メダロット2 ~クワガタVersion~ 作:鞍馬山のカブトムシ
マルガリータのロクショウは動けなかった。森にある花畑の奥にマルガリータがいた。白い花の前で佇んでた。近寄ろうとしたら、突如、巨大な黒い塊が現れて、ロクショウを叩きつけた。
メダトロはメダフォースを扱えるが、直接の戦闘は弱い。見かけに反し、化物の一撃で脆くもロクショウの右腕はもげて頭が酷く傷付いた。化物の正体は近頃噂になっている熊だ。ロクショウが知り得る限りでは、キエの倍以上も大きい。
マルガリータに狙いを定めた。マルガリータは金縛りにあったように動きを止め、冷や汗を流し、歯の根を震わせた。熊はゆっくり近づき、獲物を仕留めようとしたとき、間に割って入ってきた者がいた。
プース・カフェだ。プース・カフェは腕を広げ、ロクショウに寄り添うマルガリータを守る為に熊に立ちはだかった。邪魔をするなと熊の吠え声が森に轟く。
*——————————————————*
イッキたちは男たちに混じり、現場へと急行した。どこからか捜索隊の一人が来て、花畑から熊の声がしたと報せた。男は次々と呼びかけ、侍女たちは村に引き返して応援を呼びに行った。イッキたちは帰れと言われたが、ロクショウは断として受け付けず、自分は攻撃に向いたメダフォースを使えるのでいざという時の窮地を救える。
言い争っている暇はなく、男たちは勝手にしろとイッキとロクショウの同行を許した。
イッキの耳にも聞こえるぐらい、吠える熊の声が届いた。声を聞いただけで恐ろしかったが、槍をぐっと握り締め、懸命に男たちの後を付いた。
花畑から北へ奥。そこにいた者を見て、六人はたたらを踏んだ。熊だ。それも、身の丈三メートルもある重量級サイズだ。ゴッドエンペラーとは異なる脅威を目の当たりにして、イッキは委縮したが、槍だけは前に構えた。
熊は怒り狂っていた。熊の体にくっ付き、マルガリータに行かせまいとするもの。案山子部分が外れ、絵具が掠れてしまっているが、プース・カフェである。プース・カフェはマルガリータと怪我をしたロクショウを守る為、命懸けで熊に抵抗を試みていた。プース・カフェは叩き落とされた。足が折れる。プース・カフェは片足だけで跳んだが、またしても蠅のようにはたかれた。熊が男たちを睥睨し、マルガリータに詰め寄ろうとしたら、プース・カフェはぱっと頭に飛び乗り、壊れた両腕で何度も熊の額を叩いた。
プース・カフェは抵抗した。非力で、熊の分厚い皮に傷を与えられるはずもないのに、小さな身で抵抗し続けた。これと同じ光景を見たことがある。
このままでは、プース・カフェばかりか、マルガリータも。イッキと四人の男たちは応援が来る前に、プース・カフェに倣って攻撃をしかけようとしたがロクショウが止めた。
「待て! 危ないから下がってろ」
ロクショウの背中から、光る羽根が伸びていた。気のせいか、羽根は前より少し伸びているように見えた。熊はプース・カフェは打ち払い、背中を踏んづける。熊は光源の方に首を曲げた。
ロクショウは真っ直ぐな下段の構えから、メダフォースを発動した。一筋の光の線が放たれ、熊の右肩に衝突した。熊の肩から血が噴き出した。だが、熊の肩は落ちていなかった。およそ数センチ斬られたのだ。痛いことに間違いないが、それぐらいでは熊はへこたれなかった。
「メダフォースを会得したのか」
「違う。いつものメダフォースだ。完全な威力ではない。それに、今のままでも本気でやれば、熊の肩が落ちていた」
ボディにはメダフォースによる外傷は見当たらないが、ロクショウは今の一発でエネルギーの大半を消耗していた。殺さなかったのは彼の情け故。両足で大地を踏み締め、自分はまだやれるぞと威勢を張った。
「おーい! イッキやん、ロクショウ」
空から呼びかける声。光太郎だ。光太郎はメダトロの足を外して飛んでいた。
「こっちやこっち!」
続々と手に槍や斧、松明を持つ人間達が集合した。分が悪いと考えた熊は、右肩を引きずるように重い足取りで花畑から離れた。距離を保ちつつ、キエを含む十人の男たちが松明と武器を手に熊を奥深くへと追いやる仕事にかかった。
光太郎の他、トモエと三体のメダトロたちもきた。
「プース・カフェが、プース・カフェが。ロクショウも……」
「王女様。ここは危険です。まずは安全なところへ」
一人が腰を抜かした王女を担ぎ、三体のメダトロと二人の男は協力してロクショウとプース・カフェを担いだ。
「マルガリータ、どうして一人で」
「花をみたくなったの。お母様が好きな白い花を。一人で眺めたかったの……そしたら、こんなことになるなんて」
瞳からは涙が零れそうだが、マルガリータは泣き声を上げず、ぐっと唇を真一文字に結んで堪えた。強い。僕なら泣いていた。
王国の人里に入ると、メダトロたちによるロクショウとプース・カフェの治療が行われた。ロクショウはともかく、プース・カフェは重体だ。最後に熊に背中を踏ん付けられたが、衝撃で背中のメダルにも僅かにダメージが及び、非常に危険な状態である。
トモエと光太郎は手をこまねくことしかできなかった。
「回復パーツも無ければ、メダフォースも使えない私たちではどうしようもない」
マルガリータと人々が見守る中、メダフォースによる治癒が発揮された。三体の背中から光る双翼が出現した。ロクショウの右腕は元通りになった。プース・カフェの四散した体もくっ付き始めた。しかし、体は戻っても、肝心のメダルの修復には時間がかかりそうだ。ロクショウは立ち上がり、プース・カフェの体に手を当てた。
「何をするんだ!?」とイッキ。
「私のメダフォースも送る。案ずるな、停止しない程度のエネルギー残量は残す」
二回目のメダフォース発動である。ただし、さきほど使用したためか、羽根は小ぢんまりとしていた。
「生きろ、プース・カフェ。お前は私が出会ったあの二体のメダロットのように死んではならん」
二体のメダロットとは、ヤナギとマイキーのことか。プース・カフェの開かれた背中にある窪みに嵌め込まれたひびのあるメダルは、徐々にひびを閉じ、元の一枚のメダルに戻った。そして、ロクショウは意識せずにスリープモードに入ってしまった。
ロクショウはぱちりと目を覚ました。大広間だ。松明で照らされた宮殿を見て、時間帯は夜。光太郎は無茶するなと肩を叩き、トモエはあなたらしいと呟いた。周りのメダトロたちがおはようと頭に送った。用を足しに行っていたイッキも駆け付けた。
「この馬鹿! 心配させるな。素直にメダトロたちに任せればいいのに、お前まで無理してメダフォースを使う必要はないだろ
「済まぬ」
「ロクやん。彼らに感謝せなあかんで。エネルギーが切れたあんたに、この方たちがメダフォースでエネルギーを分け与えてくれたんやで」
「おお、そうなのか」
ロクショウは世話をかけたと言い、頭を下げると、どういたしてましてと返ってきた。
「ところで、マルガリータはどうした。ロクショウとプース・カフェも」
「マルガリータは疲れて眠ってるよ。ロクショウのボディは修復してあるし、プース・カフェも生きている」
ロクショウは胸を撫で下ろした。因みに、熊の方はキエたち十人の男の手で罠に追い込まれ、見事に仕留めたようだ。熊の肉は今夜の御馳走になった。
「いやぁ、熊の肉は美味しかったよ」
「そうか」
生かす為に殺さない程度に傷付けたが、駄目だったか。仕方ない。人を襲った以上、あの大型の熊がまた来ないとも限らないし、これで良かったのだろう。イッキが気付く様子は無かったので、トモエは肘でイッキを突いた。
「ごめん。無神経なことを口走って」
「気に病むな。遅かれ早かれ、人を襲った熊は狩らねばならん」
メダトロたちが去り、広間にはイッキたちと数人が居るのみ。夜も遅いので、イッキは眠ることにした。今夜は光太郎とトモエも、いつもの家ではなく宮殿内のイッキの部屋にお邪魔させてもらった。
イッキは余分に貰った毛皮をぐるぐるに巻いて枕代わりにしていた。寝転がっても目を閉じず、今日のことを語った。
「熊が出るとは聞いていたけど、あんなにでかいとは思わなかったよ。正直に言って、僕、怖かった。ゴッドエンペラーとはまた違う怖さだった」
「あっちは人の造った殺傷兵器。こっちは兵器じゃないが、腕の一振りで人を殺傷する力があるからなあ。種類は違うが、恐ろしさに変わりは無いな。もっとも、生き物やから、上手くやれば隣人として暮らせたかもな」
「そこが兵器と異なりますね」とトモエ。
ロクショウも加わる。「だが、どんな道具も使い方次第。兵器もその点は同じだ。話し合うことは適わないがな」
それは、ゴッドエンペラーたちも入るの。そうは聞かず、熊の肉の味はどうだったとか、メダトロたちはどうだとかの雑談に変わり、四人はおやすみなさいと就寝した。光太郎とトモエがスリープに入ったのを確認すると、ロクショウが一言尋ねた。
「熊の解体をみたか?」
「いや、見てない」
それから、ロクショウもスリープに入った。ロクショウの言葉の意味は、翌日になってイッキは知ることになる。
夕方。イッキは重い足取りで狩猟から帰った。今日はイッキの練習も兼ねて、数人ばかりの狩りで収穫は兎が二羽。キエと他の者が仕留めた。イッキにも仕留めるチャンスあったが、投げられなかった。思えば、魚やカニは取ったことがあっても、肉に関しては供された物しか食べたことが無かった。
兎は学校の飼育小屋で飼ってる。イッキは担当係りではないが、いざ身近な生き物に槍を投げようとしたら手が止まり、キエに叱られた。
イッキの前で兎は腸を抜かれ、川で糞尿を洗い出された。胃が重い。分かってはいても、目の前で人間の食卓に上がる生き物たちの最後を目の当たりにして、ロクショウの言葉の意味を理解した。生き残る為、相手を傷付け、食うのは至極当然。だが、頭を理解していても、否定したい自分がいた。否定しようにも否定できないのに。
ロクショウは同じ時に帰ってきた。会ってすぐに、イッキから済まないと謝られてロクショウは面食らった。
「お前の気持ちをもっと考えるべきだったよ」
「ああ、昨日のことか。お前は本当に小さなことで気に病むな。その考え方は直したほうがいい」
「なあ、ゴッドエンペラーとの戦いもこんな感じかな?」
「それは違う」
きっぱりと言う。
「生きる為の行動とロボトルは異なる。誤解するな。まあ、ゴッドエンペラーとのロボトルはロボトルと呼んでいいのか疑わしいがな」
「まあね。でも、何となくだけど、戦うメダロットの気持ちが分かったような気もするよ」
イッキは上手く言葉で表現できなかった。本当はもっと別なことを言いたかった。あの時のロボトルは正に食うか食われるかの瀬戸際。今日、イッキが体験した狩りと変わらないのでは。イッキたちは腹を満たす為、兎を追い、兎は生きようと逃げて抵抗する。
あの兵器と帰ってまた戦う破目になるのか。十日を過ぎる古代ライフで頭から抜けていたが、今日の狩りで思い出され、やや暗澹たる思いを抱いた。何とか、心の奥に沈ませたが、改めてあのWEB型の強さと冷酷さが嫌がおうでも思い出してしまう。例えメダフォースを会得しても、自分たちが兎側であることに変わりない。そのことを思い知らされた。
ロクショウに袖を引っ張られた。
「なに?」
「顔に出ているぞ。不安でしょうがない。本当に勝てるのかと? ポーカーフェイスを学ばねばならん」
部屋に戻ると、対座に周り、ロクショウに正面から向き合う形となった。
「イッキ、これだけは言うぞ。負けることを考えるなとは言わん。そういう考えを抱くプロもいるぐらいだからな。だがな、我々は勝たねばならん。矛盾しているが真理だ。帰ってまた負けたら、今回は運よくコンテニューできたが、次は絶対に無い。全ておしまい。やや遠回しになったが、私の言いたいことはだな。自分と我らを信じろ。これだけだ」
「信じるよ。でも、信じたくらいで勝てるの」
「いい加減弱音を吐くのはよせ!」ロクショウにぴしゃりと喝をいれられた。
「お前が私と二人を信じてくれたら、やる気がでる。気合いだけでは勝てんが、戦いの時、心の支えとなるものがあれば、それが意外な光明を見つけたり勝利に繋がることもある。怖いのだろう、あの怪物が。私もだ。逃げるのも手だ。しかし、結局はいつか、逃げてきたつけの支払いが最悪な形で巡ることになる。私が思う逃げという手段は自らの怖いと思うことに立ち向かう準備の一つだと考えている。今は逃げても良い、イッキ。私はお前が冷静に考えられるところまで逃げて、恐怖と立ち向かう準備を整えてくれることを信じている。ほら、もうしけた面を見せてくれるな」
一発入魂だと、背中をパンと叩かれた。意外と力が込められており、背中がひりひりした。ロクショウはそのまま座禅姿勢でスイッチを切った。
逃げても良い。そう言われた途端、心が軽くなった。逃げてもいいんだ。
ただ、逃げ続けるのは駄目だ。逃げるだけでは何もできない。落ち着けるところまで逃げて、そこから逃げ以外の方法で新たにどう動くかを考えてこそ、逃げという手段が生かされるのだ。もう、コンティニューはできない。
目覚めて一年も経たないくせに、妙に年長者ぶったことをいうな。だからこそ、頼りになるのだろう。またしても、助けられた。
「ありがとな」
聞こえているかどうか、スリープモードに入った愛機に礼を述べた。重い気持ちのままで眠れるかと思ったが少しは楽になったので、しばらくしてイッキは安眠していた。
イッキはふとして思い悩むこともあったが、自らの力で乗り切った。ホームシックにかられることもあるが、こんなに人がいるのに、そこまで悩んでどうすると割り切った。次の日に光太郎やトモエに同様のことを話してみたら、二人は殆ど同じ答えを言った。
「人と手を取り合うのが人から作られたメダロットの仕事。ここにいて、そのことが一段と理解できた。無事未来に戻れるか不安だが、くよくよしてもしょうがない。人間に酷い目に遭わされたから、それ以上の仕返しをしようと間違ったことを考える者は止めなければならない」とトモエ。
これまた、大人びた答えが返ってきて、別の意味で精神的に参った。僕が子供っぽいのは、子供だからという理由じゃ駄目かな。苦笑せざるをえない。
十三日経ち、更に十二日過ぎて二五日。満月が欠け始めた頃まで日が経つ。全員ではないが、イッキは一部の者たちからコーダイン王国の一員として認められつつあった。
そして、この日の夜。ロクショウはメダフォースを会得し、イッキはコーダイン王国から神子として認められる出来事が起こる。
儀式が行われるのは光太郎の計算が正しければ、29・5日から三十日目だという。光太郎はメダトロの足を外して海辺の小屋で眠っていた。災厄が来ると予測したためだ。
この二日、小規模な揺れが何度か続き、波も荒れた。光太郎は警戒すべきだと提案した。
「最初の災厄は海から来るんやろ。それはきっと、津波や。海底地震で津波が発生して、津波が来るかもしれん。海に人を置いておいたほうがいい」
対策として、光太郎を含む数人が交代で見張りに立つことになった。光太郎は触れ役として待機。説得するためだ。三十分後、今までで一番大きな揺れが襲った。建物が倒壊するほどの揺れではない。揺れを感じた光太郎は飛び起きて、海を見やった。今の所、異変は無し。警戒を怠らずに海を眺めていたら、段々と潮が引いていくのが分かる。
「海がひいていくぞ!」
見張りの者たちが叫んだ。
「すぐに家族や友人に危険や報せなはれ、時期に津波が襲うかもしれん」
見張りの者たちは声をあらん限りに出して、津波が来ることを報せた。自然の脅威と向かい合うコーダイン王国の人々ではあるが、俄には信じられなかった。大きな波を過去に体験した者はいるが、村や国全体が呑まれる波が来るなど信じられない。
これは、予想していた。そこで、イッキたちは対策を講じていた。宮殿の者たちが数名来た。大神官ギンジョウと神子であるイッキも連れて。イッキから話した。
「聞いてください。時期にコーダイン王国に大きな波がやってきます。宮殿の方達は既に避難を始めています」
「さよう、皆の者。助かりたければ、神子と家来の者たちのお言葉を聞け。わしはこの者らを連れて行く」
そうして、ジョウゾウは民衆の下から去った。短い付き合いだが、イッキがただの子供だと分かり、イッキの言葉だけでは通じないだろうと考え、大神官であるギンジョウに頼んで一芝居を打ってもらった。これは効果的で、宮殿の方達が逃げるのならば、我々もとこぞって逃げ出した。
「荷物は捨てて、高い場所へと避難してください!」
「よっしゃ! わしにまかしい」
光太郎は松明を持つと、人々を安全と思える高台まで誘導した。宮殿の裏は崖で、更に山が広がっていた。人々は道を回って崖を通り、山へと登る。遠目からでも明らかに潮は引いている。そろそろ危ない。
山へ山へと登り、人でごった返し、動物たちは人の騒ぎに驚いて逃げだした。
光太郎が木に停まり、様子を窺う。殆どの人が逃げたかに見えたが、宮殿勤めの者から驚くべき報せをもたらされた。
「マルガリータがいない!」
「は、はい。いたはずなのですが、手を放した隙に行ってしまわれて。ついさっき、姫のメダトロも追いかけました」
「あっ! どこへ行くロクショウ」
話しを聞くや、ロクショウは血相を変えて飛び出した。
イッキは光太郎にただちに命じて、マルガリータとロクショウの捜索に当たらせた。と、飛翔したとき、光太郎が「来たでえ!!」と喚起した。
イッキは小さな木に登り、遠くを見たら、凄まじい勢いで海が波飛沫を立てて接近してくる。イッキも宮殿裏手まで降りた。光太郎も後を行く。
崖には物見が数名いた。そこからだと、はっきりと見える。何分も経っていないのに、波は宮殿のある所まで迫ってた。崖から地面まで十数メートルもある。物見たちによると、ロクショウはここから飛び降りたのだ。
「姫様ー!」
物見たちが姫を呼ぶ。姫が宮殿に入って出て行くのを見たのだ。波かさはどんどん高くなり、宮殿に入り込んでいく。一瞬、何かが光った気がしたが、気に留めなかった。マルガリータとロクショウは無事か。ざぶりと宮殿が天井まで近くまで沈んだ。
イッキは声だかにロクショウとマルガリータたちの名を叫んだ。四人はどうなった。逃げ果せたのか。イッキの想いを打ち砕くように、波はコーダイン王国を飲みこんだ。光太郎が肩に手を置く。
「心配すんな。ロクやんはしぶとい。きっと、王女様共々生きておる」
「……だといいけど」
物見の者たちと共に山に登る。イッキは淡い望みを抱いて山に登ったが、四人は見当たらない。さしものギンジョウも顔色を変えた。
そのとき、トモエが朗報を報せた。
「イッキ! 光太郎! 大神官殿! 王女様もロクショウも生きています。今しがた、キエさんと共にここへ来ます」
この報せを聞いて、わっと人々はわいた。キエを先頭に、ロクショウとマルガリータたちがジョウゾウの元へ連れてこられた。ジョウゾウはキエとロクショウに礼を述べると、マルガリータを叱責した。
「姫様! この前の熊といい、今日といい。自分の命を無下に捨てるような真似はしてはなりませぬ! あなたがいなくなったら、わしや民はもちろんのこと、国王夫妻も悲しませることになります。命はたったひとつしかない。そのことをもっとよく理解してくだされ!」
「ご、ごめんなさい」
今回ばかりはわき目も振らず、マルガリータはわっと泣き出した。
「分かってくださればよろしい。わしは姫様を愛おしく思うからこそ、お叱りしたのですじゃ。さあ、もう安心なされ」
ジョウゾウはよしよしと頭を撫でた。まるで、祖父と孫娘のようだ。周りの者たちはマルガリータをジョウゾウに任せて、二人きりにした。
ロクショウは疲れたように木にもたれた。イッキはロクショウに聞く前に、キエを追いかけた。
「何があったのですか」
キエが事情を話した。「王女様は国王夫妻の残した品を取りに行ったらしい。フユーンストーンの欠片をな。取りに行ったのはいいが、間に合わず、二体のメダトロと懸命に逃げたが、危うく波に飲まれそうになった。そこを」
キエはロクショウを見下ろした。
「そこを、同じ名前のロクショウがメダフォースで助けたのだ。波に飲まれる瞬間、背中からとんでもなく大きな輝く羽根がばさりと広がり、迫りよる波を吹っ飛ばしたのだ。短い時間だが、姫とメダトロが逃げるときをほんのちょっと作れた。そして、私は姫のロクショウと姫を。プース・カフェはロクショウを抱えて飛んだ。はは! 奴め、慌てすぎて飛べるのも忘れていおったとはな。しかし、メダフォースを使った後、ロクショウは一言も喋らん。まあ、ともかく。みんな無事で良かった」
キエは話し終えたら、家族と合流すると言った。どうやら、トトラと母も無事だ。イッキはロクショウがもたれかける木に戻る。トモエと光太郎もいた。
「ロクショウ、どうした?」
イッキに呼ばれても、ロクショウはぴくりとも反応しない。心にここにあらず。上の空だ。
「私たちも何度かよびかけましたが、反応しなくて。イッキが呼んでも応えないとは」とトモエ。
物見の報告により、波は宮殿より上の位置で止まったようだ。
安心はできないが、この山にさえいれば、津波に飲まれる心配は無さそうだ。ホッとして、イッキはようやく腰を下ろした。
「なあ、みんな」
今まで無言だったロクショウが口を開いた。
「私は思い出した」
「何を?」
イッキが聞く。ロクショウは微かに首を振るう。
「今は駄目だ。今は。私も混乱して、自分でこの記憶が本当かどうか分からなくなっている。だから、私の頭が整理するまで待ってほしい」
「お前が待ってくれたんだ。僕は待つよ」
段々と眠気と疲れがたまり、イッキは眠ることにした。着の身着のままで、持ち出せた物はメダロッチと本来の服しかない。今夜は枕やベッドもない。枯葉と草を払い、ズボンを枕代わりにした。他の人たちも集まる。トトラとキエにその母もいた。
「数か所ごとに集まって、皆で体を寄せ合うんだ。暖を取るんだ。それに、神子であるイッキと一緒に眠れたら加護もありそうだしね」
僕は神子なんて大それた人間ではない。トトラの言葉を否定しようにも、頭が重くて言葉が出ない。イッキは眠気に勝てなかった。イッキは自分の服を一家に分けた。
「困ったときこそお互い様です」
大人と子供も、何十人もの人とメダトロが寄り添い、土や草を枕に就寝した。眠った大半は子供であり、大人は子供たちを見守り、自らの体を枕代わりにする者もいた。メダトロは人の壁となり、少しでも風や危険な生き物から人を守ろうとした。光太郎とトモエもそれに倣い、ロクショウにイッキを託し、自らも壁となり眠った。
翌朝。二六日目。イッキは顔を洗おうとして、ここは宮殿ではなく外であることを思い出した。
眠っている者もいるが、多くの者は起きていた。体が温かいと思いきや、自分の体に服を被せられてた。一家が気を使い、イッキに掛けたのだ。あれだけのことが遭ったにも関わらず、良好な天気だ。
目を擦って目ヤニを取る。ロクショウは後ろの木にもたれたかけたままだ。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
ロクショウは間の抜けた声で挨拶した。
「済まぬ。まだ話す気にはなれぬ」
「うん、分かってる」
「話す気になれぬが、体は動かすぞ。コーダイン王国は人手が要る。それに、その方が細かいことを気にしなくていい」
ロクショウは関わられたくないと立ち上がった。二人も遅れて起きた。ともかく、今はロクショウの整理が着くまで待つしかない。
人々に混じって下山する。人々の顔は浮かない。当然だろう。
かつて、村と畑が会ったところは、全て塩気混じりの泥土と化していた。食べ物も住むところもない。人々の心は絶望で覆われた。気丈なキエからも顔色が失われている。
自分の故郷ではないが、この光景は心が痛ましい。行動する気力が起きない。ママが震災の光景を見たときの気持ちも、こんな感じだったのだろうか。宮殿の使いの者が来て、お触れを出した。
「マルガリータ王女様が皆にお伝えしたいことがある。集まれ、皆の衆よ」
縋るように宮殿の建つ丘の上まで人々は集う。汚れたが、幸い、宮殿は倒壊を免れた。想像以上に頑丈な造りであり、宮殿は一部が壊れる程度で済んだ。マルガリータが台に立ち、群衆を見渡す。昨日のか弱き少女は、王女の勤めを思い出した小さくも逞しい者になっていた。マルガリータは口を開いた。
「みな、よく聞け。第一の災厄が海よりきたり、我らの地を襲い、家と畑を攫った。だが、見給え、我らは生きている。我らは人間は災厄より逃れられたのだ。天の円盤より遣わされし神子とその家来たちにより、我々は命を救われた。諦めてはいけません。生きている限り、メダトロたちのメダフォースの輝きのごとく、我らにも希望はあります」
マルガリータは一旦口を閉ざし、宮殿を見上げて指した。
「今日このときより、この宮殿があなた方の家となるのです。私、王女マルガリータは家を失った全ての民のため、宮殿を開けます。王国が復活する日まで、私は寝食を皆様と共にします」
絶望に覆われ人々の眼に、僅かに希望の灯が灯った。イッキは初めて、マルガリータを凄いと思った。こんな大勢の前を人々にして、臆することなく堂々と演説できるとは。これが、指導者。皆をまとめる立場に就いた人の成せる業か。
王女と国王夫妻に神子たちの名を叫ぶ中、イッキはそっと光太郎とトモエに尋ねた。いつの間にかロクショウもいる。
「残すところ、後三日か四日だけど、手伝える限りは手伝おうか」
二人は喜んでと応じた。ロクショウだけ無言である。
イッキは槍を投げた。鹿の足に傷を負わせた。鹿の四肢が膨らみ、駆け出す瞬間、鹿の胴体に槍が刺さる。続いて、六本もの槍が刺さる。獲物を仕留められたが、イッキの投げた槍は上手くいなかった。
怒られるか。身構えた時、キエはよくやったと肩を叩いた。
「よく投げた。惜しかったが、上出来だ」
イッキは顔を輝かせて「ありがとうございます」と言った。
「自分で仕留められなかったですけど、普通に狩りを行えるようになれて嬉しいです」
「そうか。では、明日からお別れだな、イッキよ」
キエはあれ以来、イッキを神子ではなく呼び捨てるようになった。それが彼なりのイッキに対する尊敬であった。他の者たちはイッキとは呼ばず、相変わらず神子と呼ぶが尊敬の念を込められていた。津波の日以来、イッキは災厄を祓った神子として認められたのだ。
本当は光太郎の活躍なのだが、コーダイン王国の人々はそうは思わなかった。光太郎に悪い気もしたが、当の本人はこれで良いのだという。ここに滞在するのも残すところ二日になるので、もう神子として通そうという気になった。帰還を伸ばすことも考えたがロクショウは止めとけと言う。
「ぐずぐずしていたら、決心が鈍る。コーダイン王国の方達には申し訳ないが区切りは付けねばならん。それに、我々はここの時代の者たちではない。その時代の問題はその時代にいる者たちが当たらねばならん」
いつになく、厳しく冷たい口調。三人でいくら問い質しても、ロクショウは頑として口を割らなかった。
「明日。もしくは、帰る日までには必ずだ」
説得を諦めた。だが、さっきの言葉は自らにも言い聞かせているように聞こえた。
二八日目。帰還の儀式のためには身を浄めなければいけない。外界との接触を絶つ必要があり、マルガリータとも会えない。外界の服は捨て、綺麗に洗われた元の服を着た。イッキは丸一日、水と植物以外の摂取は許されなかった。津波の影響は植物にも影響し、近隣の山は塩害の被害を受けていた。それでも、恩ある神子に食べさせたいという想いから、お皿の半分が埋まるぐらいの食事が載せられた。
イッキはありがたく、一個一個大事に噛み締めた。マルガリータ達は宮殿に居ない。ロクショウたっての願いで、今日だけはマルガリータといたいと望んだ。
そのロクショウは今しがた、マルガリータたちと共に最後のメダフォースの修行に取り掛かっていた。メダフォースにより発する羽根は大きく伸び、ロクショウの体を遥かに上回る巨大な羽根がぱあっと広がった。
「綺麗ね」
マルガリータがうっとりと呟く。修行は終わった。津波が来なければ、後は遊びだが、現状ではそうもゆかない。しばし休憩したのち、マルガリータたちとロクショウはコーダイン王国の宮殿を目指した。
「ねえ、ロクショウ。どうして、私の顔をじろじろ見ていたの?」
「明日には別れるからな。だから、最後に見納めに、ここで親しくなった者たちの顔をよく見ておこうと思ったのだ」
そう、とマルガリータは納得した。宮殿に着き、ロクショウはマルガリータと別れた。
「お別れは明日だが、さらばだマルガリータ」
「うん、さよなら。でも、明日もう一回、さよならを言わせて」
ロクショウはロクショウとプース・カフェにも別れを告げた。
「そして、さらばだ。プース・カフェにロクショウよ。互いに同名を呼び合うのも最後だな」
こちらこそとプース。向こうでも元気でやるのだぞとロクショウ。別れを済ましたロクショウは、イッキのいる宮殿の近くに建てられた粗末な小屋に入った。儀式までの間、神子は極力外界との接触を絶たなければならない。ロクショウが戻ってイッキは目を見開いた。
「マルガリータと一緒にいないのか?」
「いや、もういいのだ。これ以上いたら、今度は私の決心が鈍る。ぐずぐずしていたが、全てを話そうイッキ。光太郎とトモエも呼んでからな」
二人は特別、いつもどおり仕事をするのが許可されていた。二人は作業の手を止めて、イッキの居る小屋に集まった。
「よくぞ来てくれた。少し長くなるが聞いてくれ」
やがて、ロクショウは語り始めた。長い長い、少女と二体のメダトロにまつわる物語。
*——————————————————*
昔々、あるところにお姫様と二体のメダトロ。今でいうメダロットと呼ばれる者たちが暮らしていました。
お姫様は二体のメダトロを愛し、二体のメダトロも同様に姫様を愛した。もっとも、ロクショウという名前のメダトロは姫を親友として愛したのに対し、プース・カフェというメダトロは姫を一人の女として愛していた。
この三人はコーダイン王国という、人とメダトロが共存する国で平和な毎日を過ごしました。
しかし、ある日、災厄がやってくることを知りました。そこで、ジョウゾウ大神官という方が、自分たちに知恵とメダトロを授けた者たちが残した物の一つである希望の石・フユーンストーンにメダフォースを当てて、天の円盤より遣わされし者たちを呼び寄せた。
天の円盤から来た者たちは四人。彼らは力を合わせて、海からの災厄を払い除けました。
人々は神子を歓迎し、神子も人々から認められたことを誇りに思いました。姫様は感謝と友情の証に、神子と家来に大切な宝石の一つを分け与えました。神子は人々に次なる災厄に注意するようきつく言い残すと、元いた世界に帰って行った。
一年経ち、コーダイン王国を長いこと留守にしていた国王夫妻が帰還しました。国王夫妻は将来弥生人と呼ばれる者たちの他にも、鉄や青銅器と呼ばれる新しい技術を持って国に帰り、国に更なる発展をもたらしました。
何年もの歳月が過ぎ、姫様は見るも美しい女性へと変貌しました。芋虫が
姫様は他国で一番男らしいと認められた方と結ばれました。姫もそのお方ならばと喜びました。ロクショウは姫が新たな幸せを手に入れたことに喜びましたが、プース・カフェは悲しみました。叶わないと分かっているのに、姫を奪われた気持ちになりました。それでも、プース・カフェの姫への愛はロクショウ同様、変わりませんでした。ロクショウと共に、今度は姫の家族も守ろうと誓いを立て、姫と家族を守りました。
コーダイン王国は益々栄え、稲という美味しい食べ物も入りました。
しかし、平和は長く続きませんでした。人々は神子、というよりかは、天の円盤の者たちが残した言葉を大半の者が忘れていました。
コーダイン王国はフユーンストーンを洞窟を定められた場所から持ち出し、あろうことか国の中央に設置したのです。姫と一部の者たちは反対しましたが、王は聞き入れられません。更に悲しいことに、メダトロたちは交流の道具として扱われ、多くは遠くへ連れて行かれました。この頃から、偉大なる文明を持つコーダイン王国の繁栄に陰りが差しました。
天の円盤から遣わされし者たちの贈り物を無下にした罰か。異常気象がコーダインを襲いました。大勢の人々が飢えと寒さに苦しみ、死にました。
女王となった姫はすっかりお婆さんになっていました。彼女は孫と子供たちに支えられて、何とか凌ぎました。数年の最悪の時を耐えて、コーダインは繁栄を維持しました。そして、コーダイン王国滅亡の日が来ました。
王国の地の下から怪物が這い出たのか。とてつもなく大きな天を揺さぶらんばかりの地震が起きて、地面が砕けました。繁栄の一途を辿っていたコーダイン王国はこうして、一昼夜にして滅びました。数え切れない人々が地に埋もれ、全てのメダトロに、フユーンストーンも地中深く埋もれました。
生き残った人々は他の地に行き、新しい生活を手に入れました。
ここからは、どの歴史でも物語られなかった物語。
だがしかし、元女王様は受け入れられませんでした。女王様は息子と孫たちに捨てられたのです。残ったのは二体のメダトロだけ。女王は悲しみをこらえ、当て所なく彷徨いました。それから、何か月と経たないうちに孫の一人が来ました。罪悪感に駆られたのです。しかし、その頃にはもう、歳老いた姫様はとても弱っていました。それでも、最期を家族に看取られて、満足だと言いました。
姫様は二体のメダトロに告げました。
ロクショウ、プース・カフェ。私が亡くなっても、ずっと悲しまないで。新しく、小さな子と出会い、その子と共に生きて。
姫様の眼から、ふっと命の灯が消えました。二人はこのときほど、人間であればよかったと思いました。人間であれば、悲しみを涙として流せるから。二人は姫様の子孫たちとは暮らしませんでした。戻って来たにしろ、自分たちの愛する人をここまで放っておいた者たちを許せなかったのです。
当てもなく、野を越え山を越えました。やがて、生きていることに疲れてきました。二人はお姫様が好きだった花畑とよく似た花が咲き誇るところを見て、眠りに就こうと決めました。
プース・カフェが倒れ、続いて、ロクショウが倒れました。
ロクショウは覆いかぶさるようにプース・カフェに倒れました。これが、運命の分かれ道でした。メダトロの体は何年もメダルを抜けば、いずれ風化してしまう。ロクショウはとても速い段階でメダルが抜け落ち、地に埋もれました。プース・カフェのメダルはロクショウの体が邪魔で、すぐには土に埋もれませんでした。
それから、長い歳月を越えて、ロクショウより遅れて埋もれたプース・カフェは掘り起こされましたが、プース・カフェは悪意に満ちた喜びに迎えられて、命を一度奪われ、蘇りました。しかし、プース・カフェは記憶失いました。自分がかつて、人間を愛し、人間の女を愛した優しいメダトロは無慈悲な悪魔に成り下がりました。
一方、ロクショウは長い眠りで記憶を殆ど忘れていました。ロクショウであるメダルも掘り起こされましたが、こちらのほうは真の喜びを持って迎えられました。そして、約束こそ忘れたが、ロクショウはかつて自分が愛した人間の約束通り、一人の少年と共に手を取り合い、幸せな毎日を過ごしました。
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どう言い表したらいいのだろう。光太郎とトモエも驚愕の事実に言葉を失った。ロクショウが語ったことは真実だ。ただ、頭がそこまで追いつくのに時間を要した。
やっと、イッキは生唾を飲みこんで重い口をこじ開けた。
「じゃ、じゃあ。あのゴッドエンペラーは……プース・カフェ!?」
「正確にはプース・カフェの一部だ」
信じられない。短い付き合いだが、プース・カフェはとても気の利く良い奴だとわかった。そのプース・カフェが現代では、ロボロボ団の兵器に成り下がったいた。プース・カフェ「自由な空」とはよくいったものだ。彼の現状を思えば、皮肉にすら聞こえる。
ロクショウは俯き、顔を見せないように花園事件の時を語った。
「おかしいと思ったのだ。マイキーに対して失礼だが、あの日ベルゼルガのパーツを身に付けていた奴にとって、マイキーの攻撃なぞ屁でも無かったはず。なのに、奴は凄まじく動揺していた」
「覚えていたのではないですか」
トモエが言う。
「確信ではありません。ですが、0021と呼ばれた彼の面積が一番大きいのですよね? その分、以前の人格と記憶も極一部残っていると。自分がマイキーやヤナギと呼ばれる方のように、命懸けで人間を守っていたことを多分、ほんの少し覚えていたのではないでしょうか。今の彼の現状と比べたら、あまりにもそぐわない行動を一瞬思いだし、それで、あなたが以前口にしていた心の疼きとなり、苦しんだのかもしれません。仮定ですが」
「トモエの言うことは概ね合っていると思う」ロクショウは肯定した。
「そんなことより!」
イッキは思わず声を高くしてしまった。光太郎に注意され、慌てて小屋の外の様子を窺う。叫び声で何人かが足を止めてしまったようだ。数分以内には、立ち去ってくれた。声を低くした。
「そんなことより、じゃあ、僕らはプース・カフェと戦うこと。いや、それよりも、ここの人たちを救えないの」
「そうやな。記録が正しければ」
一斉、光太郎を見やる。
「知っていたの?」
「ああ、そうや。責めないでくれ。それに、わしも詳しくまでは知らんのや。前の主人が歴史も好きやったのやが、コーダイン王国についても調べていた。だけど、空振りに終わった。現存する資料が少なすぎたんや。数少ない資料で分かったのは、文明が異常に進んでいたこと。大きな揺れがあって、その揺れで国は滅んだと思われる。この二点ぐらい」
「なんで今まで言わなかった?」
イッキはやや棘のある言い方をした。
「確信してなかったから。もうひとつは、余計なことを言って、皆の目的を本来のものから逸らさせたくなかったからや。まさか、ロクショウがこのような秘密というか。こんなどえらい事実を暴露するとは思いも寄らなかったけど。ロクショウも話したし、自分が隠していてもしょうがないと思って、この場で話した」
いくら言われても、イッキは納得できなかった。自分のメダロットが友達同士で戦うことも、コーダイン王国が歴史から消えてしまうことも。
「じゃ、じゃあさ。全部話しちゃうのは」
「話してどうする。この時代にプース・カフェを殺せば済むのか。マルガリータと不和を生じさせたいのか」
ロクショウに厳しく返されて、イッキは黙った。そうだ、話したところでなんになる。君のプース・カフェは将来、殺戮兵器になっているよと教えてなんになる。
「でも、でも。地震が来ることは話せるだろう」
「ああ、そうだ。だが、私の完全ではない記憶を辿れば、無駄であった。当時の神子。つまりイッキだな。イッキと我らが真実を隠しつつ、上手く地震が来ることを伝えても、発展した文明に古い文明の予言なぞは聞き入れられなかった」
「甲骨文字でもいいから、残すことは」
「思い上がるなよ、イッキ。全部救おうなどと、いつからそこまでの力を有していると思った。我らのすることはたったひとつ、未来に帰って奴らを止める。それだけだ。この時代とは関わり無い」
光太郎が間に入った。
「それはそうやけど、あんさん、目の前で生きた主人が亡くなると知ってて手を拒むのか」
ロクショウは反論は拒むように、小屋から出て行った。
二八日目の夜、ロクショウは戻らなかった。「戻ってくるよね」
「ええ、きっと。彼も混乱しているのでしょう。明日には戻ってくるはずです。ただ……。こんなことを言うのは申し訳ないですが、彼がマルガリータの下に残ると言ったらどうされます?」
「そのときは」
イッキは口をつぐんだ。口にするのを拒んだ。口が糸で縫われたようだ。えいと、手をチョキにして、糸を切った。
「そうなったら、見送るよ。本人が僕じゃなくてマルガリータと暮らしたいのなら、それでいい」
「そしたら、ゴッドエンペラーに勝てる望みは薄やで」
「だったら、とんずらこくよ。アリカとの取材で足には自信があるし、せいぜい掻き回してやるさ」
二九日目。最終滞在日。光太郎とトモエは外で太陽光によるエネルギー補給プラスメダフォースによるエネルギー分配を受けた。イッキはといえば、退屈で死にそうであり、眠るか。たまにこっそりとしか外に出られない。
刻々と退屈に時が過ぎていく。拷問のような待ち時間のせいで、不安に駆られた。本当に帰れるのか。そもそも、未来のフユーン要塞はまだ空を飛んでいるのか。戻った途端、炎上したフユーンの真っただ中にいたらどうしよう。
小屋の隙間から日が差し、赤く染まり、星空が見え始めた。新月なので月は見えない。太陽が顔を出す前の時間に来ると言っていたので、一眠りした。イッキはもう、考えるのを止めていた。あと、どのくらい待つのかな。浅くなった眠りでふと、物を考えたとき、ようやく声をかけられた。
「時間です。これから、神子様と家来の方二名をフユーンストーンにご案内します」
二名とは、ロクショウは来ないか。
イッキは光太郎とトモエを後に従え、二人の松明を持つ男に案内された。心が重い。大事な場面に当たって、最も必要としていた者がいないとは。別れるのは辛いが、悪口は言わない。せめて、幸せを願おうとしたが、つい馬鹿野郎と洩れてしまった。
「さあ、着きました」
男は二人とは洞窟の外で別れた。要所で松明を持った者たちが足元を照らしてくれた。
「お待ちしておりました。では、フユーンストーンに触れてください」
ジョウゾウ大神官に促され、三人はフユーンストーンに触れた。フユーンストーン仄かに温かい。三体のメダトロがメダフォースを溜めて、ジョウゾウら神職の者たちはぶつぶつと祈祷を唱えた。
いよいよ、帰還の儀式終了間際、待ったと声をかけられた。突然の乱入者が儀式に割り込んだ。
「待った、もう一人いるぞ」
白いボディに二本の紫がかった角。これが自分のヘッドシザースでなければ、誰のヘッドシザースだ。
「ロクショウ! 来てくれたのか」
イッキはフユーンストーンから手を離し、ロクショウに駆け寄る。一足遅れて、光太郎とトモエも行く。
「どうしたんだ? ここに残らないのか」
「いいや、私はイッキと共に行く」
「これはこれは一体」
ジョウゾウは儀式を中断されて、大変ご立腹だ。
「済まない、ジョウゾウ殿。更に言えた義理ではないが、ほんの少し、話す時間をくれ。すぐに済む」
ぶふをと鼻息を荒げ、ジョウゾウはちょっとだけですぞと自らも含めて人払いした。四人は声を潜めた。
「よくきましたね」トモエの声は満足気だ。
「ああ。全くお笑い話だよ。感傷に浸り、私は自分を見失っていた。マルガリータに共に暮らそうかと言ったら、マルガリータに叱られたよ。ふざけないでと。あなたはイッキのロクショウでしょ。私のロクショウじゃない。あなたには帰るべきところがある。帰って、イッキやお友達二人と一緒に手を取り合わなければならない、とな」
「その、話さなかったの」
「話した。ただし、地震についてだけな。そして、私がマルガリータとロクショウ、プース・カフェを慕っていることもな」
ロクショウはどんな想いだったのだろう。元の主人から私のメダロットではないと言われ、真実をまともに話すことも許されないなんて、こんなことがあっていいのか。下手な慰めはかけられない。だが、これだけは言える。
「来てくれて嬉しいよ」
ロクショウとイッキは視線を合わせた。
「どうやら、一番ぐずぐずしていたのは私だったようだな。光太郎とトモエにも、要らぬ心配をかけさせた」
「そっくりそのままお返しするよ。気に病むなって」
「イッキ、私はマルガリータのロクショウだ。同時にイッキのロクショウでもある。マルガリータには、二人もロクショウは要らない」
ロクショウは面を下げ、気持ちを出さないよう強がっていた。走り終えても、右手だけは離さず、きつく握りこぶしを作ってた。
「その手はどうしたの?」
「これは、贈り物だ。マルガリータからイッキへの、国を救ってくれた者への感謝と友情の印にとくれた。ご両親が残したフユーンストーンの欠片だ。お前に託すぞ」
「お前が身に付けていたほうがいいんじゃないのか」
「それはできない。メダロットが身に付けていたら、良からぬことが起きるらしいから、人間であるイッキが身に付けるべきだ。いざというときには想いを込めて、メダトロに投げるのが正しい使い道のようだ」
イッキはありがたく、マルガリータからの贈り物を授かった。イッキの手の平で銀のフユーンの欠片は輝きを発していた。一先ず、お守りはポケットに閉まう。ジョウゾウが現れて、儀式の再開を告げた。
「これ以上は待てませぬ。帰るのが先。最悪、帰れなくなってしまうかもしれませんぞ。天の円盤の与えた力は気紛れで、常に同じ時代に帰れるとは限りません。次の機会に帰れるとか甘い考えは通じません」
ロクショウも加わって、儀式を再開した。姫は来ない。儀式に入れるのは神職の者だけで、王族だろうとやすやすと加われない。
フユーンストーンに手を宛てながら、何とか聞き取れる声量で話す。
「私は忘れていた。マルガリータとの大切な約束を、自らの名前すら忘れていた。私は愚か者だ。だが、そんな私でも、やらなけらばならん。全てを忘却の彼方に置いた、かつては友であった者の過ち止めなければ」
そうだ。止めるんだ。ロボロボ団に、かつてはプース・カフェという一人のメダロットも。殺されて全て失い、愛情と尊敬の念を忘れ、人間と他のメダロットに激しい憎悪を抱く復讐の鬼と化した兵器に更なる過ちを犯させてならない。マルガリータが現在を知ったら、深く嘆き悲しむ姿が思い浮かんだ。強く止めなければいけない気持ちは光太郎とトモエも共感した。
「さあ、天より遣わされし者らよ。超時空を超えて、元の時代に帰りたまえ」
四人は柔らかい、靄のような優しい光に包まれた。消えゆく直前、マルガリータとロクショウにプース・カフェが見えた。勝手に入ったのだ。
「みんなありがとう!」
さようなら。ロクショウは別れの言葉を口ずさんだ。聞こえたかどうか疑わしい。フユーンストーンは一段と輝きを増す。マルガリータは目を閉じた。
目が開けられる光になると、マルガリータはフユーンストーンを窺う。神聖な石に触れていたイッキたちは忽然と消えていた。マルガリタータは微かに涙と笑みを見せて、二度と会うことがない友人たちに別れを告げた。
「さようなら。ロクショウ、イッキ、トモエ、光太郎。楽しかったよ」
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見張りについていたメダロットは、フユーンストーンが突如輝き始めて驚いた。ただちに監視モニターからコクピットへと映像が流れた。
「なんだこれは!? 怪盗レトルトの細工か」
光源が強く、監視モニターの映像が一瞬、途切れた。
空中要塞フユーンを占拠し、ヘベレケ博士を捕えた彼らは唖然とした。ヘベレケもだ。モニターが音声を拾う。
「今、何月何日の何時?」
「えっ? いい一月一日のご、六時五分だ」
おったまげた見張りは困惑したように、素直に時間を教えた。ありがとうと言って、メダロッチをぽちぽちと押した。
「生きて……いたのか」
フユーンストーンを安置する広間には、消滅したはずの少年一名とメダロット三機が無傷で立っていた。
ヘベレケとメダロットたち。フユーン内で反乱メダロットから逃れて様子を窺う二組は、理解と想像の範疇を越えた出来事に衝撃を隠せなかった。。ロクショウが監視モニターを挑戦的に指す。
「今ゆくぞ、ヘベレケよ。ロボロボ団よ。そして、お前ら。決着をつけよう」