メダロット2 ~クワガタVersion~ 作:鞍馬山のカブトムシ
メダロッ島事件から十日。現在、イッキは自室で大人しく、電子ノートに算数の解答をタッチペンで書き込んでいた。ゲームもしていいし、漫画も読んでいい。今はそのどちらもやる気が起きない。
そこで、今のうちに少しでも宿題の中でも嫌いな物を科目を片付けようとしていた。メダロッ島滞在時からちょっとずつやってきたお陰で、算数の宿題は残すところ四分の一である。
外は曇り空だが、雨は降りそうにないので、遊びに行けそうにもない。仮にかんかん照りだとしても、イッキは外へ出ることは無かっただろう。何故なら、時刻はもう十六時を過ぎている。
この前のメダロッ島で起きた事には、いつもは甘いパパもさすがに厳しい態度に出た。そして、イッキを自宅軟禁に……。とまではいかないが、外出時間が朝の十時から夕方の四時まで制限された。
おどろ山の時は外出規制に不満を持ったが、今回は自分の落ち度が大きいと理解しているので、イッキは素直に承諾した。ただ、夏休み終わりまでは可哀想だと、夏休み残り一週間の期間は外出規制は無しにすると言われた。
反面、メダロットの待遇はそれほどでもなく。むしろ、チドリとジョウゾウはそれとなく監視してほしいとさえ頼んでいた。メダロットたちは普通に行動するだけなら、イッキほどの制約は無かった。
光太郎はアンボイナの「トッコー」という脚部を着けて、ソルティとのんびり散歩を満喫していた。飛行タイプだと安定が利きにくく、ソルティの首を宙吊りにする恐れがあるので、脚部をイッキに変えてもらった。
ソルティは熱い日の散歩を避けたがり(大抵の生物に当て嵌まるが)、こうした曇りがちの日や、早朝や夕方の涼しい時間帯での散歩を好む。エネルギー補充方の一つにソーラーシステムを採用したメダロットにとっては、熱い日の散歩のほうが調子は良いが、それならソルティの散歩の日意外に動けば良い話。こんな良い暮らしを送ることができているのに、これ以上の贅沢は望ましくない。
イッキがこんな状態なので、ママやメダロットたちが交代でソルティの散歩をしていた。光太郎は散歩好きだ。前のご主人の趣味の一つが散策だった。
同じ自然は一つとしてない。同じようでいて、毎秒、目に見えないぐらい変化している。散歩による、そうした日々の緩やかな動きを見るのが楽しみだった。
曇り空を見上げる。
わしはあの世を有るとも思ってないが、無いとも思ってない。あの世とは、暗闇を恐れる臆病な人間の逃げ道だという者もいる。しかし、漫画やゲームの世界に出てくる超人ならまだしも、実際の世界において恐怖を持たない人間なんておるわけない。
もしも、そんな人間がいるとしたら。それはきっと、戦争などで生死の感覚が麻痺した人間か。あるいは、年老いて達観の境地に至った者だろう。メダロットにも寿命はある。ただ、それがいつになるかは想像し難い。一つ言えることは、途方もない歳月を要するであろう。今の主人は若い。けど、いつしか年老い、別れる。
このことを言う気はない。子供で何かと迷いやすい時期にいるあの子に、余計な重荷を背負わしたくない。それに、自分は死なない。時間は無限大にある、と思いがちな時に言ってもあまり効果はないやろな。
二、三度かぶりを振った。楽しい散歩のはずが、余計なこと考えすぎてしもうた。あの人にも、そのことで度々笑われた。
「ソルティ。家までひとっ走りするで!」
鬱々とした気持ちを追っ払うように、光太郎は車輪の速度を上げた。後ろを振り返るのも悪かねぇ。でもな、こういうときは余計な考えなど捨てて、正しいと決めた答えに向かって思い切った行動に出るもんだ。九十六歳まで生きたあの人は、いつもそういって伏し目がちな若者たちより活発に動いていた。
楽しむときは楽しむもんや。じゃなきゃ、人生ならぬメダ生損損。
アリカはセーラーマルチのブラスとプリティプラインのマリアン。それと、マリアンと同種のイッキのプリティプラインのトモエを連れて、今日もネタがないかと御神籤町内をさまよっていた。
「外出制限で自由に動き回れないし、外に出る時間も限られている。だからさあ、僕の代わりにトモエを連れて行ってくれない? 僕だとどうせ動く範囲なんて決まっているし、意外としっかりしているけど、それでもまだ色々と分からないことが多いトモエ一人で外を歩かせるのは不安だから」
「何でそんなことを私に頼むの?」
「人生経験はさせといたほうがいい。こんなことを誰かが言っていた気がするから。ああ、でも。変なことは吹き込まないでくれよ」
いかのやり取りがあり、アリカはトモエを取材に同行させていた。一行は河原に沿って歩いていた。
トモエにとって、アリカと他者の持ち物であるメダロットたちとの行動はもちろんのこと。外の世界を見聞きするのは驚きと発見の連続だった。トモエはそのことでアリカに感謝しているが、古風な性格の為、口数が少なく、いつも遠回しな表現で礼をのべているたのでアリカにいまいち伝わっていない。
「えーと。じゃあ、このまま真っ直ぐ河原を下って。何も起こらなければもう帰りましょうか」
アリカより一回り小さい男の子が虫取り網で樹を叩く。目測が外れ、樹に止まっていたアブラゼミは何処へと飛翔した。雲行きが、先ほどより一段と怪しくなっていた。
「アリカちゃん。天気予報だと、二十分後ぐらいには一雨降るらしいわ」
ブラスが脳内に受信した天気予報の情報をアリカに教えた。
「そう。じゃ、帰りましょ。勘だけど、多分、今日はこの町内では何も起きないと思うし。傘も持ってないから」
そう言って、アリカは河原の対岸を見た。対岸に行けば、メダロポリスという都市がある。対岸付近には変わり映えしない住宅街しかないが、少し遠く見やれば、折り重なるように聳え立つ高層ビル群が建つ。御神籤町では精々軽犯罪だが、メダロポリスほどの高層ビル群が立ち並ぶ街ともなれば、犯罪や都市部特有の問題が多々ある。
アリカも不謹慎だと理解はしているが、それでも、メダロポリスに足繁く通ってスクープを物にしたい。アリカのジャーナリストを目指す志は本物だが、経済・犯罪・地元密着と、一つに絞らず取材をかけるのは何故だろうという疑問が湧く。
そこで、トモエは失礼を承知でアリカの真意を尋ねた。
「アリカのジャーナリストを目指す気持ちは分かりました。ですが、そのスクープに対する拘りは何ですか?」
言葉使いに気を付けたつもり。しかし、今の言い方とイッキから冷たそうと指摘された口調ではまるで咎めているようだ。若干、ブラスとマリアンの目付きが不穏だ。
アリカは決まり悪げに空を見やり、そして半笑いの表情をトモエに向けた。
「そうか。私、あなたにそう思われていたんだ」
「い、いや。済まぬ。私の言い方が悪かった。私のこの口調は生まれつきの物でな。アリカを咎めている訳ではない。単に興味が湧いたから尋ねただけだ。気分を害させて真に申し訳ない」
「うーん。でも、このままじゃ私の気分が晴れない。じゃ、私がジャーナリストを目指した訳を聞いてくれない?興味を持ったってことは、私という人間を知りたいからでしょ」
トモエは無言で頷いた。ブラスとマリアンの目から不穏な物が消えた。アリカのこの返しに、トモエは称賛した。いやはや、何とも大人びた対応する少女だ。私もまだまだ見習わなければ。
アリカはポツポツと過去を語った。
「私が小学一年生ぐらいの時かな。友達と一緒にね、電車に乗ってメダロポリスに行ったことがあるの。因みにその友達はイッキじゃないわよ。理由とかは特にないの。ただ、一人で行っちゃ駄目という場所に行きたかったから、だから、気の合う子と一緒にメダロポリスに行ったの。お母さん、『一人では』行っちゃ駄目と行ったしね。
で、飽きて、駅に隣接したメダロッターズを目印にして帰ろうとした。そいで、大勢の人に揉まれながら懸命に改札口へ向かったとき、記念として一枚撮っていこうと友達が言ったの。私がカメラを取り出そうとしたら、男の人がその子にどんとぶつかって、私とその子は互いに頭突きしあった拍子に思わずシャッターを押しちゃった。その子がおかしいと言って、背中のポケットを探ったら財布が無くなっていた。背中が膨れていたし、誰から見ても財布が入っていることが一目瞭然だったからね。多分、それで目を付けられたのかもしれない。
幸いというべきかな。それ、お父さんのポロライドカメラだったの。そこですぐに現像された写真が出てきて、ばっちりと抜く瞬間を捉えていた。女の駅員さんにその写真を見せたら、親切に対応してくれた。それから、十分か二十分ぐらい経って駅員さんに連れられてその男の人がきた。そして、ハナちゃんの財布が戻ってきたの。男の人が悔しそうにこっち睨んでハナちゃんは怯えたけど、私は逆に睨み返してこう言ってやったの。『いくらお金が欲しいからって、こんな小さい子を睨んで怖がらせたり、しかもお金まで奪って何が楽しいの!』そうしたら、その人、憑き物が落ちたようにハッとした顔になって、決まり悪そうに私たちから視線を逸らした。
で、一時間としないうちに両親が迎えにきて、私たちは家へ帰った。帰り際、私たちの話に耳を傾けてくれた駅員さんが、よく勇気を持って言えたね。君のおかげでその子のお財布は戻ってきて、あの男性も自分の仕出かしたことに気が付けた。ご協力ありがとうございます! そう、感謝されたの。
でも、これからはちゃんとお父さんやお母さんにどこへ行くぐらいかは言うんだよ。こう注意もされたけどね。
そっからかな。事あるごとにシャッターチャンスとか言って撮ったり、ジャーナリストという仕事を知ったのは。事あるごとに写真を撮りたがるから、お父さんがお古のカメラをくれたの。だから、世間からどんなに非難されようとも、時間がある今だからこそ色んなジャンルを取材対象にしてジャーナリストとしての地力をつけたい。……といっても、栄誉を掴んでみたいという気持ちもあるにはあるけどね」
語り口に段々と熱が入り、アリカは自分でもびっくりするほど長く語った。語り終えた後、アリカは一息ついた。
「そして、現在はブラスとマリアンと共に取材の日々を」
最後の言葉はトモエが継いだ。
アリカという少女の一面を知れた。したたかで油断ならぬ一面もあるが、思いやりのある正義の心も持ち合わせていた。良き話を聞けた。イッキと似合いかも。なんて余計なことまで考えてしまい、心の中で一笑に付した。
「お聞かせ下さりありがとう」
トモエは両手を添えて、心からお辞儀した。トモエに突然お礼の意を述べられて、アリカは慌ててカメラを持ってない左手を振った。
「えっ! そ、そんなお礼言われるほどのことをした訳じゃないし! 腰まで曲げなくていいわよ」
その二人の様子を、ブラスとマリアンは愉快そうに見ていた。
公園で一体のクワガタ型メダロットと二人の幼女が遊んでいた。
「曇天が厚くなったな。そろそろお暇しないか?」
「えー! そな雲ないし、遊べるよー。ところで、糸目って何ロクちゃん?」
ロクショウの提言を幼い少女はあやふやな言葉使いで否定した。ロクショウはどうした物かと迷った。ロクショウに話しかけているのは、天領家の近所に住まう萩野家長女・萩野香織。
大分前、ソルティの散歩の帰りに公園でカメレオン型メダロットと遊んでいた少女だ。あの時、ロクショウはまた遊ぶと約束していた。だが、小学生の持ち物であるロクショウと幼稚園児である香織では時間が食い違い、挨拶はできても遊べるほどの時間がなかった。ロクショウはもちろん、香織もしっかりと約束を覚えており、今日一人で散歩していたらばったりと少女と出会い、ロクショウは三ヶ月ぶりに萩野香織の遊び相手をしてあげた。
「糸目ではなく暇だ。そろそろ、さようならしましょとでも言えばいいか」
「何でそんな難しい言い方したの?」
「難しい言い方というか…好んでいると言えばいいのか…うーむ」イッキより年少の子供の付き合いは大変だ。何で? どうしてを沢山聞いてくる。だが、子供のその好奇心を正しく導くのは大人の役目であり、メダロットの役目でもあるのだろう。
「じゃあさあ、最後に目隠し鬼しない」
目隠し鬼をしようと言うのは、萩野と同じ幼稚園に通う
目隠し鬼か。鬼は誰?と分かりきったことを聞くと、香織と富玲は声を合わせてロクショウと名指しした。やはり。鬼ごっこも、かくれんぼも。鬼役は皆私。かくれんぼはメダロットの感知機能をもってすれば簡単。下げても変わらない。よって、ロクショウが鬼役をやっても意味はない。鬼ごっこも、子供と自分の速度では圧倒的な差がある。
目隠し鬼なら、視覚機能を切り、聴覚機能の感度も下げればいけないこともないかも。
ロクショウは視覚機能を切り、聴覚機能を半減。これなら、この子らとやっと同格だろう。
そして、ロクショウと香織と富玲は楽しく追いかけっこ。こういう時、自分がメダロットで良かったと思う。自分が人間の大人なら、下手すれば警察に通報されていたかもしれないからだ。今の自分の追いかけている姿はさぞかし滑稽だろう。内心、諦めついたような苦笑を漏らした。
十分ぐらいして、ロクショウは二人の少女にタッチした。さあ、これで仕舞だよとNHKのお兄さん風に言ってみたものの、駄々こねられたので、ロクショウはもう一回だけ変態見たいな鬼役をする羽目になった。
空を見上げると、曇天が更に広がっていた。
「ほら、本当に一雨降りそうだ。香織、富玲。遊びはここまでだ」
ロクショウと香織は富玲にさようならを告げた。富玲は公園の近くに住んでいる。
「ロクちゃん。帰ろう」
ロクショウより小さい女の子は、体温とはまた違う温かみを帯びたか細い腕をロクショウの左腕にギュッとしがみつくように巻いた。
ロクショウは帰りの道中、今日のソルティ散歩係の光太郎と遭遇。更に、アリカのジャーナリスト一行と歩くトモエとも会った。大集団の帰宅に、香織は嬉しそうに浮き足立っていた。
時刻は五時を下回っていた。ママは週に二日のパートの稼ぎで六時になるまで帰らない。迎えに行くか。二問の算数の問題を残す電子ノートを一旦閉じ、イッキは玄関口に置いてある傘立てから一本抜き取り、メタビーたちがいないかと外に出た。
家を出て右側の方向を見ると、主にメダロットたちで占められた集団がきた。
「イッキやん! おかんに五時以降は家を出ちゃあかんて言われてたやろ!」
光太郎が冗談で大声で喋った。イッキは慌てた様子で後ろを振り返った。そうすぐには帰ってこないと分かっていても、地獄耳という言葉があるし、聞かれてしないやかと焦った。
トモエはきちんと甘酒家の門前でアリカ達に別れの挨拶を述べて、ロクショウは六軒先にある萩野家まで香織を送った。
イッキ、トモエ、光太郎にソルティ、遅れてロクショウは家に入った。見計らったように、雨が降り出してきた。
「危うかったな」とロクショウ。
六時にママが帰ってくるまでの間、イッキはメダロットたちから休日の感想を聞いた。自分の感想では、一行で済んでしまいそうだから、メダロットたちの話を聞くことによって少しでも絵日記の行を埋めようと心掛けた。
六時、パートからママが帰宅。食事前に日記を済ましておこうと、イッキは紙でできた絵日記帳を開いた。どれだけ技術が進んでも、手で文字を書くことは必要。その為、現代でも学校は国語や絵日記など一部に限り、手書きによる提出物を求めている。
今日の夕食は豚カツ。作りすぎて余った豚カツは、明日の昼食であるインスタントカレーに添えられる。それが楽しみすぎて、日記は適当な物に仕上がった。もっとも、好物のカツカレーで集中を乱されなくても、イッキは絵日記を適当に仕上げただろうが。
《光太郎はソルティとの散歩で季節を感じとり、人生かんについて考えた。トモエはアリカたちとの取材でとにかくいろんなことを学び。ロクショウは、近所のようちえんじの子たちと楽しく遊んだ。僕は、がんばって算数の宿題とこの絵日記に取り組んだ。いじょう!!》
文章は適当だが、仕上げの上手いとはいえない絵だけは色鉛筆で熱中して描いた。