メダロット2 ~クワガタVersion~ 作:鞍馬山のカブトムシ
メダルのこの身でも感じることができる光を感じた瞬間、すぐに元の闇に戻された。そして、強い衝撃を感じ、段々と意識が薄れていく。
———理解した。ああ、これがいわゆる「死」なのか。ぷっつりと、思考が途切れた。
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暗い、ここはどこだ? 私は誰なのだ?
たまに目が覚めると、こんなことを自問自答した。目が覚めると言っても、私には目を含む五感機能など存在しないが。
ここは確かに暗いが、居心地は悪く無い。
ある日、動きを感じた。ざくざく、ざくざく、土を掘る音。彼には五感機能どころか体すら無いので何も感じないが、何かが起きる兆しを感じていた。
ざく、かつ!
スコップが金属物に当たったので、掘る手つきが慎重になる。両手の刷毛とスコップで少しずつ土をどかし、まだ、僅かに泥を被るそれが無事なことを喜ぶ。
掘った者の手の中には、金色の六角形状のコインのような物がある。コインの表には、何らかの幼虫と思しきがものが描かれていた。
やれやれ、あの人の気紛れも困ったものだ。こんな貴重な物を、まだ年端もいかぬ子供たちに託すとは。
あの人は、あの子供に何かを感じると言った。それを突っ込むと、はぐらかすような笑みで「何かは何かじゃ!」と答えた。この返答には呆れてしまったが、どこか憎めない。
それはひとえに、私があの人を尊敬しているからだろう。
メダロットを愛し、メダロットに並みならぬ情熱を注ぐあの人。知的で大胆、それでいて、決して驕り高ぶる態度は一切見せず、ときに今日のような突拍子も無いことを思い付き、子供のようにはしゃぐあの人。そして、火急のときには何をすべきか行動できるあの人。
そんな人だからこそ、私は慕っている。
今から約三十分後にここを通るとある男性に、二つの物を渡す手はずになっている。
あの人は少年にこれらの品を託す理由をもう一つ付け加えた、「可能性」と。
可能性か。果たして、彼らが一体どのような行動見せてくれるのか。私も見届けさせてもらおう。
家に帰ると言い訳する暇もなく、イッキは母親のチドリに叱られて、しばらく二階の自室で反省するよう言い渡された。
部屋に入ると、イッキを慰めるようにフォックステリアの愛犬「ソルティ」が「くぅーん」と甘えるように鳴いて、イッキの足元にすり寄ってきた。
「慰めてくれるのかい?ソルティ」
足元にすり寄るソルティの頭を撫でると、ソルティは尻尾を大きくふりふりした。
イッキは自室に入ったときあることに気がついた。メダロットの頭脳であるメダル、それと、メダロットを操作するメダロッチが無いことに。
とりあえず組み立ててみたが、肝心のメダルが無いので動くわけも無い。母親にきつく叱られた後でのこの事実、イッキは今日一番の深い嘆きの溜め息を吐いた。
二時間の間、ソルティをかまうなり漫画を見るなりして、時間を潰した。
「ただいまー!」
玄関から間延びした男性の声、パパだ。
イッキのパパの名前はジョウゾウ、歳は今年で三六歳。だが、薄く無精髭をはやした顔と黒縁丸眼鏡のせいで、実年齢以上に見られることがよくある。つい最近では、五十歳と間違われたほどだ。
十分後、パパが部屋に入ってきた。
「イッキ、母さんから話は聞いたぞ」
イッキはぎくりと背筋を伸ばした。叱られる。息子の気持ちを察したのか、ジョウゾウはイッキの気を落ち着かせるために、優しく微笑んだ。
「まあ、そう固くなるな。パパだって、子供のときは一回や二回ぐらい、お使いのお金を使ったことがある。しかし、今回は少々規模がでかかったな」
少々どころではない。百円や二百円ならいざ知らず、一万円を越すともなれば、家計にダメージを与える金額だと分かる。
「反省したか?」
「うん…二重の意味でね」
イッキは今日起きたことを簡潔にパパに話した。
「はっはっ! そうか、あの青年か。それにしても、興奮と後悔のあまり、肝心な物を二つも忘れるとは間抜けな話だな」
がっくりと肩を落とすイッキ。ジョウゾウは、元気出せとぽんぽんと肩を叩き、息子の目を覗いた。
「反省したか?」
「うん」
「もうしないか?」
「うん、こんな馬鹿なことは二度としないよ」
「じゃあ、テストで必ず良い点取ってくるか?」
最後の問いに、それはちょっととイッキは首を捻った。
「最後のは冗談だ。というわけで、お前にスペシャルビッグボーナスをやろう」
父親のスペシャルビックボーナスとやらを見せつけられた瞬間、イッキはあんぐりと口を開けて、絶句した。パパの右手にはメダル、左手にはメダロッチがあるからだ。
「ぱ……パパ、これは!?」
「いやー、実はな。いつも通りの道を歩いていると、突然、空から笑い声がしてな。上を見上げたが、特に怪しい物は見当たらない。で、顔を下げると、道路に光る物があった。近づいて見たら、この二つがあった。恐る恐る拾ったら、また、笑い声が聞こえた。それでな、『な、何だ? 強盗か? だとしたら、盗む相手を間違えているぞ』と言うと、その正体不明の奴は『ご安心なされ、今宵はご子息に贈り物を届けに参った。プレゼントキャンペーンで、ご子息はヘッドシザース購入者千人目となり、その祝いとして弊社からプレゼントを持って馳せ参じ参りました。
好きな方法でその二つの品をご子息にお渡しなされ。あと、これからもメダロット社の製品購入をよろしくと伝えてくだされ』と。そうして、正体不明の奴は姿を見せずに消えた」
正直、パパが嘘をついているのではないかと疑った。しかし、パパが持っているメダルは間違いなくクワガタメダル。カブトメダルとは違い、クワガタメダルは幼虫が左のほうを向いている。
パパが息子のプレゼントとして、イッキがメダロットをする上で不足していたメダルとメダロッチの両方を買ってきた。更にそのメダルは、ヘッドシザースと相性ばっちりのクワガタメダル。偶然にしては出来すぎている。
因みにメダロッチとは、メダロットに指示を送る時計のような形をした機械のことである。
こんなことを知っている人物は一人しか思い浮かばないが、その考えは捨てた。その人物の普段の行動や姿勢を考えると、こんなことをするとは到底考えられない。
後でママにも聞いてみたが、ママは今日、パパに一度たりとも電話はしなかったと答えた。
「怪しいとは思ったが、もう疲れているし、一旦、帰宅してから確認しようと思ったら、ママからお前がメダロットを購入をしたことを聞いてな。大丈夫だろうという結論に至った。というわけでだ、イッキ。ほら、試しにメダルを装着してみなさい」
イッキはパパからメダルとメダロッチを受け取った。軽いはずなのに、ずしりとした重みが伝わってくる。
深呼吸を一回、二回。ばくばく、ばくばく、胸の鼓動が抑えられない。
ついにきた。ついにきたんだ。僕が、メダロッターになる日がきたんだ。
まずはメダロッチを腕に装着し、次にヘッドシザースの背後に回る。メダル装着部を押さえるピンを外し、いざ、メダルを窪みに装着。メダルは装着すると同時に、自動的に外れないよう固定された。
イッキはじっとヘッドシザースを見守り、パパも何故か緊張な面持ち、ソルティは呑気にあくび。
三十秒後。メダロッチから、全身稼働可能。エネルギー充填マックス。メダロットを始動しますか?というアナウンスが流れた。メダロッチの画像には、「YES/NO」の表示がある。
イッキは迷わず「YES」を押した。また因みに、押さずとも、声で「YES」と言っても動く。
ぷしゅー。僅かな煙が排出され、ヘッドシザースの目に光りが宿る。
眩しい! 眩しい光が私を襲う!
それはほんの一瞬のこと。すぐに目は光に慣れた。手を動かす。
手? 手など無かったはずなのに、何故、手を動かせるのだろう。しかし、現に私は手…。いや、手だけでなく、頭や足も動かせる。
「やっ……たぁぁーー!!!!」
誰かが叫ぶ。私はその叫びが、歓喜のあまりのものと理解した。
「ここは……どこだ?」
ヘッドシザースの声は、凛と涼しげ。それでいて、どこか芯の強さを感じさせた。少年はヘッドシザースが声を発したことに驚いたが、本人もそのことに驚いていた。
「ここ? ここは僕の家」
少年がそう言ったら、すかさず隣の大きい者が口を挟む。
「イッキ、お前が建てたわけじゃないだろ。正確には、パパとママとイッキとソルティの家だ」
ワン! と、四つん這いに寝そべる生物が同意するように吠えた。大きい者は、今度は私を見て申した。
「あと、今日から君が住まう家でもある」
私は無言で頷いた。
「ところで、イッキ。名前は決めているのか?それとも、機体名称で呼ぶのか?」
「名前はもう決めてあるんだ。伝説のメダロッターと呼ばれる人の愛機の名前」
私より少しばかり大きな小さい者は、私を見て、満面の笑みでこう呼ぶ。
「ロクショウ! 今日からお前の名前は、ロクショウだ。よろしくな!ロクショウ!」
……ロクショウ……。
何故だ。その名は妙に懐かしい響きが伴う。昔から誰かにそう呼ばれていたみたいだ。私の現状理解が追い付いてないせいかもしれないが、「ロクショウ」という呼び名は妙にしっくりする。
「ロクショウ。
少年は私に左手を差し出した。
三つ、はっきりと分かることがある。私はこの「体」にとても馴染んでいること。二つ目は、次々と情報が流れて、私は瞬間的に一定の物事を理解できることを「理解」したこと。そして、三つ目は、私はこの少年とこれから「絆」を結んでいくことになること。
私は少年が差し出した手を握り返した。
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眼が覚めると、暗闇にいた。……眼……? 何故、眼があるのだ。薄暗い闇に視界が慣れてきた。ごちゃごちゃした割りには、物が整然と置かれている場所。
どこから、声がする。随分キンキンとした響きだ。声の言っていることをいまいち把握できない。エネルギーがどうのとか、試験体№0021など。それにしても、なんだこの気持ちは。
何かが欠如している。近くにあるけど、いくら手を伸ばしても、もう元に戻ることはない。名状しがたい欠落感。正体不明の不安と慄きに苛まれる。ふと、頭に声が届いた。誰だかはわからないが、僅かな安らぎを得た。
キンキンと響く声は話を続ける。
「お前は試験№0021であり、メタルビートルでもある。もっとも、それは仮の名。ゴーフバレットを付ければゴーフバレットになり、ヘッドシザースの物を付ければヘッドシザースになる。お前に名は無い」
ひとつ理解しえた。俺、いや、俺たちは本当の意味での日の目を拝めない世界に連れて来られたのだ。鏡を見ると、黒い二本の角を生やした重量系の黄色いボディが写っている。次は、どんな名と体が与えられるのだろう。