メダロット2 ~クワガタVersion~ 作:鞍馬山のカブトムシ
ヘベレケ博士とほか数名が証言したくれたおかげで、イッキとロクショウは正当防衛を理由にお咎めなく済んだ。
強盗が入り、兵器が暴れたとあっては、まともに業務もできない。今日か、二三日か、数日か。デパートは警察とセレクト隊の合同捜査の為、メダロッターズは一時営業停止状態になった。
そんなことよりも、イッキは自分がロクショウに対してしたあの行動にショックを受けていた。
あの時、ロクショウは僕に手を伸ばした。なのに、僕はその手を振り払ってしまった。何故!?
誰かが無理矢理使わした力のせいで命を落とした、あの可哀想なメダロット。そのメダロットにロクショウが行った行為。外出規制期間が終了し、いつもどおりにアリカの取材に付き合い、楽しく都会を歩き回る。そんな変わらない日常のはずだったのに、どうして。こんな。
ロクショウは必要なこと以外は語らず、弁解しにくい。外出規制されるかもしれない。鬱鬱とした心で更に深く余計な物まで考えてしまい、気落ちした。幾ら考えても答えが出ず、疲れてきた。イッキは、一旦物思いをやめた。
帰りの電車、アリカはヘベレケ博士から聞いたことをイッキに語った。イッキとロクショウが何も言わないので、アリカが一方的に喋った。
「あんたたたちが連れて行かれた後、すぐにセレクト隊や警察が駆け付けたでしょ?……そいで、現場の暴走メダロットの破片とかを回収しようとしたけど、パーツやティンペットの殆どが泥々に溶けていて、回収や後片付けに手間取ったようだわ。メダルも……溶けていたようよ」
「溶けていた?」
家に着くまで黙りの腹積もりだったが、反応を隠せなかった。ロクショウも、メダルが溶けていたことには反応を示した。
「そう。パーツほどじゃないけど、砕けたメダルもあちこち溶けていて……」
アリカは最後の言葉を呑み。ゆっくりと、遠回しに表現した。
「何もしなくても、どの道助からなかったらしいわ」
イッキも、アリカも無意識にロクショウに視線を注いだ。ロクショウはその視線に答えるように、臆さず、重々しく口を開いた。その響きには、死者をいとおしむものが感じられた。
「奴が来る前はただのこうるさいノイズにしか感じなかったが、奴が姿を現してから、はっきりと奴の声が私の頭に響いた。熱いとか。苦しいとか。……地獄だとか……死にたいだとか。そんな思念が何度も、そう、例えれば、炎で焼かれて真っ赤に熱が籠もった槍が突き刺さるように。私の頭に届いた。
奴のイメージから伝わった。メダロットの頭脳であり、心臓であり、魂であるメダル。そのメダルが少しずつ溶けていき、意識が遠のき、自分の命が蝕まれるイメージ。明確な死への恐怖。想像してくれ。自分が狭い通風口しかない鉄条の物に閉じ込められて、外側から火で炙られる場面を。窒息死しようにも、通風口があり、耐え切れずにそこから息を吸ってしまい、生きたまま自分の皮膚や肉が焼かれていく様を。地獄だろう。私を奴を介錯した。いや、介錯しざるをえなかった」
そうして、ロクショウは口を閉ざした。アリカが目を逸らし、耳を閉じたがっていた。ロクショウのその顔に口はない。仮にあっても、今はバールを使ってもこじ開けられないそうにない。
頭の中では幾らでも言葉が紡ぎだされる。ただ、いざ声に出そうとしたら、どう言えばいいかわからず困惑してしまう。あの光景と、その光景の中で自分がした行為がちらつき、何も言えなかった。
一分一秒でも早く、
駅前で、チドリが日産エルシオで迎えに来た。
「お帰りなさい。ヘベレケ博士や警察の人たちから話は伺ったわ。とりあえず、五体満足でイッキとアリカちゃん、ロクちゃんが帰ってきてくれただけで満足よ。ほら、乗りなさい」
信号に阻まれなかったので、車はスムーズに進み。三分程度で家に着いた。アリカが礼を言って別れた。
どう、言い訳したものか。また、外出時間が規制されるのか。イッキの考えていることはお見通しなのか。玄関のドアを潜ると、チドリはイッキを見下ろした。
「まっ、しょうがないわね。この前と違って、今回は向こうからトラブルが舞い込んだようだし。あんまり縛るのもためにならないし」
「え? じゃあ、外出規制とかは…」
「もちろんなしよ。一カ月の間、ちゃんと約束を守っていたしね。ただし、むやみやたらと変なお誘いは受けないでよ。同年代ぐらいの、金髪で可愛らしい女の子からのお誘いだとしても」
チドリはイッキの鼻を人差し指でちょんと突くと、玄関から歩幅四歩ほどにある右側のリビングに入った。イッキも続いて靴を脱ぎ、まずは二階に上がった。ロクショウは…二階に上がると、イッキの部屋に入らず、二階玄関口の上に位置する窓側に立った。
イッキはロクショウの背に声をかけず、部屋に入るなり、俯せでベッドに横たわった。
―――翌日。
イッキは嫌な夢を見た。ロクショウとあのメダロットがドロドロと溶けながら、イッキへの恨み積りを口にして、首を絞めてくる夢だ。
「ロクショウーーー!!」
叫んで飛び起きた。寝汗でぐっしょりと布団とシーツに枕が濡れていた。ママには何でもないと言い訳した。ロクショウとは一言も口を交わさず、俯いたまま一日を過ごした。得も言われぬ堅い空気に疲れ、夕方、イッキは一眠りした。昨日と同じように、どさりと俯せの姿勢で。
目を覚ます。部屋は暗い、時計のLEDは夜の八時を表示していた。俯せから仰向けに寝ており、体に毛布がかけられていた。ママが気を利かしてくれたのだろう。
闇の中、目を凝らしてみた。自分のパートナーがそこにいないか。淡い月の光が差し込んでいるから、この闇でもあの白いボディは目立つ。しかし、部屋には自分以外の影は存在しなかった。まだ窓際か、もしくは、階下に居ることを期待して部屋を出た。さすがにもう、窓際には立っていない。次に、階下を降りた。玄関に父・ジョウゾウの革靴はない。今日は定例会議があるので、真夜中過ぎに帰宅すると、そうママから伝えられた。
リビングに居座るママに一言おはようと告げ、リビングとリビングに繋がる台所をざっと見渡した。ソルティはテレビ台の傍にいたが、二本の立派な角を生やした白いボディの者はいなかった。
「ママ。ロクショウの奴は」
「ロクちゃんならね、ついさっき外へ出たわよ。深刻な表情と声音で。一日の間に事が目まぐるしく起こって、頭の整理が追いつかない。しばし、夜の外出で一度、熱を冷ましたいって。まあ、メダロットだから、何を考えているのか表情からじゃわからないけど」
「ママ! なんで止めなかったの。もしかたら、ロクショウの奴」
「イッキ。落ち着きなさい。まずは、座って私の話を聞きなさい。おおかたの事情はロクちゃんとアリカちゃんから聞いた」
チドリはイッキを見据えた。イッキは小さく顎を動かし、ソファに腰を落ち着けた。ソルティがくぅんと鳴き、慰めるように足元に寄り添った。イッキはソルティの顎を軽く撫でてやった。
チドリは静かに。そっと、語りかけた。
「その人には仲の良い友達がいたんだけど、ある日、その友達が勝手にその子のお弁当の好物を食べちゃったの。ほんの些細なこと。けど、その人は神経質で、おまけにその時は虫の居所が非情に悪くて、大喧嘩した。以来、二人は謝りもせず。互いを無視し合うようになった。いない人の批判をするのは気が引けるけど、その二人の性格が普通の人より問題があったのは間違いない。
でもね。お弁当の好物を一つ取った。軽い言い間違いをした。人はね、大袈裟な理由がなくても、たってこれだけのことで仲違いの原因となるの。ロクちゃんから事情は聞いているわ、イッキ。そのメダロットはさぞかし辛く苦しかったでしょうね……。ロクちゃんのしたことが、白か黒かは問わない。それはきっと、ロクちゃん自身にしか見つけられない。けれども、イッキ、あなたはどうなの?あなたにとってのロクちゃんは何?家族。友達。相棒。ペット。個人の所有物。願望を満足させる物。それとも、まさか恋人?」
「ママにとってメダロットは何?」
「ん? そうねぇ。あなたが家族の一員なら家族。ペットならペットね。三体合わせて一割電気代増しちゃったけど」
「すんまへん」光太郎がメダロッチからしょんげりと声を出すと、チドリは笑顔で気にする必要はないと言った。
イッキはチドリから顔を逸らした。
「僕は……」
手を所在なげに動かす。イッキの手に合わすように、ソルティも顔をぐらぐらと揺らす。
「僕は」イッキは意を決したようにソファから立ち上がった。
「ママ、行ってくる」
部屋から出ようとするイッキを、チドリは呼び止めた。
「待ちなさい。行くんなら、ソルティを連れていきなさい。面倒臭がりのソルティが散歩するには良い時間帯だと思うし、大人や警察に見つかっても言い訳になるわね」
外出しようとするイッキに、チドリはもう一回、手短に語った。
「イッキ。人と仲違いするのは簡単なきっかけがあれば十分だけど。人と仲良くするのも簡単なきっかけがあれば良いのよ。それとね、その二人はもう仲良くなったのよ」
「それってまさか」
チドリは答えず、にっこりと笑顔でいってらっしゃいと手を振りリビングに戻った。
ソルティの首輪に散歩用の綱を着けると、イッキは月と星空がきらめく外へ飛び出した。
都市部だと怖いが、この近辺の住宅街なら、夜でもそう危ない目に遭う確立は滅多にない。空は月と星が輝き、ソルティもいて、メダロッチには頼もしいのが二体もいるので、怖さはなかった。三丁目の公園、コンビニ、少し遠回りして学校にも向かったが、それらしきものはいなかった。
とすれば、川原の土手。最悪、おどろ山に行った可能性がある。
学校から土手方面へ足を向けた。学校帰りの寄り道、ソルティの散歩、別の遊び場へ行くときなど、度々通るあの土手。多分、あそこにいる。というより、あの土手以外に他に居る場所は考えられない。わざわざ遠回りな探索を選んだのは、ロクショウと同じく、自分も気持ちを整理してから会いたかったのかもしれない。
広々とした土手がみえた。川の存在で辺りは住宅街より放射冷却が進んでおり、風も吹き抜けているので涼しかった。
月と星で自室よりはるかに明るいから、すぐに見つけられるはず。土手の半ばまで降りて、もう一度見渡す。この夜であの白いボディは目立つ。そしていた。橋の柱のたもと、背が高い草を背に、白いボディの者が立ったまま川を見つめていた。
「気づいているぞ」
ロクショウが先んじて喋った。
「いつから」
「お前が土手に少し来る前からだ。メダロットの感覚機能は人間より優れている。特に、私やブラスには索敵用のレーダーがあるから、それでな」
そうして、ぷっつりと言葉を切った。イッキは土手から降りて二、三歩近寄った。そのまま二分ほど、ソルティの足音と息以外の音は途絶えた。と、上流辺りで小さな打ち上げ花火が上がった。夏休み最後の想い出として、花火をしているのか。イッキはロクショウから、ロクショウは一瞬上を向いた。
イッキは向き直ると、たどたどしく話し出した。
「やっぱり。怒っているの」
「何をだ?」
「あのメダロットにあんな細工をした奴と……僕がお前にしたことに」
「ああ、そうだな。あの名無しの権兵衛と化した奴が、何故、あんな目に遭ったのか。いや、遭わされたのか。気掛かりでもあり、思い出しただけでも怒りがわいてくる。だが、お前がしたことについては」
ロクショウは僅かに首を左右に動かした。
「全くショックを受けなかったといえば嘘になるが、怒ってはおらん。身近な存在があのような行為をすれば、驚くのは当然の反応だろう」
ちくりと胸が痛む。違う。僕はあの時、救いを求めるように手を伸ばしたメダロットの手を振り払ったのは、衝撃以上に、恐ろしさと得も言われぬ汚らしさを感じてしまったからだ。絶対自分の物にすると決めて、憧れていたヘッドシザースだったのに。イッキは震える声で、吐露した。
ロクショウはその言葉に動じなかった。しばしの沈黙ののち、ロクショウはぽつりと言った。落ち着いた物腰はいつもどおりだが、単に根暗な奴が語っているような言い方だ。
「私は未熟者だ。それなのに、ここ最近の勝利と特訓で少々浮かれてしまったようだ。いや、違うな。臆病者だ」
「そんなことはない!」
イッキは思わず大声で否定した。
「そんなわけないよ。だって、お前は僕より強くて。賢くて。しっかり者じゃないか」
「私がイッキが思っているような奴ではない。今日の一件でそれがようく理解できた。
私が奴を介錯した。情けもあるが、それとは別に。私は奴の苦痛の叫びを疎ましく感じた。言っただろう。熱した槍が直接突き刺さってくるようだ、と。初めは同情したが、段々とその騒音以上にうるさい叫びが嫌になり、黙れと返してしまった。そう、つまり、私は奴を心の底から情けを持って介錯したのではない。人間だと鼓膜がとうに破れているレベルのやかましい心の叫びから逃れたい一心で、介錯したのだ」
ここで、ロクショウの言動が震えだした。
「奴を介錯する前。彼、あるいは彼女かな。奴は、そんな本音を漏らした私を許すといい、そんな気持ちを持って介錯する私を恨みはしないと受け入れた……。つくづく自分の弱さを呪いたいものだ。私は奴を救えず。心持からして、そもそも奴を介錯するような権利はないというのに。私は、一生罪の十字架を背負うのだ」
話を聞いているうちに、イッキはあることに思い至った。そうだ。いくらロクショウが僕より頼りになるからといっても、ロクショウは人間でいえば、まだ一歳にも達してない。とはいえ、九歳かそこらの僕じゃどう言えばいいのか。重たい沈黙が降りてきた。
「イッキ。華美装飾をした綺麗事で慰める必要はない。今のロクショウには、あなたの気持ちに素直に従った言葉で語りかけたほうがよい」
三分ぐらい経ってからだろうか。何を言うか迷うイッキに、トモエが小声でメダロッチから後押しした。イッキはありがとうと返し、面を上げた。
「ロクショウ。僕はお前の気持ちははっきり言ってわからない。お前のしたことが正しいかどうかもわからない。ただ、ただ……これからも、僕と一緒にいてくれないか?人の伸ばした手を振り払った奴のどの口が言うかと思うかもしれない。だとしても、僕と一緒にいてくれ。それで、僕に答えを考える時間をくれないか」
イッキは率直に、論理性も合理性もないことを言った。だが、その目は真剣であった。ロクショウはおもむろにイッキと目線を合わせると、「何を言っておる?」と首を傾げた。
「え? だから、これからも僕と一緒にって…」
「何を言っておる? 私はお前の所有物だろう。探せばいくらでもあるかもしれんが、目下の所、私が帰るところはお前の家だろう。拠り所がない野良メダロットになっても何の得にもならんし。それとも、お前は私を捨てるのか?」
「しないよそんなこと!」
「そうであろう。そんなことをしたら、子供と言えど犯罪行為をした咎で周囲から冷たい目でみられるだろうし。第一、あのアリカがこんな美味しい物を見逃すはずない。きっと、スクープとして取り上げるであろうな」
「ロクショウも、何を言っているの」
イッキは間抜けな感じで口をぼけっと開いた。
「お前こそだ。恐らく、イッキの口ぶりから察するに、私が手を振り払われたショックで家を出るとでも考えたのだろう。違うか?」
イッキはうんと頷いた。そのイッキを見て、ロクショウは一笑に付した。別の意味で肩を落とした。僕が追いかけた意味は一体。重たい空気が薄れたのを感じたのか、ソルティがさっきより盛んに尻尾を振った。
ロクショウはくっくと笑うのを止めて、河原の方を向いた。
「やはりか。案ずるな、私はどこにも行かん。しかし、お前が出て行って欲しいと願うなら出るよ。今日このことで何かよからぬことが起こるようならば、どこかへと身を隠す」
「行かなくていい」イッキはきっぱりと言い放つ。
「お前にはまだ出てほしくないし。これから先、また変な事が起きたとしても、家にいていい。第一、お前は僕の物なんだぞ。いけない方法で買ったけど、誰がなんといおうがお前は僕のメダロットだ」
そうかと、ロクショウは河原を見たまま呟いた。やがて、またイッキの顔を見た。
「帰宅しよう。今日、私とイッキの身に起きたことは、一日や二日で答えが出るような問題でもないしな。何より、チドリ殿が心配されているだろう」
ロクショウはちらりと土手の上を見やった。イッキもつられて同じほうを見た。
「どうしたの?」
「ふっ。気にするな。それと、イッキ。母上は決して鬼ではないぞ」
「鬼って。まあ、そりゃ。厳しくて、叱られるとうっとうしく思うけどさあ。二人とも好きだよ」
いくら安全でも。子一人で、夜の町中を行かせる訳はないということか。ジョウゾウ殿もいれば喜んだであろうな、今の
「あんじょうよう整ったな。ほな、帰りましょ」
光太郎が嬉しげに喋った。
「光太郎。なんで黙っていたの?」
「いやなに。ここは、若いもん同士が腹を割ったほうがええと考えたんや。あんまりにもこじれるような口出ししたがな」
「そうは言っていますが。本当は、止める自身が無かっただけではありませんか光太郎さん」と、トモエが突っ込んだ。
「酷いなあ。わて、あんさんらより長生きしとるさかい。止めるコツは一応、心得ておる」
イッキとロクショウは笑った。事が事だけに、さすがに心の底から笑えはしないが、沈んでいた気持ちが僅かに軽くなった。
ほんの数分。二人はソルティの散歩をしたら、帰宅した。帰って早々、チドリにいきなり、もうお買い物のお金を勝手に使わないでよときつく言われた。ロクショウの思った通り、チドリはイッキとソルティを見守っていたのだ。