メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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29.フユーン搭乗

 十二月三一日。早朝。きたる新年を歓迎するように、天気は全国的に雪も降らず、今日と来年の一月一日の夜までは晴れとの予報。絶好のお天気日和。

 正式名称・巨大浮遊鉱石搭載エンジン円盤型試験飛行機フユーン。

 そのいかつい外見から、略称と別名を合わせて”空中要塞フユーン”は御神籤(おみくじ)町より二キロ離れた先にある、山間の元はただの荒地を発着場へと整備した場所から飛び立つ予定。

 発車時刻は今日の十一時半。到着時刻は翌年の一月一日の三時。

 この日のため、各空港関係者や道路交通省に政府関係者と綿密な飛行計画を立てて、実行に至る。

 天領家の朝食は日本人らしい、納豆や卵焼きにご飯にわかめと豆腐の味噌汁と豪華? 味噌汁を筆頭に、程よく焼けた卵焼きを食し、ご飯に納豆をかけた。待ちに待った日でもあり、嬉しいのと楽しい気持ちが食欲を刺激して、箸を動かさせた。気が付けば、あっという間にたいらげていた。

 ジョウゾウはのんびり茶を啜った。本当は休みで早く起きる必要は無いのだが、年の最後はどこかでけじめというか、締めはつけておきたくて。朝早く起きて、妻子と朝食を共にした。

 ロクショウはといえば、何故か寒い庭の外で座禅。果たして、メダロットに精神修行が必要かどうなのか疑問に思うが、悪いことをしている訳でもないので、煩くは言わない。

 昨日の内に大体の準備はすました。出発の時を待つのみ。

 十時には家を出た。もう少し遅く出てもよかったが、見物やらマスコミやらで道路が込むだろうというパパが推測したために、早く出た。

 結果、パパの推測は正しく。普段は込まない道路が珍しく混んで、十時五八分と遅めな到着となった。

 車を止めるや、パパとママと三人で荷物を抱えてフユーンへ直行。マスコミの取材を受ける暇も無い。

 ただ、発着場に居る受付によると、整備のため、予定より十分遅れたようなので、僅かにフユーンの全容を外から間近で眺める余裕があった。

 車から見ても分かったが、改めて車から降りて見たら、フユーンは見る者を圧倒させた。フユーンは上のお皿は下向きにで下のお皿はそのまま上向きに置いて重ねたような形をしており、重ねたお皿の尖った縁の部分は銀色、天辺は群青、他は全体的に赤い色で塗装されていた。

 ばかでかい巨人が二枚のお皿を遊びで重ねてみたいだとイッキは思った。

 その他、細々としたレーダーやらアンテナにフユーンを支える足でもある補助輪が付き、コックピットは駐車場とは正反対の方向にあり、ちょこんと四角く出っ張りのように突き出ていた。

 遠くから見てももちろん、こうして間近から見ても、フユーンは飛行機というより旧い映画に出てきそうな未確認飛行物体の一種に思える。

 アリカはUFOが好きで、たまにUFOやお化けに関する記事をでっちあげて先生から叱られている場面を何度か目撃したが、今なら、アリカの気持ちも何となくわかる。パパも興奮の面持ちでフユーンを眺めていた。確かにこれは、いわゆる男のロマンがくすぐられる。メダロット三人も感心した様子だ。

 一通り見回り、いよいよ搭乗の時がきた。乗る間際、イッキはチドリとジョウゾウの二人に軽く頭を撫でられた。今回は大人しく撫でられた。

 

「いってらっしゃいね。何も起きないと思うけど、体には気をつけてね。アリカちゃんたちと楽しんでらっしゃい」

「いやはや、羨ましいぞイッキ。パパもこういうのに一度、乗ってみたいもんだ。じゃ、行ってこいイッキ。ママと同じことを言ってしまうが、気を付けてな」

 

 イッキは笑顔で「何も起きないって!」と言った。

 ロクショウ、トモエ、金衛門もそれぞれ別れを済ました。地面の台とくっついたスロープを登り、いざ搭乗!

 船内は思ったよりも飾り気がなく、広々としていた。派手な外装とは異なり、内装は灰色で地味である。眼鏡をかけた、特徴的なアホ毛のある七三分けした男性乗務員に船内にある庭園へ案内された。乗務員は歩きながら説明した。

 

「ここフユーンでは、通常の飛行機とは異なり、巨大なエンジンは中央にあるフユーンを除いて特にありません。そのため、船内に過分なスペースができて、園内の他にも娯楽に関する物を置いたお部屋が幾つもあります」

「なんでですか?」

「上空からの長期間に渡る研究・調査の目的もありますが、将来的には一般客の搭乗による遊覧飛行ホテルの設計も見込んでのことです。今回、あなたのような一般の方をご招待したのも、リピーターであり、アンケートを取るためでございます。それでは、ごゆるりと空の旅を楽しんでください」

 

 園内に着いた。庭園は天井の高さと広さも相まって、飛行機内部にしては開放的だ。花壇や家庭菜園もあり、メダロットたちがお世話をしていた。アリカたちの姿が見えたので、イッキは声を出して手を振った。去ろうとする客室乗務員の背を、ロクショウは呼び止めた。

 

「お待ちくだされ。以前、あなたとはどこかでお会いしたことはあらぬか?」

「あなたと同機種のメダロットは何体かお見受けしたことはありますが、あなたというか、あなたのマスターとは面識はありませんなあ。ほかにご用はありますか?」

 

 ロクショウは首を傾げながら、「呼び止めてすまない」と言って、イッキの下へ行った。

 ロクショウが背を向けるや、乗務員はさっさと庭園から離れた。そして、客や他の者の姿がいないところまで来ると、ぶつぶつと口汚く愚痴りだした。

 

「糞! どこのどいつだ! あの餓鬼共に招待状なんか送ったバカタレは!!」

 

 

 

 アリカ、カリン、コウジと順番に挨拶を交わした。当然だが、イッキたちの他にも何人か乗客がいた。カリンちゃんは相変わらずのロングスカートであったが、アリカのロングスカートは珍しかった。

 まさかと思い、周囲を探るように見た。ほっと、胸を撫で下ろした。このパターンでは、スクリューズの三人組も搭乗しているのではないかと思ったが、いなかった。あの三人も応募していたようだが、いないということは、外れたのだろう。

「どうされたのですか?」カリンちゃんに聞かれたら、「知り合いがいないか見ただけだよ」と答えた。 白い白衣に片眼鏡をかけて、顔は頑固そうに四角く、ロシア人が冬場に被っていそうな帽子に太い長方形状の電球が二つ付いたという変わった飾り付きの帽子を被った老人。開発者であるヘベレケ博士が登場した。設置された台に上って、数名の乗務員たちも横に並び、乗客を歓迎した。 

 

「ご挨拶はこれまでと致しましょう。本当は二十名の方が来る予定でありましたが、都合により二名の方がキャンセルされたのは、私も残念に思います。それでは皆様、ごゆるりと空の旅をご堪能あれ」

 

 各自、各々の個室のキーを渡された。コウジ、カリンちゃんとは離れていたが、アリカとは両隣りであった。

 

「当機は飛行中に置いても、シートベルトを着ける必要はありませぬが、一応安全の為、離陸時と着陸時の数分間はシートベルトをお締めになってくだされ」

 

 一人に付き、一人の乗務員が付き、個室まで案内された。乗務員にシートベルトを着けるよう再度言われた。個室は和室様式。十畳間分、一人が寝起きするスペースとしては十分な広さがあり、洗面台とトイレもある。小型冷蔵庫にテレビまであり、意外にも家具が揃っている。ただ、個室に風呂はなく、現在(いま)はまだ共同のシャワー室しか無いらしい。

 一度メダロットたちを収納し、部屋の隅っこに備え付けられた航空座席のシートベルトを締めた。部屋の通路側に窓があり、カーテンも吊ってある。

 二分ぐらいだろうか。いまかいまかと待ち構えていたら、微かに体が一瞬、ふわりと浮いたような感じがした。

 五分後、スピーカーから女性の声でナレーションが流れた。

 

《ご乗客の皆様。シートベルトを外してもよろしいです》

 

 座席のシートベルトを外した。メダロット三体を転送したら、忘れずにキーを持って、部屋を出た。

 フユーン内部の通路は片側が歪んだアーチの通路。窓は上下にあり、上部の窓は大きく、下部の窓は子供の身長でも開けられる位置にある小ぶりな窓である。個室内は三メートル弱だったが、通路の天井は個室より二メートル高かった。

 もっとも、招待状に送られた注意事項では、上部の窓は緊急時の脱出時に開けるが、下部の窓は許可が無い限り、開けることは禁じられていた。このフユーンは、宙に浮かぶアパートのようなものだ。イッキの部屋の右にある個室から、アリカもブラスたちを連れて出てきた。

 

「娯楽施設もあるというけど、その前に船内を探索しましょ。ヘベレケ博士とか、関係者と出会って話も聞けるかもしれないしね」

 

 イッキはうんと頷いた。他の乗客たちも好き勝手に歩き、元から親しい者もいれば、自ら親しくなりに行く者もいた。

 さあ、探検だ! と、意気揚々に出発しようとしたら、乗務員の怒鳴り声と子供の声が聞こえた。

 

「君たち? 何故ここに居る! それよりも、どうやってここに来たのだ」

「えーあー、すいません。ちょっと冒険しようと思って入ったら、知らないうちに出発してしまいまして。えへへ」

 

 アリカとイッキ、次にイッキはロクショウと顔を見合わせた。あの声にはようく聞き覚えがある。もう一度、アリカと顔を合わせて溜め息を吐いた。腐れ縁というか、嫌な予感はとことん命中する時があるようだ。

 騒ぎの現場に行くと、あら予想通り。快刀乱麻。鞍馬天狗のごとく、どこからともなく表れた悪がき三人組のスクリューズが乗務員に詰問されていた。三人組は、ジャンパーやカーディガンを羽織る以外は、いつもと変わらぬ服装であった。キクヒメ、イワノイ、カガミヤマは一斉にイッキたちの方を見た。二人とメダロットたちは他人の振りをしたが残念、悪がき三人組、顔を合わせず声を出さずとも、以心伝心、三人三様即行で同じ作戦を考えた。

 

「おーい!!! イッキィー! アリカァー!! 元気してっかあーー!!!」

 

 三人はわざとらしく、イッキとアリカに向かって大声で呼びかけた。乗務員の一人がすたすたと、二人にも厳しく問い詰めた。

 

「君ら二人は、あの三人とお知り合いかい」

 

 イッキが応じた。「知り合いていうか、その。そうと言えばそうなんですが。さっき、ヘベレケ博士が二人欠席したと言っていましたけど、それって、あの三人のことですか?」

「あの三人の名前と乗客リストを見たが、あの三人の名前は見当たらない。つまりだ。あの三人は密航したというわけだ。私の言っていることが分かるかね」

 

 イッキはしどろもどろに「はあ」と、返事をした。そして、乗務員たちの疑わしい顔付きを見て、これはやばいなと思った。乗務員さんたちは、僕たちがスクリューズの奴らを手引きしたと疑っている。アリカはスクリューズと気付いた時点でまさかと予想していたが、あまりの予想通りの展開に、呆れたように右手で顔半分を覆った。

 おたおたしている頼りないイッキに替わり、アリカが交代した。

 

「確かに私たちはあの子たちとは顔見知りで、同じ学校にも通っていますが、それだけの関係です」

 

 アリカはそれだけの関係ですという部分を強調した。アリカの子供らしからぬきっぱりとした物言いに、大人の乗客は妙に納得した様子であったが、さすがに乗務員は立場上、容易には引き下がらない。

 

「では、同じクラスかい? 三人とは友達かい?」と、乗務員はしつこく、何度も同じことを尋ねた。 

 乗務員は困ったように顔を突き合わせ、船内電話でヘベレケ博士を呼んだ。ヘベレケは苦笑いを浮かべて、そうかそうかと顎を撫でた。

 

「今更、引き返す訳にもいかんな。確か、個室はまだ余分にあったな。この子たちを案内してやりなさい」

 

 乗務員は困ったように頷いたが、仕方がないだろう。犯罪者が紛れ込んだり、よっぽどの事故が起きたのならともかく、小さな子供三人が紛れ込んだぐらいで引き返しては、飛行計画に大幅な狂いが生じる。

 スクリューズは飛び上がって喜んだ、キクヒメに至っては、これでもかというぐらい誉めたてた。イワノイ、カガミヤマもヨイショした。

 

「いよ! さっすが大将太っ腹! 憎いね、旦那。良い男ってのは、あなたのようなお方をさすんでしょうね」

「がははははは! 褒めても何もでんぞ」

 

 ヘベレケ博士も調子よく笑った。乗務員が腰を曲げて、ささやいた。

 

「博士ぇ、本当によろしいのですか?」

「構わん。どうせ、二人来なかったのしな。二人ではなく三人だが、一人ぐらい増えてもどうということはないわい。さあ、小僧ども。行くのじゃ。ただし、いくらわしの心が広くとも、これ以上、船内で暴れたり騒ぎを起こすようなら、窓から放り投げてやるぞい」

 

 最後の台詞は若干、冗談のわりには本気にも聞こえたが、三人組はへぇこらと揉み手をしながら礼を述べて、三人の乗務員に個室まで案内されて行った。

 イッキたちはこそりとその場から離れた。

 

「乗った直後からこれとはな」とロクショウ。

 

 先が思いやられるとはこういう状況で使うのだろう。

 

 

 

 さきのヘベレケ博士の挨拶が行われた庭園にて、カリンとコウジの二人と会った。イッキは二人にスクリューズのことを話すと、カリンは指を口元の近くに寄せてさも可笑しそうにくくと笑いを堪え、コウジはやれやれと首を振った。

 

「変わってないな。あいつらも」

「まあね」

 

 四人でどうするかとなったが、ロボトルをする訳にもいかないので、しばらくは適当に散策することにした。

 アリカとカリンの二人は庭園に残ると言った。コウジは取り敢えずはアリカを信用したらしく、特に何も言わず、イッキとコウジは庭園から出た。庭園から出てすぐに、スクリューズとまた出会ってしまった。イワノイが突っかかってきた。

 

「お前よう、メダロッ島の時の恩を忘れたってぇのか? 俺たちがあそこにこなけりゃ、今頃、お陀仏だぜ。少し庇えよ」

 コウジが顔をしかめた。「……お前ら、あの山。いや、メダロッ島以来になるけど、変わっちゃいないな」

 

 なにおうとイワノイはコウジにも突っかかろうとしたが、ハッと顔に驚きの色が浮かんだ。

 

「あっ! お、お前は。おどろ山で俺たちと戦った。なな、何でここに居るんだよ」

「俺はお前たちと違って、ちゃんと応募したんだよ」

 

 コウジに嫌味っぽく言われ、イワノイはムッとしたが、大人しく引き下がった。

 

「お前たちさあ、僕もそうだけど、そこまでというかここまでした乗りたかったの?」

 

 キクヒメがふんぞり返って答えた。

 

「あったりまえじゃん! 私とイワノイ、カガミヤマで一人頭、一回の応募に付き五十枚も出したのよ。それで三回も外れりゃ、こういう行動に出るしかないじゃない」

 

「ご」五十枚!? よくもまあ、そこまで葉書を出したものだ。合計したら四百五十枚になるではないか。半ば呆れ、感心した。彼ら三人のフユーンに乗りたい気持ちは伝わったが、数が多けりゃいいということでもないな。その情熱と行動力には多少、尊敬に値する。が、密航はやりすぎだ。

 

「お前らなあ、限度を超えているぜ」

 

 コウジはイッキよりも早く、ツッコンだ。キクヒメはへへんと生意気そうに口端を歪めた。

 

「当たって砕けろだよ。誰がどう言おうと、あたしらはもう乗っちまった。あたしら三人のために戻る訳にもいかない。要は、あたしらの作戦勝ち。子供の内だけだよ、こういうのが許されるのは」さっと前髪を払い除けた。「あたしらはあんたたちとは別方向で探索するよ。と言っても、このまま行けば、また落ち合うだろうね。じゃ」

 

 キクヒメの後にイワノイ、カガミヤマが従う。去り際、カガミヤマが「選択はちゃんとしろよ」という言葉に、コウジは首を傾げた。

 

「どういう意味だ?」

「さあ」

 

 イッキもお手上げのポーズをした。探索中、再びスクリューズと出会ったが、詰問した乗務員が場に居合わせたためか、ちょっかいをかけられずに済んだ。

 まず、探索する前に分かっていたことは、フユーンは格納庫を含めて四階建てで、現在、一般客の立ち入りが許されているのは一階と二階のフロア。一階は展望台になっており、ここから、新年の幕開けである初の日出を見る予定。

 二階は半分近くが個室を占めて、左右両側は搭乗下降口で、そこに面するところはこれと言った物はない。個室はコクピットのあるやや北側に面し、反対の南側に庭園がある。庭園をでてすぐの場所に、カフェやレストラン、ゲームコーナーが設けられていた。因みに、庭園にもこじんまりとしたレストランや図書室がある。

 要所で壁で区切られて、通る際にはいちいちドアを開けなければならない。ドアや壁、個室にもある注意書きには、個室。特に通路内のドアはきちんと閉めるように大きな文字で印刷されていた。数えたら、八か所分壁で区切られてた。

 コクピットに通じる二箇所。コクピットと客室を隔てる箇所が左右反対に二箇所。搭乗下降口が東と西に二箇所。庭園と娯楽施設を隔てる壁の二箇所である。所々に乗務員専用の通路もある。当然ではあるが、一般人の立ち入りは禁止。恐らく、乗務員通用口に下の三階と四階に通じる梯子や階段でもあるのだろう。

 一階と二階は天辺から半分より上の位置。要約すれば、フユーンの全体面積の内、三割程度にしか満たないことが分かった。

 つまり、後の三階や四階は、フユーンが飛ぶための機械やら食料倉庫、施設などで埋められているわけだ。それにしても、区切られた箇所を通る度に、あちらこちら事細かく見学したせいもあるが、一周するのに時間がかかったように感じた。

 

「それもそうだぜ。なんせ、直径四八八メートルもあるんだしな。普通に一周するだけでも時間がかかるよ。高さも三十メートルとすげえでけえしな」

「えっ。ここって、そんなにあるの」

「イッキ。ニュースや新聞を見なかったのか? 何度も放送していたぞ」

 

 誤魔化すように半笑いを浮かべた。正直、ニュースは殆どながら見で、新聞に至っては、かなり気の向いたときでなければ読まない。難しい漢字が多すぎて、読むのをすぐにやめてしまうが。

 

「ま、まあ。それはそれで、置いといて。そろそろ、庭園の方に行こうか。アリカたちも待っているだろうしさ」

 

 庭園に戻ると、二人の姿は見当たらない。居るのは残念、スクリューズである。ふよふよと庭園をうろつく飛行メダロットに話を聞いた。

 

「アア。その二人ナラ、君たちが来る一分一三・七秒前に庭園から出タヨ」

「そうか。ありがと」コウジに向き直る。

「コウジはどうする? 僕はしばらく、庭園にいるや」

「俺はカリンと合流する。昼食会にまた会おうぜ。後」スクリューズを一瞥した。「あいつらには気を付けろよ」

「大丈夫だよ。あいつらだって、密航こそしたけれど、場ぐらい弁えているよ」

 

 コウジが去ると、スクリューズの三人がベンチから立った。来るか。ロクショウなどは思わず身構えたが、三人は素通りした。

 

「姉御、ゲーセンいきやしょ」

 

 イワノイもカガミヤマの意見に同調する。二人のゲームコーナーの希望を良しとしたが、キクヒメはテレビではなく、本格的な物をするぞと意気込む。

 

「本格的な物といいやすと?」

「決まってんじゃん。ビリヤードやダーツだよ」

「さっすが姉御。渋いっす!」

 

 イワノイがキクヒメをおだてた。三人の背を見送った後、イッキは一人、ベンチに座り、ぼーっと庭園内の窓から外を眺めた。植物に陽を当てるためだろう、庭園内は全面的にガラス張りである。面積が大きい分、通路にある小窓よりも厚みがある。

 紫外線を妨げるガラスと空調調節システムのおかげか。強い日差しのわりに、庭園は適度な温室を保たれていた。暑くなったので、上着を一枚脱いだ。

 トモエは庭園の植物を見やり、光太郎は他のメダロットとお喋り、ロクショウはベンチから降りて、とんとんと足元で地面(床)を叩いた。

 

「ふうむ。図鑑やテレビで見た飛行機には乗ったことはありまぬせが、現代の技術を以てしても、座る分にはまだしも、歩く分には足元が少し覚束ないと聞きますが、このフユーンでは地にいるのと殆ど変わりませんな」

「そうだね」

 

 メダロットに関してなら自信はあるが、それ以外に関しては全くの門外であるイッキ。だから、知り合って間もないが、メダロットと博士とは別に、こんな人類の夢の到達点に近づいた物を造り上げたヘベレケ博士のことを尊敬した。

 コウジに言った通り、本当にしばらくの間、ベンチでじじくさく呑気に空や庭園を眺めた。そろそろ出て行こうかなと思ったら、庭園内の左右にあるドアが開いた。左は顔も知らぬ一般客二名。右からは―――ヘベレケ博士ご本人の登場である。

 博士は何気なく、空いているベンチの左に座った。どうしたものか。声をかけるか。このまま行くか。さりとて、自分から持ちかける話題もあまりない。

 イッキが口を開こうとした。だが、コウジに次いで、ロクショウの方が早く聞いた。

 

「何か御用ですかな?」

 

 ヘベレケは二人を見ずに、言った。

 

「用というほどのことはない。強いて言えば、あのアキハバラの奴が注目しておる子供がどんな奴かと、気になっただけじゃ」

 

 そこで、会話が途切れた。今度はイッキから話しかけた。

 

「あの、ヘベレケ博士から見て、僕はどうなんでしょうか?」

「わしから見て、お前さんをどう思うかだと? 何故、そんなことを聞く」

「さっき、博士がアキハバラの奴が注目しておるって言っていたから」

「そうか? いや、そうだな。ところで、お前さんはいちいち、周りから見た自分の評価を気にするのか」

 

 うーんと少し目を逸らし、腕を組んだ。

 

「全くと言ったら、嘘になりますけど、ヘベレケ博士の今の言葉を聞いたら、僕も気になって」

「ほう。つまり、わしの質問の意図に興味を持った訳じゃな。ならば、わしが会話のきっかけを造ってしまったから、わしがお答え進ぜよう。かつては志を共にしていた者が注目する者の一人に出会えた。こんな答えじゃ駄目か?」

 

 意味が分からない。注目する者の一人って? 考える間も答える間もなく、ヘベレケはイッキに矢継ぎ早に問いかけた。

 

「お前さん、考えたことは無いのか。なんで、自分がメダロットを持つに至った経緯などを。そして、メダロットの在り方についてを」

「経緯ですか。確かに、僕がメダロットを持った経緯は少し珍しいパターンですかもね」

 

 イッキは頼まれた訳でもなく、ヘベレケ博士に三体のメダロットの入手経緯を明かした。

 

「ほほう。まあ、二体目はともかく、三体目はそこまで珍しくも無いな。だがしかし、そこのヘッドシザース。ロクショウと呼んだ方がいいかな?」ヘベレケ博士はイッキの隣に座るロクショウの顔を覗き込んだ。「お主は珍しいというよりも、奇怪。怪しいとも言えるな」

「怪しい?」イッキは聞き返した。

「変とも言える。変であろう? メダロット社が何の意味があって、そんなキャンペーンをしたのじゃ。普通、そういうのは一万人とか、そこらでやりそうなもんじゃがな。確かに千人でも区切りが良いと言えばいいが、何故、その場でメダルを渡さなかったのだ? 普通におめでとうございますとか言って、郵送して贈るのもありだと思うがの。わざわざ夜中に表れて、渡す意味が無い。最悪、不審者と間違われて、通報される恐れもある。メダロット博士がお主に研究報告を求めるのも何故じゃ?」

 

 大量の問いかけにも、イッキはできる限り落ち着いて答えた。

 

「よくは判りませんが、単なるサプライズだと思います。メダロット博士のことは、頼まれたせいでもありますが、僕が憧れている人のお手伝いができることが嬉しいからです」

 

 ヘベレケ博士は微笑んだ。嫌味は無いが、どこか皮肉っぽい笑みだ。イッキは不安になってきた。腹に一物がある人物とは何人か関わったが、ヘベレケ博士の場合、どこか異なる。内心で影口を叩いているとか、黒いとか、そんなんじゃない。怖い。

 ロボロボ団を怖いと思ったことあるが、ロボロボ団とは異質の怖さ。上手く言い表せないが、この人の話にのせられたが最後、自分の心で大切にしているものが壊れてしまいそう気がした。

 

「ほう。憧れている人のお手伝い、か。実に立派で素晴らしい動機だ」

 

 イッキは話題の矛先を変えた。

 

「話が逸れますけど、博士はその……メダロットの暴走事件をどう思います?」

「ああ、あれか。全く、世の中には惨い事をする者もいたよ。しかし、それをメダロットにした者は、必ずしも、惨いと思ってやった訳ではないとも言えるぞ」

「どういう意味ですか?」

「世の中、何でもかんでも額面どおりに受け取っていたら、とんでもない勘違いや間違いを引き起こすということじゃ。今一度問おう。メダロットの在り方についてどう思う。メダロットは虫に近いが、単なる電気喰い虫でしかないではないかのう」

 

 イッキは益々、分からなくなってきた。額面どおり? 意味は分かるが、何を意図しているのだ。ましてや、メダロットが電気喰い虫なんて。虫の居所が悪くなった。すかさず、ロクショウが口を挟んだ。

 

「ヘベレケ博士。あなたの言わんとしている事は分かります。多数派が必ずしも正しいとは限らないように。その事件を起こした者は、悪意を持ってやったのではないかもしれない。それでも、私はこれだけは言えます。あれは、残忍だと。人の手でやってはならない最悪の行為だと。イッキであれ、あなたであれ、事件を起こした者がどう言おうと、私はこう言います」

 

 ロクショウの言葉は断固として強く、揺るぎなかった。ヘベレケ博士の探るような言葉責めで不安になっていたイッキは勇気付けられた。

 

「僕が最初のメダロット、ロクショウを入手した経緯や暴走メダロット事件の犯人は分かりませんが、僕のメダロットに対する在り方はこうだと言えます。友達だと」

 

 ヘベレケ博士は前を見た。そうして、突如として顔をぐいと上に逸らして大笑いした。

 

「がっははっははは! そう返してきたか。若さは、その愚直さが素晴らしい。下手に歳を取ったら、どうも慎重になりすぎてしまうわい」

「でも、僕はこんな凄いのを造り上げた博士のことを凄いと思いますよ」

 

 スクリューズの時と同じく、褒めても何もでんぞと返した。ヘベレケ博士は立ち上がった。

 

「わしは用があるので、これにて失礼する。それと、最後に余計なひと言を」

 

 ヘベレケはイッキの眼をしかと見据えた。イッキは目を逸らさなかった。

 

「アキハバラアトム。お主の呼び方に従えばメダロット博士と呼べばいいかな。メダロット博士を信用し過ぎるな。さっきも言ったが、この言葉も額面どおりに受け取らなくていいぞ」

 

 ヘベレケ博士は庭園から出た。いつの間にか、光太郎やトモエも近くに来ていた。光太郎が腕を添えた。

 

「わしにはよう分からんけど、イッキやんがわしを信頼するように。わてもイッキやんを信頼しとるで」

「私もです」とトモエ。

 最後に、隣に座るロクショウが静かに言った。

「私もイッキのことを信じている」

 

 

 

 庭園内にずっといたら、乗務員とそのメダロットたちが椅子とテーブルを持ち運んだ。庭園内で昼食会を行われるようだ。そういえば、コウジがそんなことを言っていたな。

 ぞろぞろと、乗務員共々乗客たちが集合した。会話とご飯もそこそこに、イッキは早々に席を外した。アリカにどうしたのと聞かれても、訳は言わなかった。眠くてしょうがないと言っておいた。

 実際、そうであり。イッキはヘベレケ博士の会話の後、妙に疲れた。メダロットたちはイッキの身を案じ、万が一に備えてメダロッチに収納してくれと言ったが、イッキは遠慮するなと断った。

 

「いいよ。そこまで、気をつかわなくても。お前たちはお前たちで、楽しんでこいよ」

 

 イッキは布団を敷くと、ぐっすり眠った。イッキがこの時、お昼寝をしたのは正解であった。

 フユーンは今だ、日本内陸を浮遊中。

 


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