メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

28 / 40
27.天領家御一行連続ロボトルデイ

 何がきっかけなんだと問われれば、胸を張って無いと答える。たまには、理論とか理性とか理由だとか、そういった細々な思考のしがらみから逃れ、無我夢中で何かに取り組みたい日がある。

 十一月下旬。紅葉も過ぎ、そろそろ冬服でないと厳しい季節。人の噂も七十五日、だが文化祭が終わってからまだ一カ月も経ってないため、イッキは学校で今だ指を指されて「メイドさん」と声をかけられる。

 その鬱憤を晴らしたいわけではないが、今日はなりふり構わずこちらからロボトルをけしかたい。

 

「ソルティ、今日の散歩は長いぞ。それでも付いてくるか?」

 

 ソルティはわぅと返事した。本当にわかっているのかどうか疑わしいが、ついでソルティの散歩もすることにした。

 ロクショウ、光太郎、トモエは転送済み。天領家の一子と一頭、メダロット三機が挑戦者を求めて歩む。

 

「もしも、イッキやんのメダロッチの収納機能が五体やったら、あれになるな」

「あれとは如何様なものだ?」とロクショウ。

「イッキやんを加えて七人の侍や。犬も『人(にん)』と数えた場合はな」

 

 光太郎は自身の言ったことに誰もよいしょやツッコミもいれなかったから、戦う前なのに少し気落ちした。誰も特に光太郎を慰めず、イッキらは公園に向かった。運が良いことに、スクリューズがいた。三人は、春と夏を通じて主に着ていた服を長袖にして厚くしたような服を着ていた。暇なんだな、人のこと言えないけど。

 

「おーい! キクヒメ、イワノイ、カガミヤマぁ! ロボトルしないかー?」

 

 ベンチにもたれていたキクヒメはさっと髪を上品ぶって払い、立ち上がって「おんやぁ? メイドさんじゃないですか」ととても憎たらしく言ってきた。

 

「おい、イッキ。たこ焼き造る機械はもうないぞ」

 

 犬みたいに口をとんがらし、尊敬する親分の口調を真似るイワノイ。

 

「たこ焼きは洗濯機の中に入れて洗えんぞ」

 

 イワノイに便乗したのか、相も変わらず物事を洗濯に例えるカガミヤマ。

 

「それで今日は何のようだい? あたいはもう、この前のような追いかけっこは金輪際ごめんだよ」

「そうじゃなくて、ロボトルしてほしいんだ」

「なんか企みがあってきたわけじゃねぇだろうな」

 

 イワノイはキクヒメより一歩半前に出て、疑わしそうにイッキらを見て言った。イッキはふるふると首を振って否定した。

 

「違う違う。上手く言えないけど、今日は誰とでもいいからロボトルをしたくてウズウズしている。それだけだよ」

 

「ちょっと待ってろ」スクリューズの面子はメダロットたちも転送して、ごにょごにょと顔を突き合わせて相談した。イワノイはこちらに企みはないのかと聞いてきたが、企みがあるのはむしろあちらのほうである。密談を終えると、三人はにひひと口の端をちらつかせて笑いながらロボトルの条件を提示した。

 その提示とはこうだ。六対三のロボトルの場合、パーツを一つ譲る。三対三の通常ロボトルの場合、負けた側は相手にパーツ一セット分を譲るという無茶苦茶なものだ。

 

「ただ普通にするってぇのは面白くない。闘いはちょーっとシリアスなほうが燃えるもんよ。どう、男なら受けて立つでしょ?」

 

 腕を組み、ドヤ顔で決め台詞のように言い放つキクヒメ。迷っているとき、救いの手が差し伸べられた。

 

「お待ちください。ロボトル協会ではそのようなロボトルを認めておりません。が、イッキ選手とメダロットたちが良しとするなら、そのロボトルを認証します」

 

 声は公園の噴水から聞こえてきた。その時、その噴水は舞台セットの類だったのか、噴水の水が割れて、ウインチを上げる音と共に噴水の中央から、白髪を七三に分けて赤い蝶ネクタイと白い長袖ポロシャツに黒い紳士服のズボンを履いたミスター・うるちが登場した。

 イッキらはびっくり仰天したが、スクリューズは慣れた様子だった。イワノイがイッキを指して馬鹿にした笑い声を上げた。

 

「はははははははは! なんだい鳩が豆鉄砲食らったような顔して。ひょっとして、お前初めてなのか? 俺達は六回目だぜ。たまーにだけど、こうしてロボトル協会の人がどこからともなく神出鬼没の如く現れて、レフェリーを務めてくれるんだぜ」

 

 イッキは半ば驚き、半ば呆れたように噴水の上で銅像のように立つミスター・うるちを見た。イワノイの言っていることは小耳に挟む程度には聞いたことはあるが、まさか現実にあるとは。レフェリーを務めてくれるのはまっこともってありがたいが、いちいちこんな奇を衒った登場されては心臓に悪い。ミスター・うるちはイッキを見下ろした。

 

「さきほどの御三名の提示、受諾されますか?」

「えっ? あの、ほんの少しお時間を頂けませんか」

「わかりました。しかし私も忙しい身、三分以内にお決まりにならないようなら、その場合は無効試合とさせて頂きます。御三名もそれでよろしいでしょうか?」

「あたいはいくら待ってもいいよ」

 

 うるちはキクヒメのこの言葉を了承と受け取り、無言で噴水の台座から跳躍し、着地した。靴やズボンの裾は濡れているが、この寒い時期に風邪を引かないか。

 今度はイッキがメダロットたちと顔を突き合わせて相談した。ロクショウが私のを使えと即決した。

 

「こういうのは初陣をいかに飾るかが大事だ。孫子曰く、勢に求めて人に(もと)めず。巧みに兵の士気を高揚させて戦わせ、山から石が転がり落ちるようなはずみをつければ、戦いに勢いをつけて、この後のロボトルも順調に勝ち進められるかもしれん」

「本当にいいのか?」

「私は戯言は好まぬ」

 

 よしとロクショウのやる気に後押しされて、イッキはヘッドシザースのパーツを賭けると宣言した。

 

「そっちが負けたらどうするんだ。まさか、ルールに則って一つしかやらないとか言わないよな」

「約束は守るよ。あたいらが負けたら、セリーニャ、ブルースドッグ、鋼太夫のどれか一体のパーツを全部持っていきな」

「合意と見てよろしいですか?」

 

 ミスター・うるちが間に入り、両陣営を交互に見やって言う。

 

「全く! あなたは余計なプレッシャーを与えてくれますね」トモエは盾を構え、背中の電流刀を鞘から抜き払った。

「ならそなたは負けたいのか?」とロクショウが聞くと、「まさか」とトモエはにべもなく言い、「勝負事で負けるのはもっと嫌です」と応じた。

 

 トモエの意思の強い返事をイッキは頼もしく思った。

 スクリューズのリーダー機は当然セリーニャ。こちらはロクショウを推した。

 

「ロボトル教会公認レフェリーであるこの私、ミスター・うるちが審判を務めてさせて頂きます。それではーーっ! ロボトルファーイトォ!!」

 

 光太郎が侘しい秋空へと飛び立ち、見えるような見えないような重力波の弾丸が地面を穿つたびに砂塵があちらこちらに迸る。

 ペッパーキャットのセリーニャ、ブルースドッグは安安と見えにくい弾丸を避けて、ダッシュボタンの左腕をつけたキースタートルの鋼太夫は弾丸を防いでいた。トモエが鞭のように電流刀をしならせ、ロクショウの先が分かれた橙色の刃の先端がくっつき一つの刀へと転じた。

 ブルースドッグは身を捻らせながら、右と左のライフルを器用に交互に撃ってトモエを近づけさせなかった。さすがと、敵ながら褒め言葉の一つを言いたくなった。慣れてない、あるいはパーツと相性が悪ければ、敵の攻撃を避けつ身を捻らせて撃つなんて芸当はできない。イワノイのブルースドッグの熟練度の高さが伺い知れる。

 また、二人が会話しているところをあまり見たことはないが、そこに絆があるのは間違いない。そうでなければ、自分が身に付けてるお気に入りのパーツ一セット丸々譲ることを承知しないはず。それとも、絶対に負けないとでも思っているのだろうか。

 もしそうなら、その不遜な鼻っ柱をなんとしてでも折りたくなった。

 

「おい、トンボ。下手な鉄砲数打ちゃ当たると思っていたら大間違いだぞ」

 

 珍しくブルースドッグが声を出して野次を飛ばした。空にいる光太郎は味方に当たると思って躊躇しているのか、鈍足な鋼太夫以外に弾は当たらない。

 

「光太郎、自信を持って撃て」

 

 イッキは光太郎を元気づけようとした。イッキの表情から焦りを読み取り、スクリューズの三人はにやにやとほくそえんだ。三人組の顔を見て、顔は悔しげに、内心はしてやったりとイッキは歓喜した。

 どうやら、上手く引っかかってくれた。本当に、光太郎が撃つのを躊躇していると思ってくれた。

 余裕しゃくしゃくに攻撃を避わし、パンチやライフルの銃口、出力を抑えたビームを発射する鋼太夫。近づけば電流、離れたらライフルとレーザーの守り、責めあぐねる。彼らはまだ気付いてない。じわじわと、迸る砂塵の範囲が狭まっていることに。

 事態を察したのはブルースドッグとイワノイコンビだった。イワノイのメダロッチにブルースドッグの意思が表示される。

 

「ななんか避けにくく、ってぇ! しまった! ここは離れたほうが、あ!」

 

 言おうと思った瞬間、光太郎が頭部から発射した強力な重力波が直撃した鋼太夫の左盾は木っ端微塵に砕け散り、恐るべき速度で背後に回ったロクショウは、チャンバラソードで身の守りを失った黄色い光線亀の頭から背部を斜めに叩き切った。

 ブルースドッグとセリーニャ、メダロッターたちははっと気付いたが、遅い。重力と土埃の檻が完成していた。

 ブルースドッグとセリーニャは直撃覚悟で重力の檻から抜け出て、ロクショウとトモエに向き直った。もしも、ここに重量級の鋼太夫がいれば厳しかったろうが、もう倒れている。トモエはライフルの直撃を盾で防ぎ、鞭をブルースドッグの頭に巻きつけて、そのままえいと背負うように投げた。

「わーっ!!」悲鳴を上げてブルースドッグは頭から無様に砂場へと突っ込み、足を直立させて、金田一と名のつく探偵物シリーズに登場するある犠牲者の死体状況と似通った状態になった。

 ダメージを喰らい、機動力が低下したセリーニャは瞬く間にロクショウのチャンバラとメリケン形ハンマーの餌食になった。

 

「イッキ&ロクショウ号。光太郎号。トモエ号の勝利ー!」

 

 ミスター・うるちが高らかに勝利を宣言した。周りを見ると、いつの間にか僅かにギャラリーがいた。ギャラリーに混じって、わざとらしくシャッター音を鳴らす者有り。その者がアリカでなかったら、他に誰がいよう。

 

「ほら、さっさと選びな」

 

 キクヒメ、イワノイ、カガミヤマはメダルだけを外してメダロッチに収めた。とはいえ、スクリューズの持っている機体と自分のメダロットが相性が良さげなパーツはない。ここは無難に、バランスが優れたブルースドッグのセットを貰い受けた。カブトメダルでもいれば、飛び上がって喜んだかもしれない。イワノイはショックでかなり項垂れた。

 

「あ~あ。予備の分、丸々一つ使っちまう日が来るとはね」

「すんませーん」

 

 メダロッチから謝罪するカブトメダル(ブルースドッグ)に、イワノイは気にすんなと言った。

 イッキは頭が折れ、砂だらけのブルースドッグのパーツセットをほらと誇らしげに掲げた。

 

「ありがとな!」

 

 初陣を見事な勝利で飾った。スラフシステム、別名脱皮。メダロットの性能の一つにこのスラフシステムがあり、あんまりにも酷いようなら修理する必要があるが、損傷が大したことなければ自己修復機能のスラムシステムが作動し、パーツを自動的に修理してくれる。メダロッチから出していても効果はあるが、そうするとメダロットの行動に機能が集中してしまい、自己修復機能のシステムの作動が鈍くなる。

 余談であるが、メダロッチのパーツはどこに保管されているかという謎。メダロッチ自体にパーツはなく、個人の自宅。あるいはメダロット社関連の倉庫に保管される。イッキのメダロットたちの場合は普段身に付けているパーツ、自宅に置いてある一部のパーツを除き、他のパーツは大半の人同様にそこに保管されている。

 そして、所有者が番号を押せば、その倉庫から衛生を通じてパーツが持ち主のメダロッチへと転送される仕組みとなっている。

 トモエの盾、ロクショウの肩当ての一部が折れた程度だが、イッキは念には念をと、三機のメダルとパーツなどをメダロッチに戻した。

 大した傷はない、二~三十分程度で自己修復は済むな。

 

 

 

「次の予定はあるの?」

 

 東の芝の中程にある階段から、首にインスタントカメラを提げたアリカが下りてきた。

 

「十一時に学校でカリンちゃん。一旦休憩を挟んで、お昼過ぎの二時にコウジと真剣ロボトルの予定。電話で約束したんだ」

「あらそう。十一時といえば、今からちょうど四十分後ぐらいね。じゃ! 待ってるわね」

 

 そう言うと、アリカは元来た道を戻り、学校への道筋を歩んだ。

 

「今のうちだけだよ。せいぜい、勝利の余韻に浸りな。次はそううまくいかないよ!」

「元気でな」

 

 イッキはキクヒメの挑発をのらりくらりと避わし、とてもゆったりとした歩調でソルティと散歩した。

 途中、コンビニにも立ち寄った。ヒカルは片目だけを上げて、いつもの相手かと気付くや、挨拶も禄すっぽせずに疲れた様子で右肘をレジに乗せていた。

 

「仕事しなくていいの?」と聞くと、「別の夜勤明けの仕事で疲れているんだ。客と鬼店長が居ぬ間によく休めとか、そんな諺あるだろう」

「そんな諺聞いたことないけど」

 

 特に買う物もなく、何となく店内の椅子に腰掛け、漫画雑誌を手に取り読まずに置いた。

 

「ちょっとぐらいなら読んでいいよ」

 

 それで商売になるのかなどは聞かず、一話だけ、人気のある漫画を流し読みしてコンビニを出た。

 ぶらぶらと歩き、時に道行くおじさんおばさんと挨拶をして、暇を潰し、ギンジョウ小学校に向かった。ギンジョウ小学校近くの駐車場を通ると、ここらでは見かけない淡いピンクのメルセデス・ベンツが通りがかった。あんな感じの高級車に乗る人物は一人しか思い浮かばない。

 中を見えにくくした黒っぽい窓ガラスから、誰かが手を振った。多分、カリンちゃんかもしれない。イッキは一応、手を振り返した。

 子供の安全を守る為、昨今は休日の校庭を開放しない学校も多い中、ギンジョウ小学校は月極で幾日かを校庭開放日と定め、敬老会のゲートボール、近隣の小中学生などが遊びに来る。

 左右に枝分かれした髭をびしりと整えた、体躯の良い、恐らくボディガード兼任の執事さんの先頭をカリンちゃんが歩いていた。この御神籤町では見かけないような明るい金髪ツインテールの可愛らしい子に、あんな男性が付き従っていたら注目の的になるのは必然。小中学生たち、キャッチボールで遊ぶ父子、犬連れのおばあさん二人は何者なんだと囁いた。

 カリンはイッキの認めると、周囲の視線など物ともせず近寄り、

「イッキさん、おはようございます。今日はご教授のほど宜しくお願いします」

 と挨拶した。

 

「ご教授とかそんな…。僕はカリンちゃんが思うほど教え上手じゃないし、メダロットを持ってからまだ半年足らずで、むしろ所有歴が長いカリンちゃんから教えてもらいたいくらいだよ」

「まあ、ご冗談を」

 

 カリンは人差し指を口に触れる前で止めて、少し微笑んだ。今のは冗談で言ったつもりじゃないんだけどなあ。では、と笑みを止めて、カリンはメダロッチを少し上に掲げた。

 

「ロボトルの方法はどのように?」

「うーんと、そうだねぇ。この前、といっても四か月前になるけど、タイマンロボトルだったから。今回は三対三のロボトルはどうかな」

「勝負方法は? 私は真剣と練習、どちらでも構いませんが」

 

 イッキは脳内で利己的な計算をした。光太郎の右腕パーツ、名称ヘビーウェイター。ロボトルで余分に同パーツを一つ手に入れたので、仮に負けたとしても、それを譲ろうと考えた。

 いやいや、戦う前から負けを想定してどうする。でも、絶対に勝てるという保証はないし、何より僕はセントーナスとプリティプライン以外は、カリンちゃんの三機目のメダロットがどんな物か知らない。もしかたらベルゼルガやビーストマスターとかとんでもないものかもしれない。少しくらい、負けた時のことを想定しても問題ないはず。

 

「じゃあ、真剣ロボトルで。試合時間は十分でいいかな」

 

「わかりました」カリンはぽちとメダロッチのスイッチを押した。メダロッチから、セーラーマルチの右腕をつけたセントナース、純正プリティプライン。そして、意外や意外! 三機目は、白い幽霊型メダロットデーヴの両腕を装着したパンプキン型男性メダロットのカオー・ランタンではないか!

 デーヴとカオー・ランタン。ブルースドッグやシアンドッグなどの目玉商品であるDOG型と比べて影は薄いが、実に嫌らしい機能を備えている。この二機はメダロットの暴走抑制をコンセプトに開発された。対メダロット用妨害電波を発信して、メダロットの行動を阻害する機能だ。

 市販用の二機は威力こそ削られているものの、単発の短い妨害電波を発し、電波を食らった対象は回路に狂いが生じ、いざという時に瞬間的な防御や回避ができなくなってしまう。相手にしたら、これほど嫌な相手もない。

 トモエの頭部のみセントナースに変更して三機を転送。イッキチーム、今回は珍しく防御役のトモエがリーダー機を務めた。カリンちゃんのリーダー機はカオー・ランタンだ。

 審判の役は執事さんが買って出てくれた。

 

「僭越ながら、この私目が審判を務めさせて頂きます。ご健闘を祈りますぞカリンお嬢様! では、見合って見合ってぇー! はっきょーよい!」

「それは相撲ですよ」すかさずツッコミを入れるイッキ。「わいのときもツッコンでくれたらよろしいのに」とぼやく光太郎。

「ああ、申し訳ございませぬ。どうも初めてなもので。おほん。では改めてまして。それでは、ロボトルファイトー!」

 

 プリティプラインがカオー(省略形)の回りを固め、セントナースが援護射撃。ロクショウが果敢に切り込もうとしたところ、ぴたりと一瞬、手足の動きが止まる。プリティプラインの電流刀が頭上に振り下ろされる、ロクショウはがばと倒れて転がり、間一髪電流刀の直撃を避けた。カオーが妨害電波を発したようだ。

 光太郎の重力波はセントナースの頭部のシールドで打ち消されていた。と、光太郎のエンジン出力が弱まり、光太郎は緩やかにカリンチームの正反対、真南へと緩やかに高度を落とした。

 

「ナースちゃん!」

 

 カリンが叫ぶ。光太郎は咄嗟に身を捻ったが、パリティバルカンの弾を数発両腕に頂戴した。またしても、カオーの妨害電波。

 光太郎を救出しようとしたトモエとロクショウは一秒程度、足の動きが鈍り、プリティプラインの鞭のようにしなる電流刀で弾かれた。

 これは強敵だ。決定打力となるような攻撃はないが、プリティプラインとナース、堅固な双璧に囲まれたカオーの地味な妨害電波は厄介極まりない。

 ロクショウとトモエ、光太郎は離れて対処した。対処といっても、付かず離れずを繰り返すだけだが。ナースはあまり射撃が上手くないらしい。距離を保ち、注意さえすれば当たらない。問題はプリティプラインだ。あのプリティプラインはどう見ても自分の武器を扱いなれている。反射パーツの存在も厄介だ。 

 接近戦主体のイッキチームは反撃の糸口を掴めずにいた。試合経過四分、このままでは判定負けで終わる。光太郎は一旦、空から降りた。ロクショウはカリンチームに鋭く視線を据えたまま聞いた。

 

「光太郎よ。私を持ち上げられるか」

「できるけど。何するつもりや?」

「地上から突撃して駄目なら、空から加速度をつけて降りればいい。さすれば、私自身を止められても、落ちる勢いまでは止められない」

「そんな無茶な! 地面に激突するのがオチやないか」

「おーい! 作戦立てるのは構やしないけど、言い争いはするなよ」

 

 イッキ一声叫んで注意した。二人は手だけを挙げた。更に六分経過。時間だけが過ぎていく。イッキチームは焦り出した。闇雲に突っ込んであの双璧を突破できる可能性は低い。セントナース同士のシールドをぶつけても、意味は無さそう。

 何か打開策はないかと必死に無い脳みそをかき回す。イッキを尻目に、トモエがずいと前に出る。

 

「仕方ない。可能性は低いが、初めに盾役の私が突っ込む。次に、ロクショウ。私の背を跳躍台にしてあのカボチャ頭に行け。恐らくシールドに阻まれるかもだろうが。そして、光太郎さんはタイミングよく空から急降下して、その勢いでシールドに阻まれるロクショウを押してください」

「早い話が特攻でぶち破ろうというわけやな」

 

 トモエはこくりと頷いた。パーツの選択をミスした。純正ではなく、もっと考えてパーツを組めばまだ打開策はあったかもしれない。イッキはメダロットたちのパワーがカリンちゃんのメダロットのパワーを上回ると信ずるしかなかった。

 トモエが盾を構えて特攻を仕掛けようとしたその時、白い幸運が舞い降りた。ひゅるひゅるとそれは振ってきて、こーんと、カオー・ランタンの頭部に直撃した。

 グラウンドでキャッチボールをしていた父子。その父親が力一杯暴投したのだ。何が起きたかわからず、カオーはうっかり妨害電波をセントナースに発信した。セントナースの腕がだらりと下がる。

 こんなチャンス逃す手はない! イッキチームの三機は一気に駆け寄り、トモエはセントナースを組み伏せ、ロクショウとプリティプラインは組手を取り、光太郎は一直線にカオーへと飛んだ。

 手を組みあったプリティプラインは徐々に押された。単純な力比べではロクショウが上だった。正気に帰ったナースは訳がわからず、組み伏せられたまま頭をきょろきょろと動かした。鈍い音が響く。光太郎は浅い高度で旋回しており、その下ではカオー・ランタンが目を回して倒れていた。

 

「あ、あ。いっ……イッキチームの勝利!」

 

 がたいの良い執事はカリンを気遣い、小声でイッキチームの勝利を告げた。キャッチボールをしていた父親はぺこりと頭を下げて、実に申し訳無さそうに、こそこそとボールを拾って息子の元へ戻った。

 

「ナースちゃん、シルビア、ランちゃんご苦労様」

 

 カリンはメダロットたちを労い、イッキを見ると「参りました」と手を添えて頭を下げた。

 

「それは違うよ。たまたま、運が良かっただけだよ。ロクショウたちが頑張ってくれたおかげもある」

「いえいえ、運も強さの一つ。イッキさんの運が勝利を手繰り寄せたのですわ。では、これを」

 

 イッキはカリンから、デーヴの右腕を貰った。

 

「そういえば、カリンちゃんお昼は? 口に会うかどうかわからんないけど、結構いけるよ」

 

 カリンは目を伏せた。

 

「お誘いはありがたいのですが、実は今日、父様と母様とお食事する予定なのです。申し訳ございません」

「いいよ」

 

 イッキはあっけらかんと言ったが、内心はがっかりしていた。その大それた申し出が通らなかったことに、どこか安堵している自分もいた。別れる前にと、カリンはセントナースを純正にして、回復系パーツで傷付いたメダロットたちを修復してくれた。

 駐車場までカリンちゃんを見送った。カリンは車の窓から身を乗り出して手を振った。

 

「今日はありがとうございましたイッキさん。コウジさんにも宜しくと伝えてください」

 

 淡いピンクのメルセデスベンツが角を曲がるまでを見届けた。ソルティが退屈そうに欠伸した。もう、十分散歩したね。

 

「じゃ、一度帰ろうか」

 

 ふと、気になった。アリカはどこにいるのだろう。学校に先に行くと言っていたはずなのに、結局来なかった。

 

「あれを」

 ロクショウが北の空を指した。見上げると、赤い円盤状の飛行物体が飛んでいた。

「あ! そういえば今日だったな、試験飛行の日は」

 

 九月下旬。社会見学の翌日。ヘベレケ博士が新エネルギー素体を用いた飛行船の存在を発表した日。今日は、その飛行船の三度ある試験飛行の初日。一度目は十一月下旬、二度目は十二月上旬、そして三度目の試験飛行は十二月三一日。その日は日本全国を一周し、初日の出を拝んでから帰る予定。三度の試験飛行ののち、ヘベレケ博士は研究成果である飛行船に乗ってアメリカへと飛び立つ計画を立てている。

 さしずめ、アリカはあの飛行船でも追いかけているんだろう。

 今日イッキを置いて飛んでいるということは、イッキは一度目の試験飛行の抽選応募に外れたのだ。プリティプラインの半額パーツを買った時に運を使い切ってしまったのかもしれない。

 まだだ。まだチャンスはある。二度目の当選者発表は一二月に入ってすぐ、三度目は一二月十一日を予定。イッキとしては、できれば三度目の試験飛行が当たることを願った。空から初日の出をじっくりと拝める機会なんてそうない。

 腹の虫が鳴った。今はお昼を考えよう。一人と一頭と三機は家路を急いだ。

 

 

 

 お昼はラーメンだった。半分に切ったゆで卵、小刻みに切られたのり、ネギのトッピング。のりとネギを麺ごと豪快にずるずるとすすり、ゆで卵の片割れをかみ砕く、じわりと固まった卵の黄身の成分が口に広がる。ネギとのりを無くし、残る麺をのんびりとすする。最後にもう片割れの醤油成分が滲んだゆで卵をぱくつき、小さな薄緑のレンゲでスープを少々飲んで、完食。ついで、皿に盛られた手製餃子もラー油に付けて四個食べた。ママは五個食べて、パパは六個食べた。

 自分の食べた分の丼や皿は片した。そしてイッキは一時半まで、テレビでも見ながら自宅のリビングにてお腹を休ました。

 

「行ってきまーす」

 

 チドリとジョウゾウは気を付けていってらっしゃいと声をかけた。学校まで特に誰とも会わず、少し寄り道して、十分前には到着した。グラウンドには既にコウジが三機を転送して待ち構えていた。ただ一点、アーマーパラディンの脚部のみウォーバニットに変えられていた。このグラウンドでは車輪タイプより、二足のほうが有利だ。

 

「よく来たな。俺は今すぐ初めてもいいぜ」

「いや、二時になるまで待って」

 

 時間に律儀だなとコウジは言った。今度は純正や攻撃パーツのみでは不味い、が、トモエのみ純正にした。光太郎の右腕はおどろ山以来、運よく勝利したコウジから貰ったウォーバニットのシュートバレル、他はそのまま。

 ロクショウの右腕はデーヴ、頭部はヒパクリト、左はアンボイナのドリルソードに変えた。刃を回転さすだけで触れた相手にダメージを与えられて、勢いをつけて殴ればダメージは深い。

 ヒパクリトの頭部カタタタキは威力こそ平均だが、このパーツ意外な恐ろしさを秘めていて、頭部の両の刃で頭を挟んで動きを封じ、ダメージも与えることができる優れ物だ。それなりに考えて変更したつもりだが、はっきりいって、ロクショウはださくなっていた。

 ロクショウはイッキの考えていることに気が付いたのか。苦々しく、「勝利には恰好を気にかける必要はあるが、勝負には恰好を拘る必要はないな」と言った。

 金持ちに執事は当たり前なのか。ミスター・うるちよろしく、物陰から布を払い上げ、さながら忍者っぽい登場の仕方をしたのは紳士服を着こなした初老の男性だ。

 

「済まない。審判を務めてくれないか」

「コウジ坊ちゃまの言う通りに」

「”坊ちゃま”は止めろって」

 

 イッキは思わず吹いた。坊ちゃまと呼ばれて嫌がるコウジが可笑しかったのだ。コウジは誤魔化すように靴で地面を二回踏み、メダロッチを掲げた。

 純正ウォーバニットことアーチェ、ビーストマスターことムラクモ、アーマーパラディンことドゥ。

 三機が並ぶと場に一種の威圧感が生じた。特に兵器型のビーストマスターの威圧は凄い。うねうねと脚部スパゲティをくねらせ、頭部の角ばった歯と咢を開け放ち、巨大なミサイルとビームの発射口は恐ろしげに光を鈍く反射していた。

 旧型にも関わらず最安値でもパーツだけで十万円。一般家庭の子供が二年間お小遣いとお年玉を貯めてようやく買えるかどうかの代物。

 しかも、十年前起きた事件のせいで、ビーストマスターを購入するには何らかの試験をパスしなければならない。決して財力だけでは買えない強力なメダロットだ。

 それでも、勝機はある。

 コウジチームのリーダー機はウォーバニット。イッキチームはロクショウがリーダー機。

 掛け声とともに戦いが始まった。イッキチームは一丸となってビーストマスターにいきなり突進した。三位一体の突進に、アーチェとドゥは道を譲らざるをえなかった。

 獣王は見下したように息を吐き、大口開けて、破壊のブレスを眼前の三機に発射! 紫の光が校庭を照らし、土煙が三機を包んだ。

 

「甘いぜイッキ! 俺がリフレクトミラーの効果を見抜けないとでも思ったか! 確かに、ムラクモにとってお前のトモエは天敵みてぇなものだが。こうも至近距離だとダメージはイーブン。いや、三機のダメージのほうが大き……」

 

 コウジは目を見張った。三機は左盾が砕けたトモエ以外はまるで無傷で、ムラクモの脚部はズタズタ、頭部には二つの穴が穿たれていた。ここでコウジは一つ見落としていた。ロクショウの右腕はデーヴの物だということに。

 あの一瞬、ロクショウは妨害電波を発し、ビーストマスターの動きを瞬間的に鈍らせた。光太郎は上、ロクショウは真横に離れて攻撃。トモエは、ビームや重力など一部の特殊な攻撃を弾き返すリフレクトミラーと左盾で防御に尽力した。

 文字や言葉にすれば簡単であるが、ある程度の実力と息の合ったコンビネーションとタイミングが合わなければ成功しない。

 コウジは舌打ちして、そして、感心したようにイッキを見た。

 

「やってくれたなイッキ。あんな危険極まりない特攻をかけるとはな。いいぜ! 三対二でもな」

「それは違うよ、コウジ。二対二だ」

 

 どういうことかとコウジが聞く前に、イッキはトモエに離脱するよう命じた。トモエはふらふらとロボトルの場から離れ、適当なところで腰を落ち着けた。

 メダロッチはトモエのパラメーターを表示していた。メーターは内側が激しく損傷したことを伝えていた。近すぎたのだ。せめて、最低でも十歩分ぐらい離れていればリフレクトミラーの効果も得られただろうが、近すぎて衝撃までは防げなかった。

 コウジは不敵な顔をした。

 

「そうか。だが、このシチュエーション。メダロッ島の時と同じじゃないか」

「そうだね。あの日は、僕らが一歩手前で負けちゃった。だけど、今度も同じように勝てるとは限らないよ」

「それもそうだな!」

 

 コウジの叫びを合図に。ロクショウと光太郎、アーチェとドゥはロボトルを再開した。

 光太郎とアーチェ。互いに撃つ! 撃つ! 撃つ! ロクショウとドゥ。回る! 回る! 回る! 互いに出方を見計らっている。ロクショウが動いた。右腕でドゥの降り降ろされた盾を受け止めた。右腕は壊れたが、ロクショウはドゥに足払いをかけ、倒れたドゥの腰を頭部の両の刃で挟んで持ち上げた。アーチェはドゥの救援に向いたかったが、ちょこまかと飛び回る光太郎に足止めされた。

 シュートバレルの細く伸びた筒から二発の弾丸が発射されて、ドゥの頭に二つの穴を穿つ。更に、どどどどおおぉぉん! 音が二つ重なった。アーチェも仕返しにと、光太郎を撃ったのだ。ドゥの頭に更に二つの穴が出来て、ドゥの背中からメダルがこぼれた。光太郎の脚部にも穴が開き、右腕が壊れた。光太郎の飛行が安定しなくなった。

 

「光太郎離脱!」

 

 イッキは光太郎に離れるよう言った。光太郎は黒い煙を脚からくゆらしながら、慎重に降り立った。ロクショウはそっとドゥを降ろし、ドゥとそのメダルを端っこに寄せた。

 

「一対一だな」とコウジ。

「イッキ、ロクショウのパーツを純正の物に替えろ」

 

 この申し出にイッキチームは驚いた。

 

「でも、緊急事態に限り、ルールじゃ試合中のパーツ変更は禁止されているはずだぞ」

「ルールにはそう記載されている。だがな、アーチェはそれじゃ納得しないようだ。自分は無傷で、はたやお前んとこのクワガタは右腕が壊れた状態。せっかくの一対一なのに、相手が傷を負った状態で勝っても嬉しくないとさ」

 

 イッキとロクショウはアーチェを見た。アーチェは、イッキたちが知っている普段の無口なアーチェだ。しかし、彼の機械のボディから、放熱以外の別の熱さが感じられた。理由なんてどうでもいい。今日はなりふり構わずロボトルする日と決めたではないか!

 

「よし! ロクショウパーツ転送だ!」

「御意!」

 

 瞬時に不格好な姿は元のヘッドシザース一式へと帰った。

 じりじりと互いに距離を保ち、睨み合う。メダロットの緊張が伝わり、コウジとイッキは生唾を飲み込み、光太郎とトモエはじっと二機の動向を窺った。

 剣士対ガンマン。どっかでこんな感じのシーンを見たことがあるような気がする。

 二人の睨み合いは続く。手に汗握るとはこういう場面を指すのだろう。

 と、一陣の風が巡り、枯れ枝が一本ぽきりと折れた。

 刹那。二機は動いた。

 二発の銃声と斬撃音が静寂な学校に響き渡る。ロクショウはアーチェの遥か背後に立っていた。薄ぼんやりと、ロクショウの影が高速で移動するのが見えた。ロクショウの右角は途中からグラグラと揺れている。アーチェの一撃がヒットしたのか?

 そう思ったとき、ウォーバニットが前向きに倒れた。コウジはすぐに駆け寄り、アーチェの顔が縦一線に斬られたのを確認した。「お疲れ」と言って、コウジはアーチェの体をぽんと叩いた。

 一方、ロクショウはすっくと立ち上がった。表情はわからないが、人間であれば、その顔はきっと自信に満ち溢れていただろう。

 

 

 

 コウジはイッキがアーチェの脚部を求めたことに驚いた。

 

「大抵の奴はビーストマスターを欲しがるのに。アーチェの脚部でいいのか?」

 

 イッキはうんとうなずく。

 

「僕にはまだビーストマスターのパーツとか扱えそうにないしね。誤解しないでね。別に、アーチェのパーツを安っぽいと言いたいわけじゃないよ。使いやすい二脚パーツが欲しかったんだ。アーチェのパーツはその理想にピッタリ当てはまるんだ。駄目かな?」

「駄目も何もお前が勝ったんだ。お前が欲しいというのなら、譲る。ちょっと待ってろ」

 

 そうして、コウジは予備の綺麗なウォーバニットのパーツを転送した。コウジはイッキにパーツを手渡した。

 

「用途はお前に任せる。売っ払って小遣いにしてもいい。…それにしても、お前も随分大胆な戦い方をするな」

 

 そう言って、コウジはいかにも面白可笑しく笑い出した。

 メダロットの回収、ロボトルの後始末を粗方済ました(のち)、コウジと別れた。

 

「毎日は無理だが、また気が向いたら呼んでくれ! あばよ!」

 

 終わった。イッキの腕にはウォーバニットの脚部、アブダクターが抱えられている。

 グラウンドにいた見物客はまたすぐ各々の用事に集中した。

 

「ロクショウ、光太郎、トモエ! ご苦労さま! 帰ったら、ちゃんとメンテナンスしてやるからな」

 

 三回のロボトルは苦戦こそ強いられたが、見事に全勝した。イッキは喜々とした足取りで学校を出た。

 三人は何も言わなかった。ただ、イッキに礼を言われ、こうしてイッキが喜ぶ。それこそが喜びだなんて、恥ずかしくて口に出せなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。