メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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22.花園学園

 とある山奥の小屋。男が一人、通信器を使って各地に指令を飛ばしていた。

 

「決行は八月二八日。午後の特別なお勉強会をする時間帯を狙う。これは、我らの脅威を世間に知らしめると同時に。お前たちの意志と強さをにっくき大人共に知らしめるチャンスでもある。―――放送終了」

 

 見えなくても見える。餓鬼共が悦に浸り、自分たちは他の無知の奴らでは到底できないことをして、凄く偉くなったと勘違いしている様が。自分たちもその無知な奴らに含まれているとも気付かず、呑気なものよ。

 男は、最初の電波とはまた違う電波で通信した。

 

「諸君。時はきた。明日、馬鹿な餓鬼共が盛大に騒ぎを起こしてくれる。君らはその隙に乗じ、きちんと仕事を果たしてくれたまえ。―――尚、嗅ぎつかれると厄介なので、電波による通信はしばらく控える。では、健闘を祈る」

 

 男は背筋を伸ばし、椅子から立ち上がった。小屋の中には、男以外に七名が控えていた。みな、どこかの王様に対する敬意を示すような姿勢で座っていた。

 

「我々は餓鬼共を信頼させる証として、俺様の他、お前たち三名にも同行してもうら」

 男は七名の中でも一番体格の良い者。体付きからして女性と思しき者。腕に小さな腕章を巻いている点を除けば、彼らにとっては下っ端でしかない格好をした者を一名選んだ。不満げに唸る者がいた。体格の一番良い者だ。

「餓鬼共の世話とはな」

 

 男は体格の良い者を抑揚のない、静かな声で宥めた。

 

「世間様からすれば、大事。我らにとっては小事。全ては真の作戦を成功させる為の然るべき行動。そう、愚痴をこぼすな。……それに、くっくっく。今回はメダロット社の新型メダロットをわざわざお披露目させてやるのだしな。メダロット社の連中には感謝して貰わねば」

 

 

 

 天気予報では雨は降らないと報道していたが、見事に外れ。この調子だと、明日は傘を持っていく必要がありそうだ。傘は要らないな。あの服はそこらの雨合羽よりよっぽど防水仕様が優れているからな。

 前日の夜。緊張と武者震いで眠れない。違う。これは、武者震いではない。この震えには、恐怖も混じっていた。

 何日も前に、自分はしてはならぬ悪事を犯した。もう、後戻りはできない。どこまでも直進して、自分がお金持ち様様だけの輩ではないことを知らしめてやるんだ。

 きっと、自らの力に怯えひれ伏し、恐れをもって自分を認めるだろう。友達なんていらない。僕はとてつもなく強いのだ。うるさい奴は、札束で横っ面を引っぱたけばいい。

 肌寒く感じた。冷房を切り、羽毛布団で体を巻いた。しかし、緊張と溢れる恐怖から一向に寝付けなかった。小一時間後、午前四時には自然と眠りにつけた。

「パパ。ママ。別れないで」

 むにゃむにゃと、寝言を呟く。

 

       *―――――――――――――――――――*

 

 事件から翌日。イッキはメダロット研究所のアキハバラ博士の書斎に居た。自宅に、メダロット博士が電話で来るよう頼まれたからだ。博士に会うと、イッキは昨日のことを語った。博士は鎮痛な面持ちで「事件は報道で知ったよ。まっこと、酷い話じゃて」メダロット博士は名もわからぬメダロットの為に、哀悼の意を述べた。イッキも博士に倣い、しばし、黙祷した。

 黙祷してから一分過ぎ、イッキはそっと、用は何ですかと催促した。

 

「おお、そうだな。本題を言おう。お前さんのメダロットであるロクショウ、並びに昨日の暴走メダロットが発していた”謎の光”。あるいは、”謎の光の力”とでも呼べばよかろうか。実は、メダロットのそういう事例は僅かながら、以前にもあったんじゃ。最初の事例は確か十年前ぐらいかのう……。当時、九歳になる男の子の格闘メダロットが、光の刃を飛ばすという、本来そのメダロットに備わっていない機能を発動させたのが最初の事例かのう」

「あのー、それで。そのことが、僕を呼んだこととどう関係しているんですか?」

「せっかちな奴じゃ。この事は、世間ではまだ公にされておらん。何故かといえば、今はまだ、この力は人の手には有り余る代物だからだ」

 

 人の手に有り余るか。そうかもしれない。メダロットの魂である小さな魂である”メダル”から、あんな莫大なエネルギーが生み出されることが知れたら、良からぬ事を企む人間がこぞって、益々メダロットを悪用するだろう。

 それよりも、博士は本題に入ろうと言っておきながら、ちっとも本題に入ってないよう気がする。

 

「博士ぇ。一体を何を言いたいのですか」

「うん? いや、まだどうこうできる段階には入っておらん。あっ! こりゃ失礼! またもや、本題からずれたな。いちいち、謎の光とか謎の力と称するのは面倒だし。何より、飽きないか?じゃから、わしとナエでぴったりなネーミングをつけた。その名もメダルの(フォース)、略して”メダフォース”! どうじゃ、かっこいいじゃろ」

 

 どや顔で聞く博士に、イッキは呆れた。

 

「僕が呼ばれた理由って。ひょっとして、メダルから発する謎の光る現象の名称を聞く為だけですか?」

「そうだ。それだけじゃ。もう帰っても良いぞ」

 

 がっくりときた。てっきり、事件について細かな詳細を聞けるか。謎の現象について新たなことを窺い知れると期待していたのに。

 

「はははは! そう肩を落とすな。学会にも発表していないことを知れたのだぞ。もっと、喜べ」

 

 そう言って、メダロット博士はイッキの気持ちなどお構いなしに笑った。こういう身勝手な一面もあるからこそ、学者として成功したんだろうなと、子供ながら悟った。それでも、憎めないのは本人の人徳からくる賜物であろう。

 博士は笑いを止めて、イッキに向き直った。

 

「もう一つ。いや、二つじゃな。まず、一つ目。メダフォースの名称は決して口外しないこと」

 がらりと好好爺(こうこうや)の調子から一変。妥協を許さぬ研究者の口調で言った。イッキは、無言の威圧から、ただ黙って首を縦に動かした。博士はそれを見ると満足げに頷き、再び、好好爺の雰囲気に戻った。

「二つ目はな。昨日のような強制的に発動させられる事態も考慮し、お前さんに例のパーツをやろう」

 

 メダロット博士はメダロットのパーツを机の上に置いた。それは、ハーピー。あの、上半身は美しい女性で、下半身は鳥の姿をしたギリシャ神話に登場する怪物である。

 このメダロットの名称は、SLN型トランキュリィ。由来はトランキリテ、フランス語で静けさを表す単語をもじった名前である。

 このメダロットは一般発売の予定はない。何故なら、このメダロットはメダフォースの制御実験(コントロール)をするためだけに開発された。

 アリカと一カ月の間、ロボトル試験場で訓練していた期間。イッキとロクショウは二回、アリカに内緒でメダフォースの実験に付き合った。一度目の実験は、自然発生のメダフォースの制御。

 ロクショウがメダフォースを発動するのに気の遠くなるような時間が要したが、ロクショウが謎の光。もとい、メダフォースを発動する直前で、メダフォースの抑制制御に成功した。

 二度目は、メダフォースの強制発生実験。メダフォースを発生させるのは、六分程度で済んだ。その時、世にも恐ろしいことが発生した。メダフォースが暴走したのだ。

 暴走したメダフォースは、戦車用ライフルの弾丸にも耐えうる強化ガラスもぶち破った。事態はそれだけでは留まらなかった。ロクショウのメダフォースが暴走した際、研究所にいたクワガタメダル着用のメダロットたちが自我を失い、狂暴化した。

 幸い、トランキュリィ三体がフルパワーでメダフォースを抑制したおかげで、被害は早い内に沈静化したが、ロクショウの傷が酷かった。ロクショウはティンペットとメダルを残し、パーツが全てどろどろに溶けており、惨たらしい容姿をさらしていた。

 こんなことがあったので、実験は即中止。イッキとしても、ロクショウが無意味に無残になる様は見たくなかったし、ロクショウも勘弁してくれと語気を荒げた。

 メダロット博士とナエは平謝りに平謝り、お詫びとして、その場で新品の改良型ヘッドシザースのパーツ一式とティンペットを二人に譲った。その二品は遠慮なく頂戴したが、イッキとロクショウはそれ以上の謝罪と品を拒んだ。酷い目に遭ったが、一つ返事で気軽に実験に付き合った自分たちにも非があるので、二人は博士とナエを責めなかった。

 このトランキュリィのパーツを使えば、無理矢理メダフォースを使わされて、苦しみの末に亡くなったあのストンミラーを救えた可能性があるのでは? イッキはそう思った。

 

「いいんですか。これって、一般販売を想定してないパーツですよね。僕が持つのは不味いんじゃ」

「イッキ君。このパーツを譲るのは、君のメダロットを守る為だけではない。メダル所有者たる資格があると判断された、君への信頼の証でもある。わしはとナエは、君ならこのパーツの使用法を道を誤らずに使えると信じている。だから、頼む。このパーツを受け取ってくれ、イッキ君」

 

 メダロット博士は真剣な眼差しで、イッキの側にトランキュリィのパーツを押して、頭まで下げた。尊敬する人物にここまでされては、受け取るしかない。

 博士のほうから直接、受け取って欲しいと頭まで下げられたのは予期せぬ事だったが、イッキはトランキュリィのパーツ一式を譲り受けた。それにしても、貰いっ放しじゃ気が引けるな。二人の期待に応えて、このパーツを使いこなせることが僕にできるかな?

 

 

 

 イッキとアリカ。いつもの二人は今日、メダロポリスのイーストシティにいた。時刻は午前十時。

 イーストシティは三つの名門校が隣接し、閑静な高級住宅街が並ぶ街でもある。メダロッ島滞在中の時、コウジとカリンから、メダロポリスのイーストシティに住んでいることを知った。どこに通っているかまでは言わなかったが、近くの花園学園に通っていると考えるのが妥当だろう。

 荷物は財布、水筒、メダロッチ、ママに雨が降るから持って行けともたされた折り畳み傘。

 アリカはこの前のうっかり屋さんの警官を頼りに花園へと取材をしにきたが、イッキは、一ヶ月ぶりにコウジとカリンちゃんに再会するのが楽しみだった。花園学園は駅から徒歩一五分ぐらいで着く。

 花園学園はその名のとおり、花で飾られていた。花の知識に詳しくない子供らの代わりに解説すれば、花壇には桔梗、サルビア、ケイトウ、タチアオイ、トルコギキョウ、トレニア、アカンサス、弁慶草、マツバボタン、オキザリス。四季に合わせた色取り取りの花が学園を優美に染めている。見える範囲では、四名ほどのおじさんおばさんが花たちの手入れをしていた。

 

「良い建築物だ。ただ外装とでかさだけを求めたばかりではない、生徒の生活面にも心を配っているな」

 

 ロクショウの素直な感心に、イッキとアリカは肯定するほかなかった。

 その辺によくある感じのギンジョウ小学校とは異なり、花園学園は外観からして規格外だった。清潔感はその言葉どおり、学校周囲と門の隙間から見える限り、ちり一つ見当たらない。また、とてつもなく広大だ。学校の左右にはギンジョウ小学校のより大きなグラウンドが整備され、プールも二つも有り、海外など遠方からきた学生の為の寮とお風呂まである。防犯対策も完備、二四時間態勢で拳銃所持の警備員が待機。

 いくらなんでも、馬車が過ぎたり、門が純金の造りだったり、遊園地まではないが。とかく、花園学園は全てにおいてギンジョウ小学校とは別世界であった。

 今日を取材日に選んだのは、一般開放の日だからだ。この日を逃せば、次の一般開放は平日。夏休みの後となる。アリカは何としでも、今日中に事件解明のネタをプロのマスコミよりも一足先に掴みたいと望んでいた。

 警備員にギンジョウ小学校の生徒手帳を見せて、入門した。

 その名は聞き及んでいるが、入るのはこれが初めてだった。警備員に聞けば場所は教えてくれるだろうが、案内まではしてくれそうにない。そこで、アリカは適当に歩き回っている一人に声をかけた。

 アリカは意図してだろうか、声をかけられた人物は二人よりやや年上で、白金色の美しいショートヘアに、惹きつけられるような深いサファイアの瞳の美少年だった。単調な水色のシャツと紺色のジーンズと、服装は小ざっぱりしていた。一目で海外出身、正確には北欧辺りの出身だと判る。アリカに声をかけられた人物は嫌気も見せず、爽やかな笑顔で呼び掛けに応じた。甘いマスクとは、彼のような人を指すのだろう。

 

「何かご用ですか?」

 

 彼が流暢な日本語で喋ったことに、二人は内心安堵の溜め息をついた。最悪、ハローやデスイズアペンなど滅茶苦茶な英語で誤魔化そうと考えていた。

 

「えーっと、私はギンジョウ小学校新聞部所属の三年生で、甘酒アリカっていいます。で、こっちのちょんまげは私の助手で天領イッキという名前です。よろしくお願いします」

「そう、こちらこそよろしくね。甘酒さん、天領さん」

「あっ! いえ、名前で呼んでくださって結構ですよ」

「じゃあ、改めて。よろしく、アリカさん、イッキさん。僕はアイスランド出身で、性はブレンニヴィン、名はベルモット。花園学園メダロット部所属の五年生です。それで、君たちはどうゆう用事があってここにきたんだい?」

 

 本当のことを言うのは不味いので、アリカはお金持ち学生の実態を調査しに来たと告げた。そう言うと、ベルモットは可笑しくて堪らない様子で笑った。

 

「ははははは! 金持ち生徒の実態調査か! ユニークな取材目的だね。ところで、イッキさん。君は、辛口コウジって知っているかい?」

 

 いきなり話を振られて、イッキはしどろもどろに答えた。

 

「えっ? まあ、何度か戦ったことはありますけど」

「やっぱりそうか!」と言って、ベルモットは目を輝かせた。

「コウジもここのメダロット部に所属しているんだ。僕より年下だけど、コウジは強いよ。僕も十回ぐらい手合わせしたことあるけど、結果は三勝七敗と散々なものだ。コウジから、最近面白い奴がいるって聞かされて、外見的特徴や使っているメダロットからしてもしやと思ったけど。どうやら、ビンゴらしいね。イッキさん、今日時間はあるかい?」

「一応、あるといえばありますけど」

「そうか。では、僕が君らをエスコートするよ。その代わりに、アリカさん。エスコートした後、君の助手君とロボトルさせてくれないか。時間は取らせないから」

 

 この申し出にアリカは一つ返事でオーケーした。

 

「はいはい! どうぞ煮るなり焼くなり好きに使ってやってください。イッキとロクショウはロボトルが大好きですから。私はその間、適当に人を捕まえて取材しています」

 

 早速、ベルモットの案内でイッキとアリカ、ロクショウと転送されたブラスは学園の隅々を案内された。

 ベルモットの滑舌ははきはきとしており、時折ジョークも交え、彼のエスコートは一行を退屈させなかった。施設紹介から、学校の関係者しか知らなさそうなちょっとした裏事情まで教えてくれた。彼は心得ているところもあり、生徒一人一人の情報まで話すような無作法な言動は慎んだ。

 ベルモットと共に歩いている時、年齢や国籍に関係なく、彼が会う人から声をかけられているのを見ても、彼が開放的で人から好かれやすいタイプの人間だというのが知れる。金持ち学校だから、嫌味な奴が多いと勝手に思っていたが、意外とそうでもない。

 無駄に広い造りなので、全てを見て回るのに三十分も要したが、不思議と有意義に過ごせたと思えた。

 

「そら、最後に案内する箇所はあそこさ」

 

 ベルモットの指す方角は小中校用の体育館の右隣にある建造物。「あそこが花園学園のロボトル館さ」

 ここで、アリカたちと別れた。

 

「何も起きないと思うけど、皆を困らせるようなことはしないでくれよ」

 

 ベルモットの注意にアリカは強気に「失礼ですね。私をイエロージャーナリズムと一緒くたにしないで」と返した。

 アリカが背を向けると、ベルモットはイッキに両手を広げて驚きを示した。

「彼女、中々強気な大和女子だね」

 ベルモットの言葉に、イッキは苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 うっかり警官の言動を頼りに花園に来たものの、ここに居るという確証はない。いないことだって十分有りうる。それでも、今は今日というチャンスを生かし、聞き込みするしか手立てはない。

 小中校の小奇麗に芝生が敷かれたグラウンドでは多くの部活動が行われていた。ランニング、素振り、筋力トレーニングしかしてないからだろう。さり気なく話を聞こうとしたら、アリカの方から声をかけられて、ロボトルする破目になった。

 

「やってやろうじゃないの! 頼むわよ、ブラス、マリアン」

 

 ロボトルが始まると否や、大半の者が練習の手を止めて見学にきた。

 相手は帰宅部の六年生。午後の勉強会前の気晴らしを理由に真剣ロボトルを仕掛けた。使用メダロットはクルクルマンの両腕をつけたチャーリーベアと、サーキュリスの右腕とペッパーキャットの左腕をつけたボトムフラッシュ。チャーリーベアで身を守りつつ重力攻撃をし、ボトムフラッシュはその援護と接近する相手の撃退役といったところかな。

 相手が口でカーンと叫び、ロボトルファイト!

 ブラスがパリティバルカンでボトムフラッシュを攻撃。チャーリーベアが味方を救出するべく、見えない衝撃波を打ち出すが、プリティプライン・マリアンの厚いシールドに阻まれた。

 ガトリング系で身動きが取れなくなったボトムフラッシュへ、左腕のライフルを一発! 「ゲッチュウ!」とブラスの可愛らしい叫びがグラウンドに響く。ボトムフラッシュのメダルが外れる。

 チャーリーベアが仇を取るべく、出力を上げて重力波を放つ。マリアンの盾が凹みをみせた。ブラスが右腕のガトリングでチャーリーベアを牽制。にっちもさっちもゆかなくなったチャーリーベアは、マリアンの鞭のようにしなる電流を帯びたソードを胸部に叩きつけられて、機能停止。

 ブラス&マリアンチームが勝利した。

 

「ギンジョウ小学校の生徒も結構やるわね。ちょっと待ってね。予備の綺麗なパーツを上げるわ」

 

 アリカ達は戦利品として、サーキュリスのパーツを貰った。殴る攻撃の代用品としても使え、魔女型サンウィッチーのように怪電波で相手を妨害するパーツだ。違う点が幾つか。サンウィッチ―は数秒ほど相手を混乱させるのに対し、こちらは電気指令系統を狂わせる。鈍らせるという表現が正しいかもしれない。

 取材をするはずが思わぬ戦利品をゲットして、アリカは顔がほころんだ。

 そのアリカを、じっと軽蔑をもって見つめる人物がいた。

 アリカが人混みから離れると、その人物はアリカを呼び止めた。

 

「君もメダロッターかい?」

 

 振り返ると、アリカより背が低い男の子がいた。アリカを見上げるその目付きは、どこか見下しているところがあった。アリカはさして気にせず、男の子に聞き返した。

 

「そうよ、それで君は私に何か用なの?」

「ん? 別に。ただね、あんな弱い奴と戦って君がお得意そうにしている顔を見たら、吹き出すのを堪えるのに必死だっただけさ」

 

 この言動に、アリカは当然切れた。

 

「ちょっと、なによあんた! 初対面の相手にいきなりその言葉はないでしょ! 親の教育がなってないわね」

「なってないのは君だろう。やれやれ、警備員さんもこんな庶民の子をほいほいと入れてもらいたくないもんだ。我が校の品位が疑われるよ」

 

 カーッと頭に血が激流する。自分が何かをしでかして非難されるのならまだしも、ロボトルで勝利してちょっと喜んだけでこの言われよう。

 

「初対面の相手をよくもまあ、ここまで足蹴に。いいわ、グラウンドに来なさい。相手をしてあげる」

「ふっ。知らないのかい? ここには、ロボトル館という場所があるんだよ。もっとも、君のように、ロボトル挑戦されたら、いつでも受け立つ輩には縁遠いな」

「御託はいいから、さっさとロボトル館に行くわよ。ところで、あんたの名前は?」

 

 少年は居丈高に「名乗る義理は無い」と答えた。予想はしていたが、やはり腹が立つ。相手が名乗らない以上、アリカもこの少年に名乗らなかった。

 館に入ると、ベルモットとイッキの他四名がそこにいた。それはいいとして、ベルモットの全身がびしょ濡れているのは何故?

 

 

 

 館内では、既に四名の先客が練習ロボトルを繰り広げていた。どうやら、一人はベルモットの同級生であり、後の三人は後輩に当たるようだ。彼らは練習を終えると、気軽にベルモットとイッキに場所を貸した。

 

「見ててご覧」

 

 ベルモットが入口にあるスイッチの一つを押すと、床が割れ、直径20mの円形プールが出現した。二つ、足場として小さな円盤と大きな円盤があった。

 

「潜水タイプ用のロボトルフィールドさ。僕の相棒はスターフィッシュのスタフィ。でも、君が望むなら、陸用パーツに替えて戦ってもいいよ」

 

 この挑発に、イッキとロクショウは乗った。二人が出会って間もない頃、一度、水中タイプのメダロットに負けた経験がある。その時はアリカに男性型のアンチシーを貸してもらい、リターンマッチを果たせた。今度は、アンチシーパーツ無しでどれほど戦える、メダロット研究所での一カ月に及ぶロボトルでどれほど成長したか、このロボトルで証明することにした。

 一体の相手に対し三体使用するのは別に構わないが、正々堂々の戦いにそれは無粋。当然、相手をするのはロクショウ。陸でも意外とすばしこく、水中だと恐ろしい速さを誇るマリンキラー対策として、アンボイナの両腕を着けた。

 一人がレフェリーを務め、ロボトル開始!

 ロクショウが大きな円盤の中央に飛び乗る。スターフィッシュことスタフィは水中で高速回転。水飛沫が迸る、ロクショウが待ってましたと言わんばかりに両のドリルを向けたが…スタフィはいなかった。反対方向から突如として水飛沫が上がり、スタフィはロクショウに高速体当たりを食らわすと、飛び出た勢いに任せて水中へ戻った。

 ざばーっと、水飛沫が上がる。すぐに後ろからも水飛沫が出現。ロクショウは背後にドリルを構えたが、またしても、次は横から水飛沫が上がり、そこからスタフィは飛び跳ねた。

 

「飛沫の柱が一つだけとは限らないよ」

 

 ロクショウは索敵機能をフル作動させたが、相手が早すぎて、捕捉に時間がかかりそうだ。

 手強い。だが、コウジはこのベルモットに七勝もしたのだ。この人が弱いと言いたいのではないが、ここで負けるようなら、自分とロクショウはまだコウジには勝てない。

 スタフィがまたしても水の柱を出現させた。瞬間的に出現した四つの柱にロクショウはたじろいだ。その隙を逃すはずもなく、スタフィは北よりの水柱から突進してきた。

 じわじわと装甲が削られ、どこから来るか皆目見当がつかない。

 

「うーぬ。腰を落ち着けない不安定な場所だな」

 

 ロクショウが愚痴をこぼした。ロクショウのこの愚痴がイッキにヒントを与えた。

 そういえば、マーリンは一直線にしか突進してない。それに、床が揺れるということは…。

 

「ロクショウ。スタフィが上がってきたら、反対方向の端にドリルを叩きつけろ」

 ロクショウはイッキの作戦を理解した。

「相談は終わったかい」反対側のベルモットが声を上げた。

「でもね。スタフィは水柱以外も出せるよ」

 

 言うが早いか、左から円盤を覆うほどの波が出現した。この波にイッキは動揺したが、ロクショウは意外なほど冷静だった。そして、己の勘で左へと避けた。勘は的中、スタフィは波とは違う方角から出現したが、避けられた。スタフィの突進を避けると同時にロクショウは動いていた、円盤の端を両のドリルで力一杯叩きつけ、瞬時に真ん中の取っ掛りに引き返した。円盤の端が跳ね上がり、波を防ぎ、勢いよく飛んだスタフィを弾き飛す。

 スタフィはロクショウが向いているほうに素っ飛ばされて、浮いた。強い衝撃で痙攣(けいれん)かヒスでも起こしたのかもしれない。

 

「今だ!」イッキが叫ぶ。

「悪いな」ロクショウは一言謝ると、目を覚ましたスタフィを左のドリルパンチで一撃! スタフィのメダルが外れた。ベルモットが水中へと飛び込み、自分の相棒のメダルをすくった。

 プールからあがり、水も滴る良い男になったベルモットはイッキに手を指し延ばした。

 

「参った。この戦法は短期決戦型だから、時間がかかれば相手に気付かれてしまうのが欠点だな。……言い訳はよそう。完敗だよ、君と君の相棒には」

 

 イッキは濡れたベルモットの手を握り返した。ベルモットの後輩に当たる男子生徒がベルモットにタオルを持ってきて、ベルモットはサンキュと言って、タオルを受け取った。

 

「ふぅー。話には聞いていたけど、あのコウジと渡り合えるだけあって、やっぱ強いね君ら」

 後輩が同調する。

「そっすね。コウジの奴も含めれば、内で十指に入るメダロッターといえば、ベルモットさん。コウジ。部長。ある意味ではカリンちゃん。あいつもね」

 

 後輩男子は口をつぐみ、ロボトル館の新たな来訪者を見た。一人はアリカ。一人は蝶ネクタイをした、綺麗に切り揃えられた髪型や外見、何よりその顔付きからして、いかにも、高圧的で嫌味なボンボンの雰囲気をまとっている。

 あの子は? イッキはベルモットに聞いた。

 

「彼はハチロウ。今、内田が言おうとしていた我が校の十指に入るメダロッターの一人」

 

 陽気なベルモットの口調が一変、どこか苦々しく、刺々しくさえあった。

 




*相違点
・スクリューズとはメダロッ島では共闘しない(終盤は違う)。
・怪盗レトルトの顔合わせが遅い(ゲームではおどろ山の時点で会っている)。
・本来、ナエからエレメンタルシリーズのメダロットとメダルを貰うのは、アリカではなくイッキ。
・ベルモットはアニメ版のゲストキャラクター。

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