メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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31.裏切り者たち

 少し考えて思ったが、そもそもスクリューズはどうやってここにくるのだ? その前に、自分たちもそうだが、スクリューズがこの場所を知っているのか? 否、知っているはずがない。更に言えば、スクリューズの三人がこのダクトの上まで来られる保障や可能性など無きに等しい。

 あの三人の腕を否定するわけではないが、どうやら、あてにできなさそうだ。携帯もなくて連絡手段もなし。メダロッチでメダロットを転送するのもありだが、それはあくまでパーツとティンペットを送るだけで、メダルまでは送れない。殻を送っても、肝心の中身が無ければ意味がない。

 体育座りで考えこむが、一向に良いアイデアが思い浮かばない。

 

「これらのパイプや配線を破壊するのは危険か」

 

 ロクショウが座禅の姿勢で言う。声を揃えてそうだなと同意した。この機械類や線などを無闇に引きちぎったりすれば、ロボロボは一巻の終わりだろうが、自分たちと人質もおしまいだ。

 花園学園の状況とよく似ている。一つ違うのは、コウジやアリカといった助けとなる他に助けとなる存在がいないことだ。

 

「とりあえず、もうちょい上へ行きましょ」

 

 光太郎の提案で、一同は行ける限りのところまで行った。もっと狭いが、多少灯りがあるため、互いに見えないこともない。金衛門の行動は正しく、五分と経たないうちにロボロボ団が下を通り過ぎて行った。索敵パーツの存在もあり、迂闊に動けない。イッキは静かに右手を挙げて、人差し指と中指と薬指と小指を伸ばした。

 

「選択肢は四つだね」

 

 トモエだけ頷いた。これは、益々花園学園の状況と酷似している。もう一つ違う点を挙げれば、陸ではなく脱出至難なお空にいることだが。

 一つめの選択肢は隠れること。ひたすら、ゴキブリのように地を這い、天井を這い、危機が去るまで隠れてやり過ごす。

 二つめの選択肢は逃げること。隙を見て、パラシュートなり飛行パーツで窓やどっかから飛び降りるなりして、フユーンから逃げて、地上に状況へ伝える。

 三つめの選択肢は行動あるのみ。もちろん、真正面から正々堂々戦うのではなく、上からミサイルなどの火薬系パーツでまとめて片付けたり、奇襲をかける。というより、この状況で相手に勝つ見込みがあるとすれば、それしかない。通信機器を奪い、地上へ連絡する案を金衛門が出した。

 そして、四つめの選択肢は一番嫌だが無難かもしれない選択。素直に姿を現して大人しく捕まること。自分達が下手に動くことにより、人質に何らかの被害が出る恐れもある。もしくは例えば、出て来なければ人質がどうなっても知らんぞ、という感じに脅してくる可能性も十分ありうる。自分が犯人側だとしたら、多分、そう言うと思う。

 トモエが小声で話す。

 

「臆病者と罵られても構いません。これから、私らしくないことを言います。私としては、逃げるか。大人しく捕まるのを勧めたいです。下手に抵抗したら、イッキさんや捕まった方達がどうなるか考えただけでも恐ろしい」

 

 そのとおりかも。ロボロボ団は人質をないがしらにしたりはしないだろう。大人しく姿を現し、捕まる。そして、しばらくして、解放された後、皆でそれを思い出話の一つとして語る。水に食料を補充でき、子供だから寝たい時に寝させてもらえるかもしれない。子供なんだ。ちょっと選択に失敗しても、大丈夫。

 しかし、そう思いつつも、心は強く否定していた。自分で考えておきながら、一番と四番の選択肢を拒んでいた。

 第一、安全に人質になれることなどあるのだろうか? ロボロボ団は要求したことが通らなかった見せしめに、フユーンから誰かを落っことしたりするかもしれない。正義の心とか悪を許さない気持ちが無いわけではないが、黙って降伏するのをイッキは拒んだ。

 ああ、そうか。僕は作戦を考えていたんじゃないんだ。冷静になって、やる気と勇気を出す時間が欲しかっただけなんだ。それに気づいて、内心、笑う自分がいた。イッキはトモエの肩を掴んだ。

 

「君が自分のことだけを考えて言ったのは分かっているよ。……けど……僕は」

 

 口を閉じ、鼻息を深く吐くと、

 

「僕は、嫌なんだ。まだ何かできるのに、何もしないうちに捕まるのは」

「ならば、お主は何をしたというのだ?」

 

 と、ロクショウが聞いた。この状況下で自分がロボロボ団に抵抗しうる唯一の方法は一つしかない。

 

「もう決まっているのであろう?」

 

 イッキは首を縦に動かし、一言。

 

「下に連絡しよう」

 

 それぐらいしかない。僕たちができることは。

 通路を誰も通らないことを確認し、静かに通路へ降りた。降りる前に、金衛門は誰か近くに居る気配は無い。それにしても、ここはどこだろう。

 前にはいかにも厳重そうな大きな電子ロック付きドアがあり、暗証番号と目? それとも指紋か。それらを確認する装置も付いていた。自分の持っているパーツの中で、一番威力の高い物を着けて攻撃させても、この扉の表面積に僅かな焦げ跡を作るのみで、意味はないだろう。ドアを開けるのは諦めた。

 

「そういえば、監視カメラは無いのかしら?」

 

 トモエの何気なく言ったことで、はっと気付いた。そうだ、監視カメラの存在を忘れていた。

 壁や天井を見回す。メタビーがあそこをと指した。通路の後方、三メートルの左右の壁際に球体のランプのような物があった。もう駄目だ。観念したが、ロクショウがよく見ろと言う。近づいてよく見たら、カメラのレンズに何か小型の機械が貼り付けられてある。

 よく分からないが、見られる心配はないようだ。

 

「おっどろきましたなあ! けど、確かフユーンには監視カメラとかあんまりあらへんかったよな?」

 

 ロクショウがうむと首肯した。「ここに来るまでの間、監視カメラの類は僅かに見られただけ。昼間コウジ達と見て回ったときも、コクピットや出入り口などに点在するのみで、通路や庭園内には見当たらなかった。それよりも、とっととこの扉の前から離れたほうがよかろう」

 

 一行は扉から離れ、通路を右に曲がった。幸いにも、人影らしきものは見当たらない。イッキが先頭に立ち、当て所なく行く。通信機器がある場所はどこか皆目見当もつかない。正に行き当たりばったり。最悪、ロボロボ団員から奪う手もあるが、大きなリスクも伴う。

 ロクショウは内心、首を傾げてた。さっきの声といい、監視カメラといい。見逃してくれてるようだ。そして、自分たちを見逃している理由は良い理由ではない。もっと、自分勝手で、嫌な事を考えてそうしている。そんな気がしてならない。

 時には曲がり、監視カメラの眼を避け、梯子を上り下り。これらを何度か繰り返した。たまにロボロボ団が通ってひやりとする以外、味方は当然として、下へと連絡できそうな物は一向に見つからない。通路は広くも狭くもなく。ボルトが捻じ込まれた無機質な灰色の道と梯子があるだけの寂しく圧迫感がある所。時折り、部屋が合っても、キーや暗証番号が必要な物だけだった。

 トイレを発見した。緊張と緊迫のためか。思ったよりも早く来た。イッキは堪えきれず、トイレに駆け込んだ。ロクショウたちは隣の便器、自分は最奥の便器に座った。電気が消されていたので、消したままにしておいた。

 しかし、誰かが入って電灯を付けた。緊張が走る。ロボロボが声をかける。

 

「何故、電気を消したままにおいたロボ?」

 

 イッキはできる限り、声を裏返し、大人っぽく聞かせようとした。

 

「え、エコロボよ。節電するに限りロボ。ついでに言うと、俺は小学校の時以来、同級生にトイレに居ることを知られるのが嫌ロボよ」

 

 なんという、下手な嘘。声も裏返りすぎて、不自然だ。大人には聞こえない。隣のメダロットたちが呆れているのが分かる。だが、運が良いことに、そのロボロボは軽く用を足すと、出て行った。電気まで消してくれた。絶好のチャンスだ。

 

「その気持ち、分かるロボ。俺も静かな集団トイレでは、誰にも知られずにしたいロボ」

 

 ロボロボが出て行こうとする。メダロットたちはドアを開けた。イッキも蛇口を流して音を消し、小声であのと呼び止めた。

 

「なに、お礼なんて」

 

 言い切る前に、ロボロボ団員は昏倒した。何と言う幸運。いつ見つかるかもしれないとひやひやしたが、この人のスーツを着れば、ある程度動き回れる。メダロッチから騒がれると不味いので、メダロッチの電源をいち早く切った。暗いので顔はよく見えないが、二十代か三十代辺りの年齢だろう。体を弄り、ICカードも借りた。トランシーバーもあったが、周波数が分からない。番号付きだったら良かったのに。

 トイレの用具にあったヒモで体を便器に縛りつけ、口も縛った。汚いのと重いのを我慢してイッキは四肢を床に付いて台となり、光太郎が乗り、ロクショウが乗り、ロクショウは肩でトモエの体を支えて、トモエは内側からトイレの鍵を施錠した。

 すぐに三体は飛び退いた。イッキは水と石鹸水で素早く手を洗い、アリエルにロボロボ団スーツを着る手伝いをしてもらった。

 この人はやや背が低いが、それでもかなりの体格差があって、だぶだぶだ。水中にでも潜るのだろうか。酸素ボンベ付きのスーツと同じ白っぽい金魚鉢ヘルメットをおそるおそる被った。一見、目の部分が暗くて見え無さそうのに。被ったら、やや視界は悪くなったが、意外にもよく見えた。マジックミラーのような作りらしく、外は黒でも、内からはっきり見える仕組みになっているようだ。相手に顔を見せて、素性がばれないようにするためだろう。

 それなら、なんで幹部は被らないのだなどという疑問は置いておき、トイレを出た。

 

「イッキやん。このまま、わてら三体を出しておくのはかえって危険や。わしとトモエは収納して、ロクショウやんは出しておけ。トモエもそれでええか?」

 

 トモエはもちろんですと頷いた。光太郎の言っていた妨害電波も発している様子はない。考えてみれば、飛行機内部の電波を妨害にすることのメリットは薄いかもしれない。自分たちの連絡もつかなくなってしまうし。二人を収納し、ロクショウもそのままではなく、左腕をアンボイナ、脚部をウォーバニットに変えた。

 メダロッチで時間確認。九時二六分。特に何かが起きた様子もない。

 探索を開始した。たまにロボロボ団やそのメダロットと会うこともあった。「ガキはいないかロボ」と聞かれても、知らぬふりをした。何故か疑われることもなかった。少数なら難しいが、多くの者が同じ格好をしている中で自分も同じ格好をして混ざれば、よほどのことが無い限りすぐに疑われたりはしないとパパに聞いたことがあるが、本当だった。

 自分が子供だから、簡単に捕まるだろうという油断もありうる。なら、その油断を有効利用するまで。

 どうしようかと迷ったが、元来た道を戻り、鍵がかかっていたドアや部屋をICカードを使って開けられるか確かめることにした。

 まずはトイレ付近の部屋を探る。騒ぐ者もいない。あのロボロボはまだ気絶してくれてるようだ。メダロットたちに一斉叩かれ、ヘルメットを外されて殴られたからなあ。

 細い、ICカードより幅は僅かに広いばかりの溝にカードを通した。赤い点が緑に変化し、かちゃりと解錠された。思ったとおり、あそこの厳重にロックされた以外のドアなら、普通に開けられたり、ICカードを通せば開けられる仕組みのようだ。

 メタビーがドア前で見張りに立ち、こっそりと中の様子を窺った。

 何もなく、空き部屋であった。ドアを閉めると、緑の点が赤に替わり、再び施錠された。外側からだと、ドアを閉じる度にICカードを通さなければいけないようだ。

 次の部屋と三番目になる部屋は二段ベッドが四台ずつ置かれ、いずれも人がいなくてホッとした。と、ロボロボと騒ぐ連中が来たので、近くの部屋に身を隠すことにした。イッキから見て、右奥のベッドに身を伏せた。ドアが開いた。しまった。一人はこの部屋に用があったのか。死体のように、じっとメタビーと共に身を伏せた。

 相手はドアの右横にあるベッドの方に用があるらしく。ベッドの荷物をまさぐると、こちらに気付いた様子もなく出て行った。三分後、時計は八時四八分を示していた。まだ、そのぐらいしか経ってないのか。イッキの感覚ではとうに一時間を過ぎていると思っていた。

 

「部屋に隠れるのもよく考えなければ」とロクショウ。

 

 一応、物音を立てずに注意して、ロボロボ団たちの荷物を探ったが、残念ながら通信機器や携帯の類は見当たらない。多分、各自で携帯しているのだろう。役に立ちそうな物も無いので、適当に詰め込んでチャックを締めた。

 通路に全く通信機器が無い訳ではないが、完全に船内連絡用で、外部への通信は不可能。

 一旦、部屋を出た。憑かれたように時間を確かめる。五八分。埒があかない。このままうろついていたら、怪しまれそうだ。

 そう思って、別の部屋を開けようとした時、おいと声をかけられた。二人もいる。メダロットも転送済み。

 

「その部屋になんの用があるロボ?」

「い……あ……えと、野暮用みたいなもんロボよ」

「野暮用だと? そいつはちいとばかし変だな。第一、そこは空き部屋ロボよ」

 

 語るに落ちるとはこういうことだろう。焦ったイッキは、更に嘘を重ねた。

 

「実は誰かが、部屋に入ったような気がするロボ。ドアがほんのちょっと、動いたような気がしたから、これから確かめるところロボ」

「おお、そうか! ということは、逃げ出せたガキがここに隠れたロボね! よし、待ってろ。船内連絡で仲間を呼ぶロボ」

 

 もう駄目だ。大勢のロボロボが来て、誰もいない部屋を取り囲み、誰もいないことを確認したら、僕を詰問してくるだろう。そして、ヘルメットを外すよう言われる。そしたら、一巻の終わりだ。かくなる上は。

 イッキはトモエの頭部をセントナースの頭部。光太郎の右腕は防御系パーツに変えて転送した。今、この場で抵抗しうる限り抵抗して、外部へ連絡可能な通信機器があると願って奪うしかない。奪ったところで、電波が届く場所に出なければ無意味だけど。

 左右から来たロボロボ団が狭い通路にひしめく。総勢十名。一人がICカードを通す準備をする。

 

「いいか、開けたらまずメダロットたちを突撃させるロボよ。それじゃあ、一、二の、三……!」

 

 ぽーん! ぽーん! ぽーん! スピーカーから警戒警報らしき音が狭い通路内でうるさく木霊した。

 

《緊急事態。緊急事態。全ロボロボ団員に告ぐ。フユーン艦内に潜入者あり、潜入者あり。潜入者は怪盗レトルトと相棒のレトルトレディ。繰り返す。フユーン艦内に潜入者あり、潜入者あり。潜入者は怪盗レトルトと相棒のレトルトレディ》

 

 スピーカーから警戒を促す人物は、怪盗二組がメダロット並びに本人たち自らも武装している恐れもあるため、厳重に警戒態勢を敷けと放送した。

 ぽーんぽーんと警報は鳴り止まない。ドアが開けられて、メダロットたちが突入。当然、誰もいない。イッキは咄嗟の言い訳を口にした。

 

「確かに、ドアが閉まるのを見たロボよ。嘘じゃない!」

「よし、俺がここを確認するから、お前達は別の場所を探せ。お前もだ」

 

 内心、しめたと思いつつ、さっさとその場から離れた。まさか、怪盗レトルトとレディが来るとは誰が予想しえたであろうか。 

 イッキたちは適当に探しているふりをしている内に、自分たちが今居る通路は案外、広くないことを知った。

 希望が出てきた。このチャンスを逃したら、外部への連絡は余計に難しくなる。何としてでも、外部連絡手段を探さなければ。

 下へ通じる階段を降りた。階段を降りて数メートル先にはロボロボの他、白衣を着た人もいた。その白衣を着た人物の顔を見て、イッキたちは驚愕した。白衣を着た男はおどおどと怯えて、ロボロボに何があったと尋ねた。

 

「なななにがあったんだよう」

「そういう研究部門担当のお前もなんでここにいる?」

「ほ、他の連中に様子を見てこいと言われたんだ」

「要はパシリロボね。情けない奴」

 

 反論できないといった感じに、男はううと目を逸らし、指をちょんちょんと突き合わせた。

 

「お前達は大人しく部屋に籠もって、いつもどおり、研究なり管理なりでもしてろと伝えろ。俺は忙しいから行くぞ」

 

 待ってくれと制止も振り切り、ロボロボ団はとっとと去った。困ったように頭を掻く白衣の男だったが、階段に別のロボロボ団がいるのを見て、縋った。

 

「た、頼む。何が合ったか、怪盗レトルトがどう来たか詳しく教えてほしいんだ。さもなきゃ、あいつらにいじられる……。頼むよう~」

 

 濡れた湿った薄い髪の毛。眼鏡をかけ、常に自信が無さそうな陰りがある、のっぺりとした顔の男。自分の記憶と耳が悪く無ければ、間違いない。

 

「白玉さん…ですね?」

 

 白衣の男はびくりと身を引いた。

 

「なんで僕の名前を……。まさか! 怪盗!」

 

 しっと、相手に口元に指を当てて黙らした。

 

「違います! 僕は怪盗レトルトじゃなくて、天領イッキです。あのちょんまげ頭の」

 

 白玉は驚愕の表情でだぶついたスーツを着るロボロボ団。もとい、天領イッキを見つめた。

 

「い、イッキ君? ほほ……本当にイッキ君かい?」

 

 イッキはそうですと首肯した。

 白玉は目の焦点が揺らぎ、小刻みに全身を震わせた。イッキは階段に上がったまま、白玉の両肩を掴んだ。

 

「白玉さん! 教えてください! 白玉さんがここに居る理由を! そして、なんでロボロボ団に協力して、ロボロボ団がフユーンを狙ったかを」

 

 イッキは自分でも知らないうちに手に力を込めて、白玉の肩を乱暴に揺すった。背後から、別のロボロボ団に咎められたら、こいつが船を乗っ取られる前に逃げるんだと言うこと聞かないから、説得していると、また嘘を付いてしまった。神様仏様。どうか、今だけは狼少年になることを許して。やがて、白玉は観念して面を上げた。今にも泣きだしそうである。

 

「分かった。全て話そう。ただ、ここじゃ目立つ。イッキ君、付いてきたまえ」

 

 白玉は夢遊病者のような覚束ない足取りで歩いた。イッキとメダロットたちは倒れたらいつでも支えることができるよう、身構えつつ付いて行った。

 どこかの部屋に着いた。白玉は電子ロックキーとICカードを取り出すと、同時に差し込み、ドアを開けた。

 

「僕の個室だ。狭いが、会話が聞かれる心配はない」

 

 ベッドとノートパソコンが乗ったテーブルに椅子一つ。ベッドの下やテーブルの周囲にはプリントや本が散乱。一本の中サイズの水稲とお菓子が入った小ぶりなかごがベッド脇に置かれた、飾り気のない簡素な部屋。

 白玉に勧められて、イッキたちはベッドに座った。光太郎だけはドアの前に立った。

 白玉は眼鏡をかけ直し、汗も掻いてないのにハンカチで額を拭いた。白玉はとても怖がっていた。

 

「白玉氏……何故、怯えておられる。どういう事情があるのはか知らぬが、あなたはもう引き返せぬところまで来た。早く明かしてくれ」

 

 ロクショウは平静は保っているが、とても冷たい声音である。厳しいようだが、ロクショウの言っていることは正しい。

 

「白玉さん。お願いです。時間がないんです。話をしてくれませんか」

「君たちに頼みがある」

 

 イッキたちより背が大きいはずなのに、白玉は仰ぐようにイッキたちを見た。

 

「これから、僕が何を話しても、怒ったり、大声を上げないと約束してくれ」

「分かりました」

「もうひとつ!」白玉は人差し指を伸ばした。「僕が、何を話しても、頼むから……僕を。僕を軽蔑しないでくれ」

 

 白玉は涙声で言った。一体、白玉さんはロボロボ団に協力して何をしたというのだ。

 

 

 

「皆様どうぞ。お静かに。ほんの少しの間、我々とお付き合いしてもうらことになりますがご安心ください。遅くとも、来年の一月上旬までには帰られます」

 

 捕えられた乗客たちはテーブルや椅子が片付けられた空中庭園の中央に集められた。一人ずつ、肌を傷付けないよう内側をゴムで庇った頑丈なアルミ製の手錠を手足に付けられた。厚さ0.5ミリのある程度の伸縮は自在なアルミコードも付いた手錠だ。機械で操作可能で、ロックをかけられて、手足を密着させられた状態で座らされてた。

 先が丸っこい黄色い二本の角を生やした黒い防火服のようなスーツで全身を覆った、アホ毛を伸ばし、サングラスをかけたサケカースと名乗る男が丁寧な口調で説明した。

 

「ご不便をおかけしてすみませんなあ。しかし、皆さんは興奮されて、どういった行動に出るか分からないため、落ち着くまで最低でも後二時間はそうしてもらいます」

「じゃあ、とっとと伸縮機能を解除してください。ついでに手錠も外して。そのほうが一番落ち着くわ」

 

 アリカは口を尖らして、つっけんどんに言った。

 

「君のいうとおりだ。そんな物外したほうが良いに決まっている。だが、できない。何故なら、君たちが暴れないと約束しても、最終的にはそうなることが目に見えているからだよ。それと、余計な口を利かない方が待遇が良くなることも覚えておいたほうがいいぞ」

 

 サケカースは回りくどい、わざとらしい丁寧さを装った話し方をするので、聞く者をいらつかせた。

 サケカースの言にも一理ある。自分はさきほどの騒ぎよりかは、幾分落ち着いて物を考えられるようになった。

 数えたところによると、ざっと二十人てとこかしら? でも、こいつの落ち着きぶりといい、さっき一人が通信機を使って誰かと話をしていたのを見ると、もっと大勢居るんでしょうね。

 メダロッチも取り上げられた今、アリカができることは、他の者のように人質同士で小声で会話するか。一人で考えたり推測立てるの二つしかなかった。アリカは後者を選んだ。

 アリカは、このフユーンの企画を立てた者たちの不用心さに呆れた。だが、引っ掛かることもある。ここに居るのを含め、幾らなんでも気付いてなさすぎる。まさかと思うが、関係者の誰かが手引きをして、ロボロボ団を乗せたのだろう。だとすれば、その目的は? ロボロボ団にフユーンを占拠させて、何の利益があるというのだ? 花園学園の時のように、学園の地下に高価で珍しいメダルコレクションがあるわけでもないのに。

 ついさっき、それとなく尋ねた人がいた。しかし、一喝されて、結局目的を教えてもらえなかった。私が聞いても無駄ね。

 それにしても、白い金魚鉢頭共を除けば、黒スーツを着た四人の内三人まで見覚えがあった。悩ましいボディラインの赤毛の女。大柄で目蓋から頬にかけて刀傷がある大男。そして、あのリーダーと名乗るサケカース。金髪の先端をきつく棘のようにおでこのところでまとめたちっこい少年には見覚えがない。

 現状で考えることが無くなってくると、この事件をどう学級新聞にまとめるか。取材を受ける側の気持ちはどんなものだろうだとか。事件とはあまり関係ないしょうもないことを考えるようになってきた。こういうのって、現実から目を背けることによって心を守ろうとする、一種の自己防衛機能なのかしら。

 すぐ後ろで、ううんとキクヒメが両足を伸ばした。怒鳴ったり、噛み付いたりするイメージがあったが、意外にも大人しくしていた。

 

「あんた、暴れないの?」

「なんでさ? 今暴れたってどうしようもうないじゃん。あたいはあんたと違って、育ちがいいからね。機がくるまで待つさ」

 

 一言多くてむかついたが、突っかかりはしない。

 サケカースが人質と向き直った。誰かを見ている。捕えられた者たちはサケカースと同じ方向を見つめた。と、その注目された人物も後ろを振り返っていたので、ずっこけそうになった。

 サケカースが見つめる人物はヘベレケ博士だった。ヘベレケ博士は自分が周囲から注目されていると気付くと、半笑いで「わしじゃったか」と前を向いた。

 

「何か御用かの?」

「そうでなけりゃ、あなたを見つめたりしません。あなたはメダロット界の権威の一人であらせられるヘベレケ博士ですね」

 

 博士は胸を張って、そうだと答えた。

 

「あるお方があなたに大変興味を抱いておりましてねぇ。あなたはちょいと、ゲストルームに来てもらいますよ」

「ゲストルーム? ほほう、可愛いギャルたちが接待してくれるのか」

 

 ヘベレケ博士はふざけたことを口にしたが、目は全く笑っておらず、警戒していた。

 

「そのような接待は私が受けたいぐらいですよ。まあ、今ここに居る方々よりは悪くない扱いになるとは申しておきましょう。さあ、お立ち上がりを」

 

 ヘベレケは言われるがまま、ロボロボ団に連れて行かれた。一人、三十代半ばの男性乗務員が膝立ちの姿勢でサケカースに尋ねた。

 

「あの、ヘベレケ様をどうされるのでしょうか?」

「のっちのちにおーしえさしあげますよっと!!」

 

 サケカースは人の神経を逆撫でするかのように、ねちっこく、大声で答えた。おかげで耳がキーンと響いた。

 サケカースと幼児幹部、金魚鉢二人が付き従って出ていった。密かに、姿を見えなくした状態で移動しているものがいることを気付く者はいなかった。

 アリカは乗務員に近寄り、こっそりと聞いてみた。この人は、さっきの襲撃の最中でも、慌てることなく冷静に指示を出して、ヘベレケ博士をどこかへ連れて行こうとするサケカースに勇気を持って尋ねた。多分、この人なら、話してくれるかも。

 乗務員の男性。名前は二古世。二古世は困惑した表情で話した。

 二古世氏によると、フユーンに来た乗務員は皆、特別業務という名目で来た別々の会社から来た正社員や派遣社員。特に顔見知りがいるわけでもなく、親しくなることなく、普通に仕事をこなしていたが、おかしな点もあった。入航前のチェックを警備の者しか行えなかったことだ。人物のチェックは、警備の者以外も行わなければならないはず。なのに、警備担当の者しか行っては駄目と通達された。

 

「今思えば、その命令を破ってでも、しっかりと乗務員とお客様の身体検査を行えばよかったよ」

 

 二古世氏は苦渋の表情で語る。また、ヘベレケ博士はその検査のことを知らなかったようだ。

 何かおかしい。ひっかかる。二古世もアリカと同じことを考えていたが、場を乱しかねない不用意な発言を控えた。迂闊に何かを言って、ヘベレケ博士に被害が及ぶ恐れもある。

 色々考えて、考えたいことは山ほどあるが、どうしても声を高くして呼びたい気持ちが抑えきれず、つい近くのロボロボ団員に聞いた。

 

「私のメダロットたちはどこ?」

「知らん。無傷で保管されていると思え」

 

 金魚鉢頭は腕を組み、いばった感じで答えた。アリカはふざけんな! と、叫ぶの堪え、ブラス、フレイヤ、プリティプライン。そして、イッキたちの身を案じた。ここが空中ではなく、陸上なら、窓に体当たりするとか大胆な行動に出れたものを。

 ああ! ブラス。背中からメダルが外れたのを見ると、命は失われてないようだが、直にこの眼で確かめたい。イッキたちはどうだろうか。以前なら全く期待してないが、今は少し期待している。ただ、イッキたちとて、この状況を打開できるか? もしイッキが捕まったとしても、責める気はない。むしろ、よくあの場から逃げ出せた。頑張ったねと褒めたい。

 時計を見たら、九時二五分。ロボロボ団がどの時間で拘束を緩めるのかは定かではないが、後二分。長くて一二分後の四十分辺りか。

 九時四十分になって、乗客たちは部屋へと戻された。枷は付けられたままだ。今日一日は付けないことになったのだ。

 

「暴れるなロボよ」

 

 ドアを閉めた、女と思しきロボロボ団に舌をあかんべと出した。部屋をうろつく。ご丁寧に、船内連絡の子機は取り外されていた。荷物も荒らされた痕跡があり、充電器を残して携帯を盗られた。カメラも捕まったときに取り上げられた。頭に血が上り、右足で壁を蹴っ飛ばした。

「いつつ」自分の足を痛めただけだった。手錠はもう、ある程度伸縮できるので、足をさすった。

 アリカは人生で今、一番打ちのめされた。自分がこんなに非力だなんて。カメラまで奪われて、何がジャーナリストよ。情けないったらありゃしない。暴れる気概も無くなった。今は何をしても無駄に思える。布団を敷いて、大人しく寝るか。

 アリカは雑に寝具を敷き、寝っころがった。興奮しているせいもあるだろうが、手足に枷を付けられたままでは、寝ようにも寝れない。無理に寝ようとした。

 しかし、アリカの眠りは妨げられた。何故なら、ぽーんぽーんと、部屋の外と中でやかましく警報が鳴り出し、怪盗レトルトと相棒のレトルトレディが潜入したことを教えてくれたからだ。

 アリカの中で消えかけた根性とジャーナリスト魂がぱっと燃えた。アリカはがばと跳び起きた。

 

「なに諦めてんのよ。この、馬鹿! 腐れ根性無し女! あいつはまだ捕まらずに頑張ってるのに、私が諦めてどうすんのよ! さあ、動きなさい。考えろ、甘酒アリカ!」

 

 考えなさい。この状況から逃れられるか。否定したがっていることを肯定し、肯定したがっていることを否定しなさい。二古世氏の証言。自分の集められた情報とその推測。幾つか考えられることあるが、アリカはあの人たちが怪しいと睨んでいた。自分はそれを証明しなければならない。正義のジャーナリストを目指すならば。

 外ではロボロボ団が騒いでいる。自分以外にも思いついた人がいるだろうが、やってみる価値はある。

 アリカは折り畳み式の椅子を持って、ドアの前に立った。

 

 

 

 敵が動き出す。コンマ一秒早く、二号がミサイルをコクピットの天井に向かって発射した。頑丈な造りで、焦げ目を作った程度だが、目くらましには十分。

 整備士に変装して密かに作った隠し床に逃げ込み、敵が過ぎるのを待った。

 ロボロボ団に扮し、数時間前から全身隠蔽パーツで完全に姿を消したメダロットを庭園に潜り込ませたのが功を奏した。証拠は掴んだ。最早言い逃れはできまい。

 レディはより安全な隠し天井にいる。後は、頃合いを見て、脱出する機会を窺うのみ。人質たちは海外の優秀なセレクト隊や警察が救助してくれるだろう。

 しかし、この胸騒ぎはなんだろう。薄い闇で剣(つるぎ)が微かに光を反射した。一号も珍しく、不安を洩らしていた。協力者はあまり信用できないが、話してくれることは話した。たったひとつ明らかに避けている話題があったが、話したら彼の身が危険だと叫んだので、深くは追及しなかった。

 今思えば、レディの言った通り、無理矢理にでも口を割らせるべきだった。とてつもなく恐ろしい事が起こる。ただの杞憂で勘だが、彼の狂った表情が心を疼かせた。

 万が一の場合には、正体がばれる危険を冒しても、人命救出を最優先する。メダロットたちにその旨を伝えたら、無言で了解と応えてくれた。

 時刻は二三時四十分。新年まで残すところ二十分。

 

 

 

 白玉はイッキと似たような少年であった。メダロットが出回っていない頃、彼はメダロットに対して畏敬の念を抱き、この分野の専門家になるんだと燃えた。しかし、今も昔も暗い性格であり、両親はどちらも厳しすぎて自分たちの望んだとおりの道にしか白玉が行くのを許さなかった。威圧的な環境で育った白玉は、大人しい良い子。言い換えれば、自分の意見をあまり出せない人間に育った。

 更に、そのかっこいいとも可愛いとも言えない容姿とネガティブ思考な性格が災いし、友達らしい人もできず。当然、女友達など夢のまた夢。メダロット好きを公言したら、気持ち悪いオタク扱いされて、クラスから村八文。常に一人ぼっちで、毎度、誰かこいつを班に入れてやってくれと先生に言われる始末。

 両親も中学生時代に離婚。父親に引き取られた。父親は息子へ愚痴ばかりこぼし、あの女の血を受け継いでいるなら、しおらしく黙ってろと、悪いことをしてないのに数え切れないくらい怒られた。

 頭は良かったので、大学院生二年目にして、やっと夢の職業であるメダロットの研究開発者として就職。念願のメダロットも購入した。父親とは音信不通。母親とも。

 なれたのは良いものの、思うように研究成果が挙がらず。鬱憤を晴らすため、ネットにしつこく書き込んだり、ネットで犯罪紛いのことに手を出した。また、酒に溺れたかのようにロボトルをしすぎたのも原因で、自らを疎んじてメダロットは逃げてしまった。暗く、寂しい毎日。俺にはメダロットがあるんだ。別のメダロットと友達になれるさと言い聞かせた。

 そんなある日。たまたまメダロット博士が自身の勤め先に訪れたことがきっかけで、人生が変わった。わしがこいつを育ててやると受け入れられた。白玉は喜んだ。博士が自分を認めてくれたのもがあるが、それよりも喜ばしいことがあった。ナエの存在だ。

 白玉は博士の研究所に勤めるようになった。メダロット博士も同僚たちも白玉を平等に扱い、ナエも同じく平等に接した。

 初めて、女の人から普通に扱われた。菩薩の如く柔和な笑みを浮かべ、白い歯をちらつかせて、艶のある黒い長髪をなびかせる綺麗で優しい女の人から。

 白玉は勘違いしていた。ナエのその態度は白玉に想うところがあってのことではなく、彼女の自然な振る舞いだと、思わなかった。

 メダロット博士が自分に手を伸ばした、自分は選ばれるくして選ばれたという思い込みが白玉を増長させた。

 白玉はナエに対し、浅ましく、いやらしい想いを抱いた。この人はメダロット博士同様、僕を受け入れてくれてる。僕のことを両親より想ってくれてる。僕を男として見ている。思い込みは増長し、両親の教育の賜物で白玉は感情を表面には出さなかったが、心では激しい想いに囚われ、身を焦がし、ナエに飛びかからんばかりであった。

 そして、純粋とは紙一重な想いに付け込まれ。ついで、寂しい時代で犯した小さな悪事の数々をもネタに脅されて、白玉は半ば強制的にロボロボ団である彼らに手を貸してしまった。元来、メダロットの研究以外には意志薄弱で弱腰で、いざというときの場面に対する処置や避け方を全く知らない白玉は、ロボロボ団の言うがままにされて―――現在に至る。

 もし、僕の身近にアリカがいなかったら? もし、ママとパパが僕の話をちっとも聞かなくて、完全に自分の都合しか押し付けなかったら? もし、僕の周りがメダロットを嫌ったり、どうでもいいやと思っている人ばかりであれば?

 産まれた時代もある。自分のこの感情は、単なる優越なのかもしれないが、イッキは白玉への同情を禁じ得なかった。

 僕の周りには、遅くても、待って話を聞いてくれる人がいた。悪いことをしたら叱って、良いことをしたらきちんと褒めてくれる人がいた。白玉が両親に認めてもらうんだと、一人で寝ることを決意したところの話。チドリとジョウゾウはイッキの成長を認めたが、白玉の両親は、他の子はとうにしている。お前はいつも鈍間だとしか言わなかった。もしも、僕が同じことをママとパパから言われたら、一人で寝るのが悲しくて、怖くなっていた。

 白玉を心底憎んで嫌えない理由は、自分とどこか通じたところがあり、メダロットが大好きという点だろう。しかし、白玉のしたことは到底許されたものじゃない。

 我慢の糸が切れて、

 

「この愚か者が! 自分が何をしているのか自覚しろ!」

 

 あの冷静なロクショウが罵声を浴びせた。イッキは礼とロクショウの罵声に対する侘びも兼ねて、頭を下げた。

 楽しかったり、一つに集中すると時間が立つのが早いが、とっくのとうに一時間を過ぎていた。話が長かったせいもあるが、白玉が度々、ぐずついたり、泣きかけたり、怯えて呂律が回らなくなってしまったりした為、余計に時間が伸びた。

 怪盗レトルトたちに対する警報は十分で収まり、五分に一回のペースで簡単に警戒せよという放送が流れる程度に留まった。

 白玉さんは椅子から降りて。と、表すかよりは、椅子から落ちて、顔面を床に着けてむせび泣いていた。その様は、親や教師に悪事が露見してきつく叱られた子供だ。ロクショウとトモエが侮蔑の眼差し投げかけ、光太郎は無言で白玉を見つめた。そんな中、イッキはベッドから降りて、慰めるように白玉の肩に手を置いた。

 

「すまん、ずまん。ううっ! 僕のせいで、こんな……僕…を許して。いや、許される訳ないか」

「白玉さん。頭を上げてください。自分のしたことを反省してください。僕が言えるのはそれだけです。あの、それで、約束の通信機器を」

 

 白玉は腕立て伏せの姿勢で上半身を上げ、ぐちゅぐちゅに汚れた顔を上げた。

 白玉の話で、この下は研究室などにある通話機を除き、傍受されないようフユーンの下にある通話機器は内線しか通じないと分かった。せっかく外部へ連絡する物を得ても、ここに居ては無意味なわけだ。

 

「白玉さん。僕たち、もう行きます。そして、どうかお気を付けください。無事地上に帰れたら、警察に自主してください」と、伝えると、一人と三機は白玉を残して部屋を後にした。

 

 もしもだけど。白玉さんに一人でも、話を聞いてくれる人がいたら、こんなことにはならなかったのかな。多分、ならなかったと思う。

 イッキは自分の周りに自分の存在を認めてくれる人がいなければ、将来的には自分もいずれああなったであろう人物を気にかけつつ。一行は急ぎ、外部電波受信区域を探した。

 白玉の話した真相により、裏切り者は白玉を含み二人。素知らぬふりをしている者らが四人。四人の名を聞かされたのはかなりショックだったが、悪事に関わっている訳でもないし、内一人はあまり事情を知ってないと知って喜ぶ自分がいた。

 それよりも、一番衝撃的で残念でならなかったのが、白玉を含むもう一人の裏切り者。そして、二人とロボロボ団の手により生み出された、哀れにも中途半端にさせられた者たちの存在だ。

 

「イッキやんは優しいなあ。あんなヘタレも許してしまうとは。だが、ここははったおしてでも、あの人に口を割らせるべきでしたやな。彼は誤魔化せていると思うておるが、ありゃあ、まだ話してない事柄が一つ二つありますで」

 

 光太郎は引っ掛かっていた。ロクショウも。白玉が真相を暴露している最中、一言、気になる事を喋った。

 約束もしたしね。

 その時の白玉は尋常ではなかった。口を半開き、歯を剥きだし、白目にならんばかりに目を上に向けて笑っていた。狂気に微笑む人間を見て、全員背筋が凍った。ロクショウは誰と何を約束したんだと聞いたら、人とは約束してないと答えた。

 人と約束してない。ならば、誰と約束したかは答えは一つ。メダロットだ。結局、白玉の尋常ならざる形相とへたれっぷりに堪りかねて、可哀想に思ったイッキ殿は話さなくても良いと言って、あやつめは話さなかった。果たして、あやつと約束したメダロットとは誰だ。名前は分からないが、誰かは予想が付く。

 

「イッキさん、ロクショウ。よう気ぃ付けや」

 

 イッキはうんと返し、ロクショウはああと挙手した。イッキはともかく、ロクショウも何となく勘付いてはいたが、イッキに同意して、白玉への追及をこれ以上避けた。

 光太郎。いや、イッキは多少強引な手段に訴え出てでも、白玉に口を割らせるべきだった。

 イッキたちが去った後、白玉は後悔しながらも、胸を撫で下ろしていた。

 良かった。本当に良かった。イッキ君たちには悪いけど、彼との約束だけは破れない。同じ穴の貉であるが、誇りを失わず、健気に自由を信じている「彼」。酷いことをした僕を許し、僕を友達と呼んでくれた彼。本当に済まないが、彼なら僕とは違って過ちを犯さないはず。彼はロボロボ団の行為を防ぎたいと明かした。彼ならきっと、イッキ君たちと一緒にこの状況を打開してくれる。ちょっと手を加えて、僕の友達を助ける手助けをしただけだ。

 苦しいときに、自分以上に苦しい目に遭っている彼から手を差し伸べられて、白玉は救いの手と思って掴んだ。白玉は無垢に信じた。それは結局、自分が良いことをしたと思いたいだけの無償の愛とは程遠い感情から起こした愚かな行動。

 もう博士は信じられない。僕には彼と……ナエさんがいる。

 白玉は必死に言い聞かせた。あの、誰も手を差し伸べてくれなかった辛い現実から目を背けたときのように。

 


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