メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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19.ナエからの頼み

 博士に頼まれて、主にロクショウのメダル成長とロボトルの記録を詳細に記した報告書を入れたランドセルを背負う。アリカも伴い、久しぶりにメダロット研究所を訪れた。

 メダロットを始めてから既に三ヶ月。「ロクショウ」と名付けられたクワガタメダルの成長は著しく、|蛹化《ようかから成虫の一段階目へと脱皮しそうだ。

 おどろ山にカンちゃんというおばあさんと暮らすメダロットの一体、ヤナギに背中のメダルを特別に見せて貰ったことはあるが、ヤナギのメダルは初期の絵柄のまま成長が止まっていた。ロボトル経験が無きに等しいので致し方ないとして、そのヤナギよりもロボトル経験が豊富なブラスと名付けられたカブトメダルすら蛹化段階の途中だというのに、目覚めてからたった三ヶ月のロクショウの成長具合は異常だ。

 博士からも電話でその事は指摘された。

 外出規制は解禁されてないが、メダロット博士がチドリを説得したおかげで、今日だけイッキは六時までは外出していいことになった。

 メダロッ島でのゴタゴタ以来、ろくに電話すらしていなかった。昨日、思い出したように電話をしたら、メダロット博士は待ってましたとばかりに電話に出て、直接来てくれて欲しいと言われた。

 憧れの人物から頼みとあっては行かざるをえない。最後に、博士はこう付け加えた。

 ——君の友達のアリカという子も連れてきてくれないか。ナエが、例の開発中の物について伝えたいことがある。

 ナエさんが関わる例の開発中の物といえば、エレメンタルシリーズしか思い浮かばない。四体とも女性型で、パーツを他のメダロットに変換して戦う珍しい変化系メダロットだったと記憶している。

 完成したのだろうか。博士とメダロットの談義、ロクショウから発せられた謎の光と力の考察、ナエさんが携わるエレメンタルシリーズの開発がどの程度進んだのかも気になる。

 二人は、期待に胸を膨らませてメダロット研究所に向かった。

 

 

 

 メダロット研究所の白い建物が見えてきた。門をくぐり、受付嬢のアポ確認を済ませ、二人は客室まで案内された。

 五分経ち、メダロット博士とナエが直接出迎えにきた。

 

「お忙しい中、お時間を取っていただいきありがとうございます」

 

 二人して、声を揃えてぎこちなく硬い挨拶をした。

 

「イッキくん、アリカさん。こちらこそ来ていただいきありがとう」ナエは丁寧に返した。

「よう、久方ぶりじゃな二人とも。まあ、そう硬くならんでもええて。来てくれてと頼んだのはこちらのほうじゃしな」

 

 博士は相も変わらず砕けた調子だ。

 

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 アリカは合わせた腿と腿の間隔を開いた。イッキは躊躇いがちにコンマ三ミリほど開いた。

 

「さて、来て早々お茶も出せず悪いが。ナエ、アリカ君はお前の研究室へ。イッキ君はわしの個人研究室へ来てくれんか?」

「えっ!?」

 

 てっきり、二人してメダロット博士の研究所か書斎へ行き、その後ナエさんの研究室へ行くという順番だとばかり思っていたので。アリカは驚きを口にし、イッキは多少面食らった。

 

「どうして別れる必要があるのですか?」

「イッキ君とは個人で話し合いたい事があるのでな。アリカ君はまた今度の機会ということで…。代わりに、好きなだけナエに取材をかけてもよいぞ」

「お爺様」

 

 ナエは祖父の言葉に困った風に首を傾げてみせた。先にアリカがナエの個人研究室へ案内されて、続いてメダロット博士がイッキを自分の研究室へと連れた。

 研究室の椅子に腰を落ち着けて博士と向かい合うと、イッキはロクショウを転送した。博士はじかにロクショウとも会話してがっていたからだ。転送されたロクショウに博士は「ちょこっとメダルを見せてくれんかの。悪いようにせんから」と掌を合わせた。

 ロクショウは不承不承ながら、ソードをちらつかせて「妙な真似をしたら許しませんぞ!」という脅し文句もつけてメダルを博士に見せた。博士は片手にカメラを持って、一分間、ロクショウのメダルを撮影した。

 

「もうよいぞ」

 

 ロクショウは細工でもされてないかと背中のメダルをさすり、無事だと判断すると、安心したようにメダルハッチを閉じた。

 イッキは博士に資料を手渡すと、本題に入った。イッキ、ロクショウ、メダロット博士、更にメダロッチから光太郎とトモエまで議論に口を挟んだので、博士の個人研究室はいつもより賑やかだった。

 

 

 

 炎を身に纏ったような灼熱のフレイムティサラ。重厚と重圧感溢れる深緑色のアースクロノー。軽やかに大空へ羽ばたきそうな青空のウインドセシル。そして、海の妖精を連想させるような美しさと可憐さを備えたアクアクラウン。透明度が高い高価そうな四つのカプセル内部に、四体の精霊は静かに鎮座していた。

 

「綺麗!」

 

 見惚れたアリカは思わず本音を呟いてしまった。

 メダロットを見て可愛いとか、かっこいいとか、酷いときはダサいとか思ったりするが、「綺麗」という感想を抱いたのは初めてかもしれない。

 前来たときは何とも思わなかった。そのときは、あちこちピースが欠けた状態のパズルみたいな不格好な姿だった。今は違う。四体はピースがしっかりとはめ込まれ、防腐用の淡いライトの反射のせいで、四体の精霊は芸術品の域へまで達していた。

 

「どうぞ寛いでください」

 

 ナエはソファに座るよう勧めた。ナエに声をかけられて、アリカはエレメンタルシリーズから視線を外し、ひたとナエに目線を定めた。

 

「さっそく質問していいですか? まとめて」

「私の知識で答えられる範囲ならば」

「どうしてイッキと私を分けたんですか? 私はまだしも、イッキは二度手間なんじゃ。それと、エレメンタルシリーズの開発はどの程度進んでいるのですか?」

 

 ナエは目を伏せ、やや迷いがちに回答した。

 

「アリカさんの一つ目の質問ですが……すみませんが、私からはお答えできません。私も詳しい事情は知りませんので」

「どうして!?」

「……さあ、祖父は男と男の秘密じゃからなとしか言いませんでした。イッキくんのメダロッターとしての成長と、彼の相棒の『ロクショウ』と名付けられたメダルの成長を聞くのが楽しみでしょうがない。以前、こう語っていましたわね」

「ナエさんはそれについてどう思っているんですか」

「それもちょっと。関係あるかどうかわかりませんが。特殊な事情からメダロットを手に入れたケースだから、そう伺っております」

 

 特殊な事情。言われてみればそうだ。光太郎も特殊な例だが、カンちゃんのように、野良メダロットを拾って更生させるケースは全くない訳ではない。トモエに至っては、安売りで入手するというたいして珍しくもない方法だ。

 しかし、ロクショウは違う。光太郎のように新たな主人の代わりになるわけでもなければ、トモエのように普通に購入して手に入れたのでもない。イッキから聞いた怪盗レトルトの言葉を借りれば、特殊な仕様のメダロッチに入った特殊なメダルを、イッキのお父さんが帰り道で謎の人物から貰うという奇っ怪極まりない方法で入手したのだ。

 ヘッドシザース購入記念二千人目にイッキがなったから、二つの品物を無償で送った。謎の人物はこう語っていた。

 後で調べたところによると、そういうキャンペーンは有るには有った。だが、そのキャンペーンは急遽仕組まれた物であり、後でメダロット社に、千人目の購入者である中年メダロットマニアから自分にも寄こせという抗議の電話がきたらしい。

 ロクショウのあの謎の光が特殊なメダルの正体の一つであることには間違いないが、それが何なのかまでは分からない。

 蛍は交尾のためにお尻を光らせるが、それとは異なるだろう。

 イッキも自分の入手法に関しては疑問を感じていたが、今更、返せと言われても絶対に返さないと断言していた。

 この事に関して意地悪な質問を一度してみた。ロクショウから離れたいと抜かしたらどうするのと。するとイッキは真面目な表情で。説得は試みるけど、どうしても折れないときは悲しいけど、所有者の責任者としてロクショウの新たな門出を祝うと答えた。他人に流されがちなイッキにしては、珍しく強い口調であった。 

 推理の論点がずれてきた。ともかく、他二体はいいとして、どうしてロクショウとメダロッチは前例がない方法で入手したのか。また、メダロット博士のイッキに対するこだわりは何故なのか。

 そして、イッキに二つの貴重な品物を贈った謎の人物の正体は?

 アリカのジャーナリスト魂をくすぐるには十分過ぎる材料が揃っていた。

 目下の所、メダロット博士を問い詰めるのが手っ取り早い。でも、あの人って意外にも食えない感じがするのよね。突っ込んだ質問しても、上手いことはぐらかされちゃいそう。

 

「あのー、アリカさん?」

 どっぷりと思考に浸るアリカに、ナエが顔を覗き込んで一声かけた。

「ん? ああ、すいません。私、ふとしたら考え過ぎちゃうものですから」

 

 ナエの呼び掛けで現実に戻ったアリカは、一言ナエに詫びた。そして、二つ目の質問であるエレメンタルシリーズの開発状況を尋ねた。聞きたくて考えたいことは山程あるけど、ナエさんは事情を知らなさそうだし。何より、せっかくきたのにこのまま長々とした思考に浸るだけではここに来た意味がない。

 本題に戻れて、ナエは安堵の表情を浮かべた。

 

「エレメンタルシリーズはほぼ完成しております。二百種類の耐性実験をパスし、試験的機動も終了しました。ですが、後一つ足りない物があります」

「足りない物?」

「実際に使用する方達の感想です。研究員だけの声だけではなく、メダロット社と我々開発者一同は一般の方達がこの子たちを使用して、どういった感想を抱くのか気になるのです。例えば、パーツの変化するパターンが乏しいとか。私たちが見落とした欠点や優良点を聞きたいのです」

「要は、テストプレイってことですね」

 

 その通りだと、ナエは微笑んだ。笑みばかり浮かべる人は信用ならないが、ナエのごく自然に身についたような笑みには嫌気や怖気などは感じられず、こちらもつい微笑み返してしまう。

 

「はい。そして、そのテストプレイヤーの一人としてお願いできませんか? アリカさん」

 

 耳を疑った。また推論にのめりそうになる自分を抑え、ナエに聞き返した。

 

「えーっと。私がエレメンタルシリーズのテストプレイヤー? それなら、イッキに頼めばいいんじゃ。メダロットに対する愛情というか、想いはイッキのほうが上だと思うし」

「ええ、そうかもしれません。しかし、私や数名の研究者はアリカさんの方が適切だと考えています。九歳の年齢にしては中々物事を筋立てて考えられて、大人の私たちは気が付けない子供ならではの視点で意外な発見をしてくれると期待して、あなたにテストプレイヤーをお願いしたいのです。無理にとは申しません。あなたが断った場合、第二候補のイッキくんがテストプレイヤーとなります」

 

 イッキに譲ろうと思ったが、アリカは踏みとどまった。

 ここんとこ、イッキばかり美味しい汁を吸っているような気がする。本人にその気はないだろうが、少なくとも、アリカはそう感じてしまった。ほんとは、美味しい汁を吸っているというよりかは、いつの間にかロボトルの経験やメダロットの数に置いて差を付けたイッキに嫉妬を感じているだけなのかも。それでも、素直に権利を譲るのはイッキに自分の運を大人しく譲渡するようで癪だ。

 アリカは僅かに考えたのち、エレメンタルシリーズのテストプレイヤーになることを受諾した。

 

「ありがとうございます。では、アクアクラウンを除く三台から選んでください」

「えっ? その青色のアクアクラウンとかいうのはまだ未完成なのですか」

「あ! 先に申してあげておくべきでした。エレメンタルシリーズは一台につき、三名の方にテストプレイをしてもらうことになっているのです。そのカプセルに入っているアクアクラウンは、今週の土曜日に試験者の一人が引き取りに来ることになっています。アクアクラウンは既に先週中に三名の方の予約を済ませたので、申し訳ありませんが、アクアクラウン以外の三台から選んでくれませんか。パーツに装着しているティンペットもお譲りします」

 

 ナエは申し訳なさそうに説明して、再び謝罪した。

 一台選べなくなったのは残念であるが、まだ、三台もいる。事前に見聞きした情報では、フレイムは攻撃。アースは防御。ウインドは妨害や特殊行動。アクアは回復。

 

 アリカは即決した。宙に浮かぶ、あるいは飛べたりする機体がいい。

「それにします」

 アリカが指した方向には、フレイムティサラがいた。

 

「フレイムティサラですか」

「はい。ウインドで現場へ急行もありかと思いましたが、情報とは即ち組み立てる物。フレイムティサラで宙に浮いて、上空でゆっくりと現場を観察するのも手の一つだと考えました」

「なるほど。アリカさんらしいですわね」

「じゃ、ブラスとマリアン。どっちに着けるか考えなきゃね」

「その必要はありません」

 

 アリカは眉を顰め、何でですかと問いかけた。

 

「いいえ、パーツを上げないという意味ではありません。私から一つ、変化系パーツを得意とするメダルをお貸しします」

 

 この申し出に、アリカは小さく叫んだ。テストプレイ用のフレイムティサラ一式とティンペット、それに、メダルまで付いてくるなんて。イッキ並みの前代未聞の入手法だ。

 

「付け加えれば、試験帰還終了後、もしそのメダロットとあなたの間に一定の信頼関係があるようならば。その場合、完成品のエレメンタルシリーズのパーツと一緒にティンペットとメダルもあなたに差し上げます」

「よかったわね、アリカちゃん」

 

 メダロッチからブラスが音声を発した。

 当のアリカは呆然としていてブラスの呼び掛けが耳に届かなかった。上手くいきすぎる。何か裏でもあるのだろうか。試しに頬をつねってみた。痛かった。棚から牡丹餅ならぬ、棚から金のインゴットが転がり落ちてきたようだ。

 アリカは嬉しさのあまり、大声を上げて飛び上がりそうになる衝動を抑えた。

 ナエの助手を務めるセントナースとは別タイプの看護師メダロット・ナインテンガールが四つのメダルケースを載せたカーゴを押してきた。エイリアン、西と刻まれたウエストメダル、鏡模様のミラージュ、竜巻が渦巻くウインド。装着するメダルは既に決めてあった。

 

「フレイムじゃ相性悪いし。ここは……同じ自然現象をモチーフにしたウインドメダルを!」

 

 アリカがケースの中のメダルを手にした瞬間、イッキがロクショウを連れてナエの研究室前まできた。

 

 

 

「パーツだけじゃなくて、メダルとティンペットまで! いいなあ」

 

 アリカは早速起きたことを話し、イッキから羨ましがられた。イッキが甘い汁を吸っているとか思っちゃったけど、イッキは一度私のせいで何かと悲惨な目に遭ってるし、むしろ私のほうが美味しい汁を吸っているわね。アリカは自嘲気味に口端を歪めた。イッキやナエがどうしたと聞いても、興奮して口が引きつっただけだと誤魔化した。

 話題を替えて、アリカは、イッキとメダロット博士がどう会話したのか根ほり葉ほり問いただしたが、期待していた返答は得られなかった。

 

「だって、メダロット博士でも分からないことが僕なんかに理解できるわけないじゃん。それよりも、アリカ」

「何?」

「日月水曜日は暇」

「うーん。まあ、特に予定はないわね。で、あんた何が言いたいの」

「メダロット博士がね。メダルの生態記録をつけたいから協力してくれと言って、日月水曜日なら、研究所のロボトル試験場を自由に使っていいってさ! そのついでに、パーツの性能を確かめたいから、エレメンタルシリーズのパーツを貰うはずのアリカも誘ってくれって」

「え! 嘘!」

 

 二人は生態記録という単語に引っ掛かったが、間断なき興奮と喜びの連続で、細かいところまで思考が及ばなかった。

 

「二人とも、お茶でもいかがですか」

「はい」とイッキ。

「あの、えっと」

 

 三点セットを譲ってもらい、その上お茶まで出してもらうことにアリカは気が引けた。ナエは遠慮しないでと笑いかけた。その笑いに誘われるように、アリカは俯きがちに「戴かせて貰います」と言った。

 イッキとアリカはココアとクッキーをほおばり、雑談し、改めてエレメンタルシリーズを見学したのち、メダロット博士とナエの二人に心から礼を述べて、午後五時頃に帰宅した。

 

「今や希少種となった純和風日本美人やな。ナエさんは」

 

 光太郎のこの発言が口火となり、帰りは時間をかけて歩みながらじっくりとお喋りした。このとき、イッキとロクショウは、これが後々の災厄を呼ぶになるとは思いも寄らなかった。

 そして、イッキたちは毎週月水日曜日にはメダロット研究所に来て、研究所の人。研究所に招かれた人。ナエさん、あるいはメダロット博士指導の下、雑用をこなしつつ、ロボトルの訓練。時に気分転換にメダスポーツをした。

 一ヶ月に及ぶメダロット研究所への通所は、二人とメダロットたちにも良い体験だった。

 

        *——————————————————*

 

 ある赤新聞の記事。

 ———八月の某日。御神籤町のメダロット研究所にて、小一時間に渡ってメダロットによる暴走事件が起きた。付近の住民の証言によると、メダロット研究所から大きな音と光が漏れ出たとのこと。メディアは関係者一同に取材してみたものの、期待した回答は得られなかった。

 なお、メダロット研究所は四体のメダロットの他、一般に向けての販売予定はないメダロットも開発中であり、そのメダロットが今回の暴走事件に関与している疑いが濃厚。

 研究所内には、度々、二組の少年少女が出入りしているらしく。その二人から、メダロット研究所内で違法な実験が行われてないかを聞きたい。

 


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