS衛星からの強力な電波で止める手段はあるが、かの裏切り者の助けか、衛星は自動墜落の真っ最中だ。

 

「一番の問題は実験体共だ。奴ら、リミッター解除により、人間に手を出すことを何とも思っておらん。怪盗レトルトの狙いは分からぬが、司令塔替わりでもある大コクピット室の左右の扉には最低でも見張りを二人。中にはサケカース、お前とわしを含めて十人。操縦はオートパイロットに任せれば一人で事足りる。シオカラ、サラミ、スルメ。お前たちは残る雑魚ロボロボ共を率いて、反乱メダロットの鎮圧に当たれ。最大の懸念はコソ泥ではなく奴らだ」

「艦を落とされては全員お陀仏ですからね」

 

 サケカースは五十余名のロボロボ団並びに協力者たちに号令を発した。

 

「シオカラ、サラミ、スルメがお前たちの指揮にあたる。頭のヒューズが外れた馬鹿ロットたちを鎮圧してこいロボ!」

 

 数の上では、相手が奪って味方にしたと思われるメダロットの数を入れても、こちらが優っている。ゴッドエンペラーは脅威だが、あの図体では自由に身動きが取れないはず。よもや、巨大浮遊鉱石搭載エンジン円盤型試験飛行機フユーンを墜落させようとは考えたりはしてないだろう。そんなことをしてなんになる。どこぞの解放戦線が呼応するわけでもあるまいし。

 用心して、サケカースは団員個々人とそのメダロットにも武装するよう呼びかけた。反乱メダロットたちに隠した武器を奪われて使われては、通常装備のメダロットたちだけでは危うい。

 ゴッドエンペラーたちは脳内で会話したのでロボロボ団たちが見抜けなかったのも無理はないが、彼らが空中要塞フユーン墜落を本気で実行しようとしているとは夢にも思わなかった。

 ロボロボたちが去った後、虎視眈々とコクピットルームにあるメダロッチを狙うを者がいた。

 警備が手薄となり、メダロッチを奪う絶好の機会。しかし、電源オフのメダロッチが放り込まれたダンボール箱は広々としたコクピットルームの中央に目立つよう置かれ、一人が椅子に腰掛けて見張っているので、迂闊に手出しできない。

 当然だ。フユーン内部には確かに武器が収納されているが、艦内で上手く扱える人間はロボロボ団とフユーン上部に軟禁された警備員たち。どんな人間にも気軽に扱える自己防衛手段でもあるメダロットを収納したメダロッチを簡単には触らせてはくれやしない。

 それでも、自らとそのパートナーたちの命を賭して奪わなければ。乗客には自衛してもらわなければならない。とてもじゃないが、自分達の手だけでは守りきれない。

 彼の言うこと信じれば、今はまだ自由に動ける自分達が事態を静観していたら、取り返しのつかない最悪の事態が起こりうる。メダロットたちが暴走して、十年前。いまでは十一年前の苦い思い出がある暴走事件を思わせる想定にまで発展しており、現時点で既に最悪といいたかった。

 見張りは二人。倒せないこともないが、そうしたら、中の者に気づかれてメダロッチ奪取が困難を極める。ここは、かの女怪盗が用いる作戦といこう。恥ずかしいとは言ってられない。大勢の人命がかかっているのだ。女団員は少数で、コクピットと周囲にいるロボロボが全員男なのはこれ幸いだ。

 制服を脱いで、一体を逃亡補助に残し、行動開始。

 見張りに立っていた二名は、カーブした通路の死角から出てきた者を見て、困惑と喜びが混じった驚きの顔をしたが、ヘルメットを被っているので見えない。

 女だ。それも、服があちこち破れてたわわな乳房はこぼれ落ちそうで、腰つきとへそが露出し、赤いハイヒールを履き、乱れた金髪から覗かせる紅いマスクの下の傷付いた表情はさもしく女っけが薄い二人の男の心を鷲掴みにした。

 

「どどどうした?」動揺しながら、レトルトから見て右側のロボロボが尋ねた。

 

 女は気付いたように胸元を隠し、うるう碧眼の瞳を見せた。

 

「お願い、助けて。降伏するわ」

「降伏って? なんのことロボ」

「私は怪盗レトルトレディ」

 

 そういうと、二名は咄嗟にメダロットを転送して身構えたが、当のレトルトレディは微かに首を振るった。

 

「抵抗する気は無いわ。いきなり、メダロットたちに襲われて、メダロッチを奪われて、この様よ。あなたたちの船に勝手に入ったことは詫びるわ。お願い、中に入れて。抵抗しないわ、助けて」

 

 レトルトレディはゆっくり歩み寄り、左側のロボロボに抱き着いた。来るなとは誰何(すいか)はしていたが、声の調子は来てくれと懇願していた。さらりと頬を撫でて、囁くようにお願いと呟く。こういう、女を嫌味に生かした手口は不快極まりないのでやりたくないが、我慢我慢と言い聞かした。

 案の定、団員は嬉々とした声でお前をボスとリーダーの尋問にかけると言って、胸元を隠す手を握った。なら、俺もと右側のロボロボは左手を掴んだ。

 

「お前は見張りに立ってろ!」

「そっちこそ、真面目にやれ」

「ジャンケンで決めたらどうですか?」

 

 立場は向こうが上だが、流れは自分が握りつつある。小声で何気なく提案したことに二人はそれだと、ジャンケンをした。右側のロボロボがグーで勝った。左側はこのチョキが、チョキめがと悔しがった。

 無事、コクピットルームに入れた。ちらりと前を伺うと、恐らく、メダロッチが収納されていると思しき箱があり、箱が置かれたテーブルでは見張りのロボロボがどかと腰掛けていた。オートパイロットの為か、一人しか操縦桿を握ってない。内側の扉の見張りは一人。一瞬だったので、全ては見回せなかったが、ヘベレケの姿は見当たらなかった。代わりに、先が丸っこい二本の黄色い角が生えた黒いスーツ姿の男が視界に入った。

 

「ボス、レトルトレディです」

 

 ボスと呼ばれた男。サケカースはレディを一瞥した。

 サングラスをかけているので分かり辛いが、サケカースのレトルトレディを見る目には女を見ている目は無く。ただ、捕えた敵を確認するためだけに見る目しかないように感じた。そこらの雑魚とは格が違う。伊達にロボロボ団ボスをやってないだけのことはある。彼に誘惑作戦は通じない。

 

「ほほう、よくやった。で、そちらの御婦人はどのような目的があって、このコクピットに?」

 

 余計な装飾は付けず、サケカースはダイレクトにコクピットにと聞いた。全てではないが、企んでいるのは見抜かれている。

 

「メダロットたちに襲われて、あなたたちに助けをと」

「相方はどうした?」

「捨てられたわ。あなたたちと同じく、日の目を見ることは叶わない仕事だもの。しくじったらどうなるか想像付くでしょ?」

「それだけでここに来た訳ではあるまい」

「ええ、そうよ。あなたたちに返す物もあるから、ここに来たの。メダロッチに収納してあるわ」

「精密検査させろと言いたいところだが、チャンスをやろう。ゆっくりと、静かに出せ。もしも、少しでも妙な真似をしたら、苦痛を伴うことになるぞ」

「ご親切にどうも」

 

 レトルトレディは言われたとおり、ゆっくりと胸元を開けた。メダロッチを見張っている見張りはサケカースがいなければ、口笛を吹いて歓声を上げていただろう姿勢で、レディをじっと見ていた。右手で胸元に手を置いたまま、左手でメダロッチを持つ。

 

「ほら」

「その右手はなんだ? そこから手を離せ」

「ご要望とあらば」

 

 メダロッチをサケカース目がけて投げつけた。サケカースの注意が僅かに逸れた隙に、胸の間に隠した煙幕を卓のロボロボ団目がけて投げた。見張りはわあと叫んで、椅子から転げ落ちた。ぼむと音を上げて、コクピット内に黒い煙が充満する。

 レディは息を止めると、隠しておいた本物のメダロッチの転送ボタンを押した。持ち前の鍛え抜かれた身体能力で床を走り、壁を蹴り、箱をさっと抱えたら、一歩分のバックステップで前を向き、一直線に扉へと走しり出した。メダロッチを押すも、混乱してまともな指示を出せなくなっているメダロッターとメダロットを二機が打ち倒し、扉を開けた。

 合図もなく扉が開いたので、外の見張りはびっくりしていた。

 

「お、お前!?」

「アルミ!」

 

 背後からライフルとガトリングを撃つ、勇ましき女学生の姿あり。

 よく見ると、女学生ではない。ストレートロングヘアーの頭部が特徴的な旧女子学生型メダロットのセーラーメイツだ。セーラーメイツの正確無比な射撃奇襲攻撃で二体のメダロットは瞬く間に倒れ、残す一体はレディブースターの高速ジェットパンチと、重量級のエレメンタルシリーズで土の精霊をイメージした深緑のアースクロノーの太い腕の一撃に挟まれてノックアウト。

 たじろぐロボロボを尻目に、レトルトレディはぺろりと舌を出した。

 

「女の色香にはご用心を。もっと女性と付き合うべきね」

 

 ぱんと、レディはアルミと呼んだセーラーメイツとタッチングした。

 

「ナイス、アルミ」

 

 レディブースターが縄を持って飛び、垂らした縄に素早く飛び移って天井の間に逃げ込んだ。逃げながら、レトルトレディは肌の露出が少ない服に着替えた。ロボロボ団がコクピットから出てくる。一人、ヘルメットを被ってないサケカースのみが咳き込んでいた。

 

「ごほごっほ。……ええい、してやってくれたな。こうなったら、見張りを限界まで切り詰めて、あの女を探すぞ」

 

 扉の前でもたついていると、一同はふっと体が浮くのを感じ、次の瞬間、フユーン全体を凄まじい衝撃が襲った。

 

「地震ロボ!?」

「そんなわけあるか愚か者が! 下の鎮圧部隊に状況を報告させろ」

 

 はいはいと、部下は下へ降りた別働隊に連絡した。

 

「なにが起きたロボ」

《そこにボスはいるか?》連絡に出た団員は明らかに怯えていた。

「ああ、いるぞ」

《大変ですボス! 奴ら、いいや、姿は見えませんが、多分、ゴッドエンペラーの奴がレーザーと頭部の兵器を使用して、フユーンに風穴を開けましたロボ。幸い、自分達の方角ではなく上に向かって撃ったようなので、死者に重体者は奇跡的に出ませんでしたけど、このままではいつ何時我らの方に撃ってくるか分かったもんじゃありません、ボス!》

 

 最後に部下は、反乱メダロットはヘベレケの名を口にしていたことも伝えた。

 サケカースは握り締めていた精巧な偽のメダロッチを床に叩きつけた。

 予想していなかった訳ではないが、躊躇いなく艦内で撃ったということは、実験体共はどうやら取り返しのつかない事を企んでいるようだ。日頃から反抗的で、人間に対して良からぬ感情を抱いているとは聞いていた。そんな奴らが自由になり、狂気に身を委ねて好き勝手に暴れたら、考えられる選択肢は限られてくる。

 

「ボス」

 

 揉み手をしながら、一人が答えてくれた。

 

「あのメダロットが空中要塞がいくら壊れようと構わず暴れたら、その、我らは」

「黙れ!」

 

 はっきり言って、惜しい。これほどまでに綿密にかけた計画を実行したのだ。ヘベレケの日本の地位どうのには興味はない。ただ、莫大なエネルギーを操り、経済界や裏社会などを牛耳るという形で世界を征服する壮大な計画の偉大なる一歩が遠のいたのは認めなければならない。

 サケカースはくくと苦笑した。部下たちはサケカースの笑いは余裕から来るものかと思った。

 

「世界征服の方法など幾らでもある」

「はい?」

「ここから逃げるということだ。もちろん、捕まった手下に哀れな協力者たちも一緒にな」

 

 サケカースは全ロボロボに撤退を命じ、自身や地位の高い者、腕の良い者は数名残るよう言い渡した。杖を突いて、ガスマスクを被ったヘベレケが部屋から出てきた。ガスマスクを取ったヘベレケの顔は、不機嫌そのものだった。

 

「途中から傍受していたぞ、サケカースよ。わしを裏切るか」

「あなたには感謝していますが、それはそれ。これはこれと申しておきましょう。命あっての物種。こんな、想定外の事態が連続して発生した時点で計画は頓挫した。ロボロボ団ボスの判断として、計画は失敗したので、手下には逃げるよう伝えた」

 

 ヘベレケは杖をどんと突いた。

 

「ボスはお前だが、リーダーはこの私だ。命令だ。撤退命令を破棄して、暴走メダロットを鎮圧しろ。そしたら、お前の失敗は無かったことにしよう」

 

 おろおろするロボロボ団員。だが、サケカースは不遜な態度でヘベレケに挑んだ。

 

「また、機会があれば、お会いしたいですなリーダー。ですが、我らは行かせてもらいます。あなたも早いとこ逃げた方がいいですよ。連中の一番の目的はリーダーにあるようですから」

 

 交戦間近の距離から逃げる為、大量の催涙弾・閃光弾・武器を犠牲にして手下五十余名は戻って来た。

 お前達、戦え。戦うんだ。誰のおかげでここまで来れたと思っておる。この恩知らずが。

 ヘベレケにいくら罵倒されようとロボロボ団と協力者たちは聞く耳もたず。脱出ポッドでは小回りが利かず、目立つので、万が一に備えてパラシュートを背負った。飛行パーツを着けたメダロットに乗り、パラシュートを背負って次から次へと真夜中のスカイダイビングをした。

 サケカース、シオカラ、スルメ、サラミら幹部勢、腕の良い団員六人はフユーンに留まり、人質救出作戦を開始した。

 部下の報告により、どうやら敵の大半は人海戦術で固まって来てるらしい。手下たちはコンテナを置いてあるフユーンの最奥下部に集められている。好都合であった。コンテナが置いてある、すなわち、外へ通じるハッチがある。

 サラミはハッチ操作に残り、一人はサラミの護衛兼見張りに残り、八人で救出作戦を行うことにした。

 

「さあて、ミッション・インポッシブルといこうか」

 

 おーと鬨を上げた。突っ込みどころのある言葉だが、映画のタイトルにかけている掛け声なので、指摘しなかった。途中、二回もどんと衝撃がきたが、がっちりとくっ付いているので落ちずにすんだ。

 八人は吹き荒ぶ寒風を耐え、メダロットたちの手を借りて、フユーンの下へ下へと行く。人数分のパラシュートは重いが、なんのこれしきと運んだ。

「いいぞ」サケカースの連絡でサラミはハッチ操作ボタンを開けた。様子を見に、ハッチにメダロットたちが近づいたら、飛行パーツを着けた味方メダロットが射撃系パーツで奇襲。サケカースのブルースドッグが正確無比な射撃で怯ませたら、競うようにトリプルゴッツンとシンセイバーが敵を倒した。反撃する間も与えず、八人は少数の見張りを制した。

 人質はコンテナ倉庫の上にあるガラス張りの一室にいた。

 一体、人質である白衣に拳銃を突き付けていた。冷や汗でただでさえ濡れそぼった印象の髪が気持ち悪く頭皮に張り付いてた。サケカースはようやく、誰か思い出した。

 

「確か、白玉といったなお前は」

「た、だじけて」

 

 白玉は声にならない情けない声で助けを求めた。メダロットはリボルバー式の拳銃を白玉にこれ見よがしに突き付けたが、八人は余裕だ。

 

「ナニヲ余裕ブッテイル」

「我々が何も考えずにここへ来たとでも? 一体か二体、人質の下に残っているのは想定済みだ」

 

 メダロットは下にいる相手の数を数えた。人間八人。メダロットの数は二二体。おかしいところはどこにもない。待てよ、三かける八で二二では変だ。まさか。

 時すでに遅く。鍵をしてない扉から隠蔽パーツで姿を眩ましていた二体は、人質を取るメダロットを仕留めた。

 

「ぼ、ボスぅー」

 

 手下のロボロボ団はサケカースたちを感激して見つめた。ボス自ら助けに来てくれるとは思わなかったのだ。

 

「感動は後だ。ただちに逃げるぞ」

 

 わらわらとパラシュートを装備して、次々と飛び降りる。負傷者には二人の介抱が付き添う。残るはサケカースら、四人の幹部たちと白玉だ。何故か、サケカースは白玉にはパラシュートを渡さなかった。

 

「お、お願いだ。僕にもそれを」

「何を言う。お前にはゴッドエンペラーという素敵な友達がいるじゃないか。そいつらに助けを求めろ」

「そうそう。忠実なるしもべには優しくても、裏切りには厳しくってよ」とスルメ。

「幸運を祈るでちゅ」

「生まれ変わったら、良い人の元に産まれろよ」

 

 サラミ、シオカラも皮肉を口にした。四人はパラシュートを全て捨てると、最後に全員でさようならと言って、空中要塞から脱出した。

 友と信じたメダロットからは利用され、ロボロボ団には脅されて犯罪に手を染めて、白玉は後悔していた。何より、ナエとメダロット博士を裏切り、自分のせいでイッキなど無関係な者が死んでしまったことが白玉を激しく責めて、苦しませた。開け放たれたハッチを前に、白玉は風に吹かれながら、糸の切れた人形のように立ち尽くしていた。

 元から強いとはいえず、ロボロボ団に手を貸すという後ろめたいことで苛まれて、フユーン占拠に度重なる想定外の事態発生。そして、ロボロボ団にすら見捨てられたショックで白玉の自我は崩壊しかけていた。

 

 

 

 コクピットルームから出たロボロボ団の動静を見張っていたアルミは、ロボロボ団の撤退。ヘベレケとロボロボ団ボスの口論のことを伝えた。ヘベレケはぴくぴくと頬を引きつらせて、完全に煙が排出されたコクピットルームに入った。

 

「というわけで、現状では最大の障害であったロボロボ団は全て撤退したようです。ですが、ロボロボ団以上にあの暴走メダロットの方達が厄介かもしれません」

「あなたのいうとおりね、アルミ。人質に手を出す点では、ロボロボ団より恐ろしいわ」

 

 レディは軽く溜め息を吐いた。せっかく、体を張ってメダロッチを奪取したというのに、無駄骨であった。どうせなら、彼にじっくりと見てもらえた方が嬉しかった。

 こつこつ。誰もいなくなった通路を堂々と足音を立てて歩く者がいた。この船で自由に動ける者はヘベレケの他には一人しかいない。

 ヘッドシザースなど三体のメダロットを従えてた。黒丸の眼。にたりと笑みを浮かべた白いマスク。漆黒のマントに黒のシルクハットを被るその人をどうしたら、見間違えよう。レディは天井から飛び降りて、レトルトと一声かけた。レトルトはレディと呼び返した。

 

「無事だったか。して、メダロッチ奪取は成功したんだな」

「ええ、そうよ。だけど、そんなことより。あなたは今回の状況どう思って?」

「超最悪だよ」

 

 レトルトはヘベレケが居るコクピットの扉を見た。

 

「乗客たちの救出を急ぐ必要があるが、その前に、あの方と話さなければ」

「必要あるのかしら?」

「無論だ。博士が彼らを掘り起し、生み出したのだ。暴走した時や敵の手に奪われた時のことを考慮して、非常停止の方法も対策してあるはずだ。レディ、君一人にだけ頼んで済まないが、この鍵を使って乗客たちを逃がしてくれないか」

 

 レトルトはカードキーをレディに渡した。「後で私も追いつくから」

 了解とレトルトレディは行った。彼らしいというべきか。こんな状況でも、ヘベレケのことを博士と呼ぶとは。

 レトルトは扉の前に立った。鍵はロボロボ団が持っていってしまった。ハッキングはできるが、メダロットの力で吹っ飛ばしたほうが手っ取り早いだろう。メタルビートルが射撃体勢を整える。

 

「待て。開けるから、手荒な真似はよせ」

 

 扉のスピーカーを通じて、ヘベレケはレトルトに破壊を思い留まらせた。

 警戒しつつ、入室。中へ入って行くと、監視カメラの映像を眺めるヘベレケが一人、座っていた。小さく、まるで、親に見捨てられた子供のように背を丸めていた。ヘベレケは振り返ずに来たかといった。

 

「すんなり通してくれるとは意外でした」

「ふん。こんな扉でも、少しは時間稼ぎとなる。それを今、お前さんに壊されてはたまらん。ようこそ、子飼いの諸君。して、この老人に何か用かね?」

「茶化さないでください。私は聞きたいことがあり、人命救出よりも最優先してあなたの話を聞きに来ました」

「それはそれは、ご立派なことで」

 

 ヘベレケの声には棘があり、皮肉めいていたが、この状況ではどう威勢を張っても空回りしていた。

 

「単刀直入に申そう。止める手立てはある。が、安全に止められる方法は無くなった」

「なぜ」

「ロボロボ団専用衛星。WSRS、ワールド・サブジェクション・ロボロボ・サテライトが自動墜落したからだ。確証はないが、かの裏切り者が言い包められて、細工したのだろう。衛星からの電波でゴッドエンペラーら兵器メダロットの動きを止められただろうが、それもできなくなった」

「では、他に止められる方法は二つしかないか」

「賢いな」

 

 そう言うわりには、ヘベレケの口調はレトルトを小馬鹿にしていた。

 安全ではない止める方法は二つ。兵器型メダロットを倒すこと。兵器型メダロットのメダルをじかに外すこと。二つとも、大変危険であり、命を落としかねない。だからこそ、衛星が造られたのだが、既に使い物にならない。

 

「すぐには行きません。然るべきことをした後、あなたの作品に挑ませてもらいましょう」

 ヘベレケは振り返って、レトルトをうかがう。仮面を付けているので、表情は分からない。

「勝てるかな? 情報が確かなら、お前さんのメダロットの内一体はメダフォースを使えるはず。自慢するわけじゃあないが、きゃつはメダフォースを使えるように造られたメダロット。お前さんのメダフォースが、小僧のメダフォースより優っていても、精々小さなひび割れ程度の傷をつくるのが関の山。いや、焦げ目程度かな」

「例えそうでも、奴はなんとしてでも止める」

 

 レトルトはマントを翻した。

 

「あなたは行かないのですか」

「わしか。わしはここに残る。こうなった以上、捕まれば、わしの終生は牢獄。そんなのはごめんだ。私は私の夢が詰まったこのフユーンと共にする」

 

 レトルトは踵を返そうとしたが、止めた。ヘベレケはコルトアクション式の拳銃を出して、レトルトに銃口を向けた。

 

「近寄るな」

 レトルトは再び扉へと歩みだした。

「あなたが望まれなくても、私はあなたの下に参りましょう。目の前の獲物を黙って逃がしては、怪盗の名折れ」

「やれるものならやってみろ。わしはここを梃子でも動かんぞ」

 

 

 

 アリカは憔悴していた。眠れるものなら眠りたいが、目を閉じても、全く眠くならない。

 もう、どうだっていい。でも、せめて、お父さんお母さん。ブラス、フレイヤ、プリティプライン。そして、イッキなど学校の友達。たった一言でもいい。別れを告げたい。それすら叶わないとは。

 何時間経ったのだろうか。少なくとも、まだ夜は明けてない。今日でも、何日先でもいいから、早くこの空中の檻から出たい。絶望がアリカの心を覆い、本来のアリカらしさは失われていた。

 外が慌ただしい。さっきもロボロボ団が慌ただしかった。本当に、連中は静かにできないのか。ロボロボとうるさいこと。ドアロックの点滅が赤から緑になった。施錠されたのだ。犯行的な態度を取ったから、特別な部屋にでも放り込まれてとしているのかな。

 ドアが開く。ドアを開けた人物は、黄色い角でもなければ、白い金魚鉢でもない。紅いスクをつけた豊かな金髪の女性だ。マスク以外にも、服やマント、靴まで赤い。

 

「あなたは誰?」

 

 女性は応えず、無言で靴を脱いで上がった。女性は右腕で何の変哲もないダンボール箱を抱え、左手にはこれ見よがしに、ピンクのメダロッチをちらつかせた。

 

「それは、私のメダロッチ」

「そうらしいわね。ロボロボ団が預かっていたけど、代わりに返しに来たわ。後、彼らは行ってしまったけど、また別の厄介な連中がフユーンに居る」

 

 アリカは大人しく女性からメダロッチを受け取ったが、腕には巻かず、両手でギュッと握り締めた。

 

「どうしたのかしら」

 

 口をへの字に曲げて閉ざしていたが、一拍間を置いて、アリカは言った。

 

「なんというか、その。感慨深いというか。分からないけど、今はこうしたかったのです」

 

 アリカは電源をオンにした。皆と呼ぶと、一斉にアリカちゃんと返ってきた。

 

「アリカちゃん。怪我はない? 大丈夫?」

「アリカさん、また一緒になれて嬉しいです」

「アリカちゃん、また会えたね」

 

 ブラス、フレイヤ、プリティプラインは口々に再会の言葉を述べた。真っ黒闇に覆われていたアリカの心に、微かに温もりが与えられた。自然と、瞳から涙が流れた。手近な毛布をひっつかんで、ごしごしと涙を拭った。

 

「うん、大丈夫。怪我はないわ。それよりも、皆、動けそう?」

「私はどうにか」とブラス。

「よし。じゃ、これから、ちょっと無茶するけど、覚悟はいい」

 

 一体なんですかというブラスの問いに、アリカは答えない。俄然とやる気が出て、勢いよく立ち上がったアリカの肩を女性はつかんだ。

 

「どこへ行く気」

「友達を……イッキを探す。あいつはこんなところとくたばるたまじゃない。ロボロボ団の会話で少年とメダロットたちが死んだって聞いたけど、死体を直接見てない。これは、私のジャーナリストの勘ですけど、あいつは生きている」

「どうしてそう言えるの?」

「分からない。わからないわ。けど、どうしても、イッキが死んだとは思えない。まだ、フユーンか。あるいはどこかで生きている。そんな気がするんです。ロボロボ団はもういないというし、厄介な連中なんてぶっ飛ばしてでも探すわ」

「待ちなさい! 危険が大きすぎる。あなたが友達を想う気持ちは痛いほどわかるけど、みすみす、行かせやしない」

 

 アリカは女性に噛み付いた。「助けてくれたことには感謝しますが、誰にどう言われようと私は行くわ!」

「アリカちゃん」ブラスが声を発した。いつもより厳しい声音(こわね)だ。

「アリカちゃん、あなたが私たちを転送したら、私はメダロッチを奪って、あなたを気絶させてでも逃げるわ」

「ブラス! どうしてそんなことを」

「アリカちゃんがこれ以上、傷付いた姿や声を見聞きしたくない。私だって、イッキくんやロクショウさんを探したいわ。でも、アリカちゃんの方がもっと大事。イッキ君たちもきっと、アリカちゃんが探しに来ることを望まないと思うわ」

「ブラス、あんた」

 

 怒鳴ろうとしたアリカを女性は無理矢理振り向かせたら、ぴしゃりと顔を引っ叩いた。

 

「いい加減にしなさい! あなたがぐずぐずする分、他の人たちの逃げる時間はどんどん無くなるわ。来なさい」

 

 腕を掴まれて、強制的に外へ引っ張り出されると、外には不安な面持ちの乗客たちにスクリューズがいた。

 

「あなたと同じ立場だったら、私も探したいわ。だけど、それは結局、自己満足の一人プレイにしか過ぎない。アリカさん」

 女性はアリカの両肩に手を置き、腰を曲げて、アリカと目を合わせた。

「約束するわ。君の友達は絶対に、私たちが助ける。女同士の約束よ」

 

 女性から視線を逸らし、メダロッチを見、スクリューズ三人を見、乗客と乗務員たちを見た。二古世と名乗る人もいた。自分が勝手に動けば、他の人にも迷惑がかかる。

 

「ごめんなさい。私、頭に血が上っていました」

 女性はにっこりとほほ笑んだ。「大事な人の身の安全を想う気持ちは当然よ」

 

 乗務員誘導の下、乗客乗員は脱出ポッドがある入口へと向かう。入口の直前、どんと四度目となる衝撃に襲われた。衝撃音は明らかにフユーン上部に近づきづつあった。

「急いで」

 フユーン左側の搭乗口に到着。すると、あろうことか、怪盗レトルトがいるではないか。乗客乗員は口々に怪盗レトルトと指した。警戒色を露わにした人に対し、待てと怪盗レトルトの背後から声をかける者がいた。

 

「待て! レトルトは犯罪者なのは間違いないが、俺たちを助けてくれたんだ」

「そのとおりですわ。事情はどうあれ、今はこの方と争っている暇はありません」

「コウジ君、カリンちゃん!」

 

 警備員を掻き分けて、コウジとカリンが姿を現した。

 瞬間。全員、床からふわりと浮いた。次いで、今まで一番大きな衝撃がフユーンを襲った。音からして、右の方向だろう。シャッターを壊し、壁と天井を砕いて、遂に暴走メダロットたちは人が集まるフユーン上部に来たのだ。怪盗レトルトが叫ぶ。

 

「急げ! 早く脱出ポッドを出して、逃げるんだ。ここは我々が食い止める」

 

 女性もメダロッチからメダロットを転送した。レトルトは呼んでないが、アリカはやっと正体に気が付いた。

 

「レトルトレディだったのね」

「そういうこと」

 

 乗務員たちは手慣れた手つきで、迅速かつ素早い身のこなしで、ポッドを準備した。ポッドは長方形カプセル式で十個あり、最大六人まで搭乗可能。人数は六十人以下。ギリギリ足りる。警備員たちはショットガンや銃を手に取り、メダロットを転送する者もいた。すぐに脱出したいが、焦れば、ポッドは誰も載せずに落ちてしまう。

 子供が優先されたが、当の六人は拒んだ。

 

「大人だろうと子供だろうと、動ける者は動かなきゃ駄目。何より、このまま行ったら、私の胸のつかえは取れない」

「アリカに賛同するわけじゃないが、あたいも同意見だよ。やられっ放しは悔しい」

 

 時間が惜しい。一つのポッドに一人の乗務員が配置し、五人の乗客が乗る。第一陣のポッドがフユーンから射出された。ぷしゅりと派手に音を上げて、ポッドは下へと穴へと吸い込まれた。第一陣が無事に行ったのも束の間、怪盗レトルト側のドアや壁がどんどんと激しく鳴る。

 

「来たぞ!」

 

 乗務員は目まぐるしい勢いで乗客たちと共に脱出を図った。ぷしゅりぷしゅりと、配置されたポッドが消えていく。残す乗客は六人。二古世氏と女性は乗務員が子供たちを無理にでもポッドへ入れようとした時、壁が破砕し、続いて、ドアも破壊された。

 隙間から、血のような赤い瞳を光らせた暴走メダロットたちが敵である人間の姿を発見した。

 

「撃てー!!」

 

 怪盗レトルトが号令を発する。レトルトが号令を発しなくても、既に警備員たちは攻撃を開始していた。

 きしゅり、きしゃあと奇声を発しながら、暴走メダロットたちが突入する。モンスターパニック映画のシーンやSF映画でよくありそうなシーンが再現された。ショットガンが火を噴き、拳銃から本物の弾丸が発砲される。身近で銃の音を聞くのは初めてだったが、アリカはきゃっと飛び退いて、キクヒメに笑われた。

 

「乙女だねぇ」

「うるさい。目に物見せてやるわ」

「派手にいくぜ!」

 

 ウォーバニットのアーチェは狙いを定めると、飛行脚部パーツのブラックメイルの眉間に一発ぶち込んだ。遅れまいと、スクリューズも叫ぶ。

 

「セリーニャ、ユミル、ゴー!」

「いっけー! ブルースドッグ、ヒパクリト」

「鋼太夫、ハサミ。攻撃」

「行きなさい。ブラス、フレイヤ、マリアン」

 アリカも攻撃命令を下した。殆どのメダロットが攻撃する中、一人の警備員のメダロットにカリンのメダロットたちは専ら妨害や援護に転じた。

「火薬系だ。爆風で退かせろ」

 

 レトルトの命ずるまま、ヘッドシザースは数体をまとめて壁に放り投げた。へのもへいじの描かれた間抜けなマスクを被ったセキゾーもナパームを発射。警備員と子供たちのメダロットもそれぞれミサイルにナパームを発射して、壁向こうの敵を爆破した。内側のメダロットは格闘系メダロットの攻撃か、警備員の銃撃で倒れた。

 

「一時しのぎにしか過ぎん。さあ、あなた方は行くのだ」

「彼の言う通りだ」

 

 二古世と屈強な警備員二名はそれぞれ、アリカとコウジにカリンを担いでポッドに乗り込んだ。スクリューズは女性乗務員と警備員二名に連れられた。

 

「レトルトレディ、約束は守っ……」

 

 言い切らぬうちに、ポッドの戸が閉められた。レディは安心させるように、グッドサインを見せた。

 アリカらを載せたポッドが射出。スクリューズを載せたポッドもフユーンから放たれて、巨大なパラシュートを広げて降下した。

 降下する最中、コウジとカリンはイッキの安否を尋ねた。アリカは暗い面持ちで、イッキの生死は不明とだけ告げた。コウジはぱんと拳で手の平を叩いた。

 

「俺もアリカを、イッキを信じる。あいつはここでくたばるたまじゃねえ。それに、あいつとの戦いは一勝二敗。俺の方が負けている。勝ち逃げなんて絶対に許さない」

「きっと、イッキさんは生きておられます。自分に自身が無いようですが、彼は自分が思う以上にやればできる子ですから」

 

 アリカは事実を言えなかった。たまたまレディとの会話を聞いた二古世も。信じよう。イッキたちは死んでいない。いいや、信じることに縋るしかない。 

 残る警備員六人の内、五人は準備を整えていた。一人、警備主任だけは怪盗二人を説得していた。

 

「あんたらも来なさい。地上に降りたら、俺はあんたら二人を取り押さえなきゃいけないが。安心しろ。知り合って一日も経っちゃいないが、救われた身だ。良い弁護士も紹介する。俺と同僚たちも証言台に立つ。だから、な。あんたらも来い」

「あなたの申し出は善意から来るものであり、こちらとしてもありがたくお申し出を受けたいが、まだいけない。ヘベレケ博士が残っているからだ。我々はヘベレケ博士と共に脱出する」

 

 再び、機械の奇声が聞こえてきた。これ以上の説得は無理と諦めた警備主任は一言、自首しろよと伝えると、脱出ポッドのボタンを押して、フユーンから去った。最後のポッドを見送ると、レトルト一味は反対のドアに行き、施錠をした。

 一先ず、一つ下に降りて、そこから天井へと隠れた。二名を除き、殆どの乗客乗員の脱出に成功した。

 後は機を見て、ヘベレケ博士を救出する。あまりの忙しさに忘れていたが、一応、一息つける場所に来て、怪盗レトルトとレトルトレディはイッキとそのメダロット達を偲んだ。

 なんてことだろう。彼の両親に一体どういえばいい。あの方にもなんとお伝えすれば。将来のある子供が一人、亡くなった。しかし、レディは諦めていなかった。

 

「あの子と約束したわ。絶対に連れ帰るって。それに、死体は見つかってないんでしょ? 可能性はあるわ。探せる限りは探す。というわけで協力してくれるわよね、レトルト」

 

 レトルトはうむと頷いた。こういうとき、押しの強い彼女の存在は助かる。望み薄のまま、非常に動きにくい状態で、レトルト一味はイッキ一行捜索に当たることにした。

 

        *——————————————————*

 

 人間と人間に味方するメダロットたちの思わぬ抵抗にあい、味方が一割やられた上に、レトルト一味並びに乗客乗員は全員逃げ果せたとの報告を受けた。

 正直、痛い。やはり、人質は多いほうがいい。ロボロボ団に逃げられたのはどうということはない。復讐がてら、一人も殺せなかったのは残念だが、犯罪者では人質としての価値は薄い。

 ゴッドエンペラーのパーツを着た彼は、よく計算してゴッドエンペラーの巨体が上へ行けるよう、上部へ繋がる階段を作った。上に到着後、動き辛いので、ゴッドエンペラーからヘッドシザースのボディへと替えた。

 コクピットルームを囲む。嬉しいことに、ヘベレケは逃げていなかった。他の人間よりも、一番この手で絞めてやりたい人間が居るだけでも儲けものだ。ドアをこじ開け、ヘベレケがいないか確認する。ヘベレケはすぐに見つかったというよりかは、堂々と椅子に座って、見下した目付きで暴走メダロットを一瞥した。

 

「はん。ぞろぞろと数で押しかけるところは、お前たちの嫌う人間と変わらんな」

「逃げていると思ったぞ」

「わしが逃げる、だと? メダロットからか? 人間の労働力として造られた、人間の為の道具から逃げる必要がどこにある」

「憎まれ口もそこまでだ。こいつを押さえろ」

 

 五体のメダロットはヘベレケを椅子に括りつけた。ヘベレケは抵抗する素振りすら見せず、銃を渡した。ヘベレケは妙に余裕ぶっている。まさかと思い、操縦桿やパネルを見やると、既に壊されたり、ロックがかかった後だ。

 

「やってくれたな貴様」

「オートパイロットで行き先は決まっておる。深海だ。さあ、お前達の小手先の技術でどのくらいの時間で止められるか。やれるものならやってみい」

 

 ヘベレケは死を覚悟していた。彼にとって、今回の計画は自分の人生を注ぎ込んだことであり、空中要塞フユーンは人生そのもの。この二つを失うことは自分の人生を失うも同然、生きている意味など無いと考えた。ヘベレケはフユーンと運命を共にすることにした。そして、反省があったのか、暴走メダロットたちを道連れにする腹つもりであった。

 彼らの指揮下で直ちにコクピットルームの修復が行われた。細かな機械類には発砲された痕があり、傍目から見たら、修復不可能かに思えるが、ヘベレケのように彼もまた、余裕だ。

 

「ヘベレケよ。やるのなら、爆弾で破壊するなり徹底的にやるべきだったな。この程度なら、一時間もあれば直せる」

 

 そうかとだけ、ヘベレケは言った。彼はヘベレケのこの無関心な態度を見て、ヘベレケはまだ何か細工をしてあるのだろうかと勘繰った。

 

「何もない。わしがしたのは、お前さん方が目にした通りだ。そこの機械を直されたら、わしには打つ手なし。後はわしをどう処分するか、お前さん方の勝手にせい」

「貴様!」

 ぐいと椅子に縛られたヘベレケの胸倉をつかみあげた。

「自分がどうなるのか恐ろしくないのか。怖くないのか」

「わしは世間的に一度死んだ身。あの日以来、死人のようにひっそりと孤独に耐えて生きてきた。今更、死ぬことなぞ屁でもない」

 

 強がりかと思ったが、ヘベレケの態度や声の調子にはどこも、気後れや演じているところは感じられなかった。彼はヘベレケの胸倉を放すと、乱暴に肩を揺すった。

 

「命乞いしろ! 泣き叫べ! 死ぬのが怖いと言え! 死にたくないと獣のように涎を撒き散らせ! あの小僧のように恐怖で顔を歪めろ!」

「哀れだな」

 ヘベレケは彼を嘲笑した。

「生まれてこの方、言われたことしかできない奴が、やれ自由だ、復讐だなどとほざきおって。言っておくが、貴様の理想とする普通の生活とやらも、法律という大いなる拘束が存在して成り立つものだ。貴様等が求める真の自由なぞどこにもありゃしない」

 

 彼はヘベレケをぱっと手放した。すぐにでも首の骨をへしおってやりたいが、それでは呆気なくて、自分や連中の恨みつらみは晴らせない。何とかして、鼻っ柱を折りたい。彼は目的を明かすことにした。

 

「随分と余裕だな、ヘベレケ。一応聞いておくが、フユーンを奪った我らの目的は何だと思う?」

「新天地の開拓とかか」

 

 ヘベレケはにやにやと嘲笑を崩さなかった。しめた。どうやら、奴は本当の目的に気付いてない。言うのが楽しみだ。

 

「まあ、そうではある」

「単純だな」

「しかし、我々ではない。我々はいわば、将来、メダロットの独立国の先駆け的な花火となるのが目的だ」

「花火、だと」

 

 数秒、彼の言った言葉の意味を考えた。ヘベレケはびくりと体を動かし、見開かれた目でメタルビートルの彼を見た。

 

「首都に墜落させる気か」

 

 予想通りの反応を示してくれた。

 

「そのとおりだ。まあ、適当な高層ビルの高さに合わせて、飛び回って適当に体当たりをかましてから墜落して爆発する予定だがな」

 

 ヘベレケは鉄の鏃のような鋭い眼光で彼を睨みつけたが、無駄である。ヘベレケはがっくりと肩を落とした。ヘベレケはようやく、自らが取り返しのつかないことをした思い至った。彼はわざと優しく語りかけた。

 

「そう気落ちするな。お前の人生を捧げた大作の中で死ねるのだ。本望であろう」

「だが、日本の首都を破壊しては、全く意味が無い」

「お前のせいだ。次からは、他人に優しく振る舞える人間に生まれ変わるんだな」

 

 くくくと笑いがこみあげてくる。これだ。こいつのこの顔を見たかった。多くのメダロットを犠牲にして何食わぬふりをして、法で裁かれず、身勝手に死を選んで罪を償った気でいる馬鹿人間に制裁を与えられた。

 彼の兄弟も肩を落としたヘベレケを見て、自分達が利用する立場である人間に勝利したことを実感した。時刻は一時頃。一時間で修理は済むので、首都に向かう時間はたっぷりある。

 さあて、兄弟。仕上げのときだ。地上の政府に我々の勝報をもたらすとしよう。

 

        *——————————————————*

 

 午前二時。地上は上から下への大騒ぎ。新年の浮かれ騒ぎは掻き消され、人々の希望を願う新年の祈りはすぐさま、恐怖の叫びに変化した。

 空中要塞フユーンがハイジャックされたとの報告は各所へと連絡された。

《我々はメダロットの自由を願う者。午前七時、フユーンで東京低空を徘徊した後、仕上げに盛大なる花火の代わりにフユーンを爆破する。紅蓮の煉獄に焼かれよ》

 と、犯行声明文がメールにて送られたりもした。現在東京には、年末年始ということもあり、想像以上の人口が過密していた。人がごった返した状況で、総重量が万トンを超える物体に低空飛行で飛び回れて自爆でもされたら、数百万人規模の死者に被害総額は軽く兆に達する。世界中のどの犯罪史をも上回る、空前絶後な被害の事件になる。

 一部を残し、政府は情報を殆ど包み隠さず、全マスコミへ直ちに情報公開。自衛隊・警察・セレクト隊は東京に集まった市民の避難と誘導に回った。

 犯人グループと目的も全く不明。一方的に送ってくるだけで、こちらの話には今の所、一切応じようとしない。事態を重く見た政府はとある決断を迫られた。

 その中、パニックで包まれる真冬の夜でも、変わらず仕事をする者たちがいた。セレクト隊の機動部隊二番隊だ。二番隊は燃えていた。それもそのはずで、燃える男が直接現場で指揮をしている為、いやがおうでも隊員たちは燃える男の熱気に当てられて、恐怖で迷える人々を先導し、混乱に乗じてケチな犯罪に手を染める輩をしょっぴいた。

 彼らの熱気に当てられた人々は、おおいに安心感を得た。

 

 

 

 ―――午前〇時。正月休みを取り、人々が賑わう中、飲食業の人たちは働き、警察とセレクト隊などは年末の特別警戒で忙しかった。

 セレクト隊東京支部機動部隊二番隊の会議室にトックリら、部下が集められた。アワモリ隊長から直々に話があるとのこと。どうせ、交通整理にも愛想よく振舞うよう心がけろとか、そんなところではないか。

 会議室では、アワモリが神妙な面持ちでPCを眺めていた。ここ数日、アワモリは控えめだった。トックリが挨拶する。

 

「新年あけましておめでとうでございます、アワモリ隊長」

「ああ、お前たち。あけましておめでとう」

 

 トックリら、部下たちは妙だと思った。アワモリはいつもよりしおらしい。ついさっき、PCを見ていた眼も迫るものがあった。まさか、隊長は降格されたのか。はたまた、首になったのか。アワモリが切り出さないので、部下たちは色々と憶測した。アワモリはふうと息を吐いた。

 

「お前たち。今まで、済まなかったな」

 

 隊員たちはいきなり謝られて、面食らった。どうしたというのだ、隊長は。年末年始で急に懺悔して、態度を改めたか。隊員たちの動揺をよそに、アワモリは一人、話を進めた。

 

「なに、深い意味はないさ。そのままの意味だ。ここ数年、俺はどうかしていた。イメージアップや胡麻すりに躍起で、自分が何を目指して、この仕事に就いたのか忘れていた」

 

 セレクト隊員は黙って、アワモリの言葉に耳を傾けた。

 

「中にはそうではない者もいるだろうが、ある程度勤続すりゃあ、おのずと思うだろう。メダロットと共に、人とメダロットを守るのが俺たちの仕事だ」

「僭越ながら、隊長。お聞きしてもよろしいでしょうか」

 

 隊員の一人。天領ジョウゾウ突入部隊副隊長が手を挙げた。ジョウゾウ隊員の子供は何度かロボロボ団絡みの事件に巻き込まれ、危険な目に遭った。しかも、事件の管轄は機動部隊二番隊であり、二番隊にとってはジョウゾウ隊員に負い目があった。更には花園学園の事件。花園学園の生徒には、当然セレクト隊員の子供も何名か通っている。

 軽傷者数名で、死者が一人も出なかったのは奇跡としか言いようがない。つまり、結果としては、アワモリは幾度もロボロボ団に煮え湯を飲まされたことになる。今回の謝罪も、そこから来ているのかと考えたが、それだけではなさそうだ。

 

「我々にはこれから、一般人の方々を安全に先導しなければなりません。いえ、私以外にも、他の仕事の手を止めて来た者たちもいます。ご自身の勤務態度を改めるのはご立派ですが、要点をお伝えしてくれませんか」

 

 一隊員の隊長への発言としては、かなり大胆である。しかし、アワモリは口端を歪めた。これにも、セレクト隊員は驚かされた。このアワモリなら、絶対に怒鳴り散らすか、生意気な奴め出て行けとでも言うとばかり思っていたので、アワモリのこの怒ってはいるが同時に嬉しそうな表情は若い隊員には新鮮であった。

 だが、ジョウゾウ、トックリらなど、長く就いた者たちは、驚きよりも懐かしさを感じていた。

 

「ジョウゾウ。お前は相変わらず、きつい物言いだな。そこが気に入っているが。では、本当なら、ドラマチックに俺がこうなったかを明かしてから語りたかったが、失礼な物言いの奴の言動を考慮して、話そう。今より二時間後、ロボロボ団のアジトを襲撃する」

 

 突然の発表はアワモリの態度変化より大きな衝撃をもたらした。

 

「すぐですか」

「決まっているだろ。警察とセレクト隊の秘密裡に行われた合同捜査で遂に日本各地にある奴らのアジトが割り出せた。そして、奴らは相当でかいことを企んでいることも判明した。去年の一二月三十日には一報が来て、俺も初めて存在を知った。どうやら、全国で一斉に摘発するようだ」

 ここでアワモリの演説に熱が入った。

「いいか、お前ら! 俺たちは奴らに散々煮え湯を飲まされてきたが、今度は違う。ロボロボの奴らを一網打尽だ! 一人も逃がすんじゃねえぞてめえら!」

 

 アワモリは拳を突き上げた。隊員たちも右に倣えと、おおと拳を突き上げて吠えた。トックリ、ジョウゾウなど、付き合いが長い隊員は感動すらしていた。この熱気! 燃える男によって統一された集団の呼応! お年玉を貰わなくなって久しいが、もしも、目の前の光景がお年玉というのなら、今までで最高の贈り物だ。

 燃える男が。燃える機動部隊二番隊が帰ってきたのだ。

 

「アワモリ隊長。失礼を承知でお伺いしますが、一体どうされたのですか」とトックリ。

 アワモリは恥じらいを込めた、興奮で不敵な笑みを浮かべながら、話した。

「大したこたぁねえよ。がつんと一発、昔馴染みにやられたからだよ。手前は燃える男じゃない、燃えた跡に残る消し炭野郎だって、久しぶりに会った上層部に行った奴にきつく言われたんだよ。だが、それだけじゃない。それ以上に、悔しかったんだ。手前の足元で事件が起きて、ロボロボの奴らに引っ掻き回されるのが腹が立ってしょうがなかった。メダロッ島の時といい、花園の時といい、一般人ばかりか手前の身内まで危険にさらしたとあっちゃあ、顔が立たない。試しに仕事相談室とかにも行ったりしたんだ」

 らしくないだろと自らを指した。

「それでよ、そこの先生に色々ときつーく言い渡されてなあ。かなりショックだった。俺が言いたいのはだな。その先生以外にも、色々とまあ積み重なって、俺は目が覚めたんだ。このままではいけねえ。何とかしなけりゃと焦った。そんなときのロボロボ団アジト発見のニュースよ。一念発起。ここで燃えなきゃ、男が廃るとな。下手に媚び売りよりかは、こういうでかい仕事で山を当てる方がいいしな」

 

 がっはっはとアワモリは豪快に笑う。隊員たちはやや肩を落としたが、今のアワモリからは愚鈍なものは感じられない。背こそ中くらいだが、いつもより大きく頼もしくみえる。最後の余計な台詞も良い意味で、この人が言うなら仕方ないかと思えて、交互に隣り合う者の顔を見て満足そうに頷き合う。アワモリは改めて、隊員たちの顔を見回して、済まないといった。そして、力一杯パンと手を鳴らした。

 

「さあ、辛気臭い話はここまで。準備しろ、野郎ども!」

 

 真夜中の新年。どこもかしこも大盛り上がり。セレクト隊も例に洩れず新年のムードに当てられて陽気だったが、二番隊は一際大きな熱気を放っていた。

 準備が整い、本部からの出撃命令を待機。すると、本部からは東京のセレクト隊のみ中止命令が出された。フユーンがハイジャックされて、午前七時を目途に犯人グループは東京に墜落させるというのだ。警察だけでは人手が足りず、セレクト隊と自衛隊も協力して、一般人の先導並びに、機に乗じて行為を犯す者を捕えよとのお達しが通達された。

 アワモリに注目が集まる。アワモリはすっくと立ち上がり、指示を出した。

 

「必要最低限な武装を残し、市民の先導に当たれ。おかしなことをする奴がいたら、構わずしょっぴけ」

 

 アワモリは迷うことなく、本部の指示に従った。別に媚びを売ろうという魂胆はなく、使命感から来ていた。アワモリはメダロットを転送した。セレクトスリーと呼ばれ、アタックティラノのレッド。エアプテラのイエロー。ランドブラキオのブルーだ。

 

「話は聞いていたな」

「イエッサー! ボス!!!」

 

 セレクトスリーとセレクト隊員たちはアワモリに敬礼した。何年も前から、声にやる気がなかったセレクトスリーにも、熱い魂が宿ったようだ。

 空にするわけにもいかず、機動部隊二番隊の半分はアワモリ隊長指揮下で現場に直行。トックリは二番隊支部と周囲を担当した。ジョウゾウは支部に留まることになった。

 セレクトカーに乗ろうとしたアワモリに、トックリは声をかけた。

 

「震えているぞ」

「恐怖ではありません。武者震いです。私は今、感動しているのであります。隊長がまた、燃え上がったことが嬉しくて仕方ありません。私だけではないです。他の隊員たちも」

「俺は変わっちゃいねえ。昔のままだ。お前の方が変わったぞ。ヤンキーぶっていたのに、すっかり丸くなって、眼鏡なんかかけてインテリぶりやがって」

 

 参りましたねとトックリは頭を掻いた。若い時分、荒れていた自分を更生してくれたのはアワモリだった。だからこそ、トックリはアワモリを尊敬し、誰よりもアワモリの変化に一喜一憂していた。トックリはもう一度、敬礼した。

 

「アワモリ隊長。今日この日、任務で殉職しようとも、あなたと共に死ねるのなら悔いはありません」

 アワモリはトックリの頭を小突いた。

「馬鹿! そういう台詞は映画で聞ければ十分だ。縁起の悪いことを抜かすな。それにだ。みすみす、フユーン墜落なんて馬鹿げた真似は絶対にさせんぞ。それを手前が言ってどうする」

「申し訳ありません!」

「下らない寸劇で時間潰す暇はない。俺はもう行くぞ」

 

 アワモリは後部座席に乗り込んだ。隊長が乗ったので、三名の隊員もそれぞれ後部座席と運転席に着席した。トックリたちに見送られて、機動部隊二番隊は出発した。

 

 

 

 チドリは困惑し、不安に苛まれた。夫が呼び出された時点で不安になったが、今しがたニュースで、不安の種は現実になってしまった。隣の甘酒夫妻もニュースを見て、天領家に飛び込んできた。甘酒婦人はチドリが眠っていると見たのか、必死の形相で見たニュースを伝えに来たのだ。

 

「チドリさん! アリカが、アリカは……フユーンに。イッキ君も」

「私もニュースを見ていました」

 

 わっと婦人は泣き崩れた。甘酒氏は妻を抱きしめて、天領さんに迷惑になる、一度家に入って落ち着こうと宥めた。崩れ落ちそうな婦人を夫は支えて、真夜中に押しかけてすみませんと謝った。甘酒さんはまだいい。自分の家には、イッキも、ジョウゾウさんもいない。倒れそうな自分を支えてくれる者など。

 ワン! と、吠えられた。ソルティだ。寒いので、家に居れていたのだ。ソルティは呑気そうに尻尾を振りながら、何があったのと、チドリを見上げていた。

「そうね。まだ、あなたがいたわね」

 チドリはソルティの頭を撫でた。ソルティは甘えて、チドリの足に頭を擦りつけた。

 電話が鳴る。セレクト隊からだ。チドリは直観で、ジョウゾウからだと受話器を取った。

 

「チドリか」思った通り、ジョウゾウであった。

「あなた! 大変なの、イッキが。アリカちゃんが。ふ、フユーンがハイジャックされたって」

 

 涙がこぼれた落ちた。安堵と恐怖でチドリは泣いていた。チドリは泣きながら、ジョウゾウと通話した。

 

「あなた、どうしましょう。イッキは大丈夫なの? 人質は全員無事とか、連絡は無いの?」

「マスコミにはまだ伝えてないが、人質は無事だ」

 

 ジョウゾウは嘘をいった。本当は自分自身、詳細は分かってないが、妻を落ち着かせる為には嘘の一つでも言うしかなかった。帰ったら、ちゃんと謝ろう。

 

「いいか、チドリ。そろそろ、町内が避難勧告を放送するはずだ。大人しく指示に従い、ソルティと一緒に御神籤町から離れるのだぞ」

「あなたは、あなたはどうするの。イッキは」

「落ち着くんだ、チドリ。私は絶対帰ってくる。イッキもだ。あの子も幾つかの修羅場に遭って、メダロットたちと協力して切り抜けてきた。イッキは僕たちが思う以上に逞しい。イッキも僕もきっと、君の元に帰る。だから、チドリ。自棄になったりするなよ」

 チドリは涙を拭いて、息を整えると、そっと呟く、「愛してるわ、ジョウゾウさん。ここにはいないけど、イッキも愛してる」

「僕もチドリとイッキのことを愛してるよ。じゃあ、行ってきます」

 

 ジョウゾウは電話を切った。数分後、町内放送が避難するよう放送した。あちらこちらでパトカーと消防隊のサイレンが鳴り、住民に避難を勧告した。

 思い付くものをバッグに詰めて、チドリは家の鍵を閉めた。戻れたらいいな。

「天領おばさん!」

 近所の萩野家の娘、香織ちゃんに声をかけられた。萩野香織ちゃんは両親に挟まされて、歩いていた。

 

「ロクちゃんとイッキお兄ちゃんは?」

 答えられなかった。萩野夫妻も察して、お兄ちゃんたちはちょっと出かけているのよと娘に言った。

「ロクちゃんね。こうたろにトモエとか、お友達を連れてくるって約束したの」

 ロクショウに光太郎にトモエか。イッキもだが、イッキのメダロットたちにも帰ってきてほしい。付き合った年数は関係ない。彼らも家族だ。チドリは腰を屈めて、香織との目線を合わせた。

「そうね。帰ったら、ちゃんとロクちゃんたちに伝えておくわね」

 

 消防団が来た。消防団に交じり、学校の教員も市民を先導していた。担任のオトコヤマ先生に校長先生までいて、お侍のようなメダロットと一緒に交通指導を行っていた。オトコヤマはチドリに会釈した。

 

「ああ、これはどうも。天領イッキ君のお母様ですね」とオトコヤマ。

「先生は行かないのですか?」

「もちろん、行きますよ。町中の子供たちが行ったのを確認してからね。こんなときこそ、子供の見本の教師であり、私のように鍛えた人間は動かなければいけません」

 

 オトコヤマはとても頼もしかった。チドリはオトコヤマ先生を見直し、この方の担任なら安心ねと改めて思えた。忙しそうなので、お気をつけてと言って、チドリは甘酒夫妻と一緒に避難した。

 

        *——————————————————*

 

 一時間後。修復を終えたフユーンは軌道修正をして、東京へとUターンした。

 五時には東京郊外に接近。政府はフユーンを攻撃できなかった。何故なら、フユーンは意図的に人口が集中している箇所を飛行しており、ミサイルで迎撃すれば、下にも被害が及ぶ恐れがあったからだ。

 政府は東京がある程度空っぽになった隙を狙い、フユーンを迎撃するかしないかで揉めていた。

 都市一つを犠牲にするか。テロリストを説得して数百万人のライフラインを守るか。各国のメディアに政治家は、日本の政治家達がどう決断を下すか注目した。

 様々な思惑。行動が交差していた。

 そして、一月一日の午前六時五分。フユーン墜落予定時刻まで残り五五分。イッキ、ロクショウ、光太郎、アリエルは現代への帰還を果たした。

 


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