メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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24.小さき英雄

 体の震えが止まらない。武者震いじゃない、怖いから。寒くもないのに体を擦り、暖をとろうとした。同じような事をしている奴が自分以外にも数名いた。大きな体格をした奴らは、そんな自分たちを見て鼻で笑った。

 

「来ちまうところまで来ちまったんだ。もう、後戻りはできない。俺達は他とは色々と違うというところを見せたいんだろ?」

 

 そう言われても、答えられない。答えられる訳がない。いくら共犯者でも、このことを答えたら、約束が破棄されてしまうような気がする。この時の為に特殊加工したメダロッチからメダロットを転送し、そのメダロットを触ることで心が少し落ち着いた。もう一体、あれがいれば、本当に心が安らいだかもしれない。

 

 

 

 ぞろぞろと幾人もの生徒と教師の歩調が聞こえる。幼い生徒の何人かは泣いて怖がっていた。トイレには非常用の窓があり、二人は急いで外に出た。そこは、本館中庭に通じていた。二人は茂みの中で腰を浮かせて内部の様子を聞き耳を立てて窺った。非常用はコンクリートの造りで、中からも見えにくい構造であり、窪んで屋根もあるので急場凌ぎの隠れ家としては上等であった。

 ロクショウが嫌な予感がすると警告した。騒音ベルにロボロボという声が混じっていたのを聞き取り、イッキは尻だけ拭いて外に出た。流せないのが悔やまれる。

 数分後、語尾にいちいちロボをつける奴がトイレの前を通った。

 

「あー、生徒諸君に告げるロボ。たったいま、花園学園は我らの手中に堕ちたロボ。抵抗せず、速やかに大講堂に集まりボスの要求に大人しく従いなさいロボ」

 

 どうしてロボロボ団がここに!? 自然と身を屈めた。教室を開け閉めする音が何度かした。トイレに入ってくるかと身構えたが、幸運にも相手は碌に調べず通り過ぎてくれた。

 

「なんでロボロボ団がここに?」

 

 イッキはコウジに聞いてみた。

 

「俺が答えられると思うか? ただ、目的はわからないが、奴らは奴らなりに考えて襲撃したようだな」

「考えて? ついでに『襲撃』って?」

「今日は俺たち小学生のみの勉強会しかやってない。いくら奴らでも、体格の良い高校生や中学生が相手だと抵抗されると踏んで、今日を狙ったのかもしれない。後、襲撃は相手の隙を突いて襲うという意味だ。次は俺が聞き返すけど、お前さっきのロボロボの声を聞いて何も思わなかったか?」

 

 声? ロボロボの下っ端は全員白金魚鉢ヘルメットを被っていて、そのため声は自然とくぐもり若干聞き取り辛い。待てよ。

 

「そういえば。僕がメダロッ島やおどろ山で遭遇したときは、ヘルメット越しからでも大人びた声だったけど、今のは少し低いというか高いというか…」

「はっきりしないやつだな。俺はお前より耳が良いと決めつけていうが、さっきのロボロボは間違いなく子供だ。年齢まではわからねえが間違いない。ついでに、あれは女かもしれねぇ」

 

 女の子。合点した。こんな行為に関わっているにも関わらず入らないとは、羞恥心とでもいいたいのか。

 

「子供だって!」

 

 イッキはちゃんと音量を下げて驚いた。

 

「でもなんで子供が? ロボロボのあのダサい格好をして何の得になるっていうの」

「だから俺が知るかよ! こっちが聞きたいぐらいなんだ。ところで、お前携帯持ってるか?」

 

 イッキが無いと即答すると、コウジは呆れ気味に首を振った。

 

「親御さんの方針か。なら、無事に帰れたら持たせてくれと頼んだほうがいいぜ。もっとも、かくいう俺も教室に置いてきちまったが」

 

 微かにだが教室をロックする音が聞こえたので、コウジの携帯も取りにいけなくなった。ギンジョウ小学校は一部電子ロック式だが、花園学園は逆に一部を除いて全て電子ロック式。開ける事は不可能。

 

「メダロットの力でこじ開けるのは……」

「不可能じゃないだろうが、かなりド派手にやる必要があるし、まだ近くにいるかもしれない巡回のロボロボに応援を呼ばれたらお手上げだぜ。扉破壊は目立ちすぎるから、最終手段として残しておこう」

 

 ではどうするか?コウジはアーチェに隠蔽パーツをつけて校内を探らせることにした。コウジはメダロッチを押したが、ノイズを発するだけで反応がない。イッキのメダロッチも同様だが、どういう訳かロクショウだけ反応していた。五分ぐらいだろうか、やっとコウジはアーチェを転送することができた。

 

「疑問が一つ氷解したぜ。奴ら、これまたどういう原理か知らんが、電波を使ってメダロッチを使えないようにしていたんだ。連行された生徒と教師は抵抗したくても、出来なかったんだ」

 

 既にナチュラルカラーのパーツを装着済みのアーチェはトイレに戻った。しかし、二分と経たない内に戻ってきた。

 

「駄目だ! 隠蔽パーツの侵入を予想していたのか。奴ら、二体に付き一体が索敵パーツを着けていた。校門までは無事に行けたが、門番は縛られている上、眠らされていたよ。数も結構多かったし、俺一人でじゃ奇襲は無理だと判断した」

 

 二人は困り果てた。自分達の全てのメダロットを動員すれば、自分達だけでも脱出できるだろうが、下手に騒ぎを起こしたことにより、捕えられたかもしれないアリカとカリンちゃんを含む人質たちに何らかの被害が及ぶ恐れがある。それだけは避けたい。

 学園のコンピューターは正門からトイレまで管理している。通常時なら安全極まりない場所だが、悪事に利用されれば、一進学校はハイテクコンピューター搭載の要害と化してしまう。

 管理システムはもう落ちているとみるべき。コウジが挙手し、親指以外を上げた。

 

「この限られた状況下で俺達に示された選択は三つある。一つ、セレクト隊や警察が事件解決をするまで、この監視カメラからも隠れられるこの場所に居座ること。ここの浄水システムはちゃんとしたものだし、水は飲めないこともない。

 一つ、他のメダロットを囮にし、一体をその隙に逃がし、外へ少しでも早く事態を知らせる。

 一つ、これは二つ目と変わらない。囮として俺達も人間も加わるだけだ。俺とお前のどっちかが隙を見て逃げるのも手だ。しかし逃げるのは難しい。お前も見ただろう?この学校の壁はでかい上に、侵入者が敷地内に入るのを防ぐシステムというか罠が設置されている。

 そして、最後の一つは大人しく姿を見せて、ここを占拠した奴らにお縄を頂戴される。だが、もちろんこの選択肢は無しだ」

 

 コウジはまず小指を折った。

 

「コウジ、俺にはもう一つ選択肢があるぜ。あと、さっきの電波がいつくるか知れたもんじゃないから、今のうちに俺達を転送しといたほうが良くないか?」

 

 アーチェが意見した。アーチェがあまり話すのは見たことがないので、てっきり主人に意見しない忠実な者。悪い言い方をすれば飼い犬だと思っていたが、この口調や主人を呼び捨てにするあたり、そうでもないようだ。このアーチェの意見にそれもそうだなと二人は納得。

 コウジはアーマーパラディン、市販用の小型なビーストマスターを転送。

 アーマーはドゥ、ビーストマスターはムラクモと名乗った。ムラクモは右だけ、ユートピアンというメダロットのパーツに変えられていた。イッキはロクショウ、頭部だけカッパーロードに替えた光太郎、同じく頭部だけセントナースに替えたトモエを転送。エネルギー節約の為、光太郎は座って壁にもたれた。

 人間二人だけならそうでもないが、さすがにメダロット六機までいると狭苦しくなった。イッキは腰を浮かし、アーマーパラディンことドゥの背中越しにいるアーチェを見た。

 

「ところで、アーチェの選択肢はなに?」

「戦う事。無論、闇雲に突っ込むような馬鹿はしでかさない。戦う際、十分ないし三十分ぐらい、作戦を考える必要があるかもしれん」

 

 もしやと思っていたが、そのもしやであった。イッキも、戦う事を念頭から忘れていたわけではない。ただ、ここまで計画的に最新鋭の設備を投入した学園を占拠するという、ロボロボらしいようならしくないような犯罪を実行する連中に戦いを挑むのはどうかと。少年物では主役は正義と使命感に燃えるものだが、イッキはここに隠れてやり過ごす案に惹かれていた。

 イッキはふと、内面の世界に浸った。

 英雄になりたいわけじゃない。非日常に巻き込まれたいわけじゃない。むしろ、そんなの作り物の世界で味わえば満足だ。アニメや漫画であんな発言と行動する奴なんて、ぶっちゃけ信じられない。

 それでも、戦う事を僅かに念頭に置いていたのは。非日常世界から抜け出したい一心がウエイトを占めているが、ロボロボに捕えられたアリカを救いたい心もあった。 

 内面。というより、思考に(ふけ)いるのはイッキだけではなかった。するべき事を提案した二名もどうしたものかと迷っていた。実はコウジもここに居たい気持ちもあるにはあるが、カリンの事を思うと、矢でも鉄砲があろうと構わず飛び出したい衝動に駆られそうな自分を抑えていた。今のコウジはとても不安定な状態であり、きっかけさえあれば、理性を超えて行動してしまうだろう。

 

「あのー」

 

 光太郎が背を伸ばし、注目を集めた。

 

「やっぱ、コウジさんのいうとおり。ここは、座して待つか。コウジさんとイッキやん、あるいは二人の内どちらかを逃がすかに絞られると思う。そうやろ?」

 

 光太郎はメダロットの顔だけを順繰りに見た。メダロットは表情がないのでわからないが、光太郎のその発言にメダロットたちは少なからず同意していた。光太郎はまた壁にもたれかけた。

 どのくらい経っただろうか。少なくとも、十分は越えてないはず。遠くから、囲むようにしてサイレン(警報)が聞こえた。

 ピーポーというパトカーのサイレンではない、パーポーーオゥという間延びたサイレン。これは、「セレクト隊だ!」コウジとイッキは顔を見合わせた。

 

「イッキ! 俺は行くぜ! やっぱり、メダロポリスの蛙面した男が指揮する駄目駄目セレクト隊なんかにカリンは任せられない!」

 

 コウジはイッキと顔を見合わせたまま、意思の強い声と表情でこう言うと、トイレの非常用窓から内部へ戻り、コウジのメダロットも後に続いた。イッキはコウジの勢いと気迫に呑まれてしまい、止める暇がなかった。すぐにロクショウも動いた。

 

「彼もいきなり敵の前に姿を晒す真似はしないだろう。もうこうなれば、なるようにしかならん。どうする、イッキ? する事はお前が決めろ。どんな決定でも私は咎めはしない」

 

 イッキは何度か頭を振った。きっと、ママやパパにまた心配を与えて、一杯の沢山嫌んなるほど叱られちゃうんだろうな。でも、(かせ)は外れた。それに、いずれにしろこの隠れ家が見つかる恐れもあるので、いつまでも腰を落ち着かせてはいられない。

 

「ロクショウ、光太郎、トモエ。僕は英雄気取りになるわけじゃないし、出来ればこの状況でロボロボと戦うのはやばいと思う。だから、アリカが無事かどうか、この広い学園内を探ろうと思っているんだけど。協力してくれないか」

「もちのろんや!」

 

 光太郎が大きく頷き、ロクショウとトモエはもちろんだと頷く。話は決まった。

 コウジより少し遅れて、イッキ達も非常用窓から学園内に戻った。流さなかった臭いものの臭いがした。

 イッキは少し、コウジの言っていたことを考えた。メダロポリスの蛙面の男が指揮する駄目駄目セレクト隊とは、酷い言い草だな。その男の人って、僕がメダロッ島で会った、機動二番隊隊長だと名乗るどこか偉そうにしていたあのアワモリという(ひと)の事かな? だとしたら、コウジの言い草もうなずけそうだ。

 

「イッキ」コウジが外からイッキを呼ぶ。

「何してんだ? でないのか? それと、今は見張りとか特にいないから、流しても大丈夫そうだぞ」

 

 トイレの中身は表現しまい、イッキは鼻を摘んで浄水ボタンを押した。トイレは瞬時に綺麗さっぱり。

 

「二手に別れよう。俺達はカリンの居る三階、お前は一階を探るというのはどうだ?」

 

 三階といえば、アリカが張り込みする階。イッキはコウジに今日来た目的を手短に伝えた。コウジは、アリカちゃんは変わらないなと笑った。

 

「ハチロウか……。まあ、カリンやベルモットたちのついでに助けってやってもいいか」

「ハチロウの事知っているの、コウジ」

 

 コウジは「まあな」とうやむやに答えた。明らかに言外の含みがあるように思われたが、今は聞くときではなさそうだ。

 ここは、自分より遥かに学園内を知るコウジに任せた。造りは変わらないが、自分はまだこの学園本館の一階の半分しか歩いていない。コウジはまず自分とアーチェが偵察に行くといい、ムラクモとドゥたちと一緒にしばらくはトイレに潜伏してくれと伝えた。

 コウジは腕時計を見た。

 

「今から二七分後、きっかし三時には戻る」

「なあ、コウジ。見張りがいても、できる限り戦いは避けたほうがいい」

「分かっているさ。ただ、人質が巻き込まれない状況で、相手が少なかったら。そのときは、こそこそするよりいっそのこととっちめて、話を聞き出したほうが手っ取り早いと思うぜ。無駄話が過ぎたな。じゃ、幸運を祈る」

 

 

 

 

 ロボロボ団は、人質を大講堂と本館に分けた。

 教師や賢い生徒の中には、この分け方の意味に勘づく者もいた。メダロットを所有する子たちと、そうでない子たち。花園学園の教師を含むメダロット保持者は全体の六割。日本全国の教育機関でも、半数以上の生徒や教師がメダロットを保持する学校はそうない。一校につき全生徒と教師を併せて二割程度が全国平均である。花園学園はギンジョウ小学校同様、メダロットには開放的な気風であり、花園は留学生を積極的に受け入れている。

 今日来た生徒数は全体の七割。仮に、そのうちの二割(小学生)の子がメダロッターだとした場合、その子達のメダロッチごと奪うだけでかなりの金額に達する。ロボロボ団の連中にとっては、かなりの戦力増強となってしまう。

 メダロットを悪事に利用しようと考える不貞な輩からすれば、花園学園は正に金塊の山であろう。

 大講堂に集められた生徒の一人に、北欧系と見紛うような金髪ツインテールの少女が項垂れていた。純米カリンだ。その隣には、悔しげに歯軋りしているベルモットもいた。メダロットを所有する者たちの腕、あるいは首に、本来あるはずのメダロッチがない。

 彼らは当然、メダロットを使って抵抗を試みようとしたが、何故かいくら押しても反応がなく、ロボロボ団に無償でメダロッチを譲る羽目になった。

 メダロットたちの性格、メダロットに自分の知識を教え、メダロットがそれに疑問を投げかける、あるいはメダロットたちが外部から知識を得る、それらメダロットたちの関する行動に刺激されて、自身の為になる勉強を見出す子が非常に多い。

 不運なことに、今日は行為に関わる生徒を除き、殆どのメダロット保持者の小学生は学園に来ていた。喜ばしい事がこんな裏目に出てしまうとは、教師も生徒もやり切れない思いであった。

「君」若い女教諭がロボロボの一人に話しかけた。カリンやベルモットよりでかいが、背の低い教諭と背は変わらず、先生に悪い事を見つかった時の反応をした限り、生徒かもしれない。

 

「こんな事をしても、あなたの人生には今後一生損が付き纏うだけで、なんの特にもならないわよ。あなたが自分をかっこ悪いと思ってそんな物を被っているのなら言うけど、そんなへんてこりんな被り物なんか捨てなさい。今なら間に合う。あなたにそんな格好は似合わないわ。大丈夫、私も一緒に謝るから」

「う、うるさいロボ!」

 

 ヘルメットで声はくぐもっているが、間違いなく子供だ。彼は飛び跳ねて教諭に噛み付いた。

 

「お……俺は、悪の道に華を見出したロボロボ団の一員! この格好は俺の中で最上級にイカした格好ロボ! 馬鹿にするな」

「それがかよ」

 

 歩かされている生徒の一人がけなすと、宙を飛ぶゴーフバレットが注意した。

 

「こらー! 誰が勝手に口を開いても良いと言ったロボ! それと、我らの誇りを(けな)した不届きな輩はどこだぁ」

 

 当たり前だが、答える者はいなかった。ゴーフバレットは教諭に行くよう促した。彼女は悲しそうな顔でロボロボの格好をした生徒を見やった。そのロボロボは別の方を向いていた。彼女は前に向き直り、大人しく生徒の列に加わった。

 カリンは不安な気持ちを紛らわすため、ハンカチを握り締めていた。カリンは自分のメダロットたち、姿が見えぬコウジ、イッキ、アリカの身を案じた。

 歩かされている時、サイレンの音が聞こえた。パーポーーオゥ…間延びしたサイレン。これは。

 

「セレクト隊ロボ!」

 ロボロボの一人が喚起した。

「どどどどどういうことロボ。予想では、セレクト隊や警察が事態に気付くのは、二時間ぐらいかかるはずロボ。なんでこんなに早く気が付いたロボよ!」

 

 ミニロボロボと違い、正規のロボロボ団員とメダロットたちは落ち着いた対応で生徒達を大講堂に集めた。誘導する者に、二本の角を生やした、黒タイツを着た体躯が一際良い奴と悩ましい身体つきの奴がいた。

 管理システムは乗っ取られ、門の警備は偽の警備員が立っている。なのに、どうしてこんなに早くセレクト隊が来れたのだ。答えは判らない、この墨汁をまいたような雨と高い壁が部外からの目を阻み、外からでは異変にきがつきにくいはず。誰が通報したのだろう?

 大講堂に入ると、捕えられた者たちはロボロボのメダロットの数、そして壇上に立つアホ毛が目立つ黒タイツの男。そして、その横に控える大きな悪魔めいた容姿のメダロットを認めて恐怖で震え上がった。

 そのメダロットは、ほんの少し生徒と教師を一瞥すると興味を無くし、胸を撫で下ろした。

 安心した。思った通り、奴とメダロッターは間抜けにも捕まらなかったようだ。あとは、機会が来るのを待つのみ。奴のメダルをこの手で破壊できるのが待ち遠しい。

 

 

 

 コウジはアーチェに三階を探らせたが、見張りのロボロボが一つの教室前につき一人いたので、アーチェはすぐに引き返した。

「本館向かいの三階にもいると考える見るべきだな」

 コウジはアーチェの見立てに同意した。ひと暴れしたいところだが、数が多い。せめて、階段やどこか狭い所に一箇所に集まってくれれば、倒せないこともなさそうだ。

 

「ムラクモとドゥ、イッキたちは一階に置いて正解だったな。二階に一人、一階に一人、三階は八人から十四人ぐらいかな。見張りが多いてことは、ここに人質の一部がいることにほかならないな」

 

 さりとて、手立てはない。二名が忍び足で一階へ降りようとしたとき、サイレンが位置からして、正門前に止まった。これはチャンスと廊下へ出ようとしたが、見張りのメダロットがいて出られない。コウジは歯痒い思いで一階へ降り、降りた角を曲がってすぐそこにあるトイレに戻った。

 例の隠れ家には、ちゃんとイッキたちが座っていたが、ロクショウの姿が見当たらない。

 

「おい、イッキ。あのヘッドシザースはどうしたんだ」

「このトイレ、排気用ダクトから僕やメダロットぐらいの大きさなら通れそうだったから、そこから偵察に行かせたんだ。索敵機能も、ちょびちょび動く相手には反応しにくいし。それで、偵察の結果は?」

 

 コウジは窓から降り立ち、報告した。コウジの報告に、一同はまた頭を悩ませた。

 

「こうなれば、わいが空を飛んで惹き付けようか」

「相手はアンチエアマンのゴーフバレットを沢山引き連れていた。隙を突くんならまだしも、出た瞬間撃ち落とされちまうぞ」

 

 コウジは光太郎の囮案を却下した。

 

「だが、誰かが一騒ぎでも起こさない限り、本館の敵を一掃するのは難しそうだ」とトモエ。

 

 表が騒がしい。正門と、正門とは別方向の遠くからだ。コウジは物は試しに行動しようと言う。

 

「しかたない、一階は見張りが少ないんだ。正門には見張りメダロットがいるけど、ともかく暴れて、大声でこっちの危機をセレクト隊に伝えりゃいいんだ。そうすりゃ、白兵(はくへい)さんたちは嫌でも事態を知るさ。今は白兵さんたちに賭けてみるか」

 

 白兵とは、セレクト隊の別称である。イッキはメダロッチからロクショウに事の次第を告げて、一同は非常窓から急ぎ本館に戻り、窓を開けて、いざ突入しようとしたが……急いで隠れ家に引き返した。

 コウジはお間抜けがと毒づいた。四十メートル先の正門では、二名のセレクト隊員とそのメダロットたちは取り押さえられていた。

 イッキは偵察に向かわせたロクショウの身を案じた。これで、事態はまた振り出しに戻ったかに見えた。

 そのロクショウはナメクジ並の速度でダクトを移動していた。三時一九分、ロクショウが偵察から帰還した。ダクトにまで手入れは行き届いていなかったのか、ロクショウは埃っぽい。イッキはロクショウの埃を払ってやった。

 

「感謝する。どうした、浮かない顔して? その浮かない顔を消せるか自信はないが、耳よりな情報を入手したぞ」

 

 ロクショウは五感機能(メダロットの場合は視・聴・触の三感)を最大にして進み、ロボロボとそのメダロットが集う場所まで近づいた。そこで、ロボロボはこんなことを話していた。

 一階の見張りは省き、三階からも一人向かわせることにしたロボ。どっかの誰か知らんが、セレクト隊に通報されたらしいロボ。あと、正門向かう途中で暴れる奴がいたらしいロボ。

 どうするの!?

 俺が知るかロボ! ともかく、サケカース様の言葉を信じ、お前と二階に居る奴は講堂へ迎え。俺もすぐに後を追うロボ。

 ロクショウは聞いた会話をそのまま伝えた。コウジとイッキは三度、顔を見合わせた。

 

「イッキ、ご覧のとおり、この街のセレクト隊はあの様だ。機が熟していようと関係ねぇ! 俺は本館に居るロボロボを片す! 俺はこれ以上、奴らにでかい顔して学園を歩かれるのが我慢ならない」

「僕も行く!」

 

 気合を見せるため、イッキはどんと胸を叩いた。こうして、トイレ繋がりの隠れ家に潜む一行は遂に行動を決意した。

 

 

 

 セレクト隊こと白兵さんたちは、通報を受けて、二十代の若手と三十代の中堅隊員を現場に向かわせた。中性的なボイスのメダロットからの通報で、ロボロボ団と思しき怪しい奴が花園学園に侵入したと。必死な訴えかけであり、主人であるメダロッターの安否を気にかけていた。

 赤信号に捕まらなかったので、十三分で着けた。門は堅固に閉められており、警備員二名がちゃんと番をしていた。門の向こう側では、警備に就くメダロットたちもいる。中堅隊員は若手の方を見た。若手が口を開いた。

 

「悪戯ですな」

「かもしれんが、一応、確認だけは取っておかんとな」

 

 セレクト隊が車から出ると、合羽を着た警備の男性は会釈した。

 

「どういったご用件で?」

「実はですね。音声からしてメダロットと思しきものから通報がありまして、確認の為来た次第であります」

「そうですか? 雨の中ご苦労さまです。しかし、私と彼はずっとここで立ち番をしておりましたが、特に怪しい人影は見ませんでしたよ。よければ、校内も確認しますか?」

「あ、いいえ。その証言だけで十分です。ご協力ありがとうございます。では、我々はこれにて…」

 

 セレクト隊が立ち去ろうとした時、騒ぎが起きた。警備メダロットたちがわらわらと向かう。と、何かが宙を飛んだ。見た事もない赤いボディのメダロットだ。そのメダロットが飛行型メダロットを攻撃しており、姿は見えぬが少女と思しき声が塀越しから叫ぶ。

 

「騙されちゃ駄目! そいつら、警備員のふりをしたロボロボ団よ!」

 

 セレクト隊員が驚いて振り返った。

 

「一体何が」

「きっと、悪戯好きな生徒が暴れているのでしょう。いけませんねぇ、ほんと」

「そうでしたか。よろしければ、その悪戯好きな生徒に会わせてくれませんか。ひょっとしたら、その子が電話をかけた可能性があるかもしれませんしね。きちんと注意をしなければ」

 

 中堅隊員が入門を求めたら、警備員は拒否した。

 

「何故ですか? 学園の恥をさらしたくないとでも」

「恥? いーえ、違いますよ」

 

 警備の男性は凄い笑みを浮かべた。さっきの少女は、ロボロボ団と叫んでいた。その叫びは、どこか追いつめられてような気が―――。

 中堅隊員がメダロッチに手をかけようとしたら、警備員以下、メダロットたちがわっとセレクト隊員を抑えた。彼は相方の方をみたが、相方はメダロットを転送していたが、攻撃が間に合わなかったようだ。もう一人の警備員とメダロットたちに抑えられていた。

 警備員の男は人の良さそうな顔から一変、意地悪そうにせせら笑いを浮かべた。

 

「まさか、通報が予定よりこんなにも早くされるとは想定外ロボ。でも、こうしてお前たちを縛ってしまえば、何の問題も無いロボ。これで、問題解決。逃げる時間は十分にあるロボ」

 

 一生の不覚!ロボロボ団が生徒が集う勉強会の日に侵入したのは本当だった。本部に伝えようにも、これでは何もできない。今の二番隊本部の現状とセレクト隊のマニュアルを鑑みたら、遅くとも、自分たちが捕まってから後続の者たちが来るのに二十分。本格的に学園を囲んで交通規制するには、更なる時間を要する。

 ああ! こんな状況下の中、勇気ある行動を示した顔も知らぬ少女に申し訳が立たない。

 だがしかし、この状況を一部始終目撃する者が三名いた。一名は途中で抜け出し、一時的に監視の目が手薄になった学園に潜入。一名は歩きながら、携帯で見た事をつぶさにセレクト隊に通報。そして、遅れて到着した一名は事態を静観することに決めた。

 

 

 

「やあ諸君! 元気にしているかい」

 突如、謎のヘッドシザースが現れて、陽気に挨拶してきた。見張りたちは顔を見合わせると、ヘッドシザースに詰め寄った。

「ふっ。飛びかかってくる勇気もないのか」

 言うが早いか、ヘッドシザースはロボロボたちの懐に飛び込み、三機のメダロットを一瞬にして仕留めた。

「敵襲!」

 

 ロボロボの一人が味方に呼びかけ、ヘッドシザースから距離を置いた途端、後方から新手が来た。小学生二名とメダロット五体。ビーストマスターがビームをサソリの姿をしたポイズンコピーへと発射、ウォーバニットとドラゴンビートルが鉄と重力の弾丸を撃つと、プリティプラインが電流刀(でんりゅうとう)でしばき、退くとヘッドシザースの刃と(つち)が容赦なく頭上に下ろされる。

 瞬く間に見張りのメダロットは倒された。

 

「降伏したほうが身のためだぞ」

 

 ロクショウにそう言われると、一人がヘルメットを外した。背丈を見ればわかったが、子供であった。一人は小学生、二人は中学生、ヘルメットを外さない大きな者は正規のロボロボだろう。

 

 小学生の子が泣き出した「ご、ごめんなさい。こここんな大事になるなんて思わなかったんだ」

「謝るぐらいなら、最初からするな。あんた俺より年上だろ」

 

 コウジは冷たく返すと、メダロッチを外すよう要求した。

 

「後で返す。でも、今は外してもらうぞ」

「コウジ、次行こう。それと、トモエ。ここで見張っといてくれないか」

 

 イッキはトモエを見張りとして残し、一行は向かいの本館に居るロボロボにも同様の手口で欺き、倒した。一人抜けたので苦労すると思ったが、コウジがあちら側の本館に居る連中は降伏したと告げたら、一名はやる気を失くしたようだ。お陰で、最初より楽に勝てた。

 一行はロボロボ達を向こう側に連れて行き、一箇所に集めた。二階の見張りの一人も味方がやられたと見るや、自ら進んで降伏を申し出た。ヘルメットを外した彼は中学生だった。

 

「誰でもいい。鍵を持っている奴はいないか」

 正規のロボロボは、アーチェに銃口を向けられるとあっさり鍵を渡した。

「本館のマスターキー……校長室から奪ったな。よし。と、その前に」

 

 外で交戦が起きたと知った教室内にいる生徒たちが騒ぎ始めた。コウジは本館に居るロボロボは倒したと告げ、自分の名前も告げると、歓声が沸き起こった。

 

「静かに! まだ、外や大講堂の周りには大勢いるはずだ」

「皆、コウジ君の言う通りにしなさい」

 

 落ち着いた声音の四、五十代の女性教諭Y氏が生徒を静めた。コウジはマスターキーを使い、早速ロックを解除した。生徒達は諸手を上げて一行を歓迎した。Y氏が代表して伺う。

 

「コウジ君。あなたはこれからどうするの?」

「えっと、ひとまず先生は皆をここに留まらせておいて、できれば、ここにいるロボロボも代わりに見張っておいてくれませんか? 俺たちはこの鍵を使って他の教室を開けたあと、次の行動に移ります」

 

 Y氏は返答に困ったようだが、やがて、諦めたようにコウジとイッキを見た。

 

「情けないことね。守る立場の教師が守られてしまうなんて。でも、今この危機を救えそうなのはあなたたちだけのようね。私は他の先生と一緒にこの子達をまとめるわ。あと、いえる立場じゃないけど、この学園を守ってくれないかしら」

「言われなくても!」

 

 イッキとコウジは笑顔で応えた。

 一行は、本館にある教室を全て開錠した。それが済むと、Y氏に鍵を託して一階に降りた。一行はアリカかがいないか本館に部屋を時間をかけて潰さに見て回ったが、アリカはいなかった。

 

「アリカは大講堂かな。それとも、別の場所に隠れているのかな。ここって、意外と広いし死角もあるかも」

 

 ここで、簡単な花園学園図を説明しよう。正門は北にめんし、正門から四十M右側が小学校の本館。左側の、十坪分離れた一階分大きいのが中高生の本館。校舎はどちらも一階から三階(中高生のは四階)まで、各階ごとに二つの渡り橋廊下がある。

 正門を曲がって左右のどちらかに真っ直ぐに進めば広場があり、広場を抜けると、芝草を敷いた広いグラウンド。グラウンドと校舎の裏側、残る敷地は有効利用。ロボトル館や図書館に体育館、例の大講堂など細々と建築物が並び、普通の大学の敷地面積より広い。

 生徒や来訪者たちの感想を挙げれば、意外にも抜け穴や死角があり、アリカが本館以外の場所に潜伏した可能性があり、ロボロボ団がこっそり侵入する隙間もあったのかもしれない。

 

「でも、思ったより呆気なく見張りを仕留められましたな」と光太郎。

「そうだけど。ほら、外にはまだ見張りが……」

 

 イッキは口を閉ざした。またしても、サイレンが。しかも、今度は一台ではない。もっと沢山のサイレンが学園を包囲するように鳴り続けている。コウジは外を見ようとしたが、生憎、一階なので壁に阻まれて見えない。

 

「捕まったセレクト隊が捕まる直前に伝えたのか? どっちにしろ、チャンスだ。セレクト隊に奴らの注意が向けられる」

 

 コウジは窓から離れると、自分の作戦を伝えた。

 

「相手の戦力を減らす役目。要は、騒ぎを起こしてセレクト隊が突入しやすい状況を作るんだ。次に校内に留まる役目。これは、万が一にも校内にロボロボ団が入ってきたのを防ぐためもあるが、戦力減らす役目の奴がとっ捕まったとき、セレクト隊に見聞きした情報を教えるためだ。まず、戦力を減らす役目は俺たちがやる」

「ちょっと待ってよ! 校内はコウジのほうがよく知っているし、その役目は僕が引き受けたほうがいいんじゃ」

「だからこそだ。ここの造りは俺のほうがずっと詳しいし、場所を利用して戦う。俺も下手な特攻はかけないさ」

 

 イッキは渋々承諾した。留まる場所は一階のトイレから移転し、動向が探りやすく、問題が起きても対処しやすく、ある程度景色を見渡せる二階に上ることにした。

 

「コウジ、あんまり無理はするなよ」

「お前こそな」

 

 コウジチームは外へ、イッキチームは二階へとあがった。コウジは考えなしに正門で暴れようとはせず、雨に打たれながら、茂みや倉庫の影を移動しながら虎視眈々(こしたんたん)とタイミングを狙う時、意外な者に出会った。

 

「おまえはっ!」

 

 

 

 少し時をさかのぼり、イッキ達が行動を決意した時の事。

 ロボロボ団のボス・サケカース以下幹部二名は、防音室で理事長と密談を行なっていた。理事長と話しすのは、主にサケカース。

 

「理事長さん。今回の我々の作戦は大事か小事でいえば、小事である。が、例え小事といえど、疎かにはできない。ご理解いただけますか」

「ええ、小さな事柄だからといって、ほっといたらどんなに堅固な牙城も崩れてしまいますからね。ですが、私からすれば、あなたがたのしている事は小事というより悪事にしか映りません」

「伊達に長い歳月を生きてきただけのことはあるな。この状況でそんな憎まれ口を叩けるとは、今度はお気をつけることですな。口は禍の種というし」

「それを言うなら、(かど)でしょ」

 

 理事長に間違いを指摘されて、サケカースは決まり悪げにサングラスをかけ直した。後ろの、右瞼(まぶた)から頬にかけて刀傷がある大男が控えめに口を挟んだ。

 

「ボスー。博覧強記な一面を見せたいのは分かりますけど、度々、四時熟語や(ことわざ)を微妙に間違えてしまうので」

「うるさい! わかってるロボ! お前は後ろで口を閉じていなさい」

 

 サケカースは幹部のシオカラを一喝し、黙らせた。大男はしょんげりと下がった。サケカースは一つ咳払いをして、体面を整えた。

 

「お見苦しいところをみせて失礼、理事長。では、単刀直入に申し上げます。この学園の地下にある、あなたと懇意の仲であった節原源五郎という教授から譲られた物を戴けませんか?」

 

 平静を装っていた理事は動揺した。

「学園の地下とは一体。私にはさっぱり」

 理事はおくびにも出さず、惚けた。

 

「ほう。知らぬと申されますか。なら、致し方ありませんが、子供らの誰か一人に痛い目に遭ってもらわないといけませんな」

 理事は目を剥いた。「生徒たちは関係ないだろう!それに、知らん物は知らん」と感情を押し殺して声を上げた。

「いえいえ、子供らを痛めつけるのは、セレクト隊や世間様に我らの恐ろしさを知らしめるためであります。ただ、誰かさんが協力的な態度を取れば…まあ、その必要はないでしょう」

 

 理事はわなわな身を震えさせた。理事は深く息を吐き、顔を少し天井に向けた。

 

「節原君……すまない。だが、子供たちを守るためだ」

「では、案内してくれるのですね」

「ただし、条件がある。生徒とそのメダロットたちに、ミニロボロボの格好をした生徒を解放してくれ」

「承諾しかねますね。ちゃんと、現物を戴いてからではないと。それとも、舌を噛み切りますか? そうすればあなたの名誉と友情は守られるでしょうが、子供らは守れないでしょうな」

 

 男は理事の条件を一笑に付した。この状況では、どうあがいても、相手の方が立場は上である。理事は苦渋の思いで相手に従った。サケカースはシオカラに大講堂の監視と団員のまとめ役を依託。地下へ行くのは自身と女幹部のスルメに、上級団員一名と腕利きのミニロボロボ二名を引き連れた。その一人は、背丈の割に異様に手が長い。

 サケカースたちが大講堂を出たとき、付き従う悪魔メダロットが剪定された茂みに一瞥をくれた。

 

「そこにいるのは誰だ? 出てこなければ、攻撃も辞さない」

 

 感情がない冷酷な機械の声を聞いて、隠れている者はこれはやばいと思い、姿を見せた。肩まで伸ばしたショートボブ、泥と雨で汚れた紫のつなぎと青いシャツを着る、カメラを首にかけた少女がそこにいた。

 

「お前は何者ロボ!」

 

 スルメが問いかける。スルメの問いかけに少女はふんぞり返り、堂々と両手を腰にあてた。

 

「私? 私はギンジョウ小学校新聞部の甘酒アリカ。将来有望のジャーナリストの卵! 今日の出来事はばっちりフィルムに収めさせて貰ったわ」

 

 アリカはカメラをロボロボ団にこれみよがしに向けた。悪魔めいた、防毒マスクのような頭部のメダロットが冷たく笑う。天からの贈り物だ。奴のメダロッターの関係者とはな。

 

「ハハハ! わざわざ、名前まで明かしてくれるとはな。要らぬ手間が省けた。どうです、サケカース様。きゃつも人質として連れていってもよいかと」

「ふむ。多過ぎるのは困りものだが、少女がいたほうが人質の価値も騰がるかもな。よし、連れて行け」

 

 悪魔はアリカに近寄った。フレイヤとマリアンも茂みから現れたが、セレクト隊に窮地を知らせる際、二体とも負傷してしまった。ブラスは捕まっているのでここにはいない。

 

「私はそこにいる二機はもちろん。お前の頭を砕くことに一片の躊躇もないと言っておこう」

 

 アリカは冗談だと思った。しかし、悪魔のようなメダロットの足取りと態度には迷いがなく、声音には自分を殺すことへの情けが一片も感じられないことを知り、アリカは固まった。

 テレビや新聞でしか知れない、殺人犯などの凶悪な人物。殺人犯とは異なるが、自分が普通に暮らしている世界とは異なる世界に身を置く存在。

 残忍な行為に対して良心の呵責が無い者を前にして、アリカの勇気は一気に(しぼ)んだ。

 

「アリカさんでしたか? 手前勝手な頼みですが、お願いします。生徒と教師諸君の命もかかっています。どうか、ここは穏便に」

 

 理事がアリカに声をかけた。アリカは理事長を一目見たあと、ゆっくりとメダロッチを外した。手の長い、妙な機械音がするミニロボロボが近くまで来たとき、アリカはそのミニロボロボをじっと見つめた。数日前起きた強盗事件では、腕から妙な機械音がするロボロボが店内に入った。

 イッキは、ハチロウがどこからともなく高機能のマジックハンドを取り出したと言っていた。

 

「まさかと思うけど。あんた、ひょっとしてハチロウ」

 

 びくりと、そのミニロボロボは凍りついたように動きを止めた。この反応、間違いない。

 

「ハチロウ。あんたなんでこんなことに関わっているの! まさか、自分が他の奴らより凄いと証明したいからとか」

「るっさい!」

 

 声がくぐもるヘルメット越しからでもわかる。このミニロボロボは確実にハチロウだ。アリカはたたみかけようとしたが、悪魔とサケカースから黙れと怒鳴られて、口を閉ざした。

 悪魔めいたメダロットはきっと本館二階を睨んだ。そこに自分の求めるものを感じ取ったからだが、ロクショウと戦いがために、あえて指摘しなかった。

 

 

 

 二階に居るイッキたちは、数名のロボロボ団がアリカと老人を図書館へ連れていくのを見た。

 

「聞かなくてもよいか」

 

 ロクショウはロボロボたちが図書館に入るのを見届けてから、窓を開けた。

 

「光太郎、ちょっと背を貸してくれないか」

「早う乗りなさい」

 

 ロクショウ、トモエは二階から飛び降り、光太郎はイッキを背に乗せて静かに着地した。考えなどない。ただ、濡れて泥で汚れた沈んだ顔のアリカを見たら、居ても立ってもいられなくなった。

 大講堂で騒ぎが発生しても、今のイッキには届かなった。見張りに立っていたミニロボロボが二名、二階から降り立った闖入者に歩み寄る。

 いざ、ロボトルをおっぱじめようとしたら、予想外の乱入者が割って入った。

 

「ハチロウー!」

「あっ!」

 

 イッキと一人のロボロボが驚く。それは、ペッパーキャットの両腕を着けたピンゲンことマイキーではないか。

 

「ハチロウー! もう悪いことは止めて、帰っておいでよ! そんな変な格好はやめなよ。君は、そんな物着なくても十分いけているさ!」

 

 手の長いミニロボロボが小刻みに揺れる。マイキーを尻目に、片方のミニロボロボがメダロッチを掲げたら、マイキーは「ごめんなさい」と詫びた。彼の右足にばちりと痛そうな電流が走る。

 片方のミニロボロボはイッキたちとマイキーに囲まれると、涙声で降参と叫んだ。手の長いミニロボロボががくりと水溜まりに膝と手を付く。

「ハチロウ」マイキーが労わるように肩に手を置く。

 ミニロボロボはそっとヘルメットを外した。ヘルメットの下の素顔は、やはりハチロウだった。イッキは、ハチロウに厳しく問いかけた。

 

「お前、なんでこんなことに関わったんだよ。ここまでして、自分が他とは違うことを見せつけたかったのか」

 ハチロウは項垂れたまま、首を小さく左右に振る。

「じゃ、単に悪党に憧れたのか」

 

 今度はうんともすんとも何もしない。あの嫌味な感じだったら、胸倉を掴んで吐かせただろうが、こんないじけた態度だと、そんな気は失せた。

 

「ねぇハチロウ、教えてくれない。何が、君をこんな風にさせたの?」

 

 マイキーが背中をさすりながら、ハチロウにたずねた。ハチロウもマイキーの体に触れた。ハチロウはマイキーを撫で続けることで心が安らぎ、強張ったおもてが緩み、泣き崩れた。

 

「わあああああん!! ごめんよう! マイキー! イツキくん!」

「イッキだよ」

 

 ハチロウは号泣しながらそわそわと、おぼつかない話し方で身に降りた災難を語り出した。

 

「えっぐ。うん……ごめんよ。マイキー、イッキくん。……初めは、ちょっと悪いことに憧れていたのは本当だよ。でも…ネットでたまたま見つけたサイトで。架空の……悪事を書き込むサイトなんだけど。そこ……うぐ……誘われたんだ。どうせ架空世界の中に過ぎないと思っていたら、実際に協力しろと言われたんだ」

「したのか!?」

「するわけないよ。そしたら、パパが知らない女の人といちゃついている写真が送られてきて、協力しなけりゃ、これをばら蒔いてお前のパパママにも見せると脅された。忠誠の証拠として、僕のメダロットを一体送るか。嫌なら、捨てろといわれた。でも、でも……心配だから、こっそり磨いたり世話をしていたんだ。そしたら、どういうわけかばれちゃって。罰として……」

 

 ハチロウはその先の言葉を濁した。ハチロウを脅した相手の罰とやらが、先のメダロッターズ展示品のアンノーンエッグ強盗事件に繋がったというわけか。長いマジックハンドは、自分の正体を隠すためのハチロウなりの工夫ということだろう。

 バリーン! 図書館の窓ガラスを突き破り、悪魔めいたものがイッキたちの前に突如として現れた。後ろから、息を切らしてロボロボ団と人質のアリカと理事長も走る。

 

「こらー! なにを命令無視しておるベルゼルガ」

 

 ベルゼルガと呼ばれたメダロットは主の言葉など全く意に介さず、ロクショウに目標を定めた。ロクショウも睨み返した。

 

「お主か。敵意を私に送り付けたのは」

「そうだ。今か今かと待ち構えていたが、気配を感じてもしやと思い上がってみたら、的中したな! ロクショウ。何も知らぬお前に言っても無意味だろうが、我が片割れ共がうけた屈辱と痛みをはらさせてもらう」

「わけのわからぬこ……!」

 

 ベルゼルガは凄まじい勢いでロクショウに突進した。マイキーは咄嗟にハチロウを横へずらし、光太郎とトモエがその進路に立ちはだかる。だが、ベルゼルガは二人を物の数に入らないといわんばかりに、両腕のごつい腕で二人を軽く弾き飛ばし、眼前まで接近した。

 素早いが、頭が逆上(のぼ)せたテレフォンパンチ。避けれないこともない。そう考えたとき、ロクショウの頭に電流のような思念が迸る。それは、走馬灯のようなもの。ロクショウは首の皮一枚でベルゼルガの攻撃を避わし続けるが、見ていて危なっかしい。

 

「ロクショウ! どうしたんだよ!?」イッキが呼びかける。

 

 暗い部屋。光が差さない場所。そこに、このベルゼルガというメダロットのパーツを着た「彼」がいる。その映像の「彼」の姿は、ベルゼルガ以外のパーツを身に着けていた。そうして、後に映る物は地獄。「彼」は何かを生み出す為に毎日のように陽が差さない場所で戦わされていた。無情にも相手の魂。メダロットの命であるメダルの破壊を命じられ、破壊した。

 「彼」に安眠の時は許されない。メダルがボディから離れた状態でも、世界で起きる戦争や惨たらしい事件の克明な映像を夢うつつの状態で見せられる日々。そんなある日、彼は自分以外にも同じような状況ものがいることを知り、それらは幸福な日々での成長を見守られていると知る。

 憎悪。殺意。恨み。猜疑心。憤怒。ぶつけようにもぶつけられないどす黒く濁ったもの。そして、彼が僅かに心を開いたものを見て、ロクショウは愕然とした。ベルゼルガの拳がロクショウを襲う。ロクショウは紙一重のところで避けたが、右の角が千切れた。

 ベルゼルガは興奮から覚めたのか、ようやくサケカースの命に応じた。ロクショウも、一旦イッキの下に寄る。

 

「どうしたんだよロクショウ! らしくないぞ?」

「見せつけられたのだ」

「何を?」

 

 イッキはロクショウの顔を覗きこむ、

 

「奴が、メダフォースの力かな? それで、私に自分の体験したことを私の頭に送ってきた。早すぎて全体は把握できなかったが、奴は私よりずっと前に起動して、絶望の日々を送ってきたことと、例のストンミラーというメダロットと顔見知りだということが分かった」

 

 イッキはベルゼルガと呼ばれる黒いメダロットを見つめた。あのメダロットは哀れな最期を迎えたストンミラーを知っていて、そして、そのストンミラーを介錯したロクショウを恨んでいるのかもしれない。

 

「かぁーっ……。軽くなのに、なんちゅう威力じゃ」

「手強そうですね」

 

 光太郎とトモエは互いに支え合いながら、イッキの下まで来た。光太郎は右半身、トモエは左半身のダメージが大きい。たった一発なのに、二体は酷いダメージを負っていた。すると、マイキーがイッキたちのところに来て、頭部のスラフシステム促進機能の力を発動させて、光太郎とトモエとロクショウの傷を癒した。イッキはメダロットたちの代わりに礼を述べた。

 

「ありがとう」

「お礼なら、ハチロウに言ってやって。ハチロウが協力しろといったんだ。でも、それだけじゃない。僕の意思で君たちと一緒に戦いに来た」

 

 マイキーはベルゼルガとロボロボ団を睨みつけた。サケカースがハチロウを見下ろす。

 

「ハチロウ。裏切った罪は重い。だが、まだお前は後ろにいる二名と同じく利用価値はあるな」

 

 マイキーとロクショウはハチロウに駆け寄ろうとしたが、間に合わない。女幹部はトリプルゴッツンを出し、上級団員はダークネスメイジを転送し、その二体がハチロウへの道を塞いだ。

 ハチロウがメダロッチを上空に投げた、光太郎はそれをキャッチした。ベルゼルガがハチロウを摘み上げる。ハチロウは悲鳴を上げて手足をばたつかせたが、無意味だった。サケカースとスルメが大口を開けて哄笑(こうしょう)する。

 

「がっははっはは! 愉快愉快! これだから、悪はやめられない。どうせ、セレクト隊に囲まれた時点で計画はおじゃんだ。お前たちミニロボロボは最後の仕事として、囮になってもらう」

「どういうことなの?」

 

 まだヘルメットを被るミニロボロボに聞かれて、スルメが答えた。

 

「よくお聞き。我々は、初めからお前たちミニロボロボを採用する気なんて鼻から無いロボ。まあ、もしも計画が無事に済んだら、考えない事は無かった。けど、やっぱり良いとこ育ちの坊ちゃん嬢ちゃんロボね。ちょっと涙もろくされたら、このハチロウのように簡単に崩れてしまう。いざというときは、お前たちを餌に逃げる算段なのよ」

「そんなあー」

 

 彼はがくりと頭を垂れた。イッキは彼に同情の眼差しを送ったが、構っている暇はない。マイキーが「ハチロウを放せ!」と前に出る。ロボロボ団はそんなマイキーを見て、また笑った。

 

「よせよせ。お前ごとき回復重視の心慰め用メダロットが、この悪魔型のベルゼルガに適うものか」

 

 サケカースは羽虫を追い払う感じにマイキーに手を振った。ベルゼルガはマイキーを見下さず、冷静にマイキーを諭した。

 

「俺は同機種と戦ったことがある。そして、そいつはこれより攻撃力が劣るボディを身に着けた俺の軽い一撃で倒れたというデータがある。悪いことは言わん。お前は作りからして、そもそも戦闘向きではない」

「そんなの知らない!」

 

 マイキーは臆さず胸を張った。

 

「苦しむハチロウを支えられなかった今こそ、僕は戦う。お前のような、悪い奴らからハチロウを守るため!」

 

 ハチロウは泣きじゃくりながら、マイキーを見た。マイキーが両腕にエネルギーを溜めた。ロクショウがソードを構え、光太郎とトモエも身構える。ベルゼルガはハチロウを後ろに投げ捨てる。理事長とアリカは慌てて、自らの身をクッション代はりにハチロウをキャッチした。三人はもつれて転んだ。サケカースがロクショウを横目で見た。

 

「ふむ、そうだ。そのヘッドシザースのメダルも確か貴重な品だったな。時間はないが、お前ら三機ぐらいなら問題なかろう。では、ロボトル開始だ」

 

 光太郎はキメラをモチーフにした強力な毒を司るトリプルゴッツン。トモエは両腕に金棒を握るダークネスメイジ。ロクショウとマイキーはベルゼルガに立ち向かう。

 トリプルゴッツンは光太郎を殴り落そうとするが、その度に光太郎に避けられてしまい、光太郎はそのトリプルゴッツンに「このとまんまが!」と、野次のついでに重力波をくれてやった。トリプルゴッツンの装甲は厚く、そう容易く落とせそうにないが、相性からして光太郎の方が有利であった。

 

「トモエ! 相手がここ一番の大振りをしたら、その時に攻撃をしろ。それ以外はガードと回避に集中」

 

 イッキはトモエに指示を出した。トモエの相手、ダークネスメイジも大型重量級であり、両手の金棒をぶんぶんと振るい、トモエを素ッ転ばしたところを金棒で潰すか、キャタピラで潰すかを狙っていた。接近戦同士では、武器が一つ多くて重いダークネスメイジが有利であり、トモエは防戦一方を強いられていた。セントナースの電磁バリアと自身の盾があるので、そう簡単にはやられないだろうが、トモエの不利は変わらない。

 ぬがああああ!

 ベルゼルガが獣のごとき咆哮を上げる。ベルゼルガはパーツの威力と巨体に身を任せ、回転しながら圧倒的な質量と威力でロクショウとマイキーを攻め立てた。単純だが強力なこの攻撃の前に、二機はたじろいだ。イッキは石を投げて、ベルゼルガや敵の注意を惹き付けたい衝動に駆られた。

 駄目だ! それじゃ、あいつらと変わらない! 正々堂々、ロボトルで打ち負かしてこそ意味がある。だけど、メダロットになら。

 イッキはロクショウに泥を被れと指示した。ロクショウはその指示に従った。ロクショウは攻撃を受け損ねるふりをして、茂みのぬかるみを被ってそれを掴んだ。ベルゼルガが押し寄せる。

 

「今だ!」

 

 ロクショウは泥を投げつけた。ベルゼルガが一瞬、怯む。ロクショウ必殺のピコペコハンマーで叩き潰す……「馬鹿め」とベルゼルガはつぶやき、ロクショウを裏拳で弾いた。ロクショウが花壇に突っ込む。メダロッチから、ロクショウの左腕が壊れたと告げられた。だが、その隙をついてベルゼルガの左足にマイキーが引っ付き、電流を注いだ。ベルゼルガはゆったりとマイキーを見下ろし、話しかけた。その口調には、侮蔑が滲んでいる。

 

「あの三機ならいざ知らず。お前ごときの攻撃など痒みにしか感じぬわ。今すぐ離れろ。これは、俺からお前への情けだ」

「嫌だ! 放さない! 放したら、ハチロウの苦しみが伸びる!」

 

 ベルゼルガの一撃がマイキーを襲う。イッキは目を覆い、起き上がったロクショウはマイキーの名を叫んだ。ベルゼルガは目標をロクショウに定めようとしたが、すぐにまた目線を足に下ろした。頭部に亀裂が生じているにも関わらず、マイキーはベルゼルガの足元に引っ付いていた。

 

「ま……ガピー……守……ガガ」

「頭部パーツの機能をフル回転させたか。だが、却って苦痛が伸びただけだな」

 

 ベルゼルガはまたしても、マイキーに一撃を与えた。マイキーのパーツの破片が飛び散る。アリカは目を瞑った。それでも、ベルゼルガは足元から目線を外さなかった。マイキーは一目見て機能停止している状態なのに、まだ足元にしがみついていた。

 

「マイキー! 今ゆくぞ」

 

 ロクショウがベルゼルガに特攻。ベルゼルガは回避して一撃を与えようとしたが、ロクショウはさっと右手を地面につけて、バック転して難を逃れた。ベルゼルガはすぐさま、足元にひっつくマイキーへ三発目を与えた。マイキーのパーツは酷く損壊し、女性型ティンペットの姿が露出した。

 

「マイキィー!!」ハチロウがマイキーの名を叫んだ。

 

 これで外れるかと思いきや。信じられないことに、マイキーはその状態でまだしがみついていた。

 

「死後硬直というやつか」

 

 ベルゼルガは足元にしがみつく害虫をねめつけた。ベルゼルガのパーツを着る彼の何かが崩れかける。ベルゼルガは焦り出し、目標を一時的に変えた。

 自分は戦う訓練を受けてきた。それが、こんなボンボン育ちのぬくぬくとした環境で育った阿呆一人仕留められなくてどうする! こいつを……こいつの息の根を! メダルを破壊せねば!

 サケカースが余計な事するなと言っても無視した。ロクショウはとても嫌な予感がし、ベルゼルガに再び特攻した。ベルゼルガは自分の足が壊れるほどの一撃。即ち、この状態のマイキーのティンペットとメダルが壊れるほどの一撃を振り下ろそうとしたが、ロクショウが来たので、致命傷を避ける為に一撃の威力が僅かに低下した。

 金属と金属が衝突して、骨が砕けるような嫌な音がした。顔を覆ったハチロウを、アリカは縛られた両手で髪の毛を乱暴に掴みあげ、文句を言わせぬほど声に恐ろしくドスを利かして言い放つ。

 

「目を逸らすな。あんたのために頑張っているのよ!」

 

 少しだが、手応えはある。こいつのメダルは砕けた。ずしりと足が重い。頭を少しばかり斬りつけられて、左足が壊れてしまったからな。問題はない。頭部の回復機能を使えばすぐに。ベルゼルガは足を見下ろして、思考が停止した。

 ベルゼルガだけではない。この場にいる全ての者がベルゼルガの足にいるものを見て、唖然呆然。

 ティンペットも傷付き、機能停止どころかメダルにも余波がきた恐れがあるのに、マイキーは砕けた骨組みだけの状態でベルゼルガの足元にしがみつき、抵抗していた。小さな身で、懸命に。

 イッキはハチロウのメダロッチを見てみたが、マイキーは機能停止と表示されていた。

 

「まさか……こんなことが」

 

 ベルゼルガは首を振った。自分はこれを似た光景を映像で見た事がある。それは、自分の片割れがおどろ山で出会ったヤナギとかいうミスティゴースト。酷使され、パーツとティンペットは朽ちて、その状態で大量の火薬系攻撃を喰らえば、自分のメダルすら壊れかねないのに。そいつは、あんな年老いた生物学的に守る価値が低いものを命懸けで守ろうとした。

 理解不能。彼からすれば、キチガイなメダロットを思い出した。

 ベルゼルガはそのヤナギと似た行動を取る、自分の足で崩れ落ちそうになる小さな者を恐れ、激しく内側を揺さぶられた。

 二組は戦闘を再開したが、ロクショウとベルゼルガだけは立ち尽くしていた。

 世界を救うという意味不明な名目で、破壊を強要される日々で光を失った瞳……膨大な絶望に闇をのみ見つめていた心に……ぽつりと小さな空隙(くうげき)が生じた……ちらつき瞬く空隙は心に差した光。なお憎悪や殺意の(よこしま)な感情にのみこまれず、必死に崖っぷちで留まる彼の魂の形。涙。

 

「……力は無きに等しく……人間にどつかれだけでパーツがへこんでしまいかねない(もろ)い奴が……あんな、その辺の雑草程度の価値しかない老婆や小僧一匹を守るためだけに……こ、これほど……これほどまでにっ! ……(メダル)も懸けて抵抗すると……いう……の……か? ……」

 

 ベルゼルガは頭を抱えて、吠えた。その吠え声はさっきの憎しみがこもったものとは異なる、悲しみと恐怖に満ちた咆哮。サケカースがいくら命じても、ベルゼルガは一切の命令を受け付けなかった。 

 自分が今まで破壊したメダロットたちが、自分の足にまとわりついてくる白昼夢にベルゼルガは襲われた。

 ベルゼルガが鈍い動作でマイキーを剥がすと、ロクショウが跳躍した。自分が出来ることはただ一つ、この隙に容赦なく目の前の相手を屠ること。それが、この朽ちえた勇気ある者へのせめてもの報い。

 ベルゼルガは防御する間もなく、頭から下半身に至るまで切断された。

 死ぬわけではないが、機能停止に襲われる感覚は気持ちよくないな。そう思いながら、ベルゼルガは天を仰いで倒れた。

 哀れにも、兵器として育て上げられた者は心底兵器になりきれず。くしくも、自分が一番憎み、雑魚と侮った者の前に敗れた。

 

「ああーーーっ! ベルゥゼェルガァーー!」

 

 サケカースがショックのあまり、体をくねらせながら奇声を発した。

 動揺は更なる混乱をもたらした。女幹部スルメと上級団員、護衛のダークネスメイジとトリプルゴッツンの連携プレイが失われる。

 ロクショウは傷付いた身に鞭打って、光太郎と共闘してトリプルゴッツンを撃破。残るダークネスメイジも三方から一斉に攻撃されて、瞬く間にやられた。

 大講堂の騒ぎが大きくなり、サケカースに通信が送られた。

《大変ロボ! ミニロボロボたちが寝返って、小学生たちが一致団結したロボ! って、わあ! おっかないロボよ! セレクト隊も本格的に来たようだし、不味いロボ!》

 

「ええーい、撤退ロボ!! 目的のぶつはいただいたし、今日は見逃してやらあ!」

 

 サケカースが懐から何かを取り出して押すと、学園中に炸裂音と煙が立ち込めた。ロボロボ団はその煙に紛れて姿をくらました。

 大講堂から小学生たちとメダロットが(ぐん)をなして、シオカラ以下数名のロボロボ団を追い立てる。

 イッキたちの姿を認め、群れから離れる者たちがいた。コウジチームだ。カリンちゃんとベルモットも続く。

 窮地から抜け出せたことを知り、ぷつりと緊張の糸が切れた。イッキはへなへなと、ズボンが濡れるのも構わずへたり込んだ。

「マイキー」

 ハチロウがマイキーのメダルを手の平に載せて、抱え込むように握りしめた。ここに着たばかりの三名は困惑した様子で荒れた敷地を見回し、この場にいた者たちはいたたまれない気持ちでハチロウを見た。

 

 

 

 コウジよりも先にイッキが質問を投げかけた。

 

「どうしてこうなったの、コウジ?」

「それは俺のほうが聞きたいぐらいだ。まあ、俺から答えてもいいか。俺は、マイキーの言った事を信用して、大講堂でロボロボ団と衝突したんだ」

 

 泣き顔のハチロウがコウジを見上げた。コウジはハチロウを少し見返したら、また話を続けた。

 

「マイキーは、俺があいつらに勝てなくても、俺の行動が火種となって皆が立ち上がるんじゃないかって言った。俺はマイキーの言うとおりにしてみた。結果は見てのとおりだ。シオカラとかいうヤーさんめいた大男に勝ったあと、ロボロボの奴らは卑怯にも、俺を囲んだ。そしたら、見兼ねたカリンやベルモットの数名の生徒や教師が立ち上がってくれて、ロボロボの奴らを責めて、説得を始めたんだ」

 

 コウジは、カリンとベルモットを見てウインクした。二人はお構いなくといった感じで軽く微笑み返した。

 

「ロボロボの奴らはうるさいと突っ撥ねたけど、ミニロボロボの奴らがそれで良心の咎めを受けたようだな。おろおろとしだして、しまいには泣く奴もいた。そしたら、シオカラとかいう奴が女の子のミニロボロボの頭を小突きやがった! 俺が掴みかかる前に、他のミニロボロボがそれはあんまりだと責めたてた。きっかけはどうあれ、シオカラが女の子の頭をぶったおかげで、三名の中高生ぐらいのミニロボを除いて、他のミニロボは皆味方してくれたんだ。

 そして、ミニロボの一人がメダロッチが入った箱をぶちまけた。それを皆が腕に巻いて、まあ、今に至るわけだ。ところでイッキ、お前の方はどうなんだ? ハチロウがなにかを握りしめながら泣いていることを加えて」

 

 コウジは厳しい表情でハチロウに向き直った。

 

「なにがあったか知らねぇけど、随分馬鹿な真似をしでかしたなハチロウ。そんなに、目立ちたかったのか。俺はお前がそんなに偉そうにしたり、目立たなくても、付き合っても良かったぞ」

 

 イッキとアリカは訳が分からずコウジとハチロウの交互を見やると、カリンが説明した。

 

「私とコウジさんとハチロウさんは家が近いのです。低学年の頃まではよく遊んでいましたが、ハチロウさんのご両親が事業で大成功して間もなくして、ハチロウさんが何故か周囲に冷たくあたりだした頃から、あまり」

 

 カリンの瞳は悲しげに揺らいでいた。イッキはついさっきまで起きたことをぽつぽつと語った。カリンはハチロウの頭を撫でたが、コウジはハチロウの胸倉を。といっても、チャックの部分だけを引っ張った。

 

「コウジさん!」

「安心しろ、カリン。殴ったりしない。ハチロウ、お前の事情はよーくわかったし。俺はお前が口下手で、人付き合いの下手なお前は嫌な態度で馬鹿にされまいと必死こいているのも知っている。だがな! なんで俺らにその事を相談しなかったんだよ! 相談しろよ! 親が仕事で忙しくて自分にかまってくれなくなったからって、そんなにいじけるな! そんなんだから、嫌われちまうんだよ」

 

 ハチロウはメダルを抱えながら、えずくように泣いた。とても厳しいが、友達だろうと悪ければ叱り、全力でぶつかるのがコウジなのだろう。「ごめんよ」ハチロウはえぐえぐ泣きながら、コウジに謝った。

 

「俺に謝るなら、カリンたちに謝れ。それと、自分が抱えているものに感謝するんだな」

「うう。ごめんよ……カリンちゃん、ベルモットさん。怖い目に遭わせちゃって」

「ハチロウさん」カリンは切なげにハチロウの名をつぶやいた。

 ベルモットはハチロウの下によると、メダルを見せてくれないかと頼んだ。

「期待しないでくれ。ただ、もしかたらの可能性にしか過ぎない」

 

 ハチロウはすがるような見開いた眼差しをベルモットに送り、ベルモットの手にペンギンメダルを託した。ベルモットはメダルの裏表をつぶやに観察し、何度もひっくり返したり、縦や横にして見てみたりした。一同は固唾を飲んで、ベルモットの仕草を見守った。やがて、ベルモットはハチロウに爽やかに微笑んでみせた。ハチロウを安心させるように歯はきらめいていた。

 

「喜びたまえハチロウくん。マイキーはまだ死んではいない!」

 

 声を上げる者はおらず、口を閉じる者もいれば、口をあんぐりと開く者もいた。イッキは喉から押し出すように声を出した。

 

「生きてるの?」

「勿論! そんな嘘つくメリットなんてないよ。メダルを覆う縁の部分がひび割れただけで、メダルの本体である中央の丸い金属は損傷していない。日数は要するけど、マイキーはまた動けるようになるよ」

 

 ハチロウはまたしても、わっと号泣した。今度の号泣は悲しみではなく、安堵からきた涙だ。

 カリンとアリカもつられて貰い泣きしていた。カリンちゃんに至っては、ハンカチで顔を覆って握り締めていた。ベルモットは相変わらず笑顔でうんうんと小さく首を動かし、コウジは無言で、優しげな手付きでハチロウの肩をさすっていた。

 後処理や面倒臭いことが待ち受けているだろうが、最後にこの朗報を聞けただけでも、頑張った甲斐があるというものだ。イッキはメダロットたちに「ご苦労様」と労った。

 光太郎、トモエ、ロクショウは満足そうにおうと応えたら、ばたりと倒れた。

 

 

 

 三日後。晴れやかな朝、夏休み最後の日。イッキは気持ちよさそうに背筋を伸ばした。メダロッチに収納したメダロットたちは、どういうわけか家に来たヒカル兄ちゃんがメンテナンスに協力してくれたお陰で整備ははかどり、中も外も綺麗に整備された。

 お昼時、ある二名が天領家を訪れた。

 インターホンが鳴り、ママがソファから立ち上がって対応に出る。

 

「ええ。はい。あー、そうですか。はい。イッキ、一緒にでましょ」

 

 僕も迎えなきゃいけない相手って?イッキはチドリと共に玄関を出た。外には、黒塗りの高級エコカーが停車していた。玄関口に立つのは、カールした白髪の髭と髪が目立つ、白く装飾した縁なし眼鏡をかけたいかにも執事のような出で立ちの黒い燕尾服を着た男性に、その隣にいるのは…。

 

「ハチロウ!」

 

 坊主頭で一瞬誰だかわからなかったが、男性の隣にいるのは間違いなくハチロウだ。

 

「それで、マイキーは?」

 

 イッキは挨拶もそこそこに、マイキーの事を尋ねた。

 

「うん。ベルモットの言う通りだったよ。今日から数えて、十九日後には戻ってくるよ」

「そっか! 良かったねハチロウ!」

 

 ハチロウの嫌味な調子はどこへやら、憑き物が落ちたような顔で控えめにうんと頷いた。

 燕尾服の男性はチドリと挨拶を交わし、次にイッキに深く感謝の念を込めて礼を述べた。

 

「イッキ様。ハチロウ坊ちゃまとマイキーを救い出していただき真に感謝致します。しかも、こうして坊ちゃまが素直に謝るなんて……ホントに感謝してもしきれませぬ。(わたくし)、セバスチャンと申します。以後、お見知りおきを」

 

 セバスチャンはハンカチを取り出し、目元を拭いた。涙もろい人のようだ。この人物こそ、マイキーがじいやと呼ぶ人物だった。

 マイキーは、メダロットだけでは信用されないと思い、じいやさんことセバスチャンに見た事を伝えた。セバスチャンはマイキーと共に花園に向かうと、マイキーに隠れてと言われた。物陰からこっそり正門の様子を窺うと、セレクト隊が襲われていて、あら大変。じいやはすぐにセレクト隊へ通報した。

 イッキと、メダロッチから話を聞く共闘したロクショウはマイキーの無事を喜んだ。

 あの激動の一日。結果は全て他の者だが、そのきっかけを与えたのは、マイキーだった。懸命に動き回り、あの恐ろしいメダロットの攻撃に四発も耐え忍び、勝利の光明を与えてくれたマイキーは、小さな英雄と呼ぶに相応しい。

 

「ハチロウはこれからどうするの?」

「皆に謝りにいくんだ。罪に問われるかもしれない、二人の高校生と中学生の人の弁護もする。こんなことで僕がしたことが許されるわけじゃないけど、マイキーやパパとママに胸を張って会うためにも頑張るよ」

 

 イッキは耳元であの例の写真のことを囁いた。すると、ハチロウは笑顔で答えた。

 

「あの写真ね。トックリさんというセレクト隊の人やもう一人のセレクト隊の人がね、解析したら、偽造写真だって証明してくれたの」

 

 ハチロウが盗んだアンノーンエッグだが、適当な理由を付けてロボロボ団に渡さず、大事に保管していたそうだ。メダロッターズ関係者はハチロウに同情し、ハチロウが誠心誠意謝り、メダロットを無事に返して、割ったガラス代を払えば許してくれたようだ。

 そうして、ハチロウとセバスチャンは暇を告げた。

 ロクショウを恨むメダロット。ロボロボ団の目的。ハチロウと捕まった学生を含む、ミニロボロボたちの心の闇。

 万事全て解決したわけではないが、取りあえず、非日常からはしばらくおさらばできそうだ。

 今日は、のんびりとゲームでもしようかな。

 


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