メダロット2 ~クワガタVersion~   作:鞍馬山のカブトムシ

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16.メダロッ島(五日目・六日目)

 いつまで経っても帰ってこないイッキの身を案じ、チドリは店内に居る客とレストランの近辺を歩く者たちに話を伺った。何名か、その子なら金髪巻き毛の可愛らしい子と手を繋いでいたと答えた。目撃者に詳しくその時の様子を尋ねると、デートにも見えたが、迷子の子を送っているようにも見えた。

 チドリとしては、我が子は困った可愛い子ちゃんを紳士に送っていることを願った。相手は同い年の女の子のようなので、誘拐されたとは考えにくい。チドリは甘酒親子と二組に別れ、自らはプリティプラインのトモエを連れてイッキを探した。

 まずは外の世界に慣れさせたほうが良いとイッキは考え、ロクショウと光太郎は要所で出し入れしたが、トモエだけは外へ出していた。

 トモエに、イッキのメダロッチとは繋がらないのかとチドリは聞いた。

 

「残念ながら不可能です。何故なら、私はまだ、イッキさんのメダロッチ内にて、私のメダルの電磁波記録を登録してないので、通信はおろか、パーツの転送もできません」

 

 一四時になっても見つからなければ、園内放送をしてもらうことにした。園内放送してから更に二時間後、一六時でも姿を現さないようなら、セレクト隊に相談しようと決めた。

 チドリは携帯からパパへ連絡したが、繋がらない。仕方なく、メールを送信しておいた。

 

《イッキの姿が見えないの。お仕事のときに申し訳ないけど、それとなくイッキを探してくれないかしら?》

 

 チドリはまず、イッキが好む乗り物の周囲を探った。コーヒーカップ、メリーゴーランド、空中回転ブランコ、乗り物の形はジェットコースターの形をしたメリーゴーランドの高速タイプ。足早に、しっかり目を光らせながら各アトラクションを巡ったが、イッキとその少女と思しき人物は影も形もない。

 可能性は低いが、イッキが女の子に見栄を張った場合を想定した。ジェットコースター系、各絶叫アトラクション、お化け屋敷、迷路。

 ジェットコースターと迷路はともかく、それ以外はイッキが苦手なアトラクションだ。

 ヒーローショー会場も訪れたが、そこで甘酒親子と出くわし、二人はここにイッキ君はいないと告げた。

 最後は魔女のお城へと出向いた。しかし、ここでも係員の男性はそんな二人は知らないと答えた。去り際、係員の男性が怪しくほくそえんだのが気に食わず、問い質した。

 

「私が息子を探すことのどこがおかしいのですか?」

「えっ? いや、ロ……。済みません、僕は幼い頃からおかしくもないのになぜか笑ってしうまのです。ご気分を害して済みませんでした。以後、注意します。私も他の従業員に呼びかけて息子さんを探します」

「そうですか。すみませんねぇ、歩きっ放しで苛立っていたものですから。つい、あなたに当たってしまいました」

 

 係員は低姿勢を崩さず、お構いなくと言った。ここにいないとなれば、遊園地から離れて別の場所へ行っている可能性がある。ワールド・フード・シティに行きたがっていたが、そこへ女の子と一緒に向かった可能性は十分ありうる。

 時計の針は二時を指していた。真夏の日差しの中を走り回り、チドリは額から玉のような汗を流していた。

 このまま行くのはみっともない。公衆便所でハンカチを濡らし、顔や脇の汗を拭いてから、園内放送がある事務所へと向かった。

 

 

 

 午後六時。通報を請けて、一人のセレクト隊員がメダロッ島テーマパーク内を探索していた。

 四角い縁なし眼鏡をかけて、下顎がいやに尖っており、頭部も茶色にとんがっている目立ちやすい出で立ちの男性セレクト隊員が目を光らせていた。

 彼の名は、トックリ。セレクト東京支部機動部隊二番隊所属の副隊長。それが彼の肩書き。因みに、ノンキャリアである。

 セレクト隊は警察とは違う。メダロットを使用して国家犯罪対策や治安維持を担う、国連所属のメダロット使用防衛組織。であるはずだが、こうした公の場での警固任務にもあたったりする。 

 セレクト隊の日本支部は東京都の他、神奈川、大阪、京都、沖縄にも点在する。

 権威としては、警視庁、警察庁近くに建てられた東京支部が一番である。その東京支部所属であり、起動部隊の副隊長ともなれば、彼はそれ相応の権威を持っているはず。その副隊長が、部下にやらせるべき現地捜査を自らの手でやっているのには訳がある。

 この事情を語るには、文字数を要する。

 二番隊を取り仕切るのはアワモリという男。トックリら隊員からすれば、本来は誘拐疑惑がある子供の捜査を最優先にすべきなのだが、アワモリ隊長の自論は違っていた。

 

「現在、パレードで島は渦中と化しておる。そんな中で、子供の搜索を行なってみろ。群集に余計な混乱を与え、混乱に乗じ、誘拐犯共に絶好の機会を与えてしまうことになる。だから、子供の搜索はメダロッ島第一シーズンの客がある程度引いたのを見計らってから、本格的な捜査を行う」

 

 とは言っていたが、アワモリ隊長は子供の捜査より、パレードで目立つことのほうが先決であるのは部下共々承知であった。十年前、魔の十日間事件にはセレクト隊内部の者及び、一部警察の者まで絡んでいた。このことは、当時世界の一大センセーショナルな話題であり、日本所属のセレクト隊と警察組織はしばらくの間、冷ややかな目で世間に注目された。

 以来、警察。特に主犯格が内部に存在したセレクト隊はイメージアップに躍起した。そのツケは、当然のように現場に回ってくる。

 アワモリ隊長は確かに取っ付きにくい人柄ではあるが、昔は真面目で正義感に燃える男だった。しかし、魔の十日間事件であらぬ疑いをかけられ、追い打ちをかけるかのような上層部のイメージアップに繋がる行動を求める催促。正義を掲げているが、アワモリも組織の人間。初めこそ自分のやり方を押し通していたが、それでは組織では生き辛く、いつしか上層部に恭順するようになった。そうして、アワモリは徐々に卑屈な性格となり、燃える正義漢は愚鈍な男へと成り果てた。

 今回のパレードには、セレクト隊の直接参加もある。アワモリ隊長はそこで目立ちやすい位置に立ち、パレード見物客にライトアップされた状態で手を振ることになっている。

 混乱の渦中で探すのは不味いと言っていたが、端々に「パレード」という言葉が目立っているところから推測する限り、アワモリは子供捜索より、パレードでセレクト隊を人々に印象付けるほうが大事らしい。

 そして、現状では、あたかも損な役回りかのようにトックリ副隊長に捜索が一任された。しかし、広いメダロッ島を探すには人員があまりにも足りない。アワモリ隊長が、パレード参加とその警固と整備の大半に人員を尽くしているせいだ。

 参加する以上、多少の警固と整備協力は致し方ない。だが、裂く人員があまりにも偏っていると言わざるをえない。

 アワモリ隊長に提言しても、頑なに拒否された。アワモリ隊長は上層部とはまた別の繋がりがあり、意見することで自分の昇進や給与に影響するのではないかと思い、思い切って強く意見を述べるような者はいない。

 という訳で、副隊長格であるトックリが人員困窮に対処するため、自らも現場に出向いた。嫌とは思わない。自分はデスクワークよりも現場のほうが向いていると思っているからだ。

 午後四時。天領チドリという女性からの通報で、息子の天領イッキがいつまで経ってもトイレから行ったきり戻ってこないと言った。目撃者の情報では、見知らぬ少女と腕を組んで歩いていたらしい。その少女も事件に巻き込まれた可能性を視野に入れている。

 魔女のお城周辺で、それらしき二人を見かけたとのこと。魔女のお城担当係員に話を伺ったが、そんな二人は知らないと言われた。

 それでも、念には念を入れて地道な聞き込みをしているうちに、気掛かりな証言を得た。魔女のお城に居る係員の一人が、二回ほど、語尾に「ロボ」を付けていた、と。

 語尾にロボを付ける=ロボロボ団員とは限らない。ロボロボ団員が悪戯集団だと思われていた時、ロボが流行語大賞第二位を受賞したことがある。現在でも、ふざけてロボを付ける輩がいる。

 つまり、その係員が二回ほど語尾にロボを付けただけでは、ロボロボ団の証拠としては薄い。

 トックリは、一つ賭けに出ることにした。Rと掘られた一つの銀色メダルがトックリのポケットには入っている。

 近頃、ロボロボ団の活動がまた活発になってきていることを憂慮し、本部は極秘に各部隊の数名の隊員たちにロボロボ団の証である、偽造ロボロボメダルを持たせた。いざというときは、これで仲間のふりをしてその場で潜入捜査をしろということだ。

 事前に情報が入っていれば、セレクト隊員ではなく一般人の変装をしてロボロボメダルを見せたが、一度顔を見せてしまったのでそうもゆかない。

 そこで、近隣の隊員に協力を呼びかけた。すぐに一名、返答を寄こした。率先して子供捜索に名乗り上げた隊員だ。トックリはトイレでその隊員と短い相談を済ませた後、一時間、ある作業に時間を割いた。

 

「ネタを簡単にばらすわけにもいきませんしねぇ」

 

 トックリはセレクト隊員の恰好のまま魔女のお城に立ち寄った。係りの男は、呆れ気味に嫌気が差した表情を隠さなかった。

 

「何ですか?話はさっきは済んだのじゃ」

「いえ。それとは別に、ちょっとお話が。重要な話なので、できれば裏の事務所でお願いできませんか?お時間は取らせません」

 

 やれやれと、男は別の係員に持ち場を任せ、トックリを事務所まで案内した。

 

「……それで、話とは?」

「手筈は上手くいっているのか?」

 頬がぴくりと動いた。男は平静さを崩さず、こう返した。

「手筈?ああ、パレードの準備ならご安心を。セレクト隊の方が沢山手伝ってくれてますから」

 

 嫌味と皮肉が込められた言動も気にせず、トックリは話を続けた。

 

「そうじゃない。お前は勘違いしているロボ」

 

 語尾のロボに、男は狼狽した。

 

「ロボって……セレクト隊さん。冗談きついですよ、そんなロボロボ団みたいな口調なんか」

 

 食いついてきた。今がチャンス。トックリはそっとポケットに手を突っ込み、偽造ロボロボメダルを握った。偽造といっても、素材は本物と同質である。男は緊張して面持ちでトックリの握りしめられた拳を見つめた。トックリはそっと開き、ロボロボメダルを男に見せた。男はトックリの顔を窺った。

 トックリは小さく頷いた。男は震える手でメダルをつまみ、何度も裏表をひっくり返し、太陽に翳したりもした。偽ロボロボメダルの裏には、小さな×マークも彫られていた。

 吉と出るか。凶と出るか。この男が本当に無関係ならば、男は隙をみて、自分をロボロボ団と勘違いして通報することになる。

 確認が済んだのか。男はトックリの手にメダルを戻した。そして、男は笑顔でトックリにお茶を出した。

 

「はっははは! まさか、話には聞いていたけど、セレクト隊にもロボロボ団が潜り込んでいたロボね。さあ仲間よ。まずはお茶でも飲むロボよ」

 

 上手くいったようだ。トックリは胸を撫で下ろした。ロボロボ団員と偽ロボロボ団員はしばらく話し込み、情報を交換しあった。トックリを部屋から送った後、ロボロボ団員はすぐに秘密の内線を使った。

 

「サラミ様。サラミ様の予想通り、セレクト隊が来たロボよ。しかも、偽ロボロボメダルの手口まで明かしてくれたロボ!」

「よくやったでちゅ! お前の褒賞は何か考えておくでちゅ。それにしても、偽ロボロボメダルとはセレクト隊もやるでちゅね。で、そのセレクト隊と偽ロボロボメダルの特徴は?」

 

 下っ端ロボロボ団は、詳細を幼児幹部・サラミに伝えた。

 

「なるほど、なるほど。裏に×マークでしゅか。ふふふ、迂闊な奴でしゅね。やっぱ、馬鹿のまま大人にはなりたくないものでちゅね。よし、お前は引き続き監視任務に就きなさいロボ」

 

 下っ端団員は元気よくラジャロボと応えた。

 と、セレクト隊の極秘手口がばれたにも関わらず、トックリは至って呑気そうだ。最初から最後まで状況をつぶさに観察していたある傍観者は、そのトックリを褒めた。

 

「ほう、中々やるじゃないかあのセレクト隊員」

 

 七時半。パレードの時間帯。一人の男が再び魔女のお城に訪れ、ロボロボメダルを見せた。彼のロボロボメダルには傷一つなく、ロボロボ団は安心して彼を城へと招き入れた。二度目にロボロボメダルを見せた男は濃い無精髭を剃った跡が目立つ、四十代の男性だ。

 

 

 

 イッキはフローリングの床に敷かれた座布団に座り、肘を机に置いて読書していた。テレビもあるが、見る気は起きない。かといって、このままじっとしているのも退屈だから、読書した。気晴らしに外に出たくても、出られない。何故なら、鉄格子で阻まれているからだ。

 布を被され、猿轡(さるぐつわ)を嵌められ、連れてこられたのがこの牢獄だ。監房には、自分以外に二人ぐらいの男の子がいた。一人は小学六年生の男子で、イッキから見ても男前な顔立ちをしていた。一人は小学四年生の男の子で、女の子と見間違うほど可愛らしい顔だった。

 向かいの房には、四人の少女が入れられている。三人とも、小学生のようだ。捕えられた七名の中に、イッキをデートに誘ったミルシィの姿は見当たらない。

 今思い出しても腹が立つ。ミルシィは、何とロボロボ団の協力者であったのだ。同房内の男子に聞くところによれば、二人ともミルシィに連れられて、魔女のお城以外の場所で捕まった。

 ミルシィは去り際、これが私の正体と言い、どこからともなく取り出した杖を振るった。イッキは目を剥いた。そこには、どう見ても魔女のお城ツアー案内人であるミルキーその人が立っていたからだ。

 

「なんでこんなことをするんだよっ! あなたはここの従業員じゃないの!?」

「勘違いしないでね、ノーマルフェイス坊や。私はミルキーじゃなくて、ミルシィよ。ミルキーとはまた違う存在よ! 特別に答えてあげるわ。私はね、ロボロボん団と協力して可愛い子供たちを集め、その子達を愛でて、ロボロボ団として教育するのが目的なの。でも、私にとってロボロボ団に教育するのはどうでもいいの。私はキュートでハンサムな子たちと貴重なひと時を過ごせればそれで満足なの」

「じゃ、じゃあなんで僕なんか」

「当然の疑問よね。そこまで可愛くもなければ、イケメンフェイスでもないあなたが選ばれたのは疑問よね。あなたが選ばれた理由はただ一つ。それは、あなたがメダロッ島ロボトル大会上位入賞するほどの腕前であり、同時に、レアメダルを託された一人でもあるからよ」

 

 ミルシィの今だ猫を被った話し方にイラつかされたが、堪えて疑問をぶつけた。

 

「レ……レアメダル? 前半はともかく、託されたってなんだよ!」

「知ーらない。私はただ、言われただけのことをやっただけだから。ジェットコースターとか、あちこちにカメラ仕掛けて、好みの子がいないか探したりね。本当はね、もう一人の準優勝したあのハンサムな男の子を加えたかったわ。おまけに結構私好みの可愛い女の子とも一緒にいたけど、ガードが硬くて声をかけそびれちゃったの。じゃ、話はここまで」

 

 あとはイッキがどう足掻いて叫んでも、魔女の恰好をしたミルシィとロボロボ団は耳を貸さなかった。

 怒りをぶつける対象がいなくなったイッキは、鉄格子を蹴った。だが、それは自分の足を痛めただけだった。見るに見かねて、六年生の男の子、キクスイという男の子がイッキを諌めた。

 

「無駄だよ。ヘビー級プロレスラーが蹴ったとしても、この鉄格子はビクともしないよ」

 

 鉄格子は太さ五センチもある真鍮製。並の体力しかない小学生のイッキが十年蹴り続けたとしても折れそうにない。

 短い人生の中で、どれが一番悔しくて愚かかと問われれば、間違いなく今と即答する。

 大会に準決勝まで進出し、すっかり鼻を伸ばしてしまった。その慢心を突かれてしまい、ママから勝手に離れ、見知らぬ女の子の誘いにデレデレと鼻を伸ばし、挙句の果てに命より大事なロクショウと光太郎二体のメダロットを収納したメダロッチを奪われ、こんな牢獄に監禁された。

 後悔し、罵倒されて、暴力を振るわれることによって外へ出され、メダロットたちを返して貰えるのならばいくらでもそうするつもりだ。

 現実、そうしたところで外へ出されるわけないし、メダロットたちを返して貰えるわけがない。七時を過ぎた頃、頭を冷やしたイッキは、一先ず本でも読んで脱出を模索することにした。

 八時。ミルシィがロボロボ団にペッパーキャットを背負わせて戻ってきた。そのペッパーキャットを見て、イッキは思わず鉄格子を掴んだ。見間違えるわけない。頭部の雷模様の下にある、赤くキとペイントされた文字。キクヒメのペッパーキャットだ。

 

「セリーニャ! セリーニャじゃないか! どうしてこんなところに? なんで、キクヒメのところにいないんだ」

 

 イッキがいくら呼びかけても、セリーニャは反応しなかった。セリーニャの瞳孔から、光がない。セリーニャは無傷であるが、どうやら機能停止状態のようだ。

 

「お知り合い? でも、声をかけても無駄よ。この子、今はメダルをはめ込んでないもの」

「どうしてセリーニャまで」

「この子ね。一人でその辺をほっつきあるいていたの。猫型メダロットだからといって、必ずしもニャーとか鳴かないわよ。でも、この子ったらごくごく自然に猫っぽい喋り方をするし。意外にも人懐っこいから、連れてきちゃったの。本当、なんであのマスターにこんな可愛らしい性格の子がいるか不思議だわ」

 

 そういえば、キクヒメはペッパーキャットの散歩を許していた。まさか、本人は善意がこんな形で裏目に出るとは思いも寄らないだろう。メダロッ島内でメダロット関連の盗難もあったが、これもロボロボ団の仕業であった。

 

「じゃあ、島のメダロット関連の盗難も」

 

 ミルシィは親指でクイと後ろの金魚鉢頭を指した。

 

「私は知らないけど、彼らはそっち方面にご執心のようね」

「お前なあ。魔法使いだか何だか知らないが、ペラペラと余計なこと喋りすぎロボよ」

 

 そのロボロボ団が顔を逸らすと、ミルシィは憎たらしく顔をしかめて舌を伸ばした。 

 ここで、イッキ以外の捕えられの身の子供たちも騒ぎ出した。

 

「一体、どういう事情があって僕たちをさらったんだ!」

「そうよ、そうよ! 理不尽よ! こんなの」

「うるさい奴らロボ。そんなに騒がなくても、今夜にでも我らの幹部様が事情を説明するロボ。それまで、待つロボよ」

 

 夜十時。その例の幹部を見て唖然とした。てっきり、どんなヤクザな者が来るかと身構えたが、大の大人を従えた幼稚園児ぐらいの男の子が訪れた。

 誰かがくっくと笑いを漏らすと、サラミと名乗った幹部は一喝した。

 

「黙りなさい! 人を見かけで判断するんじゃないでしゅよ。あたいはこうみえて、あなたたちよりずっと強くて賢いんでしゅからね。では、心して拝聴しなさい。あなたたちは、ロボロボ団の未来を担うべき連れてこられてのでしゅ!」

 

 サラミのこの発言には、盛大なブーイングが送られた。

 

「いくら吠えても無駄でしゅ。お前たちはもう、我らの手中にある。黙って、自分の定められた運命を受け入れて、いずれ世界をわが物にできるお手伝いができることを光栄に思いなちゃいっ! 以上、演説終わり! 後、もう二人メンバー追加でしゅ」

 

 三名のロボロボ団員は、二人の少年と少女を羽交い絞めにしたままそれぞれの監房に収監した。

 時間が刻々と過ぎていく。消灯の時間になっても誰も寝付けなかった。時計の針は十二時を越えた。これで、メダロッ島滞在六日目となる。

 イッキはじっと、暗い天井を見上げた。

 

        *———————————————————*

 

 この島にいるある人物は、ひたすら傍観者に徹していた。どうやら、そろそろそ傍観者の役目は一旦忘れ、世間に本業と思われていることをやらねばならないときがきた。悪事は防がねばいかん。例え、それが蛇の道だとしても。この救出の真の目的は、セレクト隊よりも早く少年と出会い、おめおめとメダロットを奪われた少年の力量と真意を問う為でもある。

 漆黒の宵闇と同じ色に染まった彼のマントがばさりと翻る。

 

 

 

 コン。フローリングの床に何かが投げ込まれた。イッキは自分の近くに投げられたそれを、布団に入ったまま掴んだ。硬い石のような物に包まれた紙だ。イッキは人目を避け、布団から起きてトイレに入った。ロボロボが誘拐した子供を入れるために作ったこの監房。風呂こそないが、トイレ、浄水器付きの水、テレビ、本など外出以外の不自由はなかった。数日前に捕まった子の話によれば、目隠しされてシャワー室へ何度か連れていかれたりした、と。

 トイレに入ったら、石にくるまれた紙を解いた。

 今宵。真夜中の二時、君らを迎えに参る。

 誰だ? ロボロボ団? いや、いくらロボロボ団が犯罪悪戯集団とはいえ、こんな悪戯をして一体何になる。だからといって、正体不明の手紙の送り主をどう信頼できたものか。つい数時間前に騙されたばかりなのだから。さりとて、閉じ込められたイッキに脱出の手立てはなかった。

 せっかく、眠りかけていたところであったが、イッキはもう一度騙されてみることにした。真夜中の二時、今から一時間ちょっとってところか。

 それまでの間、布団で大人しくしているふりをするしかない。

 

 

 

 魔女のお城の地下にある秘密の監房に石が放り込まれるより遡ること、三十分。

 港の倉庫では、ロボロボ団の団員たちが盗んだメダルやメダロット収納状態のメダロッチを一般客の荷物に偽装し、運ぶ準備をしていた。

 団員七名。影がなく、視界が聞くところから監視する運搬陣頭指揮に当たる者が一名と回りを固めるメダロットが二体、他六名はそれぞれのメダロットを一体ずつ転送して運搬の手伝いをさせていた。恐らく、敵メダロット総数は二十から二一というところだろう。

 三号は別の仕事に向かわせたので、二体で相手することになる。倒せない数ではないが、迂闊に正面からやれば手間取る。この暗闇を利用し、ミサイルやナパームで一気に片付けるのが得策。

 彼は転送済みの二体に命じた。

 

「一号。闇を利用して移動しながら敵を屠れ。二号。ロボロボ共がメダロットを全機転送したら、一気に畳め。……それでは、解!」

 

 韋駄天の如き速度で、一号と呼ばれた機体は影から影へと移動し、ロボロボ団のメダロットたちを一刀両断! 突如として倒れたメダロットを見て、団員たちに混乱が生じた。

 

「な! なんだ!?」

「敵襲ロボ!」

「セレクト隊に情報が漏れたかロボ?」

 

 陣頭指揮に当たる上級団員が下級団員を一括した。

「慌てるなロボ! まずはここに集まって、メダロットたちを転送しろ。また、姿を現したところを一斉にかかって抑えるんだロボ」

 団員たちは一つに集い、全メダロットを転送した。辺りを探るロボロボ団に、一号が物陰から影をのぞかせた。

 

「いたよ。前後左右からこっそりと」

 

 ロボロボ団のメダロットが塊、更に注意が上から逸れた。ここだ!二号が全ての砲門を開いた。数え切れないほど大量のミサイルがロボロボ団のメダロットに降り注ぐ。

 どどぉーん……!!

 真夜中の爆発音に、湾岸警備の者たちとセレクト隊員もようやく異常を察した。セレクト隊が来る前に片を付ける。難を逃れた敵に一号の容赦なき刃が降り下ろされる。そして、一号は上級団員の背後にソードを突きつけた。そうせずとも、人間のロボロボ団はメダロットたちを失い既に戦意を喪失していた。

 一号と呼ばれたメダロットは全身を黒マントで被って正体が掴めない。ソードの形状からして、KWG・クワガタ型メダロットとは推測される。

 マントを跳ね除け、倉庫の天井から怪盗レトルトその人が立ち上がった。

 

「か……怪盗!」

 

 叫ぼうとした団員は、一号に背中をソードでちょんとつつかれて押し黙った。

 怪盗レトルトは一切語らず。一号と同じく黒マントで身を包む二号を従え、手に握った何かでしきりに運搬するはずであったメダル・メダロッチが収納された荷物を探った。

 ピーピー。微かな受信音。上級団員の隣にある、高そうなトランクから反応が示す。

 

「悪いがそれをこちらに横してもらおう。他には興味がない。私が用があるのはそのトランクだけだ。出来ればトランクをこちらに転がしてくれれば助かる」

 

 ロボロボ団は文句を言いたげだったが、メダロットたちが全て機能停止した今、反抗する術はない。上級団員は大人しく怪盗レトルトの要求どおり、トランクを怪盗レトルトに向かって滑らした。

 

「ご苦労! ああ、それと。今の爆発音を聞いて、多分、そろそろ警備員やセレクト隊が駆け付けてくるであろう。メダルやメダロッチが入ったそのお荷物の回収は諦めることだな。では諸君、さらばだ!」

 

 上級団員の動きを封じていたメダロットはメダロッチに戻り、二号機のマントから翼と飛行タイプのエンジンが飛び出し、怪盗レトルトは二号にさっと飛び乗り夜空へと消えた。

 ロボロボ団が撤収する頃、セレクト隊と港の関係者が現場に到着した。

 

 

 

 真夜中、突然ロボロボ団が騒ぎ出した。何事かと、子供たちは布団から聞き耳を立てた。

 

「港……ロボ。……盗……トが……で、運搬……駄目になっ……ロボ!」

 

 残念ながらあまり聞き取れなかったが、港と運搬という単語が何回か使用された。港から船で何か運びだそうとして、何かに妨害されて失敗したのか?

 急遽、一名のロボロボ団と二体の浮遊型脚部を付けたメダロットが監房前の見張りに立った。

 隣に横たわる、小学六年生のキクスイはイッキに小声で話しかけてきた。

 

「誰かが牢番に立つなんて初めてだ。ちょっとだけ話をロボロボから聞いたんだけど、見張りは監房外の入口にしか置くのが決まりだって言っていた。絶対、見張りをつける必要があるトラブルが起きたんだな。こりゃ、上手くいけばこっから出られるかもしんねぇぞ」

「あんま関係ないけどさぁ。キクスイのメダロットは?」

「…笑わないって約束するか?」

「うん、する」

「俺……くの一型のゲットレディが相棒なんだ。同学年に忍者型を持っているのが三人いて、被るのが嫌なのも合ったけど。単純に、ゲットレディのほうがカッコイイと思ったから相棒にしたんだ。一言多い性格だけど、結構気配り上手な面もあるんだ。それが、ここに来たときメダロッチを奪われちまって」

「僕も、最近。というより、つい昨日新しく三体目を迎え入れたんだ。そいつは女性型だよ。相性が合うなら、別に性別はなんだっていいじゃないか」

「静かにするロボ!」

 

 頭部と脚部がチャーリーベアのロボロボメダロットが、イッキとキクスイの会話を妨げた。二人は更に声を潜めた。

 

「あのさぁ。最後に一言付け加えていい」

 イッキはキクスイに紙のことを伝えた。キクスイは対して驚いた素振りを見せなかった。

 

「何か投げ込まれた音はしたけど、ロボロボの悪戯かなんかかなと思って無視したんだ。そうか、夜の二時にお迎えか」

 

 二人はちらりと時計のほうを見やった。時刻は一時五一分。時間厳守なら、残り九分でお迎えとやらが来ることになる。

 午前二時。見張り役の団員に通信が入り、メダロットには前後を、自身は左右の監房を見張った。

 バッキーン! 突如、入口の扉が無理矢理こじ開けられ、球体状の物体が二つ放り込まれた。

 

「目鼻口を塞げ!!」

 

 有無を言わせぬ強い口調に、子供たちは布団を被った状態で目鼻口を塞いだ。ぼぼん! と、二つの球体は破裂し、厚い煙が発生した。そして、切断音と破砕音が同時に鳴り響いた。ちらりと牢屋越しを覗くと、見張り役のロボロボが気絶していた。監房の施錠が外れる音がした。

 

「早く出ろ。薄目を開けて、私に付いてこい」

 

 言われるがまま、子供たちは監房内から出た。一瞥すると、一体は上下半身を切り分けられ、チャーチーベアの頭を付けた奴は顔半分がひしゃげていた。真上から、硬い物が降りおろされた形跡がある。

 子供たちに命じる者は、黒マントで体を被っていた。そうして、チャカチャカとメダロットらしき足音をわざとらしく立てながら、子供たちを秘密の地下牢から外へと先導した。

 

「もう塞がなくてもよい」

 

 真四角に区切られた地下の出入口から外へ出た際、閉じ込められていた場所がどこか把握した。秘密の地下牢は、魔女のお城の内壁と外壁の間にある敷地に通じていたのだ。ここなら、外からも内からも見えず、安心して入手した物を保管できる。内壁と外壁の間から出るには、内側にある一箇所の鉄製の扉しかない。

 黒マントで被われたメダロットは右に曲がった。鉄製扉付近に、気絶したロボロボ団一名と機能停止した三体のメダロットが壁にもたれかかっていた。

 鉄製の扉を出たとき、イッキは他の子より先んじて謎のメダロットに聞いた。

 

「君は誰だい? どうして、僕らを助け出しだの」

 

 黒マントを羽織るメダロットは答えない。と、上空から笑い声が轟く。子供たちはさっと身構えたが、謎のメダロットは至って警戒している様子はなかった。肩を僅かに動かす動作は、何やら呆れているようにさえ見えた。

 

「ふははははは! 彩りましょう食卓を。皆で防ごうつまみぐい。常温保存で愛を包み込むカレーなるメダロッター……怪盗レトルトただいま参上! 悪事あるところ怪盗レトルト有りだ!」

 

 塔の先端に、ゆらゆらと風であらゆる方向に歪めく存在、半笑いの笑みを浮かべた白面の仮面を付けた怪盗レトルトがそこにいた。

 巷で噂の大泥棒。神出鬼没の怪人・怪盗レトルト。想像を越えた人物の登場に、子供たちはショックで言葉を失った。

 怪盗レトルトの右手には、一つのメダロッチが握られていた。レトルト本人の者ではなさそうだ。怪盗レトルトは、下を指してこう言った。

 

「君らの救出料として、そこのちょんまげ頭君の、特別なメダルが入ったこのメダロッチを戴くことにしよう」

 

 この場でちょんまげ頭といえば唯一人、イッキしかいない。イッキは慌てて叫んだ。

 

「ちょ、ちょっと待て! 助けてくれたことは感謝するよ。けど、それがなんで僕のメダロットたちを取る理由になるんだよ!! そのメダロッチが欲しいなら上げるよ。でも、二人を…メダロットたちは返してくれよ!」

「ふっ。おめおめと色香に惑わされて大事な物を取られた奴が言う科白(せりふ)とは思えんな」

 

 怪盗レトルトは見下したように笑った。イッキは言葉に詰まった。

 

「た……確かに鼻を伸ばして、命と同じくらい大事な二人を盗られたのは失敗だ。だから、もうそんなことはしない。今度はどんなことがあっても、メダロッチを。いや、メダロットたちは手放さい! お願いだから、返してくれ」

「そうだそうだ! なーにが怪盗だ! ただのイカした変態コスプレマントマンじゃないか!」

「そうよ! こんな私より小さい子から奪おうなんてするなんて、最低の変態仮面じゃない」

 

 子供たちはイッキの味方をし、怪盗レトルトに向かって口々に罵倒した。

 

「言葉だけでは足りない。どうしてもと言うのなら、行動で示すがよい」

 

 怪盗レトルトが塔の先端から消えた。追いかけようとするイッキの前に、ロボロボ団と黒いタイツスーツを着た、グラサンをかけた幼児が立ちはだかる。

 

「全く! 大人は駄目でしゅね。肝心なときは役に立たないでちゅ。今からでも遅くない、早く牢に戻りなさい」

 

 そこへ、黒マントを被るメダロットと、どこからともなく色んな射撃型パーツと隠蔽パーツをつけたメダロットが飛び降り、子供たちとロボロボ団の間に割って入った。

 

「何ですかお前らは!? 逆らう者は、どんな奴でも容赦しませんよ!」

 

 行けということだろうか? イッキは訳が分からなかった。この二体は、どう見ても怪盗レトルトの愛機。その二機が、どうして僕らを手助けしてくれるのだろう。今の主人の行動が目に余るものだからなのか? 事情を聞いても話してくれそうにないし、話を聞く余裕もない。イッキと子供たちは反対方向へと回り込んだ。何躰か、ロボロボの物と思わしきメダロットが転がっている。それらを無視し、イッキは空を飛ぶレトルトの陰影を追いかける。

 

「か、返せー! あっ!」

 

 イッキは石に蹴っつまいずいて素っ転んだ。鼻血が流れ、膝が擦りむけても、イッキは痛みを堪えてレトルトを追いかけた。閉じられた園内の出口に着いた。怪盗レトルトは安安と門を乗り越えた。間に合いそうにない。

「ち……畜生」

 キクスイが背後で舌打ちした。もう駄目だ。怪盗レトルトは、夜闇へと紛れてしまった。もう追いかけられない。ぜぇぜぇと、子供たちは汗だくで、肩を息をしていた。ここまで来て。せっかく牢から出られたのに。いけない方法で手に入れたってのは、骨の随に染みるほど理解している。それでも、手離せと言われたら嫌だと答える。

 メダロットや人間の関係がどうたらとか、難しいことは分からない。けど、これだけは言える。僕はロクショウと光太郎。新たに仲間となったトモエとも別れたくない。

 

「頼むから……二人を返せー!!」

 

 イッキは鼻血が口に入るのも気にせず、天に慟哭した。分かっている。こんな風に叫んでも、もう手遅れだってことぐらい。口に入った血を吐き出した。

 イッキの悲痛なな叫びはレトルトに通じたのか。夜闇へと消えたはずの怪盗レトルトが、門の向こうからひょっこり顔を出した。

 白面の仮面から、レトルトのその表情は伺い知れない。そうして、レトルトはぽいとメダロッチを放り投げた。メダロッチが地面に衝突する直前、キクスイがキャッチしてくれた。

 

「はっきりと答えを聞いたわけでもないが、言葉にせずとも、君のボロボロの風体を見れば、君のメダロットに対する想いは通じた。だが、忘れるな少年よ。今度こんなことがあれば、その時はまた君の前に現れるであろう。その前に、メダロットたちが君に愛想を尽かすかもしれん」

「さっきから何をごちゃごちゃと。セレクト隊呼ぶぞ!」

 

 キクスイが怪盗レトルトに食ってかかった。

 

「それは困る。まだ、捕まる訳にはいかん。少年よ。今一度、最後に私の言葉を聞くのだ。

 真実を見抜く目を養え。見えている物だけが本当の悪とは限らないぞ。灰汁とは煮込むほどに出てくるのだ。また君とは会うかもしれん。それでは、アデュー!」

 

 怪盗レトルトは再び、夜闇へと紛れてしまった。

 

「何だったんだ一体。おっと! ほら、これ。お前のだろう」

 

 キクスイが丁寧に、イッキの腕にメダロッチを付けてくれた。メダロッチを見ると、何と作動状態だった。どう話しかけたか迷っていると、ロクショウが一声を発した。

 

「イッキ。メダロッチからではどうなっているかは見えんが、怪我は大丈夫か」

 平素な。それでいて、労わる口調。ロクショウの声にはイッキを責めるようなところはなかった。

「ほんま。あんた厄介事によう首つっこみなさんな。そういう星の下で生まれたんかいな。まあ、今はまた集えたことを喜ぼうか」

 

 光太郎が憎まれ口叩いた。ロクショウと同じく、怒ったり、落胆しているように見えなかった。イッキは泣き出してしまった。鼻血と鼻水混じりのものが余計に顔を汚す。

 

「なんだ、また泣くのかイッキ? 傷が痛いのか?」

 傷が痛くてしょうがないのもある。ただ、それ以上に嬉しい気持ちが溢れ、涙が止まらない。キクスイが貰い泣きしていた。

「行こうか」キクスイがイッキの肩を担いだ。

 

 

 

 肩を担がれ歩いているその途中、イッキたちを挟むように二組の存在が現れた。

 北からは、黒タイツスーツを先頭に来たロボロボ団。ロボロボ団に混じり、魔法使いの格好したミルシィの姿も見受けられた。南東、ジェットコースター側からきたのはスクリューズだった。イワノイ、カガミヤマはブルースドッグ、キースタートルを転送済み。

 

「お前らなんでここにいるんだ!?」

「イッキ、それはあたいらのセリフだよ。私は夜通しでセリーニャを探しにきたのさ。で、そこの金魚鉢集団と黒タイツのガキンチョ誰だい?」

 キクヒメはサラミを指差した。

「ガ、ガキンチョだと! 無礼者! 我こそはロボロボ団幹部サラミ様だぞ。お前ら普通の子供とは、強さもおつむのできも違うでしゅ!」

 

 ぷっ! と、キクヒメに従うイワノイとカガミヤマが吹き出した。

「でしゅだって。ぷぷっ! こんなのが幹部だなんて、ロボロボ団も底が知れているぜ」

「うん、ほんと。洗濯し直さなきゃ」

 カガミヤマが意味不明な同意をした。

 

「キクヒメ。そのロボロボ団とミルシィがお前のペッパーキャットを攫った張本人だ」

「へぇ。あたいのセリーニャに手出しするなんて。随分と命知らずなやつらもいたもんだ」

 

 キクヒメはヤクザのようにドスの利いた声で、ロボロボ団をがんつけた。普段は快く思ってないスクリューズだが、今はありがたい救援者であった。ミルシィが杖を持つ手に力を込めて、キクヒメに負けじと睨み返した。

 

「ふう〜ん。あーんな可愛らしい子が、あんたみたいな可愛くない子のメダロットだなんてとっても驚きだわ」

「ちょっと、あんた。こんなことして良いと思っているの? 大人しくツアー案内してりゃいい物を」

「うん、いいの。私は可愛い子たちと可愛いメダロットたちに囲まれれば幸せなの。後、よく間違えられるけど。私はミルキーとは全く違う存在よ。逃げる前に、ムカツクあなたを畳んでから行かせてもらうわ」

 

 キクヒメとミルシィの目には炎が宿っていた。女同士の熾烈な争いに、スクリューズの子分もロボロボ団もたじろいでいた。

 

「キクスイ。皆を連れて行ってくれないか」

「お前はいいのか」

「うん、大丈夫。それに、気に食わないけどロボトルの腕前は頼れる奴らがいるから」

 

 語らずとも、ロクショウと光太郎は自らの役割を理解した。

「イッキ、俺たちを早く転送しろ。体がウズウズする。怪盗レトルト以上に奴らが気に食わん」

 ロクショウが俺と呼称した。どうやら、相当暴れたいようだ。キクスイたちの背中を見送り、イッキは転送装置を押した。

「メダロット転送ー!」

 ロクショウ、光太郎の二体が眼前に出現した。

 

「ところでキクヒメ。セリーニャがいなくて戦えるのか?」

「あんたに心配される筋合いはないよ。新しく、スクリューズに加入した三体がいるさ。あたいらよりも、あんたは自分の傷を心配なさい」

 

 キクヒメのメダロッチから雪達磨のような形をしたメダロット、フラッペが転送された。

 イワノイはカマキリのようなヒパクリト。カガミヤマのは頭部はロールスター、右はゴーフバレット、左はカッパーロード、脚部はランドローター。一見、珍妙極まりない組み合わせであるが、案外理に適っている組み方だ。

 

「イワノイ、あんたは私の援護。カガミヤマは不本意だろうが、イッキと協力してやりな」

 

 よもや。こんな場所、こんな機会でスクリューズと共同戦線を張るとは思わなかった。子供だけなら力づくで押しのけれよいが、メダロットを持っているのならば話は別。まず、メダロットを片付ける必要があると判断したロボロボ団六名はそれぞれメダロットを転送した。

 ミルシィの杖型メダロッチからは、魔女型のサンウィッチーが一体と、強力なビーム攻撃を持つ花型のチャージドシーズ二体が転送された。

 幹部と名乗るサラミのメダロットは、神話に出てくる巨人をモチーフにしたジェントルハーツ三台。重量級の外見に反し、キャタピラによる速い稼働を可能とし、両腕のごつい扁平長方形のハンマーを武器とする。

 

「ユミル、行きな!」

 

 キクヒメにユミルと名付けられたフラッペがサンウィッチーに向かう。そのユミルを援護すべく、ブルースドッグがライフルで左のドシーズを攻撃、ヒパクリトは右のドシーズに両の獲物を向けた。

 カガミヤマはキースタートルの鋼太夫を集団から一定の距離を保ち、レーザーを発射させた。

 キースタートルへの進路を阻むように、光太郎は空中から、ロクショウとロールスターはロボロボ団の周囲を回転するように動き、攪乱しながら攻撃した。

 ロールスターは先刻、アンチエアでゴーフバレット一機を撃墜。ロクショウも一機を切り落とした。残る飛行脚部のサーチラットもレーザーで撃たれた。空中での安全を確保できて、光太郎は空からの支援攻撃を存分に行えるようになった。

 数だけでいえば、圧倒的なこの不利な状況をイッキとスクリューズは不承不承ながら応戦した。

 攪乱戦法が功を奏し、ロボロボメダロットの半数は戦闘不能に陥った。しかし、こちらも全くの無傷で済まされなかった。ロクショウは右肩に被弾し、攪乱戦法に当たる三機の中で一番遅いロールスターは既にボロボロの状態だった。

 キクヒメ&イワノイチームは、ミルシィと一進一退の攻防を繰り広げていた。ミルシィは意外にもロボトルが出来るようだ。

 ロクショウが一台のジェントルハーツに切りかかる。ロールスターのレーザーと鋼太夫のレーザーが火を吹く。ロクショウに気を取られた隙に、一台のジェントルハーツは二体の光学攻撃が直撃してしまい、全身に稲光が走り、近くにいた一体も巻き添えを食らった。二体、仕留めた。

 敵討ちにと。一台のジェントルハーツが輪から離れ、ロールスターを地面に叩きつけた。

 

「ああっ!」

 

 カガミヤマのロールスターも機能が停止した。

 

「昨日の敵は今日の友! これでも食らいや!」

 

 光太郎はエネルギーが尽きろといわんばかりに、大量の重力波を放った。防御役二体が倒れ、逃げ遅れたオヤカタエクセルは脚部と腕が使い物にならなくなった。

 そして、光太郎はゆっくりとイッキとカガミヤマの背後に着地した。

 

「すまん。もう、地面すれすれに浮くぐらいのエネルギーしか残っておらん」

 

 言われなくても、メダロッチの光太郎のエネルギー残量を見れば一目瞭然。キクヒメとイワノイの戦況を見ると、ミルシィは徐々に押されていた。

 

「ふふ。攪乱戦法はこれでしまいでしゅ。一気に始末するわよ」

 

 ジェントルハーツ二台に続き、残る部下二体も鋼太夫に接近。鋼太夫は大量のエネルギーを放出したばかりで、動けない。そこを狙われてしまい、袋叩きにあった。カガミヤマがまた、「ああっ!」と悲痛な声を出した。

 ロクショウも黙ってはいなかった。深緑の土偶型メダロット、オケドグーのパーツを中心に組まれた機体に何度も斬り付け、鋼太夫が倒れて直ぐにオケドグーも倒れた。

 一方、キクヒメ&イワノイコンビは遂にミルシィを撃破した。

 左のチャージドシーズを片付けたブルースドッグが新米ヒパクリトの援護に辺り、ヒパクリトはもう一体のチャージドシーズを早々に潰す。ヒパクリトはミルシィとサンウィッチーの背後に回り、ブルースドッグはステップしながら援護射撃。ニッチもサッチもゆかなくったサンウィッチーをユミルが一気に畳み掛けた。

 

「うっそーん! 私の自慢の子達が!」ミルシィは驚きを隠せなかった。

「さあ、年貢の収めどきよ。大人しくお縄に頂戴しな」

 

 キクヒメが時代劇風な口上を決めた。

 

「ううん。そうもゆかない。ここで捕まる訳にはいかないわ。じゃあ、さよなら。ロボロボ団の皆さん。そして、さようなら。思った以上に手強かった糞生意気な子供達よ」

 

 ミルシィが杖を振るうと、足元から湯気のような煙が立ち上った。

 ユミルが煙に突っ込んだが、危うくヒパクリトに衝突しそうになった。煙が晴れると、ミルシィは忽然と魔法のように姿をくらましていた。ミルシィのメダロットたちもいつの間にかいなくなっていた。

 

「メダロットのほうは遠くから転送したとして、本人はどこに消えちまったんだい!?」

 

 これで五対三。形成逆転。しかし、相手の主力機であるジェントルハーツ二台は今だ無傷なのに対し、ユミル、ブルースドッグ、ヒパクリトの損傷は思ったより酷く、光太郎はエネルギー残量が幾許かの状態。無傷なのはロクショウだけだ。サラミが甲高く笑う。

 

「わっははははは! 数字的にはお前たちのほうが有利であるが。戦闘力において、ヘッドシザース以外の奴らは実質戦力外に等しい。そのドラゴンビートルに至っては、エネルギーが切れかけてるではないか」

 

 このピンチに、イッキとスクリューズは冷静だ。こういう時こそ、落ち着かなければならない。ロクショウがロボロボ団に聞こえない程度で味方に語った。

 ロクショウはロボロボ団に侮辱されて、共闘し、倒れた鋼太夫とロールスターを見て、内から滾る激しい鼓動と力が湧き上がるのを感じた。

 

「黙って聞いてくれ。今の私は、この前のおどろ山ほどではないが。あの時の力を発揮できる」

 

 キクヒメがロクショウを見下ろす。

 

「その力は気になるが、あいつら倒せるかい?」

「無理だ。捕まったときに本体から僅かにエネルギーを抜かれたようだ。この前ほどの威力はない。が、あの主力二体の戦闘力は奪えるはず」

 

 イッキとロクショウは見つめ合い、頷きあった。

 

「キクヒメ、イワノイ、カガミヤマ。目を閉じたほうがいいかもしれないぞ。眩しいから」

「おい! 何の話だよ!」とイワノイが突っかかる。

「ええい! 何をごちゃごちゃと。一号、二号。あんな奴ら押しつぶしちゃえ」

 

 二台のジェントルハーツが花を踏み散らして押し寄せてくる。優に一メートルを超える、横に幅広のメダロットが迫ってくるのは威圧感がある。ロクショウは身構えたまま、前面に出た。

 

「お前ごときコクワガタが止められるものでしゅか」

「この私を……俺を舐めるなーー!!」

 

 ロクショウの全身と背後のメダル装着部から強い光が漏れ出した。そして、ロクショウの背中からばさりと四枚の昆虫の羽が広がった。

 頼りなく、小さいが、その輝きと形状の美しさに敵と味方もほうと見惚れた。

 

「しまった。左右に散……」

 

 遅かった。ロクショウのソードから一本の細い光の筋が広がる。

 二台のジェントルハーツは両腕で防御したが、ジェントルハーツの両腕はあえなくティンペットごと切断された。サラミは驚愕した。同時に、ロクショウのパーツが僅かに溶けだした。

 

「何という威力! シオカラから聞いたほどではないが、あの二台の腕をティンペットごと切り裂いてしまうとは」

「サラミ様。一体、我々はどうすればいいロボ」

 

 二台のジェントルハーツは戦闘能力を失い、残る一体のフラットステイクは今のを見て、怯えて仕掛けるのを躊躇っていた。真に形勢が逆転したとき、沢山の声とライトが真夜中の遊園地を活気づかせた。

 

「不味い! 撤退でしゅ。メダロットは離れたところから特殊電波で回収! 貴重なデータを撮れて、メダルに実戦を経験させただけでも儲けものでちゅ」

「データ!?」

 

 イッキの呟きを無視し、ロボロボ団と幼児幹部サラミはゴキブリの如き勢いで逃げ去った。ロボロボが逃げ去った後も、ロクショウは仁王立ちしていた。僅かに溶けたその全身から、鬼気迫る物を感じた。イッキは、静かに、そっと呼んだ。

 

「ロクショウ。もういいよ。ロボロボの奴らは逃げ去った。動けそうか?」

 

 返事がない。セレクト隊が周りを取り囲んだとき、ようやくロクショウは気だるそうに「うむ」と返事した。

 

 

 

 散らばった花と砕けた煉瓦が無言で、この花園で激闘が行われたことを物語っていた。

 三人の子供は無傷のようだが、ちょんまげ頭の水色のシャツを着た子は怪我をしていた。ティッシュを詰めた鼻は鼻血で真っ赤に染まり、水色の服は土埃で汚れ、擦りむいた右膝には血と泥が混じり合い、見るも痛々しい。

 一人のセレクト隊員が平静な面持ちでイッキに近寄った。ヘルメットを被っているので顔は見えないが。

 

「よく頑張った。あとのことは我々に任せるであります」

 

 その一言で緊張の糸が切れたのだろうか。イッキはそのセレクト隊員にもたれるように崩れた。セレクト隊員は、強く、優しく少年を抱擁した。慎重に言葉を選び、感情が溢れぬよう自制した。

 

「よくぞ無事だった。必ずや、君の勇気は無駄にしない」

 

 人間とメダロットの救護班たちは、負傷した少年と数体のメダロットを運んだ。

 


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