メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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20.暴走

 夏季はありとあらゆる生物が最も活発な時期。犯罪に限り、季節は当て嵌らない。

 おどろ山での行為を皮切りに、十年ぶりにロボロボ団が活動を再開したのは全国規模で知られた。どんなに防犯技術が発達しても、嘲笑うかのように悪事は絶えなかった。

 都市部はただでさえ人の出入りが激しく、交通整理や治安維持を行う警察とセレクト隊はロボロボ団の台頭に頭を悩ませていた。

 壁の落書き。子供にデコピンをしてキャンディを奪う。焼イカの耳だけを食べて他は捨てる。ピンポンダッシュなどはまだ可愛らしい物。

 悪質な物を挙げれば、高級レストランでの無銭飲食。コンビニやデパートのメダロット強奪。

 メダロットの生産工程は機械で二割、人の手による工程は八割を占めている。仕入れ側にとっても安い買い物ではないので、メダロット関連の盗品は懐が非常に痛い。また、近頃東日本を中心に起きる子供の消失も、先月起きたメダロッ島騒動と繋がってロボロボ団の手の者による犯行ではないかと疑われている。

 他、夜中の清掃活動。ロボロボ印のシールが貼られた植林活動など、稀に良いことをしているのも謎である。

 

 

 

 昨日、遂に長い制約生活期間が終了し、イッキは晴れて自由の身になった。そして、アリカのメダロポリス行きの取材に付き合わされることになった。嫌とは思わない。むしろ、久々に親に気兼ねなく遠出できるのは楽しみだった。

 ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。小刻みに揺れる電車の音が眠気を誘う。

 電車はウエストシティを通り、メダロッターズがあるノースシティへ向かう。

 メダロポリスは日本国外からも注目されている都市。単にでかいからではなく、四都市にそれぞれの特色があるからだ。

 メダロポリスはノース、ウエスト、イースト、サウスシティの東西南北四都市に分けられており。この四都市全てを総称したのが「メダロポリス」である。

 ウエストシティは平均的な住宅街と雑居ビル群で分け隔てられ、ノース駅近くのウエスト区域にはセレクト隊東京第二支部が門を構えている。イーストシティには閑静な高級住宅街と、名門である小中高一貫の花園学園に花園大学と花園総合体育大学の二つが聳え立ち。サウスシティは広々とした公園とアパートと繁華街が隣接し、かの有名なメダロット本社がある。そして、イッキたちが目指すノースシティはメダロッターズなどの娯楽施設が建ち並ぶ。また、メダロポリスはメダロットに関することは開放的であり、日常茶飯事にメダロットに関する行事が要所で開催されている。

 尚、四都市中央にはメダロポリス市役所が建立。

 市役所はどうでもいいとして、電車に乗る小学生二名とメダロッチから出ている彼らの愛機三体は車内外の光景を満喫していた。

 ヘッドシザースとプリティプランは主人より幾分落ち着いていたが、興味津々な気持ちは隠せずやはり興味津々な気持ちは隠せず、視線が流すように彷徨っていた。隣のセーラーマルチの体を着た者も同様だ。今日、初めて電車に乗るから致し方ないことかも。

 電子広告と揺れる紙媒体の広告を見たあとは、座っている人たちを見た。

 携帯を熱心に操作する女子高生三人。頭頂がバーコードのように禿げた五十代のサラリーマン。そのサラリーマンより更に老けている割には、綺麗に髪を七三分にした渋柿スーツを着たお爺さん。目も当てられぬほどニキビがあり、眼鏡をかけた太ったお兄さん。金髪に染めてギターを背負ったイカした人。髪を団子状に纏めてキリリと目鼻筋が通った都会派なOL。中国語で真面目そうに会話する二人。

 シアンドッグ、イエロータートル、マゼンタキャットのメダロットを従え、談笑する大学生ぐらいの男二人と女。半笑いの表情でモゴモゴと何かを呟く、知能障がいの()がある女性。

 電車に乗り慣れたアリカにとっては何でもない光景だが、あまり乗ったことがないイッキに、初めて乗車したロクショウとトモエには新鮮だった。

 こうやって電車に乗ると、世の中、色んな世界と人間がいることを改めて気付かされる。などと、知ったかぶりに考えていたら、乗務員が「えー! 間もなく、ノースシティ。ノースシティに到着。荷物をお忘れなきよう、お降りください」と放送したので、急ぎ、ポケットの中の乗車券を確認した。

 乗車券はきちんとポケットにあった。ホッとしたが、電車から降りるまでは用心して、券を握ったまま改札口まで向かった。

 

「あんた、心配し過ぎよ」

 

 と、アリカに自身の小心を笑われた。構うもんか。無くして、無駄金払うよりかはましだと心の中で叫んだ。

 改札口を抜けて、事件の現場となった駅前付近のメダロッターズに立ち寄った。

 三日前、大雨の中、白昼堂々メダロッターズ店内で強盗事件が発生した。格好からして明らかにロボロボ団の犯行によるものであり、しかも、背丈からして子供かと思われる。身長は120cm程度、手が異様に長くて妙な機械音がし、一体のワイアーニンジャの他、体を赤から青く染め上げたホッピンスターを使用。と、ニュースでおおまかな情報は入手している。

 噂の子供団員ミニロボロボの犯した行為は、犯罪低年齢化問題でマスコミを騒がせた。

 現場で聞き込みすれば、何か掴めるかもしれないアリカに誘われてきたが。イッキたちとしては、本当は事件捜査よりウインドショッピングを洒落こみたい。そのついでに、ロボトルやメダスポーツを相手してくれる誰かがいれば言う事はない。

 ジャーナリズト魂を揺さぶられたからだが、アリカにも楽しみたい気持ちは少しあり、聞き込みのついでならと素直ではない言い方をした。

 駅構内を出てすぐ、二つのタワー登上部に挟まれるように直径七メートルもあるMの文字が彫られたメダルの彫像が飾られた、近未来的なツインタワー・メダロッターズの全容が視界に入った。全長200M超え、階数30超えの巨大タワーは地上を見下ろしているかのようだ。設計者は当初、ティンペットの形をしたビルを建築したかったようだが、当然却下され、泣く泣く一から設計図を書き直したとかなんとか。

 右側のタワーはデパート。メダロット以外にも様々な商品を扱っている。左側の下から三分の一はロボトルとメダスポーツ施設で占めており、その上からは総合商社ビルとして様々な企業や会社の支部が置かれている。

 200M超えで30階建てなのは、利用者に窮屈さを感じさせぬよう、天井を高く設計してあるため。

 アリカが一枚撮った後、正面口へ向かう。イッキも携帯の写メでもあれば撮りたかったが、生憎、まだ携帯は持っていない。家の方針で、携帯は中学生からという決まりだ。

 まずは右のデパートから。一階から十三階までは吹き抜けのロビーであり、その裏は駐車場である。一階と二階の半分は食料品店である。

 子供だからという理由で話を聞く前に追い払われることが多々あるので、警察は避けて、警備員や店員から話を伺うことにした。

 まずは一、二階の食品店で働くおばちゃん二人に話を伺ったが、ニュースで見聞きしたのと大体同じような内容だった。次に、被害の現場であるメダロットパーツ専門店にエスカレーターで向かった。

 十五階ではあからさまに警備員やそれらしき私服監視員が警戒に当たっていた。エスカレーターの反対側を真っ直ぐ行った先に、現場がある。エスカレーターの反対側に回ると、遠目からでも、刑事ドラマとかでよく見られるお馴染みのあの黄色いテープがまだ貼られていた。

 ここで、イッキはアリカと一旦別行動となった。

 

「私が取材している間、好きに回っていいわよ」

「でも、僕携帯持ってないよ。はぐれたら、どう合流するの?」

「じゃあ、この階で待っといてくれない。どうせ、あんたのことだからパーツを眺めているだけで時間を潰せるでしょ」

 

 反論できない。プリティプラインことトモエのセット一式を購入した際のお金は余っているが、今日の子供電車料金(90円)を差し引き、2170円ぐらいしかないので、メダロット関連はとてもじゃないが手が出せない。

 それでも、この宝庫にいて、色んなメダロットたちを眺められるだけでも満足だ。アリカはイッキの無言を了解と受け取り、別れた。

 ケースが割れ、中に置かれていたはずの珍品メダロット・アンノーンエッグの姿が消えていた。

 エレメンタルシリーズのフレイムティサラことフレイヤやマリアンでは目立ちすぎるので、ブラスが隠れたところからメモを取ることにした。

 

「あのー、私は甘酒アリカと申します。犯人は小人症か、あるいは小学生による犯行路線が濃厚とニュースで見ましたが、私と同じ学校の生徒は疑われていませんか。私、不安なんです。自分の同じ学校の人が悪いことした考えると怖くて」

 

 嘘だ。と、イッキは言いそうになった。アリカのことだから、自分の学校の生徒が犯人だとしても、嘆くどころか遠出する手間が省けたと、笑顔で突入取材をするだろう。こんなしおらしい素振りをするのは、自分を可愛らしく見せて、警官の態度を和らげようという魂胆があるに違いない。

 事実。警官の人はアリカに気を許してしまい、「君の学校は」と尋ねた。

 

「ギンジョウ小学校です」

「ギンジョウ小学校か。気休めかもしれないけど、テレビや新聞の情報はあまり鵜呑みにしないほうがいいよ。それに、犯人はまだ小学生と断定したわけではないし。私としては、出身校から悪人が出たなんて信じたくないからね」

 

 まさか、同校出身者の警官。いわば、先輩が相手だったとは、チャンスね。アリカはしおらしげな装いを崩さず、慎重に、何となく思ったこと口走った感じに、「えーと。まさか、この近くの小学校とか」

「まあ、その疑いがあるにはある。花園学園とか…」

 

 ハッと喋りすぎたことに気付き、警官は急に口を閉ざした。アリカはニッコリと子供らしく微笑み、両手をお腹の上に重ねて「お忙しい中、ありがとうございました」と綺麗に腰を曲げた。

 去るついで、アリカはカメラを向けた。

 

「一つ、記念に。後輩の頼みとして!」

 

 警官はアリカの本性を疑い始めたが、仕方なしに、二枚ほど撮らせてやった。

 こうして、アリカは警官の口から直接情報を聞き出し、現場写真まで撮影できた。

 早歩きで二階を駆け回り、三人組を見つけた。

 

「ペットは主人と似るか」

 

 イッキとロクショウは、パーツが入った箱を骨董品のように大事に持って眺めては、ふむふむと頷いていた。トモエは興味なさそうだったが、自分と同種のパーツが入った箱にはちらちらと視線を投げかけていた。

 ボーッとしている三人を連れて、三階にはエレベーターで登った。

 十六階はメダスポーツ用具、ペイント、メダロットにつけるアクセサリーのお洒落道具を販売している。十七階では、メダルとティンペット、高級オーダーメイドを承っている。

 同じメダロット商品売り場なので、一階の食料品店より情報は得られるかもしれないと期待したが、ニュースで見聞きした情報とさして変わらなかった。

 

「もう、用はないわね。後は……そうだ。一度、オークション会場に寄ってみない」

「オークション会場とは、物を競るところだな?」

 

 ロクショウはアリカに聞いた。

 

「そうよ。ところで、何で知ってんの?」

「さる小説に詳しくそのシステムが書かれていた」

 

 親がいたら、きっと大人の世界に首を突っ込むのはまだ早いと言うに決まっている。二人と三機は遠慮なしにオークション会場がある29階に寄ってみたものの、どうしたことか、受付の女性に入室を断られた。

 

「申し訳ございません。今日は特別で、予約がないと一般やお子様の入場はお断りです。チラシはご覧になれらませんでした?」

「はあ、見落とししてしまいまして。ところで、どうして今日に限って」とイッキ。

「琥珀に入ったメダルとか、何百万する代物が競りに賭けられるの。済まないわね。また今度来て」

 

 ああ、だからか。いつもより警備が厳重なのは、そういう事情もあったからなのか。それにしても、チラシを見落としたのはかなりの落ち度であった。

 

「じゃあ、次は僕の行きたい場所」

「みなまで言わなくていい。ロボトルとメダスポーツ施設がある隣のビルに行きたいんでしょ」

 

 一行は、次の目的地を定めた。

 

 

 

 実践ロボトル場は一階。シミュレーションロボトル・メダリンクは二階(高さでいえば実質は五階)。三階はメダスポーツのメダリンクバージョンが設置。このビルの外にはグラウンドがあり、メダスピードはもちろん、人間が運動できるようにも設計されている。

 実践ロボトル場でロボトルしたかったが、平日にもかかわらず人が並んでおり、更にフィールド使用料が八百円と、今のイッキには痛い出費額なので、諦めて二階のメダリンクに行くことにした。イッキは二階で意外な人物二名と出会った。

 

「ヘベレケ博士! と、あの時の高校生」

 

 白衣を赤く染めて、電球のような帽子を被り、機械仕掛けの片目眼鏡を着けたマッドサイエンティストのような白髪の老人はヘベレケ博士。そのヘベレケ博士の傍にいるのは、イッキがメダロットを初めて日が浅い頃に真剣ロボトルで戦い、イッキたちのロボトルにおける主力パーツであるソニックタンクの頭部をくれた茶髪リーゼントの高校生だ。左右にいる不良めいた格好の二人は、彼の“ダチ”だろう。

 

「あっ! お前は」

 その高校生はイッキの存在に気が付いた。

「隣にいるヘッドシザースは……そうか、いつぞやの小学生か」

 ロクショウがズイと前に出た。

「おい、ロクショウ」

 

 まさか、こんなところでリアルファイトだけは避けたい。人目につかない場所でもしたくないが。彼は学ランの右袖をたくし上げて、手首に巻いた燃え上がる炎のような絵が塗られたメダロッチを見せた。

 

「へ! 安心しろ! お前のような小学生をよってたかってボコるほど落ちぶれちゃあいない。ここは平和的に、また真剣ロボトルといこうじゃねぇか!」

 

 おほんと、ヘベレケはわざとらしく咳払いした。

 

「では、この勝負。わしと彼女が見届け人となろう。よいか?」

 

 ヘベレケはさっと子供たちを見回した。アリカは小さく頷いた。

「お願いします!」イッキと彼は同時に答えた。

 アリカは高校生三人とヘベレケ博士を見比べて、一つ質問した。

 

「あのー。ヘベレケ博士はこの人たちと知り合いなのですか?」

「ん? 違うぞい。わしがここにいたら、数分前、こやつらもここにきた。それだけの関係じゃ。まあ、一言アドバイスを送ってやったりもしたがな」

 

 始める前、ヘベレケに登録を済ませたのか聞かれ、イッキとアリカは受付嬢にメダロット使用許可証とメダロッチを見せて、使用パスカードを受け取った。

 このカードをメダリンク機械の隣にある挿入口に差し込み、百円入れて、メダルとパーツを収納したメダロッチを3Dリアル画面の下にある台の上に固定してプラグを付ける。パーツやメダルの選択は、画面横に置かれたノートPCからする。そこからメダロッチから伝道されて、画面にメダロットが立体的に映し出される。

 フィールドは、メダロッター同士の話し合いで決められる。

 勝負は互いのメダロット(主にリーダー機)を機能停止に追い込むか。タッチパネルの隅っこにある「降参」と書かれたボタンを相手が押せば、決着。

 高校生たちはサイバーを選んだ。水中以外ならどこでも良いので、同意した。博士に言われてアリカとブラスのパーツを着たフレイヤが反対の高校生側、ヘベレケはイッキの背後から二メートルほど離れた。

 

「アキハバラの奴と同じく、わしが目にかけている子供の内一人にお前さんが含まれている。じっくり、その成長ぶりを見物させてもらうぞい」

 

 メダロット博士とナエさん、ヘベレケ博士。ヘベレケ博士はメダロット博士ほどじゃないけど、メダロット界の権威の一人。こんな身近にいる凄い人たち三名から注目されるとは。自分の調子良い一面が出てきた半面、怖いような疑うような気持ちもわいてきた。

 

「はい! ご期待添えるにわかりませんが、やれるだけやってみます」

 

 

 

 インターネットで他の三台と繋がり、いよいよシミュレートロボトル開始。

 画面で立体的にメダロットたちが再現される。手を伸ばせば触れることができそうだ。

 こちらはいつもの面子が三体。光太郎の頭部をソニックタンクのに替えた。相手はリーダー機がソニックタンク純正。二番手はキースタートルの両腕、カッパーロードの脚部と頭部をパーツを着けた機体。三番手はキン・タローの右腕、クルクルマンの左腕と脚部、ハニワミラーの頭部を着けた機体だった。

 四名のメダロッターはスタートボタンを押し、戦闘開始。

 血気盛んな三人と三体に反し、イッキとロクショウたちは冷静そのものだ。

 勝負は意外なほど呆気なく片付いた。光太郎が先制のナパーム弾をカッパーロードにぶち込み、ロクショウがハンマーで顔面を強打。切りかかってきた三番手の右斧をトモエは盾でしかと受け止めて、電流刀ですっ転ばしたところへ、ロクショウが目にも留まらぬ速さでV字に切断。

 一定の轟音をシャットダウンする仕組みになっており、強化ガラス越しから間近に観戦しているようだ。

 リーダー機のソニックタンクはしつこかった。

 

「ファイトだぁ!! ロクショウ!!」高校生が叫ぶ。

 イッキとロクショウは驚いた。相手のソニックタンクも伝説のメダロットと同じ名前だったとは。

「出来ることなら、私が止めを刺してやりたいものだ」

 

 機械仕掛けの体の内側から燃える闘魂が見て取れた。

 降り掛かるミニ焼夷弾を重力波で誘爆させる光太郎。そこを、ロクショウがソードで脚部を一撃。ソニックタンクは機動力とバランスを失った。

 

「油断するな。ソニックタンクの装甲は固い。前と同様、もう一撃だロクショウ」

 

 ロクショウは追撃のハンマーを振るう。手元にあるデータ画面から、ソニックタンクの起動を表示する部分が暗くなった。

 ”ウィナー・天領イッキチーム”と双方のスピーカーから流れた。

 ナエさんとアリカ。たまに暇を持て余した研究員と一カ月の間、定期的にロボトルをしたことにより、メダルが相当に成長したのがこれで実感できた。

 画面の中でロクショウが小さく手を握りしめ、光太郎はトモエにハイタッチしていた。

 メダリンク装置からメダロッチを取り出した三人組がイッキを囲む。リアルファイト!?そう警戒したが、茶髪リーゼントの彼が神妙な顔つきでイッキの肩に手を置いた。

 

「まいったぜ。手抜きなしの真剣勝負で俺達と俺のロクショウを打ち負かすとは……。大した奴だぜ」

 

 他の二人も綺麗さっぱり負けて満足げだ。それほどではと頭を掻くイッキに「ただし、ゲームもそうだがロボトルばかりに嵌まるなよ。薬にかかったように熱中しすぎて、メダロットから縁を切られた奴もいるからな」と、彼は一言添えた。

 

「じゃあ、ちょっと待ってろよ坊主」

 

 そう言うと、三人は突然じゃんけんを始めた。四回目のあいこで、鼻に小さく濃い髭を生やした一人がチョキを出して独り負けした。やられすぎだと、髭面は二人に小突かれた。

 

「ちぇ! よし、じゃあ、俺の相棒の頭をやるよ」

 

 彼はメダロッチからカッパーロードの頭部をイッキに渡した。やられすぎとは、そういう意味か。

 

「ハイ!みんなこっち向いて!」

 

 アリカにカメラを向けられ、三人は子供のように勢いよくピースを向けた。格好こそ不良っぽいが、根は悪人ではないようだ。メダロッチを取り出したら、ヘベレケ博士がイッキに挑戦を申し込んだ。

 

「のう、お前さん。次はわしと一勝負せんか?」

「どうする?」イッキはメダロッチの三体に聞いてみた。

「ええで」と光太郎。「うむ」とロクショウ。「後一度なら」とトモエ。

 

 イッキはヘベレケ博士の目を見て、「お願いします」と言った。

 

「そうか。では、お前さんの料金はわしが受け持とう。遠慮するでない。おっと!」

 ヘベレケ博士の腰のポーチからコールが鳴った。

「しばし待たれい。すぐ戻る」

 

 メダロット博士は階段に行き、こそこそと何か話し始めた。イッキがサラカラビームを収納しようとしたら、ロクショウが呟いた。

 

「聞こえる」

「何が?」

「イッキ。私をメダロッチから出してくれ。そのほうが、より明澄になりそうだ」

 

 言われるがまま、イッキはロクショウをメダロッチから出した。

 

「それで、何が聞こえるんだよロクショウ」

「……分からぬ……。雑音のような物が混じっておる。どうやら、相当苦しんでいるような」

 

 ロクショウが訳のわからないことを口走っていたその時、受付のほうから女性の悲鳴と強烈な破壊音が上がった。アリカとフレイヤ、イッキとロクショウ、その他数名が受付に向かった。ヘベレケ博士はまだ通話中だった。

 

 

 

 便宜上。二人の受付嬢はAとBと呼ぶことにする。

 後輩のAはいつも通り、パソコンの画面を操作していた。メダリンクシステムはロボトル以外にも、日本国外からパーツを転送することも可能。

 

「あら?」とAは呟いた。普通なら、パーツ、稀にメダルやティンペットを送る者はいるが、セット一式丸々送り付けてくる者は滅多にいない。誕生日のプレゼント。それとも、上にあるメダロット支社宛の荷物かしら?

 画面を見ると、エラーを表示していた。単なる配送ミスのようだ。一旦受け取り、電話して、送り返せば済む。いつものように冷静に対応すれば、問題なし。そのはずであった。だがしかし、隣のB先輩がパーツ名称を見て眉をひそめた。

 

「どっかで、これを見たことがある気がする」

「私、メダロットは詳しくありませんけど、別に危険な物ではありませんよね?」

 

 後輩Aの質問に、Bは首を傾げた。すると、ピー! ピー! とPCが警告音を発した。急ぎ画面を覗くと、ファイアウォールやアンチウイルスシステムが突如として破壊されていた。そして、異常な速度でメダロットセットが向かってきた。

 

「あ!」Bは声を抑え、急ぎAに命じた。

「あなたは上のメダロット支社の人を呼んできなさい。メダリンク開発担当の人がいるはずだから。私は警備員と警備メダロットを呼ぶ…!」

 

 どがぁん! 激しい衝撃音。メダリンク転送内部をぶち破り、ガラスが飛び散り、イレギュラーな配送物が正体を表す。

「きゃあああ!!」

 招かれざる客の乱暴な登場で飛び散ったガラス破片を浴びたAは悲鳴を上げた。

 

 

 

 メダリンクが警告音を発し、シミュレートロボトルの回線を強制切断及び、メダロッチまで強制排除した。カチャカチャカチャカチャ…! 何十個ものメダロッチが床に落ちる音が重なる。

 受付に、騒ぎを聞きつけた客と、文句を陳情しにきた客の人集りができた。

 文句の一つでも言ってやろうとした客は、ガラス破片が降りかかった受付嬢を見て、口を閉ざした。

 

「大丈夫!? どこも痛くない」

 別の受付嬢が掛かったガラス破片を振り払っていた。

「は、はい。どこも痛くありません」

 

 Bがホッとしたのも束の間、後ろを見て口を大きく開いた。白い物が天井近くまで飛び上がり、音を立てて受付の台に着地した。受付台はそれが着地したせいでひしゃげた。

 見たことがないメダロットだ。配色は全体的に白で、関節部や真四角な形をしたスタンプのような腕先は黒い。頭は、映画エイリアンで人の体から歯を剥き出しにしたエイリアンの子供が飛び出すシーンがあるが、そのメダロットの頭部は、そのエイリアンの子供が前後左右から飛び出しているようだ。ウネウネと動き、蛇みたいな形の口から覗く赤く点滅するカメラアイは見る者をゾッとさせた。市販されているメダロットより一回りでかいのも、不安をもたらした。

 しばらく意味もなく動いていた四つの蛇頭は、ピタリとある一点にカメラを向けた。客たちも蛇頭と同じ方を見た。そこには、少年とヘッドシザース。イッキとロクショウがいた。

 謎の来訪物と幾人かの視線が二人に注がれる。イッキはいたたまれなくなり、どうしたものかと迷った。

 集団心理。日本人には特に強い傾向。そのせいで、誰も動こうとしなかった。その中で、茶髪リーゼントの高校生やアリカなど、一部の人間はそのメダロットに対し、明らかに恐怖を抱いていた。

 ヘベレケ博士がいつの間にか背後に立ち、「また次の機会に」と言って通話を切った。それが合図かのように、謎のメダロットが声を出した。

 

「……ロ……ロウ…クゥショーウ!」

 

 耳を疑った。今度ははっきりと「ロクショウ!!」と雄叫びを上げて襲いかかってきた。人々は一斉に散開。床が砕け散る。震災対策で頑丈に造られた床を、謎のメダロットはいとも容易く破壊した。

 

「何をしておる。奴はストンミラーという対人兵器として造られたメダロットじゃ! 早う、逃げろ! 殺されるぞい!!」

 

 ヘベレケ博士が階全体に聞こえるほど大声を出した。ヘベレケ博士の呼び掛けで集団心理の糸が切れて、客や受付嬢はそろそろと逃げ出した。謎のメダロットはまたロクショウと叫び、メダリンク装置を腕のひと振りで叩き潰した。電流と爆発音が迸る。何人かが悲鳴を上げた。

 完全に糸が切れた。人々はこぞって、我先にと階段を降り始めた。謎のメダロット。もとい、ストンミラーはメダリンクのコードが変に絡まってしまい、一時的に身動きが取れなくなっていた。ぷすぷすと、ストンミラーの体から煙が漏れていた。いや、煙だけではない。弱々しいが、ロクショウと同じ謎の光が体の内側から発せられていた。

 

「あれは!」

「何してんの! とっとと逃げるわよ」

 

 イッキの疑問をよそに、アリカはイッキとフレイヤの腕を掴んで走り出した。一足遅れて、ロクショウも後を追った。

 そのロクショウの頭にまた声が聞こえた。今度は、明確に。

 苦しい……熱い……熱い……誰か……ここから。この体から出してくれ。

 

「そなたか? 私を呼んだのは」

 ロクショウはストンミラーを見ずに言った。ロクショウの問いかけに答えるように、ストンミラーはまたしても体の内側から謎の光を発して、絡まったコードごとメダリンクの台を引っこ抜き、左腕でそれらを木っ端微塵にした。鉄とアルミと液晶とコードの破片が飛散する。

 

「ウガガガァアアアア!」

 

 再び、機械音声の猛獣の雄叫びが二階と上の階に木霊(こだま)する。

 一階の実践ロボトル場では、待ち人や接客の係が何事かと逃げ惑う人々を眺めていた。受付嬢の一人、後輩に庇われたBが素早くベテランの勤務係に緊急事態を告げた。

 

「お客様の方々、当ビル内で火災が発生しました。係員の誘導の下、落ち着いて避難してください」

 

 ベテラン勤務係は嘘をついた。だが、事実よりこの嘘のほうが効果があったらしく、見物人を含む階下の客を速やかにビル内から避難できて、余計な混乱を生まずにすんだ。ベテラン勤務員のファインプレーである。

 イッキはアリカとフレイヤに先に行くよう促し、自身はロクショウの説得に当たった。イッキはロクショウの腕を掴んで外へ行こうとしたが、ロクショウは拒んだ。

 

「何してんだよロクショウ! あいつの相手はセレクト隊にでも任せて、早く逃げよう」

「できぬ! あやつは私を求めている。何故かは知らぬが、今一度、会わなければ」

 

 揉めているメダロッターとメダロットに受付嬢が早く行きなさいと一喝した。

 ウガァ! またもや猛獣のような声を上げて、ストンミラーが階下にきた。その姿を見て、ビル関係者たちとイッキは固唾を飲んだ。

 

「と、溶けている」

 

 イッキが生唾を飲み込んで見たままの感想を言葉にした。ストンミラーは全身のパーツやティンペットがドロドロに溶けており、そこから熱を帯びた薄い光が漏れだして、陽炎が生じていた。溶けたパーツの下のティンペットを見る限り、ストンミラーが女性型であることが判明した。

 

「ロゥ! ロゥク……。ロゥク…ショォォォ!」

 

 音声装置が故障したのか、ストンミラーの発音は先ほどより聞き取り辛い。

 ロクショウの脳内に声が届く。

 ああああ! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い! もう、嫌だ! 早く、開放してくれ! ……死にたい。

 最後の死にたいは、やや躊躇いがちに思えた。

 ロクショウはゆっくりとストンミラーに歩み寄った。イッキも、誰も。ロクショウを止める者はいない。ストンミラーは腕を振り上げ、ロクショウがいるロボトル実践場の床を叩いた。ビームにすら耐える特殊な素材を用いた床に亀裂が走り、ストンミラーの右腕は砕け、左膝が溶け折れた。

 ロクショウはじっとストンミラーを見つめた。何を考えているのか、イッキには計り知れなかった。ロクショウはストンミラーから視線を外さなかった。

 

「お主は良いのか? 介錯をどこの馬の骨とも知れぬ奴に任すとは」

 

 ストンミラーは何も言わない。音声装置が完全に壊れたのだ。ストンミラーはドロドロに溶けたティンペットの腕で胸をこじ開けた。

 いい、やってくれ。どうせ、私は助からないようになっている。恨みはしない。

 ロクショウはソードを抜いた。瞬間、イッキが一直線にロクショウに向かった。

 

「やめろロクショウ」

 

 ドシュ! 斬撃が無音の空間に木霊する。チャンバラソードの一刺しでストンミラーの体はバラバラに引き千切れ、溶けたパーツとティンペットが散らばった。メダロットの命ともいうべきメダルも同様に。

 イッキは立ち尽くした。ロクショウは何も喋らない。すたすたと勤務員のおじさんが近寄り、有無を言わせぬ口調で言う。

 

「一度外に出なさい。ただし、あの女の人に付いていくように」

「ほかに……方法は無かったのかな?」呆然自失に独り(ごつ)イッキ。ロクショウはそっと、イッキを見上げた。

 

 ロクショウが「イッキ」と名を呼び、手を差し出した。イッキはその手に触れぬよう、腕を素早く引いてしまった。汚い物をうっかり触りそうになり、本能的に手を引く。イッキの動作は正にそれで、当人は今の自分の動作が信じられないようだ。ロクショウの手が空を掴む。

 見かねた勤務員がロクショウを、受付嬢がイッキを外に連れ出した。

 密かにこの光景を窺っていたアリカとフレイヤは言葉を失っていた。外に出た俯きがちの二人に声をかけようとしたが、言葉が出ない。

 よくわからない。何でこんなことが起きたのかわからない。ただ、二つ判ることがある。正体不明の悪意のせいで一体のメダロットが命を落とし、あるメダロッターとメダロットの間に微かな溝が出来てしまったのが。

 

「アリカさん。こんな状況でなんだけど、元気を出して」

 フレイヤがアリカを励ました。アリカはうっすらと微笑み、フレイヤの手を握った。

「そういえば」

 アリカは辺りを見回した。

「ヘベレケ博士はどこに」

 

 そのヘベレケ博士は受付嬢に連れて行かれるイッキの隣にいた。アリカとフレイヤは頷き合い、彼らの背をつけた。ここでようやくパトカーのサイレンが鳴り、セレクト隊も到着した。

 


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