メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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33.遥かなる世界へ

 全身が燃えるような熱で覆われた瞬間、イッキたちの意識は彼方へと飛んだ。

 イッキ、光太郎、トモエ。皆、朽ち果てたか。勝てると思えたが、実力に差がありすぎたか。ふふ、玩具と兵器では、どう足掻いても玩具が勝てる道理は見当たらぬな。それにしても、死とはこんな間隔なのか。暗闇しかなく、考えることしかできない。これでは、土に居た頃と全くおなじだな。あの世があるのか無いのかは分かっておらぬが、できることなら早く眠りにつきたいものだ。

 ロクショウの眠りを邪魔したいのか、大丈夫と声をかけられた。

 大丈夫? 怪我をしてるけど、痛くない? あなた、動けないの? 待ってて、すぐに人を呼んでくるから。

 空耳かと思ったが、明らかに、はっきりと誰かが自分を呼びかけている。ロクショウはそこで、自分のアイカメラ機能が一時停止しているのだと悟った。体が動かない。メダフォースの衝撃は眼以外にも、体全体の機能が麻痺を起こすか、壊れたりしていた。動けないのはその為だ。太陽の光も感じる。

 また、呼びかける。声の正体は、幼い少女に聞こえた。

 ご近所の萩野香織ちゃん? まさか、有り得ない。あの子はフユーンに搭乗していない。どういうことだろう。少女の声は無性に懐かしさと悲しみに似たものを思い起こさせた。

 待ってて。爺やと大人を呼んでくるから。それまで、その子の傍にいてちょうだい。ロクショウ、プース・カフェ。

 ロクショウだと!? ロクショウは私だぞ。日本語がおかしいのは小さいのでいた仕方ないとして、どうして、私の名前を知っているのだ。プース・カフェとやらも気になる? やはり、自分が知っている子であろうか。ぴくと左腕を動かせた。指先が触れている物は、土と植物と認識した。フユーンの庭園かと考えたが、フユーンのガラスは紫外線カットの造り。こんな、熱い太陽光は感じられない。

 ということは、ここは外。よく分からないが、考えられることは一つ。自分達は助かったのだ。

 何が起きているか全く把握してないが、恐らく、自分が気絶している間にフユーン内部で動きがあり、ロボロボ団もゴッドエンペラーも捕えられ、事件は無事解決。それならば、地面に置かれているのは何故ということになるが、理由は後で尋ねればよい。あれほど強力で凶悪なメダフォースを食らって生きていたのなら、三人もきっと生きているはず。

 ロクショウという名称も、たまたま被っただけだろう。同姓同名までは測りかねるが、ロクショウという名の女でも別に構わない。

 安堵よりも、悔しい気持ちが優った。力に溺れた人間たちと同様の末路を辿った者たちにあっけなく負けてしまうとは、我ながら不甲斐ない。

 誰かに担がれた。人間だ。少女が呼びかける。

 あなた、起きてるの。駄目よ。ちゃんと、眠らなきゃ駄目。分かった。

 声を出せない代わりに、何とか左腕の親指を曲げれた。了解の合図と受け取ったのか、少女はお休みと言った。ロクショウは自ら、体の機能を停止させた。

 もう終わったのだ。これ以上、何を思考しても徒労だ。奴らと再戦できないのは心残りだが、これはこれと妥協して、引くしかない。大変な目に遭ったのだ。すぐに普通の生活には戻るのは難しいだろうが、ともかく終わった。目が覚めて、少し経てば、いつもの日常が待っている。

 

 

 

 体の感覚が回復してくる。折り曲げることすら困難だった指が、容易く曲げられる。カメラアイを機動する。気のせいか、潮風を感じた。

 家か。メダロット治療室か。しかし、そのどちらでもなかった。目が覚めた瞬間、歓呼の嵐を持って迎えられた。

 

「お目覚めじゃ。新月の夜の輝きを受けたフユーンストーンから伝わり、天の円盤から未来より遣わされし神子(みこ)のお供三人が目覚められたぞ」

 

 両隣を見たら、光太郎とトモエがいる。二人も目覚めたばかりらしく、混乱した様子で自分達に平伏する数人を見渡した。彼ら三人は石の台にいた。

 建物も変わっている。床も円柱も天井も全て、白い石造りでできている。一見したら、ヨーロッパの古代宮殿遺跡かと思われるが、居る人間たちは一番親しい言語、日本語を喋っているので、ここは日本だと思う。後ろには女性を模した像が立つ。そして、人間に混じり、奇っ怪な出で立ちの者達もいた。

 鉄か何らかの鉱物を適当な生き物の形に削り、細かい部分は木彫りの細工や絵の具で誤魔化した、一見したら、ただの不気味な案山子にしか見えない連中が徘徊していた。クワガタムシっぽいのもいれば、カブトムシに見えないこともない者もいた。

 人間も人間で、非常に古風というよりかは、縄文と呼ばれる時代の人間の格好をしていた。頭髪の左右を瓢箪の形に結った白髪の老人が、同じ髪型だが、黒髪豊かな逞しい若者に支えられて三人に歩み寄った。白い眉毛が長く、目が見えない。

 

「お目覚めになられたか、天の円盤から未来より遣わされし神子のご家来集よ。(わたくし)めは大神官のジョウゾウと申す。以後、お見知りおきを」

 

 三人は訳の分からぬまま、はあと頷く他なかった。それよりも、さっきフユーンストーンという単語が聞こえた。ということは、まさか、彼らはロボロボ団で、このふざけた古代時代のセットやお芝居も、ロボロボ団の新たな手口の一つか。

 疑り深い眼差しで見回し、ロクショウは前の老人を問い質そうとしたが、ある少女の姿を見て、叫ぶのを止めた。

 右にクワガタムシの案山子、左に鳥の案山子を従えた幼い女の子が来た。ワンピース風の肩がはだけた緑のドレスを着て、髪は青く、目も青いその子は、静かな足取りで三人に近寄った。幼いが、少女には気品が感じられた。周囲の黒目黒髪と明らかに違う少女を前に、周囲の人間は敬うようにその子に道を譲った。大神官と名乗るジョウゾウが少女の正体を明かした。

 

「このお方は、我らの王女マルガリータ様」

「天の円盤から未来より遣わされし神子のお供よ。あなた方は来るべき災厄を払い除ける為、こうして時を越えて参りました。だが、あなた方の主人はどうやら悪魔の手にかかり、悪夢にうなされている。もしも、あなた方が本当に災厄を払い除ける為に来たというのならば、手を取り合い、自らに課せられた試練を取り除くことが来るべき災厄を取り除く第一歩なのかもしれない。さあ、こちらへ」

 

 本当に意味がわからない。この少女や老人を何を言っているのだ。溢れる疑問を抑え、ロクショウ光太郎アリエルは、苦しんでいる寝ているというイッキの下へ案内された。

 宮殿の祭壇を抜けてすぐ、角を曲がった所にある広い部屋、扉の代わりに布がかけられた部屋に入ると、イッキは毛皮の毛布をかけられて、木製ベッドの上で横たわっていた。濃いひげ面の男性が介抱していた。イッキは苦悶の表情で、ううんとうなされていた。ぽつりと、ママ、パパ、ロクショウなど、家族やメダロットたちの名前を口にしていた。汗でぐっしょりと頭髪と服が濡れている。男性は土器に布を浸しては、イッキの汗で濡れた顔や脇を拭っていた。

 

「丸一日、ああいう状態です」

 

 ジョウゾウが暗い面持ちで語る。

 

「ここに来る際、相当怖い目に遭われたのでしょうな。恐らく、わしの予想では、悪意を持ったメダフォースで半ば強制的に送られた。だから、あなた方はフユーンストーンより離れた位置に登場したのでしょうな」

 

 大神官は打って変わって、やや砕けた調子に変わった。詳しいことは分からないが、三人は最初に自分達がするべき行動を理解した。ロクショウがイッキの手を握った。

 

「起きるのだ、イッキ。真の窮地は去ってないが、今しばらくは大丈夫そうだぞ。いつまでも目を閉じるな」

 

 ロクショウに続き、光太郎やトモエも口々に声をかけた。

 

「起きるんや、イッキやん。一時的にかもしれんが、あんなごっつい連中はおらへんで」

「起きてください。ご両親はいませんが、私たちがいます。大丈夫、あなたの悪夢は私たちも怖いですが、きっと立ち向かえれます」

「起きろ、イッキ! お前の心と体は死んでおらんぞ。まだ、終わってない。校長先生やコウジ、何よりあの者共ともロボトルの決着は付いてない。起きろ」

 

 三人は必死に呼びかけ、ロクショウはイッキの手を握り続けた。

 

「……目を覚ましてくれ……」

 

 三人は何度も何度も起きろとイッキに呼びかけた。その間、介抱の男性も布でイッキの汗を拭い、王女マルガリータと案山子二体、大神官ジョウゾウは立って見守った。二十分程度だろうか、目覚めるのは先になる、これ以上声をかけるのは無駄かと思われた時、イッキが手を握るロクショウの方に僅かに首を向けた。

 

「……クショウ?」

「ああ、そうだ。私だ。私だけではない、光太郎とトモエも健在だ」

「あの世?」

「違う。あの世ではない。事を話すには時間を要する。一つ確かなのは、ゴッドエンペラーやロボロボ団はいない」

 

 それを聞いて、イッキは安心したらしく。目を瞑った。今度は苦悶の表情ではなく、安堵した寝顔だ。ふぅと、一安心して腕で自らの汗を払った男性に、トモエはありがとうございますと礼を述べた。男性は不慣れな感じに、敬語で喋った。

 

「気にしないでください。私にも、ちょうどこれぐらいの子がいます。我が子ではなくても、こんなに苦しんでいる子など放っておけません」

「峠を越えた。しばらくすれば、再び目を覚まそう。あなた方はどうやら戸惑っておられるようだが、巫女はそれ以上でしょう。神子が目覚める前に、わしはまずあなた方三名に詳しい経緯を話す。そして、あなた方の口から神子へとお伝えくださりませんか。私としては、その方が宜しいと思えます」

 

 ジョウゾウの言いたいことはつまり、この子に見知らぬ自分達が語っても、こんなにも苦しんだ状態で来た子を混乱させ、余計に苦しめだけかもしれない。であるから、親しい自分達の口から説明してくれと頼んでいるのだと分かった。三人としても、その案は有り難かった。というのも、自分達もさっぱり状況が呑み込めてないからだ。

 分かるのは、ここはフユーン要塞ではなく地上。この人間達は敵ではない。そして、自分達は何やら、とんでもなく偉い者たちだと勘違いされているようだ。

 部屋で出て、右を曲がり、そのまま真っ直ぐ進み、宮殿の奥にある大神官の部屋のある所に連れられた。大神官の部屋はイッキの部屋並に広く、十数人が余裕に大の字で寝っ転がれそうだ。行く途中、マルガリータ王女と別れた。ロクショウは妙に少女の存在が気にかかったが、まずはジョウゾウ大神官の話を伺うことにした。

 事情や状況を教えて貰えるのは大変ありがたいが、大神官の話し方はそれこそ、この時代風の時代劇かかった話し方で、おまけに話し相手がいる事自体が喜んで、余計な事まで話してくれたのでイッキが目覚める時まで悪い意味で退屈しなかった。

 ロクショウは大体理解しえたが、想像の範疇を遥かに超えていた。要点をまとめれば以下になる。

 第一に、ロクショウたちがいるのは四千年も前の世界。第二に、自分達は新たな年の新月。現代で言う一月一日の夜に来て、トモエと光太郎はすぐに発見され、遅れてイッキ、最後にロクショウがマルガリータ王女が度々足を伸ばす花に囲まれた森林の平地付近にて、王女に発見された。

 容態もそうだが、最近は凶暴な熊が山から降りてくることもあるそうなので、発見が遅れたら、今頃熊の胃袋にいただろうと茶化された。

 発見したとき、天からの遣いの者が怪我をしていたので、大層驚いた。そこで、メダトロたちの力を借りた。メダトロたちは太陽など自然の恵みから活力を得る。メダトロたちの力、すなわちメダフォースの力でメタビーたちは壊れた箇所を修復してもらった。修復する際、パーツの破片も全て拾って間近くに置いた状態で修復を行った。

 ここからが肝心であり、彼らはロクショウたちの事を天の円盤より遣わされた者たちだと思っていた。遥か昔、天の円盤が舞い降りて、マルガリータ王女の先祖と邂逅した。先祖は怪我をした彼らを助けた。天より円盤の乗り物に乗って舞い降りた者たちは、助けられたお礼に、マルガリータ王女の先祖にメダトロなる労働力と知恵を与え、地上から去った。縄文時代後期で国という形を取り、一部の文化が異様に発達しているのも天の円盤から来た者たちのお陰。

 二百年も前の出来事で、以来、彼らはメダトロなる不気味な案山子のような外見をした者たちと共に暮らしてきた。大神官ジョウゾウによると、天の者たちは二つの予言を残した。

 

「これより二百年後。一つめの禍が海より来る。更に二百七十年後、大地より二つめの禍が来る。あなた方はその一つ目の災厄を防ぐべく、未来より参られたのです。これが、コーダイン王国より天の円盤から舞い降りた者たちのお言葉です」

 

 天の円盤から来た者とは、まさかUFO。それはあるまいとロクショウと光太郎は否定したが、二つの禍とやらは予測が付く。一つめは津波。二つめは地震だろう。つまり、どこかから来た文明の進んだ者たちが、災害予想を言ったのだろう。驚くことではない。何千年も昔に天体観測をしたり、地球は丸いと気が付いた学者がいるくらいだ。多少、占いめいた一面は否定できないが、地形を細かに観察して、何年も先に起こる自然や地質の変化を予測出来る者がいても不思議ではない。

 では、このメダトロなるメダロットの起源がいる理由は何だと問われたら、答えられそうにない。それはともかく、コーダイン王国と聞いて、ハッと思い出した。以前の主人は他のお年寄りの例にもれず、ゲートボールに盆栽、歴史探索から果てはカードゲームに手を出したり、多才な主人であることと、自分がメダロットであることに感謝した。お陰で、自分の蜻蛉を模した無表情な頭から、気持ちを読み取られる心配もない。

 自分達は一つめの禍である、海より来る災厄を防ぐべく、ここに来たとジョウゾウは何度も聞いたことを最後に言って、話を締めた。

 老人の長話に慣れた金衛門は平気だが、慣れない二人はやや疲れた感じだ。タイミングよく、使いの女性がきた。入りますと言って、イッキが目覚めたことを伝えた。使いの女は是非、ご家来のお三方に来てほしいと言った。

 

「神子様は目覚められて、介抱の者に勧められて水を飲んだ後、気付いたように困惑しておられる様子でした。大人しくしている言うよりは、心ここにあらずと申しましょうか。ともかく、お三方が来てくれたほうが宜しいです」

「感謝しまする、ご老人」

 

 ロクショウは席から立つと、さっさと部屋を出た。

 

「ご老人かあ」ジョウゾウは老人と言われて顔をしかめた。彼が礼を失するのは珍しい。

「いつもはあんな不作法な感じじゃありませんで。けど、彼と同じぐらい、わてと彼女も気持ちが急いております。では、失礼。話してくれておおきに」「ありがとうございます」

 

 ロクショウに代わって礼儀正しく挨拶をしたら、二人も女性の案内を受けずに部屋を出た。イッキの居る部屋に着くと、イッキはぽかんとした表情で、座っていた。ロクショウが、ようと、いつもの感じで声をかけた。イッキはびくりと驚いたようにロクショウたちを見たが、すぐに安堵の表情をみせた。

 

「ロクショウ、光太郎、トモエじゃないか。無事だったのか。じゃあ、さっきのは夢じゃなかったのか」

「当たり前だろ? さもなくば、お前と我ら三人はここにおらん」

 

 そうだよなと微笑んだが、ぎこちない。イッキは自分の状況を掴めてないのだ。確かに、たかが十歳の普通の子供に、神子がどうとか過去にタイムスリップしたのを理解しろとか、彼が大人だとしても、それは無理がある。

 ロクショウは介抱した男に出て行ってくれないかと言った。男は無言で心得たと、新たに水を湛えた土器と布を残して部屋を出た。

 

「ところで、ここはどこなの?」

「イッキ、落ち着いて聞くのだ」

 

 ロクショウだけでは不足だと思い、光太郎とトモエも交えてイッキに事情を説明した。初めこそイッキはそんな馬鹿なと否定した。だが、自分の改まった古めかしい帯付きの白い着物を見て、部屋を見回し、部屋の外を何度も確かめる内に、信じざるをえなくなった。ロボロボ団の悪戯にしても、自分達四人をだますには大掛かり過ぎる。電話一本で、お前の両親を人質に取ったと言われたほうが信んじられるぐらいだ。

 

「じゃあ、もう二度と戻れ……」

「それはないようだ。今でいえば、大体一ヶ月後の新月の日に儀式を行えば、無事に帰還できると聞いた」

 

 トモエの補足を聞いて、イッキはホッとした。そう言われても、イッキは納得しかねていた。イッキだけではなく、三機もだ。そこで、外に控える女の人に頼んで、外へと案内してもらおうとしたが、大神官様の命が無ければ駄目ですと断れた。

 

「なら、その人に伝えてください。宮殿の外を歩いても良いですかと」

 

 それならばと、召使いの女は行った。帰ってきた女は、良いと言われましたと言った。

 

「ただし、長い時間出歩かないでください。特に、ご家来のあなた方は変わられた風体で、皆の目を惹きます。くれぐれも目立った行動は慎んでください」

「分かっています」

 

 イッキはいいと言うが、そうはいかないと女の人も付いて行くことになった。メタビーたちは二度目、イッキは初となる、儀式と会議場を兼ねた大広間に出た。到底、これが日本の文明だとは信じられない。年代から察するに、縄文時代後期、弥生時代前と思われるが、こんな石造りの建築が存在したとは聞いたことがない。

 じろじろ見られるのは立場を考えればいた仕方ないが、自分の腕にあるメダロッチにも注目が注がれていた。

 全体的に吹き抜けの構造なので宮殿外の光景はある程度見えていたが、海岸線が広がっていた。宮殿は高い位置にあり、段々畑の構造で、畑や茅葺屋根の小屋に木材の家は下へ下へと行き、太陽の光を受けて燦々と輝く砂浜がある。畑の間では、メダトロと呼ばれるメダロットの遠い先祖とイッキたち日本人の遠い先祖が働いていた。

 不安や恐れも大きい反面、一人と三機の心には、牧歌的な光景と大いなる自然が調和した物を見て、感動していた。

 

「良い光景だな、マルガリータ」とロクショウは言った。マルガリータの名は、ロクショウの口から自然と出た。

「何故、あなたが王女様の名前を」いぶかしそうにトモエが尋ねた。

 

 ロクショウは首を傾げたが、分からないと答えた。本当になんで、今日会ったばかりの少女の名を口にしたのだ。ただ、ロクショウは、この光景を初めて見るはずなのだが、妙に懐かしく思えた。

 

「本当に良い光景よね」こんにちわ。

 

 背後から少女の声、同時に頭に二人分の声が届いた。一斉に振り返ると、そこには、件のマルガリータがいた。左右にメダトロ二体に女性のお供も連れて。

 

「ああ頭に声が」

「知らないの。メダトロたちは声を出せないけど、頭に直接意思を伝えてくる」

 

 メダフォースでテレパシーを送れるから、王女様の説明を聞いて納得した。イッキの肩ほどの背だが、大人びた雰囲気の少女に、イッキは戸惑いながらも「初めまして」と頭を下げた。王女は興味深そうにメダロッチを一瞥し、イッキに視線を戻した。

 

「いいえ、畏まって頭を下げないで。それよりも、神子様のお名前を聞かせて」

「僕の名前はイッキ。天領イッキです」

「テンリョーイッキね。長いから、イッキと呼んでいいかしら」

「はい、王女様」

 

 マルガリータは眉をひそめた。庶民育ちの自分だが、一応、できる限りの礼儀はしたはず。どうやら、礼を失したから気に食わなかったではないようだ。

 

「ねぇ、神子様。いえ、イッキ。私とあなたの関係はある意味対等。よって、これからは、私のことはただのマルガリータと呼びなさい。さもなければ、私はあなたのことを神子様と呼び続けますよ」

「王女様!」

 

 従者の女は王女の突然の提案に抗議の声を上げた。イッキもどうしようかと迷ったが、この分だと、自分はロクショウたち以外からは神子様としか呼ばれない。一人ぐらい、人間から自分の名前を呼んで貰いたい気持ちもあり、目配せで女性に申し訳ありませんと送った。

 

「分かった、王女様のことをマルガリータって呼ぶよ。その代わり、僕を呼ぶ際は神子じゃなくてイッキと呼んで」

「ありがとう、イッキ」

 

 先ほどまでの威厳を装った態度はどこへやら、少女は初めて相好を崩した。ロクショウがぶしつけにもマルガリータに尋ねた。

 

「王女様。私も、マルガリータと呼んでよろしいか」

 

 マルガリータはロクショウをじっと見つめた。「あなた、この子と同じというロクショウ名前だっけ」王女は幾分、口調があどけなくなっていた。ロクショウはさすがに不味いと思い、礼儀ぶった感じにそうですと答えた。

 

「いいですよ。神子……イッキの家来の人たちも、私を呼び捨てていいよ」

 

 従者はお控えくださいと言ったが、マルガリータは従者の抗議など物ともせず突っぱねた。

 

「いいじゃないの。私と神子の立場は対等なんでしょ? 皆、王女や様付けばっかりするもの。たまには、様付けされずに名前を呼ばれるのはどんなものか知りたいわ。今回だけいいでしょ。ね」

 

 マルガリータの頼み方は王女というよりは、ごく普通の少女が駄々こねている様子だ。従者は、王女様のご命令であればと仕方ないと引き下がった。

 大神官に気を使う訳ではないが、お腹が空いたので、イッキはご飯は食べられないかと聞いた。一旦、王女と別れ、イッキらは元の部屋まで待つよう言われた。十~二十分か。葉っぱで巻かれた串焼きの魚が二尾、ヒエが入った土器、野草が盛られたお皿が運ばれた。今で言うベッドはあるが、さすがに食卓はなかった。地べたに座り、野草や畑の収穫物を素手で掴んで食べた。

 食べ盛りで、丸一日寝て何も摂取していないイッキは、これらの食事を容易く平らげた。水のある土器で手を洗った。

 食事を済ました後、四人はどうするかと相談した。金衛門の推測が正しければ、津波が来るのだろうが、いつ、どう来るか判らない。かといって、一ヶ月の間、遊ぶ呆けるわけにはいかない。

 四人は何をするか既に決めていた。

 

「私はメダフォースの修行をする」

 

 ロクショウは考えた末に出した結論を明かした。果たして、メダフォース量産の為に作られたゴッドエンペラーのボディに通用するかどうか疑わしいが、現時点でゴッドエンペラーにダメージを与えられる可能性があるのは、フユーンのどこかにあるゴッドエンペラー以外の兵器。もしくは、ロクショウのメダフォースしか考えられない。

 早速、四人はジョウゾウ大神官の下に行き、ロクショウにメダフォースの修行をさせてくれと頼んだ。

 

「何故ですか」

「訳は言えません。けど、未来に帰って、ある奴らを止めなくちゃいけないんです。それにはどうしても、メダフォースで対抗するしかありません」

 

 イッキは本心を明かせば、不本意であった。本当なら、自分の知恵とメダロットたちのコンビネーションを生かして勝ちたい。あんな、危険極まりないと分かったメダフォースの力は借りたくないが、現代の窮地を救うには、メダフォースで対抗する方法しか思い浮かばなかった。

 

「ふむ、そうですか。そちらにも事情がおありのようで」

 

 大神官は考え込むように右手で顎を支えていたが、長い眉毛を上に吊り上げ、隠れた目を覗かせた。年老いてはいるが、目からは精力が失われてない。

 

「よかろう。こちらもただ頼むというのはどうかと思っていました。あなた方の頼みを聞き入れましょう。ただし」じろりとロクショウ以外をねめた。

「お三方はどうおするつもりで」

「僕はロクショウの修行に」

「お待ちくだされ」ジョウゾウはイッキを制止した。

「その必要はありませぬ。見たところ、どうやら、神子様はメダフォースの力に詳しくないようで。それでは修行の師になれない。私がもっと良い師を付けましょう。それは、マルガリータ王女です」

「王女様を!」

 

 四人は一様に驚きを隠せなかった。王女であるマルガリータロクショウの師に付けるとは。

 

「そうです。正確には、王女の二体のメダトロ、ロクショウとプース・カフェです」

「一体なぜ」

「当然の疑問ですな。ひとつ、爺やの話を聞いてください。あ、爺やとは、王女様がわしを呼ぶときの愛称です」

 

 爺やは語り出した。その眼差しといい、語り方といい、まるで自分の孫を語っているようだ。

 

「わしは、あのお方に広い視野を持ってもらいたいのです。その為には、身内やこの国以外の者との交流が最上。怒らないで聞いてほしい。正直、わしはあなた方が災厄を救えるとは思うておりません。ですが、あなた方は必ず、何かを成す為にここに来た。それは間違いないでしょう。しかし、私はそんなことよりも、王女様の生きる上での糧となる出来事をもっと経験してもらいたい。それには、あなた方との交流も良い経験になると思った次第です。が、それはそれ。お三方はどうされる?」」

 

 イッキ、光太郎、トモエは悩んだ。やがて、トモエが手を挙げた。

 

「私には力があります。狩りや畑仕事、槍で魚を突いて採ることもできます。ついで、メダフォースではありませんが、修練をしたいと思います」

 

 ジョウゾウはうむと頷いた。次に光太郎。

 

「わてはまず足が欲しいですな。飛び続けるのは、しんどい。もし、地に足を着けられる物があれば、是非とも譲り受けたいですわ。そうして、畑仕事を手伝いたい。後はトモエと同じです」

 

 うむと頷き、最後にイッキの番となった。

 

「えーと。僕も、畑仕事とか狩りをします」

 

 二人を真似る訳ではないが、イッキは畑仕事を手伝うぐらいしか思いつかなかった。ボーイズスカウトに所属していれば、また違ったことができただろうが、残念ながら自分はそうではない。サバイバル術なぞ眉唾物の知識すら無い。

 最終的には爺やさん、もとい大神官の提案により、ロクショウは姫のお目付け役兼神子の家来。トモエは海女さん兼家来。光太郎は農夫兼家来。イッキは姫のお目付け兼農夫兼神子役という、ごっちゃな肩書を与えられた。

 

「動かざるもの、飯に手を付けるな。意味は分かりますな。わしはもちろん、神子様とて例外ではないですぞ」

 

 イッキは反論できなかった。どうでもいいが、このおじいさんは自分の父親と同じ名前だな。

 

 

 

 くくと笑われたり、指を指されたりした。そんなことより、足の裏が痛いとイッキは思った。イッキは狩りに付いてきたが、足の裏が痛くて、碌に歩けず、役に立たないので帰って槍投げの練習でもしてろと言われた。あの男性、イッキを介抱してくれた、キエと名乗る男性がイッキの世話係なので、彼はイッキと付いて村に帰還した。素足でずいずいと平気そうに地面を踏み締めるキエに対し、イッキは覚束ない、爪先立ちの足取りで懸命に付いて行った。

 靴を履けばと後悔した。目立つので、その履物を脱いで行ったらどうですじゃ。移動の邪魔になるでしょうし。こう言われて脱いだが、辞めとけばよかった。この時代の人間には不要に映っても、現代っ子である自分に靴は必要だと再認識させられた。素足で自然を歩くのはどんな感じだろうという好奇心も、靴を脱ぐ手伝いをさせた。

 槍は長く、こんな爪先立ち歩きでは邪魔になるだけだ。これを、獲物を貫くほどの勢いで投げつけるとなれば、相当の腕力がいる。現代人が過去にタイムスリップする物語があるが、その場合、非常によくできる子やサバイバル術を心得た者は上手く対応できるが、自分のようなよくいる平凡な奴では、ひけらかす知識もなく、体力も平均よりあるがこの時代ではそのぐらいでは通じず、昔の時代では邪魔者以外の何物でも無いと痛感させられた。

 キエが肩を叩いた。キエは村の中でも一際背丈が大きく、尊敬されていた。

 

「気にするな。予想はしていた。その年齢の割にはひょろっちいし、仕方ない」

 

 ひょろっちいとは、これでも体育の成績は4だ。だが、体育の成績4では不足ということだろう。

 一旦、村に帰ったイッキは、宮殿に預けておいた靴を履きに戻った。変哲のない、青い靴を履いた。靴下の代用品に、裂いた布を包帯として足に巻いた。侍女が聞く。

 

「邪魔になりませんか」

「あなたたちには邪魔でも、僕にとっては必要なんです」

 

 少々痛いが、素足よりましだ。イッキはキエの住まう小屋に引き返すと、キエに槍の投げ方を教えられた。履物は邪魔ではないかと聞かれたが、必要だと脱ぐのを拒んだ。

 キエは初めて会ったときとは違い、敬語では話さなくなっていた。彼には子供がいるが、イッキと歳は近く、息子同然に優しくも厳しく接した。キエはイッキを土壁がそそり立つ場所まで連れた。

 

「神子よ、槍はこう投げるのだぞ」

 

 キエは槍を投げた。大よそ、四十メートルぐらいか。木製の槍は見事に土壁に突っ立った。

 

「俺ほどでなくいい。まずは、俺の投げたところから半分離れた立ち位置で投げろ」

「分かりました」

 

 言われた通り、イッキは半分距離を縮め、槍の柄の真ん中を掴み、水平に保つ形で構え、精一杯投げた。槍はギリギリ土壁の下に刺さったものの、抜く前に抜けてしまった。

 

「投げ方は悪くないが、単純に力が足りんな。右左、両方の手で同じくらい投げれるようにしろ」

 

 キエは途中の休憩を除き、イッキの投げ槍練習は続いた。手はまめだらけになり、まめが潰れて、ようやくキエは許した。水を何度か飲んだが、喉はからからに乾き、汗でびっしょり。冷えたスポーツ飲料やジュースをがば飲みしたい。

 

「よし、もういい。明日、予定が無ければ、今日と同じく暇な間は槍を投げるぞ。手には布を巻いとけ。血で汚れちゃ、槍が投げにくい」

「はい」

 

 倒れそうな体を槍で支え、イッキは何とか返事をした。キエに支えられて、イッキは宮殿に戻った。

 

「機会があれば、明日もよろしくだ神子殿よ」

 

 部屋には誰もいない。トモエは海女さんとして働き、自分が一時キエの家に寄ったときには、魚を二匹も槍で捕えていた。光太郎はまだ、働いてない。古くメダトロの足を自分の脚部にくっ付けているので、明日には、動けるようになると本人の口から聞いた。ロクショウも帰ってきてない。

 メダフォースは神聖な力。人目に付かないよう行うのが基本であり、例えば、洞窟やどこか深い森林に囲まれた場所でする。王女自らお呼びがかかれば、イッキも付いて行けるが、今の所、お呼びがかかったのはロクショウのみ。王女のメダトロの一体は何とロクショウという同性? 同名で、マルガリータは大変気に入った様子で今日はロクショウだけに声をかけた。

 神子と王女は同格と聞いたが、それは建前で、当たり前だが実際はマルガリータの方が地位が高い。

 古代ライフは、現代の生活に慣れた日本の現代っ子には想像以上に辛かった。手に薬草を塗られて、布を巻かれた。痛む手を抑えながらイッキはベッドに倒れ込み、そのまま眠りに就いた。毛皮の毛布はごわごわしているが、慣れればどうとない。

 しばらくして、揺り起こされた。ロクショウと侍女だ。

 

「トモエが槍を投げて採ってきた魚もある。感謝せねばな」

 

 既に槍が扱えるとは、軽いを嫉妬を覚えた。当の魚を取ってきたトモエに礼を言うと、ここに滞在中、御用がある以外は海辺の家に居て構いませんかと言った。

「というのも、ここと海辺の家は思った以上に距離がありまして。御用があれば、呼んでください」

 無理強いさせたくない。彼女の意思を尊重しよう。イッキは良いよと言った。

 眠たげな目を擦り、イッキはアリエルの取った魚をおかずに夜食を食べた。手が痛いが、我慢した。外は夜。部屋には真四角で区切られた溝があり、薪が燃やされていた。

 メダロッチの灯りで部屋を照らせるが、節約の為、スイッチを切った。食べながら、修行はどうだったと聞くと、ロクショウは俯いた。ヘッドシザースはある程度表情は分かるが、それでも、やや判別しがたい。

 

「今日、マルガリータたちと一緒に、修行の場に向かった。奇妙な気持ちであった。私はマルガリータやロクショウ、プース・カフェと会うのは昨日今日だというのに、妙にあの三人のことが懐かしい上に親しく思え、そして、悲しくなった」

 

 ロクショウは言葉が途絶えた。ロクショウはなんでマルガリータたちにその感情を抱いたのだろう。聞いても、本人は分からないと答えた。ロクショウは落ち着きがある奴だが、聞く限りでは、マルガリータの前では少々心が乱れるらしい。カリンちゃんタイプの女の子だからかと考えたが、それ以外にも訳がありそう。もっとも、本人が分からないと言うので、余計な詮索は避けた。

 では、メダフォースの特訓はどうだったと聞く。ロクショウは肩を落とした。

 

「メダルのクワガタムシが羽根を広げてる割りには、とても未熟だと。しかし、良い線はいっている。一ヶ月もあれば、結構様になるわよ言われた」

「結構様か」

 

 その結構な様とは、どのくらいの物になるやら、想像できない。メダフォースを完全に物にするため、帰還を伸ばすかと言われたら、断る。一ヶ月もいれば少しは愛着が湧くだろうが、現代に帰りたい気持ちが優るだろう。それに、一ヶ月後のチャンスを逃したら、次に帰れる保障は無い。

 

「あまり関係ないが、ロクショウはこの時代の言葉で『剣』。プースは『自由』、カフェは『空』。自由に空を飛べるから、そう名付けられたって」

「そんな意味が合ったのか」イッキは欠伸を噛み殺した。「お休み、ロクショウ」

 

 布を幾重にも巻いた手をそっと置いて、イッキは就寝した。ロクショウもスリープモードに入った。

 ロクショウは夢を見た。楽しい夢だ。

 修行したとは言えなかった。遊びに近かった。メダフォースは自然。メダフォースを自分の血液だと考えて、循環する様を思い浮かべて。そう言われても、上手くは行かなかった。マルガリータは修行だと言って、あっちこっち彷徨い、木に上ったり、追いかけっこをした。その時のマルガリータは普通の少女、遊びたくてたまらない、王女という殻を脱いだ少女であった。

 同じロクショウとマルガリータを追いかけて木に登ったり、プース・カフェに掴まって高い崖の上まで飛んだ。一体、あの構造でどうやって飛んでいるのだ。天の円盤は、超文明を持つ宇宙人が正体。疑問は少女と二体のメダトロと遊んでいる最中で消えた。 

 夢の中、始め、ロクショウはロクショウの視点でマルガリータたちを見ていた。その内、視点が変わった。自分がいない。自分だけではない、ロクショウもいない。更にマルガリータの背がいつの間にか伸びて、少女は大人と子供の境にいた。

 私がいないのではない。私がロクショウになり、マルガリータを見ているのだ。

 楽しい夢だが、段々と悲しくなってきた。少女は大人へ成長し、蝶のごとく美しく輝いた。やがて、若い年齢は過ぎ、徐々に皺が目立ち、年老い、瞳から命の(ともしび)がふっと消えた。

 

「マルガリータ!」

 

 今の夢はなんだ。夢にしては、間近で見てきたかのように克明な映像だ。

 

「どうしたんだよロクショウ?」

 

 ロクショウの叫び声でイッキは起きた。窓から朝日が差し込んでいた。

 

「気にするまでもない。少し変な夢を見ただけだ」

「でも、マルガリータって」

「根掘り葉掘り聞くな!」

 

 ロクショウは声を荒げた。イッキは押し黙った。決まり悪く、ロクショウは天井を見上げ、済まぬと口にした。

 

「言葉がおかしかったな。少々、苛立っただけだ。本当になんでもない」

 

 イッキは一言、そうかとだけ言った。声からして納得しかねているのは分かるが、自分でも分からないことをどう説明すればいいのだ。

「お食事をお持ちしました」侍女が入ってきて、食事を置いた。血と膿で汚れた布をほどき、舌を強く噛んで痛みを堪え、水で手と顔を洗い、新しい布を手に巻き付けた。ロクショウは食べれないので、朝の太陽光を朝食とした。侍女は食事を置くと、王女様からの言葉もお伝えしますと言った。

 

「神子であるイッキ様とご家来三名に来てくれとおっしゃっておりました」

 

 昨日はロクショウ。今日は全員。王女様のお考えは測りかねる。

 大広間の女神像にて待ち合わせると言い残して、侍女は出た。二人は片付けを済ませると、大広間の奥に置かれた女神像にて、マルガリータと二体のメダトロ、光太郎とトモエと会った。光太郎は細い竿の形をした足から肩にかけて、縄で古いメダトロの足を括りつけていた。

 

「これで飛ぶ必要はあらへん」

「さあ、皆、行きましょう」

 

 宮殿を離れ、裏の森に入ってから、イッキはマルガリータに聞いた。

 

「マルガリータ、今日はなんで全員と?」

 

 マルガリータはおしゃまに振り返り、それはねと言った。

 

「昨日、イッキのロクショウから聞いたの。全部は話してくれなかったけど、私はイッキたちと対等な関係を築きたいの。昨日はロクショウだけだったけど、今日はイッキたちと友達になりたいから、その証にあれをみせちゃおうかなーって」

「あれ?」

 

 見るまでの秘密と、マルガリータはふふと笑った。森は涼しい。時期的に、光太郎の推測では現代の五月に当たるようだ。殆どの者が靴を履いてない中、イッキだけ靴を履くのは違和感はあるが、そうは言ってられない。歩いて一時間後、崖があった。断崖絶壁ではないが、子供が登る分にきつそうだ。

 そこで、プース・カフェの出番だ。プース・カフェは始めにマルガリータを崖の上まで運んだ。次にロクショウ。イッキ、トモエ。光太郎は紐が複雑に結んであり、歩く分には問題なかったが、崖を登るとなれば別だ。光太郎は足をロクショウ、上半身をプース・カフェに支えられる形で運ばれた。

 

「えろうすいません」

 

 気にするな。プース・カフェはテレパシーで金衛門にそう伝えた。

 

「プース・カフェはいいよね。お空を飛べて」とマルガリータ。

 

 話には聞いていたが全身金属の塊で、一体どうやって空を飛んでいるのだろう。オーバーテクノロジーにも程がある。メダロット博士やナエさんが見たら、自分以上に興奮するな。二人に関して思い至ることがあり、イッキは少し肩を落としたが、今はマルガリータの秘密とやらを見られる期待が上回っていた。

 

「そんなに暗くは無いけど、足元には気を付けてね」

 

 マルガリータを先導に、一行は洞窟に案内された。ヒカリゴケが群生して洞窟は明るい。一部、崩落したのか、微かに太陽の光が差し込んでいた。歩くにつれ、段々と洞窟内部の輝きが増してきた。入って二、三分して、目的の物がある場所に到着した。

 きらきら。燦々。ぴかぴか。ぎらぎら。どのような擬音語を当てはめればいいのだろう。一つかもしれないし、全部当て嵌まるのかもしれない。

 針山のように尖った岩に挟まれて、二メートルもある先が六角三角形状に尖った長方形の鉱石が洞窟を包み込む輝きを発していた。

 

「フユーンストーン」

「そうよ。天からの円盤に乗った者たちの残したもうひとつの贈り物、それがフユーンストーン」

 

 空中要塞で見た時は禍々しく見えた物も、天然の洞窟にひっそりと置かれたこの場では、あたかも雄大な自然が造り上げた奇跡を目の当たりにしているようだ。

 

「これが、どんな物かは正直分からない。ただ、神聖な物ということはわかる。あなたたちが来た夜、私たちはフユーンストーンの周りで儀式を行い、メダフォースの力を注いだ。場所はずれたけど、あなた達がこの世界に来た。災厄を祓うために」

「でも、なんで」

 

 イッキはちらとマルガリータを見た。

 

「なんで、僕らと友達になろうと思ったの」

「人と仲良くなろうと思うのに理由がいるの?」

 

 逆に聞き返されて、イッキは俯いた。

 

「そんなにいらないかな」

「そうでしょ」

 

 言葉を切った。そして、全員、フユーンストーンを見つめた。あの時はじっくりと拝んでいられなかったが、じっくり眺めたら、イッキは素直に綺麗だと思えた。フユーンストーンは場所を変えずとも、様々な光の色で目を賑わせてくれた。眩しいとは思わない。むしろ、視力が良くなっているように思えた。一日中、眺めても良い。マルガリータが口を開いた。

 

「不思議な色よね。まあ、ずっとは体につらいけど、こうしてじっくり眺められる日は眺めていたいわ」

 

 マルガリータはフユーンストーンを見上げながら、話した。

 

「私ね。神子様たちが来る前、もっと凄いのを想像していた。お空を飛んだり、火を噴いたりできるんじゃないか。枯れた植物に手をかざしただけで、元の活力を蘇らせる。凄い力を持った御方が来ると思っていた。でも、違っていた。確かに恰好や雰囲気はちょっと私たちは違っていたけど、案外、普通な男の子で少しがっくりした」

 

 イッキはこけそうになった。マルガリータはイッキの反応に気付き、顔をみせずに微笑んだ。

 

「だけど、安心した。ああ、これなら、普通に接することができるってね。歳の近い子で初めて、私と普通に接してくれる子が来て嬉しかった。何よりも、一番驚いたのは、ロクショウよ。私のロクショウじゃなくて、イッキのロクショウね」

 

 二体のロクショウは名前を呼ばれ、名前を呼んだ少女の方を窺った。

 

「不思議よね。違う土地、遠い未来で産まれたのに。同じ名前、同じクワガタムシで、似たような性格だなんて。メダトロたちは頭に話しかけてくるけどさ、そんなに話すことはないの。メダトロ同士では普通にできても、人間に伝えるとなると、いちいち深く息を吸ったり吐いたりするような感じで凄く大変だって」

 

 同じメダル。同じクワガタ型。マルガリータの言葉が確かなら、同じ性格。確かに不思議だ。白玉氏の話で、ロクショウは東北地方宮城県の遺跡から発掘されたと知った。一方、光太郎の推量だが、断定できないが、コーダイン王国は関東地方に属すると思われると言っていた。ロクショウは東北、こっちのロクショウは関東のどこか。距離としては離れすぎている。

 コピーメダルはレアメダルの元の性格に過分に影響すると聞く。恐らく、クワガタメダルの性格は大きく共通しているのだろう。多分としか言いようがないが、多分、そうだろう。カブトメダルだけど、ブラスという例外もいるけど。

 

「イッキのメダトロやロクショウが羨ましいわ。普通に話せるもの。プース・カフェやロクショウにも、私たちと同じ口が合ったら、お話できたのにね」

 

 そうだな。クワガタムシ姿の案山子ロクショウは小さく指を動かした。何となく、笑いかけているように見えた。

 イッキが喉の渇きを訴えた頃、二人と五体は洞窟を出た。最初の順番を逆にして降りた。この水は綺麗か。浄水してあるのか。などと心配するだけ無駄なことは考えずに、イッキとマルガリータは近くを流れる清流で渇きを癒した。

 今日は遊びましょ。マルガリータに誘われるがまま、七人は遊んだ。草を複雑な形に結ったり、虫を追いかけ回したりもすれば。清流で水遊びをした。そのうち、別の子供たちと一体のメダトロもやってきた。王女と神子がいて緊張の表情していたが、少し時を経て、純粋な心は身分を越えて子供とメダロットとメダトロたちを渦に巻き込んだ。

 さんざん遊び回った後は川から上がり、上流に上って、魚採りをした。途中、食べられる虫を捕まえて、イッキは勧められた。カミキリムシの幼虫だ。くねくねと手で動く。イッキはひぃぃと声を出して、笑われた。

 魚採りの前、勇気を出して、幼虫を口に入れた。一ヶ月とはいえ、生き抜くには、贅沢してられない。狩りの一件もあり、他の子に舐められっぱなしでは癪だ。くねくねと動く物を口に入れた。噛む度にくちゅりと鳴る。気持ち悪さにぞくりとしたが、味は悪くなく、夢中に噛んだ。

「やったな」他の子が褒める。

 食べれたのは良いものの、口に残る感触と皮膚が不快だ。イッキは下流のほうでうがいをした。

 トモエの協力もあって、何匹もの魚やカニが採れた。子供たちは藁を束ねた物の間に魚とカニを突っ込んだ。

 収穫もあって子供たちは満足していた。イッキたちも、この時代の人間に近づけた気がして、喜ばしかった。光太郎が呟いた。

 

「人と触れ合い、気持ちを分かち合う。これこそメダロットの本分やな」

 

 王国に着くと、子供たちと別れた。宮殿に着き、部屋に入ろうとしたら、マルガリータに狩りはできるかと聞かれた。

 

「それが、僕、まだ槍を上手く投げれないんだ」

 

 マルガリータは、呆れた感じでえーっと声を上げた。

 

「うーん。それじゃあ、イッキを男の子として扱えても、男としては扱えない。メダフォースを上手く扱えないロクショウを一人前のメダトロとは呼べないように」

 

 ロクショウもえっと目を丸くした。

 

「こうしましょう。ロクショウは私たちとメダフォースの特訓を頑張る。イッキはキエや皆から、狩りの仕方を教えてもらう。頑張ってね、神子様」

 

 わざと神子様と呼ぶと、マルガリータは愉快な足取りで宮殿二階の自室へと駆け上がった。頑張るのだ、イッキ。出来るようになります。人生経験や。メダロットたちにも応援されて、イッキは力なくうんと頷く。

 

 

 

「よし、その調子だ」

 

 キエはイッキを褒めた。イッキの槍は二十メートル先にある土壁にの中央に突っ立っていた。イッキは走った。槍が落ちる前にだ。ぎりぎり間に合い、槍が抜け落ちる前に拾えた。三日に七日を足して、十日目。スポーツこそしてないが、犬の散歩、アリカの取材同行、ロボトルの相手や見学を望み、毎日歩き回るうちに体力だけはあった。

 厳しすぎると考えたのか、キエは最初と比べたら、幾分柔らかい指導だ。それでも、下手なことをすれば、神子であろうと容赦なく頭を叩かれるが。キエも仕事があり、毎日付き合う訳にはいかず、交代で息子のトトラにも指導された。トトラはイッキより一、二歳年上と思われた。始めこそ警戒していたが、イッキが普通の子だとわかったら、弟のような存在ができたと喜んだ。

 キエのように槍投げ以外にも、トトラは食べられる植物や生活の知恵を伝授した。本人にもやる気があり、槍投げが上達していった。イッキがやる気を出したのは、他ならぬキエ一家や宮殿の自分の世話係の人達だ。働かざる者食うべからず。大分先のことだと思ってたが、この故事ことわざの重みを痛感した。

 彼らは自分たちの足で採ってきた物をイッキに分け与えていた。恩着せがましもない、身内だから当然らしい。これには参った。光太郎は女子供に混じって仕事をし、言葉も交わせられるのでとうに馴染んでいた。子供たちに口調を真似られるほど好かれた。トモエも海女さんや木こりとして働いていた。

 主人である自分だけが何も取れず、働いていないのは、罪悪感がわく。

 ならばせめて、マルガリータの言う一人前の男の証に狩りに参加できるぐらいの腕前にはなりたいとイッキは、まめが潰れて痛む手を抑えて努力した。

 キエがそれまでと言う。イッキは息を付いた。全身気怠いが、槍を落とさないよう真っ直ぐ立てた。それが支えにもなる。

 

「まだ至らない面もありますが、大分ましになったな神子よ」

 

 キエはイッキを呼ぶ際、神子と呼ぶ。敬っているというよりかは、イッキの呼び方が神子と定着しただけだった。

 

「王女様の命あれば来れないだろうが、もし来られるようなら、狩りにこい。ただし、お前は下手だ。前には行くな。皆の後を付いて行き、やり方を学ぶのだ。もちろん、自分で狩れそうな獲物がいたら、槍を投げてみるがいい」

「はい。キエさん」疲れた体から精一杯声を出した。

 

 痛む手、全身の疲労感。だが、少しは認められて、誇らしくもあった。

 イッキは生い茂る森を見た。長い一定間隔でちかりと光った。あの森のどこかで、今日もロクショウはマルガリータたちと修行をしてるんだな。

 ロクショウは今日もメダフォースの特訓をしていた。ロクショウとプース(省略形)の協力の下、ロクショウはメダフォースの発動の仕方を学んだ。

 

「自分の体内から水が流れる様を思い浮かべて。水を緩やかに周囲に流れさせて、必要な分の水を堰き止めて一気に流し出すと想像してご覧なさい」

 

 マルガリータの助言に従い、ロクショウは目を閉じ、メダフォースを発動させた。体が熱くなる。まずは流れたメダフォースを人間でいう血液だと考え、自らの体格に沿って循環する様を想像した。

「落ち着いて」肩の力を抜け。手足動かす要領だ、難しく考えるな。

 三人からの助言を受けた。

 

「いいよ、その調子」

 

 これまで自分はメダフォースを発動させたら、捻って閉め忘れた蛇口のように出しっ放しであった。蛇口を閉め忘れたら、いつまでも水は止まらない。水の無駄である。必要な水量だけを集め、一気に放つ。

 始めは上手く感覚をつかめなかったが、十日もして、大分コントロール可能となった。それまで、失敗したら、常に二人がメダフォースの力で治してくれた。自分達三人を治したのも、彼らと他のメダトロによるメダフォースのお陰だと聞いた。

 メダフォースには種類があるとも知った。破壊・守護・癒し・混乱・増幅・無作為。他にもあるが、この六つから成り立つという。他の種類も使えるには使えるが、特化したメダフォースを使えば、一層力が増す。

 二人のロクショウの力は破壊に特化していた。一方、プースは癒しの力に長けた。

 破壊か。意外と否定できない。もっとも、あのゴッドエンペラーも破壊のメダフォースに長けているのだろう。

 少女と二体のメダトロはおかしいという。筋は良いのに、何故使えない。そう言われても、慣れない物を慣れるには時間がかかるとしか答えようがない。しかし、ロクショウは本音を隠してた。この十日間で、メダフォースの扱いが鳴れていく度に、ロクショウはそのことを拒んでいることに気が付いた。

 正々堂々と戦いたいがために? 違う。メダフォースを完全に使えるようになる、つまり、未熟な羽根を完全に広げることを拒んだ。深層意識で引っ掛かるしこり。そのしこりが、自分がメダフォースを使うのを拒ませていた。心のしこりとやらをいくら探しても、見当たらない。昨日に続いて、今日もロクショウは良いところまで行ったが、直前になって心が疼いた。心の乱れは体にも影響を及ぼし、煙りのようにメダフォースの光は細くなって消えた。

 幸い、制御自体はできていたので、体が壊れたり溶けたりはせず、二人に修理する手間は与えなかったものの、肩を落としているのが伝わった。

 ジェスチャーではなく、頭に直接話しかけられた。プースの方だ。まだ十日目だが、教える前からある程度扱えてはいた。背中のメダルも成長しているし、使えてもおかしくない。

 一人で悩んでいても仕方ない。ロクショウは思い切って、悩みを打ち明けた。

 

「心のしこりねぇ」

 

 マルガリータは腕組みをした。

 

「ロクショウは私たちが嫌い。それとも、心のどこかでイッキたちが嫌いとか?」

「そんなことありえん! たまに意見が食い違ったり、何をやっているのだ、もっとしっかりしてくれおと思うときもあるが。マルガリータや、ましてやイッキたちを心底嫌うなど絶対にない」

 

 ロクショウが話しかけた。聞けば、お主は眠っていた期間が長いようだな。だとしたら、それが原因かもな。多分、お主は冬眠に入る前、辛いことがあったのであろう。そして、長い年月眠り過ぎて、記憶と共に色々退化してしもうた。人間だって、ずっと体を動かさなければ、なまるだろ。それと似たようなものだ。

 ロクショウも試しにテレパシーで話しかけてみた。どうすればいいのだ?

 お主が心の疼きを物ともせず、勢いに任せてメダフォースを解き放つ。あるいは、目覚めるきっかけとなる出来事にあう。私から言えるのはそれだけだ。マルガリータやプースに聞いても帰ってくる答えは同じだろう。

 満足のゆく答えを得られなかった。

 休憩することにした。川辺まで行き、適当に石の上で胡坐を掻いた。流れる水流を見ながら、マルガリータがまた両親の話をした。マルガリータの親である国王と女王は、以前から海や遠い陸を行き、他国の事情や文化を学んでいるという。本来ならば、女王が国王の席を守るべきだが、女王も並ならぬ好奇心を抑えきれず、夫と共にもう半年前から出かけていた。マルガリータも付いて行きたかったが、背が大体イッキより僅かに大きくなるまでは連れて行ってくれないらしい。

 寂しい日には、両親が残した二つのフユーンストーンの小さな欠片を眺める。これよと、マルガリータはドレスの内側の袋から取り出した。金と銀に輝いている。

 少女は溜め息を吐いた。

 

「あーあ。早く、大人になりたいなあ。大人になったら、苦労も沢山あるだろうけど、その分自由も増えるから。自分のしたいことをしたい」

「マルガリータも、親と同じく世界中を見て回りたいのか」

「うん」

 

 したいことか。メダロットである自分は考えたこともない。ただ、毎日普通に暮らせればそれでいい。働くのなら、それで構わない。そんな風にも考えていたが、改めて考えてみると、人のように夢を持っていなかった。現代に帰り、ゴッドエンペラーを倒せたとする。後は普通の生活。それでいいのか。

 ロクショウはロクショウの隣に座り、ぼうっと川の流れを見た。ぱちゃ、魚が水面の獲物を取るため、一瞬顔を出した。あの小ささでは川になんの影響も無いが、海で鯨が飛び跳ねたら、衝撃でどのくらいの海水が爆発がするのだろうか。

 結局、今日は勉強があるからというわけで、今日の修行は終わった。することもなく。ぶらついた。夕刻になって、イッキが帰った。疲れ果てているが、満足気な顔だ。キエに認められたこと。自分で火を起こし、トトラとキエの奥さんが採った物を炙って食べたことを楽しそうに語った。

 光太郎が以前、語ってくれた。人間は寿命がいつ尽きるかある程度分かっているからこそ、些細なことでも熱中して、生きていけるものだ。彼の故人となった前の主人が遺した言葉である。

 

「楽しそうだな」

 

 と、呟き、夕日を見た。なにをしおれている。下らぬことに囚われ本分を見失うな。私のやることはひとつ。ゴッドエンペラーの奴らを倒し、無事に地上に戻ること。それに集中するのだ。こうもうじうじしているのは、例のしこりのせいだった。心の疼きの原因を思い出そうにも思い出せず、メダフォースも上手くできず、ロクショウは心が揺れていた。

 

 ロクショウは座禅をした。ここ最近、やっていなかったな。フユーン出発前を含め、何週間ぶりに座禅をしたロクショウを見て、「落ち着かないのか?」とイッキが聞く。

 

「あまりにも上手くいかず、そのせいで心が乱れたのでな。ひとつ、座禅でもして心を落ち着けようと思った」

「そうか」

 

 イッキは何度も道具で棒を乾いた木片に擦りつけ、火を付けようとした。

 

「焦ることはないよ。こんな僕でも、ましだと言われただけなんだけど、認められたんだ。お前は僕より強い。そのうち、ひょっこりとメダフォースができるさ」

 

 私はお前が思っている以上に強くない。喉元で出かかったものを飲み込んだ。なるようになると気軽には言えないが、ここに来て猶予を与えられた。せめて、何か一つでも成し遂げなくては来た意味がない。

 後日。星空が全く見えなかったので予想していたが、湿った空気に雨雲。雨が降るだろう。イッキは起きて、さあ朝飯をと思いきや、いつもの侍女さんがいない。部屋から出ると、宮殿内は慌ただしかった。近くを歩いた男性を捕まえて事情を聞いたら、王女様がいなくなったという。

 

「よくあることです。悪口ではありませんが、国王夫妻のように、どうも姫様にもあちこち彷徨う癖があるらしい。朝の挨拶や儀式をすっぽかして、抜け出ることが度々あるのです。ここ最近は、お客様であるあなた方がいたので大人しかったですが、親しくなってから遠慮はいいかと思ったようですね」

 

 お客様か。やはり、一部の人だけで、全体では自分はまだお客様でしかないのか。そんなことよりも、自分も探そうとしたが、止められた。

 

「いえ、神子様は探される必要はありません。既にお付の者達と男四人、姫様のメダトロはいの一番に出かけられました。あなた方の手を煩わせる必要はありません」

「それは困る」ロクショウが口を挟んだ。

「どんな約束は言えぬが、私はマルガリータと約束をした。マルガリータがいなければ、約束を果たせない。だから、私たちも探したい」

 

 丁寧であるが荒々しくて強気だ。男性はやや皮肉めいた口調で、神子様の家来の方がそこまでいうならと引き下がった。イッキは一言、済みませんと声をかけた。

 

「どうしたんだよ、ロクショウ。そんなに慌てて」

「測り兼ねる。私自身にもわからぬが、今行かなければ、確実に後悔する。そんな気がするのだ。イッキ、私についてくるのだ。絶対に離れるでない」

 

 ロクショウは明らかにいつもと態度が異なる。自分も心配であるが、彼のマルガリータの身を案ずる気持ちは尋常ではない。トモエ、光太郎を誘う間も与えず、ロクショウはイッキのみ捜索のパートナーとして森に入った。

 


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